大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『ここに淫魔ビーチをつくろう』

ここに淫魔ビーチをつくろう(作者 大丁)

 改竄世界においても、波は美しかった。
 浜辺に整列する自動人形の前で、女性型将校は任務を伝える。
「我が祖国グランダルメは存亡の危機にある! イタリア南部だけでなく、首都パリを失った今、少しでも戦力が必要なのだ」
 戦争に敗れたトループス級が、この海岸に漂着しているという。
「ミュラ元帥閣下は、漂着する全ての部隊を回収するように厳命された。我らは、偵察と追跡能力に秀でているから、当作戦に最適任である」
 将校は、狙撃の腕を誇るように、ライフル銃を掲げた。
「貴重な戦力を、無事に元帥閣下の元に連れ戻さねばならぬ。かかれ!」
「リョウカイ」
 配下たちは、服を着ておらず、いかにも自動人形といった風貌だった。
 ガチャガチャと四つん這いになり、素早く浜を移動していく。

 『断頭革命グランダルメ』行きの車内。
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、時先案内を始めるところであった。
「『七曜の戦』を乗り越え、最終人類史に多くの大地を奪還する事に成功しましたわ」
 大きな勝利を称え、目を細める。
「ですが、わたくしたちディアボロスの戦いは、まだ終わりではございません。再び、ディヴィジョンに分割された世界で、虐げられる一般人を救い、大地を強奪したクロノヴェーダに復讐を果たしてまいりましょう」
 両手を胸の前で合わせてそう言うと、開いた十指には人形繰の糸が結わえられている。
 ぬいぐるみたちが、地図や資料を持ちだし、大きく変化した勢力を示した。
 これからは、『七曜の戦』後の状況に合わせた、作戦を展開していく事になるのだ。眺める依頼参加者たちは、表情を引き締めた。
「断頭革命グランダルメはとくに、わたくしたちディアボロスの活躍によって、大きく戦力を減退させましたわ。首都であるパリは奪還いたしましたし、『火刑戦旗ラ・ピュセル』との同盟も阻止できました。ほかにも、『幻想竜域キングアーサー』での戦いで大きな戦力を失っただけでなく、『蹂躙戦記イスカンダル』にはイタリアを奪われています」
 地図の上を指してまわるぬいぐるみたち。
「みなさまには、イタリア方面から漂着してくる配下淫魔の軍勢を撃破していただきます。当方面を統括していた、ナポリ王『ジョアシャン・ミュラ』元帥も、漂着した軍勢を救援しようと回収部隊を繰り出していますわ。それに先んじて漂着した淫魔を撃破、更に、救援の回収部隊も撃破して、敵戦力の弱体化を進めてくださいませ」

 図が差し替えられ、より詳細な現地図となった。
「まずは、漂着する大陸軍を見つけ出すのが第一となりましょう。フランス南部のニース付近の海岸を警戒し、ディヴィジョン境界の霧の発生を確認したら、グランダルメの救援部隊よりも先に、現場に駆け付け、漂着した淫魔の撃破を行ってください」
 素早く駆けつけることが出来れば、救援が来る前に、淫魔を全滅させられる。
 救援に駆けつけてくる自動人形の部隊と指揮官は、漂着した淫魔を護って戦うので、救援が来てしまうと、戦いにくくなるかもしれない。
 この場合は、無理せず、漂着したほうの淫魔は撤退させて、救援部隊に狙いを定める判断もありえる。
 ファビエヌは、海岸の漂着予想エリアを示しながら、以上のように概要を説明した。
「さて、敵の種別ですが、大陸軍を構成しているだけあって、過去の依頼でも何度か遭遇した相手です。漂着する大群のトループスは『暴かれ待つ膜中の淫魔』。あの、身体をコートで隠した彼女たちですわ」
 奪還のかなったオーストリアではよく見た敵だ。
 イタリアの部隊にまで加わっていたのか、と反応するディアボロスもいた。
「回収部隊の主力は、『ヴォルティジュールドール』ですわ。腕が刃物になった征服人形タイプの。先ほどの説明のとおり、護衛対象は、戦場にいる淫魔の有無で変わってきますのでご注意ください。先に淫魔を見つけて撃破できれば、彼らが護衛するのは指揮官『ルイーズ』です。軍服を着た女性将校型のアヴァタール級自動人形ですわね」

 下車まぎわに、ファビエヌは付け加えた。
「断片の王ナポレオンと、その軍勢は精強ではありますが、戦力が低下すれば、つけ入る隙が出て来ます。イイコトなさってください」

 海岸にうちあげられた時、ずぶ濡れの外套はボロボロで、脱げかけている者もいた。
 淫魔たちは混乱し、口々に勝手なことをまくし立てる。
「どこ、ここ? イイトコ?」
「フランスの海岸よ、アタシたち帰ってきたんだわ!」
「そうかなー?」
「いたーい、砂浜とちがーう。小石だらけよー」
「まって、みんな……」
 一体が立ち上がり、手を広げて騒ぎをおさめる。
「きっと、新天地なんだと思う。ここに淫魔ビーチをつくろう!」
「淫魔ビーチ!?」
 提案した個体も、現実逃避しているだけなのだが、大群は乗っかった。
「……そういうのは、もっと南の砂浜に作ったほうがー」
 なんとなく、疑問を感じている個体が、いなくもない。

「ニース付近だったね」
 天夜・理星(復讐の王・g02264)をはじめ、大陸軍を追ってディアボロスたちは、南フランスの海岸へとやってきた。
 波間に面してすぐ、リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は口を尖らせる。
「海の色はきれいだけど、石コロだらけで歩きにくいな」
 ひょっとして淫魔たちも、なにかの勘で砂浜を目指して移動するかもしれない。などと考えていると、理星が足を止めずに波に飛び込んでしまった。
「これでどうよ?」
 驚く仲間たちの前に立ち、外套を羽織った姿を見せてくる。
「なんでコート着てずぶ濡れになるかって? 漂着する淫魔の皆様方がそうじゃん。だからこっちから見つけても、味方が来てくれたんだってことで多少はバレるまでに時間稼ぎ出来るじゃん」
 変装、ということらしい。
 顔を見合わせたあと、アーリヤ・アマミヤ(魔霊ジンキックとパンチ・g03479)が言った。
「一般人相手ならともかく、私たちがクロノヴェーダのふりをしても、見抜かれると思いますわ」
「そう、よね?」
 驚堂院・どら子(ドラゴニアンの陸戦砲兵・g10083)も念押ししながら、経験を口にする。
「私だって、偽装(コスプレ)した同族を見破れるときあるし……」
 人型がお気に入りの彼女は、滅多にドラゴニアン要素を出さず、いつも厚着なのだ。逆の立場の者に気付けるのだから、どら子のそれも隠せていないことになる。
 しかし、理星の格好には、興味をひかれている様子だ。
「遠目にはバレない、かも?」
「まあ、会話をするような距離でなければ」
 アーリヤもその気になってきた。普段から派手な衣装を好んでいるが、上からの服で誤魔化すのは面白そうだ。
「でしたら、私はもっと上手にやって見せましてよ」
 急に自信満々になって、借りたコートを着こなしだす。
 スタイルのよさと、勝手に中身を期待してしまうようなギリギリの姿勢で、『暴かれ待つ膜中』を表現した。ノリがいい。
「仕方がないな……」
 リンも承諾する。
「ずいぶんな作戦を考えるものだ。理星さん、一つ貸しにしておくよ」
 言いつつ流されやすいのか、コート下から奇麗な脚を出してみせた。
「いいじゃん♪」
 笑う理星に、リンはそっぽを向き、海にはいる。
「勝利の為なら手段を選ばないだけだ。使える物は何でも使う」
 ディアボロスたちは、境界の霧を探して出発した。
 とりあえず、南に向かうようにする。
「グランダルメも相当支配弱くなりましたねぇ。このまま行けるところまで減らして、目指すは打倒ナポリ王ってやりたいんだけどね」
 言ってる暇があるなら目をよく凝らすべき。
