大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『漕ぎ出す先は退路』

漕ぎ出す先は退路(作者 大丁)

 大小の鯨が、白波たててエルドラードの海を行く。
 中央の巨大鯨は、それ自体がジェネラル級のアビスローバーだ。小型の白鯨の背には、トループス級が乗っかり、手にしたカトラスを振り上げている。
「奪われたモンは仕方ねぇ! 敵になったのなら、ギッタギッタのボロ船に変えて、沈めてやんよ!」
「オオー!」
 『海賊半魚人』は、海賊巻きのバンダナにボーダーのタンクトップ、腰布といかにもなファッション。
 青緑の肌と魚の尾が人外らしさとなっており、白鯨から海に飛び込めば、巧みな泳力を振るって敵船を沈没させられるのだ。

 新宿駅グランドターミナルのホームを走るファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)の姿も、だんだん珍しくなくなってきた。
「皆様、緊急事態ですわ!」
 挨拶もそこそこに、時先案内がはじまる。
「冥海機ヤ・ウマトの東メラネシアに侵攻してきたアビスローバーの海賊船は全て撃退する事に成功したのはご存じでしょう。奪取した海賊船は、攻略旅団の提案に従って、黄金海賊船エルドラードのディヴィジョンの太平洋をハワイ方面海域へ移動を開始したのですが、そこで、敵の襲撃を受けてしまったようなのです」
 慌ただしく掲出された資料によれば、襲撃してきたのは海賊艦隊だ。
 40m級の巨大な鯨型アビスローバーと、鯨を改造した小型艇『白鯨』で編成されている。
「巨獣以外でも巨大なクロノヴェーダは稀にいますが……海棲生物が元になっている以上、こういうこともあるのでしょう。巨大鯨型アビスローバーが、攻略旅団の目的であった『アビスローバーの前線基地』である為、探索の目的は果たしたと言えます。ですが、このままでは折角編成した海賊船団が壊滅してしまいますわ。パラドクストレインでの移動先でもある船団を失ってしまうと、この方面での戦いを展開するのが困難となります。既に、敵である白鯨海賊艦隊は、ディアボロスの海賊船団を包囲しようとしているのです」
 現地の海図と、予想される敵の布陣が示される。
「急ぎ海賊船に向かい、襲い来る白鯨海賊団からディアボロスの小型海賊船を守り、退路を切り開いて脱出させてください。全ては無理でも、半数以上の海賊船を脱出させなければ、今後の太平洋での活動に大きな影響が出てしまうかもしれません」

 40m級のジェネラル級アビスローバーは、『グレートトレジャー』ヘンリー・ハドソンと名乗っているようだ。外見は動物的だが、キッチリ知性を持っており、明確な作戦行動をとれる。
 ヘンリー・ハドソンは12隻のディアボロスの海賊船全てを体当たりで破壊しようと突進して来る。
「まずは、この突進から海賊船を守る必要がございます」
  ファビエヌの表情は厳しい。
「海賊船の破壊に失敗したヘンリー・ハドソンは、反転して再度突進してくるので、その前に、危険海域から海賊船を脱出させてください。脱出の為には、包囲している白鯨海賊艦隊の一角を切り崩し退路を作る必要がございます。一気に離脱する事ができれば、作戦は成功ですわ。撤退時に敵に追いつかれた場合は、追撃してきた敵と戦う必要がでてくるので、可能ならば、一気に離脱する事を目指してくださいませ」

 出発間際になって、ファビエヌはすこし表情を和らげた。
「いきなり敵の強襲を受けることとなりましたが、前線の将を発見できたのはイイコトですわ。海賊船の離脱を成功させた後は、今度は、こちらが、敵を攻撃する番になります」

