大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『春日通りの先にある』

春日通りの先にある(作者 大丁)

 公園内の遊歩道を使ってウォーキングを楽しんでいた老若男女。それが今は、襲い来るアークデーモンから必死になって逃げていた。
アルケー様ぁ、助けてちょーだいよお!」
「僕、まだ死にたくない……」
「ああああ、ばぁさんや、しっかり、いまに『統治者』の大天使が来てくださる」
 トレーニングウェアの一般人たちは、文京区の住民だった。これまで、豊島区からの侵攻は完全に防がれていたためにパニックを起こし、足はおぼつかず、腰はまがり、手は宙をかきむしる。
 にもかかわらず、信仰の対象は救いにこない。
 アークデーモンたちは人間の姿を残していて、パーカーやスウェットなどを身につけているものの、身体の一部に結晶状の変異を起こしていた。
「ひゃははは、畏れろ、怖れろォ!」
 結晶はさらに鋭い矛に変化し、舗装された地面に縫い付けるようにして、被害者を刺し貫いた。

「TOKYOカテドラルを制圧し、ジェネラル級大天使『終末の音』トランペッターも撃破、イイコトですわ」
 時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、西暦2014年の文京区行き車内で、ディアボロスたちに次の依頼の説明をしていた。
「これで東京ドームシティの攻略が可能になりました。ですが、その前にやる事ができましたね」
 豊島区のアークデーモンが、隣接する文京区に侵攻し、市民を虐殺して畏怖の感情エネルギーを得ようとしている。両区はもともと敵対していたらしく、TOKYOカテドラルの破壊を好機とみての行動だろう。
 ファビエヌは、椅子のあいだの通路を行き来する。
 いっぽうの扉口からもういっぽうへと、ハイヒールをコツコツ鳴らした。
 アークデーモンと大天使の位置関係に見立てている。
「本来、この市民を守るべき、文京区の大天使勢力は、わたくしたちディアボロスとの対決に備えて、本拠地に戦力を集中し、動く気はなさそうです。この列車に乗車した皆様には、新大塚方面に向かい、侵攻してくるアークデーモンを迎撃していただきますわ」

 まずは予知に出てきた公園だ。
「敵の先鋒部隊、一般人を襲うトループス級『讐倣玉人』を撃破してください」
 つま先が、前方扉口から通路へと動く。
「公園は大通りに面しており、一般人を逃がしたあとは、この通りを豊島に向かえば、本隊と出くわすはずです。魔導公爵警備兵『ウコバク』と戦い、可能ならば豊島区側に押し返してくださいませ」
 ガーターベルトが、着席しているディアボロスたちの前を過ぎる。
「逆侵攻が上手にできれば、豊島の様子も見れるかもしれません。ご褒美、ね」
 チラチラと大腿の白さを見せながら、サキュバスは中扉の前で止まった。
「部隊長であるアヴァタール級『宝石の悪魔デザイア』を撃破すると、配下の部隊は逃げ出すことでしょう。依頼は完了ですが、さらにその前にもうひとつ」
 黒手袋が人差し指を立てた。
「今回の任務では、戦闘中に、敵の指揮官である、『線形代魔』ベクターと遭遇する確率が高いのです。ベクターは、区の支配者ではありませんが、強力なジェネラル級です。充分に注意してくださいませ」
 指が、吊り革をつつく。
ベクターの目的は、ディアボロスに関する情報収集と思われます。あえて、虚実を混ぜたお話をすることで、豊島区のアークデーモン勢を混乱させられたらイイですね。フフフ」

 ファビエヌは小悪魔的な笑みを浮かべたあと、ホームへと降りた。
