大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『パリの秘密パン工場』

パリの秘密パン工場(作者 大丁)

 

 パリの下町では、まだ薄暗い時間から仕事を始める。

 職人たちが構えている店は、どれも間口は狭く、その幅に比べて、ずっと奥行がある。通りの石畳を、二頭立ての馬車が走ってきて、とあるパン屋の前で止まった。

 白い仕事着の男が、ガラス戸をあけて、来客を迎える。

「公爵様。試作品の乗り心地はいかがですか?」

「速度は申し分ない。しかし、揺れが酷かった。内燃機関とやらのせいだろう」

 降りてきた伊達男は、継ぎ目のある指でスカーフを緩める。オートマタだ。

「馬との併用が良くないかもしれません」

 職人は、耳の上に白いモジャモジャとした髪を残している。だが、禿げた頭の半分は、電気部品を埋め込んでいた。

「ふん。機械と生物のあいだでバランスをとるのは、おまえたち元ドイツの得意じゃないか」

 二人はパン屋の店頭から戸口を抜けて、作業場へと入りこんだ。

 小麦粉からこねている台の脇を通り、器具をあやつって整形しているところをよけ、そして電気式のオーブンのスイッチを押す若い女性の後ろを過ぎた。

 奥にいくに従って、急に時代が経過したかのようだ。

 作業場の次の倉庫に至ると、キャタピラ式の半人半機が動きまわっていた。

 オートマタの公爵が思わず、ほうと感嘆の声をあげる。パン職人ならぬ、機械化ドイツ帝国一般研究員は、嬉しそうに口を開いた。

「エンジン付きキャリッジは不評でしたが、『シュプールフート・クリーガー』にはご満足いただけたようですね。100年以上も進んだ科学でございますよ」

「ああ、おまえの物言いも気に入らぬが、このゾルダートは気に入った。どんどん製造しろ。改造する人間が足りないなら、パリの機械化に反対する市民の中からさらってきてやる」

 『剣の公爵』が覗き込んだ、倉庫のさらに奥には、天井から鎖で吊るされた市民たちの姿があった。研究員も、彼らに笑いかける。

「承りました。なに、改造は新しいカオと付け替えるだけですから簡単なものです。脳ごとですから新しいアタマ、ですかな」

 

 新宿駅グランドターミナルには、『断頭革命グランダルメ』への列車が到着し、車内で時先案内がなされていた。向かう先はパリだ。

ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ」

 普段は微笑みながら依頼する案内人が、今日はどこか深刻そうだった。それだけ急務なのかもしれないと、何人かのディアボロスは感じる。

「ジェネラル級自動人形『不滅のネイ』元帥の指示によって機械化されつつあるパリ市内では、多くのパリ市民がそれを受け入れているものの、反対する声も少なくありません。発生している事件は、機械化反対の意志をもつ市民が、誘拐されたうえに下級のゾルダートに改造されるというものなのです」

 ファビエヌは、誘拐の実行犯が市民と同じ一般人で、反社会的勢力の構成員であること、ディアボロスが誘拐されるように行動すればゾルダート秘密工場まで連れていかれて場所が判明すること、そしてすでに囚われている市民に自力での脱出の手筈を整えてあげたうえで、管理者のアヴァタール級を倒して欲しいことを伝えた。

 

「秘密工場はパン屋に偽装されていますが、下町に同種の店舗は無数にあり、特定できません。いっぽう、誘拐現場となるカフェと時間帯は判明しています。パリっ子は、カフェで自説を披露して議論したがりますわ」

 案内人は、少しだけ笑顔をみせて、どこか懐かし気に言った。

「皆様がそれに扮して、機械化反対の話題を出すのが囮としてはよろしいかと思います。それより、少し早い時間でしたら、攻略旅団で出ていた、大陸軍の動きについての調査を、市民相手にできるでしょう」

 話題は、クロノヴェーダの情報に移る。

「護衛のトループス級ゾルダート『シュプールフート・クリーガー』は、改造からの時間経過により人間には戻せません。アヴァタール級オートマタ『剣の公爵』は、名の通り剣の技に秀でた存在です。彼を撃破すると、工場も爆発する仕掛けになっています。囚われた人々は鎖につながれていますから、あらかじめそれを無力化しておく必要があるでしょう」

 

 ファビエヌはプラットホームから、パリにむかうディアボロスたちを見送る。

「パリ市内の事件解決をお願いしますわ。機械化の阻止に繋がっていくはずです」

 

 新聞を読んでいて顔が見えない男にむかって、別の男がぼやいた。

「まったく、機械だの、要塞だの、パリはどうなっちまうのかねぇ……」

 下町と大通りの境にあるカフェでのことである。

 ぼやいた男は、素朴で着古した格好だったが、荒れた印象はなかった。新聞の男は、広げていたそれを下ろして相手を確認すると、やや平たい顔で気難し気に答える。

「いずれ、正しき感受性を持った人物が反対を唱え、止めさせるだろう。私も、鉄だらけで、油まみれな街は好かぬ」

 そばで聞いていた者たちの何人かが、賛成の声をあげて会話に加わった。

 やがて、ボヤキでは済まない議論に発展したところで、最初の男よりももっとボロを着た集団が、隅っこの席を立ち、議論の参加者たちを次々と殴りつけた。

 給仕が、けんかは外でやってくれと金切り声をあげる。

 ボロの集団が、紳士たちを通りへと引きだすと、走ってきた荷馬車に次々と放り込んでしまった。準備のいいことに、小麦粉をいれる袋が積んであって、さらわれた人々は頭からすっぽりと被せられてしまう。

 

 誘拐事件が起こるよりも早い便で、冰室・冷桜(ヒートビート・g00730)は、パリの下町に到着した。

「事件解決も大事ですが、情報収集も大事ですよねーっと」

 世間話でもしながら仕入れようと、カフェに赴く。

 店の中ほどの席に腰かけると、男性の給仕がすぐに注文を取りにきた。まだ、それほど混雑していない。

「お茶のほかに、なにか軽い食べ物を」

「サンドイッチでよろしいですか?」

 うん、と返事して近くの丸テーブルを伺えば、盗み見や聞き耳の必要なく、市民たちのお喋りが入ってくる。ちょうど、新しい事務機器の性能について、大きな声で自慢しあっていた。

「機械化って便利ですよねー」

 と、冷桜が相槌をうてば、すぐに話の輪に加えてくれた。給仕も気を利かせて、カップと皿を丸テーブルに運んでくれる。

 サンドイッチといっても、三角や四角のアレではなく、硬いフランスパンに切れ込みをして具材を挟んだものが出てきた。

「そいや、最近はパリに忙しなく兵隊さんたちが入ったり出たりやら、兵隊さんたちがどっかに集まったりだーなんて物々しい感じやら話を見たり聞いたりしてるんすけど。なんかそこら辺のことご存知?」

 大陸軍に話題をふると、席の皆が口々に、大きな作戦の噂を聞いたと言いはじめた。ただし、誰にとっても詳細は不明。

「またぞろ、ネイ将軍みたいにどっかに遠征なんて話があるのかしら」

「それなんだがね、マドモワゼル……」

「冷桜」

「そうそう、マドモワゼル冷桜。不滅のネイ将軍は、パリに常駐されているのだ」

 友達催眠が効いてきた。

 市民たちの噂を合わせると、大作戦はフランス国内で行われるという点で一致している。居場所を動かしていないのが、大陸軍の一番の動きだというのだ。

「ネイ将軍が、我々の近くにいらっしゃるおかげなんだよ。マドモワゼル冷桜も喜んでいるように、パリ機械化が進んでいるのはね」

 つまり、要塞とゾルダートへの転換か。

「そっかー。そうだよねーっ」

 冷桜は笑顔を見せたあと、硬いサンドイッチにかじりついた。

 フランス国内での、大きな作戦とは。

 

 大通りの端にたたずみ、鳩目・サンダー(ハッカーインターナショナル同人絵描き・g05441)は、『断頭革命グランダルメ』の風景に『機械化ドイツ帝国』の事物がまじりあっているのを眺めた。

「良かったよ、あたしをサイボーグにした奴を探す目がまだ残ってて」

 件のカフェに入るタイミングを計っている。

「ドイツごと滅んだ確率も高いが、割り切れないもの」

「そうですよ。リベンジのチャンスを貰ったようなものです」

 いっしょに店を伺うディアボロスの仲間、風早・覧導(ブライトネス・デーモン・g04361)が励ましてくれる。

 そうこうするうち来店人数が増え、入れ替わりに出ていく客もいる。見知った顔も見つけた。

「情報収集は上手く行ったようですね。では、そろそろ始めましょう」

 覧導とサンダーは、間をおいて別々に看板の下をくぐった。

 混んでいるのを利用して、相席になったふうを装い、二人で議論してみせるという作戦だ。

 これなら、一般人を巻き込まずに済む。

 後から入ったサンダーは、店内の奥まったところに、ボロを着た集団を視認する。

 席について、普通にコーヒーを頼んでみたら、ずいぶんと濃くて苦いものが出てきた。

 はたして、正史でもそうだったのかはわからない。

 だが、今からここで、機械化について反対意見をぶてば、ボロのやつらが殴りかかってくるのは、確実だ。

 デカい声で、覧導が捲し立てた。

「そうかなぁ、機械化が良い事ばかりではないと思いますけどねぇ?」

「便利になるのはいいじゃないか。ちと急すぎるけどな」

 サンダーは、いったん中道の立場をとる。覧導も懐柔するように、声をおとした。

「機械が便利なのは認めますが、人間を機械化するのはどうなんでしょう?」

「まぁ、確かに。戦争の準備って噂もある、だとすればここが戦場になる、それは嫌だな……」

 軍の名が出たところで、再びの激昂。

「将軍も何を考えていらっしゃるのか! 『休みなく正確に働く』機械と、人間を同列に扱われるのは我慢ならないなぁ!?!!」

「そうだ、そうだ。そもそも、出所不明の技術は怪しい! 将軍は騙されているんだ!」

将軍様が、なんだって?!」

 すでに横目で見えていたが、近づいてきたボロの男は、サンダーの横っ面をはたき、彼女は板張りの床に倒れ込んだ。

 ガチャンと鳴ったコーヒーカップを覧導は掴み、男にむかって投げつけたものの、ハズれて集団の背後の壁に当たって砕ける。

「けんかは外でやってくれ!」

 給仕が席のあいだを縫って駆け付けてきた時には、覧導は数人がかりで殴られていた。

 ある程度は抵抗していて、馬車に放り込まれるときには、通行人に聞こえるような大声で、悪態をついている。

「僕の兄さんも行方不明だ、一体何人の反対派が町から姿を消したと思ってる!」

「こいつめ、黙りやがれ」

 サンダーともども、小麦粉の袋を被せられてしまった。

 つい笑ってしまうほどに、作戦は順調だ。

 

 鎖に吊るされた鳩目・サンダー(ハッカーインターナショナル同人絵描き・g05441)は、足音が遠ざかったのを確認し、両腕の枷に力を込めた。

「けっ、こんなのは趣味じゃないんだ」

 鉄の輪は、なんなく広がった。

 怪力無双が効いたようで、この建物の近くにディアボロスの仲間がいて、残留してくれたらしい。

 風早・覧導(ブライトネス・デーモン・g04361)は、サーヴァントにも手伝ってもらっている。

「ゴトーさん、ありがとう。ほかに捕まっている人はどこだろう?」

 ふたりの周囲には、主にパンの材料と思われる荷物が積み上がっていて、その隙間を探ると壁沿いにやはり吊るされた人間たちがいた。

「機械化反対派を支援しに来た者です。どうか、騒がずに」

 手分けして、自由にしていく。

 サンダーは、パラドクス通信機に小声で話しかけた。

「あたしは、鳩目・サンダー。秘密工場の倉庫で、一般人の鎖を解いたところだ。こっちの場所は、探し当てられたかい?」

 返事をくれたのは、曹・梨花サキュバスのデストロイヤー・g07960)。

「リカリンから、サンダーへ。パン屋の特定はできたよ。店頭で買い物している一般人はいないけど、店員や職人は何人もいるね。いま、建物の周辺を探っているところ」

 梨花は、石畳の通りを、何往復かしてみた。

 辺り一帯は職人の店舗ばかりで、細長い石造りが隙間なく建ち、通りをはさんで向かい合っているのと、背中合わせにもなっているらしい。

 そこまで聞いてサンダーは思案した。

「工場だから、搬入口なり工員通用口なりがあるかと思ったが、表の店を通らないと出入りできない構造らしいな」

 秘密工場としては、守りやすいとも言える。

「出来ることなら、一般人を逃がしちまってからドンパチしたいが……」

「ええ。店側を強行するしかないかな? それとも壁の破壊はできないでしょうか」

 覧導は、メーラーデーモンの電磁槍をみている。サンダーは、ふたたび通信機をとる。

「もしもーし、そっちから見て、壊せる壁はないかぁ?」

「ひと通り偵察してみたけど、こっそり穴を開けれる場所は分かんない」

 中国拳法の寸勁でもって音もなく壁を粉砕する、という梨花の算段も通じなさそうだ。

「友達催眠もあるし、リカリンたちディアボロスが潜入するのは問題ないかな。けど、一般人を連れた状態で、みつからずに店舗から外に出るのは無理そうねー」

 思っていたよりも、堅牢なパン屋である。

 やはり、アヴァタール級の撃破による自爆の混乱に乗じて、逃げ出してもらうことにする。

 サンダーがそう連絡すると、覧導が天井の隅に、雑に配された電線を見つけたところだった。

「施設の心臓部に通じているのではないかな」

 なるほど、パリが機械化を進めているからといって、下町に送電網を敷くほどではない。電気オーブンを使うなら、発電設備を建物内に置いているはずだ。

 あるいは、パンを焼く以外に、ゾルダートの改造手術のためにも。

 覧導が電磁槍でつついて追うと、地下へと降りる階段が見つかった。

 発電機とおそらく改造手術室はこの下だ。そして、作業場の位置も判る。

「みなさんは、建物に大きな振動が起こったら、こちらの方向から逃げてください。パン屋の店員には構わずに。それまでは、静かにしていただくよう、お願いします」

 ゴトーさんを連れて覧導が、続いてサンダーが階段を下る。

 覧導は、パン屋のガラス戸をあけたところだった。

「人助けっていいよー。ディアボロスの力をちょっと使うだけで簡単にリカリンのファンになってくれるんだから。ふふっ、これだからやめられないよー」

 カゴにささったフランスパンのあいだをスイスイ抜けて、奥へと進む。

 

 機械化反対派を支援する、とは言われたものの、いざ倉庫に取り残されれば、一般人たちは不安を感じる。

「お茶をしながら愚痴を言っただけだしなぁ。反対派なんて大層なものじゃない……」

 そこへ、梨花が仲間とともにひょいと顔を出す。

「応援に来ましたー。みんな、リカリンの虜にしてあげるよー」

 もちろん小声であったが、その笑顔には、捕虜を勇気づけるのに十分な明るさがあった。

「ああ、助かった。先に来ていた人たちは、階段から地下へ行かれました。私たちは、指示通りに脱出の機会を待っております」

 一番年上らしきひとりが状況を話す。

 アンネリーゼ・ゾンマーフェルト(シュタールプロフェート・g06305)は頷いて、パラドクス通信を開く。

「1階倉庫で、一般人と接触した。まもなく追いつく」

「了解。敵さんの様子を見る限り、静かな戦闘ってのは土台無理だろうし、先に始めてるかも」

 返事は、鳩目・サンダー(ハッカーインターナショナル同人絵描き・g05441)からだ。藺草・風水(天使喰らいの重ガンナー・g00346)が割り込む。

「敵って、決着のついたディヴィジョンのやつらで間違いない?」

 サンダーが肯定すると、風水は唇を噛んだ。アンネリーゼはつい熱がこもる。

「機械化ドイツ帝国の忌まわしい忘れ形見を消し去るため、手を貸すわよ!」

「頼りにしてる。電撃作戦と行こうか!」

 倉庫のディアボロスたちは、一般人に再度段取りを言い含めている。風水は、彼らをみて、つぶやいた。

「ここにいる人たちを、間に合った人たちにするよ。必ず……」

 両手の火器を握りしめる。

 地下室といっても、上階と同じ構造で、フロアそのものが広めの通路といったおもむきだった。

 天井までは高く、そこにむき出しの電線が這わせてあり、一定間隔で照明器具がぶら下がっている。階段には踊り場があったから、地上の表通りから方位をみるならば、建物の奥まで行き、折り返して戻っているところだ。

