大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『海賊船で漕ぎ出そう!』

海賊船で漕ぎ出そう!(作者 大丁)

 霧を抜けてきたのは、オール漕ぎの船だった。
 10人程度の黒っぽい人影が、縦一列に座って腕力をふるっており、船尾の一段高くなった位置から、金髪の若い男が号令をかけている。
「見やがれ、ヤ・ウマトの海だ! ……いや、振り返って見なくていい。そのまま漕ぎ続けろ」
 屋根も船室もなく、大型のボートといったところ。
 一本だけあるマストには、畳んだ帆が括られている。全体に古びてみすぼらしいのだが、金髪男の後ろに掲げられた旗だけは、手の込んだ刺繍がなされて立派だった。
 金貨をかじる髑髏である。
「いいかんじの島がありそうだ。俺様に従ってりゃ、略奪チャンスが途切れることはねぇゼ!」

 新宿駅グランドターミナルのホームに、新たなパラドクストレインが出現した。調査を担当した時先案内人は、資料を抱えたぬいぐるみたちとともに車内に入ってくる。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ」
 さっそく地図や画像を、吊り広告用の金具を使って掲出していく。
 二体のぬいぐるみのうち、男の子が高所に登り、女の子が筒状に巻いた資料を下から渡していた。
 作業の間も、ファビエヌは説明を続ける。
「幻想竜域キングアーサー奪還戦に勝利し、新たなディヴィジョンへの道を開くことが出来ました。呼び名は『黄金海賊船エルドラード』。宝探しと略奪が横行する海賊のディヴィジョンです」
 タイミングよく、垂れ幕の要領で地図が開く。
「今回は、冥海機ヤ・ウマトのディヴィジョンの東メラネシアの島々を、エルドラードの海賊が略奪を行う事がわかりましたので、急ぎ、東メラネシアへ向かい、海賊の略奪を阻止していただきますわ」
 次に釣り下がったのが、船の絵。
「エルドラードのクロノヴェーダ種族、アビスローバーは、大きなボートにマストを取り付けたような小型の海賊船で島を襲うようです。いまのところ彼らは、略奪後にこの船でエルドラードに戻るようにしています。乗ってきたアビスローバーを全て撃破すれば、海賊船を奪取し、自分たちのものとして操って、エルドラード側の太平洋に移動する事も出来る筈ですわ」
 ぬいぐるみたちが交互に、地図のディヴィジョン境界を行き来してみせた。
「小型の海賊船で、小艦隊を組む事ができれば、エルドラードの太平洋を探索する、移動拠点とすることが出来るでしょう。メラネシアの人々を救援し、アビスローバーを倒し、海賊船を手に入れてくださいませ」

 案内はさらに続く。
メラネシアの島を襲うアビスローバーから人々を救い、敵を倒せば作戦は成功なのですが、それだけでは、メラネシアの人々を救った事にはならないようなのです」
 メラネシアの人々は、冥海機が戻ってきて、物資の補充などをしてくれると信じているため、残った資源を節約して耐え忍ぶ生活をしている。
 しかし、ディアボロスが冥海機ヤ・ウマトの攻略を進める限り、冥海機がメラネシアに戻って来ることはない。
 つまり、島の人々は、来るはずが無い補給が来るのを待っているので、保存した物資が尽きれば、餓死するか、或いは、近隣の島を襲って略奪を行うかといった状況に追い込まれてしまうのだ。
 さっきまで手伝いあっていたぬいぐるみが、喧嘩の真似事のようなお芝居をした。
「餓死よりも略奪を選ぶものが多いと思われるため、近い将来、メラネシア東側の島々で、島民同士による殺し合いが発生する危険性が高い状況です。これを防ぐ為には、アビスローバーとの戦闘前、或いは、戦闘中に、島の人々に演説を行い、冥海機に頼らずに生き抜くように扇動する事が必要です。排斥力によりディアボロスの存在は思い出せなくなっても、冥海機が戻ってこないかもしれないので自立しなければならない、という意志を、島民に残す事は出来るので、可能ならば、群衆への演説を頑張ってください」
 ファビエヌは、いさかいの間に立って仲直りの握手をさせた。
 ふたたび左右に分かれたぬいぐるみが紐を引くと、アヴァタール級とトループス級の図画が出てくる。
「一般人を襲うトループス級は、『イールガイズ』。ウナギと人型を合わせたアビスローバーで、滑りやすい膜を敷くことで高速移動し、カトラス刀で攻撃してきます。指揮する海賊船長、アヴァタール級『スヴェンスガード』は、海水を武器にした斬撃が得意なようですわ」
 戦闘終了後は、無人の海賊船を接収する事ができる。
「今回、手に入るものには、金貨をかじる髑髏の旗がついていて、それも含めて全体がクロノ・オブジェクトであり、ディヴィジョンの境界を越えてエルドラードへ帰還しやすい構造になっています。海賊船を操って、エルドラードに向かえれば、依頼成功です」

 掲出の資料を車内に残して、ファビエヌとぬいぐるみたちは、ホームへと降りた。
「小艦隊を組めれば、エルドラードの海を冒険することもできましょう。伝説の大陸など、イイコトが待っているような気がしてますわ」

 背が高くて痩せた男と、腹だけ膨らんだ小柄な男のふたりが、波間にそって砂浜を歩いていた。
「これじゃ……見回り役の意味、ないな」
 痩せたほうが、チラと振り返る。
 少し離れた位置を、他の島民もぞろぞろとついてきていた。
 しかし、小柄な男は興味なさげで返事もしない。うつむき加減で、海さえ見ていなかった。
 一方通行の言葉だけが続く。
「みんな……できることもないからさ。冥海機様がおいでにならないか、俺たちの報告を待つくらいなら、自分で確かめに来ちゃうんだろうな……。いっそ、役目を誰かに代わって貰って……おい、聞いてるのかよ、テヴィータ
「……」
 名を呼んでも顔をあげてくれないので、痩せた男の語気がだんだん荒くなる。相手の肩を小突きそうになったところで、後ろの島民が騒ぎ出した。
 いさかいを咎められたと思ったのか、ばつの悪い顔で振り返ると。
「おーい、シオネ! テヴィータ! あれはなんだー!」
 みんなが海のほうを指差していた。
 シオネは、すぐにまた振り返ると、波間に目を凝らす。
 船影だ。
 そう、待ちに待った船影なのに冥海機のものではない。
「なんだと、思う?」
「……」
 さすがに気がついたテヴィータとふたり、正体をはかりかねた。

 島民たちは、見回りのふたりのところまで来て、ある者は海にくるぶしまで浸かりながら船影を確かめようとする。結局、集落はほとんど空っぽになったので、ツェニトハルム・メーベルナッハ(天頂より伸べたる腕・g10816)も、海岸へと出てきた。
「クロノヴェーダの意向に翻弄されるばかりの方々、放っておく訳には参りません!」
 銀色の髪は、液状になびく。
 薄衣のドレスが示すとおり、彼女は『セイレーン』だ。
「まずは自立へと導くこと、これが奪還への一歩ですね! 確とこなして参りましょう!」
 ディアボロスとして初めての仕事であった。
「はい! わたしは皆様の生活援助に訪れました者!」
 自信ありげな表情で、大きな声を砂浜に響き渡らせる。
 人々はいっせいに振り返った。
「皆様の自立をお導きするべく、星の導きにて参上致しました!」
 洋上の船と、交互に見比べる島民もいる。
 見慣れぬものが一度にふたつ現れたのだ。なにか関係を考えるのも当然である。けれども、ヤ・ウマトの世界としては異質な海賊船に比べて、ツェニトハルムの姿に驚かれはしなかった。
 違和感を与えにくい、ディアボロスに特有の力のおかげだ。
「聞けば此方の集落は冥海機の皆様の援助のもとにて生活しておられましたとか。然し、かの方々は戻ってこられると申しましてもいつ、とは申しておられなかったご様子」
 掴みは良さそうだと占星航海士は、演説をはじめた。
 島民たちのざわつきも、徐々に減っていく。
「即ち、戻ってこられるまで何か月……下手したら何年もかかりかねない、のっぴきならぬ事情があるやもしれません! ですので、援助に頼らず生活できるようになりましょう! ご心配なく、わたしもお手伝い致しますので!」
 持ち込んだ『残留効果(エフェクト)』は、土壌改良だ。
 これなら、任務後に島を離れても人々の助けになる。あとは、当該地域で育成可能な作物の種や農具があるので、やり方をおしえればいい。
「ああ。もう少し、時間が欲しかったですね……」
 農業の手伝いまでは叶いそうになかった。
 ツェニトハルムの位置からは、みるみる海賊船が近づいてくるのがわかる。『金貨をかじる髑髏』の旗まではっきりしてきた。
 演説への同意や、自立への決心は、まだ半分といったところ。
 アビスローバーを迎え撃つ準備にうつるか、あるいはもう一押し、演説を続けるか。

