大罪人に慰みを(作者 大丁)
罪人を見つけだす感覚は、非常に鋭いと噂されている。
アヴァタール級淫魔、『媚薬拳』トゥワ・ミルが断頭台から睨みつけると、民衆は一様に首をすくめた。
顔を背けることもできないので、上目遣いになる。そびえる木枠にはめられた刃がギラと輝いてみえた。
「ふふん。切れ味が良さそうだろう。これから行う処刑は、邪悪なディアボロスの芸に喝采を送った者への裁きだ。楽しみだなあ」
そう宣言されても、市民たちには実感がわかなかった。
ここ、パルマ公国では、ギロチン刑の公開など行われていなかったのである。突然に淫魔と自動人形の執行人がやってきて、またたくまに十数人を告発し、捕らえた。
全員が断頭台の後ろで、鳥かご型の大きな檻に入っている。
「……助け、て」
「俺たちは何もしちゃいな、い」
助命を嘆願する者もいるが、すでに力が入らない様子で鉄格子にしがみ付いていた。トゥワ・ミルは、わざとらしく手のひらを上にむけて。
「あんまりうるさいんでねぇ。ちょっとばかり薬を盛った。一晩たったら精魂尽きちまったが、刑に処される前の慰みになったろうさ、はは」
鳥かごを警備していた『サンソン式断頭人形』たちも、壇上に登ってきて、機械の操作を始める。
いよいよ、人の首が落とされるのか。
民衆はさらに上目遣いになった。
『断頭革命グランダルメ』ディヴィジョンに属する、北イタリアのパルマ公国。
かの地に集まっていた淫魔楽団を撃破したことで、ジェネラル級淫魔『夜奏のルドヴィカ』が革命裁判を再開させるのに必要なエネルギーを得るのを阻止できた。
今またパラドクストレインが、新宿駅グランドターミナルに出現する。
車内では、依頼参加のディアボロスたちに、時先案内人ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)が説明をしていた。
「追い込まれた『夜奏のルドヴィカ』は、パルマ市民を断頭台で処刑するという手段に出ました。街の広場に断頭台を立て、囚人たちを鍵のかかった巨大鳥かごに閉じ込めています。罪状は、『邪悪なディアボロスに喝采を送ったから』というもの、ね」
聞く者のなかには、不満を表わす者もいる。ファビエヌは、頷いて先を続けた。
「処刑を行う、クロノヴェーダたちを撃破して、囚われの市民たちの命を救ってあげてください。それが、皆様への今回の依頼です」
車内にぶら下がる吊り革のひとつを、透けた黒手袋の人差し指がつついて揺らした。
「断頭台の周囲には多くの市民が集められており、その市民たちに向かってアヴァタール級淫魔が、囚人の罪状を告発し、更に、同様の罪を犯した人を密告させようとしています」
さらに隣のつり革をつつく。
「囚人たちの鳥かごは、断頭台の後方に置かれていて、淫魔と市民のやり取りが終われば、そこから順番に引き出されて処刑が始まってしまいます。ですので、処刑が始まる前に断頭台に登って、クロノヴェーダと戦って撃破してください。ボスは『媚薬拳』トゥワ・ミル、護衛するトループス級に『サンソン式断頭人形』がいます。けれども……」
指は、断頭台と鳥かごを示したあいだを行き来した。
「トゥワは、ディアボロスの妨害により断頭台の処刑が不可能になった場合は、集められた囚人だけでも殺せと命令を受けているようです。戦闘開始にあわせて脱獄できるよう、あらかじめ手筈を整える必要があります。鳥かごの鍵を破壊しておくことと、囚人が自分たちで逃げ出せるだけの体力を回復させること、ですわ」
囚人を助け、アヴァタール級『惨劇侯爵』サドを撃破すれば、作戦は成功だ。
「『媚薬拳』には、快楽に抗うだけでなく、体力も消耗させられますから、お気をつけて。それから、戦闘中、断頭台の周囲に集まった群衆に訴えかける事が出来れば、パルマ市民の心を動かすことが出来るかもしれません」
ディアボロスたちを見送るべく、ファビエヌはホームへと降りた。
「この断頭台の処刑を阻止すれば、淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』を倒す道も見えてくるかも。革命裁判そのものを完全に打ち砕く、そんなイイコトを目指しましょうね♪」
鳥かごの檻では、十数人の男女がうなだれていた。
「ああ……。もうじき殺されるのか」
「ディアボロスへの喝采ってなんのことだったんだろな」
「私はもう、どうでもいいわ。何を訴えても聞いてくれない」
「はぁ、はぁ、はぁ、もう、声もでねぇ……」
淫魔に苦しめられたあげく、死への抵抗すらできなくなっている。断頭台での罪状読み上げは、まもなく終わる。
素朴な市民なのだから、強いられた経験に自身を軽蔑しているのかもしれない。
うなだれる人々の姿を見て、メルセデス・ヒジカタ(冥腐魔道・g06800)は務めて明るく鳥かごの檻に近づいた。
「鍵のナンバーは淫魔が好きそうな語呂あわせかしら♪」
声をかけられ、囚われ人らはゆっくりと顔をあげる。構わず、ガチャガチャと錠前をいじるメルセデス。
「0721とか801とか……。194もありかも?」
市民には謎の数字だが、もっと謎なのは、このメガネの女性が見咎められずにいることだ。処刑の執行人たちは全員、断頭台に登って準備作業をしているとはいえ。
するとエルフリーデ・ヴァッセルマン(コールサイン『アドラーアイン』・g00556)も、檻のそばに屈んで、中を覗き込んできた。
「助けにきたわぁ。諦めないで」
「飛び上がって喜びたいだろうけど、なるべく反応はしないように」
と、メルセデス。市民たちはまだ半信半疑でふたりを眺めている。あるいは騒ぐほどの体力が残っていないのか。
「ひどいことするのねぇ。クロノヴェーダは許せないわぁ」
エルフリーデも力の抜けた、アンニュイな口調である。それにグランダルメとは違うデザインの軍服を上半身に纏っているものの、下半身は黒い紐みたいなビキニパンツいっちょうなのだ。
「あ、やっぱナンバー式じゃなかった、ごめーん」
メルセデスは探す。別の手立て、鍵代わりに曲げれそうなヘアピンなんかを。
そのあいだ、囚人たちを元気づけようと、黒ビキニに手が突っ込まれた。
「うわ、勘弁してくれ!」
「わたしたちはもう、懲り懲りなのよ……」
男女らは、アヴァタール級淫魔トゥワ・ミルに、『媚薬拳』をくらい、快楽に一晩もだえ苦しんだのである。謎の番号を不明ながらも訝しんだのは、そうした事情からだった。
「違うのよぉ。へろへろのままじゃ、逃げられないからぁ」
ビキニパンツにはアイテムポケットが仕込まれていた。栄養剤のビンを次々と取りだし、檻の中へと手渡していく。
「飲めば、もう一戦……じゃなくて、気力くらいは回復するよぉ。こっそりねぇ」
やはり何故、牢に差し入れなどできるのか理解できていないようだが、諦めないでという言葉は信頼してもらえたらしい。
実はディアボロスは3人いた。
アッシュ・アーヴィング(傭兵・g01540)が、鳥かごへの接近から開錠、援助物資を贈るところまで、光学迷彩を発揮して仲間の姿をかくまっていた。
透明になるわけではないから、懸念を最小限に抑えて。
世渡り上手の傭兵家業は、こんなところでも要領よくやってみせたのだ。
断頭台の壇上では、あいかわらず身じろぎさえ許されない雰囲気の聴衆あいてに、演説が繰り広げられている。
処刑への感情からエネルギーを得る意図もあろう。
しかし、『サンソン式断頭人形』が合図を送ったことで、間もなく無駄話が終わりそうだ。
アッシュは、檻を振り返ってヘアピンの出来栄えをメルセデスに打診する。
彼女は刀を鞘に納めたところだ。
「いくら早業でも60分を1分にはできなかったのよね」
ぶった斬れた錠前がゴトンと石畳に落ちる。アッシュは上出来だと笑ってから、階段を一足跳びに登った。
「つまらん罪状でポンポン首飛ばすんじゃねぇよ。重みがなくなるだろうが」
ブラックアウトの効果もある。
クロノヴェーダたちには突如、見知らぬ男が壇上に現れたと思われたことだろう。
仲間の下準備は終わった。
あとはできるだけ大胆に暴れて注意を引く番だ。
主人に命じられる前に、『断頭人形』たちは装置のそばから離れた。
乱入者を始末するためだったが、忠実四千寺・凱(妖狐の鬼狩人・g04874)が『青龍水計』に乗って現れて、彼らトループス級の一部を舞台下に押し流した。
「拙者、表立ってのご挨拶は苦手でござる。……あれ、思ったよりも高いところじゃありませんか」
異国情緒な装束の男は、お姫様のような姿の女性をお姫様だっこにしていた。
「ささ、どうぞ真ん中でお話しください」
「御苦労さま」
テネブレーヌ・ラディーリス(夜を駈ける変身ヒロイン・g01274)は、凱にエスコートされて聴衆の前に立った。
一連の出来事の突拍子の無さに恐怖も忘れてか、人々は引っ込めていた首もしゃんとし聞く姿勢になっている。
「御機嫌よう皆様」
第一声から、魅了した。
「鳥かごに集められた人々に何を思うのでしょうか?」
しかし、手厳しさも併せ持つ。
「罪人、いいえ違います。彼らは勇気ある者、ルドヴィカを打倒する私たちディアボロスに味方してくれる者です」
こうも、あっさりと正体を露見するとは。
トゥワ・ミルは、囚人もろとも処刑しようと、拳を突きだす。媚薬まじりのそれは、届かなかった。
凱たち、妖狐に傭兵が、テネブレーヌとその言葉を護っているから。
「さて、人々に仇なすルドヴィカが言い放つ罪とは何のことかと疑問に思うかも知れません。彼らには身に覚えがない、当然です。だってこれは……」
お姫様の語気がいっそう、強まる。
「ルドヴィカの憂さ晴らしに過ぎませんもの」
「き、貴様ァ……!」
アヴァタール級は、立ち回りもおろそかに、金切り声をあげた。
だが、そんなことで、このサキュバスのまくしたては、止められない。
「子供の癇癪と同じです。『私が嫌いなあいつが好きな子なんて気に入らない』ってね」
「ははは……、あ!」
パルマ市民のひとりが、つい漏らしたものをひっこめようと、口を押さえた。
当然、トゥワ・ミルは、凱たちの頭越しに大罪人を告発する。
「いま笑ったアンタ、首をはねる直前まで、悶絶の刑だからねっ!」
「貴方たちは何を望みますか。ガキ大将の八つ当たりを見物したいなら他をどうぞ。どうせならもっと面白いものを望みましょうよ。私たちなら叶いますよ、例えば……」
登壇者は振り返った。
チラと鳥かごのほうを見て、すばやく凱とアッシュに目配せし、そして死刑執行人を指差した。
「此処にいる淫魔たちの討伐なんて如何でしょう!」
「くっ……。もうギロチンなど省略でいい。もだえ殺す」
媚薬拳の使い手は、挑発にのせられていた。
テネブレーヌは煽っていただけでなく、まだ鳥かごに囚人が入っているかのような、話運びをしている。
「面白かったのなら、どうぞ我らに喝采を」
「立てよ市民諸君(シトワイヤン)!」
広場の上空から声が響いた。
エルフリーデ・ヴァッセルマン(コールサイン『アドラーアイン』・g00556)が、『ダイブアンドズーム』で急降下してくる。
その姿を、のけぞって見た淫魔は、チッと舌打ちした。狙いは、処刑機械だ。
刃を備えた枠組みの、2本ある支柱は航空兵に激突され、木片をばらまきながら傾いた。
「ディアボロスはパルマ市民を助ける。だから諸君らもディアボロスを助けてほしい、シトワイヤン!」
柱の残骸を踏み越え、エルフリーデは叫んだ。
だが、聴衆にしても、そんな無謀な約束をしていいものか、どうか。
壇上の淫魔と交互に見比べている。
空から降ってきたディアボロスを名乗る女は、決断を待つわずかな隙に、ちょっと下がり気味だった黒いビキニパンツのズレを、ひょいと持ち上げて直した。
そう言えば、市民を助けると宣言されたが、いま囚われている人々はどうなるのだ。
「ああっ、みんな見ろ。檻が開いてるぞ!」
ひとりの男性が気づいて、断頭台のうしろを指差した。
復讐者の言っていることは本当だ、と口から口へ聴衆のあいだを伝わっていく。
やがて言葉には節がつきだした。
「世界の全てだからって、赦されない♪」
「わぁ、アンネローゼさんが広めた歌ねぇん。ゴホン……、そうとも諸君らは淫魔の玩具ではない、諸君らは人間なのだ!」
エルフリーデは大勢の声を率いる。
『サンソン式断頭人形』は流水から浮かんで、舞台に戻ってくる。
ギロチンの傾きには動揺したようだ。
エルフリーデ・ヴァッセルマン(コールサイン『アドラーアイン』・g00556)は、聴衆にむかって手を振り、歌の音頭を任せると、敵に意識を集中した。
「市民は立ち上がってくれたわぁ。あとは約束通り、皆を守らなくちゃね」
ところが、トループス級も、歌を歌ってきた。
陰鬱なメロディは、処刑具を壊された悲しみの表現とは違う。聞いた者に死の自滅を与えるものだ。
人々を再び屈服させてはいけない。エルフリーデは、ヘッドセットのマイクを使って機械兵器群を呼び出す。
その攻撃に、打刀を抜いてメルセデス・ヒジカタ(冥腐魔道・g06800)も、加わった。
鳥かごの鍵を、結局は強引に破壊した斬撃である。
死のメロディを、うるさく飛んで妨害する、エルフリーデの兵器群。それを断頭斧で払うサンソン式。頭上を気にする人形の隙を狙い、早業で足を引っかけて転ばせようとするメルセデス。
しかし、ヒョイと片足をあげて避けられたのはショックだ。
「なかなか器用じゃないですか。鍵も精巧でしたし、あのお人形さん、どうやって動いているのか、気になりません?」
「私は別にねぇ……。あぁ、また撃墜されたぁ。こちらアドラーアイン。追撃機の発進を要請する!」
増援に反応するように、自動人形も背部を分離して、動く断頭台を差し向けてきた。
アッシュ・アーヴィング(傭兵・g01540)が、ボス敵との立ち合いを切り上げ、カバーに入る。
「小難しい演説は苦手でね。民衆に理解を求めるのは仲間に任せるつもり、だったけどさ」
せっかく皆の心に火が着いたのに、死の恐怖に消されてたまるものか。
「俺にも、焚きつけられるものがあってね」
まず、軍用ナイフを片手に構え、『傭兵式格闘術(マーセナリーアーツ)』で落ちてきたギロチン刃を受け止める。そして、仕留めるのに小さくまとまらず、なるべく派手さを加える。
もう片方の手の、バーナーブレードで。
高圧ガスを噴射して炎の剣を、これも大きめに立ち昇らせた。木枠の処刑機械を模した自動人形の一体が、ゴウと音をたてて燃え上がる。
「さぁ、反撃の時間だ。盛大に行こうか」
アッシュは仲間に向けて、というより、民衆を意識して声をあげてみた。
ダメージは本体にも伝わる仕掛けか。サンソン式の群れの中からバランスを崩した者がいる。
すかさずメルセデスが、青龍偃月刀に持ち替えて『戦覇横掃』に薙ぎ払う。
「不埒者の急所は、踏みつけてさしあげますわ!」
転んだ相手の足のあいだを、ローファー履いた足で強く。
それから、エルフリーデに面白半分で話しかける。
「これで痛がるならば、かなり人間に近く……作り込まれてるようですね?」
「そうなのぉ? 淫魔のボスに仕えてるなら、必要かもねぇん」
『鉄風雷火(テップウライカ)』の集中砲火が通るようになり、サイボーグの航空兵はちょっと機嫌がいい。
冗談にも付き合う。
機械兵器群が、サンソン式断頭人形を包囲すると、死の歌も小さくなり、機能とともに消えていった。
最後の一体がバーナーブレードに焼き尽くされ、その炎の大きさ以上に、民衆の士気は燃え上がる。
「世界の全てだからって、赦されない♪」
「根性見せてくれたな」
高揚を認め、残ったボスに向き直る、アッシュ。
盛り返した合唱に、アヴァタール級淫魔、『媚薬拳』トゥワ・ミルは、全身をピンクに染めて怒っていた。
「だから、あんまりうるさいって、言ってるでしょうがッ!!」
処刑のお楽しみは台無し。肌の色は手先から染み出して刀になった。
本気になった『媚薬拳』トゥワ・ミルだ。
エルフリーデ・ヴァッセルマン(コールサイン『アドラーアイン』・g00556)たちを恨みがましく睨みつけ、孤立の劣勢を跳ね返そうとしている。
「媚薬の斬風、『レイク・フラミンゴ』をくらいなッ!」
刀は体液が凝固したものだ。
直接、斬りつけてくるのではなく、剣舞でもって衝撃波を飛ばす。上方に逃れたエルフリーデは、自分の空中戦能力で対処しようとした。
「怒るな怒るな、ピンクちゃん。今から貴女にもキツーイ一発をあげるわぁ」
航空兵はますます機嫌よく、ヒラヒラと飛びながら、ボス敵を色で呼んでからかう。
媚薬拳は、合流したディアボロスたちにもふりまかれた。ベアトリス・リュウフワ(強欲と傲慢のミルフィーユ・g04591)は眉を寄せる。
「触れるだけで発現する猛毒とは、厄介ですわ」
できることなら避けたい。自軍が回避を優先しはじめたのも判る。トゥワは拳でも追ってくる。
「コイツを喰らったら最後、大恥をかくんだからねッ!」
「拳法家の真似事をするだけでは飽き足らず、穢らわしい能力まで――。実に不愉快ですわね」
絶対に触れたくはないベアトリス。相手の格闘技量を、いつも以上に集中して計るしかない。
パンチの空振りは、床板にもベチャベチャとピンクの粘液をばらまいている。
もちろん皆が足元にも注意を払う。ダッシュを繰り返していた白水・蛍(鼓舞する詩歌・g01398)だったが。
「近づかなくとも戦う術はいくらでも。我が音よ……」
琴と合わさった弓に矢をつがえ、同時に歌唱をのせようとしたところ、床の粘液が立ち上がってきた。
ピンクがドラゴンの形をとって噛みついてくる。
「……応えて来たれ!」
蛍が飲みこまれずに済んだのは、とっさに攻撃をといて、広めた音を防御に回したからだった。
それと、少しの幸運。
全力で逃げても、いつか運は尽きる。メルセデス・ヒジカタ(冥腐魔道・g06800)だ。
ドラゴンの顎は獲物を捕らえるとバチャンと液体に戻った。
「はぁ~ん。ギロチンのチンって、何のチンなんでしょうね~?」
服をずぶ濡れにしたメルセデスが妙なことを口走りながら、それを脱ごうとする。テネブレーヌ・ラディーリス(夜を駈ける変身ヒロイン・g01274)は、被弾した仲間の手を引いて、処刑台の残骸の裏にかくまった。
「市民の皆様に楽しんで頂きたいのは、そういうショーではございませんことよ」
「……断頭人形らしく単気筒2サイクルエンジンよろしく、万力のような腕で互いを固定し機械的に延々とピストン強く……」
妄言が止まらない。
とりあえずメルセデスの服を、テネブレーヌは『修復加速』で直して。
「戦場を包み込む強大な闘気と言ったところね。けど体積が増えた分だけ密度は低いはず」
ドラゴンはまた、メガネ女子を食ったときより、膨れて顕現する。
「生物の形を取っている以上、攻撃方法もその生物に準ずるはず。媚薬の密度も必然的に攻撃に使用する部位に偏っているはずよ」
例えば腹などは過疎で、そこをありったけの魔力で打ち抜けば倒せるかもしれない。
テネブレーヌの頭の中がフル稼働している。もし特攻を試みて失敗したら、結果はこうだ。
「……腹筋淫魔の腹筋を、別の意味で震わせる腹筋トレーニング。アリ寄りのアリアリですね~……」
おや、と何かに気付き、負傷者を残して残骸を出る。
舞台まわりでは、他のディアボロスたちと同じくアッシュ・アーヴィング(傭兵・g01540)が防御に徹していた。
媚薬のドラゴンが暴れるにつれ、アヴァタール級はまた皮肉を込めた笑みを浮かべる。
「ふふん。反撃はどうしたんだい?」
「なぁに、媚薬ってのが可笑しくってさ。……こちとら現役。そんなもんまだいらんわ」
バーナーブレードは片付けてサムライソードに持ちかえ、銃のけん制で中距離を保つ。
キバを刀で捌いたはいいが、9ミリ弾はウロコに通じない。ここは、本体の感情を揺さぶり、隙を見いだせないものか。
胸の内で呟いたとき、空からサイレン音が降ってくる。
通称『ジェリコのラッパ』は、エルフリーデが急降下する合図だ。
「淫魔は攻めるのは得意そうだけど、攻められるのはどうかしらねぇ」
「逃げ回ってたのにッ?!」
トゥワ・ミルはとっさに刃で爆撃槌を受けてしまう。
淫魔の武器は、折れる代わりに媚薬を飛び散らせ、一撃離脱した航空兵の顔にも少なからずかかった。
しかし、反転して次の突撃、『ダイブアンドズーム』にいく。
それを見上げた蛍は。
「そう、エルフリーデさんは、回避よりも囮役を買って出たのですね」
足を止め、『妖弓琴』を大きく構えた。
「――我が音にて応えて来たれ。これ即ち響き渡る音の一撃!」
ドラゴンの正面に立つ吟遊詩人に、テネブレーヌの声が間に合う。
「狙うなら腹よ!」
「感謝いたします。ならば私の……最大火力を!」
詩というより咆哮が、一矢どころか砲撃が。
ピンクの竜を吹き飛ばした。
絶対に触れたくないベアトリスは、剣も構えずに堂々と近づいていく。
竜を失った『媚薬拳』トゥワ・ミルも、ディアボロスが作戦を変えてきたことには予測がついていたが、緩慢な歩みでそばまでくるとは。
「このッ!」
単調なストレートパンチを放ってしまい、ベアトリスのパラドクス『進撃の剣(クロエ)』の超高速機動を発現させてしまった。
「こちらのものですわ」
毒手のほうこそ遅く見える。その間に、無数の斬撃が振るわれる。
もうすでに、応援している一般人にはどんな戦いが繰り広げられているのか、判っていないだろう。
「まったく、返り血の一滴すら浴びたくありませんもの」
淫魔を斬り抜けたあとは、しっかり距離をとったベアトリス。
頭から浴びたメルセデスは、復活してきていた。
いや、テネブレーヌの気付きの正体だった。妄言に感じたのは詠唱だったのだ。
「衆人環視のど真ん中で痴態を晒す訳にはいきません。それはあなたの役割ですよ?」
『脳内かけ算(意味深)』で敵の存在が歪められる。
淫魔が怒るくらいだから、よほどの淫夢だったのだろう。
「ははは、めいっぱい薬を盛ってやるッ!」
ボルテージが上がりすぎて、笑い声を上げている。
「怒りは目を曇らせるからな」
アッシュだ。
仲間の顔を一瞥してまわることで、ここまでのお膳立てに謝意を示した。トゥワ・ミルは、精一杯のプライドで、傭兵に竜の踊りを披露しようとした。
「おっと残念。そこには罠があるぜ」
見えていたはずなのに。
歪みのかけ算で意識しすぎたか。アヴァタール級の足元には、あの『断頭人形』から分離した、ギロチンが転がっていた。
ザックリ、とステップを踏むまえの足首が刈られる。
「罪人を見つけだすのなら、アタシが一番で……ッ!」
サムライソードが深めの一撃を与え、処刑人を黙らせた。
クロノヴェーダの最期を知らせようと、テネブレーヌとエルフリーデが舞台から手を振る。
解放された市民も併せて、歓声があげる。
「私たちのショーは楽しんで頂けたかしら?」
「約束は守ったわよぉ」
演説のあいだ抑え役だった者を助け起こして、ディアボロスの全員が喝采を浴びた。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー