宴会所はこちら、区役所はあちら(作者 大丁)
100体のヤンキーデーモンが担いでいる輿は、30m四方くらいある巨大なグランピングテントのような形をしていた。
それが現在のグラシャラボラス残党軍を率いている。
「はりきりなさい。私の躰を使いたいのならね。ふふふ」
内部は宴会所になっており、ジェネラル級アークデーモン『大淫婦バビロニア』は、寝そべった姿勢で指示を出す。黒いレザー地の衣装は、重そうな胸を襟から吊り下げるだけの面積しかなく、肘をついた前腕に、左右の膨らみを触れさせていた。
床には盆や杯が並べられて、バビロニアはてんでにつまんでは、部下を呼んで話をし、肢体を見せつけた。
アークデーモンたちは、宴会所内のあちこちに車座になって座り、自分の番を待つ。
この指導者は、激励もしてくれるが、賛美も要求してくるのだ。
「いいわ。あなたの活躍があれば、グレモリーを滅ぼせる。そうして私が、江戸川区の支配者になる。区の支配者こそ、わたしに相応しい地位なのよ」
『TOKYOエゼキエル戦争』行きのパラドクストレイン。
車内のロングシートに、案内人が寝そべっていた。
「ごきげんよう。時先案内いたします、ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)ですわ」
肘を支えに上体を起こす。
「江戸川区荒川の戦いで、ディアボロスはグラシャラボラス残党軍の撤退を助ける判断をいたしました。残党軍は勢いづき、ジェネラル級アークデーモン『大淫婦バビロニア』は、全軍を率いて江戸川区の中心である江戸川区役所への侵攻を開始しています」
床に手を伸ばすと、ホームの売店で入手したとおぼしきカップが。
「バビロニアは、ディアボロスが自分の配下になったかのように錯覚して、調子に乗っているのでしょう。こんな感じで、ね」
予知の内容を聞けば、ファビエヌのかっこうが何を模しているのかは分かる。
「バビロニアが率いるグラシャラボラス残党軍は、そこそこの数があります。この軍勢を利用すれば、江戸川区役所の制圧……ひいては、区の支配者である『妖美なる黄金公爵グレモリー』を撃破し、江戸川区を奪還できるかもしれません」
説明しながら、身じろぎしている。
ロングシートと言っても座面は個別に仕切られ、まっすぐ座るのに適したようにヘコミが付けられている。
横になったら、見た目ほどには楽ではなかろう。
「バビロニア軍の進軍に対して、グレモリー軍が迎撃に出てくるので、皆様は強力な敵を中心に撃破して、江戸川区役所に向けて進んでください。また、新小岩駅方面の偵察をする隙もつくれそうですね」
ファビエヌは、カップの封を切らずに、口元で傾ける。
「戦いの前には、バビロニアの宴会所に招かれ、接触する機会があります。予知に出てきた、輿とテントですね。無理に出席する必要はありませんが、実際に会って、バビロニアの行動を誘導できれば、状況を有利に運べるかもしれません」
『大淫婦』へのシミュレーションのつもりのようだ。
「ほら、なにか気の利いたイイコトをいってごらん?」
寝そべったサキュバスが、指でクイクイと自分をさす。
ディアボロスの何人かが、あてずっぽうで容姿を誉めた。
「ふふふ、正解。上機嫌の彼女は、賛美されるのが好みのようよ。この続きは、皆様で考えてくださいな」
座り直したあと、立ち上がってドレスの裾をただした。
「葛飾区の新小岩駅の偵察ですが、江戸川区の境から500mはあります。葛飾区に侵入するのは、余計な挑発になってしまいますから、避けてください。『飛翔』なども、偵察が丸わかりになって、よくありません」
話題は再び、対グレモリー軍にもどる。
「アヴァタール級アークデーモン『死魂の奏者ムルムル』と、それを護衛するトループス級『ブリードデーモン』を合わせて、グレモリー軍の精鋭部隊となっています。もし、バビロニア軍がこれと戦えば、大きな被害を受けてしまいます。皆様、ディアボロスの手で撃破をお願いいたします」
操り人形が、カップをパスしあっている。
「大群のトループス級、『無限』のインフィニティは、バビロニア軍に任せるのも結構ですし、皆様が戦って撃破しても構いません。ただ、バビロニア軍の戦力の減りぐあいは、戦局に影響を及ぼすかもしれませんね」
結局、真似だけで飲まずに、ファビエヌはホームに降りた。当然だが。
「バビロニアが移動中に宴会をしているのは、グレモリーとの決戦で全力を出すために力を蓄えるという意味があるようですわ。皆様のイイ対応に期待しています」
区役所は、区役所で、『妖美なる黄金公爵グレモリー』が、堕落させた男性を侍らせていた。
しかし、彼女は不機嫌だ。
「荒川奪還に向かった軍勢が敗北したのは百歩譲って良しとしよう」
グラスを持つ手がワナワナと震えだす。
「だが、あのバビロニアが、ディアボロスと共に、こちらに攻め込んでくるとはどういう事だ? ありえないだろう!」
中身の入ったままのそれが、床に叩きつけられた。
「とにかく迎撃に向かえ。江東区の残党軍など物の数では無いが、ディアボロスの力は脅威だからな」
部下には一通り指示を出し、男たちから代わりのグラスを手渡され、ようやくグレモリーは下半身の四脚を曲げて座る。
「まったく、ディアボロスは共通の敵だというのに、バビロニアは何を考えているのか……」
テント奥に陣取り、大淫婦バビロニアが寝そべったまま、ディアボロスを呼んだ。
その時、宴会所にいたのは、ラウム・マルファス(研究者にして発明家・g00862)だけだった。
(「声がかかっちゃったナ。演技は苦手だから、応対は本心のまんまだヨ」)
使いのアークデーモンに先導されて、大淫婦のまえにでる。
「ヤッホー、ラウムだヨ」
気軽な調子で、バビロニアの杯にお酌をすると、召使いに注がれた杯を掲げた。
「乾パーイ!」
一気に飲み干す。キツそうな酒だったが、ラウムには平気だった。
「バビロニアって意外と美人だネ」
相手が軽く杯を掲げて、口を開こうとした瞬間だった。
「意外、と……?」
明らかに、眉の端が上がっている。
(「っと、言い回しを間違えタ」)
ラウムは、ペラペラと言葉を継ぎ足す。
「ごめんゴメン、ボク40過ぎでね、モテる人って聞くとついバブルの頃を思い出しちゃってサ。こんな綺麗系の人だと思わなかったカラ」
実際、それほど他意があったわけではなく、しかし話せば話すほど、なにか当てこすりのような感じになっていく。バビロニア当人よりも、召使いのアークデーモンが、火属性にチェンジしたみたいに赤くなっているから、間違いない。
「お詫びって訳じゃないけど、お酒持ってきたんダ。とっておきサ」
アイテムポケットに詰め込んだ瓶が、ポロポロとカーペットに転がった。
もう、そのころには、命令がなくとも、部下がラウムを引っ立てていたから。
「お酒と女性で堕落した人を正気に戻す方法知らナイ? バビロニアなら余裕だろうけど、面倒でショ? ボクでもできそうなら正気にして回るから、支配が楽になると思うヨ」
最後のほうは、テントの入り口まで遠ざけられていたから、バビロニアの耳には届いていなかったろう。車座になった者たちは、ポカンと顛末を眺めていた。
ラウムは、放り出される前に、自分から輿を降りる。
「うーん、飲み足りナイ」
荒川の東を並行して歩いていた。
ラウム・マルファス(研究者にして発明家・g00862)の右手には中川の土手がある。背の低い雑草が茂り、数十mおきに、首都高速道路の橋脚がそそり立っている。中川の水面は見えないが、フェンスに遮られた先には、対岸のコンクリート壁が覗けた。
そこはもう、葛飾区だ。
「怒らせちゃっタ、褒めるのって難しいナ」
ふと、『大淫婦バビロニア』の吊り上がった眉が思い出される。宴会所ではアークデーモンたちの怪訝そうな視線に囲まれたが、ひび割れたアスファルトを行くいまは、人の気配はまるでない。
前方に、中川から荒川まで差し渡された鉄橋が見えてきた。
『全知の魔法書』とラウムが名付けた歴史書を開き、『TOKYOエゼキエル戦争出身者』としての知識も併せて、新小岩駅を通る鉄道、総武線であると確認する。もちろん電車は走っていない。
「終点だネ。このままお散歩を続けたラ、ボクまで区境を越えてしまうヨ」
ラウムは、手詰まりを感じる。
カラスなどを『使い魔使役』してみたものの、越境できるほどの距離となると、視界共有もコントロールもきかなかった。
『汎用ドローン』に水中パーツを換装させてみたが、これはラウムの『発明品』だ。葛飾区側に武器を投げ込むような危険は、控えたい。
「ンン……。あれは、理星かナ?」
同じ道をたどって近づいてくる女性。天夜・理星(復讐の王・g02264)は、ディアボロスの仲間であるだけでなく、友達だ。
「アタシにも手伝わせてよ、一つ二つ」
彼女は現代地球出身で、より土地勘がある。自分の脚で出向いてきたのだろう。
新小岩駅周辺をのぞき見するポイントとしては、正解だったわけだ。理星は、『光学迷彩』を用意してきていた。
「やることを絞る、簡単かつ丁寧に、ね。ほら、ちょうどいい感じの物陰があるじゃなーい」
土手の上を指差した。
首都高速道路の橋脚だ。無骨な柱にふたりして潜み、迷彩効果を効かせて偵察を続ける。
とりあえず、対岸のコンクリートに囲われた内側は、商業ビルやマンションくらいしか見当たらなかった。クロノヴェーダによる見張り台のような設備もないものの、葛飾区側から隠れて監視することは可能そうだ。
駅周辺の上空も見張っていたが、飛行する異形の影は、ほんの時々である。
「ねぇ、ラウムさん。江戸川区役所戦に介入するつもりなら、きっと戦力を集結させてたりするでしょ?」
「ボクもそう思うヨ。今回については、葛飾区の敵の介入はなさそうだネ。区役所方面に戻ろウ」
グラシャラボラス残党軍に合流するにあたって、天夜・理星(復讐の王・g02264)は友達に、『大淫婦バビロニア』の移動宴会所に寄ってくると伝えた。
100体ヤンキーデーモンは、小柄な理星を見下ろしていたものの、すぐグランピングテントに上げてくれ、召使いの美男子が御用を聞きにくる。
「自分の一番好きな酒、赤ワインを頂きます。バビロニアさんとお話させてください」
直接的な物言いが効いたのか、いくらも待たされずに、目通りが叶った。
「まず、先の無礼をお詫びさせてください」
「……どの無礼?」
すでにディアボロスが何人か、やらかしたみたいだ。バビロニアはまだ怒っている感じではなく、眼を細めて興味深げに見つめてくる。
理星はもう素直さで押していくつもりだったので、友人の名前を出した。
「ラウムという者が、『意外と美人』などと、無礼な態度をとりました」
「あー……。ヤッホーくんの上官なのね。私はなにも思ってないわよ。こっちの部下が勝手に追い出しただけ。で、実際に会ってみたら、どう?」
ジェネラル級ともあろうものが、キラキラと期待のこもった眼差しになる。理星も曇りなき瞳を輝かせて、笑顔で言った。
「ラウムなんかの口では言い表せない、世界を支配し得るほどの魅力をもった、大変な美人でございます」
はたして、大淫婦は笑う。
「世界か、大きく出たわね。ディアボロスは、すぐにでも私を江戸川区の支配者にしてくれそうよ」
赤ワインのボトルを持ってこさせ、理星の杯にバビロニア自らが、注いでくれた。その後しばらくは、調子のいい感じの物言いを続けるので、拝聴する。
(「未来図はいつでも書き換えられる。復讐者の怒りで。だから今は、赦しておけばいい……」)
途中、話を向けられ、ディアボロスのなかにグレモリーの手に墜ちている者がいると、惑わすための情報を吹き込み、救出するあいだ大群のトループスとの戦闘を受け持ってくれないか、と願い出た。
「つくづく部下の心配をする子ね」
バビロニアは、ため息をつき、理星に疑いを抱かないかわりに、心を動かされてもいない様子だった。
「いい? 江戸川区役所はあちら。出てきた敵は倒して、前に進む。それだけでいいのよ。それだけで、私は区の支配者になれるの。ディアボロスだって、それが一番の望みなんでしょ?」
寝そべっていたものが立ち上がり、適当に指差すクロノヴェーダの足元で、理星は賛同の返事をするよりなかった。
『大淫婦バビロニア』の宴会所、テントを載せた輿から降りてきた天夜・理星(復讐の王・g02264)は、グラシャラボラス残党軍のなかに間借りして配置されている仲間と合流した。
『ヨアケの星』をはじめとした旅団でのお馴染みや、時空間列車の同乗者らが集っている。
「あれ以上はもう意味ねえな。さっさと前に行くしかないか……」
理星が、接見での様子をもらすと、ラウム・マルファス(研究者にして発明家・g00862)は口元をゆるめて礼を言った。
「怒らせちゃったフォローを、ありがト」
ディアボロスが受け持ったルートは、元のバス道に沿っていて、車線は全部で四つだが、両サイドの歩道も広く、建っているのはマンションなどの住居だ。
区役所まで見通すことはできないものの、会敵し戦闘をするには十分な道幅だと、ラウムは観ていた。すると、クダギツネの一体が足を止めた。
御門・風花(静謐の凶鳥/ミセリコルデ・g01985)の『琥珀』だ。左前方を睨みだす。
「厄介な相手のようですね……」
サーヴァントに注意をうながしつつ、風花は落ちついた雰囲気で片手を掲げ、進軍停止の合図を出す。
旧バス道に染み出してきた敵群は、トループス級『ブリードデーモン』。
巨躯かつ肥満体の悪魔で、全身から触手を生やしている。その後ろ、電柱の真ん中くらいの高さから姿を現したのは、鷲の上半身に獅子の下半身を持ったグリフォンと、それに騎乗する黒髪の女の子だ。
「あれって……。ああ、風花さんのお姉さんか」
理星がアヴァタール級アークデーモンの来歴に気づく。
黒城・廉也(後輩サキュバス・g02175)は、からっぽの両手を胸の前まで持ち上げて構えた。
「じゃあ、御門さんの為に道を切り開かなきゃいけないッスね」
長身のサキュバスからは、グリフォンの士官よりも、触手の群れのほうがよく見渡せる。
大人に混じったセフィー・ステラ(星の魔力をもつエルフの小さき演奏家・g06416)は、背伸びしてやっと、件の電柱を見上げられた。
「風花さんの……一族なの?」
「ムルムル、わたしが幼い頃に死んだ姉に……『似た少女』です」
あくまで風花は冷静だ。
今は、やるべきことをする。『死魂の奏者ムルムル』を護衛するアークデーモンは、情報にあったグレモリー軍の精鋭部隊のはずだ。これを残党軍に向かわせてはならない。
触手の先端は、それぞれがヒクついて、戦う前からびゅるびゅると白い液体を先走らせていた。
「こいつは……」
眉立・人鳥(鳥好き兄ちゃん・g02854)は、なにか言いかけて絶句し、魔力の糸を手に這わせてから再び口を開いた。
「またしょうもねえのが出てきたもんだな。こっちにゃいたいけな少女が多いんだ、教育によくねェ」
年長者の早口に、リーフ・フローレス(ハラペコ夢魔姫・g03695)は舌っ足らずな甘えた声で賛同した。
「うわぁー、そーですよぅ。きもちわるーい」
成熟した体つきと対照的に。アオイ・ダイアログ(響き合う言霊の繰り手・g02687)も、助けを乞うてくる。
「めっちゃキモイ! あ、ムリ、近寄らせないで下さい!」
女性たちの様子に人鳥が、自分だけ前に出て、敵をひきつけてやるかのようなそぶりをしたものだから、アイネリス・レナリィ(黒鉄の魔女・g01781)が、待ったをかけた。
「セフィーはともかく、いたいけな少女は言い過ぎでは?」
「あ……」
なにか気に障ったか、と赤茶の瞳をいい人に向けると。
「こちらも前に出ます」
アイネリスは変わらぬ表情で言い分を通してくる。
「ああ、頼んだぜェ!」
むしろ機嫌がいいくらいだ、と人鳥には思えた。
「眉立さんよ。そのとおり、教育に悪い敵ではあるな、ものすごく」
百鬼・運命(人間のカースブレイド・g03078)が、ガジェットウェポンを装着したところだ。
「というかダメだろあれ……テンション下がる敵は割と多いけど、これは上位になるな」
水陸両用の気密式動力甲冑の重厚さが、忌避感すら表しているよう。その手元を、自身も装備換装中のラウムが覗き込んで言った。
「ドローンの装備形態の狙いは、凍結効果かナ?」
「さすが、マルファスさん。とりあえずああいう触手系の敵なら冷気には弱いだろうってな。そっちのドローンは、電撃型に?」
外見は、カラスだ。
「敵がキモイし汚いからネ。早く仕留めてしまいたいのサ」
「同感だ。天夜さんの増援で駆け付けたはいいが、戦闘が終わったら『クリーニング』が必須だろうなあ……」
敵の精鋭に対して、ディアボロスは通りを塞ぐように展開した。クダギツネの琥珀も、ひとりぶんの陣地を与えられ、肩をいからせ威嚇している。
「行きますよ、『琥珀』」
風花が、『炎獣解放(フレイムイグニッション)』を発動する。
サーヴァントと意識を同調し、炎の闘気を纏うと、緑色だった頭髪と瞳は、金髪赤眼に変化していく。
「その汚らわしい姿、焼き尽くしてあげる」
雰囲気も変わり、憤怒と嫌悪感が露になった。振り上げた両手の五指に、炎の呪詛を宿したオーラの刃、『灼熱の鉤爪』を展開し、あとは触手うごめく群れの中に突っ込む。
先に陣形だけ指示しておいたのは、もうこうなっては後ろの残党軍のことなんか構っちゃいられないからだ。
刈り取られた触手が何本も宙をすっとび、切断面から炎の呪詛に燃え、道路に落ちるまえに消し炭となっていく。
炎獣解放の風花に、途切れず攻め続けさせるためには。
理星は、右手の甲にある紋章を見た。
「トループス級に、友達の邪魔はさせない」
『e-XC/Lock(エクスクロック)』、黒い時計盤を模したそれは、針を合わせることができる。
「エクス……トゥエルブ!」
12時に合わせることで、空間改変が起こり、いたるところ、かつ、なにもないところに亀裂が入り始める。
戦場全体の空気が動き出した。
密閉された動力甲冑のなかの運命の頬にさえ、それは感じられたのだ。
「天夜さんが、力を使ったのか?! なんとかってヤツ!」
「『■■』ダ。世界を壊しかねない強大ナ」
ラウムは、カラス型ドローンを、空気に乗せてみた。ディアボロスに対しては有効に働き、クロノヴェーダは疎外する。
「発音うまいなマルファスさん。というか、大丈夫なのかよ、天夜さんは?!」
「いや、毎秒ごとに理星の存在が……」
「……クッソ、やっぱ削れますね。けど、宝の持ち腐れにする気はないんで。止まるのも無し。文字通り前には進めるからね」
風が戦場に吹き荒れている。
運命は装甲の内側で逡巡したが、ラウムの言葉と行動に後押しされた。
「理星を引き留めるくらいなら、ボクらも協力すればいいのサ。汚い敵は早く仕留めようって言ってたよネ」
カラスは『スタン・ドローン』仕様。
強力な電撃を放つ。それが、大気組成に影響を及ぼし、戦場に吹く風をさらに増した。
「ビリビリするヨ。運命は……」
「わかってる。俺のも頼りにしてくれ。『クェイクパックmod3』起動」
万能大型ドローン砂漠陸戦装備形態『クェイクパック』を利用した火器一斉射による制圧戦術。
装備火器から発射されるミサイルには、アイシクルスフィアを封じた特殊弾頭が込められている。
「敵ごと氷漬けにする範囲攻撃を行う。……だけじゃなくって、着弾地点に極所的な吹雪を起こすんだ」
冷気まじりが合わさり、風力はまた上昇した。これで、トループス級相手なら、ディアボロスの多くが先手をとれる。
もちろん、カラス型ドローンは太った悪魔をしびれさせ、冷凍ミサイルは、いろいろ問題ありそうな触手や体液を凍結させてまわった。
江戸川区制圧のため、幼いセフィーは防衛ラインで踏みとどまる。
「少しでも協力できるように、ボクもアンとがんばるよ!」
レインボーハーモニーは、魔術的な力を発揮する楽器。音や操る属性によって七色に変わるとされるが。
「何だか気味が悪い敵だね……それに力強そう……」
奏者の感情を反映してか、いまは恐怖による陰りが見えている。
ブリードデーモンのなかに、『クラウディジェルフラッド』の液体をあえて出さずに溜め込む戦術をとってきているヤツらがいた。
洪水のように押し寄せるには、決壊が必要なのだ。
「ひゃあっ!? 何か撒き散らしてくるよ!?」
その貯水量を超える瞬間に、風をかたどった魔法陣が出現し、防壁となった。
「あ……れ……?」
オラトリオを抱きかかえたセフィーの前に、廉也が割り込んだ。身長差があるので、すぐに判らなかったのだ。
「……俺、そういう攻撃って嫌いなんですよね、生理的に。仲間に手を出したら殺すだけじゃ済まないって言いませんでしたか?」
魔法陣だけでなく、廉也の身体が風を纏っていた。
強化されたエクストゥエルブが、間に合わないはずのセフィー救出をかなえたのだ。
「我が元に集うは万象を為す地水火風、内に揺蕩う光闇の心魂。終焉を導く弾丸となりすべてを穿て」
詠唱により、6属性の魔法陣が重なっていく。
からっぽの両手を銃のように組んで突き出す。『終の弾丸(ディマイズ・バレット)』が打ち出され、液体を溜め込んでいたブリードデーモンたちをまとめて貫通していった。
そして、宣言どおり死だけでは済まず、こと切れる寸前まで生命力を吸い取られる。すなわち、白濁液は奴らの体内で黄色く劣化して苦しめた。
「廉也さん、ありがとぉ~」
「俺だけの力じゃないッスよ。みんなの助けッス」
弾丸を打ち込んだ敵が、けいれんしながらも動いている。セフィーは、アンジェリカといっしょに抱えたままだった楽器を持ち直した。
「みんなの……。みんなの役に立てるかな、ボクでも!」
ほんのわずか、青年は親しみ深い笑顔で振り返る。その瞬間から、レインボーハーモニーは虹に輝く。
「『氷と炎の幻想曲(フェンリル・フェニックスシンフォニー)』♪」
不死鳥が大きくはばたいて、太った悪魔たちに向かっていき、とどめを刺した。
黄色く噴き出して、破裂する。
「これはまたアナログタイプなアレな連中でしたねぇ」
アオイはかわらず、触手には絶対に捕まりたくはない。
「まぁとりあえず……乙女の敵は完膚なきまでに滅んでて下さい!」
『SV:迅雷の一矢(シュートボイス・ジンライノイッシ)』を、放つ。言霊は命中すると解放され、電撃を放つのだ。
「おやまぁ、上手く組み合わさったものですねぇ」
射たアオイ本人が驚いたのだが、矢の電撃も反応したのか、空間にまた変異が起こり、時の流れが急加速を始めた。
加えて言霊は、敵の触手から生命力を奪いとってくれる。
「電流、雷、電光稲妻落雷雷鳴感電痺れろ! それじゃあ、いっけー!」
通常ならばかなわぬが、触手の悪魔から下がって射ては、また射るという。
「わははー。射ち放題だよ、リーフさん! ……あら?」
アークデーモンに対して、あれほどいっしょに嫌がっていたはずなのに、サキュバスのようじょ21歳は、ふらふらしながら電柱のほうへと引き寄せられていく。
「うーん、勇ましいですね」
アオイには、リーフの動きが演技だとすぐに判った。敵は騙せているのかもしれないが。
「きゃぁっ!? やだぁ、なにこれぇ……」
ぷるんとした、はちきれそうな豊満な胸に、粘液がかかる。
ぷりっとした形の良い尻はもう、べとべとに。
すらりとした美しい脚は、凶悪なる洪水に負けて、いまにも折れそうだ。
「いやぁ、だめぇ!? ……なんちゃってー!」
『夢魔魅了(サキュバスチャーム)』により、すっかり演技にはまってしまっていたアークデーモンは、触手の敏感そうな部分を蹴りまわされて、声も出せないショックを受けていた。
一体につき、何本もあるから、痛みも何倍である。
「そ、そいつは……」
人鳥が今度も、絶句していた。
「全く、趣味の悪い……」
アイネリスの呟きを、耳のすぐ後ろに聴いて、人鳥はあえてそっぽを向いた。
「お前たちをのさばらせておく訳にはいかないわね。早々に消えてもらうわ」
『振り払う焦熱(フリハラウショウネツ)』が、敵を斬り続けていたのだった。リーフや人鳥に何か言いたかったわけではない。
一振りごとに剣刃を生成し直すほどの高熱を帯びて、灼き斬る。
「弾けて、燃えろ」
戦闘開始時から前に出て、人鳥とふたり、左側の歩道のトループスは片付きつつある。中央の敵も、まもなく仲間が始末するだろう。
「アイネ! 全開で行くッ!! 力ぁ貸してくれッ!!」
人鳥が改めて、その名を叫んだ。
「いつでもどうぞ。私も加減のつもりはありません。一切葬ってしまいましょう」
歩道の敵を、全部ひきつけたところで、人鳥は両の手から強化魔力糸を放った。
力自慢だったはずの、ブリードデーモンたちは、肉体も精神も糸に封じられる。
「打ち上げ準備完了ってな、んじゃ華麗にヨロシク!」
「『降り籠める災禍・業裂(フリコメルサイカ・ゴウレツ)』!」
アイネリスが槍と剣とを大量に召喚した。
拘束されたトループスは、全周囲から刺し穿たれ、最後は爆発する。
電柱のすぐそばも、爆槍と爆剣はかすめ、アヴァタール級を乗せたグリフォンは、一度だけ鳴いた。
『死魂の奏者ムルムル』は、御するとトループス級の全滅した路上を見渡す。そして、眼が合った。
風花は、赤い瞳のまま告げる。
「次は、あなたの番よ」
精鋭のブリードデーモンを片付けたところで、ラウム・マルファス(研究者にして発明家・g00862)は、フライトドローンに飛び乗った。仲間のひとりに声をかける。
「ねぇ、運命。ボクは大群のトループス級の動向が気になル。理星たちのことは任せていいかナ?」
文字通り、彼女は体を張っていた。運命は了解し、互いのガジェットを掲げて、反対方向に分かれる。
勘のようなものだったが、パラドクス通信にカマル・サディーク(人間の王墓守護者・g03220)から、残党軍のアークデーモンが攻撃されたと連絡が入り、的中していたとラウムは苦笑する。
数ブロック戻ったところの沿道のマンション。
各階のベランダから、一斉に黒い影がぬっと顔を出したのだった。
カマルは、左目の包帯を外して、影の大群をじーっと見る。『妖美なる黄金公爵グレモリー』が江戸川区役所から繰り出してきた、トループス級アークデーモン『無限』のインフィニティに間違いない。
だが、初見の印象とは違うようだ。
「カマルだぞ。グレモリー軍は奇襲をかけたつもりだったろうが、住居に隠れた意味はほとんど無かったな」
続報を流す。
両軍は、マンションのベランダとふもとで野次を飛ばし合っており、インフィニティは鳥類や昆虫を召喚しては、地上にけしかけていた。
せっかく見ることができたので、カマルは『イプエルの訓戒』で鳥の召喚を再現し、最上階のインフィニティを喰らいに行かせる。
近くで展開していたディアボロスたちの中から、数人が集まりつつあった。七原・吹雪(人間の時間神官・g06066)は、スフィンクスの『真白』を連れた男の子だ。
建物の屋上を越えて飛翔してきた。
「大丈夫。きっと、なんとかなるよ」
ここまで来ると、偵察だけともいかない。最上階のアークデーモンたちは、合体をはじめ、フェンスを破って吹雪たちに襲いかかる。
「真白、頼んだよ」
スフィンクスは応じて、一直線に合体デーモンに突撃した。
巨大化でふくれていたものの、インフィニティの黒い霧のような姿は曖昧なままだ。真白が貫通すると、四散してしまった。
「大丈夫だって」
霧の一部が、吹雪にまとわりついたので、真白は宙がえりして戻ってくる。
主人が言ったとおり、そこには味方の青年が援護にはいっていた。
榊・紫苑(死がすべてを奪うまで・g06397)は、灰色の髪をなびかせ、刃を構える。再度、集合しようとする黒霧に『魔骸連刃』がひらめいて、合わさるさきから解体していく。
「榊紫苑です。僕はこの戦場に最後まで付き合おうと思いますが、どうしますか?」
青年は、勇猛な戦いぶりを見せたあとで、少年に礼儀正しく自己紹介した。
「俺は吹雪だよ。こいつは真白。えっと、どうしよっかな」
通信を受けて、ちょっと顔を出しただけ、と言い、眼下の残党軍が元気なのがわかったので、結局のところ吹雪は退散することに決めた。
地上からの攻撃で、マンションの設備が破壊されていく。
窓ガラスが割られ、空調の室外機がへこみ、鉢植えが落下した。紫苑は外から、各部屋を慎重に見て回る。刃を振るいながらだ。
そこへ、デーモンのデーモンイーターがいっしょになった。
「あなたなにか、探してるのぉ?」
「建物に、一般人の区民が残っていないか調べています」
紫苑の返事に、たずねたエトワール・ローデット(契約者・g02251)は、なぜか顔を赤くした。
「頑張るのねぇ」
「救える命は、救いたいですから。……また、『無限』が、インパクトを使ってくるようです」
身構えた紫苑に、エトワールは次の棟へ行けと手を振る。
「私もお仕事頑張るから」
悪魔の翼を広げた。『双翼魔弾』を放つ。
魔力の弾丸は、勝手に敵を追跡してくれる。青年は、その間に礼を言って離れていった。
聴かれる心配がなくなったからではないだろうが、エトワールのお腹が鳴る。
「お部屋に、おいしそうな食べ物でも見つけたのかと思っちゃったよぉ」
魔力弾が、無限大合体を捉えて破裂する。
しかし、半身になったインフィニティが、殴りかかってきた。
「げんこつを食べられたら、お腹ふくれるのになぁ!」
エトワールはゴチながら、羽ばたきを強くする。ふいに、体が軽くなった気がして、アークデーモンの反撃は軽く避けることができた。
しかも、さっきまで腹ペコだったのに、少し満たされた感じがある。
魔力弾を通じて、敵の生命力を奪ったのだ。
「ラウムさんじゃない。ずっと先にいるのかと思ってたわよぉ」
建物の陰になるような位置に浮かぶ、フライトドローン。その上に顔見知りを見つけた。手には、放電するカラス型ドローンを止まらせている。
「やア。聞いた感じバビロニアは余裕っぽかったんだケド、元々残党なのは事実ダ。危なそうなら、手助けしようかなってネ」
顔見知りと言えば、真っ赤になって興奮しているアークデーモンが、地上で戦っていた。怪我もかまわずに。
宴会所のテントで会った気がする。
助ける義理はないし、残党軍の全体で言えば、劣勢に追い込まれているわけでもない。
「あんまり深追いしないように、適当なところで切り上げて帰るヨ……」
フライトドローンを旋回させようとしたところで、小さなインセクティアが、敵の召喚した昆虫の集団に対抗しているのが目に入った。
「あの子の話は、聞いたことがあるナ」
直接の知り合いではないが、運命たちと繋がっていたはずだ。天絹・蠱白(時紡ぎの蚕・g02455)は、蛾の容姿にコンプレックスを持っているらしい、と。
「きらりんきらきら、まほうのこなよ。コハクのおねがいかなえますの」
白い鱗粉が収束していく。
魔法の槍となって、昆虫の群れに打ち出された。粉がキラキラと尾を引いて彗星のように美しい。
召喚虫の集まりは、穴をいくつも開けられて、力を失っている。『無限数サーヴァント』を使った本体たちにも、鱗粉のダメージが伝わって、ベランダの手すりから落っこちるものまでいた。
つかみどころのない悪魔なのに、しぐさが妙に人間的なときがある。
自分たちの行軍が通りすぎるあいだ、ベランダの柵に身をかがめて隠れていたのだろうかと想像すると、ラウムの顔には悪そうな笑みが浮かんでくるのだった。
「……残りの始末をつけておきましょうカ」
エトワールが、おやと思っている僅かな時間で、ラウムの早業はカラスに殺虫剤ユニットを換装させていた。
「薬災運ぶ自律機構ダ。さァ、行っておいデ』
虫たちは、ドローンから噴霧されたそれで、ボトボトと落下し、無限のはずのインフィニティも同じ運命をたどった。
赤顔のアークデーモンも含めて、残党軍はこの戦闘での勝利に雄たけびをあげている。
「ラウムおじちゃん? コハクですの」
蠱白が声をかけてきた。むこうも、誰か共通の知り合いから、話を聞いているらしい。
「よろしくネ」
言霊を込めた矢を射掛け、グレモリー軍精鋭の屍を累々と築いたアオイ・ダイアログ(響き合う言霊の繰り手・g02687)は、片耳タイプのインカムに手を当てる。
「まぁ、あの汚いのは忘れるとして。友人としてバッチリ支援させてもらいますよ♪」
返事は、すぐにきた。まずは、眉立・人鳥(鳥好き兄ちゃん・g02854)からだ。
「いよいよご対面だ。俺も出来ることをしようじゃねえの。パラドクス通信は繋いだままにしておくぜ」
「……大詰めですね。最後まできっちり、援護させていただきます」
続いて、アイネリス・レナリィ(黒鉄の魔女・g01781)。ふたりは、アオイよりもずっと前方の戦場にいた。
見上げた先には、精鋭部隊の指揮官、アヴァタール級アークデーモン『死魂の奏者ムルムル』と、彼女の騎乗するグリフォン。そして、対峙する仲間の姿が。
「あなたの正体について尋ねても、きっと無駄でしょうね」
御門・風花(静謐の凶鳥/ミセリコルデ・g01985)は、語気を強めた。
クダギツネ『琥珀』と同調し、赤くなったままの眼で、クロノヴェーダを睨む。敵はやはり、風花の問いには答えず、ワシのクチバシに咆哮させると、空中を突進してきた。
紳士の正装に、三叉槍を携えて。
風花は、手を突きだして呼ぶ。
「だから今は……来なさい、レーヴァテイン」
召喚した炎の魔剣が、槍の穂先を受け止めた。嵐のただなかに放りだされたような衝撃に、同調中の金髪が乱れる。
ムルムルも、半笑いを浮かべていた顔をややしかめ、押し気味の相打ちだったにもかかわらず、いったんグリフォンに高度を上げさせる。
金髪赤眼のディアボロスは落下をこらえきり、姉の面影を持つアヴァタール級に追いすがる。
「先に進むために、私たちの全力であなたを倒す」
しかし、死魂の奏者ムルムルは、空に逃れたと見せかけて、自らの配下を召喚していた。
亡霊騎士の軍勢。ある意味、トループスたちよりも、本命であろう。
アスファルト道路に転がっていたブリードデーモンの骸を消滅させるようにして、剣に槍にと武装したファントムレギオンが、バス道いっぱいに浮上してきた。
黒城・廉也(後輩サキュバス・g02175)は、銃のかたちに組んでいた両手をほどく。
「殺すだけじゃ済まないって、化けて出ろって意味じゃないッスよ」
「さっきの気持ちが悪い敵と比べてさらに強そうな感じがするね……」
セフィー・ステラ(星の魔力をもつエルフの小さき演奏家・g06416)は、オラトリオの『アンジェリカ』を抱きしめるが、もう怖がったり、弱気になったりはしていない。
自分たちは力になれると、廉也が認めてくれたから。
敵と風花に何か因縁があるとも聞き、今度は彼女の助けになることを願っていた。廉也は、また振り返って笑顔を見せてくれる。
「……うん、気を取り直してラストッスね。さぁ、気張っていきましょうか」
会話の後半は、通信にものせた。
亡霊騎士たちは、地上戦力だけでなく、骨の鳥に乗ることで、建物の間を飛翔し始めている。百鬼・運命(人間のカースブレイド・g03078)は、グリフォンの動きを追うつもりだったので、飛び交う亡霊はうとましい。
「数に制限はないはずだ」
フライトドローンのひとつに乗り、操作できずにただ浮いている多数に『トラッピング』、異空間にストックしておいた様々な罠を設置する土台になってもらう。
「もっと生み出していこう。……『セット』!」
着々と作業を重ねるが、運命にはもうひとつ、気にかかることが。
天夜・理星(復讐の王・g02264)の現在の状態である。
時間経過とともに、存在が削れていくという話だった。ドローンから探してみたところ、それ以上の事態を発見した。
「あれは……天夜さんのネメシス形態、か?」
歩道からガードレールに寄りかかり、左手で頭を押さえている。周囲の時間流がおかしな方向に流れていき、亡霊騎士たちもその範囲には入れない。
「……タイム、ラプス」
つぶやきと共に、外から見た変化は収まった。
ただ、グリフォンと風花の空中戦を捉えようと顔を巡らせたとき、光が漏れた。理星の両の瞳に、紅いサークルが出来ていたのだ。
運命の通信もオンになっていたので、皆が把握した。皆が覚悟を受け入れた。
アオイは、エクシードボイス・インカムに入力する。これは、他のボイスウェポンに、言霊を伝える機能を持つ。
「私も、パッと変えてスタンバイしますか。ここは、FPSスタイルで行きますよ!」
服は、ビジュアルレイヤーになっている。ワールドカスタマイザーによって実体化しているそれは、アオイの声によってデータ変換され、シューター衣装へと早変わりした。
ビルの屋上に陣取り、バレットボイス・スティンガー・ライフルを据える。
獲物は、グリフォンに絞った。地上では、亡霊騎士たちがうごめいている。やがて街路に響きわたる、セフィーの奏でる調べ。
「相手も召喚するなら、こっちも英雄を召喚して戦うよ!」
やさしく始まった管楽は、徐々に勇ましさを増す。魔楽器一本が七色に変わりゆくと、弦と打の音も加わってシンフォニーを構成していく。
「アンも一緒にがんばろうね♪」
抱きついていたオラトリオが、セフィーの傍らにふわりと浮かび上がった。指揮棒をふるように両手を広げると、幻影の英雄がいっせいに、亡霊の軍勢へと挑んでいく。
甲冑と甲冑がぶつかり合う中で、英雄たちの雄たけびが上がった。
魔剣レーヴァテインに共振がおこり、切れ味が鋭くなる。
両軍の拮抗を見て、廉也は詠唱した。
「我が氷王に捧ぐは清浄なる祈り、悪しき者へ氷華と共に安らかな眠りを」
亡霊の足元から、水が吹き出す。
濡れた路面に踏ん張りのきかなくなった騎士を、英雄が押しやって、吹上げの中に巻き込ませた。
「ステラさん、いいッスね。そのまま水を凍らせて閉じ込めてやるッス」
「うん!」
幻影は力を尽くすと消滅する。騎士たちは、噴水に持ち上げられたような恰好をめいめいにさらして氷結し、まさに『氷王の献花(グレイシア・ブルーム)』を飾ることとなった。
亡霊の持つ、復讐の意志と共に。
今度こそ、地上の敵は片付いたようだが、氷柱を避けた骨の鳥が飛んでいる。まだ、トラップを載せたドローンの邪魔になっていた。運命は、動力甲冑の兜を開放して、丸眼鏡をかけ直す。
「制御できないのは不便だなあ。もっと増やすか……おや?」
後方から、蛾のインセクティアが、オラトリオに抱っこされてやってくる。
「サダメおにいちゃん! コハクですの」
数ブロック手前で、グラシャラボラス残党軍とともに『インフィニティ』の大群を相手していた天絹・蠱白(時紡ぎの蚕・g02455)ら、ディアボロスの一部が合流してきたのだ。
「天絹さん、いいこだね」
運命に褒められて、蠱白は漆黒の眼を細めたが、相手している敵の不気味な姿を知って、少なからず緊張したようだ。
しばし、オラトリオの『シルクちゃん』に抱き着き……。
「コハクが、とおせんぼですの」
おしゃまな7歳なりに覚悟を決めた。
翅から鱗粉を流し、骨鳥の空域に白蛾結界を展開する。時紡ぎの絹糸は、極限まで細く透明、かつ頑丈に強化されている。魔力で糸を生み出すと、結界内の亡霊の未来を見極めた。
「シルクちゃん、いまですの! くるりんぐるぐる……」
オラトリオが繰り出すのは、植物の蔓だ。空中で騎乗する敵は、剣をぬいて刈り取ろうとするが、その隙に不可視の絹糸に絡めとられた。
「ばんしそうばくじんですの!」
『蔓糸双縛陣』は、亡霊騎士を一定の高度から下へと留める。トラップ載せドローンの群れは、ゆっくりとだが敵群の網を抜けて、より高く昇っていく。
「視認困難なレベルのワイヤー状……そうか、天絹さん。もういっかい、絹糸の力を貸してくれないかな?」
「おまかせですの! くるりんぐるぐる……」
ドローンの間に差し渡し、繋がったひとつのトラップと成した。
いまやグリフォンは高速飛翔し、風花の加勢にいったアイネリスを、鋭利な爪とクチバシでもって翻弄している。ドローン群はその進路に侵入した。
アヴァタール級の少女は、浮遊する障害物を軽く避けたつもりだったが、見落とした繋がりにワシの翼を引っかけてしまった。次々と寄ってくる機械には、近接信管の火薬が。
運命はまた、丸眼鏡をかけ直す。
連続する爆発音とともに、機械の破片とワシの羽根が、路地に降ってきた。
アイネリスからは距離をおき、グリフォンはパワーとスピードを貯めている。手傷を負わせることはできたが、糸で封じるまではいかなかった。
それを見た人鳥は、魔力糸から『バイビーク』、嘴のついた特異な形状の武器に持ち変える。
「なるほど、またあの機動力を取り戻すつもりだな」
空にいる敵を観察していると、視界に入ってくるものがある。廉也のパラドクスで生まれた氷柱だ。
表面には霜がはり、閉じ込められた亡霊騎士たちの姿がうっすらと確認できる。騎士は積み重なって、噴水のかたちのまま高く伸びていた。その先には、手負いのグリフォンが。
「……最悪仲間を頼らせて貰うとしますかね」
バイビークをサーフボード代わりにして滑り込む。
踏み切り時に、埋まっている頭を踏んずけたが、うまく氷柱を駆け上って、人鳥の身体は宙に舞った。
「噛み砕いてやりてえ所だが、無理なら体勢だけでも崩させて貰うぜ」
嘴付きの細長い武器の上に立って、あとはただ勢い任せだ。
ムルムルに急速接近し、そのまま一気に騎乗怪物の腹に喰らい付いた。
パワーを貯める中途で突き上げられ、暴れるように羽ばたくグリフォン。人鳥はバイビークから怪物の上まで跳び乗ってやろうとしたが、無茶のツケを払わさられた。
もがいたグリフォンの爪が、ジャンプで伸びあがった腹を引っかいたのだ。
「ぐふぉ! ……だがよッ!」
落下しながらも、怪物の腹に刺さったままの武器をみて、人鳥は笑う。もう機動力は発揮できまい。
あるいは、散る血のぶんの復讐を、さきに増幅できたのかもしれなかった。
視界のすみに、また何かが映る。
全速力で飛んでくるアイネリスだ。
「解き放つ……応報!」
身の丈の数倍を超える巨大な剣刃が、腰だめに構えた柄から後方に向かって生成されていく。
ここまでは、好き放題に飛び回られるのを、無数の槍刃を降らせることで御しようとしてきた。運命のドローン機雷、蠱白の絹糸、そしてセフィーと廉也が建てた氷柱に、そこから跳躍した人鳥。グリフォンランページは、鈍っている。
「崩れて、滅しろ」
速度を落とさず、念動力で黒鉄の剣を大上段に持ち上げ、叩き込んだ。
爆炎が右の翼に燃え移り、ムルムルは三叉槍をかざして熱を避ける。叫び声らしきものも初めてあげた。
獣はもっとクチバシを開いて、咆哮する。
獅子と猛禽のものが混ざったそれは、大気を激しく振動させ、戦場全体を覆う。
グリフォンの動きを止めても、この振動で当方まで動けなくなれば、攻撃を命中させるのは難しい。
地上のディアボロスたちが対抗手段を講じるあいだ、屋上にいたアオイは、片耳インカムの空いているほうの耳を手で塞いだ。
「結局これが一番確実なんです!」
エクシードボイスという特別製なのもあったろう。もとより、声の力なら専門だ。
バレットボイス・スティンガーには、貫通力を増すのに十分な声が蓄積されている。あとは狙いだが。
「大まかな位置予測が出来ればエイムアシストで当たるはず!」
期待通り、デバイス補助がきいたものの、ターゲットマークが示したのは、屋上めがけて突撃するワシの顔だった。
つまり、アオイに向かってくる。
「どんな相手だろうと撃ち貫くのみ! ブルズアイギャンビット!」
一発が、ワシの左目を射た。
ムルムルの構えた槍は、ぶれない。アオイは陣地を捨てて即行横っ飛び。
視界のかたほうを潰されたグリフォンは、屋上を素通りしたあと、ムルムルに操られて旋回し、再びバス道の上空にもどってくる。
ビルの陰から飛び出した瞬間、宙に貼りついた。
直下には、理星がガードレールに右手をつき、左手で頭を押さえて立っていた。瞳の紅いサークルが、らんらんと輝いて。
歴史の外から来る激痛が頭を襲う。
「こんなの……風花さんの苦しみに比べたらずっと小さいよ」
ネメシス状態にはいったぶん、時空の歪みへの修正が強まっている。
理星が通った個所に起こる時間の遅れが、縦方向にも伸びていて、グリフォンのクチバシは、大きく開いたまま停止していた。
「ほら、今だよ風花さん……」
そのか細くなった声を、アオイはインカムを通じて拾い、自分も同様に叫んだ。
「風花さん、トドメを!」
パラドクス通信に、ディアボロスたちの声が次々と届く。
「御門さん、戦うッスよ」
「フウカおねえちゃん!」
「御門さん……」
「思いっきり戦って、風花さん」
そして、アイネリスの操るドローンに救い出されていた人鳥が、顔を上げる。
「いいコントロールしてただろ。褒めてくれい……」
「ええ。ビークはまだ噛みついたままです。あとは風花さんが決着をつけてくれるでしょう」
集められた信頼と声が、ハウリングに縫い留められていた風花を開放した。
「ありがとう……これで、終わらせる」
破滅の炎剣レーヴァテインは限界を突破して、使い手の身体にも炎を纏わせる。
時間流のズレを修正した『死魂の奏者ムルムル』は、グリフォンを乗り捨てて三叉槍を振るってきた。
空中で一合、両者は真正面から互いを斬り合う。
「あなたを乗り越えて、私自身の手で答えにたどり着いてみせる」
「がはッ、こた……え?」
アークデーモンは、同族の核を組み込まれた魔動機械の長剣に、溶断されていた。
「私の覚悟よ」
槍から受けた傷も、また深い。
風花はこらえきれずにバランスを失って、路地に落ちていった。髪も瞳も、緑に戻っていく。
いっぽうで、自由を取り戻したディアボロスたちは、ドローンを集結させて、彼女を受け止める。
ビルの屋上フェンスにしがみついたままだったアオイから、また通信が入った。
「いずれ本物に叩き込んであげるといいですよ。その時はまたお手伝いしますから」
風花は頷き、理星の瞳ももとに戻ると、『大淫婦バビロニア』のテントが追いついてきたのが、見えたのだった。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー