大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文掲載『半ズボン役とスカート』

半ズボン役とスカート(作者 大丁) 

 高級そうな調度品に囲まれた部屋に、肌も露わなドレスを着た女が座っていた。
 小悪魔的な角と翼をもつ、淫魔である。
「さぁ、こっちへ来て、姿をよく見せておくれ」
 その部屋に通じる別室に声をかける。
 扉は開いているが、おどおどした声だけが返ってきた。
「え……、でも」
「いまさら、恥ずかしいのかい? コンテストではあんなに堂々と歌っていたじゃないの」
 やがて観念したのか、質素なブラウスとスカート姿の者が戸口に立った。
「まぁまぁ、なんてかわいらしい」
「ああ、フルーティア様」
 淫魔は、さらに手招きして、その人の顔を自分の胸にうずめさせようとするのだった。

ごきげんよう。わたくしは、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)と申します。この車両の行き先を感知した、時先案内人ですわ」
 一礼し、予知の内容を語り始めた。
 彼女がそうする時は、いつもパラドクストレインの中である。
「この、『フルーティア様』と少女に呼ばれていた人物こそが、断頭革命グランダルメの勢力圏であるオーストリアの町々を支配し、退廃の都に貶めているクロノヴェーダ、淫魔のひとりなのです」
 音楽や芸術のコンテストを開き、上位者を招いて配下に加えてもいるという。
「街の人々を救うためには、支配している淫魔を撃破せねばなりません。通常では接触することさえはばかられる相手ですけど、当の淫魔が開催しているコンテストで優秀な成績を収めれば、淫魔のパーティーに招かれることができますわ」
 座席のディアボロスたちから声がかかる。
 パーティーに出席し、会場で淫魔を撃破すればいいのか、と。
 ファビエヌは頷きつつも、人差し指で吊り革のひとつをつついて揺らした。
「予知に出てきたのは、コンテスト優勝者が淫魔の私室に呼ばれたところでした。優勝にまで至れば、一般人のいない室内で、フルーティアだけを相手に戦うことも可能です」

 人差し指は、宙を躍りだす。
「開催されるのは、オペラコンテストです。劇場の舞台に立って、オーケストラの伴奏を受けながら、一場面だけを歌と演技で表現します。……ただ」
 時先案内人は今一度、参加するディアボロスたちの顔を見回す。
 そして、微笑を浮かべた。
「召使いの少年に、夫人がたわむれで少女へと変装させる場面、なの」
 ちょっと込み入っている。
「夫人役での出場もできますけれども、コンテストのメインは、少年役。この街でのオペラの少年役は、実際に年少者が演じるほか、女性の役者や高い声の出せる成人男性が演じています」
 原則として、年齢性別に参加の制限はないわけだが。
「『予知にでてきた少女』と申し上げましたけれども、本当のところは男か女か不明ですわ。同じく、淫魔フルーティアがどのようなところに審査の基準を設けているのか、街の人々への調査が必要です」
 いきなり歌うよりも優勝の見込みが立つだろう。
 一般人たちは、観客としても出場者としても、このオペラコンテストでの淫魔の趣味趣向をいくらか把握しているはずだ。
 さらに、余裕があれば、と前置きして付け加える。
「淫魔は『自動人形(オートマータ)』の支配下に入っているクロノヴェーダです。どうやら、このオペラを通じて関連する噂を、街で聞けるらしいですわ」
 事件とのつながりなど、ファビエヌにも詳しくは判らない様子だった。

「淫魔の影響は、街の治安にも及ぼしていて、単純な暴力的事件こそ少ないものの、ストーカーなどは多数発生しているようですわ。調査の段階では、あまり深入りし過ぎないようご注意くださいませ」
 そう言って、ファビエヌは降車した。
「フルーティアの撃破さえすれば街の治安も正常になりますし、なにより皆様ならば、それができると信じておりますから」

