大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『亜人訓練校の劣等生』

亜人訓練校の劣等生(作者 大丁)

 戦いもせず、初めから血に濡れていた剣を、アヴァタール級は杖のように支えとした。
 ようやく、立ち上がったそこは海岸。
「こ、ここはどこだ。クフ王様がほろぼされ、遠方に飛ばされてしまったのか……」
 『打ち破る者』メルセトラー、『獣神王朝エジプト』から漂着したマミーの将である。
「であるなら、この地のクロノヴェーダを探し出し、仕えることとしよう」
 戦車を召喚し、のろのろと海岸を進むと、マミーのトループス級たちに出くわした。メルセトラーと同じようにして漂着したらしい。
 『鋭槍の守護者』は、槍も盾も装備したままだった。部隊としての体裁は保てそうだ。
「……いいぞ、まだ、すべてを失ってはおらぬ」
 戦車と兵士は、内陸へと向かう。

 新宿駅グランドターミナルに出現した新たなパラドクストレインは、『蹂躙戦記イスカンダル』行きだった。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)はさっそく、車内で時先案内を開始する。
ごきげんよう。『獣神王朝エジプト奪還戦』が終わったところではありますが、もう新たなディヴィジョンへと移動できることになりました。『スフィンクス二号機』での突入戦の影響かもしれませんわ」
 それぞれの戦いでのディアボロスの成果を、ファビエヌは嬉しそうに語る。
 続いて、いつものように操り人形を手伝いにして、情勢の説明に入る。
「『蹂躙戦記イスカンダル』は、オークやゴブリンなど、人間と動物が混じった亜人が支配している、一般人にとって過酷な場所のようです。その海岸に、マミーが流れ着きましたわ。この獣神王朝の残党を撃退しつつ、皆様には新ディヴィジョンの情報を集めていただきます」
 本格的な探索には、手掛かりが必要だ。
 今回の依頼で得られる情報を元にすれば、年明けから『蹂躙戦記』での作戦を展開できる、とのことだった。

「漂着したトループス級マミー『鋭槍の守護者』、そしてアヴァタール級の『打ち破る者』メルセトラーは、現地のクロノヴェーダ勢力との合流を目指しているようです。庇護下にでも入るつもりなのでしょうか。行動としては、まず妥当かと。けれども……」
 現代、すなわち最終人類史における当地の地図が示される。
 シナイ半島の、エジプトとイスラエルの国境付近にあたる。そこに亜人の訓練校があるという。
「周辺地域の亜人は、戦争に根こそぎ動員されていて、残っているのは、戦力としては未熟な、訓練中の亜人だけのようです。マミーの残党は、この訓練校に向かっています。亜人に合流させないように、皆様でトループス級、アヴァタール級を撃破してください」
 依頼としては完了だが、予知によればディアボロスのほうが先に、訓練校に到着できる。
 そこには、『氷槌の岩トロウル』という、全身を岩のような外皮で覆われた体高2.5m程の亜人ディアドコイ)がいる。
 ファビエヌが言うには、訓練校への潜入によって、岩トロウルから情報を得られる可能性があるらしい。相手の特徴で、判明している部分が読み上げられた。
亜人は元から知能が低めな上に、訓練も終わっていない若い個体である。強い奴には絶対服従、嫌なら力をつけろ、頭で考えるな体で感じろ、といった教育がなされている上、社会経験や知識が圧倒的に劣っているので、そこに付けこむ隙があるだろう……ですって」
 あとは、現場での工夫次第といったところか。
 情報を得たあとは、撃破してかまわないが、放っておいたとしても、大勢に影響はなさそうだ。

「岩トロウルの外見は、成体と変わらないようです。生後数か月の若い個体のはずですが、人間の母親から生まれて凄い速度で成長していくのも、亜人ディアドコイ)の特徴です。判っているのは、ここまで。皆様が、イイコトを思いついて、持ち帰る情報をお待ちしておりますわ」
 列車から降りて、ファビエヌはホームから見送った。新たな土地にいどむディアボロスたちを。

 荒れ地に囲いをぐるりと巡らせて、それが亜人の『訓練校』だった。
 閉じ込めている、というよりは、出てはいけない境目を知らせる程度の役目だ。その程度の躾は完了している。
 だが、中に入っている数十体の岩トロウルには、それ以上の管理はされていない。氷の槌でお互いの頭を殴り合ったり、寝転んでいたり、寝転んでいるやつの頭をまた殴ったりと、収拾のつかない暴れっぷりであった。
 ましてや、劣等生の岩トロウルたちが、自分から規律正しい軍事訓練などするはずもない。
 教官役がエジプト、とは知らず、どこかに行ったきり、帰ってこないからである。

 『蹂躙戦記イスカンダル』の荒野へと、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は戻ってきた。訓練校と称する柵を見て、ため息をつく。
亜人ディアドコイ)と戦おうなんて、思いもしませんでした。この時代は、私がいた頃よりもおそらく未来ですね」
 妖狐となったビブリオマンサーには、もとから疎い情勢を、すみやかに補完したい気持ちもある。粗雑な囲いに向かい、岩トロウルたちが練習用の標的をほったらかして遊んでいるなかへと進みいった。
「お前たちに聞きたいことがあります……あぁ、視線が不快なのでこちらは見ずに答えて下さい」
 クロエの声かけに、亜人の劣等生たちはきょとんとし、見るなという言葉を無視して寄ってきた。
「なんだ、なんだァ?」
「親父の召使いか」
「ご飯の追加を持ってきたんだろ」
「きっともう、女に子供産ませてもいいってことだぜ!」
 てんで勝手に、牙とも顎ともつかない部位がガチガチ動いて、わめいている。
 妖花の魔女は『ヒュドラ・アマランサス』、持っていた植物を種から急成長させ、訓練用の岩塊に巻き付かせた。
 それには、氷の槌で殴った傷がいくつも付いていたが、クロエが軽く命じただけで、粉々に砕ける。
 劣等生たちは力の差と、それに伴う上下関係を理解したのか、背筋をピンと伸ばした。硬いものがこすれる、ゴリっという音をたてて。
「なんの用だ……ですか?」
「一応、もう一度言いますが、こちらを見ないで。お前たちに聞きたいことがあります」
 訓練を思い出したのか、トロウルたちは整列したまま回れ右した。その背に、質問を投げかける。
「この訓練校に来る前、お前たちはどこにいたのですか?」
「マチだ……です」
 であるなら、町の名前が分かれば最善、なんとなくの方角だけでも聞き出したい。クロエは、いくつか言葉を試したが。
「マチはマチだ……です。たしか、ここは、マチの右側あったぜ……ます」
 生後数カ月の亜人には、地域レベルの正確な知識は入っていないようだ。『蹂躙戦記』に生まれてもいても、そこは同じ。

 2mを越える体躯が背中をむけていると、岩壁みたいだ。
「お話は終わった、かな?」
 夕月・音流(変幻自在の快楽天・g06064)は、優しく話しかける。
 トループス級亜人ディアドコイ)『氷槌の岩トロウル』たちは、恐々といったふうで、ディアボロスたちを振り返った。そこへ音流の、誘う仕草。
「じゃ、今度はボクらと遊ぼうか……♪」
 身体をくねらせ、胸やお尻を強調している。傍らの、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、気品をたたえ、まっすぐ立ったままだ。
「無為に死を振り撒く行いは、アテーナー女神が司る栄光の戦ではありません」
 その物言いでは、劣等生に通じなかったものの、もう動いていいのだとは伝わったらしい。音流が、訓練校の奥へと歩きだし、甘く静かに囁くと、半分くらいがよろよろとついていく。
亜人はみんな男の子、なら、女の子にシたいコト……本能で分かってるよね……♪」
「やっぱり、親父が女を寄越したんだ。許しがでたんだ」
 たぶん、喜んでいる岩トロウルたちを見送って、エイレーネは残りの劣等生たちに長槍『サリッサ』を突きだす。
「……ですが。亜人たちを葬り去ることを、わたしは過剰な殺戮だとは見なさない」
 重装歩兵用に魔術が施されている。6mの長さまで伸長した。
「未来の災禍を防ぐために、あなた方の命の芽を刈ります!」
 さらに、『スピアウォール』によって、横列に穂先が分身した。形成された槍衾こそ、壁と呼ぶべきであろう。トロウルの硬い表皮を打ち砕く。
「敵です……敵だァ!」
 劣等生たちの中には、氷槌を振りかぶるものもいた。力まかせに地面を叩き、エイレーネの足場を崩そうとする。
「冥府の川へと送って差し上げましょう!」
 訓練校の囲いへと後退しながら、魔術の伸長を駆使し、岩の肌へと穴を増やした。
 戦闘の騒ぎは、音流の誘惑にかかったオスには届かない。
「オレが、いッちばんに、つッかまえ、た~!」
 集団のなかから抜け出た個体が、高々と跳躍し、訓練校の奥へとさがる天使の胸めがけて、急降下する。
「つかまえたのは、ボクだよ」
 音流は一番乗りを抱き着きかえし、トロウルの硬質な胸板にできたちょっとした突起に、唇を沿わす。
「素敵な夢で……イかせてあげる♪」
 『フェイタル・キッス』は、心身を蝕む毒だ。未熟なクロノヴェーダに耐えられる強度ではない。
 落下の勢いをいなされたように、岩トロウルは背中からドウと倒れ、氷の槌は砂地に転がって端が欠けた。
「もう、イッたのか?」
「聞いてんのより速えェ!」
「オレも、オレも!」
 おかまいなしに、抜け駆けされた劣等生たちは、次々と飛び掛かってくる。
「みんなにも、甘い夢を見せてあげるよ♪」
 全員が毒に沈んだ。
 始末をつけて、音流が戻ってくると、エイレーネは柵に突き刺したサリッサに掴まり、地面にあいた大穴を見下ろしていた。
 亜人が、折り重なって死んでいる。
 訓練校を放置し、ディアボロスたちは海のある方向、マミーの残党が来るがわへと移動した。

 柵の外で合流した大空・啓介(航空突撃・g08650)は、背伸びしながら、設備の奥を覗きこむようにした。
「わー……訓練校に行ってたら、俺も便乗して毒になっちゃってたかも」
 なにか見えたわけではないが、そのあと歩きながら腕組みし、思案顔になっている。
「乗っちゃう気持ち分かっちゃうから、ちょっと同情しちゃうね。……でも、誘惑はされてー!」
「ああ。音流様が図った軍略の話ですか」
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)が、岩トロウルの顛末と気がつく。
「詳しくは新宿島に帰ってから報告書を分析してください。どうやら、次の相手のようです」
 静かに言うと、サリッサを構えた。
 砂地のむこうから、槍と盾を持った兵団がやってくる。
「あれが、滅び去りし獣神王朝のクロノヴェーダ……マミーなのですね」
 装飾以外には、筋肉の隆起にぴったりと沿った包帯に巻かれていた。若旅・嘉鷹(ドラゴニアンのデジタルサマナー・g02873)は、敵の姿をしげしげと眺めつつ、比べるようにサモンデバイスの表示をめくる。
「マミーか。そういえばしてなかったな、契約」
「うーん……あの人数じゃ、充分に力発揮も出来ないでしょう。少数精鋭って訳でもなさそうだし」
 啓介には、トループス級マミー『鋭槍の守護者』たちが、敗残兵としか思えない。集まりの中心には戦車があって、しっかりとそれを守っているようではあるが。
「彼らにも同情しますか?」
 エイレーネは、真面目な口調だった。啓介は苦笑いを抑え、目だけはシリアスになる
「いやいや、手心加える訳じゃないけどさ」
 当然、そう。といったふうで、ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)が深く頷いた。
 手早く、各自の持ち場を提案する。
「周りの敵から倒して行きましょう。連携し、打ち漏らしがないように」
 ディアボロスたちは、了承の返事をすると、めいめいに散っていった。
 残されたハーリスは、つぶやく。
「奪還戦も含めてお見掛けしなかったので心配していましたが流石は主、しぶといですね。しかしあの主は欠片の一つのようです」
 戦車に乗るアヴァタール級の顔を確かめる。
「ならば大本に辿り着くまで欠片を倒すまで」
 祈りの仕草を始める。
 まずは正面から、エイレーネがぶつかり合った。
「かつては人の身、されど今や怪物へと変わり果てた者たち。死すべき運命の中に還して差し上げるのが、考えうる最大の慈悲です」
 守護者たちの盾には、鳥頭のエンネアドを図案化したものが描かれている。
 と、判別できるほどの距離まで接近した。奪還戦に出遅れたとはいえ、当方が未知のディヴィジョンの住人ではないと気付いたらしい。その盾を掲げて突撃してくる。
 いまやディアボロスとなった、ウェアキャットのファランクスランサーは、ゴルゴンの生首の図像が描かれた円形の盾を構えて、サリッサを突きだした。
「互いに扱う武器の性質は同じ──しかし此方の槍には、伸縮の魔術という隠し玉があります」
 さらに、槍衾へと分身し、エイレーネ単独で、鋭槍の軍の衝撃を受ける。
「眠りなさい、二度と覚めることのないように!」
 槍で槍を打ち払い、伸長したぶん、敵隊列の均衡を打ち破る。
 ゴウッと、足元の砂が浮いたようだ。
 ハーリスの祈りが通じた。
「砂漠の神にして守護神たるセトよ、お力添えを」
 舞い上がる砂埃と風の音。
 やがてそれは黄金色となって、トループス級の第二陣が走るのを阻んだ。『セトへの嘆願』は、砂塵で覆った相手に、閃光の目くらましを浴びせる。
 戦車の上の指揮官が、叫ぶ指示も届かない。
 そんなアヴァタール級からはひとまず距離を置き、ハーリスは剣と爪を携え、自身も砂嵐のなかへと突入した。
 砂粒には嘉鷹も姿を紛れさせ、突風は啓介がフライトデバイスにもらい、浮かびあがる。
 取り巻きの兵団の後方まで回り込んだデジタルサマナーと、頭上を捉えた航空突撃兵。
 『アサシネイトキリング』で最後尾から一体ずつ仕留めるあいだに、『復讐の刃』で具現化した手りゅう弾を降らせる。
「さて、契約の時間だ」
 嘉鷹がマミーの中から、意識が戻りそうな者を選んで、揺り動かした。
「右も左もわからない場所で何も分からずに消えるのが望みか?」
「ぐ、ぐふぅッ、……高位な方にお仕えできたのなら、それもまた良し!」
 くすんだ色の包帯の隙間から、固く結んだ唇がのぞく。嘉鷹は、両手を開いた。
「だが、残念。俺の目についたのが運の尽き。お前らは俺と契約するしかない。多少の不自由さがあるが基本的には生かしてやるよ」
 その生が、はたしてどれほど生きるという意味に合致しているか。
 マミーという、黄泉から還った者に科するには皮肉な契約であった。条項の誠実さは関係なく。
「断ってもいいさ? その後どうなるかは分かってるんだろ?」
「……まあよい。位はともかく、力のある者を主と認める」
 契約書類一式、サモンデバイスの表示が光る。
 まだ動けるマミーの守護者たちは、爆発に吹き飛ばされて、突撃どころではなくなっていた。
「作り出した手榴弾を上からぽーい、ぽーいっと」
 啓介の眼下では、エイレーネの槍とハーリスの爪に、トドメを刺されるトループスの姿もある。
「厄介な事になる前に阻止が一番!」
 爆撃は、敵陣の中央に移っていく。
「戦車とか、君たちの持ってる技術がここの人達に渡ると普通に活用されそうだからね。全部片付けるよ」
「おのれ、やはりディアボロスどもへの復讐を先にすべきだったか!」
 騎乗するアヴァタール級、『打ち破る者』メルセトラーは歯噛みした。
 砂塵が晴れ、爆撃が終わると、彼以外に立っているマミーは一体もいなかった。

 将は、冥界の軍馬に鞭をくれる。
 改竄されていたエジプトと、違わぬ眺望の大地へと、戦車は走り出した。
 轢き潰しにかかる車輪を避けながら、ディアボロスたちは、アヴァタール級への包囲を縮めていく。
「あなたがマミー達の小隊長ですね」
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、地位を矮小化してやった。
亜人と合流し蛮行を働くことは赦されません」
「我はクロノヴェーダ! 蹂躙のために、仕える王を探すのは言わずもがな!」
 『獣神王朝』の残党が、名も知らぬディヴィジョンの象徴、『蹂躙』を口にした。
 奇妙な符合だ。なおのこと『イスカンダル』の地に置いてはおけない存在と、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は悟った。同時に疑問も湧く。
「岩トロウルたちは、『親父』という言葉を使っていました」
 戦車が自在に操られている。
「……住んでいた『マチ』よりも、亜人は血脈に重きを置いているのでしょうか。それとも、メルセトラーのような、強さを持ったアヴァタール級なら受け入れられる?」
 少なくとも、このマミーは『蹂躙戦記』に仕官できると考えている。夕月・音流(変幻自在の快楽天・g06064)は、劣等生たちの硬い皮膚を思い出し、すれ違いざまにネメス頭巾にむかって呼びかけた。
「残念……もうここには何もないし、誰もいないよ……」
 片方の車輪を浮かせて、転回してくるのを、召喚発動の力を貯めながら待った。
「アナタも、ここでお終いにしてあげる、ね……」
「なんの! ディアボロスこそ、滅せよ!」
 『打ち破る者』メルセトラーは、亜人訓練校の実情に構わず、さらに鞭をくれる。だが、ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)のつぶやきは、耳に入った。
ディアボロスが滅びたあの戦以来ですね」
クフ王様が勝った?! いや、我が飛ばされた戦争ではなく……?!」
 困惑だけが反響し、ハーリスは首をふる。
「欠片の一つでは私の事もお分かりにならないかもしれませんが、構いません。貴方を倒せば大本の主にも届くでしょう」
「さぁ、異郷の土に骨を埋める覚悟をなさい」
 エイレーネは、チラとだけハーリスの表情を追うと、引き続き槍と盾を構えて、戦車の進路を塞いだ。
「『勇武勝呼撃(トリアンベフティコ・キーマ)』! 偽りなき驍勇を前に立ち竦め、蛮勇!」
 戦の女神への信仰。
 長槍『サリッサ』の伸長に、復讐者たちの怒りが乗る。
 直進してくる戦車に対し、乗り手の胸へと穂先が通った。
「グ、ハァッ!」
 エイレーネの一撃で、敵は横転。冥界の馬も消滅した。ディアボロスによる包囲は、さらに狭まる。
 メルセトラーは胸を抑えつつも、剛弓を引きだし、矢を弾幕のごとく、放ってきた。
「芽吹け『ヒュドラ・アマランサス』!」
 クロエの種が急成長し、盾替わりとなる。
「再生にも魔力を使いますから実際には私にもダメージが入っているようなものですが……。直接当たるよりはいいでしょう」
 アマランサスは、みるみる伸びて、多頭の怪物の姿にまで大きくなった。壊れた戦車にむかっていき、放たれる矢を鎌首もたげて喰らいつくす。
 貫かれて、落ちる首もあるが、クロエはそのたび魔力を付与し、切り口から新たな茎の束を生えさせる。
「マミー……。見た目は人に近いですが、お前たちも亜人どもと変わらない存在なんですね」
 茎の束は、ヒュドラの頭をふたつ作った。
「あぁ、お前に違いを説明しろと言っているわけではありません。変わらないんだから殺す、そう言っているんです」
「なれば、我は、歴史ごとディアボロスを断ち切るッ!」
 射ち尽くしたわけでもないだろうが弓を捨て、メルセトラーは剛剣を抜いた。
 あらゆる物を両断する勢いの振り下ろしは、しかし空をきって砂地に沈んだ。エジプトでの高貴さを表す頭巾も、埃にまみれている。
 クロエらに、音流が剣の間合いを示唆していた。彼女は、距離をとったまま、召喚発動を完了した。
「折角だし、ピラミッドっぽい物体を作って叩きつけてあげよっか……♪」
 『心を籠めた贈り物(パルヴァライズ・フォー・ユー)』は、形状を選べる。四角錐が代王の、さらにその模倣体の頭上から落下してきた。
「ボクらの蹂躙は、ここから始まる……なんちゃって?」
 音流が、砂地に傾いで立っているピラミッド型の物体に話しかけると、それは剛剣によって内側から両断され、破片はすぐに消滅した。
 だがメルセトラーは立ち上がるために、またしても剣を杖のように支えとしなければならなかった。
「以前は私が競り負けましたが、此度は先に倒れない。攻撃の手も緩めません」
 ハーリスのつぶやきに、エイレーネは静かに首肯する。
 敵に縁があるならば、想いを遂げられれば幸い、と。
 彼女の知るものとは違う神の名が、唱えられるのを聞く。
「豊穣の神にして軍神たるセベクよ、お力添えを。今度は負けません。私を家族として友として愛して下さった貴方に報いるため、アアルへの旅にお連れするために、いずれお迎えに上がります」
 一息に距離を詰めた。
 走りで、衝撃波が起こった。
 砂埃が舞い上がり、それがつくった残像にむかってアヴァタール級マミー『打ち破る者』メルセトラーは、剛剣を振り下ろしてしまった。
 ハーリスの本体は、セベク神の牙の力を借りて肉体変異を起こしている。
 一撃の拳が、全力で叩き込まれた。
 エイレーネは一枚の銀貨を供える。ハーリスが小さく、『主』と呼んだ亡骸に。
「冥府の河で渡し守に払う代金です。どうか恙なく、死の国に渡られますように」
 この地にディアボロスを通すものは、まだ少ない。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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