 そして、その途上に警備のゾルダートたちがいた。

「あれが拉致された人達の成れの果てですか。最早、人間であった時の名残もない」

 風早・覧導(ブライトネス・デーモン・g04361)は、キャタピラを履いた軍服を睨みつける。サンダーは、木箱の陰から伺って、やはり先手が打てるうちに、と決めた。

「此処は派手に行った方がよさそうだな。敵がなりふり構わずやって来てくれれば、その分一般人への注意も疎かになってくれるはず」

「ええ。せめてこれ以上尊厳を損なわれる事なきよう、此処で終わりにしてあげましょう。……ね、ゴトーさん」

 メーラーデーモンに声をかけると、覧導はふらりと立ち上がる。

 電磁光子槍を天井の一角に突き刺した。

 照明が明滅して、彼の姿に残像を加える。トループス級ゾルダート『シュプールフート・クリーガー』は、敵襲を察知して、無限軌道を全力で回し始めた。

 全車が引き潰しにくれば、幅のない空間には逃げ場がない。

「僕は囮です。……ゴトーさんっ!」

 ミニサイズの電磁光子槍を構えたゴトーさんが横合いから機械化兵を突き刺し、『突進能力を食べ』た。ヤギが紙をもしゃもしゃするように。

 先頭の一台が急停止し、後続は追突する。

「こうなる前に来てあげられなくて申し訳ないですね。せめて光の裡に安らかな眠りを」

 フォトンスフィアのバリアを纏いながら、覧導は槍を手に躍りかかった。

 サンダーの『オルタナティヴファクト』も描き終わる。

「……あんたらがパリ市民だったのはわかってる。何故もっと早く来なかったという誹りは甘んじて受け入れよう」

 竜巻雷雨の描写が現実に展開され、前後不覚となった人間戦車はそれに溺れた。

「機械の身には堪えるだろう。作品の本命はその後の人の有様なんだが、今回は敢えて前段の災害部分だ」

 電気回路はショートし、ヘルメットのあちこちで火花が散る。

ゾルダート共をまた見ることになるとはね……」

「このパリで蘇らせるなんて試み、絶対に赦さないわ」

 風水にアンネリーゼらが、約束どおり追いついてきた。

 シュプールフート・クリーガーの一体が、両手の工具で仲間の車体を挟んで投げた。そうして進路を確保しておいて、全速力を出そうとしてくる。

「自分で片付けたようだけど、秘密工場の広さで、跳ねまわる電流を避けられるかしら?」

 『対ゾルダート電磁銃』を構えたアンネリーゼは、『#電磁 #広域放電 #感電注意(シュプレンダー・ブリッツ)』を放つ。

 キャタピラは故障させられて、彼女を轢き潰す前に転輪から外れた。かわりに方向を狂わせた車体が横滑りにぶつかってくる。

「出力安定。放電を優先よ!」

 ギリギリまで電磁波を浴びせていたために、距離をとるのが遅れたものの、アンネリーゼの損害は軽微だ。

 しかし、座したままの人間戦車はまだ戦うつもりだった。背中の砲を撃ってくる。風水が反応した。

「砲弾は、機械化ドイツ帝国製なの? よく持ち出せたものだね。……僕もだけど!!」

 片手の『重弾幕乱射機』は、ビームガトリングガン

 マガジンドラムが唸りをあげて回転する。

 もう片方の手の『クロススレンドキャノン』は、実体弾とエネルギー弾が使えるアームキャノンだ。

「かつての住処の支配者や切り札のように、消し飛んでもらうの!!」

 『万火殲乱(バンカセンラン)』、両手を交差して、飛んでくる砲弾を撃ち落とし、まだ余裕のある残弾で、クリーガー本体を解体破壊した。

 確実に殲滅すべく動く。風水は鹵獲兵器を使いこなす殲滅機兵。

 地階の端まで届いたであろう戦闘の残響に、サンダーは肩をすくめる。ディアボロスたちが先へと進むと、機械装置に囲まれた手術台があった。いまは誰ものっていない。

 この真上は、パン工場のあたりだ。

 そして、奥の扉が開いて、白い礼服を着こなしたオートマタが姿を現した。

「さてはディアボロス。申し分ない。決闘を受けてもらおうか」

 

「これはこれはクロノヴェーダ。申し分ない」

 鳩目・サンダー(ハッカーインターナショナル同人絵描き・g05441)は、あえて芝居がかったお辞儀をしながら、顔を上げたときにはペイントツールを抜き放っていた。

「はぁ……決闘とはね」

 ため息をつくアンネリーゼ・ゾンマーフェルト(シュタールプロフェート・g06305)。

 視線は、人間戦車の残骸へと落としている。

「悪いけれど、クロノヴェーダと正々堂々手合わせするつもりなんて無いわ。それが人をゾルダートへと変えていた黒幕の一人なら、猶更よ!」

 手には工具、機械を組み立てる機械を握る。

「そのとおり、あたしらに蹂躙させてもらおうか」

 ふたりの道具が見事な手さばきで、何かを生み出していく。

 アヴァタール級自動人形『剣の公爵』は、歯車のついた大剣を起動した。刃に沿って光が満ち、地下室を電灯よりも明るく照らす。

ディアボロスが何人こようと結構。輝光の剣を受けてみよ!」

 振れば、その軌跡が光線となって飛んでくる。

 その前に、アンネリーゼよりもさらに小柄で幼い影が立った。

「ミーの英雄ならたくさんいるアルヨ!」

 『ヒロイックシンフォニー』の楽曲を奏でる、アルテリア・フェルノゴート(人間のサウンドソルジャー・g07581)だ。

 幻影の戦士団が、光線を弾き返す。

 高貴なる血筋につらなる先祖たちの雄々しさ。しかし、アルテリアの記憶と、そして過去そのものと共に、歴史からは葬られた存在である。

 公爵は、なにか気に障ることがあったらしい。

「女子供とて、容赦はせぬぞ」

 光線をはなつ太刀筋をより激しくした。兵を突き破り、アルテリアにまで迫ろうとした時、アンネリーゼが呼びかける。

「完成したわ。下がって、隠れて!」

 『#発明品 #急速成型 #騒音に注意(クラング・デア・イノヴァツィオン)』が、その場に作りだしたのは、対ビーム加工が施された防盾つきの機関砲である。

 兵団ごと、アルテリアはその防御の後ろに入った。

「ミーもお手伝いするアルネ!」

「機械化ドイツ帝国の禁忌に手を出した報いは、かの国の技術によって受けさせてやるわ!」

 怒りのトリガーを引く。

 高い天井に、超高速の連射音が響いた。アンネリーゼは弾幕を張り、公爵の光線を寄せ付けない。

 さらに、アルテリアの兵士が、給弾ベルトを器用に整えて、隙を減じ、ダメージを増した。

「こしゃ……くな……」

 轟音に隠れて、アヴァタール級の悪態が聞こえた。

 火器がまいた煙を飛び越え、大上段に振りかぶってくる。遠距離攻撃は諦めたらしい。

 その切れ味を受け止めたのは、ファジュン・ウィステリア(リターナーの神算軍師・g03194)の羽扇であった。

 両者がぶつかり合ったとき、禍々しい色をした液体が相互に吹き出し、床石に散った。

 濡れた箇所が溶解する。

 だが、色も性質も、異なるようだ。公爵は、扇を相手につば迫り合いをし、同じくらいギリギリと歯ぎしりをした。

「貴様ぁ、決闘の場に毒などと……」

「そう、砂漠のサソリが如き、僕の猛毒……って、キミの剣だって毒だよね?!」

 ファジュンは年長者だが、口調はあくまで軽い。

 加えて、スコルピオンスティングを帯びた羽扇を扱うのは命がけだ。公爵の剣は、ふいごのような機器が動いて、新たに毒を生成しているよう。

「これは、我が冷血なりぃ」

「クロノヴェーダに、まっとうに話そうとした僕が間違ってたのかな?」

 二色の毒が、互いの身体に降りかかったところで、刃と扇は距離をとった。

 ディアボロス側からすれば、一歩追い詰めた格好になる。

「人手が必要か?」

 継木・伊隠(隠遁の魔術師・g05078)は、サンダーに声をかける。『リアライズペイント』を続ける絵筆が、どうも芳しくないように思えたからだ。

「あたしに剣の心得はなくてね。だから剣術に明るい強力な味方にお越しいただきたいのだが、どうもモデルのポーズが良くないな」

 サンダーは、描いたものに修正を加えている。

「もっと動きを見させればいいんだろ? ……おい、皓馬さん」

 伊隠が次に声をかけたのは、鈴木・皓馬(我流陰陽道・g04103)だった。彼もまた、調子が上がらないようだ。だるそうにしている。

「今日は海鮮の気分だ」

「お腹がすいてんのかよ」

 そう言えば、ここはパン工場だった。シーフードを挟んだサンドイッチでも頭に浮かんでいるのだろうか。

「帰ったら、クレープクッキーでもご馳走してやる。カカオ98%のチョコソフトクリームがかかったヤツ」

 青白い顔で、皓馬はコクリと頷いた。

 アンニュイなのは元からなのだが。ともあれ、伊隠が頼んだのは、ふたりでありったけの『復讐の刃』を投げること。

 公爵が、毒の剣でもって、それらを両断する様を、サンダーに見せる。

「いいぞ。硬さ、大きさ、力強さ……。シンプルな部分はアレンジができるはずだ」

「くっ、ふざけているのか。そもそも、こんな下町に隠れるような作戦は反対だったのだ」

 伊隠と皓馬の投げる武器が、直前の話題の影響を受けてか、道具然としてきた。

 生地をのばす、めん棒に似たクラブを折り、パンの型を思わせる鉄板をへこませる公爵。仮面の下からのぞく口元が、呼吸を乱したかのように歪んでいたが、唐突に感嘆の声をもらす。

「おお。よくできているじゃないか、気に入った」

「どうぞ拙作『剣の公爵』をお納めくださりませ」

 サンダーが、ようやく満足のいく仕上げをした。クロノヴェーダに瓜二つで、同じ剣を同じ構えにして立つ姿。

「……この技、怒る奴も居れば感心する奴もいるんだが」

 公爵は後のほうだった。

 嬉々として、光る太刀筋をぶつけ合っている。

「さすがは、わが剣! 自らが戦って、その偉大さが判るというものよ!」

「そりゃ、結構。けど、コピーじゃなくファンアートだから、好きなだけ性能を盛れるんだ」

 光線は、本物の公爵を切り裂いた。

 アヴァタール級は、それでも勝ったのも自分だと信じているようだった。

「誇り高いのか、卑怯なのか、判らない人だったよね」

 ファジュンは、まぼろしの足元に倒れ伏した敵を見た。地下室全体が振動しはじめている。

「機械化ドイツ帝国への態度もね。……自爆が始まったわ。脱出よ」

 アンネリーゼがそう言うと、ディアボロスたちは、細長いフロアを引き返した。

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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