大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

シナリオ『取り引きはモスクワで』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『取り引きはモスクワで』のオープニングを公開中です。
吸血ロマノフ王朝を舞台とした、『モスクワ市街地解放作戦』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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全文公開『勇敢なる突撃』

勇敢なる突撃(作者 大丁)

 新宿駅グランドターミナルに新たなパラドクストレインが出現した。時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が、車内で依頼を行っている。
ごきげんよう。当列車は『断頭革命グランダルメ』、ヴォーバン要塞行きですわ」
 断片の王である、人形皇帝ナポレオンは、フランス本土から退去し、スイスを新たな拠点としたらしい。情報を得た攻略旅団では、スイス地域に対して多方面からの偵察作戦が提案された。
 現在、敵の目を引き離す陽動として、スイス国境に近い、玄関口ともいえる拠点への攻撃が行われている。
 その舞台が、ヴォーバン要塞だ。
「正面から攻撃する事で、他の偵察作戦への警戒が薄れ、成功率を高める事になるでしょう」

 担当の区域は、急斜面の上につくられた城壁。
 トループス級自動人形『モラン・ドール』が、城壁内部につくられた砲座から、パラドクスを撃ってくる。
 攻めるディアボロス側が斜面を駆け登ったり、飛翔で飛んだりして接近するあいだは、敵トループスにとってはいいマトだ。なにか、防御しながら近づく手段を講じないと、成功度は下がってしまうだろう、とのことだった。
「しかしながら……」
 ファビエヌは微笑む。
「皆様が人数を揃えられるなら、押し切ってしまえる程度だとも思います。城壁の『モラン・ドール』を撃破すると、指揮をとっていたアヴァタール級淫魔『ムッシュ・ド・パリ』のところへ突入できますから、これは通常どおりに皆様で囲んで撃破なさってください。作戦としては以上となりますので、速やかに撤退くださいませ。城壁ひとつを墜としただけでは、要塞全体の攻略が叶わないことは大陸軍側も理解しています。占領箇所を放棄しても、陽動作戦としての効果は十分ですから」

 出発を見送る案内人は、たおやかに手を振った。
「城壁への急斜面は、走っても歩いても敵からの砲撃を受けますわ。今回に限っては、いっそ単純な突撃こそが、堅牢さを打ち破るイイコトになるかもしれません。お気をつけて」

 現地についてみれば、助言は本当だと感じられた。桜・姫恋(苺姫・g03043)は、屈んだ姿勢でつぶやく。
「要塞ね……また大層なものを」
 上り坂は長く続き、それに適合するよう巧みに建てられているようだ。
「まさに天然の防衛ライン……」
 小柄なマリアラーラ・シルヴァ(コキュバス・g02935)は、むしろ背伸びで地形を覗き見た。ディアボロスたちは、わずかな隆起の陰に身を寄せている。ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、マリアラーラの頭越しに城壁を上へと視線移動する。
「さすが玄関口だけあるね、相手があんな高い所にいるんじゃ攻め辛くて仕方ない」
「近づくのも大変だよね」
 セミロングの銀髪が、ハニエルの鼻先でふわふわと動いて提案をした。
「だからここは陽動の陽動が必要だと思うの」
 くっつきあってる者たちは、わずかな身じろぎで同意を示す。
 真正面から攻めるには攻撃側が不利なのは分かった。指揮官のアヴァタール級はともかく、トループス級の姿も見えないが、城壁の方々にあいた開口部の奥に陣取り、斜面を狙っているに違いない。
 その眼前に、こちらからひとりが姿を現わせば、残りが斜面を登る隙を作れるかもしれない。
「……まぁ、場所取りが全てじゃないからね。そーいうことなら、ハニィちゃんは『光学迷彩』を出しちゃうよ♪」
「陽動の陽動作戦に便乗させてもらって、『光学迷彩』も借りとくわ。お返しに、はい『パラドクス通信』よ。連携を図っていきましょ」
 姫恋は、小さな機器を配る。
 言い出したのはマリアラーラだから、攻撃役も彼女が務めるつもりだろう。せめて、危険な状態に陥った時のために、素早く退ける手立てになる。
 年長者が真面目な顔になったので、ハニエルは小声ながらも明るく言った。
「斜面さえ登っちゃえば、後はいつもの戦いと同じだもんね! 私達はディアボロス、きっと何とかなるなる!」
 姿が、周囲に溶け込んでいく。
 マリアラーラは単身で隆起をよじ登り、高らかに詠唱した。
「インスタント錬金術、『夢魔の黄金郷(エルドラド・エルドロイド)』!」
 錬成されたのは、黄金騎士団。
 輝く鎧たちに、まずは黄金対空防壁を張らせ、小さなサキュバスは前進をはじめた。さっそく、要塞側にも動きがあると気配がしてくる。
(「目を引き付けつつ、フルチャージ黄金螺旋砲シーケンスを開始しちゃうよ」)
 キンキラな光が空気中から集まってくる。
 より派手にそのエネルギー量を見せつけ、斜面に当たれば壁が傾くかもしれないと思わせるほどに。
(「きっと上から見てるベーダは慌てるよね。そう考えちゃったらマリアが一番の攻撃目標になるよね?」)
 初弾が充填できたので、すぐさま水平に発射した。
 もちろん、要塞が崩れてくることはなかったが、ドリルで大地を抉るような光を放ち、城壁の下を抜くようなトンネル工事にも見える。
 陽動は上手くいった。
 城壁開口部から、聖火型大口径砲がにょきにょきと生えてきて、すべてがマリアラーラと騎士団に向けられる。発射されるのは重力波動弾で、なんの前触れもなく、騎士の一体がねじ曲がった姿勢で弾き飛ばされた。黄金螺旋砲の威力もそのぶん落ちる。
 ハニエルたちは、姿を紛れさせながら斜面を登っていった。
 草や木、岩などがあれば、もっと確実に姿を消せたのだろうが、傾斜の表面は平坦になるよう、よく整備されている。隠密に集中しなければ移動できない。
(「陽動の方も心配だからなるべく急ぐけど、焦って見つからないようにしなきゃね」)
 仲間を集中砲撃する要塞を睨みながらもハニエルは、がんばって手足を動かした。少し離れたところを移動していた姫恋は、振り返った拍子に、また一体の黄金騎士が倒れるところを目撃する。
「『マーシレス』……」
 つい、人形歩兵部隊を召喚しかけた。
 減っていく騎士の代わりに手助けできそうだったからだ。
 しかし、ここでパラドクスを使ってしまえば、反撃も受けるし、迷彩の効果もなくなってしまう。
(「こういう陽動作戦ってやったことないのだけどこれで合ってるのかしらね?」)
 ちょっとだけ負けな感じがしたものの、味方のマリアラーラはよく耐えている。黄金防壁も重力砲に邪魔されたが、ドリル砲撃での穴掘りは続けていた。
(「まぁ、城壁のすぐ麓から不意打ちをかけられれば、モラン・ドールを倒すのはきっと造作もないはず……」)
 そう自分に言い聞かせて、姫恋も上へと急いだ。
 気持ちは通じている。
(「マリアの黄金資産はこんな物じゃないよ? 螺旋砲を構える部隊は後からどんどん錬成してあげるからね。後は本隊の活躍次第だけどきっと上手くいくって信じてるよ」)
 城壁の穴のひとつから、『ラ・ピュセル・ド・グランダルメ』の軍旗が突きだされてきた。
 それとともに、女神の言霊らしきものが響いてくる。
 姫恋かハニエルが発見されたらしい。
 モラン・ドールの言霊は、ディアボロスの連携を断つよう促してくるが、その直前にふたりは通信を交わして突撃に転じた。
「やれることをやって倒すしかない。『マーシレスタクティクス』!」
「見つかっちゃったか。後は姿を晒して思いっきり戦うだけ。『フォトン・ハイドロ・スリケン』!」
 すぐ足元とはいかなくとも、十分に届いた。
 姫恋の人形歩兵部隊は、銃弾と砲弾を打ち上げながら壁を登り、軍旗をひっこぬいてへし折る。内部の自動人形は粒子光線砲も発射してきた。
「光陰矢の如しってことは、投げつける事だってできるのさ!」
 ハニエルは高密度の光子を手のひらに集め、トループス級のいる穴へと投げ入れる。
 爆風のかわりに眩しいハレーションが穴から漏れ出してきて、モラン・ドールの数体を撃破した手応えがあった。
「そんなに派手なパラドクスじゃないけど、私も陽動部隊だって事は忘れてないよ! まぁ、あの黄金騎士団の活躍っぷりならあれだけで本来の陽動の役目も果たしてる気がするけどね!」
 耐える期間が過ぎて、マリアラーラたちは城壁への直撃をはじめていた。
「バレないギリギリまで近づけてたってことかしら」
 姫恋は、口元に手をあてて微笑んだ。
 敵の自動人形は女性型らしいが、よく姿がわからないうちに、当方の人形歩兵による制圧は叶った。城壁を指揮していたアヴァタール級に迫るべく、ディアボロスたちは開口部から侵入する。

「よーし、とりあえず上手く行ったね!」
 石組みの構造物内に、ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)の元気な声が響く。もう、姿を隠してにじり寄る必要もない。
「何を相手にしてたのかはよく分かんなかったけど、とにかく後は指揮官だけ」
 両手に光の力を集めて輝かせる。
 低い天井を照らしながら、奥へと進んだ。城壁といっても、それだけで建物と言えるような、分厚さをもっている。傍らには、マリアラーラ・シルヴァ(コキュバス・g02935)がついていて、彼女の胸元からも光がもれている。
 魂の記憶、そこから一振りの剣を引き抜いた。
「ほら……いたよ!」
 壁の一部が切り欠かれたような部屋。ディアボロスたちが外の斜面を登ってくるあいだ、ここから眺めて指揮をとっていたのだろう。アヴァタール級の淫魔は、大陸軍の上級仕官のような出で立ちだった。
「諸君らの勇敢なる突撃は見させてもらった。表と裏を互いに入れ替えながら、我が配下の猛き砲撃をよく耐えきったな」
 剣を振りかぶりながら、『ムッシュ・ド・パリ』はペラペラと喋りつづける。
「ああ、しかし人類よ。その死を恐れない勇敢さこそが罪。いずれ、多くの同胞を道連れにする呪い……」
 剣先がゆっくりと降りてきて、最後にぐんと伸びた。
 マリアラーラが、ハニエルの前に割り込むようにして刺突を防ぐ。魂剣パラドクス『最古の剣(サイコソード)』が、淫魔の『正義の剣』を受けとめている。
「このベーダ……ポエムでパラドクスの威力を上げてるの!」
「ありがと! 何だか小難しい事言ってるけど、そんな言葉で私達のやる気は……えっ、あれポエムなの!?」
 助けられたお礼と、敵への反抗心。
 そして、剣技とはかけ離れたマリアラーラの警告に、ハニエルの青い瞳はキョロキョロと動いた。そのあいだにも、ムッシュ・ド・パリの口は『小難しい事』を漏らしている。
「うーん、そう言われればそんな気も……」
「斬撃と共に紡がれるポエムには、ポエムと共に斬撃で返さなければならない。そうでなければ『呑まれて』しまう。でもマリアはラリーできるほどポエムに熟してない。だから対抗できるうちにベーダの詩はラブラブポエムだ、って相手の解釈を捻じ曲げるの!」
 刃が数回にわたって撃ち合わされた。
 ちっちゃなサキュバスの頬が、赤く染まっている。息も荒い。
 苦戦を示しているのではなくて、吐息だった。
「ねぇ、貴方。死を恐れない勇敢さこそが人類の美徳。その背中は多くの同胞が追いかける憧れである。貴方のささやきに応え、弱さを露呈しよう。それは恋心。愛のみが世界の救いになる」
「なに?! 愛だと?!」
 淫魔の剣筋が乱れる。マリアラーラは次から次へと諳んじる。
「貴方の詩に恋をし人類は剣を取る。貴方の剣(想い)に剣(愛)を合わせましょう。詩いましょう。剣で。愛しましょう。世界(貴方/人類)を」
 サイコソードは、人類の歴史につながる魂から引き出されている。
 この敵の武器とは案外、相性はいいのかもしれない。
 部屋の入口付近から、攻撃の機会をうかがっていた桜・姫恋(苺姫・g03043)は、困惑しながらも認めた。
「ポエム? ……本来なら詩的なのだろうけど生憎私ポエムとか興味ないしそんなの詠んで威力上げられても困るわ」
「まぁどっちにしても相手のペースに飲まれる訳にはいかないってのには賛成! それに同じポエムなら、私は人間の愛を詠う詩の方を聞いていたいしね」
 ハニエルも、少し退いた位置で、両手の光に集中することにした。
 マリアラーラの頬はますます紅潮し、ムッシュ・ド・パリのことを切なげに見つめる乙女の表情。と、その演技。
 曰く。
 貴方の詩には愛を感じると。
 それはこじれた人類賛歌であると。
 つまり、『両想いだね☆』と。
「否、我の言いたいのは、そういうことじゃなくてですな……」
 淫魔は韻や節までも乱している。
 だが、剣と同様に、まだ振るわれていた。
「世界に、平等な死を。死は世界で唯一すべての命に平等な事象であり……」
「お口チャックできないかしら?」
 姫恋は、いまいる場所から不意打ちを狙った。
 『狂縛法(キョウバクホウ)』は、床の敷石を砕いて放たれた鎖。ムッシュ・ド・パリを縛り付けた。
 喉に巻き付いた一本が、声を出させないように、グイグイと締めあげていく。
「狂わずに耐えれるかしら?」
「ぐむ、……むぐ、ぐ!」
 鎖には捕らえた者に幻覚を見せる魔法も仕込んであり、姫恋は『ポエム』とやらのセンスも乱させる。苦手だからと怯んでもいられないのだ。対象の心に、勇気をもって踏み込む。
「だったら私のする事は一つ、人間を否定するポエムなら、それを否定する!」
 ハニエルも、詩で受け答えはできそうもないから、自分のやり方をとった。『正義の剣』を恐れずに、両手の光をぶつけていく。
「同胞を道連れにする呪い、か」
 そう言った淫魔は、鎖の縛めから脱しようとしていた。
「勇気は確かにそう言うものだって思う。でも誰かが勇気を出せば周りの皆もそれに共感して立ち上がれる、そんな感じ。皆を道連れにして死にに行く、なんて後ろ向きなものじゃないよ!」
 敵の片腕が自由になった。
 振り下ろされる切っ先に、真正面から光球を押しつける。
「私の勇気が死を恐れないだけじゃなく生を繋ぐものだって事を見せてあげなきゃね。両想いの所を邪魔してごめんだけど、やっつけさせてもらうよ!」
 輝きが、ムッシュ・ド・パリの上体を押し返す。新たな鎖が、その腕を再び封じた。
「そうそう、クロノヴェーダディアボロス。両想いなのに悪いけど、貴方はここで終わりよ? こちらは連携しながら戦える。さっさとやられてね?」
 姫恋は、自分の割り込みが本当に邪魔ではなかったかと、確認を求めてマリアラーラの顔を見た。
 首をすくめるような、軽いお辞儀が返ってきて。
「ポエムへたっぴで恥ずかしいからほっぺが赤くなるけど、気にしないでね」
「あら、そうだったの」
「マ、マリアラーラちゃんてば……」
 あれだけの超越世界を展開させておきながら、サキュバスには照れがあったのだった。そっちのほうがよほど脅威だが、敵の口が、心理的にも物理的にも封じられているいま、ディアボロスが攻撃を緩める理由はない。
 ハニエルは光球のエネルギーを、太陽のようになるまで高めた。
「自分の力を信じて……『エンジェリック・サンシャイン』!」
 投げつける技だが、至近でもろとも爆発させる。
 外から見た城壁の一部が吹き飛んで、指揮所室内がむき出しになった。主であった、アヴァタール級淫魔『ムッシュ・ド・パリ』が消滅していくさまも、わずかに見える。
 幾ばくもないうちに、ディアボロスたちは開いた大穴から、斜面側へと飛び降り撤退したのだった。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『海賊船で漕ぎ出そう!』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『海賊船で漕ぎ出そう!』のオープニングを公開中です。
黄金海賊船エルドラードを舞台とした、『東メラネシアの海賊船』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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全文公開『スサ出産研究所を叩け!』

スサ出産研究所を叩け!(作者 大丁)

 赤と青の照明が、暗い室内をぐるぐると回っていた。
 時折、色ごしに人間の女性の顔が浮かぶ。悲鳴をあげている顔が。
 いくら叫んでも、振動のような、警笛のような、不快な音が響きわたり、女性の声はかき消される。
「改造妊婦、第三段階準備手術。完了しました」
 何者かが宣言をすると、不快音はおさまり、照明の回転も止まった。さっきまでの苦痛が去ったのか、女性はぐったりとなって、鼻筋のシルエットだけをみせている。別の太い声が、部屋の一段高くなった奥から聞こえてきた。
「よろしい。諸君、我々の研究所が、イスカンダルに大きな貢献をもたらす日は近い。ワッハッハー!」
 銅鑼をがなり立てるような笑いだ。
「実験体を部屋に戻せ! ワッハッハッハッハー!」
「了解!」
 長衣をまとった亜人らしき影が数体、女性を担ぎ上げて部屋から出て行ったようだ。太い声の主は、しばらく笑っていたが、小さな声で訊ねた。
「ハッハッハ……。女はもう、牢へ?」
「はい。楊懐様。きっと、恐怖に凍り付いて、逃げる気など起こしませんでしょう」
 宣言をした者の仕草で、部屋全体に白い照明がついた。中央にある丸テーブルが目立つ。おそらく、さっきまで女性が寝かせられていた手術台だ。壇上にいたのは、六本腕の蟲将であり、長衣の亜人『オーガコンスル』にむかって首を鳴らしてみせた。
「やれやれ。悪そうなことを、悪そうにふるまうのは、かえって骨が折れる」
「お手数をおかけします。蹂躙を含まない態度では、配下どもも納得しませんゆえ」
 亜人が下げる頭に、蟲将は囁きかける。
「わかってるよ。大戦乱の結果ならば、どれだけ民が苦しもうと平気なのだがね。せめて、小規模でいいから、戦術を活かすような戦いがないかなあ」

 新宿駅グランドターミナルには、イスカンダルのスサ行きのパラドクストレインが出現していた。
 ぬいぐるみの手伝いのもと、時先案内人は資料を抱えて列車に乗り込む。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)です。スサで行われていた非道な合同結婚式による亜人の増加は、ディアボロスの活躍で阻止する事が出来ましたわ」
 その事件の一つも担当していた。
「加えて、攻略旅団の調査により、女性たちが改造手術を受けていた施設を特定できましたの。施設は、出産研究所と呼ばれているようで、スサ周辺に小規模の研究施設が点在しており、現在も、捕らえた女性を使った実験などが続けられているようです。皆様には、この施設に向かい、囚われた女性を救出した上で、二度とおぞましい実験ができないよう、施設を破壊していただきたいのです」
 事前調査が上手くいったのだろう。
 向かう先の位置や内部構造も、詳しく予知できていた。
「施設内には、重要な機密データも収められているようです。このデータは法正が施したと思われる『プロテクト』が掛かっているようですが、可能ならば、プロテクトを解除して、暗号化された機密データの奪取を行ってくださいませ。持ち帰った機密データを新宿島で解析することが出来れば、研究所を統括する敵拠点の位置や法正の所在、改造された女性の治療データなど、重要な情報を得ることが出来るかもしれませんわ」
 ファビエヌは、期待のこもった目で、依頼参加者たちを見回す。

 今回の依頼では、牢に捕らわれた女性たちを保護し、施設の完全破壊のあとで一緒に脱出することになる。
 研究所内には、手術を担当している『オーガコンスル』がいるが、全滅までさせなくとも、そこそこ戦闘を行なえばよく、設備の破壊を優先していいとのことだった。
 見取り図を差し示しながら、案内は続く。
「牢の場所はこちら、さほど厳重ではありません。扉の鍵を壊す程度で十分です。誘う説得などにも手間はかかりません。女性たちを連れて、手術室を目指してください」
 手術台の頭側に端末的なものがあり、機密データが収められている。
「プロテクトですが、3×3のマス目をもった盤になっており、横においてある『象』の人形を正しい位置に置く、という謎かけです」
 資料によると、『王』と『兵』の人形もあった。
 マスの上段中央に『王』が置かれ、それと向かい合わせになるように下段中央に『兵』が置かれている。空いているのは、上段と下段の左右と、中段の左右と中央。『象』を置けるのは、この7か所である。
 二回間違えるか、プロテクトを解除せずに、機密データを持ち帰ろうとすると、データが自動的に破壊されてしまうらしい。
「おそらく、亜人たちに内容を確認されない為のものだと思いますので、ディアボロスである皆様ならば、解除できるのではないでしょうか」
 予知によれば、一回目の回答で、もっと枠しいルールのようなものが判るはずだという。もちろん、一回で正解に至れれば十分だ。
「順調にデータを得られたならば、手術室にアヴァタール級蟲将『白水軍督・楊懐』が入ってきます。皆様の動きをよく観察して千変槍を繰り出し、的確に毒刺を行ってきます。それらの攻撃に気をつけ、楊懐を撃破してください。責任者の死亡によって、研究所は自爆装置が作動します。あとはただ脱出するだけですわ」

 列車を見送るために、ファビエヌはプラットホームに降りた。
 戸口から、付け加える。
イスカンダルの地を借りながら、法正の行為はまさに悪逆非道です。従う蟲将のなかには、良しとしない者もいるようですが、どうか白水軍督の撃破は確実に。結局のところ、彼も法正と同じことをしているのですから」

 スサ出産研究所内では、悪の準備が進められている。
 人がすっかり入る大きさのガラス円柱に、大量の蟲が入れられ、緑の液体が煮だされていた。
 オーガコンスルたちは、容器のまわりを忙しそうに動きまわる。
 円柱は、二列に並んで奥まで続く。
 あたかも、古代の神殿のごとく。

 攻撃目標の研究所は、岩山をくりぬいた内部に収められていた。
「やあやあ。随分悪どくやっているようだ」
 リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、秘密の出入口を眺めて言う。
「これはまた気分がよくねー感じねぇ……」
 見張りを数えながら、冰室・冷桜(ヒートビート・g00730)。
「「ま……」」
 言葉がかぶって、ふたりは顔を見合わせた。冷桜が、お先にどうぞと手を差し出し、リンはかるく咳払い。
「ま、これだけ悪どくやっているならば、壊してしまっても一向に構わんだろう?」
「ええ、ええ。私たちはやることやるだけです」
 ディアボロスにとって、クロノヴェーダに手心を加えてやる必要などない。
 また先を譲られ、リンは確認したとおりの経路で忍び足。出入り口に近づいていく。冷桜もカモフラージュの布をかぶって続いた。
「とりま、警備が厳重でないってのは助かりますわね。とはいえ、警戒しないで行ってバレたら笑い話にもならんので慎重にーっと」
 施設全体を隠しているため、いかにもな見張りをつかうと目立ってしまう。
 研究所がわには、そうした都合があるようだ。少し待てば、亜人をやりすごして、内部に侵入できた。もちろん、ずっと見つからずにはおれないだろうと、リンにも心づもりがある。
亜人だからね。誘惑に引っ掛かりそうなマヌケであるならば、色仕掛けも考慮しよう。……何かこう、色欲というか繁殖欲みたいなもののイメージではあるが」
 しかし、この予測も、肩透かしになった。
 働いている『オーガコンスル』は、角の生えた赤ら顔にもかかわらず研究者然としていて、トループスどうしのやり取りも冷静で理知的だ。抱えた巻物状の書物を見たり返したりして、通路を移動しながらも議論を交わしている。
 侵入者がいるなどと、まったく想定していない。
 リンたちは順調に、第一目標を目指せた。そのかわり、トループスを捕縛や篭絡などしても、情報を得られるような隙はなさそうだ。
 牢のあるエリアに入ると、また様子が変わった。
 下働きのウェアキャットがいる。どうやら、牢番の代わりらしく、実験体にされている女性たちがいるのも、牢というより普通の居住区だった。
「人間で話が通じるのなら話をしてもいいだろうが……話が通じるような良心的な人間をそもそも牢番にはしないかな?」
 リンの問いかけに、冷桜も頷いた。
 そして、亜人の下働きでも、クロノヴェーダではないから、『モブオーラ』だけで十分にやりすごせている。見取り図のとおりに目標の部屋の前までくると、リンは扉の格子から、捕まっている女性たちの様子をみた。
 触覚や外皮など、部分的にインセクティアモドキへの兆候がある。
 皆がうなだれているが、動く体力は残っているようだった。ディアボロスたちは段取りを確認しあい、女性たちには冷桜が声をかけた。
「はぁい、脱走のお時間よ。詳しいことを話してる時間はないんで、こっから逃げ出したいんなら私を信用して付いてきて下さいな」
 召喚したメーラーデーモン『だいふく』に、なるべく静かに電磁槍を使わせ、鍵を破壊する。
 牢から出てきた順番に、羽織るための布と、飲み水のはいった容器を、『アイテムポケット』から配った。
「ここからが本番。慌てず騒がずに逃走劇と洒落こみましょうか」
「よしよし。先頭は、またまた私だね」
 リンはロングコートの前を合わせて、色仕掛け用の衣装を女性たちの視線から隠す。彼女らを、冷桜と『だいふく』に護らせ、研究ブロックへと一行を進ませた。
 手術室はその奥だ。

 丸い手術台のかたわらへと、リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は一足先に向き合う。
 ここも事前情報どおり、機密データの端末があった。
「まぁさっと当たって砕けよう。頭脳労働が得意な人に後を任せるさ」
 3×3のマス目をもった操作盤に『王』と『兵』の人形が配置され、盤外には『象』だ。
「これ……チャトランガかな?」
 人形が駒だとするなら、その種類はインドのボードゲームに似る。
「んー。移動範囲的に移動先に割り込ませるのは無理がありそうな気がするが……」
 蹂躙戦記イスカンダルにあたる時代ですでに存在し、将棋やチェスのもとになったとも言われるものの、古代のルールには失われた部分や不明点も多い。
「とりあえず王の左に象を置いて見ようか。初期位置だし」
 リンは盤外の人形を手に取った。
 それを上段の左に。
「こうだ。アレだったとしても何かわかることはあるはずさ。少なくとも確率は1/6になるしね」
 プロテクトは機械仕掛けや電子部品ではなく、魔法的なものだった。ディヴィジョンの排斥力を考えれば当然だろう。
 まず、『王』と同じ向きにおいた『象』が、くるりと向きを変えて上辺側を向いた。つまり、『兵』と同じ陣営ということだ。
「おー……」
 眺めているうちに、王が象の位置に移動し、象が弾かれる。ふたたび、盤上の人形はふたつだけになったあと、魔法的なノイズのようなものが入って、配置は元通りとなった。
 象の人形も戻ってくる。
 どうやら、一回目は不正解だったようだ。
「ふむふむ、ひらめいたよ」
 ディアボロスの翻訳能力なのか、リンには今の動作で謎解きのルールが判る。
 『王』は、将棋の後手王将。動きも同じ。
 『兵』は、先手の『歩』だ。チャトランガとちがって、将棋の歩のとおりに、上方に向かって1マス動ける。
 『象』は、『金』に読み替えられる。先手として、この金を配置し、後手王将が次の手番で何をしてもとられてしまうようにすればよい。
チャトランガの駒を使ってるけど、将棋の一手詰めだよね」
 むしろ、ルールに気がつくゲームだ。

 リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、手術台のかげから顔をあげ、研究ブロックと指令室につながる扉のそれぞれを見た。
 アヴァタール級の来る気配はないが、味方も追いついてこない。
「まぁ、さっと行こうか……」
 謎解きの仕組みが判り、その流れで答えにも近づいた。
「なるほど? つまりこうなるわけだ」
 もう一度、操作盤に向き合い、『象』の人形を手に取る。
「諸説ある範囲内の解釈と考えておこう。……ふっ、まるで私が頭脳派のようだね」
 ヒントを得るための玉砕役、と思っていたのでちょっと気恥ずかしい。コートの下のチューブトップは、きちんと下ろしてあるけれども。3×3マスのうち中段の中央。ちょうど、『王』と『兵』のあいだに、上方を向くかたちで『象』を置く。
「でまぁ、こうなるわけだ」
 またもや魔法的な挙動がおこり、盤面が鈍く輝く。
 一回目は正解しなかったが、人形がチャトランガの駒だと気が付けたのは、やはり大きかった。駒の姿が徐々に消え、代わって怪しげな文字の彫られた石板が現れる。
「王は進まないと死ぬので進むしか無いが、進んでも死ぬ。後ろがないならそうなる。……まぁ、普通の王様が前に出る段階で怪異に片足突っ込んでいない限り玉砕必死だろうけど」
 薄く透けていく駒を眺めながら、指で解法をなぞった。
 発光がおさまると、石板は台から取り外せて、持ちだせるようになる。
「……たまに史実では無双するのもいるが」
 この出産研究所の管理者は、『白水軍督・楊懐』の蟲将だ。戦術を駆使し、なおかつ自身も戦いたがる性格のようだから、プロテクトを仕掛けた『法正』は、彼にちなんで盤ゲームにしたのかもしれない。
 まだ姿を現さないアヴァタール級のことを思いつつ、リンは石板を抱えた。
「ま、隠密行動もここまでだね。研究所もぶっこわしにかかろう」

「さて……」
 応援に駆け付けた、逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)は、モーラット・コミュの『モ助』に語りかける。
「女性の救助と謎解きの方は大丈夫そうかな。俺たちは施設の破壊へと向かおうか」
 研究ブロックまで侵入すると、情報どおりに蟲入りの円柱が立ち並んでいた。周囲には、長衣の裾を引きずりながら、トループス級亜人『オーガコンスル』が行き来している。
 オルカと『モ助』は、適当な機材の陰に隠れて様子を伺う。
 どうやらオーガたちの働きは、円柱の操作などの作業ではなく、もっぱら議論にあるらしい。数体が寄り集まるとなにやら話し込み、円柱を見上げてはめいめいに意見を言う。集まりはすぐに解散し、また別の集まりをつくっては口を動かしていた。頭から湯気が出そうな勢いで。
 見ているうちにふつふつと感情が湧き上がってくる。嫌悪よりも先立つのは、怒り。
 亜人の議論は、むしろレクリエーションだ。楽しみのさきで造られた蟲に、毒されてゆく身体が、思考が、不憫でならない。オルカは、あらゆる負の感情を怒りへと昇華させ力に変えてゆく。
 頭の芯は冷静に。けれども敵を許さぬ熱い思いを胸に。
 誰かの為ではなく、自分自身の為に、戦いの引き金を引くと決意した。
「二度とこんな実験を出来ないようにしてやろう……!」
 漏れる言葉に、モ助も頷く。
 『神を貫く氷の弾丸(フロスト・インパクト)』で、データ粒子化していた『ガジェットライフル』を具現化する。狙いは、しゃべる亜人ではなく、蟲入り円柱。後で自爆すると知っていても、壊せるものは壊しておきたい。
 見える範囲の円柱上方へと次々に、弾丸を打ち込んだ。
 不意打ちは成功だったのだろう。
 コンスルたちは最初、ガラス片が降ってきたのを設備の異常と勘違いし、この期に及んで仮説や予測をわめきあっていた。ますます、溜まる熱気。
「頭が熱いなら冷やしてやろう。――凍りつけ!」
 特殊ガジェット弾が冷気ビームとなる。
 柱の下部に狙いを移し、亜人の研究者を破壊に巻き込んだ。
「お。始まってますな」
 手術室からいったん戻ってきたリン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、倒れた円柱からこぼれる緑の液体を、ひょいと片足あげて避ける。
 眼前に、長衣の背中がいくつもあり、その頭部から熱線を放っているのが判った。
 頭の使い過ぎにより溜まった熱を、武器に利用している。オーガコンスルの『知恵熱』攻撃だ。
「……頭脳派に見せかけてえらい近距離パワーっぷりだなあ」
 熱線を使っているのに狙う相手、オルカたちディアボロスへとグイグイ迫っていた。
「私でもそこまではいかんよ。見た目だけは哲学者っぽいのにねぇ……」
 仲間が施設破壊を優先していることも判ったので、リンは敵の後ろから陽動をしかける。コートの前をあけると、チューブトップをちょっとだけズラした。
 亜人亜人だ。自慢の肢体で誘惑できると期待。
 研究ブロックのよどんだ大気から、『大体全部機雷になる(ワールドイズマイン)』で爆弾をつくる。自分の横の円柱をふっとばした。『オーガコンスル』は振り返り、リンのほうへも迫ってくる。
「まぁ正直、組み合いはしたくないので、頑張って逃げようじゃないか」
 機材を盾にして、あちらこちらへと動き回る。
 熱線も追ってくるけれど、熱源たる知恵の使用が必要なのか、コンスルたちはリンを捕まえようとしながらも、一生懸命に話をしていた。ときどき、柱の陰から顔を出して誘導するリンには、亜人の会話の内容は聞き取れない。だが、なにやらもっと期待させられる。
「ああ、非力な私では何をされるかわかったものではない。趣味趣向的にはまぁ、構わんのだけれど、一応ね……」
 リンまで、妙なことを口走り始めた。
「……まぁしかし、組まれると本当に不利だからなぁ。ナイフくらいはあるし、刺したナイフを爆破したりは出来るけどね。ここで積極的に首絞めプレイとかSMプレイに興じているわけにもいかないからなぁ……。あちらのモノに興味はあるけど」
 ゆったりした長衣を押し上げるモノ、はリンの位置からでは確認できなかった。
 それはそうと、仲間たちを攻撃していた亜人を、すっかり引き付けることに成功している。残った敵にオルカは、ガジェットライフルを連射した。
亜人も蟲も、軽んじる事はない。その強さと繁殖力は身に染みて知っている」
 知恵熱を凍らせ、円柱も壊す。出来る限り徹底的に。
「だから、こそ。あんた達は、許せないんだよ」
 砕けたガラスと、冷気に固まる緑の液体。なかに閉じ込められる蟲。
 逃げ回ったリンの周囲も、あらかた破壊されていた。爆弾を撒いたり投げたりしていたから。
「爆発に爆発を混ぜてしまっても構わんのだろう? 木を隠すなら森の中というしね」
 最後に、遠隔爆破で数体の亜人を吹き飛ばした。
 研究ブロックの入り口側にかくまわれていた女性たちと、施設破壊のオルカたち。そして、脱出口のある手術室側に立つリンが一直線に結ばれる。味方だけ残して、邪魔なものを奇麗に爆破したかっこうだ。
「逃げ道にも爆発物置いていくから! 先に進んで!」
 手招きして、皆を通す。
 おそらく、アヴァタール級と鉢合わせになるだろう。撃破せねばならない相手なので、それもちょうどいい。

 援軍も駆け付けた。
「情報の奪取も、女性たちの保護もうまくいったか。道を切り拓く役は私が担おう」
 黒龍偃月刀をたずさえ、夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は、リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)の前を通りすぎる。
「うんうん、私のぶんを取っておかなくてもいいからね」
「心得た!」
 無双武人は赤い闘気から、分身のように狼の群れを出現させ、連れ立っていく。『神護の長槍』と『神護の輝盾』を手にエイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も続く。
「残すは蟲将のみのようですね。速やかに戦況を先に進めるため、微力ながら助太刀いたします」
「ありがと。アヴァタール級の武器も槍だっけ? がんばってよ」
 声をかけながら、リンも爆薬のセットを終えた。
 ちょうどそこへ、逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)が、女性たちを連れて研究所エリアを渡ってくる。
「敵も騒ぎに気づいている。『モ助』、最後は堂々と正面突破するよ」
 モーラット・コミュと意思を通じ合わせる。
「確実に仕留めよう」
 オルカは、出発前の忠告を繰り返し、リンがそれに頷く。彼女にも思うところがあったようだ。そして、女性たちの護衛も引き継いだ。
 手術室内では、方々から火花が散っている。
 研究設備を破壊した影響だろう。錬晏とエイレーネが円形の手術台のそばまで来ると、奥まった壇上にアヴァタール級蟲将が姿を現した。『白水軍督・楊懐』である。
 間髪入れず、錬晏は壇を乗り越え、偃月刀を『楊懐』に叩きつけた。
「ぬう、何者だ?」
「貴様は逃がさん!」
 虫の外皮を刃で押さえたまま、その場で体を入れ替え、クロノヴェーダを床へと突き落とす。錬晏が背にした壁にはアーチ状の構造があり、その先が指示された脱出口となっていた。救出した女性たちのため、まずは確保したのだ。
 斬られた箇所を、腹に近い腕で押さえると、蟲将は残りの2腕で槍を構える。
「人間の……武人のようだが」
 紫の複眼が、襲撃者をよく見ている。錬晏は取り合わず、闘気の狼に包囲を命じた。
 『悍狼縦横(カンロウジュウオウ)』、本物の狼の狩りのように、縦横無尽に駆け回り、多方面から牙を突き立てる。
「くッ……! そっちは、ウェアキャットじゃないか」
「『勇敢なる不退の志(サラレア・スターシー)』!」
 エイレーネは、急激な加速でもって突撃を行う。槍の穂先は、抉りぬくように深く突きこまれた。アヴァタール級に、地形に潜む時間を許さない。
「状況が見えてきた。法正様から預かった研究所を襲うなどと、ディアボロス以外には考えられん」
 刺し傷を、また別の手で押さえながらも、この敵は冷静になっていく。
 手術室には、オルカたち仲間が次々と入ってくる。その中には、リンに護られた、改造途中の一般人女性も含まれる。
 傷を負っているとはいえ、蟲将の姿を見た者の中からは、かぶりをふって悲鳴を上げる者がいる。
 オルカは、あえて明確に言葉にする。
「……あんたが陽懐だな。もう人々の命を弄ぶ事が出来ないよう、ここで倒させてもらう!」
 女性たちの希望となるかはわからないが、あとは有言実行するだけだ。
「いかにも、俺がこの施設の支配者さ」
 白水軍督の声色には、どこか軽さがあった。ドラのような笑い声を聞かされていた女性たちは、怖れながらも疑問を感じている。
「俺を相手に、奇襲や暗殺などと、ウキウキしてくるねぇ。ちょうど、戦いたくて仕方がなかったんだよ」
 楊懐の『白水千変槍』、変幻自在の槍が怒涛の如く振るわれる。
「オルカ殿、エイレーネ殿!」
 錬晏は、味方と呼吸を合わせ、狼たちとも一斉に動いて、この策士の視線を撹乱しようと努める。槍には偃月刀で打ち合った。それでも、刺突を防ぎきれない。
「リン殿、『フライトドローン』を使わせてもらう」
 浮遊機械のひとつをぶつけて身代わりにする。
「もちろん、構わないよ。むしろ、私もマネしよう。まぁ他の人も居るなら全周囲に気は張れまいよ」
 ひとりのアヴァタール級に、打ちかかるディアボロスたちだが、リンはそこには加わらず、危険がないよう女性たちを庇って、手術台のへりを右へ左へと移動している。
 オルカが防御ガジェットによる水の壁を張ってくれて、さらにはエイレーネが前衛に突出する。
「法正に支配され、愚かな亜人に手を焼く境遇には同情します。ですが……」
 盾で、敵の一撃を弾いた。
 頭の上でピンと立った耳が、軋む槍の柄の僅かな音を感じ取ったのだった。
「ほう、俺の『白水璧守』を見破ったのか、ウェアキャット」
「結局のところ、あなたも人の死を喰らう蟲なのです。決して許しはしません!」
 金のオーラが、エイレーネを包む。
 一度刺した穂先をもう一度、蟲将の身体に突き通した。痛打を与えたものの、神経をすり減らされたように消耗も激しい。
 ただ、物理的に槍や刀をぶつけ合う戦いではないと、逃げ回りながらもリンの観察は捉えている。
「いやあ。短剣で槍とやり合うとか御免被りたいね」
 片手の得物をチラと見る。
「戦闘狂ではあるが、まともそう? 誘惑は効かないか。……おっと、左、左! もっと寄って!」
「は、はい!」
 号令に反応する女性たちの手際が良くなってきた。
 白水軍督は戦うばかりで、一般人たちを襲ってはこない。それは、クロノヴェーダがよくみせる態度ではあるが、計略に奇策を重ねて槍を放ってくるために、リンも逃げ足を止めてはいられないのだ。
「下の槍じゃなくて手に持った槍との差し合い等御免だしね。下の槍での差し合いを挑んでくるなら、それはそれで見上げた侠気だが。受けて立ってもいいくらい」
「そ、そうなんですか?」
 止まらない言説に応じられるほど、女性たちの気力は回復していた。
「怖い声を聞かされて……、わたしたちは直接の乱暴は受けていません」
「まぁ、無いと思うけどね。せっせと不意打ちして殺そう。さっき、いいのを教えてもらった」
 股の間から、真っ赤な機械が生成される。『スーサイド・ホッパー』は、バイク型の装備だ。『秘密の贈り物(シークレット・プレゼント)』で爆弾を添えると、錬晏がドローンでやったように、蟲将の刺突にぶつけてみる。
「ぐわぁ、俺が不意打ちを?!」
 爆炎が周囲の火花を誘発しないか、ちょっとヒヤッとする感じだったが。
「どーんとやれたな。いやあ、こう言ってはあれだが、自分の思想信条に従えていないというのはテロリスト未満なのではなかろうか? まぁ、なんであれ殺すんだけれども」
 すでに女性たちとも仲良くなったので、リンは遠慮なくコートを脱ぎ、爆弾つきのままそれも投げた。
 『白水軍督・楊懐』を、さらなる爆発が襲う。
 オルカは、手術室内が赤く照らされても、女性たちが無事でいるのを確認した。
「記憶喪失の俺も、自分に子や妻がいた事は思い出している。だからこそ怒りが燃える。生命への愚弄を、許すわけにはいかない。例え敵も望まなかった蛮行であったとしてもだ!」
 『衝撃(レクゥィエスカト・イン・パーケ)』の魔術を展開する。
「その身を持って罪を知れ!」
「うう……。ディアボロスは本気で俺を殺しに来ている。余興では済まなくなってきた」
 状況の分析をするのはいいが、判りすぎるのも問題だ。
 楊懐の槍は、明らかに勢いが落ちていた。オルカは、呼び出した水のシャチでその弱り目の敵を穿つ。
 全力で魔力を込め、最大火力をぶつけて。
「水よ、怒りを得て怪物と化せ。毒なる蟲を噛み砕き冥界(オルキヌス)へと誘(いざな)おう。……駆け抜けろ!」
「これというのも、法正の奴が……ぐ、ぐあああ!」
 蟲の身体が噛み砕かれ、固い殻の潰れる嫌な音がした。
 アヴァタール級蟲将、策士とうたわれた白水軍督・楊懐は沈黙する。
「片が付いたな。……さ、早く移動を」
 錬晏は、また壇上に登ると、アーチの扉をこじ開けた。逃げ遅れがないよう、今度は自分が殿になるという。オルカとリンは手を貸して、女性たちを脱出させた。
 ディアボロスたち全員が施設の外に出て走り、しばらくすると岩山ごと、出産研究所は吹き飛んでしまった。
「これまでの戦いで、法正の足取りを掴む材料は揃ったことでしょう」
 エイレーネが振り返る。
「大灯台の防衛戦力に真っ向から飛び込むことなく、暗殺できる機会があるかもしれません。……暴虐なる行いを終わらせる瞬間のため、備えましょう」
「うんうん。そっちもバッチリ」
 リンは機密データの刻まれた石板を取りだし、仲間に笑ってみせるのだった。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『魔女が這ってくる』

魔女が這ってくる(作者 大丁)

 自動人形が村に戻ってくることはない。
 住民たちは薄々、感づいていたのだが、誰もそれを口にしなかった。不安を払拭したくて、大陸軍の庇護のもとで生活できているのだと、ことさら強調した。
 だから、キマイラウィッチが襲撃してきても、祈るばかりで村にとどまったのだ。
 蛇と魔女の合成体が、各家屋に浸入し、住民を傷つける。
 軍勢には蛇そのものも含まれている。
 いやらしいのは、噛まれただけでは即死しないのだ。じわじわと呪詛が体内をまわり、人々は長く苦しめられる。
 死の直前まで染み出す、恨み、憎しみ。
 祈りに応えてもらえない、絶望。
 のたうつ者たちのあいだを這う蛇は、それら復讐心をすすり、イベリア半島に増えていく。
 これはまだ、回避可能な予知である。

 新宿駅に到着した列車で、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)はさっそく時先案内を行っていた。
「攻略旅団の提案により、断頭革命グランダルメに増援として現れるキマイラウィッチの動きを察知することが出来ましたわ」
 すでに類似の事件が複数起きている。
 助手役のぬいぐるみが、それら報告のまとめを掲出した。
「今回の事件でも、ディヴィジョン境界の霧を越えて火刑戦旗ラ・ピュセルから断頭革命グランダルメに移動してきたキマイラウィッチは、イベリア半島に向かって移動しているようです。この道すがらに村があれば、その村を襲って虐殺行為も行います。皆様には、このキマイラウィッチの凶行を止めて、増援を阻止するためにも確実に敵を撃破していただきたいのですわ」

 現場は、自動人形を信じる村だ。パラドクストレインは襲撃の直前に到着できる。
「一般人には、戦闘のあいだだけ村から離れていただければ被害は防げます。ですが、ただ避難を勧めただけですと、自動人形が助けにくるからと言われてしまいます。キマイラウィッチの襲撃は信じてくれるものの、村長の家に立てこもり、動いてくれません。なにか、説得の言葉か、工夫が必要になりますわ」
 そう説明するファビエヌの視線には、依頼参加者たちへの信頼が含まれていた。
 ぬいぐるみを操って、敵のデータを見せる。
「トループス級は『グリーディラミア』で、アヴァタール級が『スネークウィッチ』です。どちらも、女性型のからだに、下半身が蛇と合成された姿です。魔女服を着ているアヴァタール級は、呪詛で出来た蛇を生み出してけしかける『スネークカース』を得意としますわ。ほかに、呪詛そのものをバラ撒く攻撃や、複数生えている尾での打ち据えですね」
 とんがり帽子をかぶった敵の画像を示す。
 次に、その逆。
「魔女服も着ていないほうが、トループス級ですわ。髪と腕も蛇で、それを使った攻撃をしてきますが、噛むというより刃を飛ばしてくるようです。刃は、かすっただけでも呪詛に侵されますからご注意ください」
 予知に見えた住民は、これら呪詛に被害を受けていた。
「避難がうまく完了すれば、これらの敵は別々にやってきますから、順番に戦って撃破してくださいませ」

 ファビエヌは資料を車内に残し、プラットホームへと降りる。
「今回の事件に、大天使はかかわっていません。なんとも皮肉な話に思えますわ。村人たちは崇拝対象を誤り、それに固執してしまっています。皆様で、イイコトをなさってください」

 時先案内人の願いを受け、ディアボロスたちはイベリアの地に降り立った。
「たゆんの気配を察知して参上したぜ」
 アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)が討伐対象を追うときは、この青い悪魔装甲に顔も身体もすっかり覆われている。兜から漏れる口ぶりは、自身の目的にかこつけて任務に居合わせたかのようだが。
「にしても増援阻止作戦も結構な数こなしてきたな。今回もパパッと済めばいいんだけどよ……」
 言葉も工夫も持ち合わせている。ファビエヌが信頼を寄せるひとりだ。
 仲間たちとともに村に入ると、さっそく『プラチナチケット』を適用した。いま、村人たちにとっての来訪者は、大陸軍の関係者に他ならない。特に名乗らなくとも、アッシュの武装を見た村人は、ひれ伏しそうな勢いで歓迎してくる。
 時間の余裕はないから、強めの口調で村長のところに案内してもらう。
「いいかよく聞いてくれ。今この村に向かって魔女の一団が接近している。たどり着けば奴らは目に付く村人全てを殺して回るだろう」
「な、なんという……。しかし、こうして来てくださったからには」
 驚く村長だったが、むしろ安堵の気配をにじませた。
 魔女とやらは大陸軍が追い払ってくれるのだろう。事が済むまで、村に籠っていればよい。本当に良かった。自動人形様を信じていて、と。
 アッシュは、その反応に気がつき、躊躇せずに真実を告げる。
「あんたらの頼みの綱の大陸軍はこの侵攻について黙認をする事で魔女どもと手を組もうとしている。……この意味がわかるか?」
「……!」
 一度は緩んだ室内の空気が、急速に張りつめた。
 村長のほか、屋敷に集まった大人たちの誰もが黙ったままだ。
「この村は大陸軍の戦力増強のために見捨てられたって事だ。当然大陸軍による助けはない、薄々感じていただろう?」
 確かに厳しい言葉である。
 けれども、村人たちの何人かは頷き、現実を受け入れ始めていた。話を続ける、アッシュ。
「だから俺たちが来た。俺たちが大陸軍の代わりに魔女の一団を撃退してやる。ただ俺たちは少数精鋭でね。あなた方全員を庇いながら戦えるだけの人数がいないんだ。なので一時的に村の外に避難して身を隠していてくれ」
 よろめく村長の肩を、ほかの村人たちが支える。
 説得に応じてくれた彼らが、老人を励ましていた。代わって、中年の男性のひとりが、ディアボロスたちに村を託す、と頭を下げる。
 到着時の浮かれた歓迎とは違い、真の期待にもとづくものだ。
「これで舞台は整った……かな?」
 アッシュたちは戸外に出て、キマイラウィッチがやってくる方角を睨んだ。

「住民の説得を、先にやってくれて助かった」
 ディアボロスたちのところへ、白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)が合流してくる。彼女もイベリア関連で、避難誘導の経験があった。アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は頷きつつも、警戒を強めている。
「俺は、キマイラウィッチ相手の依頼にそこそこ参加してきたが、『グリーディラミア』とやるのは地味に初めてだな」
 視覚支援デバイス『たゆライズ』に、トループスたちの姿がもう捉えられた。
 四肢を持つ者の場合、這ってくるという言葉からは鈍重さがイメージされる。半身が蛇となると、実物の速度はけた違いだ。スルスルと地形の起伏を越え、村の境界を示す柵など簡単にくぐってくる。早苗の言ったとおり、説得がすぐ済んだのは、より良かったかもしれない。
「後はクロノヴェーダを倒すだけ、シンプルなのは悪くないよ」
 早苗は油断なく、『両刀なる山颪』から暗器の針を抜く。
「相手の性質からして、ちょっと煽ってやれば一気にこっちに向かってくるよね」
「ちがいない。……一足遅かったな、たゆんども!」
 下半身蛇の素早い女たちにむかって、アッシュは怒鳴った。
「村人はみんなどっかいっちまったみたいだ。代わりといっちゃあれだが俺たちが相手してやるぜ!」
 双刃ヴァルディールをかざした。
 この村でも、できれば家屋は巻き込みたくない。挑発しつつも位置取りには気をつける。生成された雷を得物に纏わせたら移動しつつ手頃な対象を選んで雷撃を飛ばした。
「ラミアの奴らも精々動き回って、撮れ高を作ってくれよな……!」
 兜の中でつぶやく願望。
 ディアボロスたちは散開し、めいめいでキマイラウィッチを引き付ける。
「守りを固めて見せれば、麻痺呪文を撃ってくるかな?」
 早苗は、あえて後退する。逃げ場がなくなったかのように適当なところで立ち尽くし、身を強ばらせた。その仕草に気がつき、こっちをむいたラミアが全身を蠢かせる。
 『グリーディトランス』の詠唱だ。
「動けなくなったら相手もいい気になるだろうけど……、こっちはそれにカウンターを合わせてみよう。力の残滓、……今は利用させてもらうよ」
 持っていた針を、みずからに刺した。
 かつて、淫魔によって早苗の身体に染みこまされた絵の具。その極彩色が引きだされていく。
 仲間がひきつけたラミアは、骨と化した右腕の蛇や、露出した身体の骨を伸ばして攻撃している。いまのところアッシュには、悪魔装甲の厚い部分でそれらを受けられているようだ。麻痺呪文で静止した早苗に対しては、長大な蛇身で直接締めつけてくる。
「ね、狙い通り。『描かれる玉虫色の獄(エガカレルタマムシイロノヒトヤ)』は……」
 締めつけるたびに身体から溢れる絵の具だ。
 グリーディラミアの体を、色の毒で蝕む。
「キマイラウィッチは憎しみのままに動くクロノヴェーダ、このまま続けていけば自分が先に力尽きると分かっていても、……止められないよね」
 早苗は、我慢比べ。アッシュも、鋭い刺突に耐えていた。装甲を削る骨攻撃の響きが、兜の内側にまで聞こえる。
「まぁ、これも代わりだ。戦闘動画は解析させてもらってる。遠隔攻撃のつもりだろうが、間近で見るのと同じ迫力だぜ!」
 腕を伸ばす動作を連続すれば、自然と上体は横揺れに。
 そして、早苗に下半身を巻きつけていたラミアが、ぐったりとなって土の上に横たわった。
「弱まる締め付けと強まる毒じゃ、結果は語るまでもないよ!」
 トループス級は、徐々にその数を減らしていく。ディアボロスが連携してはなつパラドクス。
「なんの呪詛か知らんがこの程度じゃたゆんスレイヤーを止めることはできないぜ! 『ライトニングテンペスト』!」
 アッシュの双刃から広がる稲妻に、残った手負いのラミアは連鎖感電し、ひといきに全滅させられた。
 息をつく間もなく、陣形を組み直す、仲間たち。
 おそらく、アヴァタール級の這う速度も相当だろうから。
「……ところであの前髪の蛇、何がとは言わないがなかなかの防御力があったな」
 ぽつりと、たゆんスレイヤーのつぶやき。

 蛇の尾をいくつも持つ敵を待ち構え、ディアボロスたちは背中を預け合っている。仲間の独り言が耳にはいり、白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は、アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)のほうへと半身になった。
 青い悪魔装甲は、兜のなかで咳払いする。
「いや、なに。まじめに取り組めば、トループス級なんてこんなもんだ、てな? ……つーことで!」
 籠手に覆われた指で、村の柵のひとつをさす。
「重役出勤ごくろうなこった、『スネークウィッチ』!」
 アッシュが声をかけた先から、黒いとんがり帽子がすべってくる。アヴァタール級の魔女が、雑草のあいだを這っているのだ。
 早苗をはじめ、ディアボロスは戦闘態勢に移る。アッシュも双刃ヴァルディールに、破壊の魔力を流し込んだ。
「配下どもは大したこと無かったが、あんたは如何程かな?」
 魔力刃を形成し、近接戦を仕掛ける。
 敵の得意と案内されていた、蛇をけしかける余裕を与えたくない。
「アヴァタール級相手なんでな、最初から最大打点でゴリ押させてもらうぜ!」
 すべってきた帽子は、双刃の振り抜きに止められた。その下の、不健康そうな女の顔が笑う。
「さては、ディアボロス。我らが増援を邪魔しておるとか? ラミアたちがこの村を通ったはずだが、なるほど」
「蛇には蛇の親玉、といったところかな」
 早苗が、すぐそばに立っている。
 スネークウィッチは、あまりに早く包囲されたことに興味を示した。
「ふむ。さよう。あの者たちとは親交があった。おまえたちに全滅させられたのは本当なのだな。ならば、その恨みはすぐに晴らす」
 両手で抱えた杖には、髑髏がついている。その口が、禍々しいものを吐きだした。
 巻き込まれないように、早苗は顔のまえに手をやって、払うような仕草をする。
「呪いを扱う辺りもやっぱりボスって感じがするね。さっきたっぷり麻痺を食らっちゃったし、もう呪詛は勘弁、かな?」
 『仕返しの呪詛』は、受けた傷を相手に返すという。
「やっぱりキマイラウィッチにはその復讐心を暴発させちゃうのが良い戦い方な気がするよ」
 呪詛は、特に早苗を狙っているようだ。
 ラミアとの戦いで、少なからず傷を負っている者から倒すのが楽と考えたか。あるいは、彼女の挑発のほうが効いたか。
 一見するとピンチだが、それも作戦なのだとアッシュは見抜く。味方が仕掛けている間は刃をひいて、牽制だけにとどめた。案の定、『仕返しの呪詛』が追う相手は、サキュバスミストによってつくられた早苗の幻影に入れ替わっている。
 『契られる毒蜘蛛の夜』に気をとられると、精神を浸蝕されるのはスネークウィッチのほうだ。
「それが私に対するあなたの望み? じゃあ、それに一人で溺れていて」
 死をもたらす瘴気まで吹き荒れ、呪詛と交差する。
 そもそも早苗本人は、アッシュの背中側にいた配置から、一歩も動いていない。敵のそばで話しかけていたのは、すでに幻影だった。アッシュも、本人の居場所に気がついたが、呪詛のすべてを防げているわけではないのも判る。
「俺のつけた傷まであっちに跳ね返ったりしないよな?」
 ちょっと、気になる。
 目配せしたら、心配無用と小刻みに首を振られた。
「傷を跳ね返す呪詛を使うというのなら……、私は傷を負わせず戦うだけ。幻影の私のもがき苦しむ様を笑いながら、痛み無く衰弱して倒れるといいよ……!」
 となれば、アッシュや他のディアボロスとしても、早苗の苦戦に手をこまねいているのは不自然だ。
 スネークウィッチの背後から、一斉に打ちかかった。
「ふむ、ディアボロスども、待っておれ。ラミアの怨みはすべて晴らしてやるゆえ」
 魔女服の裾からのびる、下半身の蛇の尾。
 何本もあるそれを鞭のように扱い、一斉攻撃を払ってくる。アッシュは、この『蛇尾連打』に対し、武器をかざして受け止めた。
「いかにも魔女って格好の割には近接戦に使える魔法はお持ちでないと。ならこのまま最後まで張り付かせてもらうぜ」
 『破壊刃(デストラクションエッジ)』をさらに伸ばす。
 自身に宿る悪魔の力の根源にある破壊の魔力だ。青白い刃となって切れ味を増している。
「精々尻尾連打で全身しっかり動かしながら最後まで足掻いてくれよな!」
 できれば、真正面にまわって一刀両断にしてやりたいところだが、良いアングルにはなかなかなれない。
 このままでは撮れ高が足りない、いや、撃破までもう一押しが必要だと、アッシュは再度、仲間たちに合図を送って陣形を整えさせた。

「まだ倒しきれなかったみたいだね」
 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は、自身と同じ姿の幻影を遠隔操作しながら、仲間の戦うさまを見た。アヴァタール級キマイラウィッチは、呪詛でできた蛇でディアボロスたちを遠ざけている。
 たしか予知の説明で聞いた、村人を苦しめる群れ、『スネークカース』。
 戦いのなかでも、どこかぼんやりとした早苗が、かすかに顔をしかめた。
「……それじゃ、リスク回避と言わずしっかりとトドメを狙わないと良くないかな?」
 幻影の操作をやめる。
 さっきまでと戦い方を一変し、戦場の真ん中へと一気に駆け寄った。
 『スネークウィッチ』は、ふいに消えたサキュバスの姿が、また別のところから現れたので、ツリ目の三白眼をさらに見開いた。
「はて? 似ておるのはトループスのようなものか?」
 驚きはしても、どこか余裕でいるアヴァタール級の態度に構わずに、早苗は最短距離で組み付く。
 アッシュたちは彼女の援護に切り替えた。戦っている蛇を呼び戻されないように立ち回る。これには魔女も気がついて、追加の蛇を生み出そうとしていた。
ディアボロスよ、しつこいな。しかしながら、我が眷属の執拗さも、恨み、憎しみ、不足はないゆえ」
「うそだね……!」
 魔女服のお腹にまで手をまわし、早苗は背後から抱きついた姿勢で相手の耳元に囁く。
「私たちが与えたダメージで、あなたの呪詛の力も下がってる……」
 スネークカースは長期戦なら厄介かもしれない。
 もう一押しと仲間が宣言した以上、この一瞬で決めてしまえば被害は抑えられるはずだ。
「『雌伏する熊の鉤爪(シフクスルクマノカギヅメ)』、憎しみしかないキマイラウィッチには初めから愛なんてものは存在しないよね」
「あ、あぎゃぎゃっ!」
 魔女は悲鳴を上げた。
「最後まで容赦することはないよ」
 早苗は、後ろから抱き着いているだけだ。やがて、アヴァタール級『スネークウィッチ』の身体は、蛇尾のところから『腰砕け』のようになる。
 呪詛の蛇が消滅し、ディアボロスたちは村を護りきれたことに気がついた。
 倒れた、魔女服の背中部分。早苗が接触していたあたりには、びっしりと針が突き立っている。その黒い服も、やがてしぼんで消滅する。
 避難してくれた村長たちを呼び戻しに行きたいところだが、まだ排斥力が強いようだ。
 キマイラウィッチの増援阻止も進んできたので、イベリア半島の次に期待してトレインへと戻る。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『有角公アムドシアスの失敗』

有角公アムドシアスの失敗(作者 大丁)

「目を付けられないように工夫していたのに、ディアボロスが来るの、早すぎない?!」
 ジェネラル級アークデーモン『有角公アムドシアス』は愚痴りながらも、逃げ出す段取りはきちんとこなしていた。
「ミュラ元帥の敗残兵が漂着したせいで、こんな目に……うん、まぁ、キミたちちゃんとついてきてね」
 取り巻きの淫魔には、美青年を揃えており、音楽性でも通ずるものがある。
 再起する場所、次の新天地を目指せばいいのだ。
 まずは、シチリア島からの脱出である。
 向かうは海岸だ。

 新宿駅グランドターミナルに断頭革命グランダルメ、シチリア島行きのパラドクストレインが出現。
 時先案内人は明るい調子で依頼を行う。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)です。皆様の活躍で、アークデーモンによる、『シチリア島の牧場計画』は阻止されることとなりました。わたくしも一肌脱いだ甲斐がございましたわ」
 ぬいぐるみたちが、島の地図を掲出する。
「この牧場計画を進めていた、ジェネラル級アークデーモン『有角公アムドシアス』は、ディアボロスとの決戦を避けて、シチリア島から脱出しようとしているようです。現在は、取り巻きとともに島からの脱出を目指して移動しているので、そこを襲撃していただきます。護衛や精鋭などの配下達は見捨ててますので、周囲には取り巻きのトループス級しかおりません。ジェネラル級といっても、撃破は難しくないかと」

 淫魔としては報告も多い、『欲望のバイオリニスト』の資料が添えられた。
「アムドシアスは、戦闘力の高いジェネラル級ではありませんが、漂着した直後に、シチリア島の支配を確立するなど、一般人を篭絡する手腕は確かなようですわ。撃破できるときに確実に撃破しておかなければ、あとあと厄介な存在になるかもしれません。アムドシアスはディアボロスから逃走しようと、戦闘しながら移動を続けるようなので、海岸地点に先回りして退路を遮断する事も必要になるでしょう」
 海岸までの逃走ルートが地図上に重ねられる。
 ファビエヌは指を一本たてた。
「敵の行動についてもうひとつ。アムドシアスは、ディアボロスから逃げ切る為の時間稼ぎとして、ディアボロスが興味を持つような会話を仕掛けて来るようです。時間稼ぎが目的なので、すぐに嘘だとばれるような話はしない筈ですわ。情報源として有効に活用できればイイですわね」

 発車を見送ろうとプラットホームに降りたファビエヌだったが、二本指をたてて話を付け加えた。
「そうそう、『飛翔』と『対話』についてですけども」
 アムドシアスは海岸に向かって移動し、最終的に海から逃走するつもりだ。ディアボロスの追撃を畏れているので、空を飛んで移動する事は無い。そして、シチリア島には、アムドシアスの逃走を知らない配下も多く残っている。
「皆様も『飛翔』はお控えください。敵退路の遮断を行なった場所に、アムドシアスが逃げ込むように追い込みつつ、戦闘を行ってくださいませ」
 そして最後に。
「アムドシアスとの対話では、彼女が知っているだろう情報で、かつ、彼女の不利益にはならない情報であれば、精度の高い情報を得ることが出来るかと。そのかわり、彼女が知らない情報については、適当に話を盛ってくるので、そのあたりの見極めは重要かもしれませんわ」

 地図を見てきたかぎり、追いつくのはさほど難しいとは思えない。
 そのかわり、シチリア島にはまだ牧場計画のために準備されたクロノヴェーダが残っている。ディアボロスたちは、時先案内人の注意を守り、走ってルートをたどっていた。
「我が故郷の世界を蹂躙してきた重要な一角を討伐できる機会です」
 エアハルト・ヴィオレ(天籟のエヴァンジル・g03594)は念のため、『完全視界』も発動する。
「力を尽くさない理由がどこにありましょうか。信念を持って、挑みましょう」
 海岸にむかって逃げている『有角公アムドシアス』。海上の不意の霧が味方しないとも限らない。
「逃げ足の速さから性格が見えるな」
 パラドクス通信から顔を上げる、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)。
 事態は流動的だ。
 エアハルトの指摘を受け、退路を封じに海へと向かった班と連絡をとった。足場の悪さも予測し、滑らないように靴も選んである。
「このジェネラル級は音楽を司るだけあって、淫魔に似ている気がする。島の人々を弄び、エネルギー牧場化などと、ふざけたことを考えてくれたものだ」
「アムドシアスはエゼキエルの地に居た筈でしたが、グランダルメで暗躍とは随分と遠くに漂着したのですね」
 駆けるエトヴァの横顔に、菅原・小梅(紅姫・g00596)のすずしい顔がスライドしてきた。
「牧場計画も秘密裏に成功していれば結構な脅威になったでしょうが……上手くいかなかったあたり持ってますよね」
「お嬢が、覚えのある敵を追っ掛け回しに行かれると聞いて、奴崎組組長こと奴崎・娑婆蔵、助太刀に参りやしたぜェ~」
 と、話すのは、自転車型の装備『トンカラ号』をこいでいる、奴崎・娑婆蔵(月下の剣鬼・g01933)であった。小梅は、その後ろに、女の子座りで載せてもらっているのだ。
「組長、今回の大将首を挙げたらお小遣いを大幅アップして差し上げますよ?」
「なんと、これまた! 俄然やる気が出て来やしたぜ。大将首狙い。よござんす!」
 童女に財布の紐を握られて久しい組長、なのか。
 おかしな取り合わせだと、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、ニヤリと笑う。
「いいねぇ、お小遣い。あたしも観光したいんでねぇ……けどぉ!」
 高級そうな仕立ての服を着た一団が、眼前にいるのを指差す。
シチリア島と言えば、ステキなミイラでいっぱいなカプチン修道会の墓所! 後でじっくりとまわるから、邪魔者には消えてもらうよぉ」
 またニヤリとし、挑発の投げキッスを一つ。
「マフィアの死の口づけ……には、ちょっと時代が早かったかな」
「性懲りもなく現れちゃってえ。ディアボロスめ~!」
 体型の違うひとりが口を尖らせた。飛んできたキスを、手で払うようなマネまでする。
 『有角公アムドシアス』だ。
 取り巻きのトループス級は、情報どおりに『欲望のバイオリニスト』たち。エトヴァが言っていたように、アークデーモンと淫魔で種族は違うはずだが、見た目の相性が妙にいい。
「ボクこそが、この島をもっとステキにできるつもりだったの!」
「アムドシアス様、ここはオレたちに任せてください」
 美青年が、キラキラした微笑みをたたえて、女主人を押しとどめた。
「ん……。そう、キミたちも気をつけてね」
 ジェネラル級は素直に従うようだ。眉根を下げて、心配そうにしている。
 ボクっ子に仕える、トループス級の一人称が『オレ』、というだけでも、どんな構成の関係なのかと勘繰ってしまうが、ただいま重要なのは、『欲望のバイオリニスト』たちの動きだ。
 ディアボロス側を妨害して、アムドシアスを逃がされては困る。
「淫魔たちは、ウィーンが陥落しても相変わらずであるな。ここで駆逐させて頂く」
 エトヴァは挑発しつつ、敵の布陣を注視している。エアハルトは、右手に剣、左手に銃を構えた。
「何度かこの集団には遭遇しましたが、相変わらずバイオリン奏者でもある私に対して喧嘩売ってんじゃないかという音色を奏でますね……いい機会です。怒りを存分にぶつけましょうか」
 トループス級との戦いが始まる。
 淫魔は旋律を武器として、様々な攻撃を繰り出してきた。
 燐寧は、『ダブルチェーンソーブラスター』を手に挑んでいくが、少し手応えのなさを感じる。
(「退路を遮断するのが、仲間の方針。攻撃によって死地へ追い詰められるように、もしくは誘導がきっちり完了してから逃がさず攻撃できるように動く……つもりだったんだけどねぇ」)
 本当に、護衛に適した配下を連れてこられなかったようだ。
 加えてディアボロス側が、過去のジェネラル級戦を踏まえて、戦力を厚めにしていた成果でもある。
「形式に囚われない旋律と言うのは聞こえは良いですが、定められた型をなぞることで成立する良さもあることを……!」
 小梅が、敵の『鳥籠のカプリース』を打ち破る。身動きを封じる旋律のはずだった。
 『飛梅奇譚『東風』(トビウメキタン・コチ)』をもって、アムドシアスへのアピールにした。歌を引き金として思考を加速し、呼びだした幻影の英雄が、美青年たちを倒していく。
 その動作のなかに、娑婆蔵が混ざる。
「連中を追い立てようッてんなら、やはり広く面制圧を掛けられるような技がよろしいか。ではこいつでさァ」
 どす黒い殺気が放出される。
 抜き身の刀を手にして、小梅の幻影たちとともに立ち回る。
「せいぜい真ッ赤に裂けて咲け。殺人領域――『七花八裂大紅蓮(シチカハチレツダイグレン)』!」
 バイオリニストたちは、甘い旋律で闘争心を鈍らせにきていたが、『黒い冷気』を散らすには至らない。娑婆蔵の刃にかかって、物理的な死を与えられる。
(「お気に入りの取り巻きなら少しは気にかけるか……?」)
 エトヴァが見ると、アムドシアスのほうこそ、心が折れそうになっていた。いっぽうで、エトヴァのパラドクスは歌である。
 響く声が、敵の旋律『誘惑のセレナーデ』に重なり対決して、自身の闘争心を維持させる。
「一歩も譲らず歌声の誘惑を返そう! 『Retitativ:Zusammenhalt(レツィタティーフ・ツーザンメンハルト)』♪」
 音の伝わる空間一面に、激しい蒼雷を放つ。
 電子が空を走り抜けるように。
 立っていられたバイオリニストは、もうわずかだ。
「あたし達TOKYOエゼキエル戦争の復讐者は、アークデーモンを地獄の果てまで追いかけるの。アムドシアスの手下になったばかりに、怒りの矛先を向けられるなんて……災難だよねぇ、あははっ!!」
 燐寧は、さらに笑う。
 トループス級の旋律は、激しさを増した。『悲劇の幻影』を具現化し、襲いかかってくる。
 それを怨念の力で、本体ごと跡形もなく粉砕する、無数の炸裂弾。
 鋸刃のついた銃口から放たれていた。
「『闇雷収束咆・迅雷吼(プラズマ・ダーク・ハウリング・ブリッツ)』、悲劇を味わうことになるのはきみ達のほうだよぉ」
 連撃と爆風で、逃げ場も潰していく。
「『悲劇のオーヴァチュア』、ですか。確かに繰り出す幻影は辛いですが、元がバイオリンであれば対処はできるというもの。同じバイオリニストであれど容赦はしません」
 エアハルトは、右手の剣で近接攻撃を捌く。
「悲劇の現実は嫌という程体験してきた。今更幻影には屈しませんよ」
 愛用の銃による、『一射絶命(いっしゃぜつめい)』。
「我が故郷の世界に害を及ぼす敵集団であるとともにバイオリニストの信念を穢す集団。ここで確実に狩り尽くす!! 覚悟しろ!!」
 最後の演奏者は、エアハルトによって撃ち抜かれ、主人に言葉を残す間もなく撃破された。
「ああ、せっかくの淫魔たちが……! なんだってこんな島にディアボロスが来たんだよ!」
「戦力的には大したことがなくとも強力な補給を築ける存在が戦略的に厄介なのは認識しています」
 小梅は、トループスの全滅に打ちひしがれているアムドシアスに、正論をぶつけた。

 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は、ジェネラル級の反応をみている。
(「全てのディヴィジョンに散ったTOKYOエゼキエル戦争のクロノヴェーダの思惑。少しでもそれが探れると良いのだけれど……」)
 配下たちはたいして時間稼ぎにはならなかった。
 しかし、無念に思うばかりでは、散ったメンバーも浮かばれない。
 などと感じているとは信じられないが、有角公アムドシアスはひとりだけでも逃げようと、背後の海岸をめざして岩場にはいる。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も、目を離さぬようにして、退路遮断班へとパラドクス通信をいれておいた。
「生き別れたお姉ちゃんじゃありませんか?」
 意外な言葉が、早苗の口から飛び出す。
「なんて言うか、髪とか瞳とか結構、私とカラーが似ている気がするし……」
 岩場に問うてみると、なにやら反応がある。アムドシアスは距離をおきながらも、早苗のほうを覗き見してきた。
 ニッコリ笑って見せると、姉と呼んだのは冗談であったと双方に伝わる。
(「初めから警戒している相手がうっかり口を滑らせるとは思えないし、ちょっと気が抜ける話題から入ってみたけど……」)
 相手も時間稼ぎが必要で、交渉の真似事がしやすくなったはずだ。
「キミが妹というのはウソか。そうだろうね」
 ジェネラル級とディアボロスは、距離を維持したまま海岸へと移動し、さらに会話も続ける。
「うん。私は違うよ。けど、あなたも一人ぼっちではないのでしょう?」
「ああ、断頭革命グランダルメには、ボクと同じく、漂着したアークデーモンや大天使もいる筈だね」
 早苗の質問に、アムドシアスが答えた。
 エトヴァをはじめとした仲間たちが、敵の言葉の真偽を、慎重に測っている。
「でも、それとは別に……」
 もったいぶったような、間。
「ヘルヴィム様の『直属軍』も来ているんだ」
 岩陰からの声に、早苗はギクリとした。得たい情報の本命が、『ヘルヴィム直属軍』の勢力についてだったからだ。
「じゃ、じゃあ、仲はいいんじゃないの? あなたは、私から見てもグランダルメに溶け込んでそうだから、何かはじめからヘルヴィム直属軍としての目的があってグランダルメに来たんじゃないのかな?」
「とんでもない!」
 語気が強まった。
「『地獄の策略家』バラムからは、配下として降れという勧告も来ていたが、いまさら、滅んだTOKYOエゼキエル戦争の上下関係で命令されても困ってしまうよね」
 名前がひとつ出てくる。『地獄の策略家』バラム、と。
 感情の乗った言葉から、真実を言っているように聞こえる。
「君達ディアボロスは、こんな島では無く、奴ら直属軍を相手にすべきでは無いのかな?」
「ふむ、一理ある……」
 相槌をうつエトヴァ。
 話のわかる与しやすい相手とみせかけるためだ。
 早苗と目配せして、役を交代した。
シチリア島を出て、どこへ行こうというんだい? 実は、貴女がグランダルメで一番最初に見つかったアークデーモンの将だよ。他のエゼキエルの連中は逃げ延びているみたいだが……不運だったな」
「不運だって……?」
 また、声を荒げた。
「キミたちが、こんな価値も無い島に来たのは、幸運のせいだとでも? ボクは、島の住人だって、他の地域よりも苦しめてはいなかったはず。ディアボロスに『一般人が虐げられている事を察知する特殊能力』があったとしても、この島に来る理由にはならないじゃないか、おかしいよ!」
 アムドシアスは理不尽さを感じている。
 これはつまり、アークデーモンが『一般人を虐げるとディアボロスはそれを察知できる特殊能力があると予測している』ことにはならないだろうか。
 考察はいったん脇に置き、エトヴァは話を繋げた。
「憤られても、運としかいいようがない。価値の無い島……。辺境のシチリアにいた貴方でも、グランダルメに漂着したエゼキエル勢力の名前くらいは知っているだろう?」
「それがどうした」
「エリゴールやマスティマ、彼女たちばかり安全な場所でずるいと思わないか。もうシチリアを失った貴女は役に立たなさそうだし、行先を知っていたら、そっちに行ってもいいくらいだが……」
「『マスティマ』か。あいつはうまくナポレオン陛下に取り入ったみたいだね」
 また、名前が出てくる。
 王の傍にいるのか。それとも重要な役割を得ているのか。
 アムドシアスは明るくこう言った。
「でも、ディアボロスがその名を知っているという事は、あの女の命運も尽きたという事かな? ざまぁないね」
 それを最後に、ジェネラル級の声はふっつり途切れる。
 海岸まで、もう近い。
「仲良く振舞っといてなんだけど、逃がすつもりは全くないからね」
 早苗たちは、追う速度を上げる。

「どっかの区に所属していたのが組み込まれたヤツってとこなのかしらね。それとも単に人心掌握特化ってだけなのか」
 ジェネラル級との対話は終わったと、冰室・冷桜(ヒートビート・g00730)は通信を受け取った。
 ヴィルジニー・フラムヴェールト(緑焔の奇蹟・g09648)は、案内人ファビエヌに教わった逃走経路を覚えている。これまでの準備で、うまく対応できそうだ。
「放っておけないアークデーモンね。護衛も連れていないなんて無防備だわ」
「少数の取り巻きだけで逃げているのなら、撃破する好機でありますね。確実に仕留めるであります」
 と、バトラ・ヘロス(沼蛙・g09382)。ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は『水面走行』を提供している。
「逃走前に補足できて何よりでした。逃さぬように、退路の遮断と行きましょう」
 海のディアボロスたちは、ある程度ちらばって布陣していた。
 追撃をしている仲間との通信で、『有角公アムドシアス』がやってくるアタリはつき、包囲を縮めるように集まってきている。
 バトラは無双馬『青縞』に騎乗している。
 『水面走行』が使えるから、機動力を活かせるはずだ。パラドクス通信も重ね掛けしておいた。
 エフェクトは、もう一つ。
「海岸で待ち伏せ―ってことでね」
 冷桜の『水中適応』。彼女は、メーラーデーモンの『だいふく』とともに、海中で待機だ。ヴィルジニーも近い位置にいる。そして、ソレイユは海岸の岩場に身を隠した。
 アークデーモンは翼を持っているものの、先の事情で迂闊に飛翔することはできない。
 岩に隠れながらも、急いで通過するうちに、アムドシアスはすっかり消耗してしまったようだ。息も絶え絶えといった様子で、何度も振り返りながら波打ち際まで出てきた。
「ハァ、ハァ。ここまでくれば、ディアボロスだって……ハァ」
 海を前にして油断したのか、まず乱れた着衣を直した。
 外れそうになっていた胸元のボタンをとめなおし、ブラウスにふくらみをしまうと、上着のあちこちについた汚れを手で払う。
「ふふふ。シチリア島でのことは負けではないよ。こうして生きのびたのなら、TOKYOに続いて、またボクの勝ちだ」
「一人でどこへ行くのかしら? さあ、もう逃げられないわよ」
 ヴィルジニーが、水中から身をおこして立ち塞がる。
「う、うわあッ!」
 ジェネラル級とも思えないような悲鳴が、アムドシアスの口から洩れた。
「ディ、ディアボロスは、いったい、どうなってるんだよ!」
 また不満をもらしながらも、海岸線にそって岩を伝っていく。ヴィルジニーの手にはロングボウが握られていて、威嚇の射撃を浴びせかけた。
 それは、冷桜の潜む位置に追い込むかたちになっている。
 先に『だいふく』が飛び出して、アークデーモンに槍を差し向ける。
「こ、こっちにも!」
「はいはい、いらっしゃいませ。分かっちゃいるとは思うけど、ここで張ってんのは私らだけじゃねーですからね? こんな孤島から頑張って逃げだすよか、腹を括る方をおススメしますわよ」
 ばっちり待ち伏せしてましたよ、とアピールする冷桜。
 もちろん、言葉どおりだ。
 海上を駆けてくる無双馬『青縞』の姿。バトラは、長槍サリッサと魔力盾スクトゥムを構えて防御体勢をとっている。伸縮自在の槍を最大長まで伸ばして間合いを広げ、突破を封鎖出来るように。
 ロングボウとだいふくを避け、なおかつ海を臨もうとしても、無双馬が回り込んでくる。
 ディアボロスたちの連携により、アムドシアスは囲いこまれていた。腰を落とした姿勢で、左右方向へとウロウロし、表情にも余裕がない。
「腹を括るだって? まるで、ボクに意気地がないみたいじゃないか」
「そもそも、南イタリアイスカンダルに取られた状況でのシチリア島など、孤島も孤島。逃走には向かぬ地形というのが仇となりましたね」
 ソレイユが、水面走行で海側から来る。
大陸軍の膝下へ逃げ込みたいなら、私達を倒して行くしかありませんよ。それとも、ディアボロスを蹴散らして進むことも出来ない程、自信が無いのですか?」
「言ったでしょ、ボクは臆病なわけでも、敗走しているわけでもない」
 背筋をのばすと、上着の襟を整えた。
「一人でどこかへ行ったりもするものか。いっしょに音楽をするメンバーなら揃っているし」
 取り巻きのトループス、美青年を集めたバイオリニストなら、全滅させたとパラドクス通信にはあった。ある種のはったりだ。ただし、パラドクスの。
「まずは、歌劇さ!」
 デーモンの楽団員が召喚されてくる。
 オーケストラ一式なので、かなりの数だ。ヴィルジニーは海がわへと飛びすさった。
 弦楽器が低音を響かせる。
 冷桜が『だいふく』をけしかけ、槍を突きださせると、楽器も演奏者にもダメージは通らないと分かった。やがて、アムドシアスの美声がかぶさってくる。
 対抗してソレイユは、自分の音楽を奏でた。
「もう逃げられないと観念するまで追い詰めるまでです!」
 ふたりの妖精が現れ、彼女たちの織りなす波紋は、大きな波へと姿を変える。海を封じていると見せつけるのだ。無双馬のバトラが、動きを合わせてくれ、ヴィルジニーと冷桜たちも、今一度包囲を固めた。
 召喚されたデーモンは、アムドシアスに追従できるらしい。
 なおも抜け道を探ってくる。
 そのたびに、バトラは盾での押し返しを行い、槍の穂先で牽制した。
 的が大きくなってくれたのも、封鎖側には有利に働く。少なくとも、突破を見逃すことはない。無双馬の蹄から放つ電撃が、アークデーモンの歌声とぶつかりあう。
 冷桜が、待ちに待っていた通信を得た。
 追撃班が到着したのだ。
 ジェネラル級を誘導するために、一時的に距離をあけていたのである。海岸に出られたことそのものが罠だったと知ったとき、『有角公アムドシアス』の怒りは頂点に達した。
「いいじゃないか。シチリアはボクの島だ。牧場はやめて、キミたちの処刑場にしてやるよ!」
 アークデーモンは、『断頭革命グランダルメ』らしいセリフを吐く。

シチリアの街で……」
 岩塊の上に立つ、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)。
「支配に屈せず、誰かのためにと歌っていた少年を思い出すよ。貴女は随分と、シチリア島の人々に迷惑をかけたものだ。アークデーモンにしては、マシなやり方だったが……このまま放っておけばさらに酷くなっただろう。年貢の納め時だ、アムドシアス」
 追撃班の面々が、敵の動きに注意しながら、囲い込むように布陣する。
「この美しい島でこれ以上勝手なことはさせないよ」
 両手を広げた白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)が、その場でくるりと回ってみせた。エアハルト・ヴィオレ(天籟のエヴァンジル・g03594)は、娘のシエル・ヴィオレ(神籟のプリエール・g09156)を伴っている。
「人々を苦しめる為に音楽を悪用することは断じて許せません。貴女の感覚では価値がない島でしょうが、故郷の人間として我が世界を蹂躙する存在は全て倒すべき敵ですよ」
「目の前にいるのがジェネラル級……」
 一族の継承者たるシエルは、最初は息をのんでいたものの。
シチリアは私達人間にとっては素敵な風景が育まれた土地ですので。あんなやり方をすれば目をつけられます。詰めが甘いですね。それ故に補足されるのは当たり前です」
 『叡智の魔法銃』を構え、『有角公アムドシアス』に狙いをつけた。標的の彼女は、眉間にしわを寄せたまま肩をすくめる。
「はぁん。故郷とか、自分の世界とか。いまはナポレオン陛下のものなんじゃないの? それとも、ボクが知らないディアボロスの嗅ぎ付け方があるのかなぁ?」
「価値の無い島、そんな考えだから補足されるのですよ」
 レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は、電脳ゴーグル型デバイス『Boeotia』のテンプルをノックして起動させる。
「もっと……こう……、人間の立場になって考えて見てください。そうすればきっと……んん、――ふっ……無理か」
 諦め顔にかかったデバイスに、『≪ - 人機接続:Lynx of Boeotia - ≫』が標示される。
 『Boeotia』と精神と全武装がリンクされた。今のレイは、機械と一体。
「グランダルメに来たのが運の尽きです。どうかお覚悟を」
「ったく、こうもディヴィジョンにお似合いなジェネラル級アークデーモンが漂着するとはな。見た目からして淫魔と殆ど区別も付かねぇしよ」
 呉守・晶(TSデーモン・g04119)は、魔晶剣を構える。レイとともに、援軍として包囲に加わった。
「国を越えてまで、ディアボロスに仇なそうだなんて、そこはむしろキマイラウィッチのようだけれど……」
 退路遮断で動いていた、ヴィルジニー・フラムヴェールト(緑焔の奇蹟・g09648)が合流する。
「あなたの悪事はここまでよ。……逃走阻止はうまくいったわね、ソレイユさん」
「ええ。シチリア島だけでなく、牧場も処刑場も、グランダルメには不要です。遥々、来訪されたのですから、ディアボロス流のもてなしを味わって行ってください」
 宙に展開した鍵盤に、指を置くソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)。
 沖のほうでも封鎖を続けるディアボロスが、そして外から二重に取り囲む者もいる。菅原・小梅(紅姫・g00596)は、そうした任につく仲間へ頭を下げた。
「皆様、足止め役をありがとうございました。……組長」
「菅原のお嬢。あっしの仕事は分かり切っておりやすぜ。即ち――アレを、叩ッ斬る。悪魔殺しの策の〆、その務め、しかと果たして見せやしょうとも」
 奴崎・娑婆蔵(月下の剣鬼・g01933)は、小梅のうしろに控える恰好をとった。
 そのお嬢さんは、大太刀『月下残滓』を構える。凛とした刃が、美しい音色を放っているかのようだ。『天神刀法『風月無辺』(テンジントウホウ・フウゲツムヘン)』は、その音色にのって流麗なる剣技で敵の肉体と魂を斬り裂く。
 血が飛んだが、アムドシアスはもう、逃げ道を探してはいない。囲みは厳重、スッと背筋を伸ばすと、華奢な指を振る。
「『魔王の輪舞曲』!」
 召喚されたデーモンが、いっせいに楽器を奏ではじめた。
 音響の圧力に、波さえも押し返されそうだ。歴史上類を見ない魔王を称える華々しい楽曲で、聴く者の魂を揺さぶる。
「愛娘の前で歪んだ音楽に屈する訳にはいきません」
 エアハルトは、『ヴィオレ流戦術』を紐解き、『信念の剣』を振るう。正当な音楽のあり方を示さねば、と。
「お父様……!」
 『叡智の知恵』が、魔法銃に標的を与えた。シエルの射撃に合わせ、近接での切っ先が、ジェネラル級を斬りつけた。
「くッ、ボクは参らないよ。キミには、せっかく連れて行こうとしたメンバーを、殺された怨みもある。先に魂を破壊されたまえ!」
「ああ、シエルよ。このアヴァタール級は指揮官の器ではなかっただろう。しかし」
 デーモン楽団員に混じり、演奏される輪舞曲からくる精神的ダメージは極めて強力だ。
「我が一族の軍人としての積み重ね、音楽家としての洗練を駆使する」
「はい、連携をしっかりとって、お父様についていきます!」
 親子の魂が抗うなか、輪舞曲に合わせて踊る早苗。
「そう、その曲は魔王を称える曲なんだよね。……似てるって言ったのは、実は外見だけの話じゃないよ」
 音楽と精神影響ならば、得意分野だ。
「曲の主導を奪ってしまえば、……称えられる魔王の役は私」
 『扇がれる鸚鵡の鏡』、アークデーモンの音楽性を写し取って、返す。
「私も音楽家ですから、奏でられる華々しい楽曲には心惹かれぬ訳ではありません」
 鍵盤を操るソレイユは、重ねた防御上昇と、魔力障壁の展開で凌いでいる。その上で、旋律は合わせた。早苗が踊り易くするために。
「いいね、ソレイユさん。あっちの魔王の輪舞曲に合わせた歌と舞いで勝負しよう」
「ええ、アークデーモンにしては美しいと、認めましょう。しかし、私の方がより美しく演奏してみせます!」
 当方の損害は、ソレイユが旋律を誘導して代わりに受けた。いわば、音のディフェンスだ。
 できるだけ負担を分担しつつ、敵には音楽の中で果てるまで疲弊してもらう。音楽家の意地をかけ、より演奏に集中し、指の動く限り福音の光を喚び続ける。
 魔王から、『幻想ロンド「福音」(ラ・カンパネッラ)』へと、音を動かした。
「聖なる光は剣となりて、邪悪を貫きます。『光あれ、恵みあれ』!」
 破壊力を増し、命中率をあげた光の剣が、鐘の音にあわせて無数に飛ぶ。悪しき者、アークデーモンを貫くだろう。
「ボ、ボクの演奏を乗っ取られた?!」
 アムドシアスはかわしたが、燕尾服の裾がズタズタになる。
「『幸いあれ』!」
 ソレイユの声に、光の剣は意図的に回避方向を誘導し、仲間の射線へと誘導する。そこには、エトヴァがいた。
 彼も『Seraphim(チェロ)』を演奏している。
 飛来する剣に翻弄される隙をつき、音楽のパラドクスで畳みかける。『魔王』に対しては、やはり魔力障壁を張り、精神攻撃の影響を和らげつつ、己の演奏で抗う。
「わたしは神へ祈りを捧げるわ」
 皆が、音楽を使うわけではない。ヴィルジニーの魔王への対抗は、祈り。しかしながら、エトヴァの『Paradiesmelodie(パラディースメロディー)』は、激しいながらも天上の音色、美しき讃美歌の旋律だ。
 ふたりのイメージする情景が合致し、侵略者の主義主張を溶かしていく。
「うぐっ、ディアボロスに聴かせるはずなのに、ボクが惑わされるなんて……!」
「敵の技ながら演奏は楽しみだが、聴き入る訳にもいくまい。こちらへ耳を澄ましてもらおうか」
「悪しき者は光に包まれて去るのです」
 魔王の闇が霞むほどに降り注ぐ光の音色をエトヴァがつくり、ヴィルジニーの世界観に惹き込んでいく。
「華々しい音楽にも、思想がなくてはね」
「敵が聴く力がもっていたから、この攻撃は成立した。音楽を奏でる者ならば、淫魔もアークデーモンもないのかもしれないな」
 エトヴァは涼しい表情でウインクしてみせたが、顔にやつれが出ている。
 相殺しつつも、ジェネラル級に魂を削られていたのだ。ヴィルジニーは、自身も攻撃に加わろうと、『十字剣≪le Rosaire d'Émeraudes≫』に、奇蹟の炎を纏わせた。
 そのあたりから、デーモン楽団の曲調が変わってくる。レイの姿勢が不安定だ。『魔神の交響曲』に影響されている。
 十字剣が振るわれた。
 纏った炎が放たれる。『Feu d'Émeraude(フ・デムロッドゥ)』はエメラルド色に輝いて、燃え移ったアムドシアスの動きを封じた。
「オーケストラの指揮は集中が必要じゃないかしら!」
 妨害はしたが、禍々しい楽曲は続いている。
 価値観を塗り替えるほどの刺激的な曲調が、人機の一体性を揺さぶっているようだ。ゴーグルデバイスの表示が乱れている。
「『アルヴァーレ』……展開……結界を」
 レイも制御を取り戻そうと必死だ。ヴィルジニーは、炎を撃ち続けて、楽団の演奏をさらに妨害する。
「叩き斬ってやる! 第五封印解除。変異開始!」
 晶が駆け付け、『魔晶剣アークイーター』の封印を一部解除した。
 刀身を淡い光の集合体に変異させ、その光は大鎌の形状へと変化する。ようやくレイのデバイスに、正常なデータが流れだした。
 機械魔導群『ナノマギア』に魔力をくべ、機械魔導弓『ACRO』に形成される。
 姿を変えた武器を手に、晶とレイが連続攻撃を仕掛ける。
「チッ!本当に淫魔みてぇなパラドクス使いやがって!」
「手に宿すは蒼き魔力の奔流!」
 まずは、『人機一体:電撃戦の一矢(ブリッツディゾルバー)』。レイは必中を誓い、矢に番えて放つ。
 交響曲の影響は去った。敵への最適な攻撃航路を算術できている。矢は、フォトンエネルギーと魔力を混ぜ合わせて形成したものだ。楽団の中央にいるアークデーモンの左胸を、正確に射抜いた。
「あぐぅ、くはっ!」
 有角公アムドシアスの白いブラウスに、真っ赤な血が吐かれる。
「お前が精神を攻撃するなら、俺は肉体を傷つけずに魂だけを刈り取ってやるよ!」
 晶が突っ込んできた。
 大鎌型のアークイーターで、邪魔に思った楽団員を斬り払いつつだ。この召喚存在にダメージは無関係だが、晶の勢いの前では、それこそ関係ない。
「これがサリエルの大鎌だ! 刈り取れ、アークイーター!」
 形状に由来するように、淡い光の刃がジェネラル級をすり抜けた。魂を傷つけたのだ。
「うう……。悪魔の歌劇を聞……け……」
 吐血まじりの、それでいて恐ろしい美声が、晶を襲う。
「俺達が今更こんなもんで惑わされるとでも思ってやがるのか!」
 そう叫んで二撃目を振るおうとしたまま、大鎌が止まった。
 細い指が、レイにうたれた電撃の矢を握り、自分の胸から引き抜いて霧散させる。術を維持できないのか、召喚されていた楽団員の数が減ってきた。
 小梅の刀は美しい音色で攻撃していたが、アムドシアスの余裕が無くなってきたのを見て、敢えてその刀を下げる。
「無理に腹を括った振りなどせずに逃げても良いんですよ?」
 音楽好きのアークデーモンのプライドを打ち砕く、小梅の策略。こっそりとハンドサインを仲間に送って、その旨を伝えてある。
「楽器の扱いや歌い方、知識さえも上の私には敵わなくて当然ですし♪」
 どや顔で挑発し、不意打ちするための隙を作った。
「歌い手は兎も角、貴女には『指揮者』は向いてませんでしたね。存分に歌ってくれたことは記憶と記録に残して置きましょう。失敗こそ重ねてましたが曲の方は『いとおかし』と呼ぶに相応しかったですよ」
 輪舞曲や交響曲の旋律を、真似して鼻歌にさえする。
 ギリっと歯ぎしりが、有角公の口元から漏れる。小梅は、背後の娑婆蔵にサインを送った。
「時遡十二氏抜刀術外伝『殺人技芸「抜刀術・罪咎百八」(バットウジュツ・ソノツミトガヒャクヲコエ)』!」
 組長はお嬢に全幅の信頼を置いている。
 合図を見次第、すぐさま動いた。
(「こいつはまだ剣を抜いてもいねえ所から、都合108通りの『斬るイメージ』を叩き付け取り囲む技。プライドにヒビを入れられた直後の精神への責めはさぞや効きやしょう?」)
 そして、百八に紛れて、ディアボロスの技も繰り出される。
 エアハルトの剣にシエルは。
(「共にお父様と心合わせて歪んだ音楽に対抗します。お父様の剣での斬り付けの援護として銃で射撃を」)
 舞う、早苗。
(「……妹って言った時の反応がちょっと気になったけど、本当の妹がいたりするのかな?」)
 ソレイユの鍵盤に、エトヴァのチェロ。
「貴方への葬送曲、ご堪能ください」
「音色はきっと人々を幸せにするものだから。人々を悲しませるような音楽はここまでだ。シチリア島の平和を取り戻そう」
 ヴィルジニーの十字剣からは、エメラルド色の炎が吹き出される。
「ここで計画はおしまい。シチリアはあなたの島ではないわ。人々の手へ返してもらうわね」
 レイのフォトンエネルギーの矢が、幾本も突き立った。
「グランダルメの精鋭達を舐められちゃ困ります。皆さん本当に優秀ですから、何処に居たって必ず補足しますよ」
 晶の腕が、再び力を取り戻した。
「テメェの命運は此処で尽きる。俺達が終わらせるからな!」
「手前、姓は奴崎、名は娑婆蔵。人呼んで『八ツ裂き娑婆蔵』。八ツ裂きにしてやりまさァ、大悪魔の君」
 虚実が入り乱れて翻弄させたのち、娑婆蔵はやっと抜刀した。
 今度はイメージではなく実際の斬撃。
「本命の居合斬りを見舞うってェ寸法よ」
「ボ、ボクはキミたちになにか、騙されていたのかもな……」
 胸元を押さえて、『有角公アムドシアス』はうずくまった。
 楽団員の姿は薄くなっていき、海岸の岩場でアークデーモンはひとりになる。命が尽きるまではあとわずか。誰の目にもあきらかだった。
「これは単純に興味本位で聞くが……」
 晶が見下ろして言った。
「お前のことはTOKYOエゼキエル戦争では見たことも聞いたこともなかったぜ、東京では誰の配下でなにをしてたんだ?」
「……も、もうその手は喰わないよ。フフ、何も聞けなくて悔しいか、ディアボロス」
 伏せた顔が、無理に笑っている。
「じゃ、じゃあっ」
 早苗が、丸まった背中に手をやる。
「本当の妹がいたとか?」
 クロノヴェーダにとっての家族がどんな存在に当たるのかは分からない。だが、なぜだか聞かずにはおれなかった。
「ほら、またキミたちのウソだ。まったく、これだから大人しくしていたはずだったの……に……」
 立ち上がった早苗は、首を振る。
「最期まで、被害者意識の強い人だったね」
「残虐な作戦を指揮するような蹂躙者です。諭せるはずもないのはわかっていますが」
 エアハルトはそう言って、娘の肩に手を置いた。それぞれの頷きかたをするディアボロスたち。
 黙っている小梅に。
「――よう、菅原のお嬢?」
 娑婆蔵が声をかける。
「さっきの技をあっしに伝授下すった宅の姉貴分にゃよろしくお伝え下せえよ。『達者な手際であった』ってなァ、カハハ」
「組長……キメ顔してないで帰ったら報告書を書いて下さいね?」
 シチリアの指揮官は倒されたのだ。また次の戦いに備えて、ディヴィジョンをあとにする。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『サラマンカ要塞に逃げ込め!』

サラマンカ要塞に逃げ込め!(作者 大丁)

 イベリア半島へのキマイラウィッチの制圧が続いていた。
 一般人が住む村は、自動人形が目的をもって設けたものだが、今では放棄されたような扱いになっている。住民たちには何も知らされず、キマイラウィッチの侵攻上にあったばかりに、虐殺にあっていた。
 兵士の頭に鎧をまとい、身体は狼という異形が、村人を爪で引き裂く。
 方々で建物が倒壊しているのは、異形が背負う大砲のせいだ。
 人語は離さないが、群れとして統率されている。
 すべての住民が死体に変えられるまで、さして時間はかからなかった。
 村に起こった悲劇は、まだ回避可能である。

 時先案内人、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、予知で判明した事態を解決すべく、パラドクストレイン車内で依頼を行っていた。
ディアボロスが火刑場の罠を打ち破った事で、キマイラウィッチは現時点でのディアボロスの殲滅は諦め、イベリア半島を制圧して拠点化する作戦を開始したようですわ」
 お手伝いのぬいぐるみが資料を掲出する。
イベリア半島を支配していた自動人形が、キマイラウィッチに土地を譲り渡すように撤退した為、現地は瞬く間に、キマイラウィッチの勢力圏に変わりつつあります。しかし、半島にはディアボロスの拠点も存在していますわ」
 ポルトガル国境付近を描いた地図に、『サラマンカ要塞』があった。
「攻略旅団の提案により整備しておりました。ここを拠点に、キマイラウウィッチのイベリア半島制圧に待ったをかけてくださいませ」

 もともと、サラマンカ要塞の整備は、『黄金海賊船エルドラード』への対策が目的だったという。
 キマイラウィッチの襲撃に対しても、要塞は有効に働くとのことだった。
「要塞までは、パラドクストレインで移動できるので、そこを拠点に、イベリア半島を制圧しようとするキマイラウィッチを見つけ、迎撃してください。キマイラウィッチは進路上の一般人を虐殺しながら移動してくるので、彼らの救援も必要でしょう。さいわい、サラマンカ要塞には、一般人を避難民として受け入れる準備もあるので、一般人を襲うトループス級『ジェヴォーダンの獣』は撃破し、救助した一般人を、要塞に避難させるとイイでしょう。説得の方法はお任せ致します」
 一般人を避難させると、ディアボロスの拠点を発見した、キマイラウィッチが、サラマンカ要塞に押し寄せてくる。
「こちらは、アヴァタール級『ピエール・ダルク』に率いられた、トループス級『怨讐騎士』という編成です。要塞の防御施設も利用して、敵を撃退してくださいませ」

 ファビエヌは、一般人の悲劇回避を託し、列車を見送る。
「キマイラウィッチがイベリア半島を完全制覇してしまえば、火刑戦旗ラ・ピュセルの力が大きく上がってしまいますわ。その阻止のため、ぜひ要塞を活用なさって」

 焚火を囲んで、中年男性が話し合っていた。
「なぁ、冬の準備は終わったけど、このままでいいんか?」
「わからねぇ。自動人形さまが来ないのはなぜなんだろう」
 支配されてきた者たちだが、漠然とした不安を抱えていた。
「村長さんに、大きな街まで調べに行ってもらったらどうだろう」
「う~ん。それはそれで危険な気もする。噂だが、狼の集団が現れて、滅びた村があるとか」
「こわいなぁ」
 ひとりが、ブルブルと震える仕草をしたが、誰も笑わなかった。
 村がキマイラウィッチに襲われるまで、ほんの僅かである。

 時先案内人の用意してくれたタイミングで、ディアボロスたちは災厄に滑り込む。
 村まではいくぶん距離があり、かつトループス級キマイラウィッチ『ジェヴォーダンの獣』は目前だ。
「……ファビエヌさんにもう少し外見、聞いておくんだった感」
 風祭・天(逢佛殺佛・g08672)が、テンション低い。いっぽう、新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)は、皆と協力して頑張ろうと張り切っている。
「大砲付きの人面の獣たちが相手なんだねっ」
 木に登って偵察していた。
「キモ感がどちゃくそ高い敵が健在だと避難する人に被害が出るから、最優先で斃していかないと。けど、マジでビジュアル的にはなしよりのなし……。ま、戦うんだからそんなこと言ってられないのはがってんしてるんだけどさー」
 天が肩をすくめても。
「くっ……」
 レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は怒った顔のままだった。
「容赦なく人々を殺していくキマイラウィッチ達も、そうなる事が分かった上で人々を放置して撤退した自動人形達も許せない……! 何処に行っても苦しい思いをするのは何の罪もない一般人じゃないですか……! 1人でも多く、助けなくちゃ……!」
 ディアボロスとして、当然の感情である。
 そして、この赦せない思いが、力を生むこともある。天は頷き、アゲていった。
「みんなで連携を取って戦いに向かおー☆ ウェイ☆ 索敵はよろよろー☆ その代わり、前衛はお任せあれ☆」
 掲げた腕に、枝につかまっていた橙花が応え、やがて兜かぶった人面狼たちが道に沿ってやってくる。
 レイは、ゴーグル型デバイス『Boeotia』のテンプルをノックして武装と神経のリンクを行う人機一体の状態になった。
「『 - 人機接続:Lynx of Boeotia - 』」
 フライトデバイス『アクロヴァレリア』を点火して飛翔を行う。彼女は注意を引く囮役だ。
 手には機械魔導弓『ACRO』、フォトンと魔力の灯火を番えて引き絞り、必殺の一矢へと昇華して放った。ジェヴォーダンの獣の一体に突き刺さり、額から兜にヒビを走らせて、それが割れた。
 待機していた天は、素顔になった獣の、よりいっそうキモイ姿に辟易する。
 ともあれ、トループスたちは、空中のレイをめがけて、背中の大砲を斉射する。囮作戦は成功だ。
 『アクロヴァレリア』による瞬間加速で回避を試みているものの、いつまでも避けられるものではない。樹上からの奇襲で、橙花は、『呪法【妖葉乱舞】(ジュホウ・ヨウヨウランブ)』を発動した。
「呪いの葉の乱れ撃ちだよっ」
 妖狐が、森の中で使うには、相性がいい。
 呪力を込めて硬度を上げた大量の葉の竜巻を生み出して、狼が収まっている鎧を切り裂いていく。
「大砲だけ怖いから、こちらの位置をなるべく気づかれないようにしつつ、敵の数を削るようにするねー。気づかれたら他の場所へさっさと移動だよー」
 と、作戦を決めるときに言っていた。
 しかし、至近から撃ち込まれる砲弾が、結局は樹々をなぎ倒し、やっぱり、いつまでも避けられるものではないのだ。
「やったるー☆」
 ちょっとだけ村から離れたのを良しとして、天は銃撃を加えた。
 仲間たちも、普通に地上に降りて戦う。
 葉の乱舞で切り刻まれた、キマイラウィッチが、まだ撃破されずに向かってくるのだ。頭や胴体がちょん切れている。
「何か絶対に止まらん感がある敵なので、念入りに跡形も無く蜂の巣にしてやんよー☆」
 天は、『肆式疆域守節(シシキキョウイキシュセツ)』を詠唱した。
 拾参式と呼ばれる結界術の肆で、術式対象の周囲に大量の重火器を召喚しての飽和攻撃を行う。武器が並ぶまでは、『術』然としているが、射撃がはじまると、あまりにもけたたましかった。
 バリバリと、大きな音が鳴り響く。
 フォトンの矢や、葉の攻撃とはくらべものにならない。
「多数を巻き込みたいけれど多数に一斉攻撃を受けるのはヤだし、動き捲って的を絞らせないようにしないとね☆」
「天さんも、飛翔なさればよろしいのでは……?」
「レイさーん、いまからだとかえって的になるよー」
 ディアボロスたちは、最初の隠密行動風はどっかに置いてきて、輪切りになっても突進してくる獣を端から撃破していく。
 なし、な敵だったが、強敵というほどではなかった。
 すっかり片付いたところで、天たちはその場をあとにする。
「次は避難だね。今の戦闘音で何か気付いてくれたりしてるとよきなんだけどなー」

 村に続く道まで、もどってきた。
 薄暗い森の先を透かして見るが、キマイラウィッチの残りや、増援などの気配はない。
「私たちしか勝たん☆」
 ビジュアルなしな敵の全滅を確認し、風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は片腕を突き上げる。
「と、テンアゲしたところで村の方にゴー☆ さっきの戦闘、かなり派手めに音も出たから何かしら気付いてくれてるかな? とりま、期待半分で行きますか☆」
「戦闘音……。砲撃や銃声が、人々に聞こえていると良いですね」
 レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は、言いつつゴーグルを通じて、デバイスの操作を行っている。
「先に向かってます」
 再び、『アクロヴァレリア』を点火した。樹々よりも高く飛翔する。天の掲げた拳の真上を一回りしてから、直進していく。新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)も手を振って見送る。
「せっかく襲撃は防げたんだからね。また危険な目に合わせないように、いっしょに説得を頑張ろー」
「おけまる水産よいちょまる☆」
 『友達催眠』や『プラチナチケット』などの交渉系エフェクトをかけ、橙花と天は道沿いに駆けだした。
 全員で飛ばないのは、キマイラウィッチの本隊に捕捉されないよう、念のため。
 いっぽうで、レイが期待しているのは、村人たちの反応だ。
「時代に似合わない格好で空を飛んでくるのですからね。先程の状況も合わせてただ事ではないと感じ取って頂けるといいのですが」
 簡素な囲いが見えてきた。
 あの、大砲を背負ったトループスたちの威力の前では、なんの防御もできなかったろう。やや高いところから村を見渡し、レイは声をかける。
「先程大きな音が聞こえなかったでしょうか? あれは爆撃の音です!」
 焚火を囲んだ中年男性たちが、ガジェッティアの航空突撃兵のことを、そろって見上げてくる。ほとんどが口をぽかんと開けたままだが、ひとりがレイに問い返した。
「爆撃? さっきのが? 狼が襲ってくるんじゃ、ないのかー?」
武装した狼の姿をした、しかし根本は全く違う魔物との戦闘になりました。撃退はしましたが連中はまだ健在です、より強力な軍を連れて戻ってきます。みなさんに相談がありますから、できるだけ集まってください。村長さんがいれば、お話を聞いて頂きたいです」
 質問をしてくる別の男性。
「自動人形さまが来ないのはなぜなんだろう? なにか知っていませんか!」
「守ってくれるはずの自動人形もこの地より撤退しております。このままだと村人1人残さず殺されてしまいます。どうか悲劇が起こる前に避難を行って頂きたく!」
 男性たちの顔色がかわり、ざわめきだす。
 橙花が地上から登場したのは、このタイミング。囲いは、ひょいと跳び越えた。
「そこのお姉さんの言っているのは本当だよっ。私たち、一度戦ったんだよっ」
 あえて、トループスたちからうけた負傷や、服の汚れはそのままにしてある。これも、危険度のアピールだ。
「俺たち、殺されるのか? こ、こわいなぁ……」
 村人は本気で震えた。
 どうやら、ディアボロスへの信用も得られたらしい。大き目の家屋に走る者がいて、すでに騒ぎを聞きつけて相談をおこなっていたのか、その家屋からは数人の老人と、付き添いの女性たちが出てくるところだった。
 村の外周に沿うようにして、天は声かけをする。
「レイちゃんが集めているとこに、行きそびれてる人たちもいるかもだし☆」
 やはり、はじめは大陸軍の使者と思われたようだ。
「違うよ、自動人形はもう居ない。迫っている敵と戦えるのは、私たちディアボロスだし☆ なんなら、大陸軍とも敵同士。その私たちが、この村までフツーに来てるのが、自動人形撤退の証拠になるかな?」
「そんな! 避難というのは、村を捨てなきゃならんのか。いったいどこへ行けば……」
 中央の広場でも、村長から同様の問いがなされていた。
サラマンカ要塞です」
 レイは、人々の集まりを十分とみて、地上に降りた。皆と目線の高さを合わせ、誠意をみせるために。
「要塞で、我らの仲間や避難に応じた近隣の村民が抵抗の構えを見せております。どうか、そちらまで一緒に移動しては頂けないでしょうか」
「私たちで皆を守るからっ、要塞にいったん逃げてっ」
 橙花は、時間に猶予がないことを伝える。天が、周辺住民をつれて、合流した。
 最低限のものだけ持たせている。
「ちゃんと要塞内には皆を受け入れる準備が出来てるから。……ここはガチのマで大事なところだかんねー☆」
 まさに、取る物も取り敢えずといった様相だが、おかげで説得は上手く行った。
 最後は村長が、レイに避難の決断を伝える。
「いまほど、村のみんなの命を大切に思ったことはない。お願いしますじゃ」
「お任せください」
 ディアボロスたちは、避難民たちの護衛について、要塞へと向かう。今度は目立たぬよう、一般人の速度にも合わせて、地上を徒歩で。
 しんがりは天が努めて、取り残しがないよう、『避難勧告』をかけておいた。
「さて、大口叩いて逃げて貰った以上……後の敵はキッチリ斃さないとね☆」

 村人の列は、頑丈そうな石組みの壁を見上げて、感嘆の声をもらした。
 新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)たちは協力して前後を守り、村からサラマンカ要塞へと無事に一般人を収容する。
「これで後ろを気にせずに戦えるよねっ」
「避難は成功し、一旦の安全は確保されました。何よりです」
 息をつく、レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)。そして、風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は、人々を誘導するあいだも、キョロキョロと見回している。
「この要塞……メッチャ映えポイントありそうなのがテンアゲ案件だよね☆」
 城郭や聖堂を備えており、避難民を引き渡した広場はとても大きく、きちんとした石畳が敷かれて、全体が方形をしていた。周囲をとりまく建築も立派なものだ。
 村長たちと別れるとレイは、彼らにむけていた笑みを引っ込め、ひきしまった顔になった。
「しかしすぐに敵はやってくる、本番はこれから……預かった命を必ず護りきります」
「とりま、敵が来る前に要塞探検しておかんとー☆ ファビエヌさんが要塞の防御施設って言ってたし、どんな感じに利用できて効果がありそうなのかを確認しないとね☆」
 と、見回す動きは維持した天が言い、橙花は広場から出るゲートを指差して頷く。
「今回は敵の数が多いけど、壁とか門とかを利用すればかなり相手の数は絞れそう」
 やはり、一番気になるのは要塞の外周部だ。
 レイも敵が来るまでのあいだに設備を見ておきたいと、皆で連れ立つ。
「城塞を利用した防衛戦は初めてです。折角ですから、高低差を利用して戦いたいですね」
「ってことは、遠距離攻撃中心の偶に近接な雰囲気な感☆」
「完全に封鎖しているところじゃなくて、一か所だけは通れそう、当たりが良い感じかも。敵を誘い込めるような」
 橙花と、天も手伝って、城壁が谷のように内側へと入り込んでいるような箇所の歩廊を探し出した。
 キマイラウィッチが侵攻してくる方角とも合致している。ディアボロスたちは、そこを自分たちの持ち場と定め、敵の接近を待った。
 やがて、甲冑に身をつつんだ人馬、トループス級『怨讐騎士』の姿が見える。
「今度の敵は……よし、外見オーライ☆ テンション下げんくて済みそー☆」
 天たちは、サラマンカの内側へとクロノヴェーダ接近の報を出し、呼吸を合わせて歩廊の上から迎撃を開始する。
 ゴーグル型デバイス『Boeotia』を起動し、レイはその超視界による知覚能力で敵の挙動を観察した。どうやら、目論見が当たったらしい。怨讐騎士は、楔型の陣形をとったまま、そっくり城壁の谷へと侵入してくるようだ。
「いくらでもかかってくると良いです、ボクの矢で撃ち抜いて差し上げます」
 続けてレイは、右手の蒼き魔力の灯火を、機械魔導弓『ACRO』に番えて引き絞り、必中を誓って放った。
 『人機一体:電撃戦の一矢(ブリッツディゾルバー)』は、神経リンクに従い、敵陣形の先頭へと刺さる。一体が転倒したことで、全体も通せんぼになった。
 トループスたちはその場から、『復讐気闇弾』を撃つ。
 復讐心をエネルギー弾に変えて放ち、当たった相手のエネルギーを奪い取るものだ。レイは、サイキックオーラの『アルヴァーレ』を張って耐えた。幾何学模様の光の防護壁で、超常の脅威を遮断してくれる。
 未来的なデザインと、歴史的な城壁によるミスマッチが、共にキマイラウィッチの砲撃からレイを守った。
 その間に、天は結界術の詠唱を終わらせている。
「キッチリ斃すって口に出した以上、やり遂げないと女が廃る感☆ マジでやったるー☆」
 『肆式疆域守節(シシキキョウイキシュセツ)』だ。
 歩廊に沿って等間隔に、召喚された重火器が設置されていく。
 『電撃戦の一矢』に倒れた人馬は、仲間のはずの他の騎士たちによって踏みつけられている。陣が城壁の麓に到達するまで、『復讐気闇弾』も撃ち続ける。
 レイは、ガントレットシャルダント』からも幾何学模様の結界術を重ねて防いだ。
「家名の重みは決して破られまいとする、ボクの誓いです!」
「来た来た☆ 準備はいい、橙花?」
「うん、近い敵から削って一度に襲ってこられないように足止めだねっ」
 胸壁の陰で、妖狐がくるりと舞うと、『呪法【八岐魂魄】(ジュホウ・ヤマタガタマシイ)』で呪を呼び込む。
 天の重火器の並びは、誘い込んだ敵へと弾丸を浴びせて、先頭から順に撃破していく。
 だが、敵の数は多い。倒れた同族を踏み越えてくる。
 しかも、『怨讐騎士』の下半身担当は、蹄を突き刺す要領で、ほぼ垂直の壁を登攀してきた。
「やっぱり、天さんが言ってたとおりに近接戦闘に移行しようとしてるっ。ちょっと危なそうだから、攪乱もしてみようっと」
 橙花は、フライトドローンを飛ばす。
 まあ、これは気休め程度。
 生き残って攻めてくるトループス級は、復讐心をたぎらせ、それが兜のすき間から漏れ出し、大剣に炎となって纏わりつく。『リベンジブレード』の切っ先が、ついに歩廊へと届いた。
「私もっ! 複合防御で頑張ってみるねー」
 橙花の懐には、押し花のお守りと、狐娘の守護人形がしのばせてある。
 お守りは、同じカースブレイドで、好ましく思っている人間から贈られたものだ。その破魔の力が、怨讐騎士の剣から炎を取り去る。元々は流し雛だった橙花に似た人形は、不思議な力で敵の武器の軌道を捻じ曲げる。
 振り下ろされた剣は、胸壁の一部に引っかかった。
「我は喚ぶ、諏訪が地の大蛇の魂を……蹂躙だよっ!」
 舞いが、恨みの霊力でもって、無数の鏃を放った。
 城壁のてっぺんまで昇って来ていたトループスは、『八岐魂魄』を受けて馬の腹をみせながら落下していく。
「引き続きの肆式疆域でゴー☆ 敵が大量だから、ガンガン征くし☆」
 天の斉射、そしてレイのフォトン矢が、キマイラウィッチを叩き落としていった。
 防御施設の使い方は、適していたようだ。トループス級を全滅させて判ったのは、防御側の有利さである。
 最後に、ヤギの足をもつ甲冑が、トコトコと歩いてくる。
「みんな勇敢に死んだ。結構なことだね」
 アヴァタール級『ピエール・ダルク』が、ディアボロスたちに微笑みかける。

「随分と遅いお出ましですね。余裕ですか?」
 新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)が、城壁の上から返した。口調は救出任務時と違い、冷たさと鋭さが備わっている。『ピエール・ダルク』は大げさな仕草で、ため息をつく。
「フゥ。僕はいつでも余裕さ。君たちと違って命を捧げる相手、ジャネットがいる。いくつ消費したって、もったいなくはないんだ。ほら、結構だろ?」
「何が結構なものか。それが指揮官の物言いならば、配下も浮かばれないな」
 サラマンカに合流してきた、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も声を投げかける。
 自動人形、そしてキマイラウィッチの身勝手さ。
 その被害者である村人を守るため、要塞防衛は成功させる。
 思いを同じくする皆が頷いた。アヴァタール級は、かぶりを振る。
「言い方を間違えたかな? 僕は怨讐騎士たちの勇敢さを誉めたんだよ?」
「んー★」
 風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は、敵指揮官の姿をしげしげと眺めていた。
「台詞はちょっと諸行無常系っぽいけど、隠しきれないナルシー感がメンディーでサゲ……」
 むしろ、外見よりも態度にやられてる感じだ。レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)が言葉にした。
「なるほど、配下がロクでも無ければ指揮するものも、またロクでもない」
 飛行ユニット『アクロヴァレリア』の起動は済ませてある。
「ただただ突撃するしか脳のない敵は非常に与しやすかったですよ。これもまともな戦術も立てられない指揮官のおかげですね」
 拝むふりまでして挑発している。
(「これくらい言わないとさ、気が済まないのですよね。このキマイラウィッチ相手にはさ!」)
 溜めてきた『飛翔』を使った。
 防壁の味方と挟撃する態勢だ。
 ヤギの角をもつクロノヴェーダは、金髪を乱して前後を振り返る。
「僕の手腕を疑うのかい? 勝ってから言いたまえよ!」
 背後の上空から視線を戻すと、胸壁にいたディアボロスたちが、それぞれ別方向に駆けだしている。
「今度は敵が単数、こちらが多数ですので相手を複数の方向から狙える場所で戦いましょう」
「いいだろう、作戦は合わせよう」
「ここで倒さんとだし気合入れなおしてゴー☆」
 橙花の号令に、エトヴァと天が応えた。
 天は、敵から遠ざかりながら、歩廊の折り返し地点を目指す。その間も、大型拳銃『Vertex.M51』をぶっ放している。仲間への援護を主体にして。射撃は彼女に任せ、橙花は反対方向へと走る。あえて姿をみせることで、敵の注意を引き攪乱した。エトヴァは胸壁を遮蔽に利用しながらゆっくりとだ。
 クロスボウに魔力の矢を番える。
 まるきりうずくまったのでは敵の動きは見えない。魔力障壁で身を護りつつ、遮蔽から遮蔽へと移動した。
 空が唸る。
 レイが、アクロヴァレリアの出力を最大にして、瞬間的に音の壁を超えたのだ。
「……!」
 アヴァタール級のヤギ足が、振り返りぎわにもつれる。不意打ちのタイミングを、エトヴァは逃さない。
「――光、守護と成せ。『Fedelschüsse(フェーデルシュッセ)』!」
 クロスボウからの矢が、精密連射される。
 青き羽根の残像をともない、『ピエール・ダルク』の甲冑へと次々に突き刺さった。
「ぐぅっ! ……うう、うふふ♪」
 呻き声をあげた同じ口の端が、きゅっと吊り上がる。
「復讐しよう。そうすればジャネットの為になるだろう!」
 笑いながらの怒りには、なるほど狂気が見て取れる。エトヴァは、用心深くタワーシールドも構えた。戦旗をはためかせた槍の突撃が、城壁を登ってきた。
 幾重にも張った守りは、凶悪な痛打に突き通される。
(「その憤怒の元凶が、自作自演だと知ったらどうするのか。あなた方の女王はそんな存在だと、言っても聞く耳もたなさそうだが……」)
 シールドの裏で耐える。
「お門違いの恨み言だな。ましてや、お門違いな八つ当たりをされる民の立場など……理解することはなかろうな」
 ふいにエトヴァが、顔を見せてピエールと視線を合わせた。
 横殴りのように、高速で迫ったレイが、キマイラウィッチを胸壁から叩き落とす。
「この空を駆ける、これがボクの……機動戦闘の極致だ!」
「わあぁぁッ!」
 頭から堕ちるピエールに、降下しながら追いすがるレイ。わずかな時間だが、あまりの速度に世界は止まったようになり、そしてブレた。煌剣『シュトライフリヒト』を握った彼女がいくつも現れて、敵を幾度も一閃する。
 ボロボロになった胸鎧に、笑うピエールが顎をつけて、レイの本体を見返してきた。
「死を恐れてはいない。僕はジャネットの為に生まれてきた」
 下半身の異形化が進む。垂直の壁に蹄を引っかけると、地面に激突することもなく、残像をかわしはじめる。やはり、ピエールはレイの位置を捉えている。
「アルヴァーレ……展開!」
 幾何学模様の結界が張られた。
 蹄の蹴りが、結界とインパクトする瞬間に、レイは『姿勢制御用噴射装置【Leprechaun】』を瞬間噴射。
 異次元の空中機動でフラットスピンを慣行し、異形の攻撃をいなして弾く。
「ちぃッ! ……うふふ。勇敢に死ぬんだ。総てはジャネットの為になるからね」
 攻撃が届かなかったアヴァタール級は、妄執を魔槍に宿して、壁面を走る。
 レイは、噴射を続けて後退、高さで言うなら上昇した。この働きは、自分のための攻防ではない。視線を巡らせなくとも、初動で判っている。
 胸壁の上からの、橙花とエトヴァの援護と、そして天。
(「戦闘がある程度派手になって来たら、私の攻撃頻度が減っても気にならなくなるだろうし、コッソリ敵の死角への回り込み大作戦―☆」)
 歩廊の折り返しを回った天は橙花たちの向い側、ちょうどピエールの背中を狙える位置なのだ。
 もちろん、レイたちが注意を引いているからこそである。
「からの~……ザ・突貫☆」
 納刀したまま、跳躍した。
 『初式抜刀「難陀」(ショシキバットウ「ナンダ」)』は、捌式抜刀の基礎中の基礎。構えは奇をてらうこともなく、王道を征く。
 ただし今は、その姿勢のまま、壁から壁へと跳んでくる。
「ズンバラリン☆ ウェイ☆」
 一瞬の太刀筋に、甲冑の背が真っ二つに割れた。
 中身の異形化したピエールが、勢い余って歩廊の上に投げ出される。
「ディ、ディアボロスめぇ~! 僕は、これしきの騙し討ちは怖れないぞ。ジャネットの受難に比べれば、これしきの……!」
 強がりだろう。
 背中の負傷箇所に手をまわし、その刀傷をつけた相手を警戒するあまり、壁の下を覗いている。
「目前の敵から目を離すとは、戦う者としては未熟では?」
 歩廊を駆け、橙花は距離を詰めた。
 研ぎ澄まされた感覚のまえでは、隠しようもなく露わになっているクロノヴェーダの存在そのもの。切断できる断面を認識した上で、橙花は正確無比にその軌跡を切り裂く。
「『呪剣【繊月乃刃】(ジュケン・センゲツノヤイバ)』、貴方を終わりの旅へと、誘いましょう……心配不要です。貴方の主君もいずれ同じ道を歩むのですから」
「ジャネット……! ぼ、僕は!」
 もんどりうって、アヴァタール級『ピエール・ダルク』は、今度こそ要塞の外側へと落ちていった。
 橙花のそばへと着地したレイは、すこしは気が済んだような顔を、ゴーグルデバイスの奥に覗かせる。改めて眺めるに、サラマンカから広がる景色は良いものだ。
 エトヴァは仲間たちと決意を新たにする。
「キマイラウィッチには渡さない。この場所から、イベリアを取り戻そう」
「うん☆ ……帰還前にちょっち映えポイント見て、テンアゲしてくるー☆」
 胸壁の端っこにへばりついていた天が、ひっこめていた首を伸ばしてその笑顔を見せた。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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