 でも、口が開いてしまう、理星。
「朝の三時半から弁当持って、私ら今日も捜索や!!」
 どら子が、奇妙な節まわしで歌った。
 普段使いの厚着は、丈が長く、フードも丁度良くかぶれる。結局のところ、シルエットはトループス級に一番近い。
 そんな彼女が、霧を見つけるのも、一番早かった。
「てことは、……いるいるっ。専用ビーチだかなんだか知らないけど、悪いことの相談中ねっ」
「みんな、くたびれた風にして近づいてくよ」
 理星の提案もまんざら悪くなかった。
 海岸に散らばっている大群のトループスを発見したからには、逃げられないよう、様子をみながらゆっくり接近せねばならなかったろう。
「変装のおかげで、常に堂々と忍んでいけますわ」
 アーリヤとしては、隠れながら素早く移動できるのは理想である。
「いつもなら、こーっそり、ひっそりー、忍び足ー、ですもの」
 敵の真ん前まで行けなくともいい。
 戦場に巻き込める範囲になれば、もう距離は関係ないし、それまでは雑でもコートで誤魔化せそうだ。
 ゆえに、淫魔の反応には、アーリヤが特に注意をはらっていた。
「気付かれましたわ。チョイヤー!」
 切り替えが早い。そこらへんから石コロを拾ってくると、パンチで素早く制圧する。
 殴られた一体は、仰向けに倒れた。
 握った武器には、エネルギー生命体『ジン』を宿し、威力が上がっている。
「魔力障壁があるので薄着でも大丈夫ですの」
 思い切ってコートを脱ぎ捨てる。理星も倣って、雫のしたたるボロを広げた。
「そーれ道を拓け、自在の聖剣!」
 正確に敵の居場所を複数割り出した上で、それぞれの喉笛を狙い、纏めて斬り伏せる。
「『竜翼翔破(りゅうよくしょうは)』ッ!」
 どら子は、厚着から竜翼だけ上手に出し、空中を舞う。
 そして、身軽になったリンが、淫魔たちにむけて爆弾を投げる。すでに、破れていたコートに貼り付いて、敵ごと粉々に吹き飛ばした。
「リ、リン様、どうなさったんですの?!」
「リンさんのコートが……、えと、服が?!」
 アーリヤとどら子が驚いている。
「いやあ、こういうことしても怒られないのはいいよね」
「アタシは、中身まで淫魔を真似しろなんて言ってないよ!」
 思わず怒鳴った理星だが、派手で身軽すぎるリンに、それもありかと思い直す。
「淫魔ビーチの発想自体は、アタシも賛成だし」
 逃げかけた敵に斬りこむ。
「いいもんだね。それが世界を脅かすたぐいでなく、たくさんの人間で溢れるならな!!」

 大群のトループス級、『暴かれ待つ膜中の淫魔』は、波打ち際へと素足を入れた。
 すると、海は凪ぎ、水は上下しなくなる。
 沖より何者かが、静まった水面を走ってくる。
「えっと、どういう状況……とは突っ込まないでおこう」
 救援機動力での合流をはかる、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)だった。
 彼からみた浜は、敵味方とも外套を羽織っている者が多い。
「俺もコートの中は海用装備の水着だ。濡れてもいいように……偶然なんだけど……えっ……」
 敵クロノヴェーダを捜索にいったメンバーのひとりだったと思うが、リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、なにも装備していないように見える。
 彼女になにか指摘する、天夜・理星(復讐の王・g02264)の姿もあった。エトヴァが安心できたのは、リンの恰好も長くは続かなかったことだ。なので、波打ち際に追い込まれている敵と、戦いを始める。
 爆破に使ったコートを、リンはその辺から追い剥ぎして再調達していた。
「理星さん、もう一回、淫魔らに紛れられないか? 正面から戦っても良いことは……。なくもないけど」
 リンとしては、不意打ちと暗殺にまわりたい。
「それは無理そう」
 敵の喉元にまで行ける自信があった理星にしてみれば、再度の隠密を勧められはしない。
「他で上がってる復讐者の報告書をよく確認しなかった私の悪い癖が出たかなあ」
「じゃ、じゃあ、バレてしまったら仕方がない、相手をするしかないね!」
 結局、リンは大群のトループスのなかへと飛び込んでいく。
「多対一ではこちらが不利だろうが。接近戦でもこちらが不利だろうが……アレ?」
 敵の数に溺れかかっているが、そもそも逃げ出されていたら、戦闘に持ち込むことすらできなかった。
「……まあ、最速で接敵できて結果オーライってことで」
 思い直した理星は、気付く。
「バレたら困ることが、まだあった。仕方ないでは済まないような」
 小石の浜も、サンダルと敷物があれば快適であろう。自動人形で編成された救援部隊ともなれば、ものともせずに迫っているはず。
 波は止めたが、透き通った水質に変わりはない。
「南仏の海岸は美しい……俺も一泳ぎしたいよ。だが仕事だ」
 エトヴァが、両手の銃を構える。理星のテンションも上がってきた。
「さあ始めようぜ、爆速バカンス!」
 浜辺のがわから追い立てる。
 銃撃が待っているはずだが、淫魔たちは次々と水に浸かった。
「グランダルメとの戦いは、ここで詰めきれれば最大の有利に近づくだろう。一手ずつ……確実に」
 エトヴァは躊躇なくトリガーを引く。それでも向かってくるからには考えなしではない。
 海上に漂いだす、情欲を溶かした気体。
 外套の合わせを崩して、魅了してくる。
「久しぶりに淫魔らしい淫魔を見たよ。大陸軍で頑張っていたんだな。少々気の毒だが」
 弾丸は雷撃をまとい、水上に稲光を這わせた。
 妖しい気体をはじき出していく。エトヴァの技、『Mjölnir(ミョルニル)』は、機械化ドイツ帝国に由来する。
 なおも、コートを着たふたつの影が、気体のむこうで抱き合い、ポーズをとっているようだ。
「く、う~……」
 動きが艶めかしかったので、エトヴァの精神もぐらつき、二丁銃の連射速度が落ちてきた。
「ふっ、各個撃破しようにも逃げ場がないと来た」
 影の片方はリンだった。
 弱そうな立ち回りで誘惑しかえそうと試みたものの、暗殺の隙は見いだせない。
「組み付かれると不利だし、いいことあるけど問題しかないので、私としては犠牲を払ってもなるべく回避したいのだが」
 なんとか、伸びてくる淫魔の手を払いのける。
 リンが敵に紛れたのではなく、情欲の気体と魅惑の動きのせいである。それに気付いたエトヴァは、海の色を目に納め、心を落ち着かせた。
「うーん、俺には南仏の海のほうが魅力的……」
 雷の弾丸を、気体を払いのけながら撃ち込んだ。
 抱き着いてきた敵が被弾したことで、リンは『悪意の爆弾(マリス・ボマー)』を作るチャンスを得る。
「諸共にボン! するしかない。暴かれ待ちというならば是非暴こうじゃないか。暴いてしまって構わんのだろう?」
 コートの合わせを、自分と相手。両方いっしょに掴んで剥いだ。
 払った『犠牲』こそが、爆弾に変化する。
 むやみに広い範囲に爆発が広がった。
 エトヴァは水面に身を屈めて被害を逃れたものの、妖しい気体の影響が少し残る。
「モデルになってくれるなら、絵を描きたくなりそうだけど……」
 火薬の煙が晴れて、立っていたのはリン。
「いいよね。せいぜい派手にやろうじゃないか」
 敵はまだ、小石の浜に残っている。
 リンの『爆弾』で、ディアボロスたちの肉体は痛みを抑制できた。陸地にも押し寄せてきた淫魔の気体、『欲女の求牝(よくじょのもとめ)』を、理星は聖剣を振るって払う。どら子が竜欲を羽ばたかせているあいだ、淫魔の動きは悟りやすい。アーリヤが握った石コロから、祝福が海岸にあふれでたようだ。
 立ち回る理星は、的確に敵を撃破していった。
「……でね」
 決着をつけられるタイミングが来る。
「大きな声で叫ばれちゃ、困るんですよね。あまりもたもたしていても向こうからやってくるところがあるからそれは仕方ないんだけど。その時が早まるのは、ちょっと困る。……『迸る聖剣。鳴りを止ませ』!」
 『聖剣技/黄:落音(イエロールート・ラクオン)』は、焦燥の剣の技。
 感情の波が、空気に干渉した。
 クロノヴェーダは、声を通らせることが叶わなくなる。
「つまり、能動的に助けも呼べない。徹底してあなたたちを潰すね?」
 黄は電撃の色でもある。
 『暴かれ待つ膜中の淫魔』の大気は硬直したまま、聖剣に打ち払われた。そして、大群のトループスも、理星の斬撃のまえにすべて倒れる。
「後続共を驚かせてやるよ」

 コートを着た淫魔では出さない、金属のこすれ合う音が聞こえてきた。
「よし、なんとか間に合って良かった。ここからは時間を気にせず思う存分暴れられるね!」
 天夜・理星(復讐の王・g02264)は、その『後続』たちの姿を確認し、自軍のスケジュールが優ったと歓声をあげる。トループス級自動人形『ヴォルティジュールドール』は、腕の鎌をつかって浜を掘り返しながら、四つん這いで進んでくる。まだ、偵察モードなのかもしれない。甲虫かカニを思わせる動きだ。
「そう、文字通り気にせずに……」
 待っている理星の心中で、『時間流(モーション)』に必要な感情の波、『“刻源”』が高まってくる。
「うーん、コラテラル・ダメージと言うやつだな。こいつはどうにもならないね」
 リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、ボロいコートを回収し、肌に纏った。攻撃のたびに、その恰好になるのを咎められそうだったから。
 敵の人形は、関節機構もむき出しで、服など着ていない。
 その後ろから、軍服を身につけた女性型が現れる。
「救援は果たせなかったか。……任務変更!」
「リョウカイ」
 指揮官の身振りで配下たちは動きを止め、うずくまる様な姿勢をとる。
 理星は、クロノヴェーダを挑発した。
「惜しかったね、自動人形さん。もっと悲しいお知らせがあるよ」
ディアボロスめ、イタリアから追ってきたのか?」
 女性型将校は、眉を傾け、いぶかしむような表情をつくった。問いとは別の答えを投げつける、理星。
「それは……。あなたたち全員、死ぬんですけど!」
「殲滅しろ、かかれ!」
「リョウカイ」
 ヴォルティジュールドールは一斉に立ち上がり、二足で駆けてくる。
「さて、どうしようか。正直お近づきになりたくない団体だが」
 リンは、無機質な敵に文句を言う。
「囲まれても役得感すらないのはよくないんじゃないかな、君達」
 なにせ、顔全体が歯車だ。遠ざけるために、肉厚なマチェットを振り回した。
 感情を整わせた理星は、人形の動きに対して。
「今度は反撃中心で動こう」
 悟りを開きやすくしておく。
 『エペ・デ・エクレール』が襲い掛かってきた。腕の鎌が集団で振り下ろされる。
「刻は刹那、改め瞬け!」
 鎌に斬られる寸前のタイミングに合わせて、自動人形の時間を遅くする。
 『時間流(モーション)』のなかで、理星だけが通常の動きを維持して、反撃につなげた。世界の祝福が、クロノヴェーダへの呪詛となる。
「で、リンさんは……おお、やってんねえ」
 ボロのコートをひるがえして、相手の動作を観察したあと、徳用ナイフと赤い手りゅう弾を投擲していた。
「せめて見栄えだけでも良い人形にして欲しかったところだ、と言っても無駄か……」
 口ぶりはクールだが、その実、逃げ回っている。
 組みあったら死ぬかのように。
「ディフェンスを差し入れるか。当たらなきゃ深い傷は負わない」
 理星は、リンに合図を送った。
 周りはよく見えているようで、言葉にするなら返事は。
「いやあ、今のままじゃ、パニックホラーかナニカのようだよ。助かる!」
「アタシが庇い反撃を引き受けることで、リンさんは爆弾のセットをよりスムーズに進めて」
 ディアボロスのふたりは攻守に分かれ、トループス級にあたる。
「……って、アタシも余裕あんまないけどもさ、うまく出来たらいいな」
「そもそもこっちは工作員みたいなものなんだから、私を攻撃するのにそんな頭数いらなかったと思うね!」
 不意打ちにマチェットをぶん投げて、リンはさがる。
 彼女を追って、集団が接近しようとしたところで、理星が走りこんできた。通過した経路で、時間が歪む。
「あ、やっぱり、危ないかも」
 ずっと無傷とはいかなかった。
 バラバラにしてやった人形もあるが、理星の感情を力源とするかぎり、意識の隙を突いてくる凶刃は鋭い。
「だからって、復讐の王は止まらないよ」
 時間流に巻き込み、自分だけ動いてリンへの鎌攻撃は受けきる。爆弾を準備中の工作員のまえで、今度は理星の服が斬られて、バラバラになった。
「なんだと! 役得感なかったのに羨ましい。観察が足りなかったか」
「リンさんは、クロノヴェーダにやられて嬉しいの?! ……まぁ、いいや。『大体全部機雷になる(ワールドイズマイン)』はどう?」
 要所を隠した理星に、リンは真顔でサムズアップを返す。
「いい感じに配置が終わった。礼を言う。巻き込まれないようにだけ、気をつけて」
 大気中の物質を改変し、不可視の爆発物を作り出せる。
 リンが手首を返すとすべてが同時に起動した。
 連続した轟音とともに、トループスの破片、欠けた歯車があたりにぶちまけられる。
「だから工作員みたいなものって言ったじゃあないか。おっとまだいた! 転進だ!」
 自分のコートを、理星に押しつけると、いっしょに岩場へと飛び込む。ほかのディアボロスたちもその動きに倣った。
 銃撃をくらった仲間はいなかったが、アヴァタール級自動人形『ルイーズ』の腕前は確かなようだ。
「私から逃げられると思うなよ。今より、追跡の対象はディアボロスだ!」

「いっけね、服弾け飛んだまま追いかけられるのか」
 自分の恰好を見下ろす、天夜・理星(復讐の王・g02264)。リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)から渡されたものは手に持っている。
「えっと、どういう状況……」
 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は、口から出た自分の言葉にデジャブ。水面を駆けて助走をつけ、低空の飛翔で浜までたどり着く。
「初めてだな、弾け飛んだのは」
 岩場でしゃがむ理星だったが、リンは傍らから離れた。銃弾を避けつつその辺のコートの残骸を回収し、水着のように上下に巻いていく。
「ふーむ、コレでは何の偽装にもならない」
 押し付けた強奪品は、比較的無事なものだったのだ。理星は心配無用と身振りで示す。
「スタイルチェンジ……彩!」
 クルクル回って変身、などと見せびらかすつもりはない。理星の要所が安全になるまで、リンの渡した強奪品は最後までそれを隠した。
 エトヴァは目線を変える。
「まあいいや。指揮官を倒して仕上げと行こう」
 戦場を見渡したところ、浜の方々から突きだす岩場で、ディアボロスたちは遮蔽をとりつつ、ルイーズの連射に応戦している。
「逃げも隠れもしないよ。ここで決着をつけよう」
 挑発気味に、岩場のまえに着地してみた。
 案の定、『小銃乱射』が向けられるが、エトヴァは盾を構えて弾丸を防ぐ。その後は、風に舞う羽のごとく緩急をつけて飛び回り、狙いを絞らせないようにする。
 敵将校の舌打ちが聞こえてきそうだ。
 銃撃はエトヴァから逸れた。
「やあ、怖い怖い。こちらとしては本来の目的はもう達成したようなものだから、帰りたいまであるんだけどね」
 転げ回っているリン。
 乱射のようでいて、彼女だけを捉えようとしていることに、エトヴァは気付く。
 リンの投擲するナイフや爆弾は、アヴァタール級にはあまり効いていないのは確かだ。しかし、弱いと思われている感じもない。
南イタリアで敗北したそうだな? ミュラ元帥は今頃、無念を噛みしめているのだろうな!」
 あの地を亜人どもに明け渡したことは、エトヴァ自身も無念に思っているが、いまは胸に秘める。
 それよりも、元帥の名を出したことで、将校のいらだちの原因が分かった。
 リンのビキニ水着。……ではなく、淫魔から剥いだ布切れだ。
 口ぶりでは気持ちを切り替えているが、回収作戦はミュラからの厳命だった。味方の遺留品はルイーズにとって失敗の象徴だ。身体にまとってちらつかされれば、つい銃口を向けたくもなる。
 エトヴァはこの発見を、リン本人も含めて仲間と共有した。
 挟撃を見越して立ち回っていたおかげで、敵を挟んだ向かい側には、理星もいる。
 みんなで決めたのは、囮戦法だ。
「ルイーズを南仏の大地へ還そう。『Realizing Imagination(リアライズィングイマジネーション)』!」
 宙に絵筆を滑らせ、描き出すのは南仏の色彩まとう巨大な鯨。
 いよいよ、リンに対して『長銃狙撃』がなされたとき、幻想の鯨が現実化して銃弾をその身で止めた。
 助けられた巨体の影で、工作員は爆弾を手にする。
(「大量に仕込めれば一気にやれそうだけど、まぁ無理だろうね。ともあれ、味方との連携は上手くいってるな」)
 尾びれの端から、素肌をみせて走る。ライフルを構えたまま、ルイーズが駆けだす。
 理星たち、他のディアボロスも反応した。
「おいかけっこが好きか? まるで友達にやるみたいな。ならアタシも乗ってあげよう」
 ビキニと軍服のあいだに割り込んでいく。
 先にライフルから、至近距離での榴弾が発射された。リンは、敵の接近を利用して、軍服に贈り物を忍ばせる。
(「これがポッケに爆発物を仕込む程度の能力……ッ」)
 できれば、ポケットごと着ているものが無くなるくらいダメージを負っていてくれれば良かった、などと考える余裕すらあった。
(「背中にペタペタするだけだしね」)
 仲間たちが、パラドクスを当てながら近づいてきてくれるからだ。
 それとは別に、視界のすみで理星が聖剣を振るっていた。『榴弾斉射』を引き受けている。
 感情の波をフルに活性し、形相には余裕がない。炸裂する榴弾に、いっとき遅れをとるが、痛みをものともしない肉体で、すぐに動きなおしてきた。
「燃え上がるアタシの怒りと人々の想いがあなたを斬り裂く」
「はっ! そこのディアボロス、任務遂行の邪魔だッ!」
 女性型将校が目をおおきく見開いた。
 理星は至近距離、リンとの射線を完全に塞いでいる。
「『絶技/紅:灼(ゼツギ・ブレイヴ)』!」
 逆手に持ち替えた『六聖剣・紅/激情【彩】』を振り抜く。
 軍服の表面に真一文字、紅い筋が走った。
 血ではない。理星の感情の余剰だ。
 ルイーズは力の抜けたふうで、速度を落としてヨタヨタと歩き、浜の小石につまずいた。
 怒りを吐きだした理星が、穏やかに声をかける。
「で、あなた。リンさんに爆弾仕込まれますよね。ド派手に弾けませんかって」
 太刀筋は、ポケットをとらえていた。
 『灼(ブレイヴ)』の熱で誘爆寸前だ。
 すでに遠くまで走り去ったリンが、呼吸を乱しながら大声をあげる。
「やあ! 私からの『秘密の贈り物(シークレット・プレゼント)』さ! ……無理だと思ったけど、味方との連携で大量に仕込めた」
「げ、元帥閣下~ッ!」
 退き、距離をとった理星の眼前で、自動人形は爆発四散した。
「たーまやーじゃん」
 アヴァタール級が撃破され、たなびく煙も流されきると、夢かうつつか戦闘の痕跡は消える。
「南仏の地には、銃声よりも日差しが似合う」
 エトヴァは波の音に耳を澄まし、この地を機械人形から取り戻すと誓っていた。
 淫魔ビーチの建設は、もともと実現不可能だったけれど、潰えた。
 リンの身体に巻き付く布も、砂のごとく崩れ去る。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

tw7.t-walker.jp