大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『大仏化天女、舞う』

大仏化天女、舞う(作者 大丁)

 羽衣を纏っただけの臀部に座戦を組まれると、ひときわ大きく感じる。
 実際、デカいのだ。
 天女は立てば20メートル級となる。巨大化した東大寺で、廬舎那仏の加護により、六欲天より降りし者『宝蔵天女』は大仏化していた。
 そして、このアヴァタール級からみれば、いまや等身大ともいえる廬舎那仏にむかって祈りを捧げていた。
「与えていただいた力により、不埒な敵をはたき落とす、舞いをご覧にいれます。東大寺平城京、すべての美しいモノを守るために」
 念じる尻、いや背後から、手下のトループス級が駆け込んできた。
 前足と尻尾が鎌になったイタチ、彼らも巨大化した妖怪である。
「宝蔵天女さま、侵入者が現れましたゾ!」

 パラドクストレインの座席にディアボロスたちを掛けさせて、時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は説明をはじめていた。
ごきげんよう。このような恰好で失礼しますね。大妖怪ヤマタノオロチと2体の副将のジェネラル級を撃破し、攻略旅団の方針にあった、平城京の調査が行えるようになりました」
 いつもは通路の真ん中に立って話す。
 今は、閉まっているほうのドアに、跪くような姿勢だ。
平城京は強大なクロノ・オブジェクト『廬舎那仏』結界に阻まれており、通常の方法で潜入は不可能です。結界の唯一の出入り口である『東大寺』は、史実の東大寺の十倍近くまで巨大化させられており、中にいるクロノヴェーダも、廬舎那仏の加護による大仏化で、十倍程度の大きさになっているようですわ」
 サキュバスの女性は、ドアの上部を仰ぎ見るようにした。
 そのあたまを、ますます低い位置に持ってこようとする。
「皆様には、巨大化した東大寺南大門の扉を開いて突入し、内部のクロノヴェーダの撃破を行っていただきます。クロノ・オブジェクト『廬舎那仏』は直接破壊はできませんが、その加護を受けて大仏化したクロノヴェーダを撃破することで結界を打ち破り、平城京にまで潜入可能になるでしょう」

 ファビエヌは、扉や敵の巨大さを表わそうとして、身を屈めているようだ。
「巨大化した東大寺は、建築物型のクロノ・オブジェクトであり、これも直接的な破壊はできません。南大門は全高250mの巨大さで、扉も大きく重いです」
 ドアの下辺りを押したり引いたりする真似をする。
 実際にどう対処するかは、現地のディアボロスに任せられるのだろう。作戦を思いつく参考になれば、と南大門ドアの小芝居が続いた。
 それはいいのだが、頭を低くしようとするあまり、腰のほうが高く上がってきてしまっている。
「南大門を通過すると、大仏殿とのあいだに巨大化した鹿が生息しています。鹿は普通の動物ですから、足元を素早くスピード重視ですり抜ければ良いでしょう。その後、大仏化したトループス級『鎌鼬』、アヴァタール級『宝蔵天女』を撃破できれば作戦成功ですわ」
 ようやく、黒いミニのドレスの上下がなおった。
 膝を掃うと、クロノヴェーダへの注意を付け加える。
「トループス級も、アヴァタール級も、大仏化によるパワーが侮れません。力勝負は危険ですわ」

 開いているほうのドアからファビエヌは降車した。
 ホームから出発を見送る。
「規模的に、この平城京が、平安鬼妖地獄変のクロノヴェーダの本拠地で間違いないでしょう。今後の調査ができるよう、皆様のイイコトをお待ちしておりますわ」

 南大門の内側では、体高7メートルの鹿が群れなしていた。
 なにもかも大きいので、一見するとのどかな風景だ。口をモゴモゴさせながら、気ままに行き来している。
 だが、数が多い。人の目線に立ちかえるならば、ビルの吹き抜けを支える柱のような脚が林立し、ゆっくりとはいえ互いにぶつかったり、重なったりして動いているのだ。
 ディアボロスたちが目指す大仏殿は、これらの先にある。

 門の前にしゃがみ込み、峰谷・恵(フェロモン強化実験体サキュバス・g01103)は揃えた膝に両肘をのせて頬杖をついた。
「ボクひとりでは開けようがなかったね。この南大門は暴風雨で倒壊なんて期待できないよ……」
 本来の歴史を想って見上げる。
 長い黒髪が地面につきそうだ。あの案内人のように、床にへばりついてみれば、もっと何かわかるだろうか。
 右に体を傾けていくと、膝小僧につぶされていた『V』カップが、左のわきからムニュウと押し出されて、門に近づいてきた仲間たちからも見えた。
 もちろん指摘したりはしない。その代わりに、文月・雪人(着ぐるみ探偵は陰陽師・g02850)が、準備の完了を伝えた。
「南大門の難題も、俺たち皆でやればなんとかなるさ♪ ラムもモコモコ野郎も宜しくね。あと、クダ吉、頼んだよ?」
 雪人は、自分のクダギツネ『クダ吉』に声をかけ、月城・木綿紀(月城家三女のメイドトラッパー・g00281)と狭間・ならく(【嘘】・g03437)のモーラット・コミュにもお願いをした。
「おい、モコモコ。トチるんじゃねェぞ。……『なー? 面倒くさいなー、帰りたいなー』」
「ええ?! ならくさんのモコモコさん、しゃべった?」
 木綿紀が、『ラム』と見比べている。いや、彼女は目隠しみたいなものをしているので、顔を交互に向けているだけだが。
「声マネだよ。ボクでもわかった」
 恵が、体の傾きを直して、振り返っていた。ならくがケタケタ笑ってる。
「そうそう、冗談だよ。わざわざ呼ばれて来たンだし、ここで帰ったりしねェって」
「驚いた。ラムは違うけど、私の中の天使はしゃべるから。あなたもそうかと……」
 金属糸の結びを指で確認しながら、木綿紀がしれっと言う。雪人もダジャレで返せず、普通に訊ねた。
「中の……天使、さん? あなたが天使のレジェンドウィザードとは聞いていたけども」
「うん、師匠だから。さっきも、おっきな扉に、どうやって作ったんだろって話してたら、『さあね? 魔法系とかのアニメの城の城門くらいはありそうだね』だって!」
 言葉に詰まっていると、ならくがいじる端末から目をはなさずに相槌を打つ。
「おう、何度見てもでっかいな。アタシもこのあいだユキヒトと依頼参加しててね」
「そ、そのとおり、何度見ても大きいね。東大寺の作戦も大分進んできたよ。さあ、急ぎ突破するべく頑張ろう」
 ちょっと好奇心も湧いたけれども、洞察力のパラドクス『心理の矢』は、まさに作戦遂行のために使うものだ。
 集まったディアボロスは、開門への対策を携えてきていたが、押す者引く者それぞれであった。雪人の洞察で一本の案にまとまったのである。
 南大門中央にある両開きのうち、向かって右には金属糸が結わえられ、その先端を木綿紀が握っている。そしてモコモコ野郎が加勢につく。
 向かって左の扉には恵が低い姿勢で組み付き、そしてこっちにもモコモコ野郎が加勢につく。
 ならくは端末を操作して、サーヴァントの分身と巨大化を制御する。
「でっかいモンにはでっかいモンだ。それが増えれば他の奴らに便じょ……協力しやすいってこった」
「クダ吉、ラム、今だよ!」
 雪人の合図で、左右の扉の丁番に、用意してきた潤滑油がぶっかけられた。
「転翼変衣コード004起動!」
 木綿紀の衣装が鬼のような姿に膨れる。『怪力無双』が発揮され、金属糸を引っ張った。
 左扉の恵は『V』、いや腕を振るわせて力をこめる。
「絶対に壊れない常識外の構造物だけど門としての機能はある。なら面で押し込む。破軍衝!」
 衝撃波の投射も加えた。
 押し引き両方のタイミングが合う。右を引いて、左を押したら、隙間ができた。それを認めて雪人。
「うまいぞ、動かし易くなってる。ならく、あとふたりくらい増やせるかい?」
「たぶん、こうして……あれ?」
 端末に、モコモコ野郎を増やしたときと同じ入力をしたつもりだが、いい感じにはなってくれない。ならくは、板切れデバイスをポケットに突っ込むと、袖をまくって扉にとりついた。
「ここまで来たら、アタシらでやったほうがマシだろ!」
「いいだろう。真理もそう言っている……かもね♪」
 雪人まで中の人発言をしながら、ならくとふたり、門扉の互い違いに開いた隙間にはいって、残留効果『怪力無双』をふるった。
 左を押す恵が、肩越しに合図を送る。
「木綿紀さん、滑り込めるだけの猶予ができた。内部に突入だよ!」
「ありがと! おっきなモコモコさん、もう大丈夫。ラムおいで」
 ちょうど木綿紀の変化した鬼の腕も、糸を引ききったところだ。これは、特殊な結わえ方をしてあるので、地面に打ったフックにしばらくは固定されるはずだ。
 サーヴァントに呼び掛けて、木綿紀は南大門をくぐった。続いて、クダ吉と雪人、ならくが扉の内側へと飛び込む。
「倒壊はさせられないけど、協力して開けたよ」
 恵は、扉を押し切り、つんのめった。背後でまた門の閉まる気配がした。

 やはり見上げてしまうだろう。
 体高7メートルの草食動物。あごの下は白かった。
「鹿怖い……ししょ~」
 月城・木綿紀(月城家三女のメイドトラッパー・g00281)にも目隠しを通して伝わるらしい。薄布が湿ってるようなのは、はやくも涙目だからか。
 峰谷・恵(フェロモン強化実験体サキュバス・g01103)も頷き、指差した。
「これだけ大きい鹿だと、蹴りや踏みつけだけで、ちょっとしたパラドクス並みに威力がありそうだよ」
 四脚のさきにちょこんとついた蹄でさえも、意外に鋭く感じる。
 サキュバスは翼をひろげた。
「倒して回るのも手間と時間がかかるし、鹿のいるエリアを飛翔で突破しよう。残留効果は、ボクが用意するから……」
「うん、戦闘の回避は俺も賛成。でも飛ぶのはなにか引っかかるものがあるね。なんだっけ?」
 クダギツネ『クダ吉』を抱きながら、文月・雪人(着ぐるみ探偵は陰陽師・g02850)は思案顔になっている。あまり待たずに、狭間・ならく(【嘘】・g03437)が口を挟んだ。
「恵にちょっくら試してもらえばいいだろ。アタシも協力……くくっ、すっからさァ」
 ヘンなところで笑ってから、端末をトントン叩いてパラドクス通信を用意する。
 なるほど、高度をとって様子を探り、可否の連絡を地上にすればいいのだ。恵は同意して、単身舞い上がった。
 背後には南大門の屋根の一段目が張り出しているように、全体ごと大きくなった東大寺の敷地を見下ろせば、鹿の威容は感じられなくなる。
「とはいっても、体の耐荷重は断面積に比例するのに、荷重は体積に比例するから単に鹿の体型をそのまま巨大化しても支えきれないはずなんだけど……そこはクロノ・オブジェクトの不思議パワーかな?」
 観察してみれば、雪人の危惧はすぐ判った。鹿たちも一様に恵を見上げている。
「飛び越そうとしても、付いてきちゃう。鹿エリアごと大仏殿に移動したら、クロノヴェーダとの戦闘に巻き込むと思うよ」
「はーァ、今回はでっけー鹿を飛び越せねェのか」
「鹿怖い鹿怖い、ししょー」
「師匠……? ボス鹿に頼むのはどうだろう。群れを留めてもらって」
「『いつの弟子だったかなぁ。顔の高さに鹿の頭あるし何匹も寄ってくるから怖がって逃げてた』」
「ししょー、なんの懐古?」
「面倒くせェ……ことになったモコ!」
「モコモコ野郎ってそんな口調だった? ねえクダ吉。背中に乗せて通り抜けさせてくれる鹿いないかな。……鹿さん鹿さん」
 通信だと会話が錯綜し、加えてひとりが何人ぶんもしゃべるので混乱してくるが、恵はとりあえず、ボス鹿らしき区別はつかないと報告した。
「鹿怖い鹿怖い鹿怖い、『【茶腕鬼神】(チャワンキシン)』!」
「アタシも木綿紀に賛成ィ。『ワイファイスパーク』!」
 辛抱たまらなくなった木綿紀が、鹿を追い払おうと鬼の腕のパワーで地面を叩く。ならくも便乗して、モーラット・コミュに命じ、群れに突入させた。
 『モコモコ野郎』が蹄のあいだを走り回って電撃を放つ。
 しかし、鹿たちはディアボロスたちの会話以上に混乱し、敷地内をでたらめに飛び跳ねるだけだ。これでは上も下も通れない。
 そのドタバタの最中に、雪人は看破した。
「あの、ちょっとだけ角が長い一頭だけ、仲間を鎮めようとしているね。クダ吉、『管狐影縛法』だ」
 ボス鹿を『傀儡』として引き入れようと、サーヴァントを放った。
 一撃離脱で、クダギツネの牙が鹿の影に突き立つ。あとは、糸で操作するだけだが。
「中身は普通の生物のはずだけど、傀儡は使えなさそうだ。うわあ!」
 雪人が手足を大きく動かしているのが、恵からも見える。
「習性は普通でも、あれもクロノ・オブジェクトの不思議パワーを受けているせい? もう、ただの動物じゃないから? ……あっ!」
 動物ではないが、モコモコ野郎とクダ吉が、ダッシュに不意打ちと、鹿エリアを自由に移動しているのに気がついた。
「ねぇ、みんな。サーヴァントたちにならえば、鹿足のあいだを通り抜けられそう!」
「モコモコ野郎が案内かァ? そんな訳……ある?!」
「ししょ~。鹿の頭はずっと上。私はみなさんについていく」
「俺もわかったよ。最初の引っかかり。足元を素早くスピード重視ですり抜ければ良かったんだな」
 雪人は恵と合流し、クダ吉に頼りながら、案内人の言葉を繰り返した。
 『管狐影縛法』も『ワイファイスパーク』も、スピード能力に由来する。飛翔が有効なケースもあったが、今回は鹿の警戒が厳しいと予知されていたのだろう。
「ボクも、ファビエヌさんのお尻の大きさにばかり注意がいってたよ」
 自分のと比べて、あるいはサキュバスとしての興味か。
 もちろん指摘したりはしない。ディアボロスたちは、鹿の群れをその場に置いてけぼりにして、大仏殿の前まで駆け抜けた。

「侵入者が来ましたゾ」
「各々方、尻尾の準備はよろしいカ?」
「叩き切るぞエ。敵につける傷薬は不要なリ!」
 大仏殿の中からスルスルと長く、巨大化したトループス級妖怪『鎌鼬』がすべり出てきた。
 鹿エリアを抜けてきたディアボロスたちは、今度こそ飛翔し、空中に散開する。文月・雪人(着ぐるみ探偵は陰陽師・g02850)は、地上の敵をよく観察している。
「今度は鎌鼬。どうしたものか……」
「またでかい……」
 月城・木綿紀(月城家三女のメイドトラッパー・g00281)が、目隠しから透かし見て、怯えた声をだした。お仕着せのフリルを、飛ぶ風圧にバタつかせている。それ以上にぶるんぶるん揺れているのは、峰谷・恵(フェロモン強化実験体サキュバス・g01103)の胸部。
「大きくなったぶん、耐久性も攻撃力も上がっているんだって。……大仏化の話だよ?」
「そのうえ、これまた素早そうだね。いや、待てよ」
 雪人たちは、イタチの品評をしているわけではない。
 すでに能力、『逆説推理(パラドクス・リーズニング)』を発動させ、攻略法を看破していた。
「『やっぱゲーム感が出るねぇ。とはいえ大きいからと言って勝てるわけでも無いし。ここは弟子の策に任せよう』……。うん!」
 メイドのお仕着せがまた別の変化をする。今度は巫女服だ。サキュバスは竜骸剣に闘気を纏わせる。
「狙いを絞って一つずつ倒していこう。まずはボクから、真ん中のヤツだ!」
 恵は急降下し、石畳のすれすれで身を起こした。それでもまだイタチのフサフサなお腹が上方に視えている。
「そこぉっ!!」
 剣の刃が縦に毛皮を裂く。
「ぐぎゃあ、も、潜り込まれたぁ」
 空振りにおわった尻尾を丸め、鎌鼬の一体は四肢を震わせている。
「どうしましたカ」
「侵入者めらには、『迅鎌斬』が効かぬト?」
 仲間の妖怪が、鼻づらを突き合わせた。
「だ、大仏化の弊害で、相手の足元が狙いにくい。それに……」
 イタチは口元から舌を垂らした。
「……なんか、宝蔵天女さまの巨尻より、あの侵入者の巨乳のほうが気になるなリ」
「はァ?!」
 トループスたちは罰当たりな発言にざわついたが、これは『LUSTSLASH!(ラストスラッシュ)』の闘気に混ぜられていたフェロモンの効果だ。集中がとぎれ、次にくる攻撃にも無防備になる。
「『青釣巫女(セイチョウミコ)』!」
 青く、凛とした巫女服が完成し、木綿紀は払棒を釣竿のようにして、恵がダメージを負わせたお腹に錘を引っかけた。
「ぐぎぎ、お、おんなじとこヲ」
 鎌鼬の巨躯が、宙に浮く。
 木綿紀は小さな体で、大仏化妖怪を釣ったままぶん回した。
「ごよーぼーどーり、すばやく這わせて、あげるー!」
 スピードをあげて回したあとに放り投げる。
 地面に叩きつけられたその個体が、もう走ることはなかった。
 涼しい顔して雪人も、巨大イタチの足元に降り、地上戦に参加する。ディアボロスたちの連携は良好だ。
「やはりね。すべての能力が強化されてるわけじゃなさそうだ。特に巨大なぶん、攻撃を放つまえの動きは分かり易い」
 トループス妖怪の戦力を削っていき、雪人は自分の位置取りさえ利用した。
「宜しく頼むよ、クダ吉!」
 命じたサーヴァントにトドメを託して、敵の射程範囲に身をさらす。近接攻撃に翻弄されていた妖怪は、きゅっと口端をつり上げた。
「そこゾ、真空カマイタチぃ!」
「前足と尻尾、すべての鎌を使ったな。なら狙うべきは、がら空きとなったその背中だ」
 雪人がわずかに半身となっているあいだに、風の刃は彼の両肩のそばをすり抜けていき、代わってクダギツネ『クダ吉』が、鎌鼬の毛並みに喰らいついていた。
 ディアボロス側の攻撃力も、残留効果の積み重ねで上がっている。
 クダ吉のひと噛みが、トループス級最後の一体を仕留めた。
「来る、ね」
「やっぱり、もっとでかい……」
 恵と木綿紀が警告を発する。
 半裸の天女が、ズシンと一歩を踏み出した。

「美しいモノ、平城京を守るため、与えていただいたこの肉体、使わせていただきます!」
 アヴァタール級大仏化妖怪、六欲天より降りし者『宝蔵天女』は、羽衣を纏っただけの姿で舞う。
 四本腕のしなやかな動きもさることながら、胸の膨らみはタテヨコに大きく揺れた。峰谷・恵(フェロモン強化実験体サキュバス・g01103)は改めて、自分の胸に一度だけ視線をおとす。
「流石に巨大化されると負ける……まあいいや」
「……それ以上デカくなってどうすンだ?」
 小さな声でこぼしただけだったが、狭間・ならく(【嘘】・g03437)の素朴な疑問に恵が、これまた一度だけ振り返った。
 実際、誰にむかっての呟きだったのかわからないし、聞こえたかどうかもわからない。しかし、ふたりのあいだの空気に文月・雪人(着ぐるみ探偵は陰陽師・g02850)がまた、余計なことを言った。
「いやぁ、これは壮観……ゲフンゲフン! 目のやり場に困る事案だね!」
 察しがいいのも考えものである。
 今度は女性たちの眼に雪人がさらされるなか、巨大天女の素足がディアボロスたちのあいだに割って入ってきた。
 ふくらはぎまでで、長身のリュウターレン(奪われた者。奪い返す者。・g07612)の背丈くらいはある。それが辺りを踏み鳴らすのだ。
「……いや、でかすぎへん? 大きいとしんどない?」
 デーモンイーターは用心深く、『魔晶筆』をかざした。
 雪人も弱点を看破するため、『真理の矢』をつかう。
「しんどいかどうかは男の俺には……いや、そうじゃない。情報収集のため、観察はやむを得ぬ事態ということで、ひとつ」
 さきほどの動きから、トループス級『鎌鼬』の場合と同様に足元は見えづらそうだ。ステップも案外単純と予想でき、雪人は巨女の後ろがわにまわって白銀の刀を構える。
 はたして、踵の上を切り裂くことができた。しかし、斬撃は浅い。
「ダメージアップものってるのに。狙う部位と命中はいいが、力勝負に出られないぶん、打撃が軽くなってしまうのかな。……おっと」
 いつまでも相手の背後にいると、胸に勝るとも劣らない尻の揺れに、精神を持っていかれてしまう。
 美の隷属はごめんだ。
「そういえば、六欲天って?」
 月城・木綿紀(月城家三女のメイドトラッパー・g00281)は、心の内に尋ねる。
「『簡単に言えば、天国の最下層、天道において一番人間味のある場所だ。六欲天より上は肉体がない上、特に上の方は魂だけで感情なんて無いに等しい』」
 『転翼変衣』で、木綿紀の姿は赤い女武者になりつつある。武器は大きなハサミ。
「……上の方って行って楽しいのかな? 『楽しく暮らしていく場所じゃないからねぇ……僧侶とかが目指すのは別の場所だし』」
 その六欲天より降りし者に、ハサミの切断技は有効なものの、雪人によれば、もうひといき打撃力が必要そうだ。
 相手の頭上をとれないか、木綿紀が見上げていると、リュウが先に飛び出した。
「まあ、ぼこるだけやな。串刺し? 串ごと全部砕いてやるわ」
 魔晶筆が『砕』の字をなぞる。
 文字はデーモンのパワーを帯びた。天女は応じて、『朱紅(あけ)の羽衣・五節舞』を踊る。
リュウ! 大仏化のパワーは侮れない。力勝負は危険……!」
 雪人の警告は、中途で止まる。
 羽衣が硬質化した。突っ込んでくるディアボロスの胴体を貫く。
 宝蔵天女は舞の仕草でクルリと身をひるがえし、振り回された羽衣の先端から抜けたリュウの身体は、そのまま地面に叩きつけられるかと思いきや、エアライドで反転して雪人のそばに着地した。
「はあ、しんど」
「無茶だよ……いや、ありがとう」
 仲間のねぎらいに、言霊をえがく者は、軽く手を振り返した。ダメージアップの『砕』が、宙に残留している。
 女武者姿の木綿紀が、文字に向かって飛翔していくところだ。
 『砕』が、大ハサミにも宿る。大仏化天女からみれば普通サイズかもしれない。それが、頭頂部を飛び越し、落下のスピードとともに、羽衣の中央をジョキンと断ち切った。
「やん。美しいモノなのにっ。四大王衆天顕現、夜叉招来ぃ」
 肢体からずり落ちる布。
 召喚された夜叉衆は、等身大だった。露わになった部分をガードしようにも、こころもとない。
 恵とならくも、戦闘の推移とともに空中にいて、まるみえの大きさに改めてため息をつき、また顔を見合わせた。
「サテ、まァ。せっかくだからアタシも使ってやろう」
 ならくの抜き放った灼刀に『砕』と、新たに『連』がはりついた。
「相手が何であろうと──所詮全部まやかしで妖、だろう? なればナラクさんは斬るのみだ」
 夜叉衆を、天女の裸身から引きはがすかのように、スピードにのって斬り捨てていく。
「ひひ、ひ。ぞろぞろとまァ、お疲れサンだ」
 言の葉には呪詛が籠る。『神蝕呪華(ノロイ)』は、デーモンと起源こそ異なるが、打撃力を込めるもの。
 両者が合わさって、ありったけの呪が、夜叉衆のみならず、大仏化天女の額を割った。
「う、美しい、一番美しいモノを……!」
「そこぉっ!!」
 恵は急降下だ。
 アヴァタール級が、意識をそらした瞬間を狙い、その股の下を背面飛行でくぐろうとする。
 竜骸剣には『砕』と闘気、サキュバスのフェロモンが集中させてある。狙うは、膝の裏。
 脚のあいだを抜けた直後に、刃は左右とも横一文字に両断した。勝負あったか確かめようと、顔は上を向く。
「視えた……」
 巨大な女は、文字通り膝から崩れ、恵がその形を脳裏から振り払う前に、灰となって消滅した。
 柔らかな丸っこいヤツらが、跳ねてくる。
 モーラット・コミュたちは主の手のなかにもどり、リュウの『シュウェジン』は、腹部の傷を気にしているようだ。
 竹菅から『クダ吉』を出してやりながら、雪人は大仏殿の外観を見渡した。
「まああれだ、好みというのも十人十色。何でも大きければいいってものでもないな、ということで……」
 そして、戦法もさまざま。
 ディアボロスは、それらを連携しあいながら、クロノヴェーダと闘っていく。平城京への道も、これで一歩を進めることができたのだ。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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