 裕福な商人の館に、昼間から忍び込もうとしている人影が、3つもあった。
 ひとりは、生け垣をよじ登って越えようとし、途中でしがみ付いたまま動けなくなっていた。
 10代の少年である。
 もうひとりは、街路樹の伸びた枝から試みて、やはりそこへぶら下がったままになった。
 20歳そこそこの若い男だ。
 最後のひとりは、生け垣の下に穴を掘ってくぐろうとして、身体がはまってしまった。
 なんと、大人の女性である。
 若者が少年に声をかける。
「坊主、手をのばして、俺のいる枝を支えてくれんかね」
「ムリだよう。落ちないでいるので精一杯さ」
 女性も2人を呼んだ。
「もう、諦めて、降りて来な。そんで、あたしを引っ張り出しておくれ」
「そうすっか」
「そうするよ」
 3人は、示し合わせたわけでなく、たまたま近い場所から館に侵入しようとしたのだった。
 だが、動機は同じで、館の夫人の姿を覗き見したかったのだ。
 それが、オペラコンテストの役作りになる、という噂だったからである。

 オーストリアのその街は、支配者フルーティアが住むとされる古城と、彼女の行うオペラコンテストのために改装された劇場とが際立っていた。
 表向きは観光と商業で成り立っている。
 ディヴィジョンである以上、どこまでが市民の信じているとおりなのかは不明だ。
 着古したトレンチコートで颯爽と、内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)は街路を一巡した。
「……オペラが盛んなら、服屋とかも人出が多いかも」
 手近な一軒に足を向けてみる。
 戸口をくぐると、確かに盛況だった。
 しかし、婦人服を扱った店舗を選んだつもりが、客は大人の女性だけではない。
 少年少女に、若い男性までいた。
 鏡の前で、ロングスカートをあてがっているのだから、あの太った中年男性も自分用を買い求めているのだろう。
 さすがに、はじめも目を丸くした。
 店主が気付いて、声をかけてくる。
「あんた旅人かい? あれはオペラの衣装さ。うちは普通の仕立屋だったんだけどねえ」
 なんでも、舞台上での早着替え用をつくってやったら、評判をとったらしい。
「そのオペラというのは、女装がテーマなのかしら」
 はじめは、すでに見知った事も含めて、土地柄に疎いふりで事情を尋ねてみる。
 コンテストがあるなど、あれこれ教えられたが、こんな話も出てきた。
「召使いの半ズボンをスカートに変えちまうっていうのはさ、スペインの昔話が元になっているそうだよ」
「スペイン?」
 今まで、意識していなかった国名が出て、はじめは聞き返した。
「そう、スペイン。今となっては大陸軍(グランダルメ)の最前線だなぁ」
 店主は、遠い目をした。

 はじめの下調べでモブオーラの効果が重なったおかげか、コンテスト調査のディアボロスたちは、裕福な商人の館に難なく潜入できた。
 生垣や街路樹に引っかかっていた少年と男女の3人を横目に、である。
 こちらも3人。
 ルカ・ナイアド(レッドコートガール・g03745)の発案で、館への出入り業者に扮し、荷物を運んでいる。
「『館の夫人の姿が役作りになる』……ねえ? もう一捻りありそうね」
「男の子に女装させる趣味とどうつながるのかな」
 髪を帽子に隠して、辻・彩花(Stray Girl・g03047)は、少年役目指してますって感じに近づけていた。
 陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、メンバー唯一のホンモノ少年だが、当人はもっと紳士的な、ダンディズムが溢れていると思っている。
「オペラとか楽しむのって富裕層の婦人とかだよね。この館の夫人が情報を持ってるといいなぁ」
「アタシは、観たことないからピンとこないけど、ミュージカルとは違うんだよね? ……って、アレ」
 彩花が、柱廊から中庭を覗きこめる場所を見つけた。
 館の夫人らしき姿もあるが、やはり遠くから眺めているだけでは、得るものはない。
 もう一度、配達人としての身なりを確認し、ルカを先頭にして、長椅子に寝そべる女性の元まで行進してゆく。
 白いゆったりとしたガウンを着て、ややふくよかな体型。当然、人間だ。
 しかし、その目線は鋭く、荷物を届けにきた新入りで、などとルカが装ったのも、すぐに見抜いた。
「演じてらっしゃるのは、判っていますよ」
 正体が露見したか、と3人のディアボロスたちのあいだには緊張が走ったが。
「オペラコンテストで優勝したいんでしょう? 特にそこのお嬢さん」
 市民か駆け出し役者のように思われている。
「バレましたかぁ? アタシもコンテストで活躍したくって」
 帽子を脱いで、彩花は頭をかいてみせる。看破した夫人も満足そうだ。
「そちらの男のコも、スカートが似合いそう。ほほほ」
「ぼ、僕にはその、女物の服なんてダメで……!」
 頼人は、真っ赤になって、両手を振った。ルカは素直に、問う。
「役作りになる、という噂はいったい何なのでしょう?」
「ああ、それねぇ」
 この、ブランケ夫人はオペラが好きで、劇場のボックス席にいるのを、よく見かけられていた。
 淫魔のオペラコンテストの登場人物の『夫人』に雰囲気が似ていると言われ、噂がこじれて、優勝を望む者がブランケ夫人の姿にむかって女装シーンを演じると上達するなどと尾ひれがついたのである。
「最近は無茶をする人も多くて……あなた方もそうね。館に入ってきてしまうんです」
 ブランケ夫人も、それを楽しんでいるらしい。
 こうした倫理や感情の歪みも、淫魔の影響のひとつなのだろうか。
 とはいえ、情報収集が空振りでは困る。頼人は、もう少しがんばってみた。
「オペラに詳しいブランケさんだからこそ、審査の基準や、求められる演技を知らないかな?」
「さっき、スカートが似合いそう、と教えたでしょう? 歌や演技は凡庸でいいんです」
 3人に強運が働く。夫人が語りだした。
 女性が少年を演じ、さらに舞台上で少女に変装するという、まさにこの捻じれこそが、審査の要点。
「彩花、意外な方向に、一捻りあったわね」
「もう少し、詳しく!」
 元の役者が、どんな人物であろうと、そこから思いもよらぬ変身を遂げれば、淫魔フルーティアは評価するのだという。
 仕立屋に頼んで、派手な仕掛けを使った早変わりや、むしろ全然女装が似合わない男性がむりやり高い声を出して優勝したこともあった。
 かと思えば、美しさや可愛らしさで売る、正統派の女装少年もいる。
「私もね。忍んでくる人の工夫が可笑しくて、褒めてあげたら優勝されたりして……」
「あながち、噂も間違いではないのかしら」
 唸る、ルカ。そして、彩花に頼人。
 つまり、意外性というか、見世物的な趣向が評価基準だ。
 仲間たちのもとへ、その情報が持ち帰られる。

 本番前の待機場所で、リズ・オブザレイク(人間の妖精騎士・g00035)は、おどおどしていた。
 硬い木の椅子に座ったまま、ほかの演者を眺めるばかり。
「み、みなさん、上手です……」
 発声やステップを寸前まで確認している一般人。けれども、別の感情も湧いてきた。
「僕らの誰かが優勝すれば、あの市井の人々から犠牲を出さずに済む……」
 ならば、騎士として参加するほかない。
 誓いの言葉に、珠洲代・ユウ(今を映す琥珀・g03805)が応えた。
「わたしも、歌や演技には自信がないけど……とにかくできるだけやってみよう」
「えーっと、コンテスト? だったか! よろしくなー!」
 錢鋳・虎児(無敵の御ガキ様・g00226)は、元気いい。
 その代わり、台本も持っていないし、イマイチ分っていない感じもする。ユウは自分への不安を忘れた。
「虎児くん、舞台で衣装を変えるのよ? セリフは覚えてるの?」
「んー。カーちゃん達がうまくやってくれるよー」
 幻影の裸女たちが、ふわりと浮かび上がったので、きゃーきゃー言って、かき消すユウ。
「た、たぶん、その格好で出演させちゃ怒られるよね、そうだよね」
 他の仲間に確認をとれば、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が、幻影は正体がバレるからと前置きしたうえで。
「『意外性』がキモって訳だからね。ただ女装するだけじゃなく。みんなもそういうのなら、得意なんじゃないかな」
 事前調査の結果が、励ましになった。
 オペラコンテストの開始を告げる序曲が、オーケストラによって演奏される。
 弦楽器の細やかな調べが、心中穏やかでないリズたちの様子を現しているかのようだ。
 白のゆったりとしたガウンを着た、夫人役の女優が、お決まりのセリフを歌う。
「さぁ~♪ 姿をよく見せておくれ~♪」
 リズは、臨機応変さには長けている。
 参加者たちを見て得たものを参考にして、舞台に立った。
(「大丈夫、いけます! 普段より短くはないから!」)
 半ズボンの上から、ロングスカートをただ履いただけだ。
 お客は、その可憐さに驚いた。
(「慣れてはいますし、常に演じているようなものなんですが、それとこれとは違うというか……」)
 本人の戸惑いは、芝居にでていない。
 妖精騎士でいるためにリズは、丈の短いスカートを履かねばならないという境遇に、みずからを置いているのだ。
「さぁ~♪ 姿をよく見せておくれ~♪」
 ユウは、腰まで届く長い髪をリボンで結び、帽子に隠して舞台に出てきた。
「お、お戯れを~♪ ぼ、僕の恋を知りながら~♪」
 歌は、本当に自信がない。
 しゃべっているのと変りがないほど、抑揚がつけられない。
(「わああ、どーしよう、どーしよう?!」)
 その恥じらいを、客は召使いの悩みの表現と捉えた。静かに、じっくり鑑賞している。
 なんとか、変装の場面まで歌いきり、ユウはリボンを解いた。
 髪がふわりとなびく。
 女性らしさがアピールされ、客も拍手で迎えた。
(「あれ? なんか、喜んでもらえてるのかな?」)
 真正面から評価されると、なお恥ずかしかった。
「さぁ~♪ 姿をよく見せておくれ~♪」
 虎児は、夫人役の俳優に、素で質問した。
「これ履くの? いーけどよー……どうやるんだ?」
 本当にスカートの履き方も分っていない様子。
 女優が、アドリブを利かせて、虎児の腰までひょいと持ち上げる。
 客席から、くすくす笑いがもれた。
 女装が出来たら出来たで、嫌そうな顔をしない。
「へへーん、似合ってるー?」
 と、得意げだ。
 芝居がアベコベなのだが、そこが虎児の『意外』ポイントとなった。
 笑いがドッと湧く。
「さぁ~♪ 姿をよく見せておくれ~♪」
 頼人は、罠使いをトリックに応用した。
 夫人の横のテーブルから、クロスを思いっきり引っ張る。
 宙に舞った白い布が、舞台の床に落ちるまで。
 観客の視線を遮る時間をつくった。
(「上着を脱ぎ捨てその下に予め着込んでいた女物の服を露わにし、同時にテーブル下に広げて隠していたスカートを取り出し半ズボンの上から巻きつける形で履く!」)
 口で言ったとおりに早着替え完了。
 夫人役の前で、恥じらいを込めて演技を続ける。
 驚きと賞賛の声が、頼人の耳にも届く。
(「ただ恥ずかしい思いするだけじゃつまらないからね。少しは驚いてもらわなくちゃ」)
 手応えがあった。
 オペラコンテストに臨んだディアボロスたちは好成績を収めて、全員が淫魔の主催するパーティーに招かれる。
 その中でも、優勝したのは、意外中の意外な演者であった。

 オペラコンテストの上位者祝賀パーティーは、古城の大広間で盛大に執り行われていた。
 慣例どおり、淫魔フルーティアは、会場を周って挨拶をした。
 今は、彼女の私室に戻ってきている。
 こっそりと、霞・沙夜(氷輪の繰り師・g04141)を招いて。
 主催と優勝のふたりに抜け出された宴席で、客たちのダンスをしている舞踏曲が、部屋にもかすかに響いてくる。
 淫魔はあらためて、沙夜の優勝をたたえた。
「わたしがカラクリ好きだとしても、何から何まで作り物で演じるとは思いませんでしたよ」
 夫人役も含めて、動物の人形劇でシーンを表現したのだ。
 それが、審査員の目に留まった。
 沙夜は祝辞への礼を返すとともに、時間も稼がなくてはならないと考えていた。
(「みなさまも追ってくるはず。到着まで、不信感をもたれないために……」)
 案の定、淫魔は要求してきた。
「生身のあなたのお芝居も見たいわ。できるんでしょ?」
「もちろんです」
「では、大きな人形に夫人役をやらせて、あなたが着替えなさい」
 これしきの任務では、動揺しない。
 女装の場面を再現すると言いながら、人形に半ズボンを脱がさせたままなら、スカートも身に着けさせず。
 身ひとつになって、踊る。
 フルーティアも、ドレスの胸元を緩め、ふたりの肢体が絡まろうとした、その時。
「ぬ?!」
 視線を、沙夜から外した。
 誰もいないはずの別室から、人の気配がする。
 はたして、戸口から現れたのは、武装したディアボロスたちであった。
「これは……なにかの謀略であったのか?」
 淫魔フルーティアは、沙夜の肌から飛び退り、壁を背にして身構えた。
 単独でこの場を切り抜けるべく、魔のフルートを手にする。

 先頭で突撃してきたのは、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)だった。
「お待たせ、沙夜さん……って、うわぁ!?」
 淫魔ともども、服がない。
 その光景を目の当たりにし、真っ赤になって顔を背けていた。
 とはいえ、敵の私室なら、パーティーの一般客を巻き込む心配はない。
 頼人は、避けた視線の先にあった、高級そうな調度品を念動力で倒し、アームドフォートの砲撃で破壊した。
 マホガニー材の割れる音が、フルートの音をかき消すと、期待して。
「あとはもう、勇気を胸に、なんとか快楽に耐えるしかない!」
 竜骸剣を構えて、ふたたび裸身に立ち向かう。
「この展開は、お前にも『意外』だったみたいだね!」
 フルーティアの肌に、デストロイスマッシュを叩き込んだ。
 一瞬、体をくの字に折った敵だったが、取り囲んだディアボロスたちの中に、霞・沙夜(氷輪の繰り師・g04141)の姿がそのまま含まれているのに気付いたようだ。
 笛の音に、煽情的なステップを加えてくる。
 沙夜は、狙われていると知りながら、あえて抵抗せず、罠に誘うための隙とした。
「みなさまもいらしてくださいましたし、ここからは反撃の時間です」
 煽情ステップは音の弾丸となって、無防備なかっこうに浸透してくる。
「服を着ている時間はなさそうですが、そこはしかたありません」
 太股に濡れた感触が伝わる。
 隠せないが、しかたないのだ。
 淫魔は、沙夜のそこを操作できているような、淫靡な表情をしている。
「さぁ。いっておし……」
「繰るだけと思いましたか?」
 人形劇で優勝した者は、『繰り糸』を部屋中に張り巡らせていた。縛撚糸に、フルートの指遣いが阻害される。
「これさえ封じてしまえば、あとは倒すのみ……あうっ!」
「女の子同士とはいえ目のやり場に困るなぁ」
 辻・彩花(Stray Girl・g03047)は、張られた糸の先にトラップを足していった。
「あー、お取込み中のとこ申し訳ないんだけど、そこら中に罠があるって思ったら迂闊には動けないでしょ?」
 フルーティアの背後から声をかけて挑発する。
 振り返った相手に、頼人が壊した調度品を、同じく念動力でぶつけた。
「お、おのれ……」
 横笛から離れる唇。
 その隙を狙い、喉元めがけてナイフが滑る。『クワイタス』をキメた彩花は、フルーティアの脇をすり抜けて、沙夜のくず折れそうなところに駆けつけた。
「さすがにそのままはちょっとね。男子もいるし」
 上着を脱いで、剝き出しの肩から掛けてやる。
 夜曲は、女子たちにも効いてきた。
 内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)は、拳銃のグリップで、利き腕じゃない方の手の甲を殴り付ける。
「ちいっ! 強引にでも正気に戻して……」
 両手は塞がっているが、今なら飛翔できる。
 腰砕けになりながらも、シャンデリアまで跳んで、その上に立った。細やかな透かし彫りを遮蔽にとって、フルーティアを伺うと、別のものが見えてくる。
 この照明器具は、部屋で行われた惨劇を、ずっと見下ろしてきたのだった。
 オペラコンテストに優勝し、街の名士に個人的に誘われ、しかし要求されたのは貞操か生命。
「犠牲者達の無念、恐怖、怨嗟をその身で味わいなさい!」
 はじめは、報復の魔弾を撃ち込むべく、トリガーを引き続ける。
「我らが敵から総てを奪い……喰らい……滅ぼせ!」
「ひっ、ああッ」
 頭上からの銃撃と砲撃に、淫魔フルーティアは怯み、笛を持ったままの両手を額に掲げて、しゃがみ込む
 豊かな胸が膝頭に挟まれて、むにゅとつぶれた。
 木片が散乱し、破れた絨毯に、珠洲代・ユウ(今を映す琥珀・g03805)のセクシーな足元が踏み出される。
「お招きありがとうございます……なんてね。わたし達があなたを倒しに来て、驚いてくれたかな?」
 フルーティアは顔をあげると、ユウのふわりとした、腰まである髪に気を留めたようだ。
「その髪型は……! やっぱり、コンテストに謀略が?!」
 それには答えず、ユウは『青龍水計(せいりゅうすいけい)』で部屋を満たした。
 突如湧いた水に絨毯は沈んで、姿勢を低くしていた淫魔の口元まで溢れてくる。
 逃れようと立ち上がった裸女に、ユウは問うた。
「ところで、どうしてスペインなのかな。倒される前に、教えてくれない?」
「ゴフッ、元の筋書きでは……」
 咳き込んだあと、主催者は観念したように語り出す。
「召使いの少年は、兵士として最前線に送られる運命なの。夫人は、たわむれつつも助けてやるつもりで女装を試す、けれどもわたしは……」
 毒の籠った瞳を燃やした。
「そんな話じゃ退屈だからね。場面だけ趣味に合うように切り取ってやったのさ!」
 降参する気は毛頭ない。
 ユウはいったん退き、シャンデリア上のはじめも、水のひいた床に降りる。
「私が会った服屋も、スペインが大陸軍(グランダルメ)の最前線だと言っていたわ。兵役に反対するような表現は、相応しくなかったのね」
「ハ、本当趣味悪いわね」
 ルカ・ナイアド(レッドコートガール・g03745)は、榴弾砲を構えなおす。
「倒錯してるのは分かったけど、こっちまで巻き込まないでくれるかしら?」
 仲間へと、決着の呼びかけをする。
 ディアボロスたちは、室内に散開した。
 アヴァタール級淫魔も、淫蕩夜曲を頂点へと盛り上げていく。
「退廃した魔曲なんて掻き消してやるわ!」
 レボルシオスラッシュで軍歌を高らかに響かせた。
 世界の変革を望む意志は、榴弾砲に宿る。
「英国兵士なめんじゃないわよ! 国王陛下のため、いざ突撃!」
 まぶたに浮かぶ、轟音鳴り響き、砲弾飛び交う戦場と比べれば、物の数でもない。
 想いがルカを、魔曲に乗って注ぎ込まれる快感に耐えさせる。
 であるから、バレない程度の影響はあったけど、諜報活動上の秘密だ。
「この世界はアンタ達のオモチャじゃないの! 消えなさいッ!」
 窓枠が外壁ごと吹き飛び、大穴となる砲撃が加えられた。
 髪のあちこちを焦がし、それをなびかせながら、淫魔フルーティアは演奏を続けていた。
 背後には、まさにオモチャにしてきた街の光景が広がっている。
 古城の一室へと吹き込む風は、リズ・オブザレイク(人間の妖精騎士・g00035)のロングスカートもまくっている。
 彼女だけ着換える余裕がなかった。
 フルーティアも認識している様子だ。
 審査員長として上位者に推したリズが、刃を向けてきていると。
「文化を、意外性を楽しむ余裕があっても、クロノヴェーダとはわかりあえない。討つしかないんだ」
 妖精の剣を突きだす。
 淫魔は、大穴の縁でかわしつつ、高揚舞曲のステップを踏もうとする。
 立ち回るリズ。
「妖精よ、力を!」
 相手の足運びの、先を読んで斬撃を放った。
 弾んだ淫魔のふくらみに、薄く赤い線が描かれた。
 また、かわされたか。いや、ここまでに、ダメージを増加させる残留効果が積み上がっている。
「ぐっ、はあ、あああ」
 胸から血が溢れ、あえぐ、美貌。
 舞台でみせた臨機応変さが、ここでもリズを支えた。
 フルートが、やぶれかぶれに打ち下ろされてきたが、妖精の剣は枝を折るかのように易く、金属を断つ。
 斬れた楽器の端を持ったまま、淫魔フルーティアは、ついに倒れた。
 身なりを直した沙夜が、人形にシーツを持ってこさせ、彩花と協力して遺骸に被せる。
 男子が2人いるし。
 パーティー会場からの喧騒は、まだかすかに聞こえている。
 支配者が討たれたいま、配下のクロノヴェーダらは、時を待たずに街から逃げ出すであろう。
 ディアボロスたちにも、列車の時刻が迫っている。
 市民に気取られぬうちに、古城をあとにした。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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