「文京区の支配者『統治者』アルケーとの決戦前に邪魔が入ってしまいましたが、豊島区のアークデーモンともいずれは戦う必要がありました。これも、イイコトよ、ね」

 文京区侵攻を準備しているアークデーモンの軍勢。『線形代魔』ベクターは、号令をかけた。
「TOKYOカテドラルが崩壊した今、文京区の護りは失われた。これまでの鬱憤を晴らし、文京区の人間どもを略奪し虐殺し畏怖させるのだ!」
「うおおおお!」
「ひゃはははーい!」
「グジュルジュルジュル……!」
 悪魔たちの様々な掛け声が沸きおこる。
 部隊の指揮を、『宝石の悪魔デザイア』にゆだねると、ベクターの黒い兜は物思いにうつむく。
「TOKYOカテドラルを破壊したディアボロスが、文京区の人間如きを守る為に、迎撃に出てくる……」
 先鋒部隊が4車線のアスファルト道へ踏み出した。
 その進路を邪魔する奴らの姿を想像し、すぐにかき消す。
「イマジネイラは、その可能性は高いと予測していたが、納得は出来ぬな」

 『讐倣玉人』の集団が、整備された芝生を横断して遊歩道に迫るのを見たとき、文京区民とはまだ距離があった。
「悪魔の相手すると、どうしても天使の真似事になっちゃうんだよなぁ……ま、いいけど」
 幾ヶ谷・安里(無巡・g02632)は不平をこぼす。
 ともに駆ける如月・莉緒(恋愛至上主義・g04388)からもイラつきが伝わってきた。燃える砂に形を与えながら安里に請う。
「やり過ぎたら止めてね」
「ん? あぁなに、導くとも。けれども忘れないでくれ。その感情は正当で、莉緒がやろうとしていることも間違っちゃいないんだ」
 務めて優しい口調をし、目を細めた。
 炎の砂は鳥に姿をかえ、アークデーモンどもの脇をかすめて芝生に到達する。
 ゴウッと熱が吹き上がり、公園の緑が紅蓮にかわった。
 これには『讐倣玉人』たちも驚いて振り返り、侵攻が鈍る。
「なんだぁ?! 大天使の攻撃かぁ?!」
「鳥みたいなのとすれ違わなかったっけ?」
「だとしたら、ハズレだろ。自分たちの陣地を燃やしてやがる」
 確かにやり過ぎ感は否めないが、『天の鳥(ウーラニアプリ)』が注意を引いたことで、遊歩道の区民は凶器から逃れられた。
「攻撃が外れたって? そんなわけないでしょ。フェイントだもの」
 莉緒の機嫌はなおっていた。
 いままで、一般人の救出依頼には参加していなかったのに、話を聞いただけで感情を揺さぶられたのだ。
 炎があげる黒煙にまぎれて天使、安里は飛翔した。
「まだまだ止めやしないとも。何より、自分がやりすぎるかもしれないからね!」
「……言葉もないな。自分は、燈杜美に抑えてもらうよう指示しておこう」
 緋詠・琥兎(その身に潜むは破滅か。それとも朧げな標か・g00542)も飛翔し、オラトリオに後事を託した。
 眼下の敵をせん滅することは、それほどまでに気持ちをはやらせる。
 ともあれ、必要とされているのは、戦線の維持だ。『蒼影の捕食(アブソリュートプレデター)』は、琥兎の影から生み出す、飢餓の獣。
 焼野原に落ちた影は、草履やパンプス、スニーカーといった、不揃いな足元に噛みつき、凍らせる。
 炎のつぎは氷。それを受けて、『讐倣玉人』は軽薄な態度をあらため、一団となって共鳴を始めた。
 琥兎は、がらにもなく眉をひそめる。
「……『謳』か」
「――滾つ軋みのままに。賊なるは滅さん」
「滅さん!」
 共鳴から魔弾が発せられる。
「カタギの方々を巻き込むんじゃない!」
 アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)は、魔弾を妖精型の魔導人形たちに防がせた。
 何体かは、防御障壁を破られて撃墜されたが、背後にかばった一般人は無事だ。
「私たちが引き受けるから! ほら、へたり込んでないで尻尾巻いて……」
