大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『ブクロゲーセン台パン命令』

ブクロゲーセン台パン命令(作者 大丁)

 騒がしい店内には、背中合わせに並べたビデオゲームがある。
 画面がついたてのようになり、向き合った遊戯者どうしの姿を隠していた。両機は連動していて、同じひとつの格闘ゲームで競技している。
 バーン!!
 片方の操作台から、叩きつけるような音がする。
「テメ、ハメバッカリシヤガッテ、イイカゲンニシロ!」
 物音のしたほうに座っていた遊戯者が、ついたてを回り込んで、もういっぽうの遊戯者に掴みかかった。
 激しい暴力がふるわれる。
 その様を、空間の裂け目から眺めている悪魔の影がある。
「ブクロゲーセン台パン命令だ!」

アークデーモン大同盟……。じゃなくて?」
 似たような疑問の声をあげるディアボロスは少なくなかった。
 新宿駅に出現したパラドクストレイン内で、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)から時先案内される最中のことである。
「無関係ではありませんわ。大同盟の一派として豊島区池袋に呼ばれたアークデーモンが、ゲーセン……アミューズメント施設で一般人を襲う事件が発生するのです」
 ファビエヌは、タブレット端末をつついている。
 依頼までのあらましとしては、文京区に攻め寄せてきた『水着嫉妬団』を皮切りに、豊島区の支配者『複素冥界』イマジネイラによる複数区への呼びかけで結成された、『アークデーモン大同盟』を妨害する、ということになる。
 現在、大同盟に参加の他区勢力が、豊島区で独自の作戦を行っている。
 今回の事件は、そうした作戦のひとつで、アヴァタール級アークデーモンが名付けたのが、『ブクロゲーセン台パン命令』というわけだ。

「『TOKYOエゼキエル戦争』での風俗を調べるのに便利でしたので、このまま端末を使わせていただきます」
 人形劇など、アナログな手段で説明することが多いファビエヌだが、用語が多い時はデジタルに頼ることにしたらしい。
「ブクロとは、豊島区の繁華街の呼び名、池袋をさらにスラング化したものです。ゲーセンは、アミューズメント施設をゲームセンターと呼んでいたものを、これもさらに縮めた俗語……」
 2014年のTOKYOは、召喚器の使用もあり、スマートフォンがすでに普及している。
 ゲーセンに出向いて、対戦型のビデオゲームをプレイする習慣はすたれつつあったが、ブクロはそうした文化の発祥のひとつと数えられ、かつては著名なプレイヤーを輩出していたことから、まだ街のあちこちに対戦用筐体、対戦台をそなえたゲーセンが残っていた。
「とは申しましても、本来の歴史にどれほど沿っているかは分かりませんわ」
 ともあれ、アヴァタール級『審判者』アナトミアは、対戦台に目をつけ、改造人間型のトループス級アークデーモン『讐倣玉人(ディミテーイド)』をゲーセンに派遣した。
「対戦の内容などに異議を申し立て、ゲーム機の台を叩き……えとパンチして、一般人相手に喧嘩をふっかけるという命令、だそうです」
 台をパンチするから、台パン。
 これですべてのワードが出そろった。
「今回の依頼では、事前の調査がふたつあります。ひとつは、『讐倣玉人』のいるゲーセンを突き止めるため、腕利きのプレイヤーについて、街に潜入して情報を集めること」
 端末を裏返して、鼠型トループスの姿を表示する。体長は30cm程度と印がある。
 「もうひとつは、豊島区のジェネラル級アークデーモン『集合嘸』メンゲが、ディアボロスの戦いの様子を監視するために街に放った、『媒介者』の発見と殲滅ですわ」
 アヴァタール級の撃破により、依頼は成功となる。
 アナトミアは、対戦台の場外乱闘を審判する立場の者、と気取っているらしい。

 ファビエヌはぬいぐるみを抱いて、トレインの発車を見送る。
「『媒介者』にせよ、大同盟にせよ、ディアボロスを脅威と思う敵が増えてきたということですわ。皆様、お気をつけて」

 高い天井に、カーペット敷きのオフィスで、『集合嘸』メンゲはパソコンを操作していた。
 頑丈そうな机には、鼠型トループスがおり、取り付けられた小型カメラから引き抜いたSDカードで、データ転送する。
「勝手に暴れてよい、と許可まで出したのに、喧嘩をふっかける理由を指示するとは、細かいこだわりのあるやつだ」
 再生された動画には、人間がわのプレイヤーが、すばやい操作でゲームに勝つ様まで映っている。
「これくらい器用に召喚器を操ってくれたら役にたつものを……いや、ディアボロスをおびき出す餌なのだ。役にはたつ」

 鉄道は動いていなくとも、池袋駅の周辺は混雑していた。
 いわゆる駅ビルを抜けると、小規模な飲食店などが入った10階建て程度の賃貸が、一方通行の路地の左右に延々と連なっている。
 そうかと思えば、急に視界が開けて、噴水つきの公園が現れることもあった。柵とベンチを兼ねたような設備に、きまって人々が鈴なりになり、誰かを待ったり、喋ったりしている光景が見られる。
「池袋!」
 とあるオブジェに差し掛かると、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)がはしゃぎ始めた。
「あたしの聖地! あたしの憧れ! 待っていて、あたしの夢!」
 アニメかゲームか知らないが、何かでモデルになった公園らしい。オブジェの前でくるくる回っている。陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が、大声にならないよう気をつかいながら、呼びかけた。
「ご当地探訪じゃないよ。一般人に被害が出る前にクロノヴェーダを阻止しないと。……わかったね? 星奈。」
「……ジンライくんに止められたので真面目にやりまーす」
 ペロッと舌を出して、戻ってくる。大空・啓介(航空突撃・g08650)は、なだめるように頼人たちに向き直った。
「まあまあ。情報収集も大切だけど、折角なら楽しまなくちゃね!」
 現地人に違和感を与えない特性を持つとはいえ、このまま狭い路地にたむろするわけにもいかず、結局のところ、ディアボロスたちも公園に入り、手持ち無沙汰な集団の並びにまぎれる。
 星奈に頼人、啓介は、スマートフォンを取りだして、現地のネットにアクセスした。
「台パンしてるディミテーイドを探すために腕利きのプレイヤーを探せばいいんだね?」
「うん。匿名掲示板のゲームジャンルから池袋の凄腕ゲーマーの情報を集めればいいんじゃないかな」
「俺は、予知にあった格闘ゲームだ。置いてるゲーセン調べよー」
 しかし、タップを続ける星奈たちの表情が、しだいに曇ってきた。
 十分な量のカキコミに行き当らない。ネリリ・ラヴラン(★クソザコちゃーむ★・g04086)が、指先を口元にあてて思案顔をした。
区間の行き来が難しくなってるエゼキエルだったら遠征はし難いし。必然的に地元で顔を合わせる者どうしの交流になって、本来の歴史ほど、インターネット掲示板が発達していない気もするね」
 現代東京出身と思っているネリリでも、記憶があいまいなので断言はできなかった。
 ポツリ、ポツリとしかしゃべっていなかった瀧夜盛・五月姫(失つし世《うつしよ》の滝夜叉姫・g00544)が、饒舌に変化する。
「なるほど、豊島区内にいる同好の者が足繁く通う場所が、ゲームセンターなのであろう」
 この平安出身者には時々おこる、憑依みたいな現象だ。
「そういったコミュニティならば、情報共有能力は強いものだ」
「となると、潜入調査か……」
 百鬼・運命(人間のカースブレイド・g03078)が、方向転換を示唆する。
 つまり、一般人への聞き込みである。
「現在の豊島区について、もう少し知っておく必要があるな」
 待ち人来ず、な群れを眺め、ついで公園に面した雑居ビルに視線を移した。
 五月姫は、うなる。
「つまるところ、ゲーセンのことはゲーセン利用者に聞け……なのだが」
 ディアボロスたちは、ベンチに座るまでのあいだ、いくつかの看板を目にした。中には、数フロアぶんにまたがって長く縦書きされたものもあった。
 『ゲームセンター』と。
 一ノ瀬・綾音(星影の描き手・g00868)は苦笑する。
蛇の道は蛇じゃないけどね。ちょっと、店の数が多いかな」
「だとしても、周れるだけ周って、話をしていこう」
 緋詠・琥兎(その身に潜むは破滅か。それとも朧げな標か・g00542)は、表情を変えずに想いを語る。
「頼人君も言ったように、上手く行けば、讐倣玉人のやつらが一般人を襲う前の段階で事件へ介入できる。この機会は逃したくない」
 予知に合わせ、クロノヴェーダの出現にだけ標的を定めていると、襲撃そのものは看過することもある。もちろん、救助を兼ねて、ディアボロスたちは敵と戦うわけだが、情報収集で一般人へのリスクを削れるなら、それが最適だ。
「捜索範囲を絞れないだろうか。新宿島で話には聞いていたが、自分は実際にゲーセンに行ったりするのも初めてなんだ」
 肩をすくめて、琥兎は案を募る。
 頼人がスマホから顔を上げ、綾音を指差す。
「新宿島……って、君は団長だよ、『Crossing-Paradox』の!」
「うん。綾音ちゃんとしても、台パンとかさ。アーケードゲーム好き、ましてやゲーセン好きでゲーセン旅団団長している身だから許すまじって、池袋まで来たんだけど……」
 あんまり喋ってなかったのは、心当たりを探っていたから。
「池袋……ゲーセン……アレか? 某片仮名3文字のあそこか? いや、正史じゃブクロへの出店はもっと後か。うーん」
 腕組みまでしている綾音の様子に、頼人はちょっと申し訳なさそうに、言葉をついだ。
「台パンかぁ。聞いた事はあるけど決して褒められた行為じゃないよね」
「アレで早くお亡くなりになるゲーム機もあるんだよ……おっと私情が」
 綾音によれば、レバーやボタンのある金属製のパネルが、叩かれてへこんでしまうらしい。琥兎も呆れている。
「というか、肝心のゲーム台を壊すのは駄目だろ……」
「何時の世にも、血気ばかりが盛んな阿呆が居るのだな」
 五月姫が、昔を振り返っている。
「自分の都合が悪いと他人やモノにしか当たれんのは、呆れるを通り越して物悲しい」
 首を傾げ、年相応には見えない口ぶりだ。
「ん? 吾が言えたことではない? ハハハ、抜かしおる」
 誰もなにも指摘していなかったが、自分と会話しているような態度だ。代わりに、ネリリがヒートアップしてくる。
「喧嘩以前に台パンはマナーがなって無さ過ぎるわ」
 赤い瞳が、燃えるみたいに。
「ハメ技を使う方にも問題はあるけど、相手が悪かったら筐体に暴力奮っていいって理由は通らないものね」
 ふと、運命が口をはさんだ。
「ネリリさん、それはクロノヴェーダの話だけじゃなくて、一般人のゲームプレイヤーも含めてのことだろうか?」
「話がわきにそれちゃったかな」
 ちょっと落ち着いたネリリに、運命は手を振って構わないと示す。啓介からも質問があった。
「ハメ技って? 案内人の予知でも、讐倣玉人が言いがかりにしてたよね」
「それも、プレイ上のマナーになるね。格闘ゲームのジャンルは詳しい方じゃないけど」
 ある種のテクニックについて説明され、五月姫がますます不相応な例えを持ちだす。
「すなわち、居酒屋を梯子する酔いどれのように、ゲーセンにはゲーセンの酔狂が居る」
「あ、あたし、わかった☆」
 ベンチからぴょんと跳ねる星奈。
「クロノヴェーダが狙うような強い人は、台パンでへこんだゲーム機でも、マナーの悪いプレイヤーでも、かまわず同じゲーセンに居続けるんじゃないかな☆」
 この洞察には、ネリリも感嘆した。
「確かに! ほかにも達人なライバルさんがいて、ホームグラウンドみたいな場所にしてるかも」
「強い人を聞いてまわるより、条件に合うゲーセンを探したほうが、近道だよ、きっと☆」
 星奈に言われてみれば、団長の記憶もめぐりが良くなる。
「そういう縛りがあるなら、綾音ちゃんにも心当たりがあるよ」
 ブクロは、駅を挟んで両方に繁華街が広がっている。地図をはさんで、ディアボロスたちは頭を突き合わせた。
「ようし、ここからは、手分けしてそれらの店に当たろう」
 調査の道筋が立って、意気があがる頼人に、星奈は満面の笑みを見せつける。
「どう? あたしだってやる時は真面目にやるんだよ?」
 なかなかのドヤ顔である。
 数分後、五月姫は雑居ビルの一階で、若者あいてにたずねていた。
「おうあんちゃん、マナーの悪いゲーセンしらんか?」
 14歳の少女がする顔ではない。
 さすが、綾音は、対戦ゲームの話題をしている人物がいれば、やかましい店内であっても聞き分けた。
「君たちはもう、綾音ちゃんの友達だからね」
 『綾音流・友達話術』で、混ざりこみ、手掛かりを聞きだす。
 ネリリは、かつて格闘ゲームの大会が開かれていたような有名店に足を運んだが、もう対戦台はなくなっていて、フロアはクレーンゲームの筐体に占拠されていた。
 その代わり、『プラチナチケット』でバックヤードに入ると、ベテラン店員から次につながる情報を得る。
 バッティングセンターに併設されている店にも、対戦台が残っていた。運命は、用語に苦労しながら、プレイヤーたちから話を聞いた後、ほかにも気になっていた質問をしてみた。
 時先案内人が見ていた光景で、『集合嘸』メンゲが口にした『召喚器』とはどんなものなのか。
「召喚器? ああ、ス、スマ……スマフォンか」
「スマフォン?!」
 またしても新しい用語がとびだした。
 運命が、眼鏡の奥でまばたきを繰り替えすのに構わず、プレイヤーはポケットに手をやっている。
「俺たちゃ、あんなヌルいものは使わねえ。もっとハードなギアを持ってる。……ほら」
「これは……」
 『操作会得』を使うまでもない。
 若者が見せてくれたのは、凝った意匠こそしてあるが、中折れ式の携帯電話だった。いわゆる、ガラケーである。特別な機能も無さそうだ。
 しかるに、『スマフォン』なる語がさすのは、まだ半分ていどの普及だったスマートフォンのことであろうか。
「そう言えば」
 唐突に思い出す。『首都高速1号線打通作戦』に参加したときに、スマートフォンから大天使を召喚した一般人がいたことを。
 品川区を奪還したのちは、あまり耳にすることもなく忘れていた。
 エゼキエル戦争のクロノヴェーダは、一般人を戦力とするために、トループス化とは別に、スマホを利用した召喚器、もしくは召喚機を支給する。
「池袋で対戦ゲームを遊ぶ層は、ガラケーを使い続けていて、メンゲが思うように召喚器が普及しなかったということか」
 同時に、啓介たちがネットの掲示板を漁っても、カキコミに至れなかった理由も判った。
 その啓介は、半地下になった天井の低い、照明も弱めなゲーセンで、対戦台に乱入を繰り返していた。
 はじめてプレイするゲームも、『操作会得』で現れた残留思念に教われる。啓介自身の戦闘センスも大いに生きた。
「勝つよ勝つよー」
 航空突撃兵は、空中コンボをきめた。
 ギャラリーもできてくる。
「ねー、強い人と戦ってもっと腕を上げていきたいんだー」
「いやあ、アンタ見ない顔だけど、ハンパなく強いじゃんか」
 それと言うのも、残留思念がすでに実力者のそれだった。出入りしているプレイヤーが残したに違いない。
 啓介はこの半地下ゲーセンが、『アタリ』とみて、ディアボロスたちに合流の連絡を送る。
「ほら、やっぱりゲームは楽しみたいから!」
 ビル脇の階段は、一方通行の路地に面していて、頼人と星奈は念のため、店内の一般人のために、脱出ルートの割り出しをしていた。
 おそらく、使わないで済むだろう。琥兎は、曲がり角を睨んでいる。
「頼人君、星奈嬢。『鷹蛇絶撃(オウダゼツゲキ)』に感じる。この、飢餓衝動。讐倣玉人が近くにいる」
 オラトリオの『燈杜美』は、演奏で浄化をしている。琥兎が望んだとおり、戦闘は店内ではなく、この路地で行えそうだ。

 地図を頼りに繁華街を行ったり来たりしていたディアボロスはほかにもいた。
 豊島区のアークデーモン、『集合嘸』メンゲが放った鼠型トループスを発見・撃破する班である。橡・広志(理不尽への叛逆・g05858)は、通信端末に大声で応えている。
「ええ? 当たりのゲーセンが見つかったって? よし、俺たちも合流するぜ」
 機器を切ると、同行の仲間に、改造人間型の出現場所が特定できたと伝えた。高田・ユウト(塔の下の少年・g03338)は、ホッとした顔をする。
「大同盟のアークデーモンが事件を起こすなら、『媒介者』も監視にくるでしょう」
「そうね。手あたりしだいにネズミを探して歩くのも、飽きてきたところだったわ」
 フリッカ・ウルズ(立体蜘蛛蛾・g01122)が前髪をかき上げる。オレンジ色のツインテールがふわりと浮いた。
「広志さん、現場は近いのですか?」
 古代戦士のハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は、2014年の池袋には一部を除いて不案内だったので、移動先の選定は仲間に任せていた。
「東になるから、駅の反対側だな。人混みを突っ切らないといけない。ここまで地道にコツコツやってきてくれて、ありがとさん。もう一息だ。急ごう」
 広志は、慣れた感じで駅ビルにむかって歩きはじめた。
 フリッカとユウトも、この時代が出身とされている。だが、歴史改竄や、ディアボロスへの覚醒によって、認識には個人ごとのズレがあった。ユウトが、建物の表示を指差し仲間をよびとめる。
「『東』って書いてありますよ。今までいたのが、駅の東ではありませんか?」
「それね」
 歩きながらフリッカが振り返った。
「ブクロじゃ、西が東で、東が西なのよ」
 八重歯を口の端からはみ出させたので、ちょっと笑っていたのかもしれない。含みはあるが、このままで間違いなさそうだった。
「俺、アキバ系ですからブクロは知らなくて……ふふ」
 ユウトも、つい笑い声をもらしてしまう。ハーリスは、黙って後ろをついていく。一番の長身で、たくましい身体に呪装帯を巻きつけた姿にも、通行人が違和感を抱くことはもちろんなかった。
 東口側から、繁華街のさらに奥まった路地に入り込み、半地下への階段を下った。くすんだガラス戸を押し開けると、背中合わせの対戦台が、きれいに整列させてある。
 目を細める、広志。
「ゲーセンか……若い頃は来たこともあったな」
 店内には、ディアボロスの姿もみえ、一般人のプレイヤーから注意を向けられるまえに、仕事の準備に取り掛かった。
「この風景も必ず人の手に取り戻してみせる」
「鼠トループスに見せるのは、アタシたちの本気だけよ!」
 フリッカのツインテールが、蜘蛛の節足のように分かれた。デーモンイーターとして、喰らった悪魔の形質が髪に現れている。
 姿勢を低くすると、筐体前の椅子の下へと『魔骸連刃』を這わせる。
 今日はみんなで片っ端からゲーセンを周り、『媒介者』が中で潜める所、隠れられる所でかつ店内の見晴らしのいい場所を意識して探してきた。
「駆け抜けるだけ!」
 刃が、30センチのクロノヴェーダを切り刻み、解体する。ユウトは、『アートAI【Lichica】』を起動していた。
 ペイントツールの一種で、自身の趣味にあわせて改造した描画AIである。
「ヒーローでも、アンダーグラウンドな背景が似合う感じにしましょうか。味方になる前の追加戦士とかね」
 『リアライズペイント』を、絵心ではなく、コンピューター技術で使う。特撮ヒーロー番組然としたCGが実体化し、格闘ゲームの超必殺技演出よろしく、光と闇のエフェクト(パラドクスのそれではなく)を重ねて、『媒介者』を跳ね飛ばす。
 ハーリスは跪いた。
「大地の神ゲブに奉る」
 獣爪籠手のついた腕を、祈りとともに床に突き立てる。
 筐体のあいだの通路に沿わせて引っ掻くと、軽い振動だけが半地下の店内に伝播した。
 客たちには、塵や埃が、いっせいにまったようにしか感じられない。
 だが、戦闘力の低いアークデーモンには、大地を強く打ち据えられたのと同じ衝撃が感じられ、ついで襲ってきた砂礫に呑み込まれてしまうのだった。
「ゲブよ、アヌビスよ。感謝いたします」
 ゲーセンのフロアは元通りだ。
 戦場に来るまでは案内が必要だったが、ハーリスが敵の始末に迷うことなどない。
 広志も、鉄パイプなんかを振り回していると、喧嘩に間違われて常連客にからまれそうなものだが、大型筐体の裏や、自販機の上下など、隙間にいる『媒介者』を始末するぶんには怪しまれない。
「よっしゃ鼠狩りじゃ!」
 先行した仲間から、『プラチナチケット』を借りたのも良かったのだろう。駆除業者にでも見えているかもしれない。
 あらかた片付いたところで、最後の一体を靴で押さえつけ、話しかけた。
「メンゲ、聞いているか?」
 ついでの宣戦布告だ。
「この橡・広志がお前を倒す。首を洗って待っていろ」
 言い終わると、即座に踏み潰した。
 ゲームに興じる一般人を残して、ディアボロスたちは、店を出る。
 悪魔の翼を生やしているが、スウェットやパーカー姿の改造人間が、グループで歩いてくるところだった。
 命令の遂行だけでなく、まさしく遊戯。楽しみでゲーセンに向かっているのに、暴れる前から捕捉されたのである。少なからず、驚いている様子だった。
 このアドバンテージを無駄にせず、ディアボロスは狭い路地で戦闘を開始する。

 半地下ゲーセンに通じる路地は、この一本だけだというのに、左右のビルの壁面には、エアコンの室外機が並ぶ。
 つまり、ここは裏路地なのである。
 大空・啓介(航空突撃・g08650)は、念入りに道幅を確認していた。
「狭いところは苦手なんだけど……天井の低い部屋よりはマシだね。豊島区のジェネラル級に見られる事もないし、遠慮無くやって良さそう」
 フタの壊れたゴミ箱からビニール袋がはみ出し、それをカラスがついばんでいる。
 漆黒の眼球が、突如として理性的な輝きをもった。
「台パントループスとは別にあたし達を監視する鼠がいるって事は……」
 牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)が、カラスを『使い魔使役』にしたのだ。今度はこっちからアークデーモンの襲来を見張ってやる。
「うん。他区から来た『讐倣玉人』も、陽動にされてるんだろうな。みんな、店内に入る前に食い止めるよ!」
 仕掛けを終わった陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)に、ディアボロスたちはそれぞれの武器を構えて頷いた。百鬼・運命(人間のカースブレイド・g03078)は、呪符の束を揃えている。
「『媒介者』も片付いたしね。……ふーむ」
 ふと、調査中に聞いた話を思い出す。
「『召喚器』は前に見た大天使どものアレと同一か。アークデーモンにも出回っているとは、いったい誰が張本人なのか……」
 意識はすぐに、目の前の事件に戻る。
 けれども、何が幸いするかわからない、という導きは脳裏に残った。まさに、緋詠・琥兎(その身に潜むは破滅か。それとも朧げな標か・g00542)が実感していたところだ。
「まさか、コイツらと相対する時に毎回来る飢餓衝動が役に立つとはな……いまだ!」
「見つけたよ☆」
 星奈と同時に合図が飛ぶ。
 橡・広志(理不尽への叛逆・g05858)がぶん投げたのは、壊れたゴミ箱だ。
「先手必勝!」
「ギャアッ!」
 地面に叩きつけられて、中身がぶちまけられ、乗っていたカラスは使役がとけて、飛び立つ羽音と叫び声、そしてストリートスタイルなアークデーモンたちの驚きの表情に、掴みかかる広志の黒手袋が重なった。
「はっ、暴れられなくて残念か? お前達が殴られる番が来たぜ。残念だがこのままあの世行きだ!!」
 片手で一体の首根っこを押さえ、もう片方には250mmバールが握られていた。
「ゲーセンにはいかせない。この路地でバトろうか。君たちこういう場所好きでしょ?」
 一ノ瀬・綾音(星影の描き手・g00868)が、『巨大魔導狙撃銃・零式』を連射する。実のところ、ふたりの啖呵が、相手に通じたかは疑問だ。
 10階建て程度の雑居ビルに挟まれて、爆発や銃撃音が反響していたのだから。
 こうして、ディアボロスの先制で、戦闘は開始されたのだった。広志が出会い頭に掴んだ喉から、くぐもった声が絞りだされる。
「テメハナセヨ。ソンデトットトウセロ」
 改造人間型のトループス級アークデーモン『讐倣玉人(ディミテーイド)』の、額の周囲が硬質化していき、紫じみた水晶が生えて明滅しだした。
「絶対に離さねぇ。これだけ密着していれば、閃光くらって目が眩んだところで支障なし」
 広志は、ほかの敵からの水晶矛に対して、締めている相手の身体をむけて盾にする。しかし、アークデーモンたちは容赦なく、同族の背に切っ先を突き立ててきた。
「そうかい。俺だってな、東京を人の手に取り戻すためなら、どこまでも残酷になってやる……」
 鉄製のねじ曲がった棒は、正真正銘のバールだ。
 尖っている側が先になるように片手で回すと、盾替わりのやつから滅多刺し。抵抗しなくなったら、水晶矛のやつに押しつけて、そいつも滅多刺し。
 まさに、ストリートストライクだった。
「ナンジャコイツヤベェ」
 スウェット姿たちが、広志の至近から逃れ、閃光を浴びせようと退いたところへ、運命の呪符が投じられる。
「さてどこかの空飛ぶ巫女の出てくるゲームみたいに弾幕を張らせてもらおうか」
 『緋揚羽(ヒアゲハ)』は、はらはらと舞い散る呪符を、爆発物へと転じていく。すべてを一度に起動するのではなく、敵の足元を狙って任意に指示を出し、追い立てるような弾幕とした。
 いかにも悪魔らしい蝙蝠型の被膜や、カラスのような真っ黒な翼をひろげ、讐倣玉人たちは雑居ビルのコンクリート壁に沿って浮き上がる。
 草履やパンプスの底を、爆発に炙られたが、ニヤニヤとした笑いを残して昇っていく。
 見上げる運命は、涼やかに言った。
「もっとも、ゲームと違って逃げ場はないが」
 ビルに挟まれた空間には、フタがしてあった。仲間のディアボロス――頼人と啓介、琥兎が飛翔している。
「何でゲーセンに狙いを定めたのか。みんなが楽しんでいるのを邪魔するのは許せないね」
「……最後に遊ばせてあげたかったけど、それは出来ない。台パンはNG、マナーが悪い人達は退散だよ」
「テメェらはここでゲームオーバーだ」
 地上での爆発でできた光が、琥兎の影をビル壁に映す。『蒼影の捕食(アブソリュートプレデター)』は、その影から冷気を纏って出現した。
「一片の欠片も後なく、喰らい尽くせ」
 捕食の獣らは、讐倣玉人の頭上から躍りかかる。
 命令を出すあいだにも、琥兎にはジリジリとした衝動が沸き上がっていた。
「燈杜美、浄化の演奏を、……頼む」
 オラトリオは、屋上の縁に腰かけて、デーモンイーターの精神を安定させるべく、務めている。頼人が、アームドフォートに増設した飛行ユニットを噴かせ、ビル間を飛び回りながら砲撃し、啓介が、『人類史に実在した武器』から爆弾を選んで投下、爆撃している。
 空中での爆風に挟まれて、トループスは上下も不覚なようだ。
「頼人、目眩ましにもなってる。俺たちは『完全視界』の残留効果で敵の捕捉はバッチリだね!」
「このまま上を取り注意を惹いていこう」
「大空! 陣! そろそろ特攻を仕掛けてくるはずだ」
 琥兎が見立てたとおり、数体の悪魔が煙を抜けて上昇してきた。一部は、言霊を紡いで自爆の構えだ。
「判っていて、隙など与えるか」
 獣の冷気を操って、速度を鈍らせる。啓介は、槌を携え接近し、殴って打ち上げた。
「さっきやってた格ゲーのコンボを見て思い付いたんだー」
 相手が、手足をばたつかせて浮いている状態に追いつき、数度のヒットを繰り返して空中に運び続けるのだ。
 いっぽう、頼人は高度を下げて、数体を引き付けた。
「キエレバカンベンシテヤッタノニ、リアルファイトダ……グェ!」
 またも、首をしめたときの呻きが聞こえた。
 向かい合った室外機どうしを、ワイヤートラップが結んでいる。調子にのって頼人を追いかけたトループスたちは、次々と引っかかっていった。見れば、先に罠からぶら下がっていた個体もあって、綾音が狙撃銃『零式』からの連射で誘導した結果だった。
 飛行ユニットを逆噴射し、頼人はアームドフォートを敵に向ける。
「星奈、合わせよう! 『エイリアルスペリオン』!」
「オッケー、ジンライくん! キラッ☆と、やっつけちゃうよー! 『ティンクルスターカッター』!」
 罠地帯に足が止まった標的に砲撃が浴びせかけられ、星奈の生み出した星形の光刃が投擲される。
 トループス級『讐倣玉人』は、手足を結晶に変異させ、戒めを切断して脱出しようともがく。
「ナンダコンナモノ、ジャマダ」
「煌け綺羅星! 切り裂け暗闇!」
 星奈のカッターが、ワイヤーに触れず、変異部位だけをすべて落とす。
「オタクとしてゲーセン荒らしは許せないっ!」
「そうだよ! 全く君たちみたいな悪い見た目の人がいるからゲーセンも風評被害で悪い奴らが屯するところってされて、いかない方がいいって言われるんだよ、もう」
 綾音が、抗議した。
「まぁ、今回はそれとは別に許せないわけだけど!」
 巨大魔導狙撃銃を脇に抱えなおすと、片手を掲げる。魔力エネルギーが球状に集まりだした。
 よどんだ空気の中にも、マナは満ちている。
 魔力球は、それを吸収し、巨大化していく。
 トループス撃退の準備時間がとれたので、トラップ生成はディアボロスたちのあいだで共有できていた。広志のバールも、運命の呪符も、空中戦部隊に、連携した星奈も、敵を放り込むように動いていたのだ。
 釣られてしまったパーカー姿の連中は、水晶を共鳴させ、魔弾爆発を図る。
「そろそろ終わりにしよっか。『Finis mundi Supernova(フィーニス・ムンディ・スーパーノヴァ)』!」
 臨界点寸前で、綾音は球体を投げる。
「本物の魔弾を、見せてあげるよ。魔弾というより最早太陽だけどね!」
 超新星爆発が起こった。
 吹き上がる炎が、狭い路地をごく短時間だけ抜けていく。
 あとには、何もない空間だけが残る。
 いや、無いはずの宙に、裂け目がしょうじた。
ディアボロスたちよ。我が裁定を聞くがよい」
 黒ヤギの頭部を持つ、正統的な悪魔がせり上がってくる。上半身だけで人の背丈を上回った。アヴァタール級に違いない。
「お前たちは有罪。なぜなら、ブクロゲーセン台パン命令を破ったからだ!」

 空間の裂け目は、ビルとビルに挟まれたまま、そこにある。
 他区から招かれたアークデーモン、審判者『アナトミア』の腰から下は、別の次元に隠されているらしい。その背後から、男の声がかかる。
「お前に命令された覚えも、裁定される筋合いもないな」
 大和・恭弥(追憶のカースブレイド・g04509)が、非常階段の踊り場に立っていた。『藍雪花染』は抜刀され、呪詛が放出されたように、空気が揺らぐ。
「姑息さを棚上げして人の優位に立った気になるやつに従う気はない。――ここで罪を裁かれるのはお前の方だよ」
 全身黒衣が手すりを踏み越え、アヴァタール級に斬りかかった。
 黒毛のヤギ頭は、裂け目ごと横移動する。
「我の側を問う場にあらず」
 長い顎がモゴモゴと上下する。
 2、3階ぶんの高さにある空調装置を蹴って、恭弥はふたたび妖刀を振りかぶる。それよりも高い位置で、大空・啓介(航空突撃・g08650)は、爆撃での援護を続けた。
「悪魔が裁定? ……えー、やっぱりそっちが裁かれる方だよね!」
「そうそう! なーにが『ブクロゲーセン台パン命令』だよ!」
 一ノ瀬・綾音(星影の描き手・g00868)も飛翔を使い、空中で恭弥の黒髪と交差すると、その瞬間だけ視線をかわしあった。すぐ、高速詠唱に入る。
「機器の寿命を著しく縮めるんだ! 誰も得をしない!」
 魔法の光が、綾音の両手に集まってくる。啓介は、爆弾といっしょに言葉を降らせた。
「台パン作戦とか、しちゃダメな事をしているそっちに裁かれる義理はないよ」
「ほほう……」
 審判者『アナトミア』は、まだ余裕をみせている。
「では、ブクロの人間たちはどうだ。我は、当地の慣習に倣っている。台パンに反するディアボロスは、有罪!」
「ケッ!何が有罪だお前! 存在自体が罪みたいなオーラ出しやがって」
 橡・広志(理不尽への叛逆・g05858)は、正真正銘のバールを振り回して怒鳴った。緋詠・琥兎(その身に潜むは破滅か。それとも朧げな標か・g00542)は、『狙銃槍』を伸ばして、下からアナトミアの上体を突く。
「その理不尽極まりない命令ごと、失せろ」
「理なら、ある。むしろ、理を与えてやるために、配下に命令を下した」
 背筋を伸ばしただけで穂先をかわすと、悪魔は両掌をひらいてみせる。丸まった獣のような形の怪物がいくつも湧きだし、路地へと降ってきた。恐怖を具現化し、地形を有利に作りかえるパラドクスである。
 琥兎と広志は、前後に分かれて退き、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)へと手を伸ばした陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、引っ張るようにして、彼女に飛翔を促す。
 ヤギ頭と同じ高さまで上がると、頼人はアームドフォートで砲撃しながら、挑発した。
「問われるいわれはないのに、答えるの?」
「ムムッ!」
 歯茎がむき出しになったが、アークデーモンはつとめて穏やかな声で説明をする。
「人間が死ぬ間際に感じる畏怖は極上だが、狩り尽くすわけにはいかない。我々にも、それなりに理性が必要なのだ」
「言ってなさいよ!」
 星奈は、もう辛抱できない感じだ。アナトミアはむしろ満足そうに頷いて、先を続けた。
「それに人間はな、我らに殺されている同胞の姿を見すぎると、生きることを諦めてしまう習性がある。死を受け入れてしまう。畏怖がしぼんでしまうのだ」
 妖刀の斬撃を、ふりかえらずに避けた。
「だから、ちょっとだけ、理由を与えてやるのだ。対戦ゲームでアークデーモンの不興をかったから、とな」
 爆撃に対して、怪物を盾に使った。
「時には、抵抗する手段を与えてやるのもいい。素手の喧嘩なら勝てるかもしれないじゃないか。大天使を召喚して戦ってもらうというのはどうかね、クスクス」
 魔法の光を異次元に放逐する。審判者『アナトミア』は、まるで大きな椅子に座っているかのように、悠然と構えた。
「そうすれば、畏怖が育つ」
 笑っているのに、冷ややかな声だった。
「すべては、我らの手のひらの上でのことよ」
「は、テメェは神様気取りか?」
 琥兎が、いつの間にか、非常階段をのぼっていた。
「なら、悪魔のテメェは邪神だろ。邪神の命令そのものが有罪だ」
「我への審判はやめろと言っている……」
 アナトミアが振り返ると、踊り場の手すりに、オラトリオが掴まっていた。琥兎はふたりで話していた。
「浄化の演奏、今度は邪神にぶちかまそうか、燈杜美」
 サーヴァントの音楽に、琥兎の謳が共鳴する。
「心が安らぐ春の陽の中♪ その平穏を乱す不届き者に、天上の神が楽園から堕とす裁きを下すでしょう♪」
 雑居ビルの輪郭に切り取られた、僅かな空から、光の柱が降りてくる。
 ヤギの黒い獣毛に触れると、炙ったような煙があがった。
「グウッ! ……神のことを、審判する者と言い換えるならば、我はまさしく神だが。いや、アークデーモンだし。我の側をどうこうする場ではない。何回、宣言させるつもりだ、ディアボロスッ!」
 『次元断絶』で、光の柱を空間の裂け目へと通過させる。それは、非常階段の上からふってきた。
 琥兎は、オラトリオを気にかけながらも、表情を変えない。
「『選別の鉄槌(ルミエル・ジャッジメント)』を逸らしても意味はないぞ。その光柱は自分らや味方には通用しないんだ」
 実のところ、琥兎は運が味方したのを知っている。仲間とともに敵の隙を探し、残留効果を重ねた結果なのだ。
「テメェみたいな邪な奴に効く技だからな」
「ムギギッ!」
 裂け目を増やそうとするが、続いて、何本もの光がさしてくる。審判者『アナトミア』は、取り乱していた。
「これが最後と思え。我が裁定を言うぞ。お前たちは有罪! だって、台パン命令を破ったから!」
異議あり!」
 頼人が、指を突き付ける。悪魔は、歯茎をむく。
「むしろ、その命令自体が有罪だよ!」
「だったらあたしはあんたを」
 星奈は、両手を突きだしている。
「『乙女の聖地を暴力で荒らしてマイナスイメージを植え付けようとした』罪で有罪判定くだしちゃうわよ!」
 拳のあいだには、光が収束している。
 アヴァタール級は、戦局を有利に運んでいると考えていたようだ。言葉巧みにディアボロスを翻弄している。
 何のことはない、フェイントやかく乱で、罠に墜ちたのは、アナトミアである。
「この砲撃が、お前に下す裁きだ! 『エイリアルスペリオン』!」
「乙女の怒り、思い知れーーー!!! 『インフィニット☆キラメイザー』!」
 ふたりのパラドクスが、混ざりあって直進した。
 頼人の背にある、『Vロックアームズ』から、二門のキャノン砲と両脇の小型ガトリング砲が唸る。星奈が収束させた光は長く伸びて、ヤギの角を焼き切った。
「おおッ! お、おかしい。聞いた話では、ディアボロスはもっと理屈の通る者たちだったはず……」
 額を押さえながら、呻く。
「自分の恐怖を具現化されれば、まともに戻るだろうか」
 丸まった怪物を、けしかけようとするが、その姿がもうひとつはっきりしないのだ。地形もさっきから、ビルに挟まれて狭いままで、最適とはいえない。広志が、異空間を開くのを目にした。
「恐怖……。たしかに訳のわからねえクロノヴェーダと殺し合うのは怖いさ」
 『ディガーパック』が次元を越え、地形を掘り返している。
「だがそれ以上に俺は激怒しているんだよ。東京を我が物にしたお前達にな。変わった地形なんぞ、早業で工事だ!」
「デ、ディアボロスにも、異次元を使う者が?!」
 ヒゲの生えた顎に、広志は建機を操って一撃をいれた。
「大体お前、トループス級にケンカ吹っ掛けさせるってのは、そりゃ日本の法律では暴行の教唆っつって捕まるんだぞ!」
「やはり、情報が間違っている。恐怖を上回る怒りなどと。話が通じるものか」
 モゴモゴとした喋りは、殴られたあとでもまだできるようだ。
「何を吹き込まれたか知らないが……」
 恭弥の妖刀が閃く。
「俺が恐れるものは形のあるものじゃない。お前が生み出すような被害者の感情かもな」
 『剣技・鬼哭啾啾』、糧にしてきた悲哀と周囲に漂っていた怨念を、刀身に纏う。
「そうだ、丁度リプレイがあるから見せてやろうか」
 死魂の絶望を幻影化する。
 その光景を眼前に展開されて、悪魔は地獄から来たような正統的な姿にもかかわらず、腕を振り上げて恐怖した。
 恭弥は、幻影をも斬り、アナトミアを両断する勢いで『藍雪花染』を振り下ろす。
 手ごたえはあったが、刃はすり抜け、路地に着地する。
「人々の大切な場所を軽視すれば、因果応報、自分に返ってくるんだよ」
 背中越しに言葉を投げかけると、遅れてアークデーモンの呻き声が響いてきた。額のほかに、胸にできた傷をおさえて、審判者『アナトミア』は、誰に言うともなく、しゃべり続けている。
「だから我は、現地人の風習を重んじ、軽視などせず、最小限の干渉でもって……まて。自分に、返ってくる、だと?!」
 黒い毛並みが、ワナワナと震えている。
 啓介が、爆撃槌を手に5階の高さくらいに降りてきた。
「そもそもー……見物人をしていた奴に偉そうな事とか言われたくなーい!」
「ずっと見物人してて、今更よね」
 綾音は、もっと近くから、全力魔法を放つ。
「乱入するならちゃんと1クレジット払ってもらおうか! 当然ワンコインなんかじゃなく、その命でね!」
 『綺羅星の星光(オーバーランアステル・ディザスター)』が輝く。
 光線は、傷だらけのアヴァタール級に命中する前に、またも『断絶』に呑み込まれた。コンクリート壁に次元超越的な穴が開いて、そこから綾音へと吐き出されてきたが、瞬時に高度を下げて回避する。
 これも、運の良さが手伝った。
「さぁ、ゲームオーバーの時間だよ!」
 向かいの壁にぶつかる前に、綾音の操作で星光は直角に曲がり、審判者『アナトミア』の喉元に刺さる。
(「久しぶりに言ったなーこれ。……おっと」)
 コントロールのために、実質二発分の魔力を使った綾音は、ガクリと体制を崩した。
 啓介は、手を差しだそうとしてやめる。すでに、恭弥の影が、彼女を支えているのが、目の端に映ったからだ。
 それよりも、荒い息をしながらも、まだ呟いている、アークデーモンの始末をつけなければならない。爆撃槌を振りかぶり、いっきに距離をつめた。
 手負いでも、『ダイブアンドズーム』に反応してくる。
 即座に、槌をパージして防御のタイミングをずらし、啓介は今まで使っていなかったバールのようもので、ヤギ頭をぶん殴った。広志が感嘆の声をあげる。
「やるな。……ここにはケーサツも裁判所もねえ、なら裁くのは俺達ディアボロスだ!」
 星奈と頼人、琥兎がそろって、親指を下にむけ、あらためて『有罪』判決を示した。
 アヴァタール級アークデーモン、審判者『アナトミア』の口元に、一番近かった啓介は、その最期の言葉を耳にする。
「しまった、そうか。豊島区から搾取しに来たはずが、我もメンゲの手のひらの上で、踊らされていたのか......うぎゃああ!」
 空間の裂け目ごと、黒い霧のような形に分裂し、消え去る。
「次来る時はゲーム対決で来てね、そっちでもボコボコにちゃうけど!」
 啓介は、路地に降りると、なにもない空間を見上げ、ついで、半地下のゲーセン入口を見返すのだった。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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