 ボートサイズの海賊船は、浅瀬に入ったようだ。
 漕ぎ手の黒っぽい人影の一部が、錨を投げたり縄を結わえたりしているが、残りのほとんどが波とともに砂浜へと寄せてきた。曲刀カトラスを振り回しながら。
 ツェニトハルムの演説に聞き入る島民の、背後へと迫っている。
 このトループス級アビスローバー『イールガイズ』の群れを、横から迎撃するディアボロスの別動隊。
「ちょっと手を貸すだけのつもりが、結局は最前線かよ。こうなりゃ派手に暴れてやるぜ!」
 ユーゼスト・タウルスカイ(仕えるものなき破戒執事・g07140)はインセクティアだ。
 甲殻は、南海の陽光を反射して瑠璃色に輝き、海賊たちの目を引くには十分である。執事らしくオーダーメイドの黒服を着こなし、オールバックに整えられた髪型と、これもまた黒光りするサングラスをきめていた。
 いっぽうで、学者風に白衣をはおり、魔剣を携えた女性がけだるそうに長髪をかき上げる。
「『黄金海賊船エルドラード』と『冥海機ヤ・ウマト』の境界線、各ディヴィジョンの文化的背景には興味があったのだが……。敵の姿を見てしまったのなら仕方がない」
 戸隠・椿姫(戸隠家当代は日々を読書で怠惰に暮らしたい・g02466)は、独特の動作で剣を振る。
 刀身が伸びて、金属片を繋いだ鞭になった。いわゆる、蛇腹剣だ。
 攻め手も守り手も、膝まで海につかったまま、戦いをはじめた。クロノヴェーダは習性なのか、上陸して一般人を襲うよりも、まんまとディアボロスに引き付けられたらしい。
 黒い人影は、近くで見るとまさにツルツルの肌をしたウナギ人間であった。
 全身から垂れた粘液が足元をつたい、潮に溶けだしている。
「ほう……」
「ふむ」
 ユーゼストと椿姫は、感心と興味のまじった声を同時にあげた。
 粘液には、イールガイズの身体を滑らせ、変幻自裁の動きを可能にする効果が、海水にゆらめいたままでも維持されていたからだ。
 死角から狙うカトラスの一撃。
 しかし、ユーゼストを捉えることは叶わなかった。
「こんなナリでも見失うって、面白え技だろ? 『咬切の隠顎』さ」
 インセクティアの執事の速さが、滑るウナギ人間を上回る。鋭い手刀が、黒い皮膚に鋭くめりこんだ。
「その命、少しだけ喰らわせて貰うぞ」
 椿姫の蛇腹剣・臥龍庵がしなる。
 金属鞭の先端による高速斬撃が、トループスたちを寄せ付けない。かすめるように放たれる切っ先に、イールガイズは距離をとり、粘液を網状に変えた。
 ディアボロスたちを捕らえてから曲刀で始末しようとする。
 ふいにユーゼストが素顔をみせた。
「こっちはほんの旅行気分なんでね。長引かせる気はないな」
 鋭い眼光を光らせ、外したサングラスを投げる。宙で反射した光に、アビスローバーたちがひるむと、蛇腹剣の旋回範囲がさらに伸びた。
「『戸隠流臥龍剣 一の型・悔契(トガクシリュウガリュウケンイチノカタ・クイチギリ)』!」
 椿姫の武器はさらに、補食形態へと転じる。
 ウナギ人間たちを食いちぎり、傷口は刀で斬ったよりも、深く酷いものとなった。方々で悲鳴をあげる海賊たち。
 そして、東メラネシアの海にポチャンと落ちる、サングラス。
 一瞥だけくれた椿姫の視線に、ユーゼストは肩をすくめてみせた。
「なに、安物さ」
 海賊船を固定したトループスも、浜へと襲ってきている。

 見知らぬ者たちの戦いに、島民たちもまたざわめきだした。とりわけ、アビスローバーの姿には脅威を感じているようだ。
 『海戦』から『略奪』へ。
 クロノヴェーダのエネルギーが切り替わったことで、一般人の感情も影響を受けているのかもしれない。三間・勲(漁火・g10186)は気が急いた。
「冥海機を追い詰めたのは他でもない僕達だけれど……」
 だからこそ、行動を起こさねばならない。
 演説の応援に加わる。
「冥海機が今どこにいるのか、不安ですよね。僕達は彼女達の居場所を追いながらここまで来たのです」
「……なんだって!?」
 見回り役の痩せた男性、シオネが驚きの声をあげた。
「おまえら……いや、あなたたちは何者なんですか? 冥海機様は、いまどうして……」
 探していた答えを得ようと、矢継ぎ早に質問が出てくる。
 当然の態度だ。しかし、海賊たちが迫っている。勲は個別に答えるのを避け、演説を続けた。
ラバウルニュージーランドソロモン諸島……既に各地の拠点が放棄されていました。どうやら冥海機は重要な拠点に戦力を集めているようです。残念ながらここには当分戻って来ないでしょう」
「そんな!」
 男性の表情が硬くなる。
 絶望させないために、ディアボロスは『士気高揚』を使った。
「勝利の為、彼女達はそう判断せざるを得なかったのかもしれません。しかし彼女達は、きっと諦めていないはずです。皆さんも彼女達を信じているのであれば、助けと補給をただ待つだけではいけません。今もどこかで戦っている彼女達に顔向けできるように……」
 この際、クロノヴェーダへの依存も逆に利用させてもらう。
 なにより、島民に勇気をもってもらうよう、勲は言葉に熱を込めた。
「ここに居る者同士で協力し、護り合って、畑を耕して……前を向いて、しっかりと生き抜きましょう!」
 最後は、団結への呼びかけで締めた。
 効果はすぐに現れる。ずっとだまっていた小柄なほうの男が、相棒の肩をたたいたのだ。
「シオネ……。この人の言うとおりだ。俺はがんばってみたい」
「テヴィータ、……そうか、そうだな!」
 ふたりの握手に島民たちも湧きたった。勲と、ツェニトハルムは危機が迫っていることも伝え、集落への避難を促す。士気があがっているあいだなら、略奪への恐怖も打ち破れるのだ。

 島民たちが退避に動き出したところを見届け、ツェニトハルム・メーベルナッハ(天頂より伸べたる腕・g10816)は波間に向かう。
「無粋な賊の皆さんには、早々にお引き取りを願いませねば!」
 叶う限り、集落への道を塞ぐような立ち位置をとる。
 ウナギのアビスローバーの残りは、全身に粘液をまとわりつかせていた。ディアボロスたちはパラドクスを合わせて、この敵を一掃にかかる。
「欲望と衝動に穢れたるそのお心、この花弁で以て浄めて差し上げましょう!」
 星々より集めた浄化の魔力帯びた光。
 ツェニトハルムは、無数の桜の花へと変えて、イールガイズの周囲へと放った。渦巻き、接触した黒い表皮を焼き焦がす。
「あぎゃぎゃ!」
「いてー! あちぃ!」
 海賊どもは、悲鳴をあげている。さらに残り少なくなった敵のなかから、花びらを粘液に包んで無力化するものがあらわれた。
「どーだー! 俺たちは海賊よ、おまえの光るモンは奪ってやったぜ」
「敵のカウンターが飛んでくる可能性、ってこれですか!」
 悔しいことに、敵のカトラスが炎熱化されている。ツェニトハルムにしてみれば、とりあえずにでも頑張って斬撃を避けるしかない。
 身体をひねって反転した際に、集落の方向が見えた。
「島民の皆さんの慎ましい暮らしを、邪魔させは致しません!」
 ましてや、浄化のための魔力を、略奪に使われるなど許しがたい。セイレーンの占星航海士は、いまひとたび星々から光を集めた。
「それでは皆さんどうぞご覧あれ! 春夏秋冬お構いなしの桜花満開! 清らな光を纏って吹雪けば、ささくれた心もスッキリ癒される事でしょう! 『満開!煌めき花吹雪!(グランツシュトゥルム・キルシュブルーメ)』!」
 一撃目とは比べ物にならない量の花びらが舞った。
 イールガイズのまとった粘液など、剥ぎ取るほどの勢いで。
「わたしの光を以て、滅びへと導かれるがよろしいでしょう!」
 仲間たちも残敵の包囲に加わり、トループス級アビスローバーを殲滅する。
「おいおい~。俺様の到着までもたねぇのか。これじゃ、ヤ・ウマトの連中相手でも上陸できたかわかんねぇな!」
 配下の死体が海に沈んでいくのにも関わらず、アヴァタール級は笑っていた。
 金髪の毛先が、水の玉のようになって宙に流れていく。

 ふてぶてしい素振りで浅瀬に立つアビスローバー、『スヴェンスガード』。対峙するディアボロス、ツェニトハルム・メーベルナッハ(天頂より伸べたる腕・g10816)は声を張った。
「親玉さんのお出ましですね! この島のモノは何一つ奪わせはしませんよ!」
「は~ん。手下を討ったからって、俺様にも勝てるつもりなのぉ~?」
 アヴァタール級は、顔を斜めにかしげて、砂浜のほうを眺めた。三間・勲(漁火・g10186)が、駆けてくるところだ。
「海の平穏は、僕達復讐者が守ります!」
「復讐者ねぇ~。俺様は、略奪される側の感情が欲しいだけだぁ。漕ぎ手がやられたくらいじゃ、仕返ししようなんざ、考えねぇ。だが、お前たちはいま倒しておいたほうが良さそうだなぁ!」
 金髪から染み出した水玉が、大きな波に変わった。握りこんだコインが、ザクザクと増えていく。
 勲は、仲間たちへと目配せする。住民の避難は完了したと。
 海賊退治に包囲をつくるなか、ツェニトハルムは村の方角を意識して立ち位置を守った。クロノヴェーダが戦闘を優先することはわかっているが、ただその口先だけを信じる真似はしたくない。
「敵がわたし達を突破して村へ向かってしまう事態を防ぎましょう」
 陣形をつくるなかで、さらに増援が来てくれた。
 アルトゥル・ペンドラゴ(篝火の騎士・g10746)が展開する『爆焔の攻陣』は、味方を鼓舞して士気を高めるものだ。
「――『己が力をもって、活路を見いだせ』!」
 神算軍師のガーディアンナイトが号令し、ツェニトハルムは天にむかって大きく手を突きだす。
「はい! 『スターダストミサイル』!」
 召喚された星屑のごとき美しい輝き。
 魔力弾が海面に降り注ぐ。
「させるかぁ! 俺様のお宝!」
 海賊の手は、水平に持ち上げられる。
 召喚された『ミミックコイン』が、手の動きに合わせて扇状に飛び掛かってきた。スターダストとコインがぶつかり続ける。
 その圧力に、ツェニトハルムは顔をしかめた。
 自分が支えなければ、と気負ったせいだが、すぐに自信ありげな表情を取り戻す。まわりには、ディアボロスの仲間たちが同道しているのだ。
「連携して戦いますよー」
 各自が応え、それぞれの詠唱にはいっていく。
 スヴェンスガードはコインを召喚しつつ、パラドクスを見回した。
「来るなら、来てみろよぉ!」
 少しは焦った様子で、海水をうねらせている。触れれば斬れる武器なのだ。そして、緩急をつけた変幻自在さで、どこからでも繰り出してこられる。
「遠隔の連撃か? 対しこちらの得物は戦旗槍……ある程度距離を詰めねばまともに一撃を与えられないだろう」
 アルトゥルが考えあぐねていると、さざ波の鋭さが、鎧を抜けてきた。
「くッ!」
 もちろん痛みはあるが、倒れるわけにはいかない。
 海水の斬撃を盾で捌きつつ、一歩ずつでも着実に距離を詰めていく。戦旗槍を推したてて。
(「……別に当たらなくてもいい。それを避けたことで隙ができれば周りの攻撃のチャンスになるのだから。こちらの一撃でとどめを刺せるなんて思ってない。少しでも周囲に繋げる攻勢を仕掛けていくぞ」)
 勇敢なる姿を示すことこそが、『爆焔の攻陣』なのだ。
 勲も、コインの投射範囲にあえて飛び込む。ちゃんと備えていて、士官服の上に雨衣を重ねて羽織った姿だ。
「僕の『天候予測』は、僕が望んだ天候を呼び寄せます。……『雨虎(アメフラシ)』!」
「おいおい~。まだなんか降ってくんのかぁ?」
 船乗りだからか、空模様は気になるらしい。スヴェンスガードは、チラと見上げた。本当に、不気味な赤紫色の雨雲がやってきていた。
「ええ。一雨降りますよ」
「のんびり、遊んでもいられねぇ」
 強がりを言って海賊は、ミミックコインの勢いを増した。決着を急いでいるのは確かだ。雨衣を頼りに勲は耐え、可能な限り致命傷を避けるように努めた。
「ちょっとくらい痛くても平気です、島の皆さんに怖い思いをさせるよりは……!」
 雲は近づいてくるが、スターダストのための空間は避けてある。
 そして、敵のもとへと最接近した戦旗槍が、海賊へと直に刺突を浴びせだす。
「ぐぅ~! うっとおしいぞぉ、お前らぁ!」
「局地的大雨にご注意下さいね」
 勲が、予測を口にした。
 次の瞬間、雨の弾丸が『スヴェンスガード』の頭上を狙ってくる。
「う?! うわぁ、俺様が、これしきの荒れ模様でェ」
「もっとも、パラドクス攻撃なので避けようが無いのですけれど」
 海賊の姿がどしゃぶりの彼方へと覆い隠される。
「古人曰く、略奪を重ねる者は最後には必ず略奪される側に回るといいます」
 ツェニトハルムが、言葉を添える。
「即ちそれは今この時ということ! 何もかもを奪われ、滅びるがいいでしょう!」
「あああああぁっ~!」
 アヴァタール級アビスローバー『スヴェンスガード』は、まさしく海の藻屑と消えていった。けれども、彼の乗ってきた海賊船は、沖合に錨を下ろしたままだ。

「さてさて、後は船を頂戴して大海原へ漕ぎだすのみですね!」
 ツェニトハルム・メーベルナッハ(天頂より伸べたる腕・g10816)が呼びかけると、戦闘に参加していたディアボロスたちは武器を収め、笑ったり頷いたり、あるいは声をあげたり、めいめいに応えてから沖へ向かった。
 敵から護るために、集落のある側を意識して戦っていたツェニトハルムは、最後にもういちど振り返る。
「島民の皆さん、良き星の導きがありますように!」
 土壌改良は残せたし、力を合わせた演説が、きっと自給の道を開いてくれるだろう。
 乗り込んでみると、海賊船は小さなものだった。
 古びているし、クロノ・オブジェクトとは思えないようなみすぼらしさだが、それも時先案内人から聞いていたとおりだ。なにより海賊旗だけは立派で、どうやらこれが行先を教えてくれるらしい。
 セイレーンの占星航海士として、ツェニトハルムは天体の動きを観測し、これらのことを確かめた。
「向かうべき方向は定まりました。あいにく風は出ていませんから、みなさんで頑張って漕ぎましょう。エルドラード方面へ参ります!」
 ディアボロスたちは、船体に対して均等になるよう別れて座り、オールを手にする。その代わりにアルトゥルは、戦旗槍を傍らへと置いた。
「かの、金貨をかじる髑髏が活路を見いだすというのなら、私も付き合ってやろう」
「まぁこれも、ちょっとの手伝いだ」
 ユーゼストは髪を後ろに流すと、新しいサングラスをかけ直した。椿姫は腰かけるさいに、白衣が皺にならぬよう、裾をもちあげる。
「ディヴィジョンの境界を見ておくのもいいだろう」
「向こうも平穏な海とはいかないかもしれませんが、きっと守ってみせます。この船もその一助に」
 勲は、握る手に力を込めた。
「艦隊を組めましたらどんなイイコトが待っているでしょうか! 楽しみですね! それ、よーい……」
 ツェニトハルムが号令をかけ、オールが一斉に動き出す。
 海賊船はグングンと進み、島から離れていく。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

tw7.t-walker.jp

全文公開『最も多い人形』

最も多い人形(作者 大丁)

ごきげんよう。当列車の時先案内を務めます、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ」
 挨拶のあと、ぬいぐるみたちがスイスの地図を掲出した。
「皆様の活躍で、断頭革命グランダルメの断片の王、人形皇帝ナポレオンの拠点を特定できました。ナポレオンはスイスのベルンで、決戦の準備を行っているようです」
 差し棒で当地を示すとともに、いくつかのルートもなぞられる。
「フランス全土の大陸軍は、ナポレオンの居場所をディアボロスの目から隠す為に、敢えて、ベルンに集結せずに各地に留まっていたようですが、拠点の情報をディアボロに掴まれたことで、留まる必要が無くなりました。現在、フランス各地の大陸軍が、スイスに向けて進軍を開始しております」
 地図の上をなぞる道筋は多い。
大陸軍の中核となる精鋭部隊は、既にスイスに集結しているようなので、動き出した大陸軍は精鋭とはいえない部隊のようですわ。もちろん、戦争では数の力は侮れません。来るべき戦争において、敵の戦力を削るためにも、この合流しようとする大陸軍を可能な限り叩いていただきます」

 スイスに向かう大陸軍は、行軍速度を優先して周囲への警戒などはほとんど行っていない。
 パラドクストレインで、先回りする位置に向かい、進軍して来る大陸軍を迎え撃って撃破すればいい、とのことだった。
「皆様に受け持っていただく敵部隊は、すべて自動人形で構成されています。アヴァタール級『剣の公爵』に率いられた大群のトループスであり、『征服人形』がほとんどですわ」
 指揮官はともかく、グランダルメでの戦いではよく見る顔だ。
 銃を構えた歯車である。
「この征服人形は、『オートマタ・レギオン』という、一斉射撃が得意なようです。数が多いうえ、指揮官のことも護ってきますわ。その『剣の公爵』も、刃に光を纏って放つ『輝光の剣』という遠距離技を使うようです。ご注意はしていただきたいですが、ディアボロスの皆様なら、必ず勝利できると信じております」

 パラドクストレインは、すぐに出発する。
 案内を終えたファビエヌはホームへと降りた。
大陸軍の進退がわからないあいだ、わたくしも気を揉んでおりました。今回の動きからも、ベルンの拠点を突き止められた件が、ナポレオンにとって誤算であったのは間違いございません。ようやくイイコトになりそうですから、どうぞ、存分に敵戦力を削って来てくださいませ」

 山地の稜線を、なかば強引に横切りながら、自動人形の列が続く。
 前から三分の一といった位置に、指揮官の姿があった。
「諸君には、グランダルメで一番の強みがある!」
 機械式の大剣を掲げて指揮官は、配下たちを鼓舞していた。
「それは、数が多いことだ。同種の機械が連携しあうことで攻撃の精度は上がる。正直に言おう、私がいかに剣の使い手であろうとも、諸君らと互角に戦うことなどできまい」
 褒めちぎるのに躊躇のないアヴァタール級である。
「つまり、最も多い人形こそが、陛下の危機を救えるのだ! 急げ、進め!」

「すげえ数と勢いだな……! 各地からこんなに集結されたらたまんねえ」
 列車から降りて、襲撃ポイントに潜んでいたイーラ・モンコ(デイドリーム・ビリーバー・g09763)は声をあげた。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も、迷彩柄のコートで周囲に溶け込んでいる。
「ベルンを突き止め、ナポレオンを確実に追い詰めている証拠でもある……」
 案内人の言葉を繰り返した。
 レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)が頷く。
「ええ、スイスには行かせません。どれだけ優秀な将が居たとしても、所詮1人は1人。真に戦争を動かすのは数です。あらゆる事を軽視せず、盤石に備える必要があります」
「後々の戦争がラクになるからな。みんなで協力して、ここで人形を絶対全滅させて、ベルンに集結する数を減らすぞ」
 再び首をひっこめたイーラに、皆がそれぞれの策を話した。
 ナポレオンの優秀さが云々というのは現実世界の過去のこと、この戦いにおいては当てはまらないかもしれないと前置きしたうえで、レイは敵兵の攪乱を推した。それを受けてエトヴァが、アヴァタール級指揮官の号令が届かぬよう、隊を横合いから分断するかたちで奇襲する案を出し、作戦がまとまる。
「ファビエヌと同じように、大陸軍の進退にもどかしく思っていたのもあるが」
 合図が来るまでのわずかな間に、エトヴァがもらしたことだ。
「俺にもこんな感覚があったことに驚いているよ。……戦いたい。この帝国の落日をもたらすまで」
 大群のトループス級は、揃いの動きで行軍している。
 情報どおり、警戒を薄くして速度をあげていた。ディアボロスたちは、指揮官が稜線を越えようとしたあたりで、両方の峰から襲い掛かる。
「特に最初は、囲まれないように立ち回ってくれ!」
 それだけ言うとエトヴァは、自分の演奏に集中した。
「相手は射撃タイプが多いみたい、なのでボクは接近して相手を撹乱させます」
 レイが構えるは高周波式忍刀『蒼宙(アオゾラ)』。
 トループスのあいだを駆け抜け、隊列を前後に切り分けた。敵陣に敷かれた道に沿い、仲間たちが続く。
「――踊り、謳え、心の儘に」
 ヴァイオリン魔楽器『Wandervogel』から、高揚するような舞踏曲があふれだすと、その情熱は煌めく炎を生む。分かたれた隊列の両側を炙るように、エトヴァは火炎を操った。
 征服人形の担いだ銃器と携えた火薬が熱で破裂する。
 衝撃にくずおれるオートマタたちだったが、それさえも盾にして、次の列がきっちりとした銃撃態勢を整えてきた。
「……! 一斉射撃の構え、『オートマタ・レギオン』か」
 気がついていても天使のサウンドソルジャーは、楽器からタワーシールドへの持ち替えに一瞬、遅れる。揃いの動きの射撃手は、その隙を見抜く。
 被弾はただ、迷彩柄の防弾コートで軽減するよりない。
 耐える最中に、エトヴァも看破していた。アヴァタール級『剣の公爵』が、号令を発している。レギオンは、個体の情報を機械のあいだで共有する能力だ。命令を受けた制服人形にむかって、エトヴァは炎の奔流を収束させた。
 かの個体を撃破すれば、陣形は乱れるはず。レイが意図を汲み、命令が拡散されるまえに、それに追いつこうとした。
 『人機一体:纏雷霆(フォビドゥンスパークル)』を発動し全身に雷霆を纏う。
 自身の魔力とフォトンエネルギーを混合したものだ。
 さらに、飛行ユニット『アクロヴァレリア』の推進力、そして『蒼宙』の鞘に備わった、電磁加速による抜刀の加速を重ねた。
「退屈はさせない」
 件の個体を両断する。
 散らばる歯車とともに伝達命令は失われ、トループス級全体の動きもバラバラになりはじめる。
 ディアボロス側は各自で人形を撃破しながら、さきほどのエトヴァとレイのように、ときに狙いを合わせてレギオンを削ぎ落していった。
 そのレイは、続けざまに最速のヒット&アウェイを繰り返している。
 戦場に火の手があがるのを目の端に捉えて、また攻撃を合わせようと急旋回した。
「なんでチャーハンっっっ」
「あぁ、めちゃウマだよ♪」
 イーラが、中華鍋をふるっている。
 さっきの火は、調理のために魔力で出したものだった。手際よく、早業で、見る間にご飯粒がパラパラに立っていく。
「材料かい? 仕込みを済ませて持参してきたぜ」
 聞いていないことを言われて、レイの疑問は増えたが、今は目の前の状況だ。
 征服人形たちも、それぞれの判断で戦闘を継続している。持っている銃を投げつけてきて、それをもう一丁で撃ち抜くことで、爆発攻撃を仕掛けてきた。
 正確さは劣るが、この『ガンスリンガーズ・ボム』でディアボロスの移動を阻害しようというのだろう。
 レイは、多重に展開した結界で威力の緩和を行い、これを防ぐ。止まってなどいられない。
 中華鍋のふりもシメのヤキ入れだ。イーラは出来上がったチャーハンを一瞬で平らげた。
 まさしく特級厨師に特徴的なパラドクスだ。
 料理によって高めた大きなオーラとアツい情熱を、征服人形の群れへと打ち出す。命中し、破壊された人形が、稜線を境にどちらへも転がっていった。
「すばらしい熱量だ。トループスもあと少し、だが油断はしない」
 エトヴァも感服して、演奏にますます感情を込める。イーラは、指をクイクイっと自分のほうに曲げると、残った敵を挑発した。
「我ながらうっま♪ オラ、次はどいつだ?」
「おのれ! 陛下にお届けするはずの戦力をよくも」
 アヴァタール級『剣の公爵』は、仮面から露出した下半分の顔をしかめた。かくなる上は、と残存兵のすべてに大砲形態への変形を指示する。
「どっからでもかかって来いよ……!」
 調理と食事に、『カノン・フランセーズ』の砲撃は押し返され、動いているトループス級はいなくなった。
 加速状態から戻ったレイは、驚きを笑みにかえる。
「ふふ、無事任務が達成したら、帰りのトレインでチャーハン、美味しく頂きましょうか」
「沢山あるから食べさせてやるよ♪」
 ディアボロスたちは、そんな約束を交わしながらも、処刑執行人の大剣から目を外さない。
 刀身からたてる歯車の軋みが、アヴァタール級の怒りを表わしているように聞こえた。

 ゴーグル型電脳デバイス『Boeotia』を使うまでもなく、レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)にも相手の感情が読める。
(「リップサービスか何かだったのでしょうけど、折角ですので挑発に使わせて頂きましょう」)
 一歩踏み出すと、『剣の公爵』にむかって、彼自身が発した言葉を投げかける。
「トループス相手に互角に戦えない。つまり、その数多きトループス級を撃破したボク達に勝てる道理は無いと言う事ですね??」
 反応はあった。
 自動人形の唇が、『あ』の形に開いたままになる。虚を突かれた感じだ。
「確かに、大群はもう片付いてしまったな」
 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)が調子を合わせると、イーラ・モンコ(デイドリーム・ビリーバー・g09763)は、同行者たちを頼もしげに見返してから、後に続けてアヴァタール級を煽った。
「私らは力を合わせられるからね♪ あんたも大したもんだが、いまは1人。あんただけ見てりゃいいワケだからラクだよな」
「キサマら……いったいいつから我が軍を付け狙っていたのだ!」
 機械式の大剣が上段に持ち上げられる。
 焦った攻撃の出始めこそが弱点。
 好機と思った瞬間、イーラは大包丁をぶん投げた。大剣がそれを弾くが、その目くらましのあいだにエトヴァたちはタイミングを合わせ、敵を包囲する陣形に移行している。
 投擲したイーラだけが、それを追うかたちで突出していた。
 レガリアスシューズの駆動力によるダッシュで、瞬時に詰め寄っている。
「おまえ、ここ弱いだろ? ふふっ、バレバレだ♪」
 サキュバスの破軍拳士は、心と肉体の両方を駆使し、全魔力の乗った拳で公爵の顎をとらえた。
「ぐはっ! ……ディ、ディアボロスめッ!」
 仰け反った不自然な姿勢から、アヴァタール級は武器を振る。
 機械大剣はすでに発動していたらしい。
 充填された光が、切っ先をなぞって切断技となる。イーラはといえば殴った勢いのままで、『輝光の剣』の届く範囲に、みずから首を突っ込もうとしていた。
 防具のマジックガードとバトルオーラはあるが、はたして致命傷を防ぎきれるか。
「時間稼ぎと体勢崩しにはなっただろ? 後はみんな頼むぜ!」
 敵を見ていたからこそ、覚悟はできていた。
 しかし、斬首は免れる。
 板状のものにイーラのほっぺがムニュと押し当たった。念動力で飛ばしたエトヴァのタワーシールドが、今度は間に合ったのだ。
「もちろん、作ってくれた敵の隙は突かせてもらうが……。俺もあとで腹ごしらえをしたいからな」
「ハハッ♪ チャーハン作る材料なら、まだまだ十分あるさ!」
 浮遊する盾、『Hushed Audience』に助けられながら、イーラは身を起こした。
 剣の公爵は転倒する。
 足の止まった相手に、エトヴァは銃口を向けている。
大陸軍は、ナポレオンを頂点とする統率のとれた軍勢であった。貴方のような指揮官もまたその歯車の一つであったのだろう。ならば、その枝の根本を破壊するまで」
「油断ならぬ仇であったか。陛下に害が及ぶ前に、私が倒すッ!」
 地面で身じろぎする公爵が、次にどう動くか。
 イーラは見張り、レイのデバイスも計算する。
「『≪ - 人機接続:Lynx of Boeotia - ≫』……!」
 『Boeotia』を起動して精神と全武装をリンク。人と機械が互いを補い合い、レイは『人機一体』の状態へ。ガントレットからは、幾何学模様の結界を展開した。パラドクス通信は開けっ放しで、エトヴァの合図を待っている。
「――結束を力と成せ」
 『Sternenkreuz(シュテルネンクロイツ)』が火を噴いた。
 銃弾が、十字型に連射される。
 両肩、鳩尾、頭、心臓。
 命中するたびに小さな部品が、白い衣装から飛び散った。合わせて、レイの機械魔導弓『ACRO』が、動けない相手を射抜き、ダメージを積み重ねる。
「このまま、追い込んで行きましょう」
「ああ。グランダルメの戦力を削ぎ落とすのと同じだ。一手ごと、疎かにはせず」
 弾と矢を受け、ついに自動人形の右腕がもげた。
 イーラが指摘する。
「あいつ、煮詰まってるな。破れかぶれでくるよ……レイさんのほう!」
「攻撃経路……算出!」
 『Boeotia』の超視覚もあわせ、ガジェッティアは各部の機能を駆使した。アヴァタール級オートマタは、残った左腕で大剣を拾い、すさまじい速度で振り下ろしてくる。
 歯車から滴る、強酸性の猛毒。
 接触のタイミングに、レイは身体をフラットスピンさせ、受け流す。
「ボクが狙ったんだ、必ず貫くよ」
 回避したため、標的の位置はレイの背中側だった。
 『人機一体:電撃戦の一矢(ブリッツディゾルバー)』に死角はない。フォトンエネルギーと魔力を混ぜ合わせて形成した矢が、『剣の公爵』の顔を、確実に射抜いた。
 仮面が割れ、歯車がむき出しになると、すぐにその回転は止まる。
 機械大剣とともに分解していく。
「メチャウマだぜ♪」
 列車に乗る前に、イーラは同行者に振る舞うチャーハンを作る。
 食事がすすむ、あっさりスープも添えた。
「戦い終わればいつもと違う帰り道、ですね」
 レイは車中できっと、舌鼓を打つことだろう。
「奪還戦が近づく最中とはいえ……食事も休息も大事にしないとな。ありがとう」
 穏やかな顔に戻ったエトヴァが礼を言う。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『漂着改竄者の着任』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『漂着改竄者の着任』のオープニングを公開中です。
蹂躙戦記イスカンダルを舞台とした、『イオニア海の海戦』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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シナリオ『西進! リグ・ヴェーダ海域へ』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『西進! リグ・ヴェーダ海域へ』のオープニングを公開中です。
冥海機ヤ・ウマトを舞台とした、『フライングダッチマン号、リグ・ヴェーダ海域へ』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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全文公開『亜人の槌と盾』

亜人の槌と盾(作者 大丁)

 《七曜の戦》で蹂躙戦記イスカンダルイタリア半島を新たな領域として強奪した。
 その領域における新たな支配者達が仮の宮殿として使用している、港町バーリの邸宅の一つに、翼をはやした狼の亜人『境界を越えし者』レムスが足早にやってくる。
「兄貴、キルケーがやられた、ディアボロスが攻めて来るぞ」
 《七曜の戦》後に新たに産まれたジェネラル級亜人であるレムスは、彼の兄にしてイタリアの王となるべき『起源王ロームルス』に言い放つ。
「ならば、迎え撃つ準備が必要だ」
 ロームルスがそう告げると、レムスは挑発するように鼻を鳴らした。
「ハッ、準備すれば勝てるとでも思ってるのか?」
「ならば、どうする? 断片の王よりの命が無いままに、支配地を放棄するなど出来はしない」
 ロームルスの威厳ある言葉に、だが、レムスは同意しない。
「俺達亜人は、攻めは強いが守りは弱い。デメトリオスは浅はかだったが、その力は本物だった。そのデメトリオスが攻めて負けたのならば、守勢に回った俺達がディアボロスに勝てる道理が無かろう」
 レムスの提言に、ロームルスは渋面を作る。
 バーリで新たに産まれた亜人達は、まだ充分な練兵も出来ていない弱兵に過ぎない。
 その戦力に、デメトリオスの敗残兵を加えても、バーリを守り通すのが厳しい事は事実だ。
「ならばどうする?」
 ロームルスの問いに、レムスは自嘲気味に答えた。
「『単眼王・アンティゴノス』を頼るしかない。『砕城者・デメトリオス』は、アンティゴノスの息子だった。アンティゴノスは、デメトリオスの仇を取ろうとするだろう。アンティゴノスを頼り、その仇討ちの軍勢に加えてもらい、ローマを取り戻すのだ」
 暫し思案したロームルスは、最終的にレムスに同意した。
「わかった。バーリは放棄して、共にアンティゴノスに向かおうでは無いか」
 だが、レムスは、そのロームルスの言葉に頷かず、さらなる案を口にする。
 その内容に、ロームルスの渋面はさらに深まることとなった。

「ジェネラル級亜人『魔女キルケー』を撃破した事で、蹂躙戦記イスカンダルのイタリアにおける拠点、バーリへの侵攻が可能になりましたわ」
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が、車内で時先案内をおこなっている。
「バーリの戦力は、デメトリオスの残存兵力と、ここ数か月で産まれた、亜人の軍勢といったところ。バーリにも大灯台があり、ファロスの光も確認されています。この大灯台を破壊できれば、イタリア南部に新たな亜人は生まれてきませんわ」
 掲出された地図の前でおおきく手を回し、該当地域を囲った。
「敵軍は、寡兵ながらも、徹底抗戦の構えを見せています。この統制のある動きをみる限り、ジェネラル級亜人であるローマの王が、直接指揮を取っているのは間違いないかと。皆様には、バーリを守る亜人の軍勢を一蹴し、バーリにいるジェネラル級との決戦に備えていただきます」

 今回は、港町バーリを守るように布陣した、敵部隊の撃破が作戦の目的となる。
 予知によれば、トループス級の『亜人剣闘士』は、最近産まれたばかりの新兵らしく、戦闘力は低い。本人たちとしては、真面目に一生懸命指示に従って戦おうとしているようだが、正直、烏合の兵士と大差ない。
 この兵を、元デメトリオス配下のアヴァタール級『生と死を司る者キュベレイ』が率いて防衛にあたっている。彼女も本心では本土に逃げ出したいはずだが、軍勢を指揮するジェネラル級に直接の命令を受けているためかなわず、死に物狂いでディアボロスと戦おうとしているようだ。
「階級が絶対のクロノヴェーダの悲しいところ、ですわね」
 しかし、ファビエヌの顔は、同情を示していない。
 バーリの街の一般人は全て殺された後だという。敵のジェネラル級は、バーリ大灯台を最終決戦の拠点に選んだようで、敵の軍勢はバーリ大灯台を護るように配置されている。
「皆様も正面から対峙し、亜人を撃破して、バーリ大灯台への道を切り開いてくださいませ」

 パラドクストレインの発車時刻となった。
 ファビエヌはホームに降りて見送る。
「少し気になったのは、敵の動きが時間稼ぎに見えることです」
 戸口から、話を付け加えた。
「デメトリオスの父親である、ジェネラル級亜人『単眼王・アンティゴノス』の援軍を期待している可能性もあるので、可能な限り早く、制圧を完了するのがイイコトかもしれませんわ」

 市街地の通りのひとつを塞ぐよう、獅子頭の指揮官は指示した。
「ここでディアボロスどもを食い止めます。あなたたちの働きで、大灯台は護られるのですよ!」
「おおー!」
 配下たちは威勢のいい声をあげた。
 鋼の鎧に身を包み、円形の盾を装備したヤギ頭のトループスたち。指揮官『生と死を司る者キュベレイ』は、口の端を持ち上げて笑ってみせた。ともかくも、防衛戦のかたちにはなりそうだと。
 ところがだ、いくらも経たないうちに、配下たちが揉め始めた。
 キュベレイはあわてて制する。
「な、なにをしているのです! 敵はまだ現れていませんよ!」
「だってコイツが、俺のほうにはみ出してきたんで……」
「ちげぇよ、隣の奴を盾で守るんだって!」
「あ、邪魔すんじゃねぇ」
「どけよ、オイラが活躍できないじゃんか」
 どうやら、剣闘士として生まれたために集団行動が苦手で、防御陣形がちぐはぐになっているらしい。せっかくの大盾も、敵を殴るために使うつもりの者が多そうだ。ただでさえ、訓練不足だというのに。
「ええい、立ち位置を教えるから、静かになさいッ!」
 キュベレイは叫び、槌で地面を叩いて、最初のひとりの持ち場を伝えた。

 街の風景には、生活の雰囲気がまだ残っていた。
 それらがそっくり戦場と化していることに、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)はいらだちを隠せない。
「皆殺しかぁ……こりゃひどいねぇ」
 建物の陰から陰へ。身を隠しながらバーリの大通りに沿って進んでいく。
「ローマが無事な内からジェネラル級が生まれてるわけで、多分そーだと思ってたけどさ。いざ人のいない街を見ちゃうと、分かってても……」
 唇を噛む。
 やがて、亜人が陣取っていると教えられたポイントから、1ブロック手前まで到達した。
「先に、エネルギーを溜めちゃおう」
 両手で巨砲を抱える。
 ダブルチェーンソーの名の通り、二枚の回転鋸刃を銃剣の如く備えたブラスターだ。曲がり角から慎重に様子を伺うと、甲冑を着たヤギ亜人が、盾を重ねて隊列を組んでいるのが見えた。
 前情報と比べて、規律正しい印象だが、おそらく列の後方からアヴァタール級が見張っているのだろう。
 そして、鎧や盾にわずかに残っている赤茶けたくすみが、残虐なる行いの証拠として、燐寧の心をまたざわつかせる。
「あたしに力を与えてくれるのはクロノヴェーダの犠牲者の怨念。痛みと怒り、未だ果たされてない復讐への想いと共鳴し、力を溜め込むよぉ」
 怨みのエネルギーは、隠しておけない。
 フルチャージまで、いくらもかからなかった。
「仇を滅し冥府へ下らん……『闇雷収束咆・殲尽破(プラズマ・ダーク・ハウリング・カタストロフ)』!」
 物陰から銃身を突きだし、敵の隊列にむかって無数のホーミングレーザーをブッ放す。
 トループス級亜人の、両端と中央を同時に抜いた。数枚の丸盾が、吹き飛ばされて宙を舞う。倒れたものと立っているもの、両方のヤギが鳴いている。
「ぎゃああッ!」
「て、敵だ、ディアボロスだ!」
キュベレイさま、キュベレイさまッ!」
 隊列の起点を失って、恐慌をきたしている。燐寧は『DCブラスター』を構えたまま、大通りを斜めに横切る。
「ただでさえちぐはぐな陣形を更に乱して、兵隊からただの群れに変えたげるねぇ」
 レーザーは撃ち続けた。
 配下の後ろから聞こえた女性の声は、指揮官のものだろう。ようやく数体の剣闘士に、応戦の指示が届く。
 盾で突っ込んでくる者は、攻撃が届くまえに打ちたおし、ヤギの口から放ってきた炎は、鋸刃を回転させて散らした。拒絶の呪力が纏わせてある。
「この世界じゃ命は安いって決めたのはきみ達だよぉ。自分らで決めたルールには、しっかり従わなきゃねぇ?」
「く、脆すぎです……」
 獅子頭亜人が、全滅した配下に愚痴をこぼしている。
「見てくれだけ立派なものを抱えて、盾役のひとつも果たせないとは!」
 アヴァタール級『生と死を司る者キュベレイ』は、黄金の槌をふりかぶる。

「いやー、きみも手下をボロクソに言えるほど立派じゃないと思うけどねぇ?」
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)の挑発に、しかし獅子頭の雌亜人は口の端をつり上げた。
「何を言いますか。私は、『砕城者・デメトリオス』様に実力を認められ、指揮官にとりたててもらった誇り高きディアドコイ。いずれは戦場で息絶える運命にあっても、今はまだその時ではありません」
 槌の巨大さに加えて、全身鎧の威容を見せつける。
「ふうん……」
 斜に構えて眺めながらも警戒を怠らず、燐寧はトループスをせん滅させたブラスターを収める。
「ぎらぎらの金メッキでド派手に着飾ってるけど、中身はちっともキレイじゃない。そーゆー奴を俗物って言うんだよぉ!」
 背負っていた鎖鋸剣『テンペスト・レイザー』に持ち替え、上段の構えを経由して振り下ろした。
 『生と死を司る者キュベレイ』もすぐに反応し、鈍器と鋸刃が打ちあわさる。
「でっかいハンマーとやり合うなら、こっちもクソデカを繰り出すしかないねぇ。……『絶技:界を絶つ巨剣(フェイタリティ・ワールドスレイヤー)』!」
 街の隅々に残る怨念を、刀身に集積する。
 ハンマーを受け止めたままで、チェーンソーの全長が伸びていく。鋸の出力も増し、黄金の表面が削れてきた。
「ぐ、……くく」
 キュベレイは眼光だけを鋭くさせる。
 力任せから一転し、槌も鎧もその重さを感じさせない軽やかさで、飛び退いた。支えを失ったチェーンソーは、大きく空振りするが、燐寧はそれさえも自身の旋回力に転じる。
「ブン回すよぉ!」
 巨大化したことで、切っ先は敵に届く。
 だが、手ごたえがない。
 雌獅子は、リボンでも振っているかのように槌を扱っていた。鋸刃をいなしているのだ。
「そう来るんだったらねぇ」
 燐寧は、武器を片手持ちにし、空いたほうの袖口から『憑依の包帯』を放った。細く伸びた布は、ハンマーを握るキュベレイの手に絡みついた。
 あの動き、『クルパンデスの舞』を崩す。
 怨念で超巨大化に至ったチェーンソーが、黄金鎧の胸に。
「人を死なせなきゃ生まれてこれない以上、きみら亜人は生きてちゃいけない存在なんだ。消えてった皆のために……絶対、ブッ殺すッ!」
 刀身を叩きつける衝撃で鎧を粉砕し、回転鋸刃の斬撃で肉体を斬り削る。
「あぁっ……!」
 二段構えの破壊力に、捕縛されていないがわの腕で胸元を押さえると、アヴァタール級は後ろによろめいた。

 燐寧のことを睨みつける、獅子の瞳。
 しかしやがて唸り声もかすれて、亜人『生と死を司る者キュベレイ』に微笑みが戻ってくる。
ディアボロスのお嬢さん、あなたも死にこだわっているのですね。おしゃべりが過ぎるのも、その裏返し……」
 あからさまな挑発には乗らず、ハンマーごと捕縛した包帯も緩まらない。
 ジリジリと対峙を続けるふたりの元へ、ディアボロスの援軍が駆けつけてきた。
「ちょーっち参戦が遅れたけれども、天さん征くぜぃ☆」
「自分は、四葉。遅くになりましたが、参戦します」
 風祭・天(逢佛殺佛・g08672)と靫負・四葉(双爪・g09880)だ。
「ファビエヌさんからバーリの制圧はガンダ案件って聞いたし、やるっきゃないっしょー☆ 幸い、他の人のお陰で残ってるのは金ぴか鎧だけになってんし☆」
「ガンダ……? ええ、強者を気取ってはいても、この牝獅子も先だってのゴブリンやオークと同じく、ここまで敗走して来た類。甘く見るつもりはありませんが、必要以上に恐れる相手でもありません。自分はいつも通り、全力でかかるのみです」
 ふたりはダッシュしたまま、包帯でつながったアヴァタール級とディアボロスの周囲をグルグルまわる。
「また、おしゃべりなお嬢さんですか!」
 キュベレイは、無理矢理にでも『クルパンデスの舞』を踊りだす。
 変幻自在な打撃は、一秒たらずの先読みでは対応しきらない。
 四葉は、全身に装備した爪や刃、浮遊腕を次々と射出していくが、それらの武器は黄金の槌に打ち返された。
「――心苦しいですが」
 弾かれた武器を、わざと背後の建物にぶつける。
 砕けてできた瓦礫で足場を乱した。キュベレイの動きは足さばきによるものとみている。舞いの妨害のために、街並みを壊させてもらう。
 チラと、燐寧の表情を伺った。
 舞いに引きずられながらもかすかに頷いてくれる。蹂躙された人々の思いは、この敵の撃破をもって昇華されるかのように。
 天にしても、喋りつづけて亜人の注意を引き付けていた。
「ハンマーの一撃って、喰らうと刀も身体もガチぱおん案件になりそうだし、回避優先になりそ。んで、金ぴか鎧とハンマーの組み合わせって『重×重』って感じだから大きく間合いを取るように回避してっても良さ気かなー☆」
「ええい、だんだん鬱陶しくなってきましたよッ!」
 軽やかに振っていたはずの槌に、重さが返ってきた。
 天を捉えようと、雌獅子は力んだらしい。
「だって、大きく間合いを取って攻撃に転じた時の踏み込みの速度なら、私も負けないだろうし。なんたって、天さんの使うパラドクスは参式抜刀。ガチのマでメッチャ速いよ?」
「お喋りのお嬢さんが……あっ!」
 瓦礫に、足をとられるキュベレイ
 その機を見て、四葉は一息に間合いを詰める。
「『テレキネシスシュート』!」
 浮遊腕の右と左。
 『参七式次元断裁器・裂天割地』と『四壱式次元破断器・四海抱擁』が、黄金鎧をえぐった。さらに、瓦礫も念動力で飛ばす。
「どう舞ったところで逃げ場のない形に追い込みます!」
「く、立ち位置を間違えたのは、私のほう……」
 獅子の口元が歪む。
 天は満面の笑みになり、宣言通りに逃げ回っていた場所から、バタバタと戻ってきた。
「その鎧、なんか金ぴか部分が剥がれてるし鍍金とか? 全身マジのゴールド鎧、とかだったらアゲだったのに、サゲだよ……ぴえん……。けどまぁ……今の指揮官たるキミの実力に相応しい……って言ったら相応しい感?」
「ぐ、あなた、……このッ」
 口の回りの速さでも、キュベレイは叶わなくなってきた。
 片手でハンマーを振り下ろしたが、天はもう、叩きつけた地面よりも内側に入り込んでいる。右足を折り左足を後ろに伸ばした極端に低い異形の構え。
 『参式抜刀「娑伽羅」(サンシキバットウ「シャガラ」)』で、逆風の斬り上げを放つ。
臥竜は止水を鑒みず――!!」
「あああぁッ!」
 腹の下辺りから脳天の上まで、天の刀が振りぬかれた。アヴァタール級亜人『生と死を司る者キュベレイ』は、黄金の全身鎧ごと一刀両断される。
 バーリの防衛箇所のひとつが堕ちた。
 ひとまず戦いは終わり、四葉灯台の方向を見る。
「しかし敵将は何を目論んでいるのやら。幾つか予想が付かないわけではありませんが……。いえ、考えても仕方のない事ですね。今はなるべく早く奴らの喉元に食らいつくことを考えなければ」
「ガンダ案件……ねぇ?」
 燐寧が、薄く笑う。
「そ、ガンダでゴーゴー☆」
 天は、日本刀を鞘に納める。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『コトリンを護る料理人』

コトリンを護る料理人(作者 大丁)

 時先案内人は、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)。
 パラドクストレインの車内に掲出された地図はコトリン島で、今回の行先が吸血ロマノフ王朝であると示していた。
「当地は、サンクトペテルブルクにとっての西側の防壁ですわ。言わば、断片の王を護っている一枚が、コトリン島。《七曜の戦》以前にも攻略を行っていましたが、《七曜の戦》後に防衛体勢が一新された為、攻略は中断されておりました」
 人形遣いの華奢な指が動く。
 二体のぬいぐるみが、追加の資料を掲出していく。
「今回は、怪僧・ラスプーチンの情報も踏まえ、海中からの攻撃でコトリン島の防衛戦力を削っていく作戦を行います。成果しだいでは、新たな作戦を行なえるようになるかもしれませんわ」

 掛け替えられた地図は、島の周辺海域の拡大図だ。
 点や線で、ディアボロスに対する警戒網がしるされている。
「ごらんのとおり、無策で近づけば、連携した敵の攻撃で包囲殲滅されてしまうでしょう。案内人からの提案としましては、敵部隊の一部を誘引し、敵の増援が来るまでに各個撃破がイイかと思います。仮に、敵の誘導に失敗して、多くの敵に囲まれそうになったとしても、一時撤退して別方面からの再挑戦も可能です。いずれにせよ、【水中適応】は必須です。特に、海面上を【飛翔】などされませんよう」

 出発を見送るまえにファビエヌは、敵警戒部隊のひとつに『イヴァン・ハリトーノフ』というアヴァタール級がいて、功を焦って独特な手段でディアボロスを見つけようとしているらしいと付け加えた。
「こうした部隊を撃破することで、コトリン島側に新たな動きが出てくるかもしれません。例えば、『ディアボロスの罠の可能性があるので、安易に誘導されないように……』といった指示が出される、などです。防衛態勢が変われば、こちらもそれを逆用した作戦を行うまで。その際には、ぜひ攻略旅団でイイ作戦を提案なさってくださいませ」

 料理人は自ら海に潜っていた。
 この、人間さえも食材にしてしまうヴァンパイアノーブルは、もしディアボロスがコトリン島に攻めてきたのなら、自分が一早く料理したいと考えているのだ。
 海底の景色に目を凝らしながら、護衛のトループス級『ネビロスの従者』に尋ねる。
「君たちはそんな耳をしているのだから、犬のように鼻も効くんじゃないのかね」
「いえいえ、『イヴァン・ハリトーノフ』様、これは犬耳という属性でして。私たちはアークデーモンであり、犬ではありません」
 赤髪の犬耳悪魔メイドが答えた。
「けど、ディアボロスと戦って負けたのだろう? 悔しかったと思うし、なにか敵の特徴を覚えてはいないのか? 私ならリベンジの機会を与えてあげられる」
「それが……。直接、戦うことがなかったから、こうして無事にロマノフに流れついたしだいでして」
 青髪メイドは、しょんぼりして言う。
 黄髪が詫びとともに、聞き返した。
「お役にたてず、申し訳ありません。他の部隊を出し抜き……いえ、先んじて仇敵と戦えたなら、光栄なことだとは思っております。イヴァン様に、なにか秘策はありませんでしょうか」
「ふむ。最初に匂いの話をしたのは、目で見るばかりが獲物を追う手段ではないと伝えたかったからだ」
 灰色の顔で得意げに話す、ヴァンパイアノーブルの料理人。
「いい食材は、それなりの雰囲気を持っている。私の考えでは、ディアボロスが強者たちならば、相応のオーラを発しているに違いない」
「オーラ、ですか? 聞いたことありませんね」
 赤髪メイドに即答されて、イヴァンは咳払いした。
「例えばの話だ、例えばの!」

 フィンランド湾へ転移してのち、パラドクストレインはすぐに停車した。
 敵をおびき寄せる作戦ではあるが、島からの警戒に引っかかって見せるにはまだ早い。ディアボロスたちは、列車の開け放たれた戸口から、冷たい海中へと飛び込んでいく。
 温度は違っても、水中作戦の段取りにかわりはなかった。
 海洋ディヴィジョン『冥海機ヤ・ウマト』出身の潮矢・鋼四郎(零式英霊機のボトムマリナー・g09813)は、仲間のために『水中適応』を残留させる。
「基本に則って動きましょう」
 いったんは水底を目指し、地形の起伏をたどりながら、コトリン島の方角へと近づく。
 海の破壊工作員、ボトムマリナーを先頭にして、ヴァンパイアノーブルの警戒ラインのひとつ、その手前まで難なく進むことができた。情報によれば、ここを指揮するアヴァタール級は、『吸血鬼式下拵え』という料理に見立てたパラドクスを使うらしい。
「さて、相手の特技に合わせてあげると、誘導も容易いかもしれません」
 鋼四郎は仲間たちを振り返り、敵部隊の釣り出し方法について確認をとる。彼はサイコソルジャーでもあり、オーラを使う技に長けていた。機械の身体に蓄積されたそれを発揮するか、あるいは。

「ここまでは順調ですね。ありがとうございます、潮矢様」
 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)が、赤い瞳で視線を差し向けてきたので、彼女に策があるのだろうと鋼四郎は、先頭を代わった。
 岩礁海域ゆえ、人がすっかり姿を隠せそうな大きさの岩が、周囲にゴロゴロしている。レイラたちはそのひとつに取りつく。
「料理に見立てたパラドクスを使う……ということは料理人の吸血貴族でしょう」
 試してみたいのは、オーラ操作。
 吸血鬼もそういったことは苦手ではない。
「良い食材として彼個人に訴えかけるものがあれば、他の部隊に気取られず彼のみの気を引けるかもしれません。とはいえ、色艶を見えるまで姿を現せば、私でも他の動物でも色艶などに関係なく狙われます。であるなら……」
 思いつきを、再度検討してから、レイラは『バットストーム』の要領でコウモリ型のオーラを作りだした。
 自身は岩陰に隠れたまま、コウモリを防衛線より先へと送り込む。
 敵拠点防衛部隊に見せるにせよ、ちらりと視界の隅に姿を現す程度が理想だ。オーラに興味を持っているらしい料理人でなければ、見間違いかと思うような動きもさせたい。
 冷静な判断と、精密な技術が必要だった。
「……さて、どうなるか」
 オーラに岩のあいだを出し入れさせるうちに、前方から別の気配が近づいてきた。
「……君たちにお手本を示せるいい機会となったな」
 男の声も聞こえてくる。
 レイラは軽く振り返り、仲間に合図した。
「釣れました」
 その一言で、ディアボロスたちは隠れ場所から後退をはじめる。
 オーラ操作の担い手も、少しずつ下がりながらコウモリを引いて、誘導に務めた。
 やがて、水の揺らぎのむこうに透けてくる、料理人の帽子をかぶったシルエットと、小柄なメイドのものが数体ぶん。
「イヴァン様、よろしいのですか?」
「私の感じたオーラは、間違いなく強者のものだ。なに、さっさと調理してしまえばいいのだよ、素材が新鮮なうちにな」
 それは、レイラたち側にとっても同じこと。
 防衛線から離れた場所まで誘導したのち、トループス級アークデーモン『ネビロスの従者』と、アヴァタール級ヴァンパイアノーブル『イヴァン・ハリトーノフ』に、攻撃を仕掛けた。

「ほな、いきましょか。全部倒したるわ」
 岩陰から浮かび上がる、リュウターレン(奪われた者。奪い返す者。・g07612)。獲物の水晶剣はまだ、モーラット・コミュの『シュウェジン』に持たせてある。
「ああ。ここで終わりにしようじゃないか!」
 夜鳥・空也(零落のアンピエル・g06556)も続く。
 海底での探索に、ぼーっとついてくるだけの存在だったが、戦闘がはじまったとたんに豹変した。艶めいた烏羽色の三叉槍を押したて、敵トループスへと切り込んでいく。
「はわわ~! ホントにいましたよ、ディアボロスぅ!」
 赤髪の犬耳悪魔メイドは、バタバタと水を掻いた。主人であるアヴァタール級のいうことを信じていなかったのか、驚いた様子だ。
「逃げられると思ったのかい? 『こーさん』、『雷槍乱れ突き』よ!」
 メーラーデーモンの電磁槍が周囲にスパークする。
 黒曜石の破断面の如く鋭い穂先は、空也の『濡烏』ともお揃いだ。ふたりでトループス級を突きまくって、攪乱させた。
 『ネビロスの従者』のあわてぶりに、指揮官のヴァンパイアノーブルは、口を半開きにしている。
「はっ。私まで固まってしまった。……君たち挽回のチャンスだ。復讐心を再加熱したまえ!」
「イヴァン様のおおせのままに。『魔犬召喚』!」
 犬型のアークデーモンが、溶かした墨のようなモヤモヤから呼び出されてくる。敵が増えても、空也たちは猪突猛進だ。
 リュウはモーラットに剣を構えさせる。
「やれやれ、冷たい海にまで悪魔がいるんか」
 手にした水晶ペンを向けると、『シュウェジン』も水晶剣を突きだす。両者の動きに合わせて槍衾が具現化され、魔犬の群れを迎撃した。
「きゃああ! お嬢様がかわいがってらしたのに!」
 『スピアウォール』に串刺しされるペットたちの姿に、お世話係は悲鳴をあげる。リュウの眼光が、ますます鋭くなった。
「TOKYOエゼキエル戦争から逃げ出したやつやね……」
 いまさら思うところはない、としつつも、過去を透かし見ている気分だ。
「むぅ……」
 空也は、あらかた魔犬を刺し終えたところで仲間を振り返り、かすかに唸る。彼女のなかには過去がない。

 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は、トループス級の頭上をとれる位置まで浮かび上がっていた。
「なぜこのようなところにメイドが居るかは存じませんが……それはお互い様ですね」
 銀の針を手にする。
 戦況を俯瞰すれば、なかば不意打ちになったのだとわかる。先ほどから感じる水流は、自分たちを後押しする戦場の風が、転じたものかもしれない。
「全ての人民の奉仕者、レイラ・イグラーナがお相手いたします。『手製奉仕・雨(ハンドメイドサービス・ドーシチ)』」
 大量の針が、犬耳に降り注いだ。
 『ネビロスの従者』たちが、また慌てふためいているのがわかる。特に、青髪のメイドがいちじるしい。
 臨戦態勢だった相手から先手をとれたのもそうであるが、岩礁海域とはいえ、誘導のさいには姿を隠しとおせた。敵の不注意がすぎるし、落ち着きもない。
「もしや……臨機応変に対処いたしましょう」
 レイラは、針の雨を降らせながらも、口元を引き締めた。
 従者のもつ、『ドジっ娘スイッチ』とやらが謎だ。どのようなことが起こるか分からない。
「うわーん、イヴァン様ぁ、やっぱりディアボロスは強いんですよー。エゼキエル戦争のお返しなんか、できませんてー」
「コ、コラッ! 私にしがみつくんじゃない!」
 青髪の犬耳悪魔メイドだった。
 料理人が腰に巻いているエプロンに、顔をうずめている。押されてバランスをうしなったアヴァタール級は、巨大包丁をかたわらの岩にぶつけてしまう。
「しまった、研ぎ直さないと!」
 注意を道具にむけているあいだに、欠けた岩のほうが海底を転がって、岩礁を崩しはじめる。将棋倒しかドミノ倒し、あるいはバタフライ効果か。
 優勢だったディアボロスたちにだけ、巨岩が降ってくる。レイラも、背中に一発をくらった。
「この程度なら、問題ありません。たいしたお返しにはなりませんでしたね」
 なにか起こるなら物理的な害だろうと、肉体を強固にして耐えた。
 そして、アークデーモンを再び、見下ろす。
「私たちは貴女たちのディヴィジョンを滅ぼした。それは事実でしょう。ですが……私たちは復讐者。私たちの戦いにも、相応の理由がございます。お覚悟を」
「強者と踏んだのは正しかったな。ゆえに手柄とするには申し分ない!」
 料理人が、メイドにかわって応えた。
 銀針の投擲をはじめ、パラドクスを連携させたディアボロスの前に、『ネビロスの従者』たちはそれ以上為すすべもなく、全滅したからだ。

「手柄って言った? いいえ、獲物はアナタ、アタシがハンター!」
 ルミ・アージェント(全力乙女・g01968)は魂を喰らう呪いの大鎌、『ソウルマローダー』を担いでアヴァタール級に向かっていった。
 適応効果を使い、岩の散らばる海底を水抵抗なくダッシュする。
 前衛にはトループスたちを蹴散らした高遠・葉月(猫・g04390)がいて、先に仕掛けている。
「『レディ・オールレディ』ッ!」
 魔力生成武器が太い柄になった。
 青髪犬メイドと料理人がぶつかってできた岩塊。そのひとつに突き刺し、即席の巨大ハンマーとする。
「受けて、みなさいッ!」
 軽々と持ち上げ、力のままに叩きつける。料理長の高い帽子がぺちゃんこになり、『イヴァン・ハリトーノフ』はクラクラと目を回して後退った。
「うぐぐ……。それは、私の包丁の切れ味を鈍らせた、忌々しい岩ではないか!」
「知らないわ、適当に落ちてたのを使ったまでよッ!」
 葉月は振り下ろすだけでなく、突いたり捻じったりしながら、攻撃を続けた。イヴァンは、ダメージに口から舌をはみ出させるものの、右手から赤黒いオーラを立ち昇らせている。
「褒めはしたが、いい気になるのはよしたまえ」
 ヴァンパイアノーブルの素手が、葉月の脇腹をかすめる。
「……!」
 すんでのところで避けたにもかかわらず、ひとすじ散った鮮血が、海水に溶けだしている。
 得意と聞かされていた、イヴァンのオーラ操作だ。
 『吸血鬼式下拵え』に用心するディアボロスたちのなか、追いついたルミだけは勢いを落とさなかった。
「オーラ? 精神の力? だったら、魂ごと全部奪ってあげる!」
 大鎌ソウルマローダーで薙いだ。
 武器が持つ呪いの衝動と自らを重ねたかのようだ。一閃は鋭く、イヴァンの上体が揺らぐ。
 かわりに鮮血のオーラが、カースブレイドの乙女にまとわりついた。
 もとより、覚悟のうえで放った『魂合一閃(コンゴウイッセン)』だ。下拵えに身を下ろされてしまうのか。
「ルミさんッ! 思いっきりやっちゃって!」
 ほとんど砕けた岩ハンマーで、葉月が護りにはいった。ルミへのとどめの包丁をはじく。
「またしても刃を痛めてしまった。よくも、料理人の魂を……。うぎ、た、魂が、吸われる?!」
 イヴァンの舌がだらしなく伸びている。
 ルミは血を吹きながらもケタケタと笑った。
「あははっ! 青春を奪うアナタ達が悪いんだよ! 逆に奪われる覚悟くらいできてるよね!? 魂ごと喰らい尽くしてあげる!」
 差し違えのようなパラドクス。
 クロノヴェーダを浸蝕するが、自らも侵される。
 料理人とそっくり同じに、ルミの口元から長い舌が垂れた。

 ディアボロスの発見を、食材探しに例えていたようだが、アヴァタール級は前衛の数人と剣戟をこなしている。
「あれが、ニコライ二世の料理人イヴァン・ハリトーノフの名を騙る吸血鬼ですか」
 加勢にきた零識・舞織(放浪旅人・g06465)は、オーラ攻撃から距離をとっていた仲間に尋ねた。
 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)が静かに答える。
「はい。料理人という触れ込みでしたが……。ただ命令に従い防衛するのでもなく、食材を求めるのでもなく、支配を求めるでもなく」
「さながら武人ですね。コトリン島の守将を任されるだけはありそうですね」
 舞織は、『人妖筆』を握る。
「それではこちらも全力で参りましょう。『妖怪写百鬼夜行軍(ヨウカイウツシヒャッキヤコウグン)』」
 宙に、といっても空気ではなく水に満たされてはいるが、手早くしっかりとアートを描き出した。題材は海や川にちなんだ妖怪で、それらが出来上がるはしから実体化し、連なって泳いでいく。
「肉切り包丁を振り回すような方との近距離戦は避けたいので」
 後衛に陣取ったまま、妖怪画をけしかけている。
 料理人の斬撃が鈍った。
 調理する気になれない、グロテスクな存在と受け取ったらしい。
「やむをえん。『吸血鬼式冷凍保存』にでもしよう」
 血のように紅い氷で妖怪を包む。
「冷たい海で、これ以上、熱を奪われるわけにはいきませんね。題材をかえます」
 舞織は、絵を描く手は止めず、火に関する妖怪を描き出した。
 血の氷を溶かして体温を保持する。
 妖怪軍と、ヴァンパイアノーブル単体の戦力は拮抗。海の妖怪には顔をしかめた料理人も、火の妖怪には手応えを感じているようだ。
 離れてはいるが、互いに全力を出すのに値していた。
「『黒翼卿・ウピル』の立ち位置には懸念がありますがそんな事は関係ありません。貴方を討ちコトリン島を突破させていただきます」
 ここはサンクトペテルブルクへの玄関口だ。
 レイラも銀の針を手にしながら、攻略のさきを見据える。
ラスプーチンともどうなるにせよ……ここを落とさなければ始まりません」
 そして、いま相手をしている防衛部隊の指揮官は、戦いに高揚している。
「やはり強者を求めますか。かしこまりました」
 針は、鉤爪のように両手の指の間に挟んだ。
 『手製奉仕・爪(ハンドメイドサービス・コーゴチ)』により、接近戦を仕掛ける。水中で、踊るように。
「革命家レイラ・イグラーナ。お相手いたします」
「おお、ディアボロスめ。その道具の使い方、私も腕がなるというもの」
 イヴァン・ハリトーノフは、本格的に『吸血鬼式包丁捌き』を繰り出してきた。
 防御の弱点を狙う軌道、レイラはさらに動きを悟って銀の針の爪で受け流す。
「その包丁は料理のためのものではないのでしょう? 斬り合いがお望みであれば、お望み通りお付き合いいたしましょう」
「いかにも、只今はそうである。私の技にいつまで付いてこられるかな?」
 経験に裏打ちされた鋭い斬撃に、レイラは細かな傷を負った。
 強固にした肉体でも、ダメージを低下しきらない。だが、勝負を焦らず、粘り強く立ちまわる。
「見抜いたぞ! 君の最も切りやすい部分!」
 包丁が大振りになる。
 レイラの目に、赤い光がうつった。イヴァンから抜けた魂のぶんだけ出来た、致命傷への隙だ。
「明月の龍、貪食の蛇。忿怒の腕が虎狼を削ぐ……!」
 パラドクスの力が、通常では考えられない『針による切断』を可能にする。腰に巻いたエプロンから上下に、料理人の身体は分かたれたのだった。
 悲鳴も呻きもなしに。
「はぁ、はぁ……」
 普段クールなレイラが、息を切らせたかのように肩を上下させている。仲間たちが集まってきた。
 大事ないと身振りをして、レイラは皆に礼を言う。
「潮矢様、夜鳥様にターレン様。それに高遠様、アージェント様と零識様……。お借りした残留効果で勝てました。今日はここで帰還です。いずれ必ずやコトリン島を、突破してみせましょう」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『断頭に赴く火刑の乙女』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『断頭に赴く火刑の乙女』のオープニングを公開中です。
火刑戦旗ラ・ピュセルを舞台とした、『グランダルメに向かうキマイラウィッチ』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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