 肩越しに声をかけたアルラトゥだったが、言葉をつまらせた。老夫婦が、互いを守ろうと抱き合っている。
 そして、逃げかけた若者たちが老人たちに手を貸そうと戻ってきていた。
「今のこんなTOKYOで……」
 アルラトゥのブレードガンが変形し、刀身が伸びた。
 意志と魔力が乗って、斬撃力が高まっている。人々の、損得に惑わされない行動が、彼女の秘めた純粋さを焚きつけたからだ。
 トループス級は、散開して猛攻を仕掛けてくる。
 各々が携えた、結晶から変じた数多の武器。アルラトゥには、その動きのすべてが見えた。
「『Slash Strike(スラッシュ・ストライク)』!」
 ただ一度の薙ぎ払いでガンブレードは、すべての結晶武器をはじき返す。
「ぐはあッ! 俺たちの無慈悲さを知らねえのか。それを想うなら、とっとと失せろ」
「お前たちのことは……まぁ、『何も想わない』」
 安里は結局、天使らしく悪魔の所業に浄化を施した。はばたく翼から、回転する無数の光の輪を放つ。
 光に結晶を砕かれたトループス級は、芝生のあった地面へと、無様に背中から堕ちていく。
 地上には琥兎の獣が待ち構えている。
 牙に貫かれた讐倣玉人の身体は凍りつき、這うことすらままならない。
「や、やめ……うがぁ!」
「お、お前ら、『謳』だ。もういっかい集中して……げふ」
 獣はアークデーモンを喰らう。
 その様を、琥兎は冷たい視線で見下ろしながら、つぶやく。
「………やはり、その謳は自分のと同じ……。調べなければいけないみたいだな」
「誰も、最後まで止めなかったね」
 凄惨な現場は莉緒が、鳥の爆破で跡形もなく吹っ飛ばした。
 アルラトゥは、文京区民の避難を確認し、仲間たちを公園が接する大通りのほうへと促す。
「所場争いは、自分たちだけでやりなよってんだ」
 そこには、侵攻軍の本隊が差し掛かっているはずだ。

「次はアレを、向こう側まで押し返すのかあ……」
 つい、ぼやいてしまう、アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)。
 大通りの4車線を全部占有して、トループス級アークデーモン『魔導公爵警備兵ウコバク』が駆け足でやってきていた。
「罪人を、捕縛せよ!」
「捕縛せよ!」
 集団行動の号令みたいな調子だ。さっき公園内で相手した不良生徒くずれとはおもむきが異なる。とはいえ、アークデーモンには違いない。
「うはー……結構ハードル高くない? まあ、やるけどさ……」
 アルラトゥが、チラと仲間のほうを見ると、彼女がぼやいているあいだに、幾ヶ谷・安里(無巡・g02632)と如月・莉緒(恋愛至上主義・g04388)も、相手の見定めを終えたようだ。
「罪人扱いとは酷いなぁ。自分たちはただ、奪われそうになったから、先に奪い返すだけなんだけどね」
「そう、これ以上は進ませない。道を進むのは私たちの方だから」
 ふたりは正面から突撃すると決めているらしかった。
 実を言えば莉緒は、安里が別の選択を持っていると知っていた。敵に対して交渉で軍を引かせるという。
 ほっとけない人だ。
 邪魔せず、好きにやってもらって、だめだったときは、などとフォローを考えていたけれども、ふたりして観察と看破を駆使したら、前出の方針に転換せざるをえなかった。
 突撃への変更を申しあわせたわけでもない。
 さきほどの会話で十分に意思確認できていた。お互いに、ほっとけない人だから。
「それじゃあ、ショータイムだ!」
 なんとはなしに仲間の空気を察して、アルラトゥは先陣をきった。
「デモンドラゴン……少しの間だけ、実体をあげるよ。さあ、私に従え!」
 魔力の根源を体外にだせば、『DragoRise(ドラゴライズ)』。巨躯でもって、敵中へと突入させられる。
 『ウコバク』は、跳ね飛ばされた数体の補充をすぐに済ませて、壁となった。
「デーモンか? 大天使なのか? 罪人にはちがいない!」
「捕縛せよ」
「捕縛せよ!」
 トループスが壁のまま、アルラトゥに殺到してくる。ここまでで、ディアボロス側への支援には十分だった。
 安里が大通りを挟む建物の片側、つまり本物のビル壁を歩いてわたり、人形を遣うポジションを得ていたから。
「叩き潰すまでだ」
 十指に結んだ糸を繰り出し、人形の踊りが立体的な軌跡を描いて、連続攻撃を仕掛ける。
 悪魔の警備兵は、一体ずつが削られていった。
モンドラゴンのブレスとともに、敵前線はまもなく捕縛に必要な人員の確保が難しくなるであろう。
「魔導公爵の名を守れ、炎を注ぎ足せ!」
 くすんだ赤をまとった兵たちは、火を武器につかった。
「炎ね……いったい、どこまで焼き尽くせば気が済むの?」
 莉緒の舞いが加わる。
 雪の輪舞曲には『月夜の王(ヴァスィリャスフェンガーロゥユスティスニフタス)』、月毛のダイアウルフをともなっている。氷の一撃が、公爵にささげたはずの炎をかき消した。
「だから、大人しく引いておけばよかったのに……」
 呟きは、連続した高速詠唱のあいまに莉緒の唇からもれ、全力の魔法冷気が『ウコバク』を足止めする。
 やがて、ディアボロスたちの大暴れが、アークデーモン軍をじりじりと後退させはじめた。大通りの地形をみて、ビルから敵軍の頭上を抑えたのも効果があったようだ。
 豊島区との境界を越え、大通りに沿って押していくと、アルラトゥは思い至る。
「あれ……? アレの湧き出てくる先って、さ。サンシャインシティだよね?」
 彼女も、しかと『観察』し、また出身ディヴィジョンであることも手伝って、かの地が防衛拠点になっていると感じた。
文京区の『TOKYOカテドラル』に相当するような。
「やるだけ、やった。ハードルは踏み越えるモノ!」

 重ねた残留効果の目一杯、地上100メートルを飛び回っていれば、敵軍の配置から司令部を割り出すこともできよう。
 60階建て超高層ビルの半分にも満たないとはいえ、冰室・冷桜(ヒートビート・g00730)の試みどおり、見晴らしは十分だった。ジェネラル級アークデーモンの真ん前へと降り立つ。
「ど、どもー、こんちゃっす」
 戦いにきたのではない。まずはご挨拶だ。
「……」
 髑髏のようなヘルメットのような、黒っぽい兜が冷桜を見据え、彼女の経路を確認するかのように、二度ほど上空を見上げた。背中の矢印まで、合わせて上下する。
「今の行動を記憶し、解析に回させてもらう」
 『線形代魔』ベクターは、そう宣言した。
 冷桜には「何が?」と逆に聞き返したい気持ちが湧いたが、もとよりこのベクターディアボロスを理解できないでいるのは承知のこと。
 構わずに話を続け、反応をみることにする。
「豊島の方の景気はイイ感じなのかしらね、こんだけ大規模に攻めてくるとか」
 見回せば、当然敵兵だらけである。襲い掛かってこないのはベクターの指示なのだろう。
「……」
 ジェネラル級は黙ったままだが、無視しているわけではなく、続きを促されているように感じた。
「前に偵察した時に見た街の様子と親分さんの感じとはちっと雰囲気が変わってるけど。あの区と同盟を結んだーっていう噂はほんとだったのかしら」
 ややあって、黒兜が深く頷いたので、冷桜も眼鏡の奥で目を凝らしたのだが。
「お前の情報は記憶した。イマジネイラが解析して判断するだろう」
 話が通じるのか通じないのか、判別つかない。
