大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文掲載『ソプラノの女王』

ソプラノの女王(作者 大丁)

 豪奢なドレスに身をつつみ、貴婦人たちが踊る。
 城の大広間で行われているパーティーは、王族か大帝国の復古かと思われた。
 しかし、仔細に検分するならば、どの着衣にもほつれ、ほころびがあり、生地も高級なものとは言いがたい。
 踊っているのはみな、一般市民なのだ。
 日中に街の劇場で行われた、オペラコンテスト。その上位入賞者なのである。
 エスコートしている紳士も、あるいはテーブルの料理に手をつけている御大尽も、入賞者の親類縁者にすぎない。
 そこへ、布面積こそ少ないものの、本物のドレスをまとった女性が登場する。
 彼女の合図で、オーケストラは舞曲から小夜曲に。
「ようこそ、オペラコンテストの受賞式典へ。審査員長を務めさせていただいたフルーティアでございます」
 静かな拍手が会場を満たす。
 続いて、審査員長は寸評を述べはじめたが、すでに市民たちは何かに酔い始めたようだ。
 バイオリンの音色が、より淫らに、欲望をかきたて、洗脳していく。

 パラドクストレインの扉が開くと、待ちわびていたディアボロスたちは、次々と乗り込んだ。
 新宿駅グランドターミナルのホームに出現した、時空間移動列車の行き先が、確定したのである。
 1人だけロングシートには座らず、通路中央に立つ女性。
 彼女こそ、その情報を告げる時先案内人だ。
ごきげんよう。わたくしは、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)と申します。断頭革命グランダルメの勢力圏であるオーストリアで事件が起きますわ」
 基準時間軸での現地の町々は、自動人形の支配下に入っているクロノヴェーダ、淫魔によって支配され、退廃の都と化している。
「町の人々を救うためには、支配している淫魔を撃破せねばなりません。通常では接触することさえはばかられる相手ですけど、当の淫魔が開催しているコンテストで優秀な成績を収めれば、淫魔のパーティーに招かれることができますわ」
 受賞式典ならば、淫魔と対面でき、撃破が可能かもしれない、という。

 ファビエヌの人差し指が、指揮棒のように拍子をとった。
「開催されるのは、オペラコンテストです。まず、淫魔フルーティアが支配する街に潜入し、住民の様子を調べてはいかがでしょう」
 オペラといっても多岐にわたる。加えて審査には、淫魔の趣味趣向が反映されている。
 街の人々は、コンテストに出場する者たちだけでなく、観覧しにくる者たちもいるのだ。
 彼らから、審査の傾向を得られれば、有利に歌えるだろう。
 何人かのディアボロスが頷いた。
「コンテストの形式は、劇場の舞台に立って、オーケストラの伴奏を受けながら、一場面だけを歌と演技で表現するもの。女王役になって、勇者役に悪魔の退治を依頼する場面だそうですわ」
 情報を得たのちは、そのオペラで優勝を目指さねばならない。
「優勝できなくとも、淫魔の目に留まるような活躍をすれば、パーティーに招いてもらえます。親族や友人も招くことが出来るので、入賞者以外も参加できます」
 そして、いよいよ支配者フルーティアの暗殺か、と沸き立ったところを、ファビエヌの人差し指が、ピタリと止まった。
「会場では淫魔と会話などをしつつ、頃合いを見計らって戦闘を仕掛け撃破してください。ただ、コンテストとパーティー会場で演奏をしているオーケストラにも、『欲望のバイオリニスト』というトループス級の淫魔が混ざっているの」
 演奏によって、一般人を洗脳する淫魔。
 街を解放するためにはアヴァタール級のフルーティアを撃破すれば十分だが、中には手遅れなほど洗脳が進んでしまう市民もでてしまうかもしれない。

「癖の強いコンテストの突破だけでも難しいところへ、もうひとつのお願いになりますが、できれば市民の被害も最小限に抑えてくださいませ」
 ファビエヌは、車両内を見渡した。
「現地への到着まで相談する時間がありますわ。皆様なら、イイコトを思いつくと、信じております」

「あら、鳥屋さん。いい獲物はとれたかい?」
「いやあ、さっぱりだったよ。大蛇が出てきて邪魔されてさぁ」
 宿屋の裏手で、女将が狩人を呼び止め、肉を譲れとせがんでいる。
 首を振る狩人に、大蛇なんて嘘だと言い放つ。
「手ブラで街に戻ってきて、どうすんのよ」
「ほら。オペラコンテストがあるじゃない」
 そう聞いて、女将は納得の声をあげた。
 2人とも、出場するつもりは毛頭ないが、客席で歌と演奏を聴くだけで、すっかりいい気分になることを知っているのだ。
「特に、あのよう」
「わかるわぁ。バイオリンの音色にはうっとりする……」
 思い出しただけで、なぜだか仕事も手につかなくなっていた。

 女将と狩人が、宿屋の裏手でぼんやりしていると、路地のさらに奥まった暗がりから、若い女性の声がかかる。
「そこのお兄さん、少し占わせていただけないかしら?」
 青龍院・桜(元陰陽師の占い師・g03997)が、卓を立てて狩人を招いているのだった。
 いぶかしんだのは女将。
「いつの間にあんなところで。……ちょっと、鳥屋さんたら!」
「えへへ。ヤツに仕事の邪魔をされない方法でも聞いてくるよ」
 狩人が頭をかきながら占い卓についたので、女将もそれ以上はひき止めない。
「獲物もないくせにさ! ……あら?」
 盤上では、陰陽符が並べられ、桜はすぐに言い当てた。
「あなたを困らせている長くて大きなものは、季節が変われば眠ってしまうわ」
 前半は受け売りで、後半は出まかせだ。
 はたして、狩人の驚いた顔から察するに、信頼を得たのは間違いない。
 桜は、着物をはだけて、もうひと押し。
「ふふ、お兄さん、もっとイイ占い、しないかしら?」
「いやあ、あの、あのよう」
 驚きは赤面へ。
 凝視されている胸の頂点にも、札が貼られて隠されており、それは『四方四季の庭(ガーデン・オブ・フォーシーズン)』の配置になっていた。
(「一般人たちはすでに淫魔によって洗脳されてるかもしれないわ。情報を得るにしても、活性治癒で解除してからのほうが……」)
 四季の手ごたえは僅かだった。
 やはり、街を解放するには、淫魔フルーティアを倒すほかない。けれども、バイオリニストのぶんくらいは進行を遅らせられただろう。
「さあ、お代は情報で結構よ。淫魔のオペラコンテスト、どんな雰囲気か教えてね」
「女王さまが、占い師さんみたいに、そのう」
 胸を強調したドレスを用意すると点数がつく。
 声もソプラノで高い声が出れば出るほど、点数が上昇するのだと言う。
 街の女性の観客、例えばそこの宿屋の女将でも、出場者の胸と声を評価する雰囲気は同じらしい。
 いっぽう、その女将は、狩人に代わって野鳥をとってきた、風間・響(一から万屋・g00059)と値段の交渉をしていた。
「邪魔になるから、適当で買ってくれねぇか。安値でいいから、代わりになんかおもしれぇこと教えてくれよ」
 近場でテンション上げられる、いい気分になれる場所はないか。
 と、響にたずねられて、女将はすぐにオペラコンテストの話を持ち出した。
「聴くのもいいけどねぇ。あんたなら、出ても楽しいよぉ」
「いやぁ、俺、歌とか演技とかさっぱりだからよ。それに、歌うのは女王役なんだろ?」
 勇者役にも、助演賞がある。
 響から受け取った鳥を吊るしながら、女将は勇者になれと勧めてくる。
「腕自慢でさ。受賞式典のパーティーにも呼ばれていった木こりがいたんだよ」
「そ、そっか。ありがてぇな」
 舞台に立つ自分の姿を想像し、何でも屋のバウンサーは、それは勘弁と慌てた。
(「けど、情報はぶっこ抜けたな。男でも参加できるって、聞いたら喜ぶディアボロスもいるだろうしな!」)
 響と桜は、市民たちと別れ、仲間のもとへ向かった。

 調度品の数々を眺めまわしても、このラウンジの主が、芸術への興味を強く抱いているのは明白だった。
(「少し意外だわ。クロノヴェーダって、もっとこう……」)
 ネリリ・ラヴラン(クソザコちゃーむ・g04086)は、フカフカのソファに納まりながら、本人の眼が対面にあることを思い出して、小さくなった。
(「大胆だったかしら。オペラは大好きだし、共通の話題で仲良くなれたらって思ったし」)
 オペラコンテストの情報も集めたい。
 開演前に控えているだろうこの部屋へ、目星通りに入り込めたのだが、テーブルをはさんでお茶を飲むことになろうとは。
「緊張しないで、ネリリさん」
 淫魔フルーティアは、軽い微笑みを浮かべる。
「平常ならば、一般の方を招き入れたりはしないのだけれど、あなたが素人ではない、と私が見込んだからなのよ」
 手のひらを向けて、話の先を促してくる。
 ネリリは、一呼吸してから素直に思っていたことを語る。
「場面を考えると朗唱が合いそうですけど、令を出した後に、女王様の内心とかをアリアで歌うなんて流れも素敵だと思うのだけれどどうかしら? 勇者への語り口調から、内面の独白を歌で……みたいな」
 女主人の目がさらに細くなった。
「おっしゃる通りです。レチタティーヴォ、つまり朗唱はこの場面では盛り上げるまでの道筋で、声高らかな感情の表現、アリアにこそ重点がありますわ」
 合格をもらったはずなのに、ネリリは居心地悪く、ソファの中で身じろぎした。
 音楽を語りながらも、淫魔の視線は、ネリリの肉体をねめまわしている。
(「やっぱり。芸術を悪いことに使ってるだけなの、解っちゃったし!」)
 もはや、どうやって食べようか、吟味されてるようだった。

 淫魔フルーティアからネリリを救ったのは、コンテストの開演時間であった。
 劇場の最上段にあるボックス席まで誘われたが、適当な言いわけで断る。
 オーケストラピットには、『欲望のバイオリニスト』らも含めた演奏者たちが配置につき、舞台へと照明があたる。
 最初の出場者が、中央の迫(せり)から登場した。
 観客たちの拍手を、出番を待っているレビ・アンダーソン(破壊のサウンドソルジャー・g00056)は、舞台下の奈落で聞いた。
「ヴォーカルだけじゃなくて、一場面の演技かぁ」
 新宿島でもライブ活動を始めた彼には、本番前であがってしまうことはない。
「……ま、なんとかなるでしょ」
 体型は盛れないが、女王の衣装とメイクはバッチリ。事前に集まった情報からは、感情の高音域が勝負のようだ。
 進行が合図をする。
 レビの姿がせり上がってくると、客席には慄いたような声が広まった。
 やつれて弱々しい。
 悪魔のせいで精神が摩耗して、ギリギリの状態の女王。
 と、いう芝居だ。
 やっとのていで討伐を命じたあと、レビの女王は興奮して大声をあげる。
「あああああ、悪魔……悍ましい、憎らしい、苛立たしいぃぃぃ……」
 劇場の壁がビリビリ震えだす。
「勇者よ、一刻も早くッ!! あの忌々しい悪魔をッ!! 八つ裂きにッッ!!!」
 怨嗟の声の迫力に、勇者役は小さく「ひいっ」ともらした。
「心臓を穿ち、首を刎ね、地獄に叩き返しておやりなさいッッッ!!!!」
 音階はどんどん高くなり、最後はスクリームに達する。
「今直ぐにぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!!!」
 なにかすごいモノをきいた。
 観客たちは、驚きを隠さずに、ざわついていた。
 しかし、迫がレビを収めて下降し、再び上昇してくると、また別の動揺が起こる。
 バースィル・アシュラフ(焔陽の獅子王・g02196)。
 続けての男性出場者だが、威厳をもった王の扮装で、舞台にあがっている。
「おお、勇者よ。よくぞ来た。其方の力を見込んで、頼みがあるのだ」
「あ、はい。……じょ、いや、王様、なんなりと……」
 俳優は、改変されたセリフに追従した。
 軍を持ってしても敵わぬ相手に、たった一人の未来ある若者を差し向けるのだ。それは死地へと赴けと言っているに等しい。
 バースィルの王は、憔悴している様子も演じてみせ、朗々と、自身の罪を悔いている嘆きの声音を上げた。
 客席には、求めていたのと違うものの、これを認める人々も半分見える。
 いっぽうで、オーケストラピットでは音域があわず、慌てているところもある。
(「我は、我よ。あえて王として、女王役ではなく王役となり参加した故には……」)
 その演奏者たちへと、手を伸ばす者がいたのだ。

 舞台下の奈落から、オーケストラピットに抜ける通路へと、風間・響(一から万屋・g00059)は潜りこんでいた。
「コンテストは、バースィルたちに任せてっと」
 客席の喧騒が聞こえてくるからには、陽動は上手くいったに違いない。
 男性には勇者役があると言うのに、あえて王様で出演するとは。
 もっとも、あのリターナーは、作戦など関係なしに王として振る舞っているだけかもしれない。
「俺は、一般人を洗脳しちまう演奏をするんだっていうやつらを、ぶちのめしにいくとしますか」
 扉を開けて、客席からは一段低くなった場所に飛び出す。
 一般人の演奏者は音を合わせるのに四苦八苦していて、響の侵入を咎めなかった。
 指揮者まで無関心なのは、プラチナチケットと平穏結界のおかげでもある。
 しかし、クロノヴェーダは違った。
 舞台に合わせてバイオリンを掻き鳴らしながらも、オーヴァチュアを混ぜてくる。
 具現化した悲劇の幻影が、楽譜立てのあいだを抜けて、響に迫った。
「幻影に負けるほど、俺は軟じゃねぇぜ?」
 鬼人も距離を詰めていて、両腕を巨大化させ、さらにリーチを伸ばしている。
 第一バイオリンの驚いているその顔に、鬼神変の一撃がぶち込まれた。
 がしゃん、と椅子ごと後ろに倒れ、不協和音をあげる。
 舞台のうえではまだ、悲劇の王が沈痛な面持ちで心情を歌っていた。
「……頼んだぞー♪ 其方が戻ってくる事を待っているー♪」
 勇者へと最後の一言。残すは希望、その道行に幸あれと。
「はは、ここらで、終いか」
 響は、追うもままならないトループス級を残し、オーケストラピットを後にした。

 街の人々への催眠効果が減じたか、まだ確認はとれない。
 いったん退却した響とは入れ違いに、出番に呼ばれた青龍院・桜(元陰陽師の占い師・g03997)が、迫(せり)の脇に待機した。
(「女王様役は胸を強調したドレス……」)
 幸い、桜の着物は洋装に見なくもない。
(「帯をベルト風にして締め直して……あ、そうだわ」)
 裏方が通りかかるのに用心しながら、着衣に手を加えてみる。
 袖はノースリーブ風に付け替え、たもとは大きく開き。
「これでよし。あとは声ね」
 どのみち、歌と演技はぶっつけ本番だ。
 舞台に立ったら、女王になりきるしかない。
「ああ、勇者よ。あなたの力を見込んで、頼みがあるのです~♪」
 桜が身体を反らせると、「おお」と微かにどよめきが起こる。
 ボックス席の客は、バルコニーから乗り出したようだった。
 衣装と胸元への反応はいい。
 最後の感情表現へと、桜はさらに身をよじる。
 と、帯が緩んで、着物の合わせは、大きく開いてしまう。
「きゃっ、きゃあああ~っ」
 悲鳴の高さが丁度いいソプラノになった。
 バルコニーから堕ちそうな奴がいる。
 女王が舞台上で、両胸に札を張っただけの格好になったのだった。
 演技が終わったあと、前をかきあわせた桜には、迫の降りるスピードが遅く感じられ、顔を真っ赤にしながら、千花咲・恵里奈(サキュバスサウンドソルジャー・g00799)と交代した。
「恵里奈、あとは頼むわよ」
「ひゃ、……はいっ」
 やはり、恥ずかしいことになるに違いない。
 ただでさえ注目される中で、胸元を大きく肌蹴たドレス。
 さきほどの桜の表情。
 けれども、彼女から頼むと言われたのも思い出した。
「本番、これがうまくいくかどうかが大事な場面だし、頑張らないと!」
 指揮棒が振られた。
 勇者役は若い男だ。
 歌の出だしで、すがるように寄った。
「勇者よ、あなたを~♪」
 か弱く、儚げな眼差しは、元から持っていたものだ。
 女王様は、手を組みお願いする。悪魔を倒してほしい、と。
 そのポーズで、腕が胸を寄せあげて、さらに強調された。
 男優、だけでなく、お客も生唾を飲み込んだ。
 女王の仕草は、だんだんと誘惑まじりのものとなっていく。
 流し目を交えて、最後の独唱にはいる頃には、恵里奈女王も堂にいっており、高音の伸びも上手くはまった。
 なにより、最上段のバルコニーから、あの視線を向けさせた。
 淫魔フルーティアが恵里奈の、胸の谷間をねめまわしている。
 こうして、オペラコンテストの優勝を勝ち取り、ディアボロス一行は、淫魔の開く受賞式典パーティーへと招待されたのだった。

 場内の大広間にて、オペラコンテストの寸評を述べた審査員長、淫魔フルーティアは受賞者たちのあいだを周って、歓談を楽しんでいた。
 あるいは、オーケストラの小夜曲の効果を確認していた疑いもある。
 第一バイオリンは、予備に控えていた者に代えられている。
 民も音楽も、淫魔が感情を搾取するためには必要だ。
 そこへ、市井の者とは立ち振る舞いで違いのある、上品さをもった淑女が挨拶してきた。
「フルーティア様、お会いすることができて光栄です」
 アリスティア・セラフィール(シンフォニックウィザード・g02995)だった。
 上流階級の淫魔も、彼女を気に入り、その場で話し込む。
「そうですか。コンテスト優勝の恵里奈さんのお知り合いの……」
 話題は、この街の芸術からフランスの政情へと移る。
 淫魔の反応を観察するべく、アリスティアはきりだした。
「他の町では処刑が行われているという話を聞きました。なんと野蛮なことでしょう」
 憂うように自動人形が行っている処刑を批判してみる。
 淫魔が、自動人形の従属下にあることを受け入れているのか、それとも従属に不満を持っているのか、淫魔と自動人形の関係性がわかればこの世界を救う戦いの役に立つのでは。
 フルーティアの返事は、音楽に比べてかなり薄い。
「ええ。存じてはいますが。あまり、思うところは……」
「フルーティア様のように魅力的な方々が、この世界を治めてくだされば、皆しあわせになりますのに」
 小首を傾げられる。
「私は今でも十分に、世界を治めておりますよ」
 隣のテーブルで談笑していた男性が、呻いてグラスを取り落とした。
 踊っていた貴婦人、らしき格好の一般人女性が、棒立ちになる。
 オペラコンテストと搾取できる感情、そして配下の素養をもった優勝者がいれば、この淫魔は満足なのだ。
 洗脳が効かないため、侵入者と逆に看破される。
「お話できて、本当に光栄でした」
 それは、アリスティアも承知のこと。
 戦闘準備の整ったディアボロスたちが、彼女の背後に揃っていた。

 事件の首謀者、淫魔フルーティアに対し、丁重な礼をしたアリスティアは、スカートの中から小型魔銃『Silent Knight』を素早く抜いて、不意打ちを仕掛ける。
 後続のディアボロスたちも、得物を手に散開した。
 騒ぎが起こっても、一般人の来客たちは棒立ちのままだ。
 広間の一角に設けられた小ステージで演奏するオーケストラが、催眠の発信源となっている。
 その一番近くにいたメイドが、変装とともに心の枷を解く。
「しゅ、首謀者の撃破も大事ですけど、一般の人に手を出すようなクロノヴェーダは放っておけません……っ!」
 薄雪・灯子(赤い欺瞞の根・g00882)だ。
 優勝者の恵里奈に付き従うかたちで来場し、さらにこの城で働いているかのように振る舞っていた。
 『欲望のバイオリニスト』の連中だって、演奏者に紛れているのは判っている。
 諜報員には、『抑圧衝動(ヨクアツショウドウ)』の効果範囲に、トループス級をきっちり巻き込める位置を狙うだけの観察眼が備わっていた。
「ぐおっ」
「むむ!」
「はうあ」
 衝撃波に、淫魔たちだけが小ステージから転げおちてくる。
 淫魔の化けの皮が剥がれると共に、灯子もデーモンの素顔に戻っていった。
「わざわざ洗脳なんかしなくても、人間の心がもともとどれだけ醜いか、あなたたちは知らないのよ」
 オーケストラの一般人も操作されているのか、まだ演奏を続けている。
 ドラムの音が一際大きく鳴った瞬間、トループス級の1人が、大理石のフロアにばったりと倒れた。
 棒立ちの来客のハザマから、内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)が、アームキャノンを構えていた。
 『アサシネイトキリング』だ。
 残ったバイオリニストが、甘い旋律を奏でる。
 闘争心を鈍らせるセレナーデに、はじめは射撃ポイントを移動する。
「甘い時間、そんなもの、反逆者には不要。行き着く先は、所詮は冷たい土と石の下……」
 アームキャノンの弾丸は、復讐の誓いなのだ。
 着古したトレンチコートのひるがえるさまだけが、ドレスや礼服の合間に見えた。
 誘惑に揺るがず、クロノヴェーダを穿つ。
「あてが外れて残念ね?」
 実際、催眠の効果も薄れてきたようだ。一般人の奏者も来客も、動じた様子を見せはじめる。
 小ステージの前で、なおもバイオリンの弓を往復させる敵に、ナナリー・ラフィット(「夢魔の安らぎ亭」オーナー・g04037)が飛びかかった。
「どんどこ沸く勇気のパワーで、誘惑には負けない!」
 近づいてくる、美男子と呼んで差支えない淫魔の顔。
「ななりんぱんちが火を噴くよ♪」
 破軍衝が、拳のフルコンタクトとともに、衝撃波でもってバイオリニストをぶっとばした。
「しかし淫魔って本当に節操ないね~」
 倒れた敵が、トループス級の全部であることを、素早く確認する。
 ナナリーはそうしながら、はじめと灯子に言った。
「人間から奪うことしか考えていないんだから。私たちサキュバスみたいに、与えることで共生できる種族になればいいのにね~」
 2人のデーモンは、「ふーん」と気の無い返事をかえしただけ。
「おやおや。……ともかく、お次は一般の人を避難させるよ~。よろしく~♪」
 これには、はじめと灯子も強く頷く。