「ジェネラル級がわざわざディアボロスの船団に向かってくるとは、よほど自分の実力に自信があるようですね」
 玖珂・藤丸(海の漢・g09877)は、全長40mのアビスローバー、『グレートトレジャー』ヘンリー・ハドソンの悠然とした構えをそう評した。
 対して、12隻あるとはいえ、ひとつずつは10人程度の漕ぎ手で動く小型海賊船である。クジラの角をくらわせないように、ジェネラル級を誘導しなければならない。
 任務への覚悟が必要だ。
「今こそ白鯨狩りの時です。玖珂・藤丸、出撃します!」
 『水面走行』を発動した。
 ヘンリー・ハドソンへと近づいていく。ただし、味方の船の無い方向へと回り込んでから。あとは巨大な顔面めがけて海の上を走る。
 手には相棒、『杭喰具』。
 藤丸の背丈ほどある大きな銛だ。海洋生物スレイヤーは、挑発のためにその得物を投擲する。
「おいコラァ! 図体だけの木偶の坊ォ!」
 あえてガラの悪いふうで、声をはった。はたしてジェネラル級アビスローバーの注意は引けたのか。
「乱暴ですねぇ」
 穏やかな口調ながら、太く低く響きわたる。
 ヘンリー・ハドソンは、藤丸ひとりに話しかけてきた。
「無益な争いはきらいです。何を言われても気にしませんが、あなたが船より先に沈みたいのでしたら、願いを叶えてあげましょう、ふ、ふ、ふ」
 猛然と突っ込んでくる。
 その間も長々としゃべっているのは、図体だけではないところを知らしめたいのかもしれない。
(「上手くいきました。ひとまずは船から逸らす作戦は成功です」)
 衝撃に備えるため、藤丸は身体を小さく屈める。
 敵との距離をはかろうと、帽子のつばの下から覗いてみると、海洋生物の親玉の姿があった。
 心に何かがあふれてくる。
 責務を果たしたことで開放された、大きな獲物への感情だ。
「くたばれ、鯨野郎ォ! “海の漢”舐めんじゃねぇぞ!」
 素で叫ぶとオーラがほとばしり、それが巨大な銛となる。
 いよいよ迫るジェネラル級に、『玖珂式模造術"真紅巨銛投擲”(シンクキョセントウテキ)』でぶち当てた。
「は、はぁ?! わたしの身体に、き、傷を?!」
 言葉ほどは大きくないダメージだ。
 それでも確かに反撃がはいった。藤丸は、角に突かれて後方に吹き飛ばされる。

