大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『淫魔艶華はみんなで越えたい』

淫魔艶華はみんなで越えたい(作者 大丁)

 『サラマンカ』の城の城主の部屋にて。グランダルメの大参謀『バティスト・ジュールダン』は驚きの声をあげた。
「本国からの撤退命令ですか」
「パリがディアボロスに奪われ、ミュラ殿がナポリを奪われ撤退したという事だ。これ以上、イベリア半島に戦力を置いておく事はできまい」
 そう答えながら『ジャン・ランヌ』元帥は、まっすぐに見据えてくる。
「しかし、エルドラードがスペインを制する事は、なんとしても避けねばならなかったのでは?」
「優先順位の問題だ。それに、エルドラードからイベリア半島を護る手も既に討っているそうだ」
 元帥は、大参謀の反論にも微動だにしない。ジュールダンは制帽のつばに手をやり、視線を落とした。
「どちらにせよ、私たちに拒否権はありませんね。ですが、撤退中にディアボロスの襲撃を受ければ、被害は免れません」
「ある程度の被害は織り込み済みではある。だが、君の采配で、少しでも多くの戦力を本国に送って欲しい」
 ランヌの視線には、信頼が含まれていた。
 制帽のつばが、再び上を向く。
「心得ました。あなたと、そして精鋭軍だけでも必ず、本国に送り届けましょう」
 大参謀の胸中にはすでに、『采配』がある。
(「たとえ、その為に多くの部隊を囮として、使い潰したとしても……」)

 時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、ディアボロスたちの顔をひとつひとつ見回している。
 『断頭革命グランダルメ』行きの車内でのことだ。
「『七曜の戦』を乗り越え、最終人類史に多くの大地を奪還する事に成功しましたわ」
 大きな勝利を称え、目を細める。
「ですが、わたくしたちディアボロスの戦いは、まだ終わりではございません。再び、ディヴィジョンに分割された世界で、虐げられる一般人を救い、大地を強奪したクロノヴェーダに復讐を果たしてまいりましょう」
 両手を胸の前で合わせてそう言うと、開いた十指には人形繰の糸が結わえられている。
 ぬいぐるみたちが、地図や資料を持ちだし、大きく変化した勢力を示した。
 これからは、『七曜の戦』後の状況に合わせた、作戦を展開していく事になるのだ。眺める依頼参加者たちは、表情を引き締めた。
「断頭革命グランダルメはとくに、わたくしたちディアボロスの活躍によって、大きく戦力を減退させましたわ。首都であるパリは奪還いたしましたし、『火刑戦旗ラ・ピュセル』との同盟も阻止できました。ほかにも、『幻想竜域キングアーサー』での戦いで大きな戦力を失っただけでなく、『蹂躙戦記イスカンダル』にはイタリアを奪われています」
 地図の上を指してまわるぬいぐるみたち。
「グランダルメ側は、『黄金海賊船エルドラード』から防衛したイベリア半島を放棄して、イベリア半島の軍勢を、本国に帰還させようとしているようです。この部隊は、ディアボロスと因縁のある『ジャン・ランヌ元帥』と、大参謀の称号を持つ『バティスト・ジュールダン』の2体のジェネラル級が指揮しているようですわね」
 今回の依頼は、この撤退軍に攻撃を仕掛け、できるだけ多くの軍勢を撃破して欲しいとのことだった。
「作戦がうまくいけば、ジュールダンやランヌといったジェネラル級を討つチャンスも得られますわ」

 地図は詳細なものに差し替えられる。
 ピレネー山脈の拡大図と、フランスへの帰還ルートだ。
「この山脈越えの隙を狙います。当列車は、敵の経路を先回りするように移動しますから、撤退しようとする大陸軍を先に見つけ、撃破してくださいませ」
 軍勢は、指揮するアヴァタール級と、精鋭部隊、その精鋭部隊に率いられる大群のトループス級という編成になっているようだ。
「指揮官『艶華のヴァセルティーダ』は、淫魔です。かの、淫魔植物に由来する武器を使うほか、妖艶な踊りにも注意が必要です。その姿態をディアボロスに晒してでも、部隊の撤退に尽力してきます」
 サキュバス人形遣いは、妖艶なる舞いをすこしだけ真似て見せた。
「精鋭部隊『グレナディアドール』もまた、大群のトループス級『人形音楽隊』を護ろうとします。今までの護衛するトループス級の任務は、もっぱらボスの安全でしたから、この変化は覚えておいてください。どちらの自動人形も、音楽を武器にしますので、ヴァセルティーダの舞撃とも相性がいいのですわ」
 黒手袋の指を二本立てる、ファビエヌ。
「敵の全滅が難しいと判断した場合は、敵の指揮官の撃破を優先するのも良いでしょう。その一方で、敵指揮官撃破後に、追撃して撃破できるだけ撃破する……というのも作戦としてありかと存じます」

 プラットホームに降りがてら、ファビエヌは話を追加した。
「そうでしたわ。ディアボロスの情報や対策が敵のあいだで広まっています。『飛翔』や『使い魔使役』などの使用は、より慎重になさってくださいませ」

「グレナディアドールのみなさん、空を飛んでいるものがいないか、十分に警戒してください。動物にも油断しないで。ちょっとした見落としが、人形音楽隊のみなさんを危うくさせてしまうのですからね」
「ハッ! 淫魔・艶華さま!」
 生身の身体を、ほとんど隠していないアヴァタール級と、真鍮製にもみえる人形の精鋭。
 彼らは、痩せた自動人形からなる大群を助けて、険しい山道を進んでいた。
「艶華さまはお優しい。急造品にすぎない我らに手を差し伸べてくださって……」
 強行軍の苦しさを感じながらも、指揮官の情に感じ入る音楽隊たち。
 ヴァセルティーダは言う。
「わたしは、みんなで越えたいのです。ピレネー山脈を」

(「大陸軍のさらなる衰退ぶりが見えるな。ナポレオンの方針はわからなくもないが……隙があるなら突くまでだ」)
 いま、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)の青い瞳は、押しつけた双眼鏡に隠れている。長髪は、迷彩柄の帽子のなかへとまとめられて、片耳に込めたイヤホンは集音機につながっていた。
 光も音も、わずかな兆候も逃さぬ構えで。
 同じく迷彩柄になっているコートも着こんで葉や枝を刺し、藪に擬態する。
(「ランヌ達がイベリア半島を、エルドラードから死守したのは見事だった。上官に逆らえないのも忠誠か……」)
 依頼参加のディアボロスは、ピレネー山脈付近の地図など、案内人から提供された資料をもとに敵の行軍ルートを割り出した。そのひとつでの待ち伏せなのだ。
 より低い位置、目の届く距離に、白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)が片膝立ち。
 藪の擬態に加えて、エトヴァが誘い込んだ色彩の迷宮、光学迷彩が施されている。
 何かしらのアクションを起こして哨戒すると逆に感づかれる可能性が大きい。隠密や観察に役立つ準備をして、遠くから存在を探した方がいい、とは早苗の提案だった。
 ディアボロスたちは打ち合わせして、声を出さなくても意志疎通ができるようハンドサインなどをひととおり決めた。それぞれが単独で、樹々や岩影、高所そばや窪みなど自然の形状を利用して潜みつつ、状況を伝言しあう。
(「こちらを警戒している相手に気付かれずに、見つけろ……か。淫魔に率いられたクロノヴェーダたちは追い込まれている」)
 早苗は、視線を巡らせた。
 彼女が身体を預けているのは、うっかり足を滑らせれば、どこまでも転がっていきそうな斜面だが、まだまだ山間部の入り口にすぎない。周囲には樹木が生い茂っていて、見える範囲の稜線も豊かな植生に縁どられている。ピレネー山脈を構成する本格的な高峰は、まだもっと北だ。
 グランダルメの撤退軍は、その道程を辿らねばならない。
(「けど、追い込まれているが故に油断は無さそうだから、気は抜けないね」)
 予知に聞いた相手の様子を思い浮かべた。
(「旗印や衣装など、不自然な色彩が景色に混ざるかもって、エトヴァさんが言ってたよね。部隊が通れる程度の幅をもった地形は必要だろうし、私の視界でそれを看破しよう」)
 当の早苗が、斜面を下った先にある岩々を抜ける、自動人形の楽団を発見した。
(「雑に攻めるんじゃないよ……。今はまとめて片付けるために!」)
 すぐ後ろのエトヴァへと、ハンドサインで合図を送った。
 楽団のそばには、アヴァタール級淫魔らしき影もある。あの裸女だけなら、早苗の射程に含められそうだが、まだ精鋭部隊は見つからないし、おそらく大群のトループスとやらは、これから通過するのだろう。
 