 パーティー会場だった大広間は、洗脳を解かれた人々で一時騒然となったが、ディアボロスの誘導が効き始めてもいた。
「動ける方は周りの方を連れて逃げてください」
 アリスティア・セラフィール(シンフォニックウィザード・g02995)は、アヴァタール級を相手にしながらも、士気高揚で市民に勇気をもたらし、城からの脱出を助ける。
「たばかりましたね、アリスティアさん」
 淫魔フルーティアは、横笛に唇をあてがった。
「世界の支配を勧めておきながら、私の世界……パーティーを滅茶苦茶にするなんて!」
 言葉の途中からは発声されていない。
 『毒蜜組曲』の魔力で、精神を蝕みにかかる。
 魔銃を下げたアリスティアはしかし、彼女も音楽で返した。
「時の女神は、終焉の時を刻む♪」
 伝承の歌。
 穏やかな旋律が、12本の魔剣を召喚し、次々と淫魔の肌に突き立つ。
「くうッ!」
 組曲のテンポで急所を外させ、魔剣を振り払ったが、ドレスはボロボロだ。
 料理を載せていたテーブルも、高価な絨毯も、無残にも床に散らばっている。
 客たちもすべて逃げてしまった。
 避難誘導の完了を、風間・響(一から万屋・g00059)が確認する。
「おっしゃ、残すは敵の親玉だけだな!」
 鬼人の拳を握りしめた。
「しっかし、すんげぇ恰好してんな、あいつ。寒くねぇのか?」
 その意見には、バースィル・アシュラフ(焔陽の獅子王・g02196)が、奇妙な同意を示す。
「なるほど、なるほど。美しいな……。人を惑わす事に特化した美しさだ」
「ま、鎧とか着てるよりはボコりやすそうだからいいけどよ!」
 響の血の力が、両腕に満ちてくる。
 バースィルは香油から毒を抽出した。
「それでいて、女性にしか興味はないようだ。ならば……」
 毒は曲刀にしたたる。
「我らの方にも向いてもらおうではないか、強制的に」
「ちげぇねえ!」
 『鬼神変』で両腕を巨大化させて、一直線。
 惑わすとか快楽がどうとかは、おかまいなし。
「あれ、これコンテストでのバイオリンのやつとおんなじ作戦じゃね?」
 今度は、響が陽動になった。
 一番気持ちいいのは思う存分、淫魔の親玉をぶん殴れること。
 フルートもひしゃげそうなばかりの勢いで、フルーティアの頬を張った。
「あう、あああ……っ!」
 床面に伏し、チェアのひとつにしな垂れかかる、淫魔。
「一曲、お相手してもらおうか! 麗しの女主人よ!」
 バースィルの、伸ばした手に握られているのは刃。
「ダンスは不慣れでな、少々不格好とはなるが、許せ」
 よろめき立ちあがった相手の懐に、『スコルピオンスティング』で入り込む。
 周るステップで振りまかれるのは、毒だ。
「言い忘れたが、ダンスは死のダンスといってな。貴様に死をもたらすものよ」
 だが、女主人の踏むそれも、連射される弾丸に等しい。
「倒れるまで踊り続けようではないか。例え靴が赤く染まろうが、な」
 毒とリズムと。
 剣戟と銃撃の交差する舞曲の勝負は。
「男と踊るのも楽しかったわ。飛び入りの王様さん」
 焔陽の獅子王に、軍配が上がる。
 淫魔フルーティアは、バースィルの琥珀色の瞳から逃れて、千花咲・恵里奈(サキュバスサウンドソルジャー・g00799)の元へ向かった。
「ああ、ソプラノの女王……。あなたの感情を吸えたなら」
 オペラコンテストの優勝者を、淫魔はまだ狙っていた。
 むしろ、声より胸元を狙っていた。
「わ、わたしの……?!」
 恵里奈は、フルーティアのリズムを計り、なんとかかわそうと努める。
「わたしへの……その、こ、攻撃は……!」
 見て対処すると、淫魔だけにどうしても目を惹かれてしまう。
 相手が高揚したふうで、僅かしか無かった布地に手をかければ、揺れる膨らみがまろび出る。
「うっかりすると魅入られちゃいそうな……」
 けれども、振り返ってみるに、みんなの心を弄ばせはしないと誓って、この場に来たのだった。
 視界の隅に、ディアボロスの仲間たちが駆けつけてくるのが判る。
 彼らと、積み重ねた力があれば。
「やってみる……!」
「女王よ、あなたの豊潤な……」
 目前に迫った圧力は、チャンスでもあった。有らん限りに速さを強化して『Digitalis』、灰銀色の小型拳銃を抜いた。
 秘めやかなる一発が銃声となり、すべての音楽をかき消す。
 淫魔フルーティアは胸を射抜かれて、ここに滅んだ。
 宴の終わった大広間に、復讐者たちだけが、たたずんでいた。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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