 覚悟のうえでの囮役だ。
 安否を気遣うならば、いまは船団の脱出に注力すべきだろう。
「気持ちのいい啖呵だね。彼はヤ・ウマト出身、海の漢かくあるべしか」
 ジェーン・コーネリアス(pirate code・g10814)は海賊帽を右手で持ち上げ、かぶり直す。
「それじゃあ海の女も負けちゃいられないね。さぁ、道を開けな!」
 単身で海へと降りた。
 残留効果を借りて水面を走り、指揮官が座上している白鯨のひとつを目指す。アヴァタール級アビスローバー『ディエゴ・アルマグロ』は、左腕にイソギンチャクを寄生させた人間、といった姿だ。
 配下の『海賊半魚人』に出撃の指示を出し、白鯨の背から海中へと、次々に飛び込ませている。
 おそらく、ディアボロスの船を追い詰めたと判断したのだろう。クロノ・オブジェクト化された海棲哺乳類は移動用で、騎乗して戦うものではないらしい。
「突撃してくる相手には、こちらから乗り込んで勢いを弱めてやるものだ」
 ジェーンは、敵指揮官が乗ったままの白鯨に飛び移る。相手はたいそう驚いていた。
「な、なんだぁ、オマエは?!」
 ハサミ型の剣を差し向けながら、あわてて立ち上がってくる。
 入れ違いに飛び込んだばかりの配下たちも、何事かと海上から首を出して振り返った。
 ジェーンは二振りのカトラスを抜く。
 右手で、血のように赤い魔力を帯びた、『Macha』。
 左に妖しく艶やかな青い魔力、『Mórrígan』。
「わざわざ、名乗らないとわからないか?」
「ふむうう……。無謀なやつだとは理解した。よくもわが白鯨に許可なく、しかも配下たちの真ん中に堂々と……まてよ、これもディアボロスの陰謀か?」
 嫉妬と猜疑心は強いが、判断は鈍いようだ。内心、ほくそ笑むジェーン。
(「こうしていれば、指揮官の船は遅れる。戦闘用でないなら、それに釣られて後続も詰まってしまう。先駆けのヘンリー・ハドソンと遅れた白鯨船団の間に脱出路ができるはずだ。ディアボロスのみんな、気付いてうまく抜けてくれよ……」)
 役割を完璧に果たしたと満足し、このまま倒されてもいいかと余裕まで出てくる。敵はさらに訝しむ。
「……いや、やられっぱなしはよくないな」
 柄を握ったままの右手で帽子をちょんと突き、位置をまた直した。
「君の命こそ貰っていって、この海戦は痛み分けとしようか!」
 『斬影乱舞(ザンエイランブ)』で衝撃波を放つ。
 両手のカトラスを高速で振るうパラドクスだ。ディエゴ・アルマグロの顔に傷をつけ、イソギンチャクがそれを押さえた。
 触手のあいだから片目が睨んでくる。
「や、やっぱりただの無謀であったか。命を落とすのはオマエだっ!」
 イソギンチャクが増殖する。
 絡め取られないよう、ジェーンはカトラスを振り続けた。自身も旋回すると、赤と青の衝撃波が周囲に撒かれ、トループス級への牽制にもなる。
 思いつきだったが作戦は上手くいっている。
 味方の船影が、退路をみつけて遠ざかるのが、回っている最中に判った。
「悪いけど時間もないんでね。さっさと決着をつけさせてもらうよ!」
 この指揮官を撃破すれば、敵はさらに混乱し、脱出の助けとなるだろう。ジェーンは白鯨の背を渡り、繰り出されてくる触手を切り落としながら、『ディエゴ・アルマグロ』へとにじり寄る。

 海面に顔を出したのは、ジェネラル級に吹き飛ばされた玖珂・藤丸(海の漢・g09877)であった。
「……クソ、鯨野郎は仕留め損ねたか」
 腕をふると、紐の先に結わえてあった相棒『杭喰具』が手元に戻ってくる。残留効果で再び波の上に立った。
 味方の海賊船は包囲の外へと移動している。
 それを追う、小型白鯨の背では、パイレーツのジェーンがアビスローバーたちと戦っていた。
 藤丸は駆ける。
「囮としての役目は真っ当出来たようだ。脱出を果たすためには、あの海賊共をぶちのめしてやらないと」
 輝きだした銛を、アヴァタール級『ディエゴ・アルマグロ』に向かって投擲した。
「むむ?! 神秘的な……なんの光だ?!」
「お、藤丸のヤツ、元気だったじゃねぇか♪」
 斬り結んでいたディエゴとジェーンが同時に振り返る。
 飛来する『杭喰具』に対抗するため、蟹ハサミを引いたアヴァタール級は、『蛮神粉砕砲』を具現化した。
「神秘があろうと粉砕するッ! 撃てぇーッ!」
「この海賊は大砲で反撃するのですか。そうであろうとも、海産物風情が生み出した大砲など海の漢の敵ではありません」
 光る銛と砲弾が衝突し、火花を散らしながら空中で押し合いになっている。
 藤丸は走ってその場に追い付くと、バトルアンカー『振掬(ふらすく)』を振りかぶってから、自分の銛の尾をおもいきり叩いた。
 敵の砲弾は穂先に砕かれ、『杭喰具』だけが一直線に飛びだす。
「あなた個人に恨みはありませんが、私たちが脱出するのに邪魔です! とっとと倒れていてください!」
「はぐうッ!」
 ディエゴ・アルマグロは、全身に固そうな武装をしていたが、『玖珂式銛術セントエルモの祝福』を得た銛のまえでは紙も同然だった。
「うう、ディアボロス側についた神の力だとでもいうのか……」
 海賊は迷信深いことを呟き、ジェーンの前で膝を折ると、白鯨の背から海へと没する。
 トループス級『海賊半魚人』は動揺しだした。
 立て直される前に、ディアボロスの小型海賊船は危険海域を出なければならない。

 船室も楼閣もないが、海賊旗だけは立派にはためいていた。
 アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)が、漕ぎ手の席におさまる。
「さぁさぁ脱出、脱出だよー!」
 救援機動力で船へと合流してきたのだ。
「海賊船団は12船あるから少しは落としてもって? 冗談、全部無事に脱出させるのさ。やって見せるが、ディアボロス!」
「よく言った! その通りだ」
 隣の席に座る、ジェーン・コーネリアス(pirate code・g10814)。
「せっかく手に入れた僕らの海賊船団。その出足から挫かれるなんて堪ったもんじゃない。まずは全船無事に退却して、そっから鯨野郎に逆襲だ!」
 ディアボロスの意気はあがる。
 それぞれがオールを握り、最大船速での一気の離脱を目指す。
「馬力なら、結構自信ありだよっ。声を出して確実に合わせて櫂を動かしていこう」
 アンゼリカは、焦る気持ちをこらえる。
 いま、必要なのはパワーだけでなく、スピードだ。ひとりでがむしゃらに漕ぐよりも、みんなに振り分け、それをまた束ねたほうがいい。
「アイアイ、こっちは任せな! 声かい? それなら海賊伝統のがあるよ!」
 さすがはセイレーンのパイレーツ、ジェーンだ。
「ヨーホー、ヨーホー!」
 船体の左右からつき出たオールの跳ねが、奇麗に揃う。
「ヨーホー、ヨーホー!」
 黒地の海賊旗は、さらにはためいた。
 ディアボロスの操る小型海賊船が、アビスローバーたちの包囲を抜け出し、ぐんぐん遠ざかる。
 トループス級『海賊半魚人』は、全員が白鯨を降りて追ってくる。海での闘いに長けた連中だ。泳ぎながらも片手でカトラスを振り回していた。
「こっちに来るなー、だよ、また今度っ」
 漕ぐ手を緩めず、アンゼリカが叫ぶ。もちろん、半魚人の泳ぎだって鈍ることはない。
 だが、危険海域を抜けることが最優先だ。
 こちらからは攻撃も反撃もせず、たとえ敵のパラドクスで船体が損傷しようとも、全速で船を進める。
 追っ手を振り切るため、ディアボロスたちにはまだ、やれることがあった。隣同士のアンゼリカとジェーンは視線を交わし、残留効果を重ねる。
 強化された『泥濘の地』により、海賊船とトループス級とのあいだの水面は、泥濘に変わった。
 半魚人たちは、海の異常に反応している。
 会話は聞こえないが、互いに泥をすくってみせあっているようだ。アンゼリカがダメ押しに策を弄する。
「動くな! その海は毒でいっぱいだよ」
 この警告は届いたようだ。
 慌てて泥濘区域を避けると、一部のトループス級は、移動用の白鯨へと戻り出す。あれで毒を突破しようというのだろう。
「悪いね! そこで鯨野郎と慰めあってな! ……ヨーホー!」
 敵が離れた隙をつき、ジェーンは加速の掛け声をだす。
 この船に追いつくアビスローバーはいなくなった。もはや遠方にみえるだけの白い影を眺め、アンゼリカはホッと息をつく。
「それにしても全長40メートルの鯨は圧巻だったね。違う船で攻撃を受けたけど、きつかったなぁ……」
「僕はまだ会ったことはないが、アフリカにいる一般的な巨獣ってのより更にデカいんだっけね。デカさも破壊力も機動力もなるほどジェネラルってのは伊達じゃないけど……」
 ジェーンが不敵に微笑むので、アンゼリカも頬を緩める。
「でも逃げ切ったから今度はこちらがやり返す番!」
「あぁ、船団を再編成したら反撃だ」
 12隻のうち、他の海賊船がどうなったかまでは、船上からはわからない。けれども、手ごたえは感じている。
「待ってろよー、だよっ」
 海にむかって叫んだ。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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