大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文掲載『序曲はオペラコンテスト』

 序曲はオペラコンテスト(作者 大丁)

 

 オーケストラの奏でる厳かな調べが、大広間のパーティー会場に満ちていた。

「フルーティア様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

「まあ、オペラコンテストの優勝者に、お近くでお会いできて光栄ですわ」

 紳士淑女が、上流階級での立ち居振る舞いをしている。

 かのようでいて、フルーティアと呼ばれた女性は、たしなみとはほど遠い。僅かな布だけあしらったドレスを着ていた。

 小悪魔の角を生やした、文字通りの淫魔である。

 その小さな唇が、そっと優勝者の男性に囁きかける。

「あとで私の部屋に忍んでいらして……。どうか、舞台で歌った愛の言葉を、私のためだけに聞かせて……」

「はっ……! もちろん、喜んで」

 だが、この男性が城から帰ってくることは無かった。

 すがりついた淫魔に、紳士の堕落を吸いつくされ、命まで墜としたからである。

 

 新宿駅グランドターミナルのホームのひとつには、時空間移動の列車、パラドクストレインが到着していた。

 すでに、車両側壁に沿ったロングシートの左右にわかれ、ディアボロスたちが腰掛けている。

 彼らの視線は、通路中央に立つ女性に注がれた。

ごきげんよう。わたくしは、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)と申します。この車両の行き先を感知した、時先案内人ですわ」

 一礼するとファビエヌは、情報を語り始める。

「断頭革命グランダルメの勢力圏であるオーストリアの町々は、自動人形の支配下に入っているクロノヴェーダ、淫魔によって支配され、退廃の都と化しております」

 耳慣れない言葉に戸惑っていないか、案内人は一言ずつ確認するように、紫の瞳をディアボロスにむけてくる。

「町の人々を救うためには、支配している淫魔を撃破せねばなりません。通常では接触することさえはばかられる相手ですけど、当の淫魔が開催しているコンテストで優秀な成績を収めれば、淫魔のパーティーに招かれることができますわ」

 察しのいい何人かが、頷いた。

「ええ。淫魔が開くパーティー会場ならば、警備は薄く、淫魔の撃破が可能かもしれない、というワケです」

 

 ファビエヌの人差し指が、なにかの拍子をとる。

「開催されるのは、オペラコンテストです。まず、淫魔フルーティアが支配する町に潜入し、住民の様子を調べてはいかがでしょう」

 確かに、いきなりオペラを歌わされるより、傾向を掴んでおいたほうがいいだろう。

 クロノヴェーダを撃破する勢いでシートから腰を浮かせた面々も、いったん座り直した。

「劇場の舞台に立って、オーケストラの伴奏を受けながら、一場面だけを歌と演技で表現します。放蕩な男が女性を口説いている場面だそうですわ。判っているのはそれだけです」

 審査には、淫魔の趣味趣向が反映されている。

 それを探り出し、優勝を狙うのだ。

「優勝できなくとも、淫魔の目に留まるような活躍をすれば、パーティーに招いてもらえます。親族や友人も招くことが出来るので、入賞者以外も参加できます」

 細い指先が、電車の吊り革を順番につついて揺らした。

「会場では淫魔と会話などをしつつ、頃合いを見計らって戦闘を仕掛け撃破してください。お気を付けいただきたいのは、町には多くのクロノヴェーダが居ること。異変を察知して敵が駆けつけてくるよりも早く、素早く撃破して素早く脱出してくださいませ」

 

 ファビエヌはいま一度、座席を見回した。

「淫魔のコンテストは独特です。あなた様方の知恵と工夫で乗り切り、そして……イイコトしましょ♪」

 

「さあ、私と来るのだ、この色男の胸に抱かれに」

「いやいや、俺こそが、愛のしもべなるぞ」

 マントにペルソナマスクの男がふたり、路地裏で花売りの女を取り合っていた。

「そんなこと言って、あんたたち、どうせオペラコンテストの練習代わりなんでしょっ」

 憤慨した女は、花籠をひっつかんでぷいと顔を背けた。

 が、こっそりニヤケている。

 どうやら、三人とも既婚者で、互いにバレていないつもりのようだった。

 淫魔の町のそこかしこには、放蕩を気取る輩がいて、自由というにはあまりにおぞましい、不貞を働いているらしかった。

 

「あんたたち、私のどこをそんなに、好きになったのよ」

 花売りは結局、マスク男たちを振り返ってたずねた。

 が、花籠を揺すられ、視線を下に向ける。

「なーなー!」

「ち、ちいさい男の子が?」

 そこにいたのは身長100センチに僅かに届かない、錢鋳・虎児(無敵の御ガキ様・g00226)。

 まるで甘えたような目ですがりつかれ、女は動揺した。

「なーなー! この辺でおぺらこんたくと? ってのをやるらしいけどよー!」

 マスク男たちも、顔を見合わせるなか、虎児はかまわず問うてくる。

「それってどこで何をするやつなんだー?」

「こんたく? ああ、オペラコンテストのことね。まもなく中央広場に面した劇場でひらかれるんですよ」

「そうとも、私のような色男が、歌を競うのだ~♪」

 虎児の聞きたいことが判ったからか、マスク男は拍子をつけてしゃべりだす。

「いやいや、俺こそが、優勝をいただくの、だ~♪」

 オペラコンテストは、おもに男性の出場者が、用意された女性役を口説くものらしい。

 女性役で出場して、助演賞をもらうこともでき、ペアでの参加、あるいは知らない者同士、単独での参加も可能、ということだった。

「花売りなんかせずに~♪ 私だってお城のパーティに招かれたいわ~♪」

 3人の声が重なって響く路地裏。

 そこへもうひとり、背の高い男性の影がさした。

「ほう、君たち。すでに熟練者のような、いい声じゃないか」

 エトワール・ライトハウス(執行人・g00223)である。

「オペラか……。俺も昔、父上に連れられて観たことはあるが、あれは素人にできるものなのか?」

 競いあっていたはずの男たちは、なぜか頬を赤らめ、ペルソナごしにも判るほど、瞳を潤ませていた。

「熟練者、だなんて。そんな旦那」

「肉屋と八百屋を褒めすぎですって」

 口説かれるのは、女ばかりではないということか。あるいは、エトワールの卓越した鑑定眼と交渉術によるものか。

 町民たちが教えてくれたことによれば、こうだ。

 前回までの優勝者をはじめ、歌の技術よりも、歌詞を自作して相手の喜びそうな言葉を浴びせかけるほうが、男女とも評価されている、と。

 それで、町中が口説き合戦になっているほどだ。

「でも……坊やを見てたら、家で待ってる家族のことも……はぅ!」

「か、カーちゃん?」

 虎児は、肩を抱かれていた花売りを、思わず母と呼んでしまった。

 だが、女は彼をほったらかして、広場に足を向ける。肉屋と八百屋も、マスクをかけ直してフラフラと。

「俺たちが、正しい放蕩っぷりを啓蒙してやろうじゃないか」

 エトワールは、追おうとする虎児を引き止めた。

 彼らの洗脳をとく情報は手に入っている。

 

 舞台の上ではまだ、リハーサル中だった。

 予選を突破したコンテスト出場者は、舞台下のオーケストラピットにむかって注文を付けている。

 市民用の観客席は、ピットからさらに後方に向かって階段状に登っていくが、上流階級のためのボックス席というものがあって、バルコニー型のそれらが、劇場周囲の壁に3段にわたって設えられていた。

 もっとも高級なのは、舞台の真横といっていい位置の最上段。

 天夜・理星(復讐の王・g02264)は大胆にも、そのボックスからリハーサル風景を眺めていたのだった。

「歌で人々がこうも熱くなって狂って……。まさに夢だよね、これってさ♪」

 振り返った先には、本来の主人。

 このオペラコンテストの主催者にして、町を支配する淫魔、フルーティアの姿があった。

「お世辞はけっこうですよ」

 バルコニーの奥には、くつろぐに十分なひと部屋が用意されている。

 ひじ掛けのついた椅子で足を組んでいる淫魔は、しかし指先ひとつで護衛のクロノヴェーダたちを呼べる立場にあった。

「私は人々に夢など見せない。もっと、現実的な世界に生きているのです」

 不遜なクロノヴェーダへの復讐心を抱えつつも、理星は一抹の希望も持っていた。

「歌で、世界は変えられるのかな?」

「現に私は、そうしてきました……」

 淫魔フルーティアが、視線を部屋のすみにむけると、長ソファにふたつの人影が折り重なっている。

 仰向けに寝そべっている小柄なほうは、ミルフィ・ブランラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・g01705)。

 社交用のドレスはすでに乱れて、いや元から露出度が高かったようだ。

 その胸元を隠すように、陰陽符を並べさせられているのは、青龍院・桜(元陰陽師の占い師・g03997)だ。

 お札でも、タロットカードのような配置である。

 淫魔は嘲笑まじりの声をかける。

「占い師の桜さん。ミルフィ嬢のお胸は、まだ大きくなるか、お分かりになりまして?」

「ええ。あなたの趣味ともども、よく理解させてもらったわ」

「あの……フルーティア様……わたくしのことを占っていただけるのはうれしいのですが……その、恥ずかしゅうございます……」

 桜とミルフィが、あやしげな遊びに抵抗できないさまを見せびらかし、「どう?」と理星に両手を広げてみせた。

 豊満な胸がひと揺れする。

 世界は意のまま、それがフルーティアにとっての現実、と示したいらしい。

 バルコニーを離れた理星は嘆息し、長ソファに向かった。

「こうも歌を響かせているんだから、邪なだけじゃなく、人々に対して思うところがあったらなあ」

「芸術を理解する心をお持ちだとばかり……」

「ほんと、そうね」

 アヴァタール級の淫魔が余裕をかましているあいだに、3人のディアボロスは通路への壁を一刀両断にし、脱出してしまった。

「あ……お待ちになって」

「オペラの催し……楽しみに致しておりますわ……♪」

 ミルフィの言葉だけが、ボックス席に残された。

 しかし、逃走しながらも、理星がたずねると、淫魔のお仲間に思わせてご機嫌取りにいく作戦が、いつのまにか桜とからむことになり、桜も占いを持ちかける前段階が、ああなったのだと言った。

「情報を得るために、よ。おとなしく従うしかなかったわ。どんな命令でも、ね」

 そんな、桜の頬は、みょうに艶めかしく火照っていたのだった。

 

 本番のステージに立つと、観客からのプレッシャーはすさまじかった。

(「インドア系の僕に人前で歌えなんて無理な話だし……」)

 陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、ぎこちなく首だけを下手(しもて)に向ける。

 金髪に碧眼の美女が、薄絹をまとって佇んでいた。

 ごくり、と喉がなる。

(「ましてや、今からこの人をナンパしろって事だろ?」)

 相手が本職の役者なのは判っている。

 それでも、緊張してしまう。

 気付かぬうちに、指揮者がタクトを振っていた。

 第一音の大きさに驚いて、視線を観客席に戻す。

 すると頼人には、さっきとは違った景色が見えてきた。

 ここにあるのは、洗脳されて囚われている人々の群れなのだ。

(「町のみんなを正気に戻す為!」)

 勇気を胸に、天を指さす。

「君の瞳に映る夜空~♪ 僕はそこに輝く綺羅星~♪」

 少し遅れたが、声は張れている。みずからの情熱に後押しされ、自作の歌詞が口をついて出てきた。

「もしも君が寂しいのなら、君を導く光になるよ。どの星よりも輝いて、君を優しく照らしてあげる~♪」

 大きく手を広げると、女優が数歩、寄ってくる。

「連れていって、私の綺羅星よ~♪」

「さぁ手を取って、さあ行こう~♪」

 本当は、このあたりで審査員の淫魔を意識した仕草をいれよう、などと考えていたが、もう目の前の美女と呼吸を合わせるので精一杯だった。

「「二人だけの、愛の旅路へ~♪」」

 くるりとターンを決めて、拍手をあびて。

 舞台袖にはけてから、頼人は控えていた天夜・理星(復讐の王・g02264)に、耳打ちせずにはいられなかった。

「……言っておくけど僕だって恥ずかしかったんだからね」

「いやいや、カッコいい先陣をきってくれて、仲間として心強いよ」

 ねぎらう理星は、ボックス席で淫魔と対峙したときとは違い、男装していた。

 衣装と剣の借り物で、若い王を演じる。

 上手(かみて)から登場すると、すぐさま最上段のバルコニーを見上げた。

 フルーティアが、悠々とした態度で席についている。

(「世界は意のまま……か」)

 君臨する審査員に一礼すると、王の姿の理星は、妃に迎えたい女性の元にむかった。

(「あくまで夢じゃなく、世界を変えられるからこそ現実を見てるんだね」)

 先ほどの脱出劇の首謀者と、看破されてはいないようだ。

(「でもさ、世界を変えられるのはこっちも同じだよ?」)

 王は剣を抜き放つ。

「燃ゆる焦がす、この心には~♪ ただ彼方に想う、貴女だけさ~♪」

 女優のほうをむいて跪き、剣をさしだした。

「この剣を、勇気を、貴女に委ねよう。この命も、心身体も、全て預けてしまおう~♪」

「全てが一つになるのね~♪」

 愛の囁きに、薄絹の女性が応える。

「僕らは光、黒に浮かぶ星々さえもが眩む、未来の焔~♪」

 剣の柄をふたりで握って掲げた。

「「さあ共に行こう、夜明けの先へ~♪」」

 顔をあげると、淫魔が立ちあがって拍手をしているのが、横目にチラと見えた。

 観客の反応もいい。

 女優は一礼すると、下手の舞台袖に戻っていく。

 歩くたび、身体のラインがはっきりとした。

 同じ薄絹の衣装を纏った、茨原・なる(Thorn Heart・g03623)は、我が身を想って照れる。

「あははっ。やっぱりちょっと大胆かもー」

 愛を囁かれたり、口説かれたり。

 お芝居とはいえ悪い気はしないんだろうと、女優の後ろ姿を見送る。

「オペラかー。馴染みなかったけど、なるでも楽しめそうかなあ。えへへー」

 出番の合図で、ほいほいと、照明のあるところへ進んでいく。

「なるはみなし子、一人ぼっちの女の子~♪」

 歌声は、しっとりとしていた。

「いつも笑顔でいるけれど、ホントは寂しくて満たされたいの~♪」

 オーケストラも切なげな旋律を奏でる。

 本心のまじった歌だった。

 そこへ、金管楽器の高らかな響き。

 空砲がダン、ダンと鳴って、上手からなんと、無双馬が駆け込んできた。

「我は貴公子、空の、森の、あらゆる獲物を撃ち落とした~♪」

 愛馬レオンに跨ったまま、エトワール・ライトハウス(執行人・g00223)が歌う。

 この趣向は町民にもウケたようだ。

 舞台の端と端で境遇を語った、なるとエトワールは、やがて互いの存在に気が付く。

「独りの寒い夜から連れ出して~♪ 十二時の鐘で解けない魔法をかけて~♪」

「雲を超える鳥と、巨木を砕く獣と比べれば、貴女の体のなんと儚く非力な事か。私には、連れ去ることなど容易いこと。嗚呼、しかし~♪」

 一度は見つめ合ったふたりは、再びそっぽを向く。

「ガラスの靴を脱いで、シルクのシーツに包まりながら待つの~♪」

「貴女の心を奪うこと、ただそれだけが、私の言葉ではどうにもなしえない~♪」

 無双馬がアドリブで嘶いた。

 エトワールはそんなレオンを御すと床に降り、なるの前で膝をつく。

「どうかどうか、貴女の影を見つめる許しだけを、どうか~♪」

「そのテノールで囁く愛を、なるはずっと聞かせて欲しいの~♪」

 手をとりあった2人の影が、馬上にもどって重なり合う。

 ハッピーエンドに客は湧き、『町民特別賞』が贈られた。

 淫魔フルーティアの姿は、いつのまにかボックス席から消えていた。

(「歌で世界は変えられる。こんな風に、情熱的に、意のままに。アタシたちにも出来るってこと、これで説明つくよね?」)

 理星は、反響にくらべて入賞できず、頼人も同様だったが、それがかえって町民解放への手ごたえとなった。

 優勝した肉屋は、花売りの肉体について褒めちぎって評価されてた。

 オペラコンテストは幕を閉じ、その肉屋と花売り、そしてなるとエトワールにその友人としてのディアボロスたちは、城のパーティーに招かれる。

 

 オーケストラの奏でる厳かな調べが、大広間のパーティー会場に満ちていた。

「フルーティア様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

「ふ、ふる、フルーティア様、はじ、はじめまして」

「まあ、オペラコンテストの優勝者ペアに、お近くでお会いできて光栄ですわ」

 主催者の淫魔が挨拶にまわっている。

 やがて執事に案内され、丸テーブルにかたまっていた、7人の男女と面会した。

「こちらが、町民特別賞を獲得されました、エトワール・ライトハウス(執行人・g00223)様と、茨原・なる(Thorn Heart・g03623)様でございます。それと、お付きの方々……」

 一礼した受賞コンビに声を掛けようとして、フルーティアの口元が歪んだ。

「そこにいるのは……占い師の桜! それに……!」

 青龍院・桜(元陰陽師の占い師・g03997)が、懐から符を取り出している。そのとなり、テーブルに寄りかかる姿勢は、バルコニーで会った時と同じ、天夜・理星(復讐の王・g02264)。

 位の高い人物と称して近づいてきたサキュバス、ミルフィ・ブランラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・g01705)が、今また不遜な態度をとる。

「オペラも……貴女様にとっては……単なる『手段』に過ぎない……という事ですかしら……?」

「え? オペラ? コンテストにあなたたちも紛れ込んでいて? ……逃げ出したのではなく?」

 淫魔が動揺している隙に、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は場を離れて、別のテーブルを蹴りあげた。

 ひっくり返された料理と、銀器がたてる音よりもけたたましく、避難勧告のサイレンが鳴り響く。

 オーケストラは演奏をやめ、赤く明滅する大広間にいた一般人は、出口を求めてざわめきだす。

「私のパーティーが滅茶苦茶に……」

「ぃよっしょっしゃーーーーー!!!」

 奇声とともに悪魔の羽根を広げて、錢鋳・虎児(無敵の御ガキ様・g00226)が、主催者に殴りかかる。

 その様を、コンテスト助演女優賞は指さした。

「坊や? 坊やじゃないの?」

「うわあ、どうなってんだ、これは?!」

 優勝者のマスクの紳士の、実は肉屋が、あたふたしているところへ、無双馬『レオン』が乗りつける。

「肉屋と花売り、お前たちもまた強敵(とも)であった……。さあ、城門はあちらだ、逃げたまえよ」

「あんたは、町で出会った色男の……!」

「特別賞さん、ありがとうございます!」

 エトワールが指示すれば、優勝ペアだけでなく、来場者はみなそれに従う。

 オペラの雰囲気のままなのは、なるも同様で、フルーティアの前から離れなかった。

「えへへー、なるはね、舞台の上だけじゃ物足りないの。もっといっぱい満たされたいよ」

「でしたら、私の奏でる調べをお聴きになって」

 淫魔フルーティアは、ようやく態勢を立て直すと、フルートに唇をあてた。

 淫蕩夜曲が、対峙した者の意識に入り込む。

 小さく呻くと、なるは自らの襟を掴んだ。薄絹のすぐ下の胸には、快楽が満たされていく。

 けれども、いっぱいにするなら、なんでもいい。

「もっと、もっと――だから、ねえ、食べられてくれる?」

 快楽に代わり、衣装を突き破って出てきたのは、『貪欲の茨(グリード・イーター)』。

 イバラの戒めが、フルーティアの身体を捕縛する。

 しかし、淫蕩な指遣いだけは阻止できなかった。響きが、そばにいた桜の身体も揺さぶりだす。

「なに、この音色……!?」

 耐え難い快楽に、全身は火照り、桜は着物のたもとを開いてしまう。

「こ、この程度の誘惑に、高貴な陰陽師である私が屈するわけには……」

 のぞいている素肌を隠すように、前屈みになった。

 収めていた陰陽符が、大理石の床にバラバラとこぼれる。

「と、時よ……我が身を……」

 散らばった符の一部が、正しい配置になっている。『四方四季の庭』が発動し、冬の景色がほてりを抑えた。

「よ、よくもやってくれたわね」

 卒倒しそうなところを踏みとどまり、桜は身を起こした。

 着物から膨らみまでこぼれてくる。

「淫魔の時間を数百年進めて塵に還してあげるわ!」

「桜様、お召し物が乱れてますの」

 ミルフィが支えにくる。

 拾った札を、そっとあてがうと、なぜだか「くすっ」と笑みがこぼれた。

「今度はわたくしが隠す番になりましたわ」

 気付けばこの2人は、また抱き合うかたちになっている。ミルフィはそれを笑ったのだ。

「わたくしもサキュバスの端くれ……遊びをして頂いた時は……悪い気はしませんでしたわ」

 桜といっしょに、淫魔を見据える。

「……でも……貴女は倒させて頂きますわ」

 ピンクの髪がなびき、同じ色の風が立った。

 音は空気の流れ、風で相殺される。

「はああうっ!」

 フルーティアの唇が、楽器から離れた。『サキュバスミスト』の魅了が、淫魔を逆に浸蝕しはじめた。

「ああ、私のところにいらして……。愛の言葉を聞かせて……」

 僅かにあしらわれた布を引っ張れば、ドレスは苦も無く脱げ落ちる。

 並みの男なら、ためらう場面だ。

「ひっさぁぁぁーーーーっつ!!!」

 6歳児には、大人の都合を考える頭はない。

 棺桶型のランチャーを振り回した虎児が、遠慮なく突っ込んでくる。

「クロノなんとかは! ぜーいん俺がブッとばして!! トーちゃんを返して貰うんだーーーー!!!」

 アヴァタール級の虚ろな瞳に、『爆鎚棺撃(コフィン・ハンマー)』の殴打が叩きつけられた。

 のみならず、よろめく裸身に、マジックミサイルの乱射が撃ち込まれる。

「ぶっとべぇぇぇぇぇーーーー!!!」

「あうううっ」

 爆発で、色白だった肌が、黒いススに汚れる。

 ぺたんと尻もちをついたフルーティアだったが、何もかも無くしてもフルートだけは手放さない。

 横倒しになったテーブルのひとつに背を預け、再び独奏会をはじめようとした。

 その傍ら、最初に頼人が倒したテーブルが、一刀両断にされる。

「お楽しみの時間は、もう終わりだよ!」

 当の頼人が、竜骸剣で奇襲を仕掛けてくる。

 混乱に乗じて、遮蔽をとっていたのだ。

(「好機は今。ここできっちり、町のみんなをおかしくした騒動の幕を下ろす」)

 想いが念動力となる。

 ドラゴンから造られた魔剣に宿った。

「デストロイスマッシュ!!」

 淫魔の翼が力なく、柱にめり込むのが見えた。

 石材が崩れ、瓦礫の中、振れる尻尾にあたりがつく。

 エトワールがとどめを刺しに行く。

「見た目が美女だろうと容赦はせん!」

 銃撃で牽制し、敵の逃げ道を塞ぐ。

「貴様の放蕩も今日が最後だフルーティアァァァあふん♪」

 埋もれた中からも、フルートの音色がもれてきた。

「ま、まだこんな攻撃ができるのか。聴かせるだけで気絶させるってズルじゃない?!」

 人間の戦列歩兵は、かわすのを諦めた。

 進軍する。

 どんなに恐ろしい戦場だろうと、そうして敵を討っていたのだ。

「淫魔の魔曲は厄介だが、今更自分の精神ひとつに翻弄されてどうするよ」

 『バヨネットパレード』によって白兵戦の距離まで詰める。

 仰向けになった淫魔の胸に、ナイフを突き立てようとして。

「幕切れはあっけないもんだ。さぁ……あふん♪」

 膝がガクガクする。

 その半身に、フルーティアはすがりついてきた。

「き、貴公子さま。私に、愛の言葉を……」

 抵抗しようにも、エトワールの意識も危ういところ。

 理星が、女を背中から抱いて、やさしく引き剥がした。

「あなたはもう支配者じゃないよ。仮初の愛に溺れただけの……♪」

 淫魔の手がだらりと垂れ下がり、フルートがカランと甲高い音を立てて落ちる。

 ディアボロスの面々も、互いに肩を貸し合いながら並びにくる。

 まるで、カーテンコールだ。

「情熱的な時間を、心地良い歌を望む人がいる。そして、空な心を満たす色を渇望する人だって、ね?」

 なるが、頷いた。理星のセリフは続く。

「世界を意のままにしようと思うなら! 願いを叶え、その未来に、命に寄り添うのが王! 今こそ宿せ、『終幻(レネゲイド)』の力!」

 向き直らせたフルーティアに、最大出力の右ストレートが飛んだ。

 時間時空世界法則を書き換え直すかのように。

 美しきクロノヴェーダは、ここに滅んだ。

 町は解放されるはずなのだが、アンコールの時間はない。

 新宿島行きのパラドクストレインへと、ディアボロスたちは急いで城を後にした。

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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