大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『断頭に赴く火刑の乙女』

断頭に赴く火刑の乙女(作者 大丁)

「復讐……! わたくしたちは、復讐に目覚めたのです」
 黒い水着のような格好に、コウモリの翼を生やした女性たちが、一般人の村を襲っている。
 鞭を振り、家屋を焼いて、人々を広場に狩りたてるのだ。
 ここは火刑戦旗ラ・ピュセル内の南部。特徴のない、平凡な村だ。ただ、進軍中の彼女らの前にあったというだけで、蹂躙をうけるはめに。
「怖れなさい、存分に。死の寸前まで!」
 女性が手をふると、空から刃が降ってくる。
 ストン、コン。
 軽い音で、いくつもの生首が広場の方々に転がった。まるで、断頭の処刑である。

 依頼参加のディアボロスたちは、パラドクストレインの車内で時先案内人を待っていた。
 ロングシートのうち、ホームの向い側に座っていた者は、窓越しに珍しいものを見ることになる。
 ぬいぐるみを抱えたまま全速力で走っている、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)の姿だ。
「……ハァ、ハァ、ハァ。急ぎの作戦にお集まりいただき感謝いたしますわ。火刑戦旗ラ・ピュセルから、決戦間近の断頭革命グランダルメに対して、増援が行われている事が判明したのです」
 荒い呼吸は、すぐに整った。
「皆様の活躍によって途絶えていたラ・ピュセルからの増援が再開されれば、奪還戦の戦いが不利になるかもしれません。攻略旅団の作戦によって出現した当列車でラ・ピュセルに行き、グランダルメとの境界である霧地帯に向かおうとしている、キマイラウィッチの集団に対して攻撃を仕掛け、撃退してくださいませ。キマイラウィッチのグランダルメへの移動を阻止する事で、グランダルメ奪還戦におけるキマイラウィッチの軍勢の数を減らす事ができるでしょう」
 案内も駆け足気味だが、必要事項に漏れはない。

 掲出された地図によれば、ラ・ピュセルの霧地帯付近、キマイラウィッチが進軍して来る村の近くに到着できるようだ。
「キマイラウィッチは、ディアボロスと決戦を控えている事で、気分が高揚しているのでしょう。一般人の集落を発見すれば、決戦の景気づけだと、住民の虐殺をはじめてしまいます。この悲劇は回避可能ですわ。キマイラウィッチが到着する前に、住民の避難を行った上で、村を襲撃しようとするキマイラウィッチを迎え撃ち、撃破してください」
 トループス級は、アヴァタール級に先んじて現れる。
 種族はアークデーモンだが、習性はキマイラウィッチと同じとのことだった。
「すなわち、『アラストルの乙女』は復讐を力に変えて戦うのです。特に、自己の復讐心を雷の剣として実体化させ、空から降らせる技は、あたかもギロチンのような鋭さで、注意が必要です」
 遅れて同じ戦場にやってくるのは、『ビューロー兄弟』。
 亀から二本の首が生えており、それが兄と弟なのだ。
「こちらは、キマイラウィッチの指揮官です。亀の甲羅に備えた大砲を撃ってきますわ。村人の避難が滞りなく進めば、この砲撃で家屋に被害がでることはありません。できれば、村の外で戦えるとイイですわね」

 発車の直前に、ファビエヌは申し添えた。
ラ・ピュセルがグランダルメと密約を結んでいるのは間違いないでしょう。グランダルメ奪還戦の勝利の為に、キマイラウィッチの戦力を減らしておくのは、イイコトですわ」

 村の周囲には、城壁どころか柵のようなものさえなかった。
 そのかわり、建物は接し合いながら円形に配置され、石組みの一階部分の堅牢さだけが頼りになっている。木造の二階、あれば三階まではひょろ長く、板葺き屋根の勾配も急角度で、全体に痩せた印象がある。
 状況を探るため、ディアボロスたちは時代に寄せた服装で村に近づいた。
 入口にあたるのは、建物どうしの間に差し渡されたアーチだった。門扉のようなものはない。そこから中の様子がうかがえる。
 地面には石畳が敷かれ、玄関口側に囲まれた部分が、おそらく事件の起こるはずだった広場だ。
 集められた一般市民にむけて、刃が降ってくるという。
「平穏としてありふれた、穏やかな村であるな」
 アルトゥル・ペンドラゴ(篝火の騎士・g10746)が、ホッとしたようにもらす。
 予知にあった虐殺は、案内人から聞いているあいだも顔をしかめてしまうような、ひどいものだった。はたして、避難に割ける時間はどれほど残っているのか。
「民の安全を優先せねば」
「ああ。キマイラウィッチは、本当に自国民にもなりふり構わずだな……」
 外套のフードのなかから、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)がうめく。
「虐殺などさせない。救おう」
 誰にも咎められずにアーチをくぐる。
 できれば、村長などの代表者に話を通してから行動を起こしたかったが、また曇っていくアルトゥルの表情を見たエトヴァは、手順をとばしたほうがいいと判断する。仲間も同意した。
 装備の携帯スピーカーの電源をいれ、村全体に拡散するように大声をだした。
「キマイラウィッチが来るぞ!」
 いきなりだったが、広場中央の井戸を使っていた女性がすぐに振り返り、いくつかの玄関扉が開いた。
 まだ、村人全員ではない。『避難勧告』も発動させる。
 赤い光が明滅しサイレンが鳴り響く。
 この効果が発揮されるということは、やはり危険は間近だったのだ。
 トレイン内に掲出されていた地図によれば、自分たちが入ってきたアーチ側の道が、キマイラウィッチの来る方角である。エトヴァはマイクでそう伝え、アルトゥルは避難のための手助けにまわった。
 はぐれる者がでないよう、病人やケガ人がいないか確認する。
「動ける男性は、女性と子供に付き添ってくれ。老人にもだ!」
 村の外では耕作が始まっていたものの、隠れられるような場所ではない。森の中に木こり小屋があることも判っていたので、そこを逃げる目印にしてもらう。
 エトヴァの音声も続いていた。
「家族や隣人に声を掛けて、一塊の集団を作って逃げるんだ。しばらく隠れていてほしい。奴らが通り過ぎるのをじっと待つんだ」
 避難は大きな障害も起こらずに済みそうだ。いっしょに森まで行くような必要もない。
 最後にアルトゥルが、残った村人がいないことを仲間に伝えてくる。
 ディアボロスたちはもう一度アーチをくぐり、キマイラウィッチ迎撃の準備をはじめた。戦闘の巻き添えで損害が出ないよう、村から距離をとる。あの、ほっそりした屋根では、アヴァタール級の砲弾ひとつでポッキリと折れてしまいそうなのだ。
 陣を決めると、アルトゥルは戦旗を掲げた。
 まだ曇った顔をしているので、エトヴァが大丈夫か、と声をかけると。
「……この時ばかりは、攻勢に長けた計略ばかりの自分を嘲りたいものなのだ。いや、気にしなくていい。護るための戦いを、始めさせてもらう」
 仲間は頷いて、それ以上は追及しなかった。
 キマイラウィッチの気配がしてくる。

「……そんじゃ、アタシも荒事の方に備えるかね」
 ヌル・バックハウス(名も無き自由・g10747)が合流してきた。避難誘導を担当したディアボロスたちにひとこと礼を言う。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)によれば、敵との遭遇まではあとわずかとのこと。
「偵察や奇襲の猶予もなさそうですね」
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も、『神護の長槍』と『神護の輝盾』を構えて隊列に加わる。
 この陣は、村へと続く道を遮るようにして組んだものだ。地形の起伏で見通しは悪いが、音は聞こえていた。
 集団の揃った靴音である。
 黒い水着のような恰好のアークデーモンたちは意外にも、きっちりと行進してきた。
「全体、止まれ! ……武装した者たちが、前方を塞いでいます」
「軍旗のようなものも見えます。出迎えの自動人形(オートマタ)でしょうか」
「いえ、境界を越えた様子はありません。それに、『断頭革命』にはまだ距離があるはず……」
 リーダー格はいるが、指揮官のキマイラウィッチの姿は見えない。
 トループス級『アラストルの乙女』は、予知での残虐な行いに反して静かで落ち着いている。まだ、村を発見していないからかもしれない。
 エトヴァは、仲間に目配せした。
 あらかじめ決めておいたことだ。念のため村へ意識を向けさせないよう、話しかける。
「やあ。そんなに楽しげに、どこへ行くのかな。もしかして、ディアボロスを探してる?」
ディアボロス?!」
 トループスたちはざわめきだした。
「やはり、私達はすでに境界の霧地帯をまたいでいたのでしょうか?」
「『火刑戦旗』が侵攻されているのかもしれません」
「どちらでも構わないでしょう。決戦に備えて、かの者たちを襲って『復讐』の力を研ぎ澄ませては?」
ディアボロスが相手なら、かえって好都合。私たちの復讐を早めても、それは軍規違反とはなりません!」
 口調は丁寧だが、彼女らの会話は不穏な方向へと流れていく。
 もし、予知のとおりに村を見つけたのなら、なされていただろう残虐な相談を思わせる。エイレーネは眉をひそめた。
 合図も連絡もないが、ディアボロスたちは呼吸を合わせられる。アラストルの乙女のリーダーが、エトヴァに返事をしようと一歩踏み出したところで、『神護の長槍』が投げつけられた。
「聖なる槍よ! 悪しき者どもを一人たりとも逃すことなかれ!」
 エイレーネが、『降り注ぐ影の槍(ドーリ・スキオン)』の詠唱をした。投擲した一本の周囲に、幾つもの幻影の槍が出現する。
 敵隊列の前面に直撃し、こちらにまで聞こえていたお喋りたちの身体を串刺しにしていく。
「お、おのれ、この恨みは……!」
 リーダー格には実体の長槍が突き立つ。が、それはすんでのところで避けられたもので、しかし穂先はアークデーモンの翼を貫通していた。
「あなた達が何者であろうと、キマイラウィッチと同じ振る舞いをするなら、われらも同じように遇します。無辜の民を害する怪物を待ち受ける運命は、死をおいて他にはないと心得なさい!」
 『神護の輝盾』をかざして走り出す、エイレーネ。
 仲間たちも同時に突撃した。
「殺されるのはお前たち。ディアボロスのほうです!」
 『復讐乙女』により、敵の二列目以降の足元から、炎の鞭が飛び出した。エイレーネたちはあえて撒き散らされる炎にむかっていき、鞭のしなりを飛び越すようにして接敵した。
 おされた敵トループスは、陣形が乱れる。
「――『迷って道を踏み外そうが……それで答えに辿り着くなら、ソイツが答えなんだよ!』」
 ヌルは、『偽真の自由(ギシンノジユウ)』を展開する。
 様々な道を提示した疑似的な迷宮に、あぶれた敵を誘い込む。
「これで時間稼ぎはオッケー。その間にこっちは少しでも数を減らすためにちょいとつついておく、っていうね」
 クロノヴェーダの関心はじゅうぶんにひいていたが、敵隊列を乱したかわりに村へとまわりこむ個体が出ないとも限らない。エトヴァらの話では、完全な避難までには時間がかかりそうだった。
 見通しの悪い地形に、ヌルの迷宮は効果的だ。
 会敵時のきっちりとした行軍は見る影もなく、いまは水着の女性がうろうろするだけである。迷うと言えば。
「いやぁ、相手の格好はヒトによってはとっさの攻撃に迷いそうでまぁ……目のやり場に困るってのはありそうだよなぁ」
 炎の鞭にだけは気をつける。
 策略にイラつき復讐心は高まり、鞭の温度も高まっているから。
 ふたたび長槍を手にしたエイレーネは、リーダー格に打ちかかっていた。
「魔女の名を瀆した蛮行の罪は、命を以て償っていただきます!」
「私たちをキマイラウィッチと認めてくださったじゃありませんか」
 高熱鞭のしなりと槍のすばやい突き。
 互いに恨み言を吐きながら、攻撃に緩むところなどない。
「今回は、目のやり場に困るヒトはいなさそうねぇ。……アタシも特段こういうの気にしないんだけどっ!」
 ヌルは両手に斧を引っ提げ、迷宮に捉まったアラストルの乙女たちを一回二回と斬りつけていく。
「地獄の刑執行長官の名の下に!」
 抵抗する彼女らは、四肢に地獄の炎と雷を纏った。
 復讐を司る魔神に準ずることで隊列も戻っていく。アークデーモンたちが口にした規律や、丁寧な口調もその長官とやらに由来するのか。
 迷宮を破るいきおいに、タワーシールドを掲げたエトヴァがフォローに駆け付ける。
「この先へは行かせない」
 細い手足で繰り出される炎の打撃も、魔力障壁とコートで防ぐ。
「懸命に暮らす人々を踏み躙ることも、グランダルメへの進軍も、何一つさせはしない。『Wunderfarber-β(ヴンダーファルバー・ベータ)』!」
 シールドは浮かせ、両手に銃を構えると煙幕弾を放った。
 敵の視界を塞いで攪乱しつつ、連携の分断を仕掛けるのだ。
「復讐を叫びながら、虐殺を生むその姿、禍以外の何物でもない。ここで討ち果たそう」
 エトヴァは、敵味方の双方にむけて宣言した。
 両手の銃からの弾丸と、ヌルの両手斧の斬撃とで狙いを合わせ、消耗したトループス級から撃破していく。
「ああ、アラストルよ、私に復讐のエネルギーを……!」
「これで残るはあなただけですね」
 エイレーネの眼前にいる火刑の乙女は、さすがリーダー格だけあって初撃からずっと戦い続けてきた。だがそれも、ディアボロスたちのより緊密な連携によって打倒される。
 長槍と斧、そして銃弾の。
「復讐とかそんなの知ったこっちゃねぇっての。こっちは今ある自由を謳歌したいってもんよ」
 ヌルはいったん迷宮を解くと、アヴァタール級が追いついてくるであろう方角を睨む。

 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は慎重だった。
 村の方角を護るような位置取りを続ける。救援機動力で駆け付けたアンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)も、敵を引き付ける方針をすぐに理解した。
 待ち受けていると、敵指揮官は道をたどってのそのそと現れる。
 陸亀の甲羅に何本もの大砲を積み、首は二本。
「来ましたか、『魔女』どもの指揮官」
 クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は眉根をかすかに寄せた。エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も同意して頷く。
 このアヴァタール級は、ふたつある頭部のそれぞれに意識を持つ。
 右のやつが叫んだ。
ガスパール兄さん! アークデーモンの女たちがぜんぶ、やられちまってるぜッ!」
「なんだとぉ。おい、ジャン。自動人形(オートマタ)が言ってたのと、話が違うよなぁ?」
 左のやつがうつ向いたまま、目だけを上げて睨みつけてくる。
 兄と弟だから、『ビューロー兄弟』だ。クロエは静かな怒りで、亀兄の眼力を弾き返した。
「人形皇帝とお前たちの間に密約があったか、それともただ暴れにきたのかは知りませんが。お前たちが感情のままに暴虐を尽くすというなら、私も私のやりたいようにするだけです。お前は殺します」
「誉れなき人形皇帝は国土を護らず、ただ己の命脈を保つために異邦の怪物をのさばらせています。グランダルメの地を襲う亜人と、キマイラウィッチ……どちらにも無辜の民を傷つけさせはしません。魔女の名を穢す忌まわしき怪物よ、覚悟なさい!」
 エイレーネは、『神護の長槍』の穂先をさしむける。
 激昂してくる亀弟ジャン。
「お前らこそ、なんだかわからねぇが、ぶっ飛ばして『断頭革命』への道をあけてやるぜッ!」
「キマイラウィッチは相変わらずだな……」
 エトヴァは両手の銃を構えつつ、ため息だ。
「先に行かせる訳がないだろう。復讐がしたいなら俺たち相手に力を振るえ。ただし、こちらも手加減はしない」
 敵勢力の増援を、ここで仕留めきりたい。
 亀兄は悟ったようだ。
ディアボロスなのか……。ジャンよ、弾をケチることはない。戦いはもう始まっていたのだ」
「そういうこと! グランダルメ奪還戦の勝利の為に。目指すは全土奪還、さぁいくよっ」
 アンゼリカは宙に、六芒星を描きだす。仲間たちも一斉に動いた。
 そこへ、兄の合わせた照準どおりに、ビューロー弟は背中の大砲から炸裂弾を放ってくる。
「全部燃えるがいいや!」
 たちまち、辺り一面が火の海となる。クロエは、その兄の視線から、砲塔のねらいを読む。
 赤薔薇の種に魔力を注ぎこんだ。
「種子に宿るは我が抑圧、芽吹け『ラードーン・ローザ』!」
 負の感情を注ぐことで急成長させ、ギリシャ神話の怪物『ラードーン』を象った植物の怪物を作り出した。二本の首どころではない。この怪物には百本の首を模した茨が絡み合っている。
 エイレーネは地を駆け、敵が砲撃の狙いを付けづらいように、敢えて懐に飛び込もうとする。やがて、旋回していた砲台に、ラードーンの百の頭が絡みついた。
 茨で締め上げ、さらに狙いをつけさせない。
 キマイラウィッチの姿は亀だ。手や足など甲羅から露出した個所も狙い、茨の棘を食い込ませる。
「イテテテテッ! ガスパール兄さん助けてくれッ!」
「ジャンよ、痛いのは私も同じだ。狙いは正確ではないかもしれんが、大砲ならまだある。一斉に撃て」
 でたらめな砲撃をされたら、重い一発をくらわないとも限らない。接近したエイレーネは、『神護の輝盾』を構えて防御姿勢をとった。
 クロエは射線を読むだけでなく、兄弟のやりとりも聞いている。
 ラードーンの茨を遮蔽とすることで直撃を避け、砲撃後の隙を狙って首をくびりにいく。
「痛い痛い痛いッ!」
 弟の泣き言は大きくなり、代わりに砲撃は小規模になった。耐え凌いでいたエイレーネは、素早く攻勢に転ずる。
 兄のほうの首に、槍を突き立てた。
「この身を燃え盛る流星と化してでも、人々に仇なす者を討ちます! 『舞い降りる天空の流星(ペフトンタス・メテオーロス)』!」
 強い信仰心が生み出す加護によって物理的な推進力を生みだす。
 纏う、燃え盛る炎は、炸裂弾の熱を上回る。槍の穂先は、甲羅の隙間にねじ込まれ、長い首を深々と貫いた。
「二本の首を引っ込められるかは分かりませんが、出来るとしてそうされる前に素早く攻め立てましょう」
「よっし!」
 接近戦を挑む仲間を援護するように、アンゼリカは同じく遠距離攻撃の仲間と挟み込むよう位置取っていた。
「こっちも力いっぱいパラドクスの砲撃をお見舞いだよっ」
 『命中アップ』を積み上げ、照準を助ける光の導きを増やしていく。エイレーネはその間も前線で戦い続け、注目を惹くことで仲間の更なる技へと繋いでくれている。
ガスパール兄さん、生きてるかッ? ディアボロスは結構強いぜッ!」
「ああ、ジャン。私たちは命を共有しているのだ。復讐心もな。砲撃は任せる」
 囮役は当然のこと、茨の防壁も無傷とはいかなくなってきた。
「当たれば痛いけどね!」
 亀の甲羅とはいかずとも、アンゼリカは肉体を強固にする『ガードアップ』を重ねる。
「何より奪還戦前の熱いハートはこの身を強くするからねっ。お前たちの復讐には負けないよ!」
 気を張り、足を止めずに撃ち込むポイントを探る。
 魔法の六芒星は、常にアンゼリカの前へと追従してきた。挟み撃ちの相手を務めているエトヴァは、魔力障壁と耐衝撃コートで全身を護りつつ、タワーシールドを構えて直撃や爆風を防いでいる。
「ああ、『魔女』の復讐は、ここでおしまいだ」
 戦況を観察しつつ、包囲の位置取りへと動いていく。エトヴァは、なるべく甲羅よりも首や脚、柔らかい部分を狙い、看破した隙を見逃さずに狙い澄ました弾丸を、十字に撃ち込んだ。
 いっぽうでクロエとエイレーネは、巨亀の甲羅によじ登っている。
「何も導かず、何も生み出さない。お前たちに相応しい呼び名は魔女ではなく怪物です」
「民を護らぬ暴君の領地であれば、好き勝手に暴れられると考えたのでしょうが……地上に悪がはびこる限り、わたし達復讐者が見逃すことはありません!」
 茨と穂先で、大砲をひとつずつ潰す。
「みんなで協力し、追い詰めていく。いつだってそれが私達の強さだからね!」
 アンゼリカは、仲間のラッシュに合わせ呼吸を整えた。
 パワーを溜めた一撃を放つために。
「今こそ最大まで輝け、心の輝き! 『終光収束砲(エンド・オブ・イヴィル)』、人々を護る光となれぇーっ!」
 増幅魔法『六芒星増幅術(ヘキサドライブ・ブースト)』を使用し、収束させた光の砲撃。
ガスパール兄さんー!」
「弟よぉ!」
 二本の首が悲鳴をあげているあいだに、クロエとエイレーネは百本首の茨に抱えられて、甲羅の上から脱出していた。
 そこへアンゼリカの『魔砲』が命中して、破片が周囲に散らばる。
 露呈した弱点だ。
 エトヴァは、敵の背後から正面へとまわる。
「これ以上、キマイラウィッチに力をつけさせる訳にはいかない。グランダルメへの増援も、ラ・ピュセルの増強もさせないから」
 静止した状態で二丁銃の狙いを定めた。ビューロー兄弟は、どちらの首もぐったりしている。
「いつかこの地の人々にも、安らぎと日常が訪れるように。……結束を力と成せ! 『Sternenkreuz(シュテルネンクロイツ)』!」
 急所を目掛けて十字型に5つの銃弾を連射した。
「ぐ、ぎゃあああ!」
 火刑を再現するかのようにキマイラウィッチの胴体は燃え上がる。兄弟の悲鳴は同じものだった。かれらがもう、『断頭革命』にたどりつくことはない。
 ほぅ、と息をついたエトヴァは、避難させた村の人たちを呼び戻すと申し出た。
「怖い魔女が来てもディアボロスが守るからと、安心させたいんだ」
 アンゼリカや他の仲間も賛成し、クロエとエイレーネもそうした。ただ、最前線で砲撃に耐えたふたりにはまだ、戦闘の影響が残っていた。その場で休んで、パラドクストレインを待つことにする。
 ただ、排斥力はまだ高い。
 迎えがくるまで、行けるところまでいってみるかたちだ。エトヴァは木こり小屋へと向かった。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

tw7.t-walker.jp