ダンジョン行き止まり(作者 大丁)
石畳の床を擦るように、尻尾が左右に振れている。
「来るか。来ないか」
トゲのある鞭が一筋、また一筋と床に傷をつける。
「来る~か。来ない~か。来るぅ~……」
翼が数度はばたいて。
「来るぅ~……はぁ」
竜が、ため息をついた。
図体に比べて狭い空間で、身じろぎする。
「いつになったら、迷路の試練を越えてくるのだぁ~?」
アヴァタール級ドラゴン『棘鞭飛竜エリギュラス』は、地下牢に封じられているのではない。
配下が挑戦し、強化されるための迷路を管理する、ダンジョンの主なのだ。
「来ない~……はぁ、難しすぎたかぁ、たいくつぅ」
ディアボロスたちが、新宿グランドターミナルのプラットホームに到着していたパラドクストレインに乗車して待っていると、黒いドレスのサキュバスが、あとから乗り込んできた。
「ごきげんよう。わたくしは、ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)と申します。この車両の行き先を感知した、時先案内人ですわ」
列車の目的地は、幻想竜域キングアーサー。
そのドラゴンたちは、世界中に版図を広げているようだ。
「重要な地点を飛び地で支配して、そこにダンジョンを作って拠点としているようです。この世界各地の迷宮に繋がる『竜域への門』が、ラキ火山の山頂にある事が判明しております」
当該ディヴィジョンのアイスランド地域は海に変わっているため、海抜1700mにラキ火山の火口のみが、空に浮かんだ島のようになっている。
「竜域への門もいくつかのタイプの違うダンジョンからなっております。それらを攻略することで、世界各地のダンジョンにも挑めるようになるらしいですわ」
ラキ火山は、クロノヴェーダである竜鱗兵の鍛錬などにも利用されているため、入り口は解放されている。火口に降りて願うだけで、グループごとあるひとつのダンジョンに転移するのだ。
「つまり、皆様にも挑戦が可能、なの。ぜひ、ダンジョンを攻略してくださいませ。今回、ご案内するのは……」
ファビエヌは、車両内を上下左右と見回し、両手を広げた。
「ちょうど、イイ感じですわ。石組でつくられた通路の幅と高さをお知らせするのに」
そう聞いて、ディアボロスたちも座席を立ち、向かい合うドアからドアの距離を確かめたり、天井に向けて手を伸ばしたりした。
幅が3m弱、高さが2m強、といったところか。
「そうした通路だけが折れ曲がり、枝分かれして、迷路になっております。部屋は、ダンジョンの主のいる一室のみ、よ」
クロノヴェーダの竜鱗兵がたどり着けば、制覇を主に褒められ、ダンジョン探索の証を貰って外に出られる。ディアボロスの場合には、主のドラゴンと戦って撃破せねばならない。
ドラゴンといっても、ダンジョンの維持に力を割いている様子。勝つ見込みは十分あるとのことだった。
「また、ダンジョン探索中に、『迷宮の秘宝』を得るチャンスがありますわ。迷路にはいくつかの行き止まりがあります。そのひとつに謎を記した銘板がはまっています。謎を解き明かす試練を越える必要がありますが、可能ならば挑戦してみてください」
列車から降りる前に、ファビエヌはもういちど天井を指さした。
「ダンジョン内には照明器具は取り付けられておりません。ですが、ライトでもカンテラでも、一般的な道具で灯りにできます。竜鱗兵はたいまつを使っているようですね。世界のダンジョンの発見につながるように、皆様が道を照らしてくださいませ」
およそ3mごとに石柱が立ち、壁に埋まっているような構造だった。
壁は、直方体の石材を互い違いに積み上げた簡素なもので、装飾などもいっさいない。床にも、30センチの方形が、石畳として敷き詰められていた。
とりあえず、通路は前後に直進しているようだ。
石柱の様子から、ダンジョン全体が同じ構造なら、3m区切りで、曲がり角や十字路などがあるのだろう。転移したばかりの場所からは見えないが。
まさしく、地下迷宮といった趣きだった。
直進する通路の前後に目を凝らしつつ、転移してきたディアボロスたちは、スマホなどの機器や、自前で用意したもので照明を焚いた。
青龍院・桜(元陰陽師の占い師・g03997)は、オーソドックスな松明(たいまつ)に、火をつける。
「ダンジョン探索ね。面白そうじゃない」
左手で松明を掲げつつ、右手を着物の中に差し入れる。取り出したのは、陰陽符だ。
仲間が問うと、占いだと答えた。
「まあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦……」
符に念じると、大柄な影が、桜以外の眼にも映った。
竜鱗兵が先に探索しているのでは、と期待したら、お見事。案内役が浮かび上がったというわけだ。
影は、通路の一方へ歩いていく。
迷宮へと転移してきた時に正面だったほうだ。
ディアボロスたちは、逆方向と二手に分かれる。影を追う桜の班には、戦闘を見越した者が多く混ざった。
「この狭い通路、よくドラゴンが通っていけたわね。どこかに抜け道でもあるのかしら?」
案内役は、最短のルートを通る。
多くの曲がり角や分かれ道、ひょっとしたらあるかもしれない隠し通路や罠など、まったく意に介さずに進んでいく。
ただ、追っていけばいいだけだが、松明の照らす範囲は狭く、闇で見えない行き先は不気味だ。
唐突に、灯りの中に壁が現われ、影は消失した。
「行き止まり……謎を記した銘板だわ!」
そこには、次のように刻まれていた。
『旅の騎士が森を訪れた時、3人の女性が現れた。それぞれ、樹木の妖精、泉の妖精、そよ風の妖精と名乗った。妖精は1人につきひとつずつ、身に着けていた物を騎士に手渡し、旅の加護を祈った。騎士はベール、チョーカー、ガーターをもらって森を出る。樹木の妖精は、チョーカーしか渡すものがなかったわ、と言い、泉の妖精は、ベールは渡せなかったの、と言った。そよ風の妖精の言葉は残されていない。さて、3人の妖精の贈り物は、それぞれなんであったか?』
錢鋳・虎児(無敵の御ガキ様・g00226)は、銘板を繰り返し読んでいるようだ。
「うーん……」
護衛に来たひとりなので、いつでも砲撃の準備は整えてある。
すなわち、幻影の砲兵を引き連れているのだが、チョーカーどころか、なにひとつ渡せるもののない、女体型だった。
「カーちゃん達、わかるー?」
幻影は答えを言わない。すると、内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)が女性らに割り込んで、人差し指を唇にあてた。
「しっ! 来た道のほうから、話し声が聞こえたわ」
この行き止まりになるまで、曲がり角がクランク状に続いていた。振り返っても暗闇しかないが、聞き耳をたてれば確かに会話が近づいてくる。
野太い、ガボガボいう感じで。
「……なぁ、やっぱりここ、さっきも入った通路だじぇ。見覚えあるもん」
「どこもかしこも同じなんだから、わかるもんか」
「ぜってー、鉄板貼ってるとこだって、もうやだ何回目ェ?」
挑戦中の竜鱗兵。ここまで案内してくれた影の本体だろう。
ディアボロスたちは、静かに頷きあって、銘板から離れ、角をふたつぶん戻った。
はじめが様子を伺うと、直進通路の天井を、松明のものと思われる炎が照らしているのが見えた。
すでに、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が、床にスネアトラップを仕掛け終わり、親指を立てている。
桜から借りた松明をかかげて、はじめは直進通路に立ちふさがり、腕を振り回した。
ガボ声が、反応する。
「……あ? オレたちのほかに、挑戦してるヤツらがいたじぇ」
「やっぱ、入口に戻ってたんだよ。むこうも迷ってるのかも」
「なら、合流すっか、おおーい!」
注意をひいたところで、はじめは行き止まり方向に戻った。ドタドタと追ってくる足音がする。
トループス級『突撃竜鱗兵』たちが、角を曲がって見たものは、竜鱗兵ではない男女の一団が、通路の奥に4段になって整列しているところだった。
床に伏せ、片膝立ちになり、屈み、立っている者。幅いっぱいだ。
翼の生えた背の低いのが、質問してくる。
「なぁなぁ、オッちゃんたちー。あの板のやつって、どーゆーこと?」
「鉄板のことかァ? オレたちもイミが……」
「今だ」
頼人は、念動力で罠を作動させた。
突撃竜鱗兵の脚に、ガチャガチャと戒めがはまる。
砲を構えた、虎児とはじめの幻影は、盛大にぶっ放した。
迷宮通路の狭さを生かして、弾幕で塞いでいる。
「派手にやりすぎて、近くの壁とかが落ちたりしないといいけど」
つぶやきつつ、はじめに加減する気は毛頭ない。
床に落ちた松明の炎が、トラップを力技で引きちぎるシルエットを壁に映したが、頼人が竜骸剣でもってデストロイスマッシュを叩き込むさまがそこに重なり、竜鱗兵の影はまた、消滅することとなった。
石柱も石材も、砲弾で表面が削れたり砕けたりしている。
貫通していないところから、薄い壁などではなく、3m四方のブロックのような構造だったらしい。
全滅したトループス級にむかって、虎児はまた質問した。
「……で、あの板のやつって、どーゆーこと?」
「行き止まりに戻って、考えましょう」
はじめは松明を、桜に返した。
「謎を記した銘板をみつけてしまったからには、解いてお宝をもらわないとね」
青龍院・桜(元陰陽師の占い師・g03997)は悩んだ。
(「ダンジョンの奥に眠っているお宝がそんなに簡単に手に入るかしら? ……いいえ、手に入らないはずよ!」)
普通に考えて答えは判った。
一旦はそう思ったのに、なにかの袋小路に嵌まり込む。
「この謎解きには、なにか教訓めいた深い意味が隠されているに違いないわ!」
「そうなんだ」
頼人は、敵を警戒して、あいまいな返事をした。桜は銘板を指でなぞる。
「騎士がもらったものは、ベールにチョーカーにガーター……」
虎児は、示された部分に目を凝らす。
「カーちゃん達は、どれも持ってないやー」
「わかったわ! 3人の妖精の贈り物は、旅の女性騎士にもっと女らしくなれというメッセージだったのよ!」
少年の連れている砲兵たちが、女らしくないかと言えば、そうでもない。
「つまり、迷宮の宝物を得るためには、私もベールとチョーカーとガーターで大人の色気をださないといけないのね!」
聞き耳をたてていたはじめが、たずねる。
「で、答えは?」
「樹木の妖精が渡したのはチョーカー、泉の妖精が渡したのはガーター、そよ風の妖精が渡したのは、ベール」
きらーんと銘板が輝くと、桜の掌にも光が満ちて、そこには宝玉、いわゆるオーブが握られていた。
オーブの光はすぐにおさまり、銘板も元通りになった。
けれども、鳴声偲・獏祓食(鬼人のデーモンイーター・g04666)が、松明をかざしてやると、宝玉はつややかな輝きをみせる。
「迷宮秘宝を見てみたくて参加したけど、期待どおりに綺麗なものだったな」
「ええ」
桜は頷き、オーブを懐にしまう。
謎は解けた。
ここらで、もう一方の班と落ち合いたい。
「一番簡単なのは壁をぶち壊して一直線……ではないね」
獏祓食は、ぼさぼさの髪をかきあげる。
竜鱗兵との戦闘跡から、壁面の中身が詰まっていると判明した。壁破壊という、無駄な労力を払わなくとも、スタート地点くらいまでは道順を覚えている。
秘宝ゲット班は、元の長い直線通路まで戻ったところで、仲間たちの痕跡を見つけた。
石柱の根元に印をつけて、メッセージにしてある。
メーラーデーモンに、柱や壁の低い位置に注意するよう命じる、獏祓食。
「考えることはみんないっしょ。ひとまず、この目印を辿って行こうか、梅瑪ちゃん」
ラズベリーちゃん、という名のメーラーデーモンも、ストロベリー・メイプルホイップ(ドラゴニアンのレジスタンス諜報員・g01346)に頼まれて、分かれ道の先を探査していたが、すぐにまた別の道に分岐するので判断がつかず、戻ってきてしまっていた。
道案内の影とは別の方向に進んだ班である。
宇奈月・雅(ツー・イン・ワン・g00527)は、スマホのお絵描きアプリを起動して、石柱で区切られたマス目を用意した。
「……面倒だけど、やるしかないか。とりあえずマッピングから」
マス目を頼りに、来た道を図にしていく。
画面を覗きこんだラウム・マルファス(研究者にして発明家・g00862)は、感嘆の声をあげた。
「おぉ、いかにも迷路って感じのダンジョン。同じ景色ばっかりだと迷うよネ」
フライトドローンを分かれ道に差し向ける手段も、サーヴァントと同じ結果に終わっている。
レイ・シャルダン(人間のガジェッティア・g00999)が、また班をふたつにする意見を出す。
「私は、左へ左へと進んでみましょう」
「みんなで手分けしたら、複雑な迷路でも攻略できるよね~。シアは右に行っちゃお~!」
雪代・シア(白金糸雀・g03654)は、石柱の根元にハートマークを描く。眉立・人鳥(鳥好き兄ちゃん・g02854)も、自分の印をつくって添えた。
「ソロで突っ込めってわけでもないしな。連携して進めばなんとかなると思いたいねェ」
方針が決まると、ストロベリーは息を吸い込んだ。
竜寄りの姿のドラゴニアンだ。
「はい破壊光線! ……じゃなくて、光あれ!」
『閃光の吐息(フラッシュブレス)』を吐きだすと、人数分の光る球体にまとまり、石壁を昼間のように明るくする、『照明』となった。
通路の分岐を繰り返せば、いずれはひとりずつになるからだろう。
光球を伴って、ディアボロスたちはそれぞれの路へ踏み出す。
人鳥は、荒事に巻き込まれたくなくて、飛翔を使ってみた。
「ダンジョン攻略だァ? RPGかよ、そんな事まで用意してんのかドラゴンってやつは」
床の石畳が、いかにも怪しい。
罠が仕掛けられているように思える。
睨みを利かせながら、人鳥もメモ帳を用意して、記憶のかぎり特徴を書き込んでいった。
「うおぉッ!」
飛ぶには、ちょっと通路が狭かった。
ちょっと視線を移した拍子にバランスを崩し、光の翼の先端が、石壁に引っかかる。
「あっぶねェ……」
さいわい、落下まではしなかった。
慎重さと大胆さの配分も難しい。
ラウムは、フライトドローンに乗っていくことにした。
「3m間隔の柱と30センチ四方の床パネル、かァ。実はちょっとずつ幅が広くなってたりしないカナ? 隠し通路とか隠し部屋とか、見落とさないよう、進もウ」
やはり、罠も怖い。
他のドローン各機も、目の届く範囲で先導させている。
飛翔と違って、浮遊しているぶん、安定もしていたのだが。
「ちょ、天井低めだ、……あてっ!」
注意しようとした矢先に、頭打った。
眼鏡がズレる。
レイも、フライトドローンで床に近いところを浮遊する。
ダンジョン探索は長くなりそうなので、足が疲労しないため。
「お宝でもボスでもいいぞ。何でもこぉい」
電脳ゴーグル『Lynx of Boeotia』で情報収集する。
しかし、分散行動を提案しておきながら、いざ単独になってしまうと、寂しくもある。
取るに足らないことでも呟いていたい。
「ファビエヌさんのおっぱいすご、色気やばー。ボクも将来あんな感じになれるのかなー」
身体のラインのでるタイプの飛行服を見下ろしてみた。
独り言は、ボクっ子なのだった。
「……はいはい、宝は見つかったらね」
雅こそ、ずっと喋っている。
「……コスメってことはないでしょう。誰が使うの? ドラゴン?」
絶えず、スイッチング。切り替えているのだ。
「……右、右か。全体が見えてきたね」
お絵描きアプリが、埋まっていく。
シアは、床に跪いて何度目かのハートマークをつけた。
「可愛くかいちゃお~。この先行き止まりっと!」
ウキウキとした調子だが、確信があるのだ。
迷子を防ぐだけでなく、自分たちを導く道標が、ひとつひとつ刻まれているのだと。
だから、見渡すかぎり同じような道の続く地下にあっても、孤独ではない。
その証拠に翼の羽ばたきが聞こえてきた。
「シアさんか。この辺はもう、ぜんぶ進めねェ」
「はい。人鳥くん、みんなのところに戻ろうね~」
ハートを辿る。
ストロベリーは、電磁槍で床をつつきながら進んでいた。もちろん、罠避けだ。
「なんとなく、ここのボスドラゴンさんは可愛らしい性格してるような気がする……あら」
壁に行く手を阻まれたかと思われたが、金属製の扉がついていた。
情報によれば、このダンジョンには部屋がひとつしかない。
扉があるということは、その向こうに主であるドラゴンが住んでいるはずだ。
ディアボロスは、しだいにまた人数を増やしていた。
獏祓食たちも、石柱の記号を追って、一緒になる。銘板の謎を解き、宝物も入手していることが伝えられた。
やがて、ストロベリーの見つけたドアの前に、全員が集合した。
雅のマップをみれば、折れ曲がった道をまっすぐにし、袋小路につながる枝を刈っていけば、銘板のある行き止まりから、主のいる部屋までの一本道だったと判る。
スタート地点は、その中間に位置していた。
最初にどっちへ向かって進むかで、銘板へのエリアと部屋へのエリアに分かれる構造だったようだ。
「俺たちが遭遇した竜鱗兵たちは、銘板エリアに入り込んじまってたんだな」
戦闘の報告とともに、獏祓食は腕組みした。
桜からオーブの実物を見せられて、シアが小声で宣言する。
「迷路の試練〜。ダンジョン攻略完了〜!」
互いに頷きあい、武装を確認する。
ドラゴンと対決すべく、ディアボロスたちは金属扉を開いた。
扉のむこうにそびえたつものを見た。
「来るか~来ないか~……き~た~よ~?」
雪代・シア(白金糸雀・g03654)は、戸口を抜けたあと、視線を高い位置までもっていく。
爬虫類めいた顔が、来室した者たちを見下ろしていた。
「待ってまし……。いや、ゲフンゲフン!」
横を向いて咳払いする爬虫類。
その間に、錢鋳・虎児(無敵の御ガキ様・g00226)が、素っ頓狂な声をあげる。
「うおー! どらごんだ! すげー! かっけー! はじめてみたー!!」
「……いかにも、我はこのダンジョンの主、『棘鞭飛竜エリギュラス』。迷路の試練を越えてきたおまえたちを迎える者である。この竜域の門はそもそも……」
いったん仕切り直した竜は、厳かな口調になった。
その語りを、ロングコートのポッケに手をつっこんだままで、内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)は聞いている。
「ドラゴンねえ……こうも、仕事の度に見てると、ありがたみが失せるものね。まあ、でかくてもギャラは同じだし」
話す内容も、時先案内人からすでに聞いていたものと代わり映えしない。
陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、注意深く、話者と目を合わせている。
「ダンジョンの奥にはドラゴンがつきもの、っていうのは昔からの伝統だよね」
「だな! RPGでボスをスルーというのはないだろう?」
鳴声偲・獏祓食(鬼人のデーモンイーター・g04666)が、眉立・人鳥(鳥好き兄ちゃん・g02854)の肩を叩くと、『TOKYO』出身の青年はそれをすくめてみせた。
「RPGの真似事でも、楽しいアトラクションって事で終われば良かったんだけどな」
「りゅーこあいうー? だっけ?」
今度は、虎児が仲間たちに問いかけた。
「あいうー?」
ストロベリー・メイプルホイップ(ドラゴニアンのレジスタンス諜報員・g01346)は、思い出せない。
別に記憶喪失とか関係なしに。青龍院・桜(元陰陽師の占い師・g03997)のほうを見たら、手に持っていた松明を投げ捨てたところだった。
『照明』が不要なほど、部屋には何らかの光源がある。
「ドラゴンと虎って同じくらいに強いんだろ? でも俺、やっぱり虎の方が強いと思うんだよなー」
腕組みする少年と、お構いなしに語り続けるダンジョンの管理者。
そして、ラウム・マルファス(研究者にして発明家・g00862)は、眼鏡をかけ直して、目を凝らした。
ドラゴンの部屋も、ダンジョン内と同じ材質、同じ工法で組み上がっているようだ。
パネルサイズの統一は、ここに来るまでに確認されている。柱と柱の距離も3mごとと信用するなら、床面積は15m四方。
石柱は、通路の天井までの高さのところに梁が渡してある。3段で6m強といったところか。
それらのデータから割り出せば、エリギュラスの体長は10mくらいだ。
山のように大きく感じたが、竜の頭部が小さいせいかもしれない。
「さて、戦法としては……」
「虎代表としてドラゴンブッ倒すけど、いいよな!」
デーモンの翼をひろげて虎児が、竜を越える高さに飛び上がった。
「ちょ、天井低めなんだって、……あてっ!」
ラウムの制止は間に合わない。自分が頭打ったかのように手をあてる。
図体いっぱいに部屋に入っていたドラゴンの、頭上をとるのは難しかった。
「いててー!」
「ぬおっ?!」
なんと、エリギュラスも、反射的に翼を羽ばたかせたのだ。
トゲの混じった暴風が吹き荒れる。人鳥は、腕をかざしながら叫んだ。
「この部屋の構造で、あいつ飛べんのか?!」
やはり狭かった。
棘鞭飛竜エリギュラスは、ソーンスコールを起こす代償に、翼の先端を石壁にぶつけている。人鳥が、ダンジョンの通路でやったみたいに。
虎児といえば、たんこぶつくって落下しながらも、ミサイルランチャーを作動させた。
「イタタ。まぁ俺、本物の虎見た事ないけどよー! でも虎の方が強そうじゃん!」
双翼魔弾ならば、狭い空間でも縫うように誘導できるのだ。
射手は石畳に落下したが、ミサイルは命中。
バランスを崩した飛竜もしかし、後ろ脚の爪は床から離れている。
曲がりなりにも離陸していた。
はじめは、ロングコートの前をバタつかせたまま、アームキャノンを担いだ。
「広さが十分でないわ!」
頷き、魔力糸を繰り出しながら、人鳥が応じた。
「コンパクトに連携して行くとするぜ!」
「うん! 空中戦を挑む……のはやめておくよ」
頼人も、誘導弾主体のVロックアームズに換装する。
桜は、結界の呪符を懐から取り出す。
「私も挨拶を聞いているあいだ、こんな空間によくドラゴンが入っていられるって思ってたわ。こちらからも、お礼させてもらうから」
「シアもね~。踊りは、床でがんばろっかな~」
「周りの動きがすごいなぁ。俺も、ありがたく便乗させてもらおうか」
獏祓食は、鬼人の腕に力を込めて、敵の真下にまで詰めよった。
棘鞭飛竜エリギュラスは、急降下攻撃に転じようとする。
ラウムが、デーモンの翼からナノマシンを飛ばし、黒の束縛に追い込む。
「ハーイ、縛るから動かないでネ? どのみち飛竜返しには距離が足りないでしょウ?」
「ぐう、おまえたちは、一体……?」
空中で動きを止めた隙に、ストロベリーがその鼻先に飛びついた。
「へいドラゴン! 貞操を奪いに来たぜ!」
「なんだと?」
息を口移しでぷしゅう。ストロベリーは言い直した。
「……じゃなくて、倒しにきたよ!」
「なんだとう?!」
同じこと2回言って、2度驚いている。
だが、鼻先に焦点が合うと、飛竜はニヤリと口元を歪ませた。
「ならば、たいくつしのぎに、おまえたちの相手をしてやろう」
決まりゼリフを言っているのではなく、本気だ。ストロベリーの『誘惑の吐息(リビードブレス)』が効いて、エリギュラスは欲求を吐露している。
トゲの鞭がぴしぴしと、ドラゴニアンの豊満な身体を打った。
「どーだぁ? ぶらさげてるデカイものを揺らしつくしてヤル」
「まさか、本当に鞭と言葉責め?! 最初がっかりしたけど、急に期待通りに♪」
飛竜のミラージュウィップは、翼と一体となった腕の先から繰り出される。
幻の鞭が幾重にもなって責めてくるのだ。
シアはその攻撃に、色白な肌を差し出した。
「みんなを鼓舞する気持ちも込めつつ、歌います! 『海に輝く導きの歌(アトラクトライト)』!」
詩は、人を導く道標となる。
踊りの振り付けがそれに沿い、鞭の幻影をかわす。いや、肌に食い込んではいるのだが、跳ね返す強固さも持っていた。
「ドラゴンさんトゲトゲ沢山で攻撃痛そうだけど、これでみんなちょっとは戦いやすくなるかな~」
石畳にステップを踏んで、くるりとターン。
歌と踊りが、ガードアップを重ねる。
「なぜだぁ、我の棘鞭が効かぬゥ?」
桜の『攻性式神結界』が発動する。
「占いに使えそうなオーブをどうもありがとう。これが――お礼よ!」
主の部屋より、もっと狭い空間に封じた。結界内では放たれた式神が、エリギュラスのトゲをむしり取っている。
「くっ、その触手……結界を貫いてくるとは、やるじゃない」
弱点は術の維持のために動けないことだ。
幻の鞭は、お返しとばかりに、桜の着物の生地をむしり取った。
そして、鞭のトゲはすぐに再生し、またスコールとなって降り注ぐ。
「一張羅のコートが台無しになったらどうするのよ?」
はじめは、風雨をしのいできた外套がボロボロになるのを、厄介そうに見た。
切り刻まれたスキマから、中に着ているキャットスーツがのぞく。
「……たまらないわ。私はお色気担当じゃないんだから」
ちら、と桜の様子を伺うと、帯が千切れてピンチに陥っている。
仲間が裸にされるのも心配だが、あの着物の懐には迷宮の秘宝がしまわれているのだ。
すると、はじめの脳裏に、策が浮かんだ。
「いいの? こんなところでゆっくりしてて? ……オーブは仲間が持っていったわよ?」
揺さぶりをかける。
「オーブ? 何のことだ?」
想定と違うが隙はできた。はじめはアームキャノンから、『報復の魔弾』をありったけ撃ち込む。
仰け反ったエリギュラスは、激昂する。
「てゆーか、おまえらいったい誰なんだァ?!」
結界内でも無理して羽ばたいて、トゲを出す。
頼人は、念動力による誘導を加えて、デストロイスマッシュの乗ったミサイルをVロックアームズから繰り出した。
「棘鞭飛竜の二つ名を持つ以上、空は奴のホームだろう。けど、僕には仲間がいる」
エリギュラスは、図体に比べて狭い空間でありながら、飛ぶことに固執している。
どの技をとっても、飛行が攻撃の起点になっているのも理由だろう。仲間の分析があれば、こちらは幅の広い戦術がとれるのだ。
ミサイルの爆発を嫌がったエリギュラス。
高度を落とした先には、獏祓食が待ち構えていた。
鬼神変で、腕をさらに巨大化させている。その怪力でもって、自分では移動できない桜を抱えて、結界ごと動いていたのだ。
「便乗だ。ありがたくな」
ソーンスコールは、桜が防いでくれる。
獏祓食の拳は、式神によって伝達される。
「スルーはなし、てなわけだ」
竜のどてっぱらを殴れた感触があった。
そのかわり、なにか布の裂ける音がした。
桜はオーブを落とさないよう、手に握り込む。はじめは、エリギュラスが宝玉に反応しないのを見て取った。
「ダンジョンの管理者としての役割しかないのね。迷路の道順だけに関わっていたのかしら」
殴られた腹をよじる竜に、はじめはまたカマをかけてみる。
「さあ、配下を特訓する時間は終わりよ!」
「そんなぁ!」
飛竜は、絶望的な顔になった。
「待ってんだけどさぁ~。いつになっても、迷路の試練を越えてくるヤツが来ないんだよう。制覇を褒めたり、探索の証を与えたりしたいのにぃ~」
情けない声に、人鳥はため息をつく。
「待望の到達者が復讐者ってのは、何だか悪いが……」
すでに、魔力糸がフライトドローンの間に張り巡らされていた。
結界の代わりに、ドラゴンを拘束する狙いだ。
「桜ちゃん、勘弁な!」
有効範囲を交代する際に、糸が着物を引っかけたことを詫びた。
頼人が、応援の砲撃を続けている。
「僕たち迷宮を突破してきたからね」
「褒めるだけなら、俺たちにしてくれてもいいぜ?」
人鳥は、エリギュラスの正面に立った。かつて喰らったクロノヴェーダの肉体部分から生成した鋭利な刃を構えている。飛んでくるトゲは魔力糸に絡めとって。
「そ、そうか! ……よくぞ、我のもとまで来たな。褒めてやろう、ククク」
ダンジョンの主はニュアンスの違うことを言ったが、これも本気だ。
「魔骸連刃ァ!」
飛竜の胸元から腹まで、かっさばいた。
「ドラゴンブッ倒したー……あれ?」
勝ち誇る虎代表の襟首をつかんで、はじめはデーモンの翼を開く。
キャットスーツの一部がトゲに引っかかったままだが、気にはしていられない。
他のディアボロスたちも壁際に退避する。
べったりと床に這おうとする飛竜に、潰されないためにだ。
牙が折れ、血を吐く口から、エリギュラスは声を絞りだす。
「ヒントがあるのを……忘れていた……樹木の妖精は、チョーカーしか着ていな……」
がくり、と力を失う鼻先。それを見下ろし、ストロベリーはつぶやく。
「暇そうにしてまで竜鱗兵の特訓してるのが、生きがいだったのねぇ」
鼻先まで頼人が、胴体を越えて飛んでくる。
「ゲームだったらドラゴン退治の報酬がもらえるところだけど……」
いっしょに翼部分を見渡すシア。
「頼人君は、探索の証とやらも、欲しかったの~?」
主の亡骸だけしか、部屋にはもう残っていない。
「いや、オーブも手に入ったし、今の僕達にとっては『元の歴史を取り戻す事』が報酬だからね。それに一歩近づけただけでも上出来かな」
シアと桜に微笑みかけた。
フライトドローンを回収しながら、ラウムが伝える。
「どうやら、ラキ山火口への転移が始まるみたいですね」
「梅瑪ちゃん、帰ろう。みんなも、すごかったな」
獏祓食は、メーラーデーモンと仲間に声をかけて集合させ、迷宮を後にする。
棘鞭飛竜エリギュラスの図体の下敷きになった、桜の着物とはじめのスーツも現場に残ってた。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー