大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『遭遇、迎撃、あるいは追撃』

遭遇、迎撃、あるいは追撃(作者 大丁)

 『サラマンカ』の城の城主の部屋にて。グランダルメの大参謀『バティスト・ジュールダン』は驚きの声をあげたものだ。
「本国からの撤退命令ですか」
「パリがディアボロスに奪われ、ミュラ殿がナポリを奪われ撤退したという事だ。これ以上、イベリア半島に戦力を置いておく事はできまい」
 そう答えながら『ジャン・ランヌ』元帥は、まっすぐに見据えてくる。
「しかし、エルドラードがスペインを制する事は、なんとしても避けねばならなかったのでは?」
「優先順位の問題だ。それに、エルドラードからイベリア半島を護る手も既に討っているそうだ」
 元帥は、大参謀の反論にも微動だにしない。ジュールダンは制帽のつばに手をやり、視線を落とした。
「どちらにせよ、私たちに拒否権はありませんね。ですが、撤退中にディアボロスの襲撃を受ければ、被害は免れません」
「ある程度の被害は織り込み済みではある。だが、君の采配で、少しでも多くの戦力を本国に送って欲しい」
 ランヌの視線には、信頼が含まれていた。
 制帽のつばが、再び上を向く。
「心得ました。あなたと、そして精鋭軍だけでも必ず、本国に送り届けましょう」
 大参謀はその後、『采配』を実行に移した。
 いくつかの経過報告を聞きながら、ランヌ元帥との約束を思い返している。
(「まだ、半ばだ。囮の部隊が、もっと多く必要になってくる……」)

 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、車内で案内している。
 前置きとして、『七曜の戦』を振り返っていたところだ。
「断頭革命グランダルメはとくに、わたくしたちディアボロスの活躍によって、大きく戦力を減退させましたわ。首都であるパリは奪還いたしましたし、『火刑戦旗ラ・ピュセル』との同盟も阻止できました。ほかにも、『幻想竜域キングアーサー』での戦いで大きな戦力を失っただけでなく、『蹂躙戦記イスカンダル』にはイタリアを奪われています」
 地図の上を指してまわる、ぬいぐるみ型の人形たち。
「グランダルメ側は、『黄金海賊船エルドラード』から防衛したイベリア半島を放棄して、イベリア半島の軍勢を、本国に帰還させようとしているようです。この部隊は、ディアボロスと因縁のある『ジャン・ランヌ元帥』と、大参謀の称号を持つ『バティスト・ジュールダン』の2体のジェネラル級が指揮しているようですわね」
 今回の依頼は、この撤退軍に攻撃を仕掛け、できるだけ多くの軍勢を撃破して欲しいとのことだった。
「作戦がうまくいけば、ジュールダンやランヌといったジェネラル級を討つチャンスも得られますわ」

 地図は詳細なものに差し替えられる。
 ピレネー山脈の拡大図と、フランスへの帰還ルートだ。
「この山脈越えの隙を狙います。当列車は、敵の経路を先回りするように移動しますから、撤退しようとする大陸軍を先に見つけ、撃破してくださいませ」
 軍勢は、指揮するアヴァタール級と、精鋭部隊、その精鋭部隊に率いられる大群のトループス級という編成になっているようだ。
 種族はすべて自動人形である。
「指揮官『キュイラッサードール』は、「胸甲騎兵(キュイラッサー)」を模しており、四腕四脚の異形の姿を持っています。グランダルメでの戦いでは、何度も目撃されていますね」
 現地は深い森林だが、高い機動力を生かし、自ら全軍を守護しているようだ。
「精鋭部隊『ギュダン・ドール』もまた、大群のトループス級『征服人形』を護ろうとします。今までの護衛するトループス級の任務は、もっぱらボスの安全でしたから、この変化は覚えておいてください」
 ファビエヌは、方法は参加者に任せるとしながらも、いくつか提案した。
「敵を全滅させるためには、多くの手順と人手が必要かもしれません。敵の指揮官の撃破を優先するのも作戦のうちです。一方で、敵指揮官撃破後に、追撃して撃破できるだけ撃破する、というのも作戦としてありかと存じます。さらに付け加えさせていただくなら……」
 拡大図をもういちど差し示す。
「今回は、哨戒任務の際に、敵を発見するだけでなく、よく観察してみてください。作戦の助けになる情報が手に入るかもしれませんわ」

 プラットホームに降りがてら、ファビエヌは念をおした。
ディアボロスの情報や対策が敵のあいだで広まっています。『飛翔』や『使い魔使役』などの使用は、より慎重になさってくださいませ」

 ピレネー越えのためには、山間部をいくつも抜けていく必要があった。
 四脚の自動人形が、単身で駆けているのは、比較的なだらかな土地で、森林に覆われている。
ディアボロスの姿はなし。……森を抜ければ、軍を休ませられるな。そこまでは行軍速度を上げてもらおう」
 地形の確認をすると、自動人形はとって返す。
 精鋭部隊に左右を守られながら、大群のトループスが歩いているところまで、戻った。
「諸君、疲れているだろうが、もうじき森がきれて一時の休息に適した場所になる。歩みを速めてもらいたい!」
 征服人形たちの顔は歯車でできている。
 感情を表すことはできないが、明らかに意欲が増したようだ。
 そして、指揮官『キュイラッサードール』は、精鋭に道順を指示したあと、自身は最後尾で守りについた。

 ディアボロスたちが降り立ったのは、草原のような土地だった。
 傾斜はなだらかで、しかし標高はある。平野ではなく、大きな盆地のほんの一部であろう。四方を見渡せば、森林に覆われた稜線が重なり、その隙間から白く霞む山脈が確認できた。
「まさに、大陸軍が休憩しそうな場所じゃないか?」
 アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は、地図を開いた。
 同意する、エレオノーラ・アーベントロート(Straßen Fräulein・g05259)。
「進みそうなルート、開けた土地、条件にはあっています。わたくしたちが先回りできたみたいですわね。あとは隠れかたでしょうか。普通にやるなら『光学迷彩』ですけれど」
「事前準備はしてきたよ」
 手早く荷物をほどいて、ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)は中身を草地に並べた。
 森林迷彩のマントと同柄の双眼鏡。光反射防止に被るための、メッシュの迷彩布。
「あちらの哨戒も無能ではないでしょうしね」
 エフェクトを効かすだけでは確実ではない。エレオノーラは用意されたものを手にとり、隠密の補助になることを確認した。アッシュは地図を手にしたまま、辺りを眺めまわしている。
 しばらくして、敵が来そうな森を差し示した。
 草原を挟んで反対側の森に、山脈越えのルートがあることも。
「あまりこちらが無理して探しに行く必要はなさそうだな。やつらの行先側で、木の上あたりや幹に身を隠しながら待ち伏せしようぜ」
「うん。大群に護衛に指揮官に……やたらと敵の目は多い。距離をできるだけ置いて、こちらが見つからないように『完全視界』も使っていこうか」
 ラズロルが提案を捕捉し、エレオノーラをはじめディアボロスの面々も賛成した。
「パリの進軍といい、相も変わらず面倒な陣形をしますわね。それだけ軍事に関して頭が回るということなのでしょうけれど。そんなランヌ、ジュールダンの鼻を明かす時が愉しみですわ。うふふ」
 自信ありげに笑う。
 以後は、隠密準備をしながらの会話となった。奇襲成功には確信がある。
 にもかかわらず、誰もがどこかに気がかりを感じていて、つい言葉を交わしてしまうのだ。
「……今更かもしれないが、自動人形に疲れるって概念があるんだな」
 アッシュの問いに、生返事をする仲間たち。
 敵軍の疲労のおかげで、ディアボロス側の作戦はたてられた。ラズロルは、大陸軍が配下を戦力として大事にするようになったと解釈する。
「トループス一体でも本国へ……ってか。僕たちはそれを許さないし、敵の弱点をつけるからこその予知、じゃないかな?」
「せっかくこんな面倒な待ち伏せをしているのですもの。狙うは全滅ですわ」
 出来上がった布陣に、敵軍が入ってこれば、逃がすことはない。エレオノーラは、また自信ありげに笑おうとして、ふと真顔になった。
「でも、逃がさずに戦うのは、本当に面倒ですわ」
 行軍を阻止する依頼では、せき止めるような作戦が多くとられてきた。しかし、事前に聞いていた規模では、指揮官と護衛部隊による、大群への守りは強固だ。全滅に追い込むまでは、人手も手間も、時間もかかる。
 アッシュはもう、心情を明かすことにする。
「敗戦続きで戦力ガタガタになってるのはわかるが、トループス級を送り届けるために精鋭隊やアヴァタール級の個体までが盾になって逃がすこの状況、なんかいまいちピンとこないんだよな……」
 もちろん、請け負った以上、アッシュは現状の作戦を遂行しようとするだろう。
 だから、ラズロルが代わりに言う。
「案内人からの助言は、よく観察すること、だったよね。指揮官の様子だけでも、こちらから探りにいかない?」
「でしたら、わたくしとラズロルさんで。どうすれば隙ができるのか――じっくり見させていただきますわ、うふふ」
 エレオノーラの表情が、いつもの調子に戻った。
 草原を横切って森に入り、用意した装備もつかって敵を見つける。四脚の『キュイラッサードール』が、ちょうど偵察に来ているところだ。
ディアボロスの姿はなし。……森を抜ければ、軍を休ませられるな。そこまでは行軍速度を上げてもらおう」
 近くの茂みには、ラズロルとエレオノーラがまんまと潜んでいる。
 独り言が続いた。
「意味あるのか? 奴らが一般人を扱うようにトループスどもを逃がせ、などと……」
 アヴァタール級は、指令を確認しているようだ。
「間違いではない。ディアボロスの攻撃がもたつく可能性がある、か。まるで淫魔だが、一芝居うってみよう」
 四脚がとって返したあと、ふたりも急いで仲間と合流した。
「僕たちが聞いた種明かしも、またフェイクかも。それよりも……」
「わたくしたちがクロノヴェーダを赦すはずないですわ。配下を守る敵指揮官の姿に同情するなんて、ジュールダンに思われるのは面白くないです」
 この際、襲撃ポイントをもっと前にずらし、大群と護衛は通過させたあと、最後尾のアヴァタール級を集中攻撃して撃破する。護衛はさせない。
 作戦の変更案だ。
「だけど、大群と護衛のトループスをフランスに逃がすことにならないか?」
 アッシュは当然の懸念を口にした。
「そうならないために、指揮官への攻撃班とは別で、護衛と大群のそれぞれに『追撃班』も組織するんだよ」
 と、ラズロル。
「なるほど、アヴァタール級撃破を確認してから、追撃班が各個にトループスを撃破しにいくのか。間に合うか?」
「護衛のトループスが、護衛として機能するのは、首魁が健在なあいだだけ。指揮官が撃破され、指揮官なしでフランス側へ逃げるとなると、大群も守れないし、自分たちの防御力も大群と大差なくなる。少ない手数で殲滅できるんじゃないかな」
 いちおう提示されていた作戦のひとつ、追撃だ。
「案内人のお嬢が言ってたな。とはいえ、こちらも一度で頭数をそろえないと。『指揮官攻撃班』『護衛追撃班』『大群追撃班』をつくって、いっせいに動かないといけないのだろう?」
 検討の態度をみせるアッシュに、他のディアボロスも意見を出しはじめた。
 たとえば、多少の準備時間をかければ、班を兼任する段取りも組める、など。エレオノーラは、思案している。
「草原で迎撃、あるいは森で追撃……」

 いつまでも迷うような性格ではなかった。
「どの方針でやるにせよ、全員ブチ殺すのは確定として――今までやったことのないやり方を試してみるのも悪くありませんわ」
 エレオノーラ・アーベントロート(Straßen Fräulein・g05259)が顔を上げると、アッシュはもう反論しなかった。
 彼の様子をみて、シル・ウィンディア(虹を翔ける精霊術士・g01415)が心情を述べる。
「トループスを護衛って、わたしもなんだか不思議な感じがしてたけど……。数を本国に送り込みたいってことなのかな? 精鋭が護衛、指揮官自体も護衛につくならよっぽどなんだろうね」
「……いや、彼ら全員が囮の使い捨て部隊」
 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)が、冷たい推論を出す。
「精鋭に大群を守らせ、時間を稼ぎ、目立つための布陣。あわよくば本国へ帰還もさせられる。彼ら自身は知らされていないのだろうな。ジュールダンの思惑と覚悟を……」
 つらつらと語られたクロノヴェーダ側の計略に、ある者は腹をたて、ある者は納得して頷いている。
 全員に注視されていると気付いたからか、エトヴァは咳払いをしてから表情を和らげた。
「……俺はそう思う」
「うん、わたしは『指揮官攻撃班』で動くよ」
 持ち場の宣言に、シルが最初に手をあげた。この時点で、森での追撃が決まった。各自が標的ごとにわかれ、ラズロルたちが用意した装備や方法で潜むのだ。
 新作戦への不安げな空気を払拭するかのように、エレオノーラが笑った。
「うふふ。わたくしたちが、今後の試金石となりましょうか」
 続いて手をあげ、そこにエトヴァも加わる。
 グランダルメの撤退軍は、予知とほぼ同じ行動をとった。
 大群の征服人形たちを励まし、精鋭部隊が護衛として隊列を挟んで全体の歩を速める。最後尾で、指揮官『キュイラッサードール』が守りにつくところも予定どおりだ。
 攻撃班は、『パラドクス通信』で追撃班の準備も確認した。
 樹々のあいだを自動人形たちが通り過ぎたところで、指揮官の背中へと攻撃を加える。
 拠点防衛用電磁レールガン『フェアレーター』を抱え、エレオノーラは隠れ場所から飛び出した。
「お疲れのところ申し訳ありませんけれど――くたばりあそばせ!」
 『第六十五の魔弾【轟雷】(フュンフウントゼヒツィヒステ・フライクーゲル)』は、発射されてすぐ、空中で破裂し散弾をばらまいた。
 軍服の背に細かな傷を負ったアヴァタール級は、振り返りながらもエレオノーラの気迫をみる。
 ディアボロスの狙いは大群らしい、と受け取ってくれたのか、戻ってこようとする精鋭部隊を押しとどめた。
「おまえたちは、命令通りにトループスを守るのだ。ここは、吾輩に任せよ!」
「ハッ、仰せのままに、指揮官殿っ!」
 精鋭部隊『ギュダン・ドール』たちは、そのまま草原のある方向へと撤退軍を急きたてる。
 四脚をつかって器用に方向転換すると、アヴァタール級は『堂々たる前進』をみせる。隊列とは逆方向でピレネー山脈越えからは後退しているが、ともかく『指揮官攻撃班』へと突進してきた。
 四つの腕のうち、銃を持つものは弾幕を張り、刀剣をもつものはそれを振りかぶる。
 エレオノーラはしばし作戦のことを脇において、フェアレーターの防衛機能を稼働させた。
「全員ブチ殺す以外の道はありませんわ」
「させるか、ディアボロスども! 吾輩の歯車に賭けても、同胞に手は出させぬ!」
 指揮官は、ダッシュの加速からジャンプした。
 まとわりつく枝葉をものともせず、無数の銃弾を降り注いでくる。その真下に、ショートソードを上段に構えるシルの姿があった。
 エトヴァは冷静だ。
 慌てて加勢にはいったりせず、心をしずめて絵筆をとる。
 『キュイラッサードール』の血と鉄の雨は量を増し、リアライズペインターの足元にまでとどいた。
大陸軍の統率と覚悟や見事だ。指揮官としての貴殿に敬意を表する」
 絵筆が、その敵の姿を宙に描き出した。
 エトヴァの命に沿い、突撃と四腕の武器で応戦する。一手順堪えたおかげで、仲間とは敵を囲い込むかたちになっている。
 ショートソードは、淡い碧色の刀身を持つ『創世の光剣』であり、シルの魔力を高めてくれる。被弾をいくばくか逸らした。
 盾を頭上に掲げたエトヴァも、銃弾の雨を防いでいる。この盾、『Nazar boncuğu』には巨大な青い目が彩色されており、敵の視線を惹きつけるとされる。
 シルもエトヴァも、アヴァタールの攻撃の激しさに比して、実際に受けたダメージは少ない。
 エレオノーラには攪乱に成功した感触があった。
 離れていく自軍に注意を払わなければならないし、盾や剣、長射程の砲にも、隙はみせられない。自分と同型のまぼろしとまで撃ち合いになる。
 自動人形の指揮官は、その機能を十分には発揮していなかった。
六芒星に集いし世界を司る6人の精霊達よ、過去と未来を繋ぎし時よ……。七芒星に集いて虹の輝きとなり、すべてを撃ち抜きし光となれっ!!」
 シルの詠唱が完成した。
 背中に四対の魔力翼が展開して彼女を支え、そうでなければ発射不可能なほどの、超高出力型複合魔力砲撃を行う。
 森の木々に、文字通り七色の照り返しがおこり、それが一点に収縮したときには、キュイラッサードールの四腕四脚はバラバラとなり、八方へとはじけ飛んでいた。
 敵のボスは撃破。数多の任務では、ここでパラドクストレインへと急ぐところだ。
 が、感慨にふけるどころか、シルもエトヴァも通信機に飛びついた。排斥力の強まりがせまる中、逃げたトループスの方向を追撃班に伝える。
 そのひとつにむかって、エレオノーラは駆けだしていた。

 『追撃班』にはいったアッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は、連絡を受けて偽装を解く。目の前には、護衛についていた精鋭、『ギュタン・ドール』がいた。
「こっちで正解だ! ついでに護衛対象の征服人形も狙わせてもらおうか!」
 『双刃ヴァルディール』を振りかざした。
 身の丈ほどの双刃刀、加えてアッシュは長身だ。
ディアボロスめ、格下の人形など知らん。好きなだけ処刑しろ!」
 あろうことか、装甲に身を包んだ精鋭は、近くを走っていた痩せた骨組みだけのような人形の腕を掴むと、アッシュのほうへと放り投げてくる。
 とっさに両断した。
「そうりゃっ! ……って、なんだよオマエ!」
 望みどおり、征服人形の一体を撃破したが、護衛を仰せつかったはずのギュタン・ドールが、その対象を犠牲にして、我先にと逃げているのである。
 さすがに驚きの声がでた。
 キュイラッサーの打ちもらしに備えていたラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)は、彼が撃破され、支配者を失ったことで起こった事態に、ひとつの仮説をいだいた。
「護衛や大群での軍事行動といった任務が、撤退に書き変わったのかな?」
 この場合、撤退軍とも意味が異なる。
 見れば、どのトループスも無秩序に逃げていて、ピレネー山脈を越えてフランスに撤退するという、もともとの命令も消えているかのようだ。
「『護衛』のギュダン・ドールを狙いに来たけど、僕が狙うべきは、『撤退』のギュダン・ドールってわけか。ややこしー……」
 護衛のトループスも、大群のトループスも、ここにはもういないのだ。ディアボロスが仕向けた結果で。
 仮説ではあるが、通信機で周知した。
 そこへ、援軍の連絡も入る。来てくれたのは、アンナ・ラークリーズ(清光のフィエリテ・g09972)。
「復讐者が忙しくしてる間に戦力再編企んでる勢力をなんとかしようかね。まあ、私も嘗ては一族率いて戦場立ってたんで、戦力残す為に力を尽くすのはわかるんだが、こちらとしては温情かける余裕はないんでね」
 状況を共有し、ギュダン・ドール討伐に入ってもらった。
 彼女の言う通り、どのような状況でも温情は不要だ。
 ラズロルは精鋭部隊を追いかけながら『ワービルハルバ』、砂の長槍を召喚する詠唱にはいる。
 追いすがられていると気付いたギュダン・ドールは、『ウェポン・アタッチメント』を作動させた。搭載された装置で、距離と状況に応じた武器を用意してくる。どうやら、アンナに対しても分析をはじめたようだ。
「精鋭部隊だけあって対応も慣れてるね」
 装甲の一部が開いて、後ろにむかって撃てる火砲がせり出してきた。
「上手いことできてるなー……」
 ラズロルは悪態をついた。
 逃げるしかなくなった敵への感情が、いまは居心地悪く胸にくすぶる。
「天より降り注げ、数多なる砂の槍!」
 ワービルハルバは、上から敵を刺し貫くのだ。後ろ向きの火砲も、ラズロルやアンナに放たれはしたものの、砂槍を防ぐことはできなかった。
「『ライオニックサンダー』!」
 アンナは、電撃の獅子にも敵を追わせた。
 砲撃を『清光の竪琴剣』、使い込まれた霊木ではじき返す。
 おそらく、指揮官がいないために、ギュダン・ドールの基本性能も低下している。
 ちらばって逃げられるのは、それはそれで厄介に感じたものの、砂槍の落下地点を調整するだけで、ラズロルたちの都合のよい場所に追い込めている。
 槍の穂先は、装甲された脳天を、胴を刺し貫いていく。
 やがて、アッシュが合流し、木立のあいだに精鋭部隊だけを囲いこんだ。
「おのれ……! 囮の人形もいなくなってしまったか」
「囮はオマエらだろ!」
 アッシュは、双刃ヴァルディール突きつけた。
「って、尊敬できる戦友が言ってた。もう、俺の稲妻からは逃れられねぇぞ!」
 『ライトニングテンペスト』の雷を刀身に纏わせる。
 アンナは、精神を集中させていた。
 ギュダン・ドールたちの分析装置はまだ動いているから、諦めてはいないようだ。
「隙あり、『エヴェイユ・ストライク』!」
 人形の発射装置が開くと、歯車がいくつも飛び出してきた。
 それらは、征服人形の頭部を模したダミーだ。
 意表をつく効果はあったのか、アンナは電撃塊の獅子に飛び掛からせて、『かわいそうな頭部』をかみ砕かせる。アッシュはやや遅れて、雷をまとった得物で両断した。
「久々に装甲纏わない状態での戦闘なんでね」
 返す刀。
 ヴァルディールで一体を斬りつけた。
 纏った雷は、ギュダン・ドールたちのあいだを連鎖するように広がっていく。
 精鋭部隊の自動人形は感電し、焦げた匂いを発して焼き尽くされた。
 もちろんすぐに、ギュダン・ドール全滅の通信がなされる。

「さあ、仕上げと行こうか」
 征服人形討伐に入っていたエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)が返事した。
 『キュイラッサードール』を撃破したあと、エレオノーラ・アーベントロート(Straßen Fräulein・g05259)が一番奥まで、敵を追っている。
 逃げるしかない敵は、ディアボロスをしっかりと認識できないのだろう。散発的に、振り返って銃撃を加えてくるだけだ。
 エトヴァは、Nazarの盾で弾丸を弾く。
 警戒は怠らない。樹々を遮蔽物に利用し、死角をつかれないように努める。『完全視界』があるぶん、少しばかりの低木や茂みには邪魔されないし、逆に征服人形たちはしょっちゅう物にぶつかっている。
 それでも、時間に限りがあるからには、討ち漏らしのないように手分けして追撃をすすめなければならない。
 命中度の低い銃撃の相手に、ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)が参加してくる。
 征服人形は、銃を投げつけてきた。
「こいつらも、もう限界なんだなー……」
 軽く手で払う。
「ギ、ギギギ」
 武器を投げた人形は、顔の歯車をまわして、悔しさを感じる音をたてた。
 やがて、周囲から悲鳴のような歯車音や、鳴子のベル音が聞こえてくる。エトヴァのトラップだった。分散して逃げられたときを考えていて、人形たちを進行方向へと寄せるための仕掛けだ。
「!? 銃何個持ってんの!?」
 無手になったと思った征服人形が、ラズロルにまた銃を投げてきている。
「撃つより強力って事??」
 本来、この『ガンスリンガーズ・ボム』は、投げつけたあとで、もう1丁の銃で撃ち抜き、爆発させる攻撃である。しかし、無害なまま地面に転がった。
 着火のための射撃が外れているのだ。
 そのうち、トラップワイヤーに引っかかり、ボディが寸断される。『斬糸結界』の鋭い切れ味をもつ極細糸が、紛れ込ませてあったという。
「僕も、逃がしはしないからね」
 ラズロルは『砂塵海嘯の楔(サジンカイショウノクサビ)』の詠唱にはいった。
「『ゆけ砂の海嘯、我が意のままに。砂塵の楔、貫き縫い留めその身を晒せ』!」
 樹木の幹は残し、砂が波となって押し寄せた。
 罠にかかった者もふくめて、人形たちの足元をすくい、楔で縫い留めていく。
「そっちに行っちゃだめだよ」
 散開しようとする敵も、海嘯で流して集める。またあの、悔しさの歯車音がいくつも聞こえた。
 エトヴァが通信機から耳を離す。
「堅固な陣形ではあったが、こちらにも仲間たちとの連携がある。追撃の手は止めないさ」
 ここに捉えたもの以外、すべての敵を討伐し終わったと、連絡がきたのだった。
「一匹も逃さないよう、動いてきたからね」
 ラズロルがとどめをさしていく。
「ギギギ、ギギー!」
 歯車音がひと際高く響いた。
 分解したと思った人形の身体が、再結合している。なにか、巨大な砲に組み上がりつつあった。
 エトヴァは警戒したが、森の奥から自信ありげな声がする。 
「あら、もっとせせこましい武器だと思っていましたけれど、面白い武器でしたのね。派手な撃ち合いは好きですわよ?」
 電磁レールガン『フェアレーター』を抱えている。
 エレオノーラだ。
「わたくしに撃ち合いで勝てると思っているなら、その思い上がりは踏み潰しますけれど!」
 砂の海の波打ち際に立ち、重量級の武器を構えた。
 征服人形たちは、砲と射撃で担当を分けているらしい。ここにきて、はじめてフォーメーションらしき動きをみせた。
 完成した『カノン・フランセーズ』にも、エレオノーラが怯むことはない。
「スクラップになる覚悟はよろしくて? できていないなら、精々抗ってみることですわね――どちらにせよ、ブチ壊しますけれど。『第二の魔弾【崩壊】(ツヴァイテ・フライクーゲル)』解放」
 先に、崩壊の魔弾が投射された。
 人形の砲も撃ちはしたようだが、判然としない。ただ、魔弾の刺さった個所から崩壊がはじまり、人形たちは粉々に吹き飛ばされてしまっただけだ。
 エトヴァは目を閉じて一礼した。
 戦いぶりへの敬意だったかもしれない。
「ジュールダンの策……か。その策を上回り、おびき出そう」
「こっちの作戦も良かったんじゃないかなー……」
 ラズロルは、ほっとした顔をしている。
 森林の各地で戦っていたディアボロスたちも集まってきた。
 まだすこし、厳しい表情のアンナ。
「お互い必死だった。でもこちらも譲れない」
「手数と時間をかけず、俺たちの戦力も温存できたぜ」
 アッシュは満足そうだ。
 同意し、エレオノーラは頷く。
「いたずらに兵を消耗するなんて、好き好んでやる策ではないでしょうね」
「うん。敵の目論見、潰させてもらったよっ!」
 シルが元気よく跳ねると、ちょうどパラドクストレインが到着する気配がした。
「苦肉の策を打ち破って――対面したときのジュールダンの顔が愉しみですわ」
 エレオノーラの笑みが、ピレネーの山々に向けられる。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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