大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文掲載『アークデーモンの証明』

アークデーモンの証明(作者 大丁) 

 片側4車線分の幹線道路を、人々は逃げまどっていた。
 ひたすら真っ直ぐに走る者もいれば、蛇行して何度も中央分離帯をまたぐ者もいた。
 彼らを急き立てるのは、後ろから撒き散らされる銃弾である。
「ひゃははは! もっと速くねぇと死んじまうぞぉ♪」
 トループス級アークデーモンガーゴイルガンナー』は、石の肌にモスグリーンのコートを着込んで、ショットガンを撃ちまくる。
 だが、背中の翼は使っていない。
 10数体が、両方の車線いっぱいに広がったまま、徒歩で人間たちを追っていた。
 この、遊戯めいた残虐な仕打ちに、ひとりが息を切らせ、歩道との境にあるガードレールに寄りかかる。
「ひゃはは。もう、動けねえのか。しょうがねぇなぁ」
 歩いてきたガンナーが、弱った人間を見下ろす。
「ま、よくやった。人間どもから畏怖を引き出させてくれた。……もう、用済みだ」
 鋭い爪を振り上げたところに。
「お待ちなさーーい!」
 制止の声とともに、穂先の光った槍が投擲され、ガーゴイルガンナーの石の爪を砕く。
「ひぐわあぁっ! だ、誰だぁ」
 銃を取り落として、傷ついた手首を押さえるアークデーモン。トループスたちが、注目したのは、彼らの進行方向。
 ひとりの少女が、路上に立ちはだかっている。
 短いスカートに、豊かなバストライン。白い翼と金のリング。
「これ以上、港区を荒らすのは許さない。わたしは品川区から来た大天使……」
 たっぷり溜めてから。
ウリエル!」
 逃げてきた人々をその背にかくまい、掲げた手で戻ってきた槍を掴む。
 敵の怯んだすきに、ガードレールの人間を助けようとするかのように、突進してゆく大天使ウリエル
 信仰を引き出すには、十分なシチュエーションだ。
 アスファルトに跪いて救世主の戦いを見守る人々の元には、ウリエルの従者と思しき、トループス級『ショディー』たちが訪れ、介抱しだす。
 銃を持つアークデーモンたちは徒歩をやめて飛翔し、大天使ウリエルに急降下攻撃をくわえようとする。
 槍の穂先は、天を示した。
「悔い改めよ! 品川ファイヤーー!!」

 『TOKYOエゼキエル戦争』に向けて、パラドクストレインが出現していた。車内では依頼がなされている。
ごきげんよう。わたくしは、時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)と申します」
 港区のアークデーモンが『畏怖』を集めているところに、品川区の大天使が割り込み、『信仰』を集めようとしている。
「大天使は、救世主であるように振舞い、ゆくゆくは、港区全域を品川区に併合しようとしておりますわ。皆様の手で港区のアークデーモンを撃破し、返す刀で、品川区の大天使も撃破してくださいませ」

 ファビエヌは、いつどこで誰を相手にするかの選択が、重要だと言う。
「一般人を襲うトループス級『ガーゴイルガンナー』は、港区のアークデーモンです。品川区のアヴァタール級『大天使ウリエル』はそれを、自分を護衛するトループス級『ショディー』に見つけさせようとしています。ウリエル本人が港区の一般人を救うかたちにしたいからです」
 ガーゴイルガンナー、ショディー、そして大天使ウリエル
 どの敵とも戦闘を始められるし撃破してもよいが、どれを選んでも港区一般人が品川区の大天使を信仰するか全滅する結果になる。
 あるいはその両方が起こる。
「ショディーたちのガーゴイルガンナー発見を遅らせる『遅滞戦術』が完了すれば、少なくとも港区一般人による品川区大天使への信仰は防げますわ」

 パラドクストレインがディヴィジョンに到着するまで、相談する時間はある。ファビエヌは胸に手をあててディアボロスたちにお願いした。
「皆様にとってのイイコトが、果たされますように」
 案内人が降車すると、列車はドアを閉め、ホームから滑り出す。

「品川……ファイヤー……?」
 大天使ウリエルは、腕組みする。
「なぁ、必殺技の名前なんだけど、おまえどう思う?」
 手近なショディータイプに声をかけた。小首を傾げられただけだ。
「うーん、粗悪品のこいつらじゃ、わたしの考えた筋書きのすばらしさはわからんか」
 最後のセリフだけがキマらない。
 まあ、本番までに思いつくだろう。
 品川区の大天使ウリエルは、今やっておかなければならない指示を、配下に念押しした。
「港区のアークデーモンは、徒歩で銃をつかう。判っているのはそれだけ。奴らの銃声か、人間どもの悲鳴が聞こえたらまずはわたしに報告しろ。それから、おまえらも空は飛ぶな。姿が見つかれば、わたしがカッコよく登場する段取りが狂っちゃうから」
 ショディーたちは、路地を駆けていった。
 区の境界から北上しているが、どのあたりでアークデーモンの遊戯に出くわすかも判然としていない。
 報告を待ちながら大天使は、また妄想に耽溺していた。
「……待てい、いや、待ちなさい? お待ちなさーーい。コレだな。くふふ」

 そこに、アークデーモンがいるか、いないか。
 証明できるのは、銃声と悲鳴だけである。
 幹線道路から南に数ブロックくだるだけで、周辺は雑居ビルの立ち並ぶ入り組んだ路地だった。
 車道よりも幅のある歩道に立って、ソラ・フルーリア(歌って踊れる銀の星・g00896)は悲鳴を上げてみる。
「キャー! アークデーモンよー!!」
 しばらくすると、道の左右から何かしらの集団が駆け寄ってくる気配がしたので、ソラはデーモンの翼で飛び上がった。
 背後にあった雑居ビルは5階建て。
 その屋上に身を隠す。
 眼下の様子を伺うと、頭に天使の輪をのせた2つのグループが、さきほどまでソラのいた場所で一緒になる。しかし、何やら揉めているようだ。
「いた! アークデーモンだ!」
「でも、見当たらない!」
「だって、アークデーモンって言ってた!」
 トループス級大天使のショディーたちで間違いなかったが、索敵行動をとっているはずなのに、声がでかい。
 彼女たちをまんまと欺いて、ビル屋上のソラは笑いをこらえる。
「念押しよ!」
 双翼魔弾を誘導し、地上からの銃撃に見せかけた。
 ショディーたちの傍で、1階に入居していたラーメン屋跡のガラス窓が、派手に割れる。
「いた! 銃だ!」
「だれか、ウリエル様にご報告!」
 集まったままで、トループスは北上しての探査を忘れてしまっていた。
 こうしてディアボロスたちは、手分けして品川大天使の注意を逸らす。
 陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)も、適当な路地で悲鳴をあげてみた。
「助けてくれー!」
 さきほどのラーメン屋跡からは数ブロック離れた場所。
 マンションと一戸建ての並びのあいだを、残響がすり抜けていく。
「うーん。正直イタズラしているみたいで気が咎めるし、それ以前に恥ずかしいや」
 銃声も起こしてみるか。さすがに騒ぎが大きくなるだろうか。
 などと、考えあぐねていると、自動車の急ブレーキの音が鳴った。
「継君?!」
「頼人さーん。場所変えるなら、乗ってきますー?」
 ワゴン車の運転席から中学生が手を振っていた。
 助手席側にまわると、ドアは大きくへこんでいる。頼人は出発してから車についてたずね、操作会得でハンドルを握る時惣・継(半影蝕・g04161)は、道路わきにけっこう乗り捨てられていると答えた。
 荒廃した都市っぽい。
 あるいは、これも港区アークデーモンの演出なのか。
「ややこしい状況だね……」
 左サイドに注意しながら、頼人はため息をつく。
 ショディーたちも少女型で小柄ではあるが、地葉・捧(人間の無双武人・g00870)は、もっと小さかった。
 ポニーテールがかわいい10歳。だが、この無双武人の放つ、『無影の閃』を喰らったら、気付く間もなく斬り捨てられてしまうだろう。
 ビルとビルの谷間で、大天使のトループスたちのあいだを渡りながら、しかし位置も存在も掴ませない。
 1体の後ろをとって、業物の日本刀を構えたが。
 斬り捨ててしまったら、ニセ情報を掴ませたうえで大天使ウリエルに報告に行かせる奴がいなくなる。
(「命はあずけておきましょう」)
 捧はとりあえず、敵の動向を把握するにとどめた。
 そうして動くものの気配を追っているうちに、継たちのワゴン車と行き会う。
 継から、まさに調査していた内容を聞かれ、捧は同じ現代地球出身であることからコンビニやファミレスの店名をあげて、大天使の索敵役の居場所を伝えた。
「捧ちゃん、上出来。じゃあ、3人でまわろうか」
「はい」
 運転手は片手でハンドルを回し、銃身を短くしたショットガンを取り出した。
「それも拾ったの、継君?」
「俺のパラドクスっすよ、頼人さん」
 敵グループの探査範囲の境目を狙って、車を街路に侵入させる。
 キキーッとワゴン車がまた急ブレーキ。
 継が銃をバンバン鳴らす。
 頼人は覚悟をきめた。恥ずかしがっている場合ではない。
「怪物だーーーー!」
 勇気をもって叫ぶ。
 捧が、シートのあいだから前のふたりの肩を叩くと、敵の気配がしたサイン。
 急発進して、さらに場所を変える。
 ショディーたちは空を飛ぶなと命令されているから、自動車での先回りは良い攪乱になった。
 キキーッ、バンバン!
「泥棒――!」
 街角を、ブロックの外周がわから巡って悲鳴をあげていたころ、魔破・克也(金欠守護者・g00588)は入り組んだ路地裏を駆け抜けて、発砲を繰り返していた。
「……コイツの出す音なら、信憑性あるだろう」
 小型拳銃に、オプション装備をくっつけている。
 忍び足も得意だ。
 鉄製の非常階段を、音もたてずに2階ぶん昇り、ガーゴイルガンナーがたてた銃声と勘違いしてやって来たショディーたちをやり過ごす。
 見晴らしの悪いところに誘き寄せておけば、品川区の大天使が、幹線道路で一般人を急き立てているアークデーモンたちと鉢合わせすることはないだろう。
「釣られてきたね……」
 克也は、気配を消したまま、疼きも感じていた。
 嫌がらせにトラップ作成もしたい。
 しかし、情報に出てきたアークデーモンは、罠など使っていなかった。一般人を走れなくなるまで逃がして、爪で引き裂こうとする。
「俺がやられた人のふりで寝っ転がるのも締まらないし」
 『ピラミッドコンバット』の力を纏えば、不可能ではないが……。
「いないだって?!」
 ショディーとは別の声がした。
「はい。よっく探したけどアークデーモンなんていませんでした」
「じゃあ、いない証拠を見せてよ、この粗悪品どもめ!」
 悪態をつくのも少女の姿。アヴァタール級だ。
 非常階段のうえからも気配がし、克也が振り返ると、ソラだった。
「あれが、品川ファイヤーさんかしら……?」
「だね。……大天使ウリエルは、廚二病的な奴なのか?」
 敵のボスが間近にいるとはいえ、やはり今は、まだ攻撃を加える段階じゃない。
「後のお楽しみ。技名を叫び合う戦闘とか見物出来ると良いな」
 克也は、ソラを伴って鉄階段を、屋上まで昇っていった。

「ひゃはは。もう、動けねえのか。しょうがねぇなぁ」
 港区のトループス級アークデーモンガーゴイルガンナー』が、弱った人間を見下ろす。
 幹線道路の上り線側を逆走してきたところだ。
「ま、よくやった。人間どもから畏怖を引き出させてくれた。……もう、用済みだ」
 鋭い爪を振り上げたところに。
「その人に手は出させないわ!」
 制止の声とともに、ソラ・フルーリア(歌って踊れる銀の星・g00896)が身を挺して守りにきた。
 衣装の背中を、石の爪に裂かれたが、被害者の身体を抱きかかえて、いっしょにガードレールを越える。
「だ、誰だぁ? ……ひぐわあぁっ! 」
 歩道を逃げていくソラたちを追おうとしたガーゴイルガンナーは、しかし肩口に砲撃を受けてわめいた。
 同族の被弾に、下り線がわのトループスたちは、ショットガンを上方に傾けて犯人を捜す。
「ビルの……あんなところに!」
 看板のさらに上、火器を装備した少年と、青のストレートヘアをなびかせた少女が立っていた。
「お前達を裁くのは、この武装騎士ヴィクトレオンと!」
「銀河旋風リーナたん! 人を遊びで殺すなんて許せない!」
 高らかな名乗りだ。
 アークデーモンたちは上下線ともに数体が、ビルのふもとに集まってくる。
 まんまと看板上の少年少女、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)とリーナ・エスタ(銀河旋風・g00471)に、注意を引き付けられているようだ。
「なんとかレオンに、リーナタン? あいつらからやっちまえ!」
 殺気立って飛び立つガーゴイルガンナーたち。その一番うしろ、下り車線の歩道寄りにいた1体の、さらに後ろから魔破・克也(金欠守護者・g00588)は、小型拳銃をあてた。
 バン、と一発。
 石の頭が割れ、首のないコート姿が、アスファルトの路面に転がった。
 忍び足で近づき、早業の暗殺。しかも、克也がした仕事はそれだけではない。
 港区のアークデーモンたちの位置取りと進路を察知して、同行のディアボロスたちに情報を流した。
 向かいの歩道を駆けていくソラが、チラッとだけ振りかえって克也にサインを送ってくる。
 彼女の救助のタイミングや、頼人とリーナに登っておくビルを教えたのも、彼だ。
「正面切って戦う奴らと、罠とか使って撃ち合う奴ら。……なら俺はこれでいこう」
 再び、気配を消す。
 ソラの行動に活力を取り戻したのか、ガーゴイルの爪に襲われていた人は、自分で走れるようになっていた。
 そこへ、すれ違ったワゴン車が、ハンドルを右にきって、中央分離帯に乗り上げる。
 運転席の窓から身を乗り出した、時惣・継(半影蝕・g04161)は、ソラたちの方をさして叫んだ。
「あの人のように歩道へ入って! 最初の小さい交差点を曲がって逃げて!」
 前後左右に散らばっていた一般人たちは、ヨタヨタと歩きながら指示に従う。
 北東に折り返すようなルートになるはずだ。
 品川の大天使ズからも逃げられる。
 屋根から『避難勧告』の赤色灯にサイレンを鳴らして、ルーフ窓からは地葉・捧(人間の無双武人・g00870)も顔を出した。
「大きい交差点まで進んではいけません! すぐ目黒区になってしまいますから!」
 ふと、逃げる一般人の中に、男の子を抱きかかえている女性と、女の子をおぶった男性を見つけた。
 家族だろうか。
 継と捧は、ほんのわずかな時間、目で追った。
「被害は絶対に出したくない」
「銃を使う悪魔の仕業。……関係ありません、斬り捨てます」
「救助した人はもう大丈夫。アタシもこっちを手伝うね!」
 ソラもルーフに乗って、避難指示にまわる。
 ガーゴイルガンナーのうち、ビルを上昇してきた数体は、頼人が向かいのビルとの間に張っていたワイヤーに絡めとられていた。
「吠え猛ろ銃声! これは理不尽への怒りの雄叫びだ!」
 アームドフォートのキャノン砲とガトリング砲から一斉射撃を浴びせる。
 空中に貼り付けになっていた標的は、翼もコートも穴だらけにされて堕ちていく。
 港区の一般人たちにした仕打ちを思えば、頼人の引くトリガーに躊躇などない。
 トラップをすり抜けた数体は、看板よりも高く跳んで、急降下に転じた。
 リーナを狙って、順に鉤爪をたててくる。
「わたしだって、ある程度のダメージは覚悟の上だよ!」
 素手で構える。
「勝利のために!」
 ビル看板よりも低く跳んで、地上にダイブするガーゴイルもいる。
 克也得意の暗殺術とはいえ、数回試みれば、敵の警戒を喚起させていた。
 上方から目掛けて襲えば、防げまい。
 と、考えたであろう、アークデーモンは硬質な素材に爪を折られる結果となる。
「ひぎいいッ!」
「こっちに飛んで来たら、そりゃあ防ぐだろ?」
 のたうち回る相手を見下ろす克也には、黒い盾が握られていた。
 クイックアサルトで異空間に預けておいたバリスティック・シールドだった。
 とどめの銃声が鳴る。
 避難勧告のあいだ、中央分離帯でがんばっていたワゴン車は、ショットガンの銃撃を浴びていた。
 継たちはもう車内に引っ込んでいたが、ボディはハチの巣にされている。
 そして、ガーゴイルたちはいっせいに舞い上がった。
 車に突撃して、もろとも破壊するつもりだ。
 爪や拳が、車体にあたろうとした瞬間、それが弾けた。
 ガソリンに引火したのではない。爆発的な勢いで車体から水が湧き出てきたのだ。
 ルーフ窓や、サイドのスライドドア、運転席の扉が水圧でフレームを外れ、宙に躍り出す。
 それぞれの裏側には、ソラと捧、そして継が張り付いていた。
 継の青龍水計だった。
「石化の魔弾なんて食らったらたまらないからね」
 うかつに接近してきたガーゴイルを押し流している。
 その水面を滑るスライドドアに、捧は静かに立つ。日本刀を携えて。
「悪魔はその名の通り魔に属するもの。ならばこの禊ぎの斬撃で祓いましょう」
 黎明の閃が、アークデーモンを亡き者とする。
 捧がひょいとドア板から降りると、魔物の遺骸が足元に流れ着いた。
 ソラの乗ったルーフ窓は、ひときわ高く跳ぶ。
「少しずつ人々を追い詰めていくなんてとんでもない趣味の悪さね……!」
 足が、窓枠越しに、ガーゴイルガンナーの石の顔を踏みつけていた。
 そいつにしてみれば、ダイブ中の眼前に板が飛び出してきたのだ。視界を塞がれているうちに、カウンター気味で衝突してしまった。
「そういう趣味の悪さが、アタシは一番嫌いなの!!」
 文句を言い終わると、ソラは足元にむかって破軍衝を放った。敵は、板ごと砕け散る。
 残るは、ビル上にたかっていたものだけだ。
「大天使ウリエルの邪悪な野望を阻止するため、まずはガーゴイルガンナーを始末するよ!」
 リーナの指先に闘志がこもる。
 最後の一体が、ガーゴイルダイブしてきた。
「リーナたん超絶聖剣!」
 チョップが、石の顔面にヒットする。
「ひっ!」
 クチバシが声をもらしたが、そこから縦に割れる。
 半分になったまま数瞬だけ飛行していたが、すぐに塵と化した。

 被害者たちを、港区のアークデーモンから解放し、ひとまずの目的は達せられた。
 品川区の大天使への遅滞戦術のために銃声を鳴らした場所のひとつに、時惣・継(半影蝕・g04161)と地葉・捧(人間の無双武人・g00870)は戻ってみた。
 住宅街の一角で、官報を知らせる区の掲示板と、ゴミ袋を収めたネットがある。
「また、間違えたの?!」
 誰かを𠮟りつける声が、曲がり角の先から聞こえた。
 継たち2人は、掲示板に身を寄せ、角の先を覗き見る。
アークデーモンも人間も、港区のヤツなんていないじゃん!」
 ミニスカの少女が、裾の長い服の少女たちを怒鳴っている。
 大天使ウリエルとショディーたちだろう。そこへ、路地の奥から別のショディーがやってきた。
 アヴァタール級になにやら報告する。
「悲鳴と銃声が、たくさん? よっし、ソッチに行ってみよう」
 報告にきた1体を伴い、場を離れようとするウリエルに、元から路地にいたらしい数体が指示を求める。
「じゃあ、おまえらは、もう一度この辺を探しておけ」
「そうします。あと……」
 返答した1体がなおも尋ねる。
「まだ、飛んじゃダメですか?」
「ダメっ!」
 苛立たしげな厳命を投げつけらえたトループス級に、継は小型拳銃の銃口を向けた。
 掲示板の陰からである。
 捧は、日本刀の柄に手をやり、もう殺気十分だ。
「大天使の中でもまずはあなたたち、取り巻きからですね」
 射撃の援護を受けて、ブロック塀に囲まれた路地へと滑りだした。
 さすがにショディーたちでも、銃声には反応する。翼を羽ばたかせると、その一部が欠けた。
「お、厄介なのが来たね」
 継が仰け反ると、掲示板に×字の亀裂が走り、ゴミ袋のネットが切られて破裂した。
 見えない斬撃だ。
 だが、敵の位置も数も把握ずみ。
「見たところ結構こう……頭の回るタイプではなさそうだし、ね……」
 あとは、壊れたものを観察すれば、挙動は盗める。
「――遠慮はしないよ」
 斬撃を銃身でいなして、『巻き落し突き』の接射バージョン。
 翼の欠けたショディーの腹に銃口を押しつけて撃つ。
「ああ、ウリエル様!」
 断末魔に主人の名をあげた。すると、捧と切り結んでいたトループス級たちも、口々に賛美し始める。
「救世主の名は、大天使ウリエル!」
「審判者の光、品川ファイヤーの眩しさよ!」
「すげーカッコいーんで、えっと、それから……」
 耳にした者の脳に直接ダメージを与える攻撃だ。
 捧は歩法に集中する。
「迅雷の閃!」
 刀身にまとった雷電がけたたましく鳴った。
 賛美の言葉は、中和されて力を失った。
「駆け抜けて、斬り捨てます」
 大天使たちの衣が血に染まり、ブロック塀の両側に折り重なった。
 路地の彼方で、捧は静かに納刀する。
 幹線道路のガードレール、一般人を救出した箇所にソラ・フルーリア(歌って踊れる銀の星・g00896)は立っていた。
 陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)も、ビル看板から降りて、傍らにいる。
「キャー! こっちにアークデーモンがー!」
「助けてくれー!」
 大天使たちが来てくれるように、2人してまた叫んでいる。
 はたして、デーモンのレジェンドウィザードと、人間の撃竜騎士のあいだに、光る槍が通り抜けた。
「わ、びっくりした!」
 穂先はソラに当たる寸前だった。
「お待ちなさーーい!」
 投げたのはもちろん、アヴァタール級大天使。
アークデーモンめ、その人間から離れなさい。わたしは品川区から来た……」
「知ってるよ、ウリエル!」
 頼人が言い当てたので、金のリングがずり落ちそうなほど驚かれる。
「え、なんで?! ……ってか、ただの人間じゃないの?」
 出番待ちしていたトループスたちも、成り行きがおかしいのでゾロゾロと姿を現す。
ウリエル様、女のほうもアークデーモンじゃなさそうですよ」
「ええ。残念だったわね、アタシは、『ただの』デーモンよ!」
 ソラの啖呵にも、アヴァタール級はまだ疑問顔だったが、配下が戦うと言うので、軽く任せた。
 翼を広げたショディーたちは、それを真っ赤に染める。
 血と閃光だ。
「Cheap Life!」
「Dirty Cook!」
 ある者は裂けたそれで飛び、ある者は照射しながら駆ける。
 大天使ウリエルが、はじめて褒めた。
「粗悪品なのに、技名がいいじゃないか。見直したぞ!」
 けれども、ビル間にはソラがワイヤーを張り直していたし、アスファルトの路面には頼人がスネアトラップを埋めていた。
 評価が上がったばかりだったトループスたちは、ことごとく罠に落ち、身動きが取れなくなってしまう。
「お間抜けなトループス級から倒すわよ!」
「まぁ、使いっ走りさせられてるのって何となく可哀想だけど……」
 魔術の吹雪と、竜骸剣の突撃技が発動する。
「顕れなさい、太古の氷精!」
 ソラの放ったアイスエイジブリザードに、ワイヤーにぶら下がったままの敵は凍りついた。
「この茶番の片棒を担いでいる以上は許すつもりはないよ」
 頼人は地上に捕まった相手を、屠竜撃に刺し貫いた。
 竜骸剣の切っ先が、最後のショディーの背中から突き出て、大天使の翼が消失する。
 護衛のトループス級を片付けられ、事件の首謀者は深く頷いている。
「けっこういい命名センスしてたじゃない。全滅とはもったいないことした……」
 大天使ウリエルが、槍を構える。

 大天使との戦場を目指して、地葉・捧(人間の無双武人・g00870)は歩道を急ぐ。
「残るはあなただけですね。品川ファイヤーウリエルさん……」
 パラドクス通信にコールがあった。時惣・継(半影蝕・g04161)だ。
「こっちは姿を捉えたよ。綺麗な見た目してる。でも敵」
「克也だ。同じく配置についた。ショディー戦は潜んでいたし、俺の存在はこの大天使に知られてないだろうから、不意打ちチャンスだな」
 魔破・克也(金欠守護者・g00588)からも連絡が入る。
 了解の旨を伝えた捧にも、対向するガードレール寄りで、大天使の背中が見えてきた。
 白い翼を大きく羽ばたいている。
 対峙する、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)とソラ・フルーリア(歌って踊れる銀の星・g00896)は、『飛翔』を発動しているようだ。
「逃げるのか!」
「待ちなさいよ!」
「逃げる? とんでもない。リハーサルには丁度よかった。おまえたちが何者か知らないが、本番前に叩きつぶしてやる!」
 大天使ウリエルは、おのれの企みが続いていると認識しているらしい。
 アークデーモンの残虐な遊戯も、一般人をそこから救ったふりして得るはずの信仰も、この幹線道路にはもうない。
 しかし、ないことを証明するのは難しいのだ。
「とりあえず、技名はこのまま……」
 ミニスカートが軽くめくれたと思うと、小柄な身体がふわりと宙に浮く。白い翼は周辺のビルよりも高度をとらせた。
「悔い改めよ! 品川ファイヤーー!!」
 槍の穂先で上空を示す。
 一天にわかに掻き曇り、土砂降りのように光が降ってくる。
 頼人とソラは、飛び回って回避を試みるが、雨のようでも槍のようでもある光攻撃をかわしきれるものではない。
「なにかを遮蔽物代わりに……!」
 先ほど使ったビル間のワイヤー下に入る。
 大天使は故意か偶然か、このトラップ地帯をすり抜けて上昇してしまっていた。
 降る光がワイヤーの張り具合を照らし、数撃は凌いだけれども、結局はブツリと切れる。
「これなんてどうかしら!」
 ソラが足した、網のトラップ。
 一本の線よりマシ、という程度だ。
 押される2人の様子に、地上の捧は加勢に行きたいと思うのだが、自身も光の槍を見切るのに、精一杯だ。
 看破と精神集中を極めなければならない。
 青龍偃月刀で薙ぎ払ってから再度、振り仰いで視た。
 巨大なライトが召喚され、ソラが頭上に掲げているところだった。
「光にはもっと派手派手な光! 此処がアナタのラストステージよ!」
 『羨望と幻惑の最大光量!(フラッシュステージ・イリュージョン)』が照射され、ウリエルは天地の区別を失ったようだ。
「うわ、なにコレ、うっとうしい」
 目元を押さえ、斜め下に向かって堕ちてくる。
 ライトの筋は大天使の翼を追い立てて、下り線がわに建つビルのひとつへ誘導した。
 7階に入居していたオフィスの大窓。
 ガラスが割れて、克也が飛び出してくる。
「……」
 ジャストのタイミングにも、青い瞳の少年は無表情だ。
 空中でナイフの一突き。アサシネイトキリングがきまった。
「……技名叫ぶの趣味じゃないんだ、悪いな」
 その言葉に、大天使は憎々しげな表情を向けてきた。胸元をおさえて、落下していく。
 照明器具を抱え、ソラは一息ついた。
「アタシは、叫ぶのは嫌いじゃないけど、もうちょっとセンスのある名前にしときなさい」
「僕の名乗りもちょっとイタいかなって思う時あるけどさ。品川ファイヤーには勝てないな」
 傷だらけの頼人も、ちょっと強がりを言う。
 克也は道路に着地してすぐ、捧に警告した。
「こういう奴は手負いの時が一番暴れるし、火事場の馬鹿力も発揮して怖い」
 ナイフの血をはらう。
 手に残っている感触から、仕留めるには至らなかったと判っている。
 捧もそこは抜かりない。長柄の武器を差し向けて。
「そういえば、ウリエルさん。火炎系の技はひとつも無いのにファイヤーなのは、伝承の天使の……」
 話の途中でクロノヴェーダは、ぱっと表情を輝かせた。
「そっかー! 光属性の技に、火属性のネーミングしてた! ファイヤーは違うよね? なんか変だとは、港区に来てからもずっと考えてて……ハッ!」
 急に恥ずかしくなったらしい。
 顔から火がでそうなくらい赤面している。
「も、もう間違えないから。港区の信者はわたしにメロメロよ。品川……」
 掲げようとした穂先に、ワイヤーが巻き付く。
 頼人が、切られたトラップをたぐり寄せていた。
「罪のない人達を巻き込もうとした茶番も、終わりだって言ってるんだ!」
 怒りの刃、レイジングレイザーで斬りつける。
 竜骸剣に続き、捧の青龍偃月刀が。
「あなたの企みも命も、ここで潰えます。潰えさせます。お覚悟を」
 『氷天の閃』で、超低温の風を巻き起こす。
 冷気にあおられつつも、大天使ウリエルオフィスビルまで跳びすさった。
「名前の件は、礼を言っておく。それじゃ!」
 いとまを告げる、はにかんだ笑顔の額からアゴまで、赤い線がはいった。
 捧と克也、頼人にソラは、品川のアヴァタール級大天使がくずおれるのと同時に、彼女の背後のビルもが真っ二つになって、倒壊するのを眺めた。
「いやあ、ここで倒さなくちゃ頑張りが水の泡だからね」
 粉塵のむこうから、継が頭をかきながらやって来る。
 ビルの後ろに隠れたまま仲間の協力を取り付け、不意打ちの踏み込み一閃。
 建物ごと一刀両断にしたのだった。
「や、直してから帰るから! 修復加速……じゃ間に合わないか?!」
 いやいや、敵全部を撃破できたのだから大丈夫。
 ディアボロスたちは事件の解決を喜ぶ。
 荒廃した首都での戦いは、まだ続くのだ。
 それでも、去り際に継は、中央分離帯に乗り上げたまま大破している、ワゴン車に一礼した。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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