戦神ウェプワウェトの矛盾(作者 大丁)
小神殿の入り口には、神像が祭られていた。
オオカミの頭を持つ人型である。
像は、細い手足に誇張された姿であり、元になった神は、精悍な体つきをしていた。
と言うのも、その本人が儀式のため、神殿から街へ降りてくるのである。
広場の中央に迎えられると、民が同心円状に輪をつくって並び、歌と踊りを奉納する。
男は腰にスカート状の布を巻き、女はくるぶしまである長衣を纏っている。誰もが、ビーズを編んだ装飾品を身につけ、特に襟飾りは細工も見事なものだ。
やがて、踊りがすんで、民は輪になったまま平伏した。
神は言葉を発する。
「余は戦の神。それも、絶対不敗の戦神である。その証拠をみせる。面をあげよ」
皆が従い、身を起こす。
神は左手を掲げた。
「これは、どんな物でも破壊するセケム笏(杖)である」
代わって掲げる、右手。
「これは、どんな物からも破壊されないエジプト十字である」
両手が、交差した。
「このセケム笏とエジプト十字を持つ余は、絶対不敗なのである」
民は立ち上がって喝采する。熱狂のさなかを、オオカミの頭を持つ者は、神殿へと帰っていく。
儀式は終わりだ。
この神の名を、ウェプワウェトという。
実体は、アヴァタール級クロノヴェーダ、エンネアドである。
今度のパラドクストレインは、獣神王朝エジプト行きだ。
依頼に参加するディアボロスたちは、そう聞かされて乗車していた。
出発前には、詳しい説明がなされる。
「ごきげんよう。わたくしは、時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)と申します。これから向かうのは、古代エジプト人が信じていた神話が、現実化したような世界ですわ」
そのため、一般人がクロノヴェーダを崇拝することが多く、信仰心が敵の力になってしまっている。
一般人の信仰を崩すことが出来れば、クロノヴェーダもまた、大きく弱体化するはずだ。
「皆様には、クロノヴェーダ個人を信仰する小神殿がある街に向かい、その街を支配するアヴァタール級エンネアド『ウェプワウェト』の撃破を行っていただきます」
現地では、お祭りになっている。
「まずは、習俗に馴染み、いっそヴァカンスを楽しんでくださいませ」
ファビエヌは、ちょっと意外なことを言った。
一理ある、と頷くディアボロスもいる。
「イイコトして仲良くなれば、街の人の情報も得やすいですから、ね」
そうして、儀式の時間を迎えれば、戦神ウェプワウェトが広場に降りてくる。
この接触で、神の話に異議を唱え、住民たちの信仰を揺るがすことができれば、戦いが有利になるはず。
案内人の人差し指が踊った。
「ヴァカンスと情報収集は、この異議申し立ての準備になります。お気をつけいただきたいのは、ウェプワウェトの話が毎回新しくなる点です。今回の儀式では、お伝えした予知のとおりになりますが、街の住民はそのことを知りません」
クロノヴェーダは情勢が不利になると、小神殿に逃げ帰る。
そのまま、街中で戦うのは難しい。
だが、みっともなく逃げだす姿は、信仰を疑わせるためにも有効そうだ。
「その後、小神殿に乗り込んで、ウェプワウェトと決着をつける運びとなりますが、ここにも注意点がございます」
小神殿には、クロノヴェーダ自身の像が飾られており、この像がある限り、クロノヴェーダの戦闘力は高くなるようだ。
「できるだけ、この像を破壊してから戦いを挑むようにしてください。街の人々の信仰が失われていればいるほど、神像の破壊はたやすくなります」
裏を返せば、街の人々の信仰が強固なままならば、神象の破壊は難しく、強大なクロノヴェーダとの苦戦を強いられる、ということ。
開け放たれたドアからプラットホームへ。
後ろ向きに降りたファビエヌは、微笑みで皆を送り出した。
「状況によっては、そうした覚悟を決めていただく場合もあるでしょう。皆様の判断にかかっておりますわ」
人々は、儀式で奉納する歌や踊りの練習と称して、早くから広場に集まる。
結局はそれが、お祭りみたいなことになる。
天蓋が張られて並び、食べ物や飲み物の商いもいれば、衣服や装身具の職人もいる。街の住人だけでなく、近隣からたずねてくる者もいよう。
輪になれるスペースでは踊って、見知らぬ顔があっても構わずに歌を教えあう。
「ウェプワウェト様のご威光だ」
「最強じゃん」
「負けねー」
「これ、うめー」
神を崇めているのか、賑わいが楽しいのか。
境界があいまいになってきてはいるが、信仰の元となるのが、『言葉』であるのは変わりない。
すなわち、今回の儀式では、どんな話を聞けるのか。
民の一番の関心ごとだ。
天蓋は、儀式の邪魔にならないように設置されている。
広場の外周に沿ったあと、日干し煉瓦の建物が作る街路にまではみ出て、それら出店(でみせ)も同心円状に並ぶことになるのだった。
天夜・理星(復讐の王・g02264)は、感嘆の声を上げる。
「やってきました、エジプト! って、お祭りあるわー!!」
屋台ごとに違う料理のどれもが刺激的。
「目新しいものばっかりで……目新しい?」
初めて、と言った方がいいか。
楽しげに和気あいあいとする人々の姿。
の、中に見知ったものがある。紀・雪名(鬼をも狩り尽くす鬼・g04376)が、現地人たちとためらいもなく歓談していた。
「嗚呼、食べ物も沢山……今暫くこの広場で楽しんでもいいでしょうか?」
「いいもなにも、食え食え」
勧められれば勧められるだけ、食べもするし飲みもする。
テーブルに積み上がった食器の数。
ひょろ長な見た目からは、想像できないような量を平らげたらしい。
「なになにアタシも混ぜてー♪」
「隣にどうぞ、理星」
「おう、嬢ちゃん! これうめーぞ」
なぜか、子供っぽく扱われたがこだわらず、肉のかたまりにかぶりついた。
「『ヴぁかんす』とは、豪快な祭りですね」
「もぐもぐ……うん。これシンプルに楽しむのがいい気がしてきた!」
2人は、その後も広場から外周へとぶらつく。
やや端っこの辺りを訪れたとき、理星はうめいた。
「あの名前あるでしょ、あれ……うぇぷ、なんて言ったっけ? あーもー分かんないっ!」
装身具や土産物屋の天蓋が張られた区域だ。
ある一角に、等身大のオオカミ頭の像が据えられている。
小神殿にある神像とは別物のはずだが、その神の名を理星は失念していた。
雪名も微笑むばかりで、口にはせず。
興味も薄そうだ。
すると、狼頭像のほうから、話しかけてきた。
「ほぅら、宣伝になるよねー」
いや、声の主は、このオブジェクトにノミと金槌をふるっていた、フルルズン・イスルーン(ザ・ゴーレムクラフター・g00240)だった。
「ボクのゴーレムくんを、早業アートでちょちょっと刻んで飾り付けたのだ」
「えー? そんなことして大丈夫だったの?」
土産物屋の主人にモチーフを求めたら、むしろ狼頭像を頼まれたという。
フルルズンの伝承知識と、臨機応変さも手伝い。すぐに完成した。
今は最後の調整をしている。
そもそもこの祭は、戦いを司る神の説法が元になってイベント化したのだから、イミテーションとはいえ神の似姿の人気はなかなかだ。
食べ物屋の少ないエリアでも、盛り上げかえしている。
通りがかりの人々は、神を称え、崇めようとする言葉を残していく。
そうした情景に触れても、雪名は無言だった。
(「神と云う物はどんな役に立つのだろう……」)
否定しているわけではない。
ただ、不思議なのだ。
「お隣も、のぞいてごらーん?」
「となり……?」
突っ立っていた雪名は、フルルズンに示されるまま、緋色の天蓋を見た。
「さあ、私の占いを聞いていって!」
青龍院・桜(元陰陽師の占い師・g03997)が、イベントに出店(しゅってん)している。
もちろん、占い屋だ。
人を導く『言葉』をかけるのは、神像以上にアリかナシかの判断が難しいはず。
雪名は、またわからなくなった。
「みんなも、お店開いちゃってる!?」
連れあいは、大食い屋台以上に、驚いている。
「理星に、雪名。どう、休息もたまには必要よね」
と、桜。
いや、あなたたちは働いてるよね、とは2人とも言わない。
「なになに、みんなすごいじゃーん♪」
その代わりにノッポの腕をとり、理星はお客の集まりに混じった。
「こりゃ是非とも満喫するしかないよねっ!」
占いショーのクライマックスは、桜からの問答だ。
「皆さん、異国のこんな話をご存知かしら?」
ディアボロスにかかれば、占い師も同国人に思えている。
「何でも貫ける矛と、何でも防ぐ盾。この2つがぶつかったとき、どっちが勝つと思う?」
客たちは、顔を見合わせる。
このカラクリは、雪名も理解した。
クロノヴェーダの説法へのカウンターを仕込んでいるのだ。
であるなら、そもそも桜の出店も、敵への挑発だったことになる。
「ふふ、答えられたお兄さんには、イイコトしてあげるわよ?」
「矛だ!」
若者が叫んだ。
「攻撃しなきゃ、勝てねぇっすよ!」
「いやいや、盾に隠れてたら、いつか勝てるだろ」
若者たちは矛と盾のぶつかりを戦争と理解している。
戦神を崇めるくらいだから、そうした気質なのだろう。
それよりも、『イイコト』に変な期待がこもって、妙な雰囲気になってきた。
お祭りの往来で、滅多なことは起きないはずなのに。
活発なご意見に、ディアボロスの仲間たちが、少々困惑しているなか。
「ふふ」
桜は、ほくそ笑んだ。
若い男たちは、腰に布を撒いただけの格好で、盛り上がっている。
占いショーを後ろから眺めながら、内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)は、呟いた。
「イイコト……人助けかしらね?」
独り言だったが、東雲・リュート(駆け出しのサイキッカー・g04243)は、深くうなずく。
「住民の助けになりたいな。俺には、神様になった気分でいるヤツに、それができるとは、思えないよ」
傍らのパンツァーハウンド、『セイヴァー』の頭を撫でた。
「クロノヴェーダめ。その化けの皮、剥いでやる」
しゃがんだ姿勢の下半身には、現地人と同じ、布が巻かれていた。
お祭りへの潜入に際し、馴染みやすいよう、露店で買い求めたものだ。
はじめは、何の気なしに少年の身体をながめ、下げた視線の先にもっと幼い男の子を発見した。
ベソをかいている。
「迷子……?」
リュートの肩もつつき、子供に話しかけた。
このお祭りの喧騒に、親とはぐれたとわかる。
「私たちが探してあげるわよ」
「家族とはぐれて……悲しくて、泣けちゃうよな」
リュートが自分のことのように言う。
いっぽうでセイヴァーが、路地でほどこしの肉を食っている野犬を示した。
オオカミ神信仰の関係で大事にされているのか、街のそこかしこで野犬の闊歩を見かけた。
ものは試しに男の子の親を探せないか、『動物の友』を使ってみる。
野犬は、「来い」とばかりに駆け出す。
「はじめさん! フルルズンの作った像のとこで待っていて!」
「わかったわ、お願いね!」
子供をあやして過ごしていると、リュートは現地の夫婦を連れて戻ってくる。
母親は男児を抱き、はじめたちに強く感謝した。
そして父親は、戦神ウェプワウェトの像に気が付くと、それにもお礼を言った。
「戦神さまのご加護で、息子が無事に戻りましたァ!」
「え? うん、そ……」
一瞬、言葉につまったリュートだが、すぐに話を合わせる。
「そうだよねー! ウェプワウェト様最高だよねー!」
腰布を着てたから、同じ信者と理解されたのかは、わからない。
けれども、子供を助けてくれた相手になら、心も許そうというもの。
はじめもリュートも、戦神を持ち上げて、これまでの儀式での説法の内容などを聞き出した。
男児が母親の胸でスヤスヤと眠ってしまったころ、父親は気が付きはじめる。
「ウェプワウェト様って……ご自分が強いって話しか、してない?」
「そうだよ、あんた。坊やを助けたのは、神の加護じゃなくて、この人たちなんだから」
「いえいえ」
「まあまあ」
謙遜しながらもディアボロスの2人は、確信していた。
やはりエンネアドが本当には人助けなどしておらず、きっかけがあれば信仰は揺らぐのだ、と。
戦神ウェプワウェトは、小神殿の階段を降り、ひとりで中央の大通りを歩いてくる。
儀式の時間だ。
天蓋と出店は一旦どけられて、日干し煉瓦の建物の陰に押し込まれている。
街の人たちの輪が幾重にもつくられる。
広場に到着した神を、輪の中央に迎え入れた。
楽器が奏でられ、歌唱がのる。
輪は、列ごとに互い違いに周りながら、踊りが始まった。
その3列目という、神にごく近い位置で、マリア・アルビオン(記憶の継承者・g02657)も、振り付けについていく。
多少のトチリは問題にならない。
彼女のほか、ディアボロスたちは、他の街からきた客ということで通っていた。
祭への参加が、住民たちに歓迎されたのだ。
踊りが不慣れでも、無知な余所者の振る舞いとしては丁度いいくらい。
そんなことよりマリアは、ウェプワウェトを密かに観察する。
(「この戦神とやらの話は、矛盾ばかりだな」)
街での調査から、過去になされた説話も、予知された今回の内容と大差なかった。
(「狂信的になってしまうと、気がつかないものなのだろうか?」)
1列目にいる民など、ちょっと興奮しすぎに思える。
(「あるいは儀式や祭りは、信者の目を逸らすためのものか」)
それでも滞りなく進行し、住民と一緒にマリアたちも平伏した。
「余は戦の神。それも、絶対不敗の戦神である。その証拠をみせる。面をあげよ」
左右の手に持った道具の講釈がなされる。
「余は、絶対不敗なので……」
「お待ちください!」
陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が、腹の底からの声を響かせた。
それを合図に、仲間たちも立ちあがる。
「戦神よ、確認します。その左手のセケム笏はどんな物でも破壊し、右手のエジプト十字はどんな物からも破壊されない。その言葉に間違いはありませんね?」
いったい、なんの確認だ。
クロノヴェーダは、戸惑っていたのであろう。気持ちよく決めゼリフにいこうとしたところに水を差されたから。
呻いてから、言葉を絞り出す。
「間違いなどない。余は……」
「では、そのセケム笏とエジプト十字を打ち合わせたらどうなるのでしょうか?」
オオカミの顎がガクッと開いた。
「ど、どうなるって、どんな物でも、その……」
神のほうこそ目を逸らしはじめたので、マリアが、たたみかける。
「答えろ。その笏で十字を突いたらどうなるのだ!」
膝をついた姿勢のままだった住民もざわめきだした。やがて、誰かが思い出す。矛と盾だ、と。
頼人は神に詰め寄った。
「打ち合わせて十字が壊れても壊れなくても、あなたはウソをついていることになる!」
犬歯がパクパクした。
「よ、余は戦神であるからして、戦争でもないのに、武器を振るったりはしないのだ」
エンネアドは、くるりと踵を返すと、広場に来た時よりもかなりの速足で小神殿へと引き上げていった。
マリアの耳には、狂信から覚めていく人々の言葉が、いくつも届いていた。
広場では口々に疑義があげられていた。
戦神ウェプワウェトの、これまでの説法に対してだ。ケンカっ早い人たちなので、ウソをつかれていたと思うと、態度もすぐにひっくり返る。
混乱した状況から、その仕掛け人らはそっと抜け出す。
レオアリア・フォルシオン(フォルシオン統一王朝初代皇帝『征龍帝』・g00492)たち、ディアボロスである。
「現在なら信仰が揺らいで破壊しやすそうだし……」
「こっちから小神殿に乗り込もーう♪」
天夜・理星(復讐の王・g02264)は獲物を携えた。
紅の激情、『六聖剣』である。
階段を昇ってすぐ、入り口に堂々と安置された、オオカミ頭の神像は壊されるのを待つばかりだ。
ウェプワウェトは、神殿奥に逃げ込んだままである。
「絶対に絶対をぶつけてそれらが両立するなんて大間違いなんだよ、『ウェブブラウザ』さん!」
やっぱり、神名を言えてない。
と、気付きつつも、理星の技で大切なのは感情の波だ。
拳を振り上げ、詠唱するのはレオアリア。
「さーて、身の丈に合わない神像なんて殴っちゃいましょうか。……復元せよ、我が歴史!」
「これが『子の矛をもって、子の楯をとおさばいかん』ってことだよ!」
六聖剣も空間に作用し、物理法則を書き換え始めた。
ひょっとしたら、矛盾も超えるかもしれない。
錢鋳・虎児(無敵の御ガキ様・g00226)は、痩せた神像を見上げ、仲間たちの技を見比べ、そこから儀式のあった広場を眺めた。
「ホコとかタテとか、俺にはむずかしかったなー……。で。もー壊していいのかこれ?」
返事は、理星の一突きで十分だった。
『感情斬(ドライヴ)』が、狼頭の眉間をやすやすと貫く。
空間制御もさることながら、もはや像が信仰に守られていないのは明白だ。
刺した聖剣が引き抜かれると、穿たれた穴から太陽光が入って、小神殿のエントランスにまで届いた。
「そっかー。んじゃ……やるかー、カーちゃん達ぃ!!」
陸戦砲兵の少年のまわりに、幻影の女性が浮かんでくる。カーちゃん達と呼ばれているものが。
征龍帝の拳には、冷気が付与されつつあった。
「蒼き時間と凍結司りし竜を弑した歴史。その復元を以て我は時を凍てつかせる氷を掌握する」
獣神王朝エジプトの気候風土など関係ない。
寒々とした時間そのものが、神の似姿に叩きつけられる。
「蒼き時と氷を司るは書架の王の如く(コキュートス・ブックドミネーター)!」
レオアリアに殴られた腹から順に、神像の温度が低下し、細い指先からはつららが垂れた。
熱砂の街での舞踊に代わり、狼頭の周囲で輪をつくる女性は、ミサイルランチャーを抱えている。
なぜか、くるぶしまでの長衣はなく、全裸姿だ。
「ぶっとばせぇぇぇぇーー!!」
虎児の号令で、アヴァタール級エンネアドの拠り所は、コナゴナに崩れた。
「あーやっぱな! この犬のやつより、俺の方が強いぜー!」
「ちょっと、アナタ! わたくしの冷気が凍て砕いたのですわ!」
ツンデレ姫騎士は、無敵の御ガキ様にくってかかろうとしたが、相手は満悦したまま、さっさと小神殿のエントランスを歩いていく。
「まあまあ。砕けたら砕けただけ未来に光が射す、次は『エルドラド』を砕く番だよね!」
聖剣の担い手のとりなしにも、ぷうとふくれて。
「アナタも! 敵の名は『ウェプワウェト』ですわ!」
「……あー、また言えてなーい!?」
そのころ、小神殿の奥の間で、本人が身もだえしていた。
小神殿の広間には、玉座があった。
主は、侵入者の気配に慌てて起立する。
「誰だ?!」
「お待たせー、ウェなんたらさーん!!」
「よー、来てやったぜ犬のやつー!」
理星も虎児も、ついに相手の名前を言いそこなったまま。
だが、戦神ウェプワウェトのほうは、ディアボロスの面々をみて反応を返した。
「おまえたち、さっきの儀式で余に恥をかかせた……こんな神殿の奥まで追ってきて……はっ! 余の不調はもしや?!」
手をわなわなと震わせている。
内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)が、デーモンの翼を広げて言う。
「説法は残念なのに、察しは良いようね」
「神像なんて、殴り壊させていただきましたわ!」
レオアリアが、いまだ纏ったままの冷気を誇示した。
その傍らに、オオカミ頭の像が自分で歩いてくる。フルルズン・イスルーン(ザ・ゴーレムクラフター・g00240)が作った、イミテーション。プロト・ゴーレムだ。
「代わりにボクが作品を彫っといてやったから」
右掌を差し向けて。
「お祭りの盛り上げ代と合わせて、請求させてもらうよ、神さま!」
「よ、余はこんなブサイクではない! 侮辱への神罰を与える。セケム笏をくらえ!」
神は省みず、左腕を掲げた。
ゴーレムを青い炎がつつみ、前進を阻む。
「わはは。どんな物でも破壊する余の……」
笏の先で、石の肌をコンコン叩いたところで、強烈なゴーレムパンチの逆襲を受けた。
「ぐっふぅ! ……余、余を守れ、エジプト十字よ!」
破壊されないかどうかは知らないが、右手に握りしめられた十字は、黒い狼の群れを空中に出現させる。その駆ける勢いによって、ディアボロスたちを遠ざけているのは確かだ。
はじめは、飛翔を発動し、狼の群れを翻弄した。
「間抜けなワンちゃんたちには……躾が必要よね?」
街の野犬のほうが、幼子の親のところまでリュートを案内できるくらい利口だ、と。
神殿の天井を蹴って、はじめはウェプワウェトに急接近し、砲口をピタリと合わせた。
「報復の魔弾よ!」
オオカミ顔の左側面、殴られたほうに命中し、怨霊が浸蝕する。
残った黒狼には、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が砲撃を加えた。
背中からは二門のキャノンと、両脇に小型ガトリングが伸び、Vロックアームズと総称される武装砲台が、頼人の念動力をこめて連射される。
エジプト十字の召喚物だけでなく、天井や壁も砕き、瓦礫となって落ちてくる。
小神殿の主は、ますます両腕を震わせて、嘆いた。
「神像だけでなく、余の拠り所を……!」
「みんなを騙してその信仰心を利用しようとした報い、受ける時が来たみたいだね」
頼人は砲撃を水平にまで持ってくる。
トリガーを引いたまま一気に突撃して、デストロイスマッシュとして叩き込む。
嘆く神は隙だらけだ。
「『絶対不敗』って嘘、暴かせてもらうよ!」
「う、嘘ではない、どんなの来ても壊れなくって」
ウェプワウェトも祈るようにして、十字をしつこく掲げる。また、黒狼が召喚された。
今度は、紀・雪名(鬼をも狩り尽くす鬼・g04376)が、相手をした。
「破壊と守り、どちらが勝つか見ものですね。とっておきの演目だ」
『鬼神変』で腕を巨大化させる。
さらに、積み重なった怪力無双が、頼人の砲撃で出来た瓦礫を持ち上げさせ、黒狼の進行方向へと、文字通り壁になった。
「遠慮なく来なさい」
噛みつき攻撃を受けても怯まず、その痛みすら心地よい。闘いは楽しい。
敵の進路を歪ませ、瓦礫をぶつけて仲間から引き離す。
雪名が、囮になって誘導するうちに、空中狼の群れの移動が、それを操るエジプト十字の右手首の動きを、逆に捻りあげた。
「イテテッ……ああ?!」
戦神の悲鳴は、絶望を含んでいた。
手が交差した拍子に、エジプト十字がセケム笏を打って、笏のほうを折ってしまったのだ。
これには、雪名も声を掛けずにおれない。
「楽しい時をありがとう。ただ口先だけのキミにではなく、歓迎して下さった人々に、ですがね?」
はじめは、もっと痛烈だ。
うずくまったエンネアドを蹴り返して、胸元を踏みつける。
「民衆の目前でぶつけてみたかったけど、まさか十字で笏を壊せるとはね?」
絶対不敗が聞いてあきれる。
マリア・アルビオン(記憶の継承者・g02657)は、託されし願いを、穴だらけになった広間に展開した。
「いよいよ最後の時が来たようだな」
今も広場で、抗議の声をあげる街の住民の姿が、マリアの背後に映し出されていた。
「ウェプワウェトひでー」
「弱えーじゃん」
「矛と盾だろ、コノヤロー」
民衆はもはや、占い遊びの桜の話とごっちゃになっている。
「ほこ? たて? そんな話は知らん……」
それをウェプワウェトに説いてやる義理はない。マリアは、聖剣に人々の願いと祈りを集めていった。
「神殿が死に場所とは、貴様のような小物には不似合いな墓標だな!」
見下ろし、言葉を投げつけ、上段に構えた。
「聖剣よ、すべての邪悪を撃ち破れ! 『星の灯はすべて人(ブレイブリー・アルビオン)』!」
全力で振り下ろす。
刃が、石床に通るほどの斬撃だった。こうして、偽りの戦神は滅びたのである。
雪名は広場の方角を振り返った。
「儀式が無くなっても、この街の人々なら、きっと楽しくやっていくでしょう」
それもまた、願いだ。
ディアボロスたちは頷くと、帰りの時空間列車へと急いだ。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー