大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『ウァラクに突きつける掌中の希望』

ウァラクに突きつける掌中の希望(作者 大丁)

 女声の自動音声を、なんとなく聞き流していた。
「次は、新宿です。お客様にお願いいたします。電車は事故防止のため、やむを得ず急停車することが……」
 中央線快速は、中野を出たところ。カツン、と床に硬質な物の落ちる音を聞く。
「……?」
 小型の自動拳銃だった。
 あわてて車内を見渡す。その拳銃だけでなく、通信デバイスや貴金属など、手に収まりそうな品々が、バラバラと降ってきていた。
「財宝をあげるよっ!」
 少年の声が響く。
 誘われる前から、少なくない数の乗客が、自分から品物を拾っている。
 彼らは角と翼、尻尾が生え、悪魔に変化していく。
「呪いの品だけどっ!」
 声の主はやはり少年で、銀色の球体に跨って浮いている。角と翼を持つことから、この少年も悪魔に思えたのだが、財宝の呪いで悪魔となった者たちは、そうでない者を大鎌で襲い始めたのだ。
 咄嗟に拳銃を拾った。
 掌中にある硬い感触だけが、希望だった。
 悪魔にならなかった乗客たちをかくまいながら、先頭車両まで逃げる。
 何回かは、発砲もしたはずだ。
 戦い、抵抗する様子に、銀の玉の少年は、ますます悪魔たちを急き立て、追ってくる。
 行き止まり、つまり運転席とのドアの向こうにも、変身中の悪魔の姿が。
 乗務員の成れの果てだ。
 窓の外に目をやる。普段とは違う速度で景色がすっとんでいく。このままコントロールを失ったままでは、電車は事故を起こすだろう。
「ま、まさか」
 しかし、気に止まったのは、別のことだった。二十代の自分の姿が、窓に映っている。
「若返るなんて……この角と尻尾は一体……」
 大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、だぼだぼになったシャツを見下ろし、拳銃も見た。
 コレの呪いかもしれない。もう、人間じゃないのか。だが、悪魔とも違う気がする。大鎌の人々のように、欲望に墜ちきっていない自覚がある。
「若返りし、サキュバス……」
 自分の思考なのか、頭に響いた誰かの声なのかは区別つかなかった。
 朔太郎がディアボロスとして、クロノヴェーダ銃口を向けたのは確かだ。

 最終人類史の新宿。
 グランドターミナルに特別なパラドクストレインが現れた。
ごきげんよう。この列車は、クロノス級が活動していた過去の時代に向かい、クロノス級との決着をつけられる便となりますわ」
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が車内で時先案内を行っている。
「クロノス級の撃破が叶えば、新たなアヴァタール級の出現を抑えられるだけでなく、敵ディヴィジョンの弱体化も期待できます。『TOKYOエゼキエル戦争』の過去、区ごとの群雄割拠どころか、鉄道も本来の歴史のように運行されている状態のようです」
 人形遣いは、『首都圏』の路線図を再現したものを提示した。
「中央線快速に、お客として乗っていた大崎朔太郎様を、クロノス級アークデーモン『財宝を識る者』ウァラクが殺害しようとしています。そこに駆け付けて、ウァラクを撃破してくださいませ」

 戦闘は、列車内で起こる。ファビエヌは、説明に使っているパラドクストレイン内を現場に見立てて、あちこち歩きまわった。
「皆様は、先頭車両に入り込めます。特に、朔太郎様が依頼に参加された場合には、襲われている被害者、つまり過去の朔太郎様の姿が消え、瞬時に同じ位置へとディアボロスが移動することになります。救助の必要がなくなりますね」
 その出現位置は車両の中央付近らしい。
 クロノス級は、となりの車両との通路にいて、配下トループスの『刈取の悪魔』は、ディアボロスとクロノスとのあいだに位置している。
 さらに、運転席の乗務員も変身しかかっている。
「トループスは覚醒したばかりなので、欲望にあらがう声かけができれば、正気にかえすことができ、その状態での撃破で、元の人間に戻せます。乗務員も含めて完了したならば、暴走した列車を停止させ、脱出のためにドアを開いてくれますわ」
 先頭車両での、朔太郎と運転席とのあいだには、変身していない一般人がかくまわれている。
「車両停止とドア開放ができても、一般人は混乱の中ではすぐに逃げ出せません。一般人にも、車外への脱出を声かけする必要があります。これは、覚醒したばかりのトループスを元に戻す前後のどちらで行っても構わないでしょう」
 クロノス級は、ディヴィジョンについての情報は持っていない。
 覚醒したり、侵入したりしたディアボロスのことは感知できるので、救助の有無にかかわらず、戦いを挑んでくる。
 また、クロノヴェーダ列車事故ではダメージを負わないため、一般人から畏怖を集めるためにも、暴走には頓着しないとのことだった。
「わずかに会話の時間はとれるでしょう。その後は、撃破してください。戦闘中も、財宝を降らせてきますし、無機物を毒蛇に変えたり、銀の球体から双頭のドラゴンを呼びだしたりしてきますわ」

 ファビエヌは、特別なトレインからホームに降り、皆を見送る。
「過去の事件の解決で、ディアボロスとしての朔太郎様に悪影響はございません。撃破後、クロノス級の支配する歴史は崩壊しますので、皆様はすみやかに脱出されますよう。ぜひ、イイコトを果たしてきてくださいませ」

 案内人の言葉が少しのあいだ、大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)の耳に残っていた。
(「ついに来ましたか……こうやって第三者目線で説明されると変な気分になりますね」)
 いままで遂行してきた依頼のようにパラドクストレインを降りて移動、とはならない。周りの景色はもう、最終人類史には到着することがなくなった中央線快速の車内だった。
 朔太郎は『掌中の希望』、小型拳銃を構えてクロノス級に向けている。
 あの時のように。
「正直、パニックですが……少しだけ、動揺してませんか?」
 ここからは違う、はずだ。
 問われた、少年の姿のアークデーモンは、浮遊する銀の球の進みを止めた。
「何がだい? 君が呪いを受け入れないから?」
「だって僕は現に貴方に逆らっている。こんな事は想定してなかったんじゃないですか?」
 イレギュラーには違いない。だから、財宝の銃を拾って逃げ出した男を、この『財宝を識る者』ウァラクは追ってきたはずだった。
 順当に覚醒したトループス級は、配下として連れ帰れるつもりだろう。
「……横取りしたい誰かの仕業って考えませんか、そして僕以外に居るかもって思いませんか?」
 揺さぶり、疑念を植え付ける。
 これは過去への決着だけではない。救出ミッションでもあるのだ。ディアボロスの仲間が助けてくれるなら、朔太郎は陽動を務める。
「それは……。君は、君こそ、さっきまでの君か?」
 ウァラクが、違和感を抱いた。
 銃声が一発。
「でも僕にはそんなの関係ないんで、生きる為に貴方を撃ちますけどね」
 はじめて武器を手にし、狙いも定まらずに撃っていたのとは、経験に差がある射撃だった。

 先頭車両、中央ドア付近に、遠原・いぶき(開幕ベルは鳴り響く・g01339)は乗り込んだ。
「朔太郎、お前が時間を稼いでくれたおかげでこっちの準備はバッチリだぜ」
 羽織袴の舞台衣装。
 演目『仮名手本十一段目(シジュウシチシ・ウチイリノダン)』によって召喚された浪士の幻影が、いぶきの打ち鳴らす陣太鼓に合わせて、車内に馳せ参じてくる。
「各々がた、討ち入りで御座る」
 抜かれた浪士の刀が、覚醒直後のトループス級アークデーモン『刈取の悪魔』の大鎌と斬り結ぶ。
 いぶき自身も、ペン描画からの刀召喚で、覚醒を免れた一般人たちを護り、防衛ラインを敷いた。
 その前に、アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)も転移してくる。
「待たせたね、ドクター。保安官の到着だ。皆でトゥームストーン市を抜け出すとしよっか」
 こちらは、決闘にちなんだ台詞を言ってみただけだ。
 ブレードガンを剣形態にすると、実体を与えた『デモンドラゴン』とともにトループスと乗客のあいだに立った。
 ゴトンと、車体が傾いだように感じる。
 悪魔らは気にしないが、一般人たちは悲鳴をあげて、シートやポールにしがみつく。線路は右にカーブしているのに、電車は加速を続けているのだ。
「一先ず、目の前のピンチを乗り切って朔太郎さんの因縁にケリをつけちゃおうぜ」
 南雲・葵(お気楽姉弟の弟の方。・g03227)が、みんなからみて後ろ、運転席寄りに現れる。浪士のいぶきは、振り返らずに叫んだ。
「葵、乗務員は任せたぜ。お前なら得意の力技で助けてやれるだろ」
「いぶき、アルラトゥ、ソッチは頼んだ! ……姉貴はちょっと離れててよ」
 オラトリオに周囲の状況を見てもらうと、バールのようなもので、運転席のドアをこじ開けにかかる。
 接敵するいぶきが、和服の懐から取り出したのは、ロケットペンダントだ。握ったまま、刈取の悪魔に問いかけた。
「お前達にとって真の財宝って何だ? 帰りを待っている家族や大事な人だってその一部じゃねぇのかよ」
 何体かの顔に、歪みが起こり、逆変異していく。
 握った大鎌も、貴金属と二重写しのように点滅した。
 アルラトゥはブレードで押さえつけ、説得する。
「そーいうお宝、後生大事にしてる人達。何人も知ってるけどね。キラキラ輝くお宝の他に何も無い、独りぼっちの人ばかりだったよ。貴方も家族とか友達とか、絆を結んできた人達よりも、キンキラのガラクタの方が大事なの?」
「ちょっと、何を吹き込んでるんだ!」
 クロノス級『財宝を識る者』ウァラクが、球体の上から言葉を割り込ませてきた。悪魔たちは、また大鎌を振るいはじめたが、表情はもう、市井の人々に戻っており、異常事態に畏怖している。
 収穫劇場も、まるで大根役者を舞台にあげたようにチグハグだ。いぶきは、歌舞伎の所作で大鎌を見切る。
 運転席とのドアが、軋みをあげて開いた。いや、もげた。
「小さいころの夢は電車の運転手でした!」
 葵は、機器の並ぶ狭いスペースに入り込む。
 正面ガラスには、通過駅のホームが斜めに見えていた。
「乗客と子供の夢を運んでるプロのアンタが欲望に囚われてどーすんだよ!」
 運転士は、高価な腕時計を握ってうなっている。まだ、変異は完全ではない。
「早いトコ目ぇ覚まして、乗客の安全を確保しようぜ。緊急対応のマニュアル思い出してよ」
「は、……はい……や、やむをえず、急ブレーキを……!」
 正気にもどり、減速の操作がなされた。葵は、プロ意識への刺激によって、声掛けを成功させた。
 客たちのところへ戻ると、ちょうどアルラトゥが合図を出す。
「『DragoRise(ドラゴライズ)』! 避けて!」
「……よし、一掃だ!」
 いぶきとアルラトゥが左右に飛び退き、朔太郎が身を屈めた。
 デモンドラゴンのレーザーブレスが、径を絞った状態で、覚醒直後の悪魔たちを薙ぐ。
 そこへ、急制動がかかり、ばたばたと倒れながらも、各々の悪魔が手にしていた財宝はこぼれた。アークデーモンとしての姿も一般人へと戻っていく。
 車内は混乱しているが、列車は脱線することなく停止し、両側のドアも開放されたのだ。
 大久保駅を過ぎて、新宿駅の手前、高架の上だった。

「さて、計画は、ほぼ頓挫……」
 大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、拳銃を構え直し、立ち上がる。
「電車も止まって悪魔化も止まったら、もう終わりですよ。あとは貴方だけなんです」
「うぎぎっ。財宝でダメなら、毒蛇は好きかい?」
 球体の上の少年は、片手を掲げた。
 床に散らばっていた品々が、這って進む爬虫類に変わっていく。クロノス級ウァラクのパラドクスに、朔太郎はまず毒蛇の頭を撃ち抜きはじめた。
(「挑発したものの、お客様さんを逃がすためには、もうちょっと頑張らないといけないんですけどね」)
 蛇は大小さまざまで、網棚の上など、死角からも襲いかかってくる。『掌中の希望』だけでは、撃退しきれない。
「言葉じゃなくても、心は震えるんです……。~♪」
 朔太郎は、トリガーを引きながら、ハミングを歌う。
 ささやかな幸せを共鳴させ、毒蛇の動きまでもが鈍り、銃に始末させる。
「~♪ ……そうだ。聞かれたんでしたね。毒蛇はごらんのとおり好きではありませんし、あと、何でしたか? 僕がさっきの僕と本当に一緒かと? どうなんでしょうかね?」
 『財宝を識る者』に目線を合わせ、また時間を稼いでいく。
「……同じ君、らしいな」
 クロノヴェーダは答えた。
「そのハミング。平和だとか、日常だとか、僕が財宝で捨てさせようとしたものがこもってる」
 共鳴させたからか、『ハートフルハミング』の本質をついてきた。朔太郎は目で、ウァラクに先を促す。
「……君は、この電車の乗客で間違いない。けど、ここで殺さないといけない気もしてるのさっ」

 ディアボロスとクロノヴェーダが一対一で向き合うさなか。
「おっし、電車は止まった!」
 応援に来た南雲・葵(お気楽姉弟の弟の方。・g03227)は、車内を見回し、仲間に声をかける。
「次は乗客の安全確保と避難誘導だね」
「普通、緊急停止した車両があれば、路線内の全車両が止まる筈だけど……」
 アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)は、進行方向からみて右の戸口に視線を投げる。
 すぐそとには快速の下り線路、さらに奥がわへと各駅停車の上下線が並んでいるのがわかる。
「状況が状況だからね。システムが機能不全起こしててもおかしくない」
 その言を受けて葵は、列車の先頭部を振り返った。
「運転手さん、機械系統無事なら輸送指令に連絡入れて!」
「わかりました」
 アークデーモンの覚醒を免れた一般人は、協力的になっていた。遠原・いぶき(開幕ベルは鳴り響く・g01339)は、浪士から演技を切り替え、乗客に声掛けをしている。
「大丈夫、俺達も、今戦ってくれている朔太郎も、皆を助ける為に来たんだぜ」
 落ち着きを保ち、かつ手早く避難経路の相談をした。
 列車は高架上にあるから、線路伝いに歩いて戻らせ、快速下りと各駅上りをまたぎ、大久保駅ホームへと誘導することになった。
「皆、乗務員の言う事をよく聞いて、後ろに付いていくんだ」
 いぶきが号令し、このタイミングで葵が、『避難勧告』を発令する。
 赤い光が明滅しサイレンが鳴り響く。範囲内の一般人は、その地域から脱出を始める残留効果だ。アルラトゥも呼びかけに加わる。
「皆、慌てず順番に! 無闇に押しかけても怪我するだけだよ!」
「乗客のみなさーん、ここからは避難訓練と一緒だよ。押さない、かけない、喋らない」
 葵は、真剣さのなかにも人当たりの良さをにじませた。
 乗車口から、地面までは台車のぶんの段差がある。ホームの高さと同じだ。
 『梓』――葵のオラトリオはそこをフワリと降りた。
「姉貴は乗客の避難に付き添いヨロシク!」
 サーヴァントに現場判断は難しいから、まあ念の為だ。葵自身は、段差から一般人を降ろす手助けをする。
 アルラトゥは、年若い女性を抱えて飛び降りている。
 いぶきは、『士気高揚』も使った。ディアボロスの熱意が伝播し、一般人が勇気ある行動を取れるようになるからだ。
 手分けして、複数ある乗車口から人々を降ろし、あとを乗務員の誘導に託した。
 残った車内で、いぶきは乗客がいない事を確認する。その声に、アルラトゥは線路の前後を見て返した。
新宿駅側からの列車はちゃんと止まってるみたい。避難の列は、大久保駅のホームにたどりつけそうよ」
「じゃあ、早いトコ朔太郎さんに合流しないとね」
 葵は、一般人についていかせた姉、オラトリオをかたわらに召喚しなおした。出入口の段差をよじ登って、先頭車両へと戻る。
 ふたたび、戦いのための配役へと、いぶきはペンで描き出す。
「さて、最後にあのお子様の躾といくか!」

 先頭車両の中央あたりで、大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)が、クロノス級アークデーモンを引き付けていた。
 銀の球体にまたがった少年は、20代の姿をしたサキュバスよりも、車両後方に浮いている。遠原・いぶき(開幕ベルは鳴り響く・g01339)は、運転席寄りのドア付近から、朔太郎の肩越しに、クロノヴェーダのボスにむかって叫んだ。
「ウァラク、お前の出番は終わるんだ」
 次の役へとペン描きの衣装が完成する。演目は、『死への誘い(セイレーン)』。
「最後は潔く……この舞台から降りなさい!」
「なんでだよ! 君らこそ、呼んでもいないのに邪魔しにきてさ! おかしいじゃん!」
 見た目どおりに駄々っ子の口調で、『財宝を識る者』ウァラクは言い返してきた。いぶきからは、仲間の表情は見えないが、たぶん眉根を寄せている。
「だって、そうじゃありませんか」
 朔太郎は声に、諭すのと諦めるのとを混じらせた。
「どっちみち貴方の作戦も、僕の人としての生も、終わったんですから。残っているのは、貴方と僕の決着くらい……」
 背筋が伸びる。
「いまここで、つけましょうか。ただのケジメとして」
「……?!」
 ウァラクは、言葉の意味を分かっていない。だが、不思議と、目の前のサキュバスとの因縁は感じているようだ。いぶきは、二人のやり取りを見ながら、シートのあいだをにじり寄っていく。
 宿敵との清算を手助けすべく、もうひとり。照明が、点滅して、放電とともに狼が現れた。
「ヒーローは遅れて登場……なんて冗談言ってる場合じゃないですね」
「来てくれたんですね、廉也さん」
 中央ドアの前で、雷狼のかたわらに立ち、黒城・廉也(後輩サキュバス・g02175)は、風槍を構える。
「ええ。しっかりサポートしますから」
「今日は朔太郎さんのオンステージだからね。……さあ、ショータイムだ。」
 アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)は、廉也とは対面になる戸口に飛び乗ってきた。銃形態のブレードガンを構える。
 そして、南雲・葵(お気楽姉弟の弟の方。・g03227)が、この先頭車両の一番うしろにあたる乗降口の、ドアレールをまたぐ。
「お待たせ朔太郎さん!」
 話しかけるのに身体を傾けて、銀の球体のすきまから顔を見せようとしている。
「乗客も乗務員も避難完了したよ」
 葵は、車両の外をつたって、敵の背後へと位置取りしたのだ。大久保駅に付き添った、オラトリオの『梓』もいっしょだ。
「このチビッ子倒してケリつけちゃおうぜ!」
「勿論、皆の力も頼りにしてます。でもムリはしないでくださいね。何かあったら泣きますから!」
 朔太郎は、敵に小型拳銃を突き付けながら、集まってくれたディアボロスたちの顔を、ひとつずつ見回す。
 頷きを返したいぶきは、セイレーンの竪琴をつま弾いた。
 クロノス級アークデーモンは、ふんと鼻をならして、手をかざす。
「この大量の毒蛇がみえるかい?」
 電車の吊り革が外れて、すべてが長い爬虫類に変わった。宙を踊るように、襲い掛かってくる。
「あなたの悪意に満ちたお遊びに付き合うのもここまでよ」
 いぶきが描き出す、海の底へといざなう水流。
 毒蛇の群れが車両中央のディアボロスたちに届く前に、飲み込む。
「くぅ、ああッ」
 両手で覆って、ウァラクは自分の顔を、寄せる水から庇った。
 水流とともに毒蛇たちは、少年の背後まで運ばれる。さらに、葵がバールのようなモノを振りかざし、いまいる車内に残さないよう、ひっかかっている蛇を叩いてまわっている。
 結局、吊り革から転じたものは、後ろの二両目へと押し流されていった。
 球体に跨ったまま、葵のほうをふりかえった少年は、その銀色の殻をコツコツと叩く。
「さっきからイライラするのは君のせいか。電車のなかじゃ狭いから出したくなかったんだけど、しょうがない。……ドラゴン。後ろのあいつは任せるよ」
 双頭の龍が、玉から解放された。
 片方は冷気の、もう片方は火のブレスを吐いて、葵と梓に向かってくる。
「姉貴、オラトリオフラワーで頼む!」
 サーヴァントが、花弁を舞わせた。吊り広告がバタバタとなびく。
 少年の姿の悪魔は、半ズボンから膝小僧の出ている足で床におりた。またも小さい手をかざすと、天井から何かが落ちてくる。
 手に収まる程度の物品や貴金属だ。
「僕は、『財宝を識る者』だ。人の欲望を見抜き、操る。その鉄砲が、まさかこっちに向けられるとは思っていなかったけど、やりなおせばいい。触れるだけで呪われ、生命力を奪い取る財宝を、僕は無数に知っているんだ!」
 降る数量が、増してくる。
 朔太郎はそれらを、『掌中の希望』で撃ち落とし、クロノス級のほうへと、距離を詰めはじめた。
「そもそもこうなった原因が、この小型拳銃でした」
「大崎さんが接近するつもりなら、それなりの道を作らなきゃいけないッスね」
 廉也は、風槍と雷狼をさしむけて、財宝を弾き飛ばす。アルラトゥも、ブレードガンで撃ち払って援護する。
「うん。……貴方には此処で、フィナーレを迎えて貰わないといけないからね」
 呪いの品々を撒くクロノヴェーダに、ふつふつと感情が沸き上がってきた。廉也も、風魔法の威力を上げていく。
「さ、君も終わりッスよ。『雷狼の旋牙(ディスチャージ・ヴォルフ)』!」
 狼が飛び掛かって、財宝をかみ砕いた。
 雷牙が青白く電光を発し、風槍からの旋風連撃が、高価だったはずの物を粉々にする。
 ブレードガンは、ふたたび剣形態へと変わった。
 アルラトゥの意思が流れ込み、魔力の刃が伸びている。それにつれ、間合いも強度も増しているのだ。
「『Slash Strike(スラッシュ・ストライク)』で、朔太郎さんをステージの真ん中に押し上げる」
 脇に構えた剣を、突き出した。
 呪いの品々が、長大な魔力刃に刺さっては割れる。その切っ先は、『財宝を識る者』にまで届き、少年は刃を避けるために掲げていた手を下ろさねばならなかった。
「なんだよ、もうっ」
 敵の意識が逸れたとき、葵も舞う花弁によって、双頭龍の視界を奪っていた。
「今まで分身が散々好き勝手してくれた礼だよ」
 前後不覚となったドラゴンの横をすり抜け、バールのようなモノを構えて、少年の無防備な背中に迫る。
「『一発逆転本塁打サヨナラホームラン)』!」
 花吹雪が散るなか、テイクバックからのフルスイング。
「ぐ、ぎゃあっ!」
 ウァラクは、海老反りのような恰好で打ち出された。
「さ、後は朔太郎さんが気の済むようにケジメつけちゃってね!」
 バールのようなモノを肩に担ぐ、葵。サキュバスは両手を広げ、飛んできたアークデーモンの身体を抱きとめる。
 いぶきは、竪琴をおろし、セイレーンの役を解く。
「最期はスタンディングオベーションで見届けましょう」
 財宝を片付けおわり、廉也とアルラトゥも頷いた。
 朔太郎の腕に抱かれた少年は、口を半開きにして驚いている。
「……き、君は、僕になにをする気なの?」
「もう終わったんですよ、貴方の負けなんです」
 『恋人演技(ファンサービス)』が、クロノス級アークデーモンの精気を奪い取っていく。
 自由がなくなるにつれ、『財宝を識る者』ウァラクは、残った力でだぼだぼのシャツにしがみつくようにした。
「ね、眠い……。このまま死ぬ、のか」
「殺したりはしませんよ、貴方は僕に全部を奪われて一つになるんです。だから良かったですね、ずっと生きていけますよ」
 朔太郎は囁く。
「そ……う……」
 幕切れは静かだった。すべてが吸収された。
「皆さんありがとうございました。」
 応援に来てくれたディアボロスたちに、朔太郎は頭を下げる。
「これで過去は終わりました、この先の未来は皆の為に頑張りますね」
「朔太郎さん……」
「朔太郎さん!」
「うん」
「大崎さん、あらためてよろしくッス」
 仲間たちも笑顔で応える。
 突然、止まっていた自動音声が、車内に流れ出した。
「まもなく新宿、新宿です……」

 

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