大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『オークの偵察兵たち』

オークの偵察兵たち(作者 大丁)

 山ひとつを越えると、乾いた平原が広がっていた。
 子細に観察したならば、岩石が起伏をつくり、地割れのような谷間もあると判る。つまり、言うほど平らではない。
「さて、プトレマイオス様は、どうされたのだろうか……」
 でっぷりと太った、豚頭の亜人ディアドコイ)が、カナンの地を眺める。
 アヴァタール級のオークだ。
「おーい、アルタネスぅー!」
「兄者ぁー!」
「炎剣士様ぁー!」
 先行した部隊と随伴の直属、あるいは後続から、もっと引き締まった体型のトループス級オークたちが、指揮官の元に駆けてきた。
 兜の上で、トサカ状に植えられた羽飾りが揺れている。
 基本色は赤だが、ところどころに違う色を差し、その位置と量で年齢や階級を表しているようだ。
 アヴァタール級の飾りも、刺し色の法則に準じており、基本部分だけは炎を模した特別製であった。
「そろそろ陣形を広めにとって、偵察範囲も拡大したらどうだろう、アルタネス」
 年長のオークは名前でよび、『オークの炎剣士』は頷いている。
「うん。平原に降りてからの指揮は兄さんに任せる。優先は、カナンにいたはずの亜人発見だ」
「兄者、俺たちはセレウコス様の配下だ。弱いやつのことなんか放っておいて、人間を探そうぜ!」
 口を挟んだ弟に、炎剣士はしばし黙ってから答えた。
「ヒシュターよ。本当に、プトレマイオス配下が全滅したのか、調べねばならん」
 すると、ずっと若いオークが、はしゃいだ声をあげる。
「てぇことは、炎剣士様ぁ。カナンの亜人が全滅してたら、オレたちで人間をヤッちゃえるんすよね? ね? 隊長ぉ? ヒシュターさぁん?」
 なんとも、無邪気なようすだったが、指揮官に成長した弟に対し、ファランクス隊長コレスが目配せする。
 それを受けて、アヴァタール級は許可をだす。
「おまえの言う通り、見つけた人間は見つけた奴が好きにして良い」
「やったぁー!」
 若者の歓声で、亜人の打ち合わせはお開きになった。
「熱心に働いてくれるならば、下の者の欲求も利用すればよい、か。兄さんの言っていたとおりだ。私は……」
 またひとりになった『オークの炎剣士』は、ニタリと笑う。
「人間の集落を焼き尽くせるなら、満足だ」

「『救済者プトレマイオス』が支配していた、『カナンの地』の人々の調査が終了したようですわ」
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が、『蹂躙戦記イスカンダル』行きの車内で、時先案内をしている。
亜人ディアドコイ)の戦力が出払っていたとはいえ、ご苦労様でした。今後は、この制圧したカナンの地を足場として、ディヴィジョン攻略を進めていきましょう」
 クロノヴェーダ側の動きもあったと、ファビエヌは言った。
「隣接する地域を支配している、ジェネラル級亜人『勝利王セレウコス』が、偵察部隊をカナンの地の集落に送り込んできております。ディアボロスの情報を持ち帰らせないよう、見つけ出して始末していただきたいのです」

 偵察部隊の亜人たちは、人間の集落を見つけると襲って自分のものにしてしまうらしい。
 プトレマイオス配下の亜人が壊滅した以上、この地の人間は誰のものでも無いので、見つけた者にその権利がある。と、いうのが亜人たちの理解らしい。
 ファビエヌは、吊り革をつついて段取りを説明した。
「まずは、偵察部隊が来る周辺地域の人間の集落を探して、彼らを、カナンの地の街に移住させてくださいませ。皆様の説得によって、自分たちで移動してもらうことになるでしょう。いまの街なら、亜人とウェアキャットがいないので、人間の彼らが安全に住めますわ」
 二番目と三番目の吊り革を、合わせてつかむ。
「偵察部隊を探し出し、前出のお願いのとおり、撃破してください。事前の哨戒にうまく成功すれば、敵に発見される事無く、一方的に発見する事が出来ます。現地は、大きな岩塊や、地割れ跡があり、隠密行動には適します。先手をとるのは、いくばくかの有利をもたらすでしょう」
 指が、輪のひとつを放す。
「敵部隊哨戒任務を行なわなくとも、正面から普通に戦っても結構ですわ。トループス級『オークファランクス兵』は、長槍サリッサと盾を装備し、ファランクス隊長の指揮のもと、しっかりとした陣形をとって攻めてくるはずです。もちろん、このトループスを撃破しそこなうと、移動中の一般人が襲われる可能性がありますから、ご注意ください」
 四番目で最後だ。
ファランクス兵をすべて倒すと、アヴァタール級『オークの炎剣士』が現れます。大剣に炎を纏わせて攻撃してきます。これを撃破すれば、依頼成功ですわ」

 パラドクストレインの発車まで、もうまもなくだ。
「今後、カナンの地は、蹂躙戦記イスカンダル攻略の根拠地となりましょう。救出した人間たちの避難所にも出来ます」
 これまでの他ディヴィジョンでも、一般人の安全確保には苦慮してきた。例えばエジプト、シナイ半島の村々でのケースがあろう。
 ファビエヌは、ホームに降り、ディアボロスたちを見送る。
「そのためにも、セレウコスの偵察部隊に情報を持ち帰らせるわけにはいきませんわ。イイコトしてきてくださいませ!」

 大地に、へこみだけがあった。
 形状から、枯れた泉か、池のようだ。その近くにボロボロの建物が、まばらに建っている。
 集落の中央にも穴があり、人間の手で掘られたものであると、まわりに積まれた土でわかる。
 そして、穴の中から、人のうめき声も。
「もう……ダメ。どんだけがんばったって、水なんか出やしないよ……」
「しっかりしろ。動けるのはもう、俺かお前だけなんだぞ。みんなを、この集落を助けるためには、井戸がいるんだ」
 二人は、かつては湧き水があったことに賭け、地下へと縦に掘っていた。
 しかし、岩盤は固く、穴はいくらも深くならない。

 件の泉跡はすぐに見つかる。
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、『怪力無双』を発揮し、物資を収めた箱に陶器の大がめを乗せてかついでいた。
 新宿島からパラドクストレインで持ち込んだものだ。
 自身は、ウェアキャットへの敵意を刺激しないため、耳と尾を外套に隠している。
 集落の入り口につくと、声をはりあげた。
「皆様! 我々は、皆様の苦境を終わらせるべく来た『冒険者』です!」
 しばらくは、静寂が続いたが、盛り土のむこう、おそらくは井戸掘り現場から、ひとりの若者が顔をのぞかせる。エイレーネは、大がめを地面に下ろし、中身をすくって口元に運んでみせた。
「み、水……? 水だぁッ!」
 足元をふらつかせながら、盛り土を越えてくる若者。
 家々の、くずれかけた戸口からも、数人が這い出してくる。ディアボロスは、集落の人間たちを手助けし、水を与えた。
 話が聞ける状態になったと確認したエイレーネが、移住の提案をする。
「近頃、街から亜人とその使用人を追放することに成功しました。この水で英気を養っていただいた後、解放された街に移り住んでくださいな」
 物資の箱も開けられ、干し肉などの保存食、そして旅に耐えるための履物を取りだす。
「無論、道中に飲む水もご用意しますよ」
 それは、排斥力を考慮し、伝統的な、両取っ手と細首をもつ陶器製の壺に小分けされていた。渡された者は、枯れていたであろう涙をこぼし、ディアボロスに感謝する。
冒険者さま。まさか、いらっしゃっていたとは。……ありがとうございます」
 彼らは、エイレーネの言葉を聞き入れ、街へと出発することとなる。
 井戸掘りに挑んでいたふたりが、岩山を挟んだ反対側にも、おなじような境遇の集落があり、助けが必要であると教えてくれた。

 ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は、示された方角を見る。
「行ってみましょう、フレデリカさん。物資はまだありましたよね」
「はい。アイテムポケットを使って運びましょう」
 フレデリカ・アルハザード(軍勢の聖女・g08935)は、荒れた地形を考慮にいれる。岩山を迂回すると、井戸掘りの若者の言ったとおり、集落があった。
 ふたりのリターナーは、服装で亜人と区別がつくだろうと期待し、戸のいくつかに呼び掛ける。
「私はとある地を解放した『冒険者』に連なる者の一人。此度は亜人に苦しめられている者の声を聴いて再臨いたしました」
 フレデリカの発した言葉に、家屋内から反応があった。
 実際に無人の建物もあったようだが、潜んでいた住民たちが出てきてくれる。
「ぼ、冒険者……さま?」
「はい!」
 その名で呼ばれ、対応したフレデリカの脳裏にも、かつての記憶のようなものが閃いた。
 自決した神殿。『補助頭脳』からの挿入ではない。もっと、前だ。けれども、詮索は後回しにして、救護に務める。
「病気やケガの人はいませんか」
「水と食糧の他、少ないですが植物などから作った薬もあります」
 ハーリスも、アイテムポケットから物資を取りだして、提供する意思を示した。
 容体の重いものには、この場かぎりの使用として、フレデリカは抗生物質も施す。同じく、彼女が新宿の料理人から聞いてきた食事も、皆に振る舞った。
 冷めてもおいしく、精がつくような肉料理を選んである。
 信用を得られたところで、ここでも移住の勧めをきりだす。ハーリスとしては、クロノヴェーダ側に見付かる危険を考えると、隠れ住む場所を変える事すら簡単ではなさそうだったが。
「現状のままでも倒れるばかりだ。……みなさん! 今カナンの地は、再起した私達冒険者の手によって亜人の支配から解放されています」
 手ごたえはあった。
 住民たちは、互いに顔を見合わせたあと、喜びに震えだす。
「街に残っていたウェアキャット達も亜人の力を頼れず別の土地へと移りました。あなた方に無人となった街に移り住んで頂きたいのです」
「我らが解放した地、安全な土地に皆様を案内させて頂きます」
 旅がはじまろうとしている。
 『救済者プトレマイオス』の勢力は一掃されていたが、今度は『勝利王セレウコス』の偵察部隊が迫っていた。

「力が無い者は、踏みつぶされる。どの世界も変わらないのね……全く笑えない話だわ」
 イル・シルディン(気ままに我がまま・g05926)は、荒れ地でがんばってきた人々の準備状況を見ている。陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)も、移住は仲間に任せて、飛行装備の点検をしていた。
 『ヒーロー』を公言している男子のことだ。きっと、一般人を守りたい気持ちでいっぱいだろう。
 と、イルは考えている。
「正義感って言うよりも、なんだか腹が立つって感情かしらね」
 自分の心をさらうと、そんな言葉が出てきた。斥候に必要なのは平常心だとも。
 気持ちを鎮めなければならない。
「敵の動きを事前に察知し、先手を打つ。いつの時代も変わらぬ戦の定石ですね」
 テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)が、全員に確認をとった。
 集落を離れたディアボロスたちは、オークのトループスに対して正面から戦わない選択をする。
「この地の情報を与えれば与える程、後手に回りますからね。ここはきっちりと偵察部隊を倒して、有益な情報を持ち帰らない様にしないといけませんね!」
 エヴァ・フルトクヴィスト(星鏡のヴォルヴァ・g01561)は、仲間に分担できるところがないか、相談を持ち掛ける。
 特に残留効果の振り分けは有益なはずだ。
「哨戒ですかあ……じゃあ、手分けして動けるように『パラドクス通信』を出しておきますね」
 南雲・琴音(サキュバスの思想家・g07872)が手を挙げた。イルが礼を言う。
「同行者同士の連絡が密に取れれば幸いだわ。観測の目は多い方が良いもの」
「悪の秘密結社は用意周到なのです☆」
 図らずも、正義のヒーローと悪の幹部が同席していた。
「本当は、集落に行ってきゃわいい男の子を愛でたかったけど、それはご褒美で期待しよう。あー、子どもの精気吸いt……おっと、これじゃ危険人物ですね。ふふ」
 なにやら妄想の世界へと琴音が飛んでるあいだに、イルとエヴァが『光学迷彩』を提供し、テレジアは『平穏結界』を展開する。
「えっと、俯瞰的にフィールドを確認しようにも、高台みたいな場所ってなさそうでしたよね? どなたか、『飛翔』使えます?」
 その琴音が、飛ぶ話をふる。
 確かに、標高でいうなら、集落側からセレウコス域側にむかって登っているのだ。
「空中からこの辺りの地形を把握しようと思ってたんだ。僕が行って、報告するよ」
 頼人が飛行装備を見せ、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も先行を申し出た。
「鳥類か、狐や兎のようなすばしこい陸棲動物が見つかれば、『使い魔使役』で一緒に見回ります」
「ありがとう。でも、気をつけて」
 琴音は、申し添えた。
「オークだって、人間に逃げられないよう、こっそり近付きたいはず。その位の知恵はありそう」
 ふたりを見送ってからも、仲間たちは亜人ディアドコイ)の習性について話し合った。テレジアが依頼内容を思い出す。
「案内人によれば、統率は取れているようだが、それでも不埒な欲望に身を委ねる者がいる様子。女を前にすれば統率が乱れ、弱点になってくれる可能性もある」
「トループス級なら女性というだけで追ってくると考えられますね。それにトサカ飾りで指揮官クラスを倒せば、更に混乱しそうです」
 エヴァは、ちょっとした知識欲ものぞかせる。ある種の異文化と捉えているらしかった。
 しばらくして、頼人とエイレーネから連絡が入った。
 飛翔でも、使役動物からでも、オークファランクス兵は発見されていない。周辺の地形は、荒く削った岩石でできていて、張り出しや裂け目など、隠れ場所は多いらしかった。
 そうした岩陰などを移動中の敵から、逆に発見されてしまう危険があるので、いくら偽装していても深入りできないのだ。
 かわりに、待ち伏せ用に潜んでおく目星をつけてきてくれた。ディアボロスたちは分散して、迷彩と結界を張り、偵察部隊が来るのを待つ。
 エヴァとイルは、岩の裂け目に身体を突っ張っていた。
 底は見えない影になっていて、落ちれば怪我しそうだ。しかしエヴァにしてみれば、虚空の淵の本物とは比べるほどもない。
 イルはつぶやく。
「戦いはそれ程自信があるとは言えないのよね。……だから、『狩り』にしてしまいたいわ」
 獲物が罠に嵌ろうとしている。
 不整地を踏み越えてくる一団の姿を、遠くに捉えた。おのおのが、スパイクのついた丸盾を、邪魔そうに肩にかけている。ふたりの見立てでは、探査の命令がでたまま、横にちらばって移動しているようだ。
 その様子は、岩棚にねそべって、双眼鏡をのぞいていたテレジアにも判った。
「大まかな人数、陣形、そして表情……」
 拾えるだけの情報を拾う。
 偵察兵たちは、長槍サリッサをしっかり握り、岩から岩にわたるのに、石突を杖がわりにしていた。
「流石に亜人の顔の判別はつかない。記憶術でトサカ飾りの特徴を覚えておくか」
 テレジアは、パラドクス通信に一報をいれる。
 頼人と琴音、エイレーネは、へこんで砂地になっているところに屈んでいる。
「来たみたいだよ」
「ほー。散開しているようでいて、横から見れば列になってます。ちゃんとした組織だわ☆」
 悪の幹部が頷き、正義のヒーローが目を丸くした。
「羽飾りの意味合い──そして、練度が高い兵の分布を確かめたいですね」
 エイレーネが指差す。
 法則はすぐにつかめた。向かって左、敵の右翼側から順に装飾の数が下がっているみたいだ。亜人やオークに共通のルールではないだろうが、こうした部隊・部族ごとに内部のつながりを重視する傾向は感じられた。
「頼人様、琴音様。最右翼の者が、ファランクス隊長でしょう。そこから順に実力者が並んでいて、隊長が号令すれば、列の横幅が縮まって、密集陣形が組まれるはずです」
 このウェアキャットのファランクスランサーの予測どおりなら、今が奇襲をかけるチャンスということだ。

「ではでは、みなさんと交信して、連携できる態勢をつくりましょうか」
 経こんだ砂地に屈んだ姿勢のまま、南雲・琴音(サキュバスの思想家・g07872)は、パラドクス通信を開いた。
 最初の返事は、どこかに潜んでいるらしいハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)から。
「なるほど。セレウコス軍から偵察を任されるだけあって、相応の統率はとれているようです。加えてこの地形は遮蔽物も多い」
 攻撃を避けるつもりなら、敵もそれを利用できる、というわけだ。
「最右翼は一般的にファランクスの弱点と言われています」
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、分析を詳述する。
「左手に盾を構えて並ぶ都合上、右端の縦列は側面からの攻撃に対する護りがないのです。そこに容易く打倒できない精鋭を配備するのは定石ですね」
「隊って呼べるだけの知性は持ち合わせているようなのね……」
 岩の裂け目で体をつっぱっていたイル・シルディン(気ままに我がまま・g05926)が、右翼側を狙い撃てる場所まで移動をはじめる。もちろん、迷彩と結界が効くようにゆっくりと。
「感心している場合ではないけれど、それなら目標は定めやすいかしら?」
「はい。もし陣形が固まっていれば厄介な相手でした。今なら密集される前に指揮系統を切り崩せます」
 発案者のエイレーネとロングボウを用意しているイル。
「狙いは最右翼のファランクス隊長だね」
 地形の利用を得意とする陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が、その任に就く。
「私は部下を狙おう」
 岩棚の上に寝そべる姿勢で、テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)。
「もっと言うなら練度の低い、統率が効いていない者を。……必要な情報は得た、あとは上手く活かして戦いましょう」
 他のディアボロスたちから、短く返答だけ入った。
 トループス級亜人に対し、頼人は単身で突出する。
「奴らは大きな勘違いをしている」
 四肢を使い、溝のようにはしる大地の裂け目をたどっていく。
「人間は決して無抵抗の存在じゃない。蹂躙されて、黙っているものか」
 鞘を口にくわえて、刀身をひきぬいた。
 合図を出すのは、後方に位置しているフレデリカ・アルハザード(軍勢の聖女・g08935)と決まる。極貧の人々にみせていたのとは一転して、冷淡な表情でタイミングを計っていた。
「さぁ、処刑の時だ。亜人共」
 岩場の陰から、飛翔する。
「鳥か? 大きな……」
 フレデリカが飛び立ったことで、上をむいた隊長の脇腹に、竜骸剣の切っ先が食い込む。岩山むこうの集落で発揮した残留効果により、この一撃のダメージは、予想以上に深いものとなった。
「気づくのがちょっとだけ遅かったみたいだね。……もらったよ」
 頼人の『侵略(インベイデッド・ユア・テリトリー)』は成功だ。
 オークが、傷口を押さえながら視線をさげると、一段低くなった窪みに、両手で剣の柄を握る人間の姿があった。
 精鋭たちが、名を呼ぶ。
「コレス隊長!」
「兄者ァ!」
「コレスぅ!!」
 緑の面々からは、驚愕だけが感じられる。いまのところは。
 兜に覆われた頭部と、装飾品で飾った屈強な身体。
「指令を出しながら、迫る敵にも対処を求められる状況。遠方の一兵にまで気を回す余裕はあるかしら」
 イルが『elven bow』、十分に引き絞った弓で狙いをつけているのは、手負いの亜人
 ファランクス隊長コレスが、精鋭のひとりに後事を託そうとしているのが見て取れた。
「ヒシュター……号令は、おまえが」
 パクパクと動く口。
 その顔にむかって放つ長距離狙撃。まさに、『Hawk Eye(ホークアイ)』だ。
 矢は頬を突き抜けた。
「接近する機に使って頂けたら幸いね」
 絶命には至っていない。イルは、しずかに場所を変える。
 望み通りエイレーネが、頼人がいた窪みよりも手前から突撃していった。『神護の長槍』と『神護の輝盾』を構えている。
 相手が、丸盾のスパイクを頼りに応じてくれれば良かったのに、なおも指示を出そうとしていた。『恐れなき急襲の槍(アローギスティ・エピドローミー)』で、文字通りの横やりを入れる。
「これこそ、勇者たちが進む道です」
「ゆ、勇者……!? ウオォ!」
 加勢に駆け付けようとした精鋭たちの足元が、ガラガラと崩れた。
「当然、周りのオークたちは、そうするだろうからね」
 頼人の『侵略』により、落とし穴も生成されていたのである。隊長からヒシュターと呼ばれていたオークも、トラップに巻き込まれた。
「迅速に、生命を絶ってあげましょう」
 エイレーネの動きが、彗星の如く光の尾を引いている。
 信仰のもたらす加護が、物理的な力に変換され、超加速しているのだ。神護の長槍は、ファランクス隊長の胸を貫き、余剰エネルギーは爆発となって、精鋭たちも巻き込んだ。
 岩に腰下を潰されたオークが、上体をそらしてあえぐ。
「号令……! ファランクスフォーメー……」
 指示を出しきれずに、ヒシュターはこと切れる。敵右翼から左翼にむかって、口伝えに命令が実行されていくが、とても密集陣形と呼べるものにはならない。
 偵察のために横に広がっていた最左翼のオークたちは、何かが起こったとは判っても、その良し悪しさえ把握できなかった。
「イヒヒ、お困りですかね? 亜人ディアドコイ)のダンナがた」
 レオネオレ・カルメラルメルカ(陰竜・g03846)が、ひょっこりと姿を現す。
 ここいらの偵察兵は、あまり頭が良くない。
 竜派の姿となった金色のドラゴニアンでも、下手に出てきたために、カナンの住民としか思わなかったようだ。
「あ~ん? 人間でもウェアキャットでもねぇ。亜人でもないし、誰だァ?」
「あっしはしがないウィザードでさぁ」
 意味は通じないだろう。しかし、通じないことなど、オークには別にめずらしいことではなかった。
「そんなことより、ダンナ。人間の女を探してんでしょ? いるんですよ、イイ女が」
 数体のオークが興味をそそられる。
「探してんのは、ヤッちゃえる人間っすよ」
「まてまて、蹂躙するてぇのは、そーいうことだから、おんなじだなぁ」
「もしかして、隊長たちのほうが騒がしいのは、女が見つかったからか?」
 なかには、察しのいいのもいる。見当はハズレだが。レオネオレが頷くと、若いオークたちはやっぱり歓声をあげた。
「やったぁー!」
「では、お納めくだせえ。『不死蝶の輪舞曲(イモータルバタフライロンド)』!」
 指の動きは魔力の糸につながり、自動人形が呼び出された。
 左腕は無く右腕が2本。顔の上半分が頭蓋むき出しで、亜人たちの眼にも異形と映ったのだろう。おののき、後退ったところを、デブリパッチワークドール『ヴァリアント』は、炎を纏った舞いで焼き尽くした。
「イヒヒ、ほんとのイイ女はこっちでさぁ」
 示したさきには岩棚があり、美女が寝転んで手招きしている。テレジアだった。
 ようやく陣が整いだした中央では、フレデリカが飛翔したまま、『奇跡を成せ我が軍勢・円輪にて魂魄を切り裂け(レギオン・ヴァイスシュランゲ)』による『爆撃』を行なっていた。
「……貴様らには、負けて死ぬのがお似合いだ!」
 ディスク型の『媒体』をチャクラムとして投下し、トループス級に情報変換を強制している。すでに指揮系統が混乱しているために、仰角をとった攻撃にもまとまりがなかった。
「上にばかり意識が割かれるなら……足元が、お留守だ」
 新たに投擲された媒体には、ニセの号令が内包されていた。ファランクス兵どうしで、いさかいまで起こる。
「おい、あんたは三列目だろ、前に突きだしたら、コッチの背中にあたるじゃねぇか」
「おまえこそ、どこに立ってるんだ。縦列を縮めるんだからよぉ、俺のとなりだろ」
 ついには同士討ちを始める様を見下ろし、聖女は薄笑いを浮かべる。
 中央に配置されていた兵のなかで、いくぶん分別のあった個体が、叫んだ。
「炎剣士様だ! 誰か、炎剣士様の命令をもらいに行けぇ!」
「そうはいきませんよ☆」
 琴音は、『通信障害』を張っている。
 敵軍トループス兵と指揮官級アヴァタールとの連絡も妨害されていた。現場の隊長が倒れ、精鋭も不在。浮足立つオークたちに、怪電波まで流す。
 『立てよ! 我が精鋭達よ!!』は、琴音の演説が流れて、敵の精神を蝕み、戦意を挫くのだ。
「……は既に形骸であり……中略……最早、軍団に躊躇いの吐息を漏らす者はおらぬ!」
「難しくて、よくわからねえけど、俺たちピンチってことか?」
 伝令の用意に失敗した個体が、琴音にたずねてきた。
「よくできました! あなた達、大ピンチです!!」
 悪の秘密組織の女幹部に言い含められ、オークファランクス兵は引き気味になった。丸盾をかざして固まり、頼人が使ったような岩塊の溝に入り込もうとしている。
 臆病から、はからずも防御陣形のような並びになったが、ハーリスは落ち着いていた。
「統率は乱されたままです。次は遮蔽物を粉砕するとしましょう。……大地の神ゲブよ、お力添えを」
 『ゲブへの請願』をはじめる。
「地形を崩してしまう事になりますが、人の命には代えられません。この地で苦しみながらも生きようとする人々を守るために力をお貸しください」
 周囲の岩と土から神の巨腕が作り出される。オークの隠れた岩塊を、掴んでめくりあげた。
 バラバラと落下する土くれが、トゲ付きの丸盾の表面を叩く。
 いまさら、縮み上がるのか。
 傾いた家屋には一般人たちが引きこもっていた。最初は閉ざされていた粗末な扉が、ハーリスの脳裏に浮かぶ。
「周囲の岩もろとも蹂躙させて頂きます」
 中央、そして右翼は掃討される。
 哨戒任務で見立てたとおり、羽飾りの特別色は、兵の練度を表していた。
 それにしても、左翼は温度差がある。
 『傾城傾国の魔艶(ファムファタール)』を演じるテレジアを前にして、魂を屈服されていた。
「アノ女は、おらのもんだァ」
「オデノ、ダァ!」
 亜人の欲望を掻き立てる、美しい顔貌。豊かに恵まれた肢体、ただ在るだけで他者を魅了する天授の才。呪詛の如き色香は、姿を見せただけで左翼にいきわたった。
 長槍サリッサを手にヨロヨロ向かってはくるが、間合いが計れていない。
「優れた指揮による号令があれば、精強なる陣形を保ち、弱卒の群れへ堕とされることもなかったでしょうか」
 この問いに答えはない。
 魅了の対象へと、ようやくとどいた不埒な手を躱し、テレジアは破壊の魔力を帯びた魔剣で叩っ斬る。
「やっ……たぁ……」
 最後の一体が、満足そうな顔を岩にこすりつけて倒れた。
 イルとエイレーネが使役していた鳥が、帰ってくる。
 アヴァタール級に不意打ちは利かなそうだ。でっぷりと太ったオークが大剣を抜き、荒れ野に立っている光景をもたらした。

 飛翔する、フレデリカ・アルハザード(軍勢の聖女・g08935)と陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、大地に火柱をみる。
「幾ら燃やそうとも関係ない」
 フレデリカは、冷たい眼差しをむけた。
「その炎、逆手に取らせてもらう。……行きますよ、皆さん!」
 共に戦う者たち、並んで飛ぶ頼人や、パラドクス通信の受信先には、いつもの口調で声をかけた。
「うん。あとはオークの炎剣士を倒すだけ、と言っても決して楽じゃなさそうだしね。見ただけで強さが桁違いだっていうのがわかる。……あ、あれは?」
 砂漠の鳥が、羽ばたきながら上昇してきて、頼人とすれ違い、もっと遠方に去っていった。
 つかの間、いっしょに地形を探査した使役生物だ。
「オークの部隊も崩せた。また強い連携で戦っていこう。カナンの人達を守るために!」
 地上では、鳥を自由にしたエイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)が、アヴァタール級のもとへ到着しようとしている。
「わたし達の後ろにあるのは、支配者を失った手付かずの領土ではございません。人々が懸命に生き、あるべき暮らしを蘇らせようと奮闘する大地です」
 『神護の輝盾』をかざした。
 ファランクスランサーの肌には瞬間的に悪寒がはしった。この装備では分が悪い。
 オークのほうからも突進してくる。質量があるうえに速度がある。向かい風を含んで、武器の炎が大きく膨らむ。
「火炎斬りィ!!」
「くうッ!」
 大剣を真正面から止めるのは諦め、刀身の横腹に叩きつけて、斬撃を受け流す。それでも、抱えた腕に負った衝撃は大きかったのだ。
 盾のおもてに描かれたゴルゴンの生首が、悲鳴をあげたような気さえした。
 魔術耐性のしるしが炎に苦しんでいる。エイレーネは勇気を奮い立たせ、『神護の長槍』で打ちかかっていく。
「二度と亜人どもに侵させはしません!」
「豚面……などと侮れる手合いではないな」
 テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)が加勢にはいった。
 長槍と魔剣、刺しと斬りを交差させながら、亜人の炎剣に対抗する。テレジアも手ごたえを得ていた。
「その嗜好は肉の欲ではなく破壊と殺戮、即ち蹂躙。先の有象無象とは比較にならない、まさしく『蹂躙戦記』に相応しい怪物か」
「では、お前たちが兄さんを……私の配下を負かした相手に相違ないな!」
 アヴァタール級が気持ちを、牙のあいだから覗かせた。
 とはいえ、情めいたものを傾けているのは、あの不埒な手を、テレジアへと伸ばしてきたアイツらにである。
 いったん退いた長槍に代わり、対になったシックルソードで戦列に加わったハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)には、そうした印象が先に立った。
(「亜人達の欲望を見ていると生前の嫌なものを思い出してしまいます。戦う者に対し己の恨みをぶつける真似はしたくありませんが、少々力が入りそうです。存分に叩き潰しましょう」)
 ディアボロスの仲間たちも次々と到着し、オークの指揮官を囲い込んでいく。
「ほうほう……こいつが親玉ですかあ」
 南雲・琴音(サキュバスの思想家・g07872)は、やや遠巻きに敵を捉えた。武器の性能を類推している。
「炎の剣とは、ファンタジーの定番ですが、厄介ですね」
「温度も高そうで、近づきすぎるのは危険か。最後は、真っ向勝負しかないってわけなのね」
 と、イル・シルディン(気ままに我がまま・g05926)。
「それなら覚悟を決めようかしら? 見るからに力自慢そうだし」
 彼女は、相手の腕前をはかった。今度はこちらが数では上なのだから。
 いつしか、魔剣の騎士と炎剣士がつばぜり合いになっている。オークは、押し殺したような声音をつかった。
「私より先に生まれても、所詮はアヴァタール級に達しなかった者。戦闘で最期を迎えたのが、せめてもの救い。……お前たちも燃やし尽くせば、手向けとなろう!」
 熱波がテレジアを炙る。
「貴様が火炎を纏うなら、私が纏うは『破壊』の魔力!」
 怒りを糧に、光の奔流が渦巻く。
(「決闘めいた剣戟は、敵の趣向にも合う筈。私の殺気で引き付けられれば、味方も算段が立てやすくなるでしょう」)
 内には、そんな思惑もあった。
「ぉおおおお!!!」
 魔剣でのかちあげから、『赫怒の鏖殺剣(レイジング・カリバー)』を振り下ろす。
 全力の踏み込みにはならなかったが、オークは一太刀くらって後ろによろめいた。その背側に、琴音はちゃっかり回り込んでいる。
「おやおやぁ? あなたの敵は……ひとりじゃありませんよ?」
 からっぽの手に見せかけて、『魔骸連刃』を生やし、斬りつけた。やはり、テレジアとの勝負に入れ込んでいたらしく、血を噴くほどの傷を許す。
 孤立した指揮官が、大剣を横なぎにしながら振りかえったときには、琴音は飛びすさっていた。
「ていうか、舐めるように見られてるのは、気のせいでしょうかねー?」
 言葉で揺さぶりもかける。
 実際、睨まれていたのだが、ふいにオークの眼光が鈍った。
「……兄さんの言っていたとおりだ。強さに溺れると、見失うものがある。ボクは、ヒシュターに比べれば女も苦手だし」
 なんか、地声は高めで幼い。
「あらら。中身は男の子なの?」
 琴音は、心を動かされたようなそぶり。けど、消沈する敵の背後を狙えと、イルに合図も出している。
「幸い獲物の丈だけは勝りそうだったから……そうでもないわね?」
 鉄製槍の『predator spear』は、身長よりも頭ひとつ越えるくらい。
 比較するものの少ない荒野のただ中、丸っこい体型が持っている片手用武器だ。刃渡りが短く見えていた。アヴァタール級のオークは思いのほか巨漢で、纏う炎もあわせてこの剣は、イルの槍より遠くまで間合いがとれるのではないか。
「もうちょっと、付かず離れずで機をうかがいたいわ」
 敵の動きも変わってきた。直線的だったものが、変幻自在な足さばきをこなしている。曲刀二本でハーリスが斬りかかったものの、押し返されるというよりは、軽くいなされた。
「観念したように思えたのは、戦法を切り替えるためだったのでしょうか。やはり、亜人に殊勝な態度など望めません」
 囲んで一斉に叩くのが難しくなり、ハーリスは空を見上げた。
 フレデリカは詠唱を続けていて、頼人は敵の走力に追従しようと『エクステンドブースター』を噴かせている。
 シックルソードの片方、その柄頭に象られた神の姿をかかげ、ハーリスも飛翔を選ぶ。
「天空の神ホルスよ、お力添えを。炎すら貫く天翔ける翼をお貸しください」
「……集合し軍勢となれ、我が奇跡よ。この星に遍在する大気という風よ。我が媒体でその組成を書き換える事で、我が軍勢となり敵を打ち砕け」
 入れ替わりに、フレデリカの大技『奇跡を成せ我が軍勢・重き力に引かれし大気にて(レギオン・ヘビーアトモスフィア)』が完成した。『亜人のみを焼き尽くし、敵の焔系パラドクスで引火する可燃性ガス』を『炎剣士の周囲一帯に常に発生させる』大気成分操作を行ったのだ。
 情報は、いじられる。環境も、記憶も。
「こんがりと燃やしてあげようか……」
 フレデリカの眼下で、飛来したときに見た火柱が、いくつもあがっていた。アヴァタール級自身が、その中心に含まれている。炎剣を振るうたび、コントロール不能の燃焼に巻き込まれた。
 その空気に、砂が舞い上がって混じり始める。ハーリスと頼人が、戦場の外周を巡るように、飛翔しているからだ。 
「天空の神に奉る」
「僕は……飛び続ける!」
 エフェクトの残留で、いまや飛翔に関わる能力は、4倍にまで伸びていた。
 『ホルスの剣』と『ウラエウスの剣』を改めて両手に構え、ハーリスはオークにむかって急襲した。速度と砂による残像でかく乱し、彼の姿を見定めて振り下ろされた炎剣は空をきる。
「人々の苦難が漸く報われようとしているのです。あなた方の死体を幾重に積み重ねる事になろうとも、守り切ってみせましょう」
 二振りの曲刀からの全力の一撃を叩き込み、ハーリスは上昇に転じた。
 そのうしろで、大気への引火爆発が起こる。
 頼人は、スピード旋回に身体への負荷が大きくなり、歯を食いしばって耐える。その甲斐あって、太ったオークの走りは、また囲い込めるようになった。アームドフォートからの砲撃を、地上にむけて浴びせる。
「『エイリアルスペリオン』!」
 砂塵のなかにも、仕掛けを施す。
 ツールボックスの中身をぶちまけたかのように、金属製の刃物や鋼線が亜人の防具に引っかかり、ついにはその移動を止めさせ、岩場のひとつに転がした。
「わたしも亜人と言えば亜人なのだけれどね」
 イルが、起き上がろうとする炎剣士に話しかける。エルフを亜人デミヒューマン)と呼ぶ文献があることは、新宿島に来てから知った。琴音の言う、『ファンタジーの定番』ってヤツだ。
 アヴァタール級にとって、理解の及ばぬことではあるが。
「貴方達ほど醜い生き方をしたいとは思わないわ」
「なんのことを言っている! 私は試練を越えたのだ。酷い生き方のはずが……!」
 言葉の陽動に引っかかった。イルは、近づいていくふりをして、本来なら届かない間合いのうちから、地へ叩きつけるように鉄槍を振った。
 『predator spear』の穂先の軌跡がカマイタチを作り出し、不可視の刃となって放たれる。
 絶句しているオークの喉元に、『Beast claw(ビーストクロウ)』が刺さった。
アテーナー様、どうかこの手に人々を護る力を!」
 戦端を開いて、かなり疲弊していたエイレーネが、長槍の石突を支えに身体を起こした。
「『奮い立つ正義の一閃(アペルギア・ディケオシニス)』!」
 光刃を穂先に纏わせ、十字を描くように斬撃の2連撃を見舞う。
 最期は声もだせず、トドメを刺された『オークの炎剣士』は、無数の光の粒へと分解し、完全に浄化されて消滅した。
 人間の集落のことも、移住した先も、そしてディアボロスの詳細も、セレウコス側には伝わらないのと同じように。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

tw7.t-walker.jp