 ベクターのほうは、また背中の矢印を揺らすので、ほかに注意を惹かれたらしい。それは、藤堂・晶(自堕落狐・g00909)が飛翔から着地したからで、ヴェルゼ・バーガンディー(菫色の叛骨心・g02195)もすぐ近くに降りて、冷桜を庇うようにあいだに入った。
「加勢に来たぜ! 俺に出来る事そんな無ぇかもだけどよ!」
 ジェネラル級相手に盾がわりになろうとしている。勇敢だ。
 晶はダラダラと歩いてきて、なにやらブツクサ言っている。
「豊島のサンシャインシティって言ったらさ。お向かいの通りなんか私らの聖地じゃない。ネットの知識だからよく知らないけど」
 ふたりのディアボロスに対してベクターは、言葉こそかけないものの、やはり動きをよく確認しているようだ。
 さっきから、一体なんだろう。
「お前たちの行動と情報は記憶し……」
「なめんじゃねぇぞ!」
 お決まりの台詞が言い終わるまえに、ヴェルゼが組み付いた。
『狂魔九式・魔獣咆哮撃』は、自爆のような技だ。
 くらったベクターはともかく、冷桜は普通人らしくびっくりし、晶は眠気がとんだ様子でリストバンドコンピュータにすばやくプログラムを走らせる。
「理解の実験にはうってつけ。『現実改変:天照(リアルハック・アマテラス)」
「だ、『だいふく』ーっ!」
 ワールドハッカーの疑似太陽も、メーラーデーモンの槍も、通じない相手と知りながら、繰り出さざるを得ない。それに、周囲の敵兵にも備えねば。
 実を言えば、ヴェルゼの自爆は、包囲をやぶる切掛けづくりだったのかもしれない。
 だが、彼の蛮勇をもってしても、その意気を封殺する力をベクターは持っていた。晶と冷桜の攻撃に対してもベクトル変更を加え、にもかかわらず自身はディアボロスたちから距離をとり、兵も一緒に下がらせた。
「解析に回させてもらう」
 また、あの言葉を残して。
 冷桜は、ヴェルゼの身体を背中から抱き支えると、飛びすさる矢印に向かって叫んだ。
「アタシらのやり口が理解できないーって風だけれども、こちとらアンタらのやり方の何もかもが気に入らねーってだけよ! おっけー?」
 もう、返事は返ってこない。かわりに腕の中で仲間がうめいた。
「あれは、俺たちの『残留効果』を調べてたんじゃねぇかな」
「教材は私たちのほうってわけ?」
 晶も、わずかに口を尖らせた。

 文京区にはみ出してきたアークデーモン軍に対するディアボロスたち。
大通りでの押し合いは、豊島の防御拠点に見当をつけられるだけの成果があった。この上で、一時的にでも文京区民への蹂躙を諦めさせたい。
「指揮官とやらが出てきてくれれば、決着つけられるかもなぁ」
人間型の敵を攻撃しながら、幾ヶ谷・安里(無巡・g02632)は、与えられた情報を振り返った。アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)が金のほうの瞳を閉じてウインクさせる。
「アヴァタール級の居場所ね。……因果律演算、むこうも焦れてるみたい。すっ飛んでくるよ」
「うわぁ……なんか、知能低そうな外見のやつが出てきた。あれじゃない?」
 如月・莉緒(恋愛至上主義・g04388)が指差すと、黒い球体が軍団の頭上を越えてくる。
 それ自体が頭だけのアークデーモンだ。額にあたる部分に、一個の宝石を埋め込んでいる。そして、莉緒の指摘どおり、ニタニタと大きな口で笑っている。
「おっきな宝石! 欲望の悪魔だったら、私も近くない? サキュバスだし」
 張り合うように、くすくす笑いをすると、安里はため息をついた。
「莉緒さんとは似ても似つかん。むしろ、悪魔らしい悪魔そのものな敵で安心感すらあるな」
 手近にいた少年のような姿の改造悪魔を張り倒すと、天使の翼をひらいた。
「こっちも空中で迎えるとするか。敵の軌道を看破してみせる」
「僕も囮役で上がりますよ。空は好きなので。それに……」
 大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、如月・莉緒とアルラトゥ・クリムの両方を見た。
「如月さんの言葉で対策が思いついたかも。クリムさんの攻撃に繋げましょう」
「わかった、朔太郎さん。力を集めて待ってる」
 アルラトゥは、地上の敵に向かいながら、その身を紛れ込ませた。朔太郎はビル壁に沿って上昇する。
「私、なにか言ったかしら」
「宝石がどうとか。やっぱ莉緒さんもあぁいう宝石は好き? 引っこ抜いてプレゼントしようか?」
 安里に寄り添い、ともに羽ばたくサキュバスは、贅沢を言った。
「宝石はまぁ嫌いではないけど、プレゼントしてくれるならもっと綺麗なのがいいかなぁ……」
「もっと奇麗なのだって? しょうがないなぁ」
 確かに、『宝石の悪魔デザイア』の額にくっついているものは、邪な輝きを放っていた。
「グジュルジュルジュルジュエル……!」
 口の端をきゅうと吊り上げた球体が、旋回しながら光線を何発も撃ってくる。光といっても屈曲し、安里たちに襲いかかった。
「瞬き厳禁、っと。『レイニーレイ』!」
 連続する光線に、弾丸の連撃で対抗する。撃つごとに空気中の水分が、安里の指先で凝縮されるのだ。
「ついでに浄化もプレゼントだ、天使らしくな」
 弾丸が悪魔に命中し、砕けた氷から聖別された飛沫がふりかかる。球体は、眉間にシワを寄せて、露骨に嫌そうにした。そこへ、ズドン。
「『Μετέωρο δόρυ』!」
 莉緒の投げた『流星槍(メテオロドリ)』が、串刺しにする。貫通した両方の開口部から、光のオーラが吹き出している。
「いまつくってくれた隙も、プレゼントかな」
 宝石の悪魔は槍を受けてもまだ、速度を落とす気配はない。莉緒は油断なく、つぎの連続魔法へと詠唱を重ねる。
 いっぽうで、宝石からの光線は、その精度が徐々に鈍くなっているようだ。
 朔太郎が、『ハートフルハミング』の声を響かせている。
 サキュバスは、いったん強い欲望を周囲に発した。宝石の悪魔デザイアの光線は、欲望を感知し、追尾してくる。そうして光線を引き寄せてから、歌の共鳴で、『欲望』を『夢』に昇華してみせたのだ。
「ささやかな日常と小さな幸福なんて貴方から見たら小さすぎる欲望を追えますか?」
 見えていた朔太郎の輪郭がぼやけてしまったのなら、悪魔は再び実体を捉えようと、空中で右往左往する。
「……へぇ、上等じゃない。どーせ欲望と生存本能も区別できないだろーけど」
 地上のアルラトゥが、詠唱を終えた。
「この世に生ある物の『生きたい』と願う原初の心の力、その身で存分に味わうと良いよ……!」
 暗闇に突如、まばゆい光がさす。
 見失っていた欲望の反応を眼下に見つけて、ついアヴァタール級アークデーモンは額の宝石をそちらに向けてしまった。
「『Ain Soph Aur(アイン・ソフ・オウル)』、この無限光に抱かれて……!」
 アルラトゥのパラドクスが、宝石の光線が発せられるよりも早く、それを焼いた。黒い球体を、虚無へと帰さしめる。
 そもそも悪魔が、光を求めてはいけなかったのかもしれない。
 豊島のアークデーモン軍も、指揮官を失って後退していった。
 これは、戦局の一部かもしれないが、ディアボロスたちは多くの命を救い、畏怖の感情を奪わせずに済んだ。
 いまだ大天使に支配されている文京区の地で、だ。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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