大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『スフィンクス二号機、トルコ方面へ』

スフィンクス二号機、トルコ方面へ(作者 大丁)

 時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、『獣神王朝エジプト』行きのパラドクストレイン車内で、依頼を行っている。
「攻略旅団からの提案により、ジェネラル級マミー『スコルピオン1世』を撃破して鹵獲した、スフィンクス二号機を利用した、トルコ方面ディヴィジョンへの突入作戦が行われることになりましたわ」
 人形遣いのぬいぐるみの一体が床に伏せる。
スフィンクス二号機のエネルギーは枯渇状態でしたが、地獄変のハロウィンのエネルギーの一部を転用して、作戦に必要なエネルギーを確保する事が出来たようです」
 ぬいぐるみのあちこちを指差し、説明は続く。
スフィンクス二号機は『ラムセスの黄金アンク』を取り外した為、無敵の防御能力などは失われていますが、移動拠点としては充分な活躍を見せてくれる事でしょう」

 ファビエヌは、床を這う人形を使って、スフィンクス二号機の行程を見せる。
シナイ半島東部まで移動させる事には問題は無さそうです。攻略旅団の予測通り、東部には濃い霧の発生している地域があるので、霧の中に進路をとって、突入作戦を開始してくださいませ」
 ここからここまで霧、と靴のかかとを鳴らした。
「霧の内部には多数のゴブリンの軍勢が展開している為、突破口を切り開いて、スフィンクス二号機の損傷覚悟で強引に突入する必要があります」
 槍を構えてトループス役をする、もう一体のぬいぐるみ。
 スフィンクス役は何度も刺されてフラフラだが、ファビエヌのヒールの位置を越える。
「ゴブリンの攻撃からスフィンクス二号機を護る事を優先させた場合、移動速度が低下する為、突破に失敗するかもしれません」
 二体とも霧の入り口に戻って、元気バージョン。
 槍はかわすが、進みが遅く、結局出口にたどり着けない。
 ロングシートの左右にわかれて話を聞いているディアボロスたちのために、数パターンが繰り返されて、最後にまた霧を抜けた。
 ファビエヌは、そこで人形を操るのを止める。
「トルコ方面のディヴィジョンへの突入に成功した後は、情報は全くございません。現場での適切な判断が不可欠です。おそらくは……」
 槍の人形が、スフィンクスの前方にまわるが、柄の先にハテナマークをつけている。
「敵は迎撃態勢を整えて待ち構えていると思われます。それを想定した方針を考えておくのがよろしいでしょう」
 ぬいぐるみを置いて、ファビエヌは元いた位置に戻っていく。
「どちらにせよ、トルコ方面のディヴィジョンに突入した場合、スフィンクス二号機を、獣神王朝エジプトに持ち帰る事は不可能になります。状況によっては、霧の中で転進して、二号機ごと撤退するのも手段の一つかもしれませんわ」

 糸がひっぱられて、案内のお手伝いをした二体は、人形遣いの手元に収まる。
スフィンクス二号機の操縦系統は、巨大砂上船『サフィーナ・ミウ』とほぼ同じなので、操作には問題ございません。トルコ方面のディヴィジョンの情報を少しでも得る事が出来るのならば、船体を賭ける価値はあるのかもしれませんが……」
 発車の時刻となった。
「敵に奪われて利用される可能性も否定できないのです。損傷度もふくめて、皆様のイイ判断に期待しますわ」
 ホームに降り、ファビエヌは笑顔でディアボロスを見送る。

 獅子の体に人頭の怪物。
 スフィンクスを模した巨大砂上船、その二号機はシナイ半島東端から、トルコ方面にあると予測されている謎の新ディヴィジョンへと突入を開始した。
 無堂・理央(現代の騎兵?娘・g00846)は、無双馬『クロフサ』に騎乗して、前方を先行する形で駆ける。
「上手く事が運べば、獣神王朝エジプトを奪還した次にでも、攻略を始められるだろうね。七曜の戦いまで一年を切ってるし、早めにそうしていきたいよ」
 境界を示す霧が濃くなってくる。
 馬上から振り返り、理央は黄金の人頭を見上げた。
 同型の一号機をエジプトのマミーが護っていたときは、こっちがスフィンクスを攻める側だった。はたして、亜人ディアドコイ)たちは、どうでるか。
ファランクスの名を持ってるし、密集陣形で待ち受けてる可能性があるかな」
 はたして、霧の白を背景とし、トサカのついた兜に丸盾、槍を携えた影が、うじゃうじゃと透かし見えてきた。
 その肌が緑色だとわかるころにはやはり、盾を並べた集団となっている。
 理央は、『火炎騎兵隊召喚(コール・フレイムトルーパーズ)』を発令した。
 幻影の騎兵隊が召喚され、槍から火炎放射しながら、ゴブリンファランクスに向けて突撃する。
「我が呼び声に応え、この地に影を落とさん。コール!」
 火の槍は丸盾をいくつも貫いた。
 しかし、敵トループスの陣形を崩すには至らなかった。ゴブリン兵たちは、後退しながら魔法の長槍を伸ばしてくる。巨大砂上船の黄金色に、細かな刺し傷ができた。
「まだまだ、いくよ!」
 理央は、腕をふって前進を示唆する。
 スフィンクスも速度は落とさない。黄金といっても、二号機のそれは、元から気にかけるようなものではないのだ。

「おぉ……ずらり」
 クィト・メリトモナカアイス(モナカアイスに愛されし守護者・g00885)は、霧の中に深入りするほど、敵の布陣が厚くなっていくのを感じていた。
 会敵時のゴブリンのなかから、すばやく伝令に走ったものがいたらしい。
「頭の中に何も入ってなさそうな緑のがこんなせんりゃくてきに動けるのがびっくり。んむ。指揮官はちゃんとしてるって分かっただけでも来てよかった」
 伸縮槍のサリッサを使った戦法も、砂上船に合わせている。
 シナイ半島の村々への襲撃時の、憎々しい態度も想起された。
「汝らは禁忌を侵した。その罪は許されず。侵略者に容赦はいらぬ。……『衝撃のバリニーズ』」
 浮遊球形ガジェット『モナカ』、その衝撃型がぷるぷると震える。
「はなてー」
 クィトの号令で、槍持つ亜人ディアドコイ)を吹き飛ばす。
 ガジェット・モナカは、連続で衝撃波を放ち、長槍サリッサの間合いからもゴブリン兵を遠ざける。
 スフィンクス二号機を護るため、クィトたちディアボロスが位置取りしているうちに、母船との距離は詰まり、全体の進みは鈍っていった。

 部隊それぞれのゴブリン兵は、さして脅威ではない。
 ディアボロスたちがその気になれば、眼前の敵をすべて倒すことも可能に思えたが、奴らの後ろにどれほどの数の増援が控えているのか、見当もつかないのだ。
 いつまで待てば、ここを通してくれると言うのか。
 白石・明日香(体亡き者・g02194)は、不快を感じ始めていた。
「引くのは論外。相手は戦闘態勢で待ち構えているんだから引け腰になったら余計に追撃される」
 柄を連結した双剣の、刃が短いほうで自らを刺した。
「ならば進むのみ!」
 単独でスフィンクスの前に飛び出す。
 傷口から吹いた血が、霧に向かうひとすじとなって明日香の疾走経路を示し、やがて幅を増して実体化した。
 『血の盟約』により、赤い巨大刃となる。
 威力を増すのみならず、戦闘知識さえも武器に宿る。視界が効かないのは、緑の奴らも同じこと。だが、軍勢の動きまでは隠しきれまい。物音や薄く映る影は、明日香の耳と眼、そして血の刃が察知した。
 ファランクスフォーメーション、密集陣形に固めていたゴブリン兵の居場所を見いだす。
「纏めて解体してあげる!」
 大ぶりの範囲攻撃に、盾もろとも前一列がぶった切られた。
 さきほどまでの間合いをとった戦法はしてこない。二列目、三列目が槍を繰り出してくる。
「このまま戦い続けましょうか! プトレマイオスとやらの貌も拝んでみたいしね!」
 明日香の捨て身の勇猛により、敵陣形の一部にクサビがうたれた。
 スフィンクス二号機は、そこへ船体をねじ込み、速度を戻そうとする。

 妖狐の風塵魔術師は、視界を晴らそうとした。
「霧の先にはどのようなディヴィジョンがあるのでしょうね」
 ナディア・ベズヴィルド(黄昏のグランデヴィナ・g00246)、今回はこちらから出向いてやろうと、二号機に乗った。
「砂漠の国? それとも……緑溢れる国かしら」
 風の刃はゴブリン兵を切り裂くが、白い霧は去らない。
「ひとつだけ言えること、クロノヴェーダに苦しめられている人々がいるのは確実」
 天使が翼を広げる。
「トートのもたらした情報は、凶暴な亜人の群れ、些末な個体に無限の繁殖力、か……」
 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も懸念を抱いている。
「事実、獣神王朝の排斥力低下と見るや略奪を行う無法ぶり。彼の地の支配体制には謎が多い」
 リターナーには、エジプトで味方にしたスフィンクスに、思い入れもある。
「でも、霧を抜けた先で船が奪われた時、どれだけの人が苦しむんだろ?」
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は一番高いところ、ネメス頭巾を模したてっぺんに立っている。
「敵は女の子を攫う。積極的に侵略もする。そんな奴らに、快速で積み荷も沢山入る砂上船をあげちゃったら……」
 処分する方法はあるか。
 あるいは、奪われるぐらいなら、このまま戦闘で壊されたほうがいいのか。
「んーむ、そろそろかな? そろそろかも」
 いったんは守勢にまわった王墓守護者、クィト・メリトモナカアイス(モナカアイスに愛されし守護者・g00885)は、方針を見極めている。
「……んむ。ここまで来たらもう退けぬ」
 損傷、消耗を許容して、前進のための戦いをする。
スフィンクス二号機。汝の名前は勇敢なる猫。いくぞー」
 進行方向前方へ出ると、クィトは『完全視界』を残留させた。
 『モナカ』の射撃型を呼びだす。
 霧で曖昧だった亜人ディアドコイ)の輪郭が、砂地にはっきりと浮き出て、正面にいる兵を選び、銃弾を撃ち込む。
「サフィーナ・ミウと違って。汝に乗るのはこれが初めてだけど。
せめて最後までは一緒にいくし、鹵獲されたなら取り返す。なので頑張れ」
 巨大砂上船は、装飾の多くを傷つけられながらも、ファランクス兵にぶち当たってついてくる。
 トルコ方面側に抜けたあとは、また考えればいい。
 ナディアとエトヴァも、速度を重視することとし、敵の頭上へと飛翔した。
「あまねく地の風よ。来たれ我が腕のうちに、閃光よりもなお速く 我が剣となりて、我が敵を斬り伏せろ!」
 風塵を、上から激しく吹き付ける。
 ゴブリン兵は、密集陣形をくずしたようだ。ナディアが見たところ、亜人軍は増援に次ぐ増援で、もはや偵察などはしていない。
 部隊ごとに散開して、スフィンクスを包囲にかかっていた。エトヴァは『リングスラッシャー』、光の輪をそれら多方向に撃ち込み、かく乱を計った。
「完全視界で、敵の姿ははっきりしたが、遠方となると、効果範囲外か」
 この高度から見えるのは、どこまでも続く霧である。
 そして、その彼方から押し寄せてくる緑の兵士たち。完全視界を持たないゴブリン兵たちからも、飛翔するディアボロスの影くらいは捉えられるらしい。
 槍を投げて、攻撃してきた。
「ナディアさん、俺のうしろへ入れ」
 エトヴァは、魔力障壁を展開し、仲間を庇う。
 さいわい、致命傷を負うことはなかったものの、地上からの集中攻撃をさばいていると、スフィンクスに先行するはずが、遅れが出てきてしまう。
「的にされるなら、降りたほうがいいかしら」
 ふたりは、互いに援護しあいながら、砂上船にとりついた。
 進行ぐあいを優先するならば、ディアボロスは前方の敵にのみ攻撃を集中し、船の速度をあげるよりない。
 生き残ったゴブリン兵に側方へ回られても、なにかする余裕はなかった。
 ネメス頭巾のてっぺんで、燐寧は吠える。
「肉叢より這い出ろ、獣脚。月に嘯けその啼泣。闇に棲みつけ混沌よ」
 黒き粘流体につつまれ、恐竜の姿へと変身した。
「『暗黒の獣脚の月怨(ナイト・ア・チェーンソー)』! グルルル……グゥハアア!!」
 口から、炎のブレスを吐きだす。
 ゴブリン包囲陣のうち、進路をふさぐ集団に穴をあけていく。
「強引に、切り抜けるっ!」
 すでに後方も、深い霧に包まれていた。

「敵が良く見えるから戦い易いや」
 無双馬『クロフサ』に騎乗して、無堂・理央(現代の騎兵?娘・g00846)は、引き続き火炎騎兵隊を率いている。
「道半ばは越えたかな?」
「霧の中だと距離感が掴みにくくて分かりにくい……」
 ナディア・ベズヴィルド(黄昏のグランデヴィナ・g00246)は低空を飛行していた。不知火・紘希(幸福のリアライズペインター・g04512)は、『幸せペイント箱』からクレヨンを取り出す。
「先は見えないけど、トルコがある方に黒い靄は感じるんだ」
「向こうの人たちを助けに行けるようにしないとね、アンジェ」
 オラトリオの『アンジェローザ』に声をかける、穂村・夏輝(天使喰らいの復讐者・g02109)。
 全周を白く覆われた大地に、『スフィンクス二号機』が頼るのは、砂漠の起伏だけだ。四肢を伏せた姿勢は、砂の丘陵に沿うように、わずかに浮いている。操舵と機関部、移乗戦への防備に人員を置き、残りのディアボロスは、敵陣突破を継続していた。
「ただ前進あるのみ。疾く前に、疾く霧の先へ。ゴブリンどもを蹴散らせ」
 ナディアがまた、穂先の列が待ち構えているのを見いだす。亜人ディアドコイ)たちの長槍サリッサが現れるたび、もうひとつの道しるべになっているのは皮肉なことだ。
「ははっ、凍り付かせて砕いてやろう。……極寒の息吹、氷雪の嵐となりて吹き荒れよ!」
 『凍明の息吹(タルジュ・アースィファ)』が、敵陣を取り巻く。
 霧に加えて、雪で視界を白に染められれば、ゴブリンファランクスの中央は崩れ、ふたつに割れた。
 だが、左翼の仲間が各個撃破してくれたものの、残りの集団敵に、スフィンクスの右側方へとまわられた。脇腹にあたる部分に槍の投擲を連続で仕掛けられ、外装が脱落する。
 すぐさま、護衛のディアボロスが船内を移動してきた。
 穴の内から身を乗りだしてパラドクスを射ち、ゴブリン兵の乗り込みを防いだ。今のところは敵を遠ざけているものの、ナディアは言葉にいらだちをにじませる。
「まったく、次から次へと湧いて出てくる。個体の力は弱くとも数が多いと厄介だな」
 見逃したぶんが、いつ船体によじ登ってこないとも限らない。夏輝は、天使の翼をひと羽ばたきさせてから、思いつきを言った。
「弱い個体が数で押してくるのなら、『ロストエナジー』で少しずつ攻撃以外のダメージを積み重ねてゆく方法もアリかな?」
「みんなが体力温存できるように、僕も頑張るよ……!」
 紘希が提案に乗る。
 クレヨンで風車を描き出す。実体化したそれは、勢いよく回転し、前にむかって強風を吹きつけた。
「世界の彼方から望む、僕の世界に、黒い靄はいらないよ!」
 ちょうど正面に、新たなファランクスフォーメーションに構えた、ゴブリンの一団がいた。
 風車からは、死をもたらす瘴気も放出される。『ロストエナジー』に侵された敵は、自身の攻撃で苦しむことになるのだ。紘希は、目立つようにダッシュを繰り返し、あちらこちらから角度の違う強風をあてた。
「多少なら僕は傷ついてもへっちゃら。スフィンクスよ、全力で進め……!」
 ところが、航行を担当している者から、船体を左に傾けないと、直進しなくなってきたと報告がある。夏輝の位置からも、スフィンクスの顔がやや横滑りしているように見えた。
 ともかくも、正面の敵陣形を崩さねばならない。
「アンジェ、咲かせてみようか。戦場に氷の花々を」
 夏輝は『天晶剣』の切っ先で示し、そこへむかってサーヴァントが『雪花繚乱(スノウフラワーズ)』を咲かせる。
 丸盾を並べた壁が、不規則に波打つようになった。
 隊列を支えていたゴブリン兵の生命力を氷の花にむかって吐き出させ、いれかわりにロストエナジーの瘴気を吸い込ませたからだ。
 砂上船は、陣形を突破する。
 艦橋では、2度ほどギシギシといった軋みが響き、以後はなにかしらの異音が継続するようになった。
 最前線から、この突入作戦中に見たなかで、もっとも長くて深いファランクスを発見したと知らせがはいる。
 理央は、『クロフサ』の鼻先をまわして、助走のために下がった。
 騎馬突撃は、敵との間隔をとれないと威力が落ちる。
「正面衝突では強力な陣形だけど、今は側面から崩す時間はない。なら、幻影騎兵隊を破城槌に見立て、壁を焼いて叩いて穴を穿つまで!!」
 騎兵の持つ火尖鎗は炎を纏い、馬の口からも火を噴き、通ったあとの砂も燃えた。
 大地に敷かれる、幾筋もの焼き印をたどって、理央は最大深の槍ぶすまを打ち破る。
 この突撃をくらって後、ゴブリンの部隊は、正面に展開しなくなった。列を崩し、距離をおいて並走している。やがて、スフィンクス側から見て、左右の斜め方向へと、撤退していった。
 ゴブリンたちの姿が消えてすぐ、霧の向こうに、地形のような影が現れる。
 夏輝は、オラトリオをかくまう身ぶりをした。
「新しいディヴィジョンか。一体どこまで広がっているのやら。……歴史の本でも読んで推察した方がいいかな?」
 などと言いつつ、まもなく現地を踏めるとあれば、凝視せざるを得ない。
 完全視界を使っていたからか、白い巨大なカーテンをまくったかのように、唐突に視界が開けた。
 それは、境界地帯を抜けて、トルコ方面に到達した瞬間だったのだ。

 船内に響いていた異音が、消えた。
 『スフィンクス二号機』の左前脚が砂地に接触し、船体は右に回頭しながら左舷側で地面を削る。
 惰性が終わると、すべての機能も止まる。
 相手側のディヴィジョンに到達した直後、砂上船は動かなくなってしまった。
 艦橋から右舷方向に見えるのは、もはや霧ではなく海だ。
 そして、先行していたディアボロスたちの眼前には砂漠が広がり、強大な軍勢が陣を張っていた。
 その中の一体に、豪華な装飾を身につけ、黒い獣毛とねじれた角を持つ者がいる。
「まさか、無能なゴブリンどもとは言え、あの大軍を突破して、余の前に現れるとは、偉業といえるだろう」
 言葉は、ヤギ型の頭部から発せられる。
「だが、ただの蛮勇でもあるな。その偉業と共に、ここで朽ち果てるが良い」
 『ヤギの亜人ディアドコイ)』が号令する。
 配下の軍勢が、かく座した砂上船、スフィンクス二号機に押し寄せてくる。
 船の内外で、ディアボロスたちはさまざまな心情を抱いた。
 さすがにこれは切り抜けられない。ディヴィジョンから撤退するしかない。
 だが、ここまで来たのだ。何もせずに撤退できるのか、と。

 霧の中で遭遇したものとは、くらべものにならない量の兵が、進軍してきた。
 戦列に対し、斜めな角度で停止しているスフィンクス二号機。その前で突破役を務めてきたディアボロスの中から、一声あがる。
「待ってくれ、我々はエジプトより来た使者だ!」
 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)である。
 大軍の後ろで、ヤギの亜人ディアドコイ)が、さっと右手を掲げる。兵たちは、ピタリとその場で止まった。
 気候風土は、『獣神王朝エジプト』側の、シナイ半島とさして変わらない、砂漠だ。その土煙のなかに、遭遇したときと変わらぬ配置で、亜人軍は待機している。エトヴァは、なんとか交渉を繋げようとして、ヤギ頭にむかって叫ぶ。
「貴方が『指揮官』か? 話をしに来たんだ。ゴブリンたちには意思表示する間もなく襲われ混乱したよ……」
「確かに、その船はエジプトのものであるな」
 金細工をほどこした肩当てをはじめ、指揮官の豪華な装備は、地位と能力を象徴していた。巻いた角にまで、金がはってある。ヤギの口は、太く発声し、次いでエトヴァの言を否定した。
「だが、お前らは、クロノヴェーダですら無い。つくのならば、もう少しマシな嘘をつくのだな」
 掲げた右手が、前に突きだされる。
 止まったときと同じく、大軍はただちに歩みをはじめた。
「船は破壊せずに手に入れろ、いろいろ利用価値がありそうだ」
 ヤギの指揮官が指示している。
 エトヴァは交渉にこだわらず、パラドクス通信を仲間にいれた。現ディヴィジョンからの撤退と、二号機破壊のため、時間稼ぎの戦闘を選ぶ。
「かまわないよ。権謀術数は俺の得意分野じゃなかったんでね」
 穂村・夏輝(天使喰らいの復讐者・g02109)は、喜んで先頭に立った。クィト・メリトモナカアイス(モナカアイスに愛されし守護者・g00885)からは、機関部と操舵室に別れて作業にはいると返事がある。
 確かに、パラドクスを外装に打ち込んでも、時間ばかりかかって、効果も薄そうだ。
 斜め横に顔を向けているスフィンクスを目指して敵兵が接近してきた。夏輝は、霊的エネルギーの輝きを放つ。
「このパラドクスがいいかなって、エジプトディヴィジョンのふりをするみたいな話だったから選んだんだけど?」
 輝きが形を成すと、ジャッカルの群れとなった。
 『アヌビスウィスプ』だ。
 一斉に敵軍へと襲い掛からせる。
 先頭の一列は、ゴブリンだった。しかし、シナイ半島襲撃の報告や、ディヴィジョン境界で戦った相手とは、数だけでなく練度も比較にならなかった。
 がっちりと密集された盾の列に、エネルギー体のジャッカルを弾き返されてしまう。
 連携して攻撃に加わったディアボロスたちのパラドクスにも防備を固められた。
 夏輝は、この手ごたえから、突破や殲滅を考えるのは甘いと、即座に判断する。任務に立ち返り、時間稼ぎのために、二撃目を準備した。
「俺に出来ることを、可能な範囲で、だ。……デーモンイーター的な情報収集なら『食えば解る』かな?」
 謎の新ディヴィジョンへの突入作戦。
 なにか、経験を持ち帰りたい。
 またしても、盾に防がれた攻撃だが、そこから槍を繰り出しての切り替えも速かった。夏輝は見た。
 ディヴィジョン側のゴブリンは、年長の有力なゴブリンに指揮された集団ごとに、命令系統を持っているらしい。ファランクスを組んでいる者どうし、兜やケープの飾りに共通の意匠があり、主従や血統、あるいは氏族のような繋がりを伺わせる。
 敵指揮官の言葉通り、いままでの敵は無能な雑魚にすぎなかった。
 そして、統制された部隊が、さらに多数集まっている。
 エトヴァの位置からも、大軍のほとんどを占めるごゴブリンの様子が見えていた。さらに、その群れの後ろには、より体格の良い亜人の姿もある。
「豚の……ディアドコイか?」
 ヤギの指揮官もそうだが、直立した獣というよりは、人型怪物といった容姿だ。あるいは、デミヒューマンとでもいうのか。
「まさに、亜人だな」
 ディアボロスたちは、防戦に力をいれる。
 戦場の様子は、操舵室まで登ってきたクィトからも眺めることができた。
「んむ、お疲れ様」
 静かにつぶやき、機器を撫でる。
「敵だって認める。汝の成したことは偉業であった」
 かのヤギ指揮官の最初の言葉がそれだ。彼が、『プトレマイオス』なのだろうか。
 もはや、確認する時間はない。クィトは、『黄金猫拳打棒(ゴールデンねこパンチぼう)』を握った。
「皆ともお話しせねばだけど。汝の名前は偉大なる猫、『ミウ・ウル』でどうだろう?」
 黄金鈍器を操作盤にむかって振り下ろす
 ゴブリン兵のなかから、スフィンクスの異常に気がつくものが現れだした。人頭の目の部分から黒い煙があがっている。
 クィトたちが下船する。修復不可能になるように、重要と思われる複雑な機関は、おおむね破壊できた。
 エトヴァがパラドクス通信を使った。指示は、あらかじめ決めておいた合図で行われた。
 海と化したシナイ半島方向に逃げる。
 抑えにまわっていた夏輝たちが退くタイミングで、エトヴァは仮名、『ミウ・ウル』の顔面にむかって両手の銃火器をかかげた。
「『Silberner Freischütz-Ⅲ(シルベルナー・フライシュッツ・ドライ)』、導け、祈りの下に!」
 白銀の弾丸が連射された。衝撃波とともに、頬が剥がれて砂地に降ってくる。
 クロノ・オブジェクトゆえに、完全破壊とはいかないが、ゴブリン兵の気をそらせるには十分だったろう。
 緑の亜人たちは、盾を頭上にかざして破片をよけながら、戦線を下げていく。やはり、指揮系統と戦意はしっかりしているようだ。パニックで総崩れ、とはならない。
 巻き上がった塵が収まったときには、砂漠からディアボロスたちの姿は消えていた。
 亜人の指揮官は、低く声をもらす。
「撤退したか。余の軍勢にさえ耐えきるとは、興味がわいてきた。何者であろうな」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

tw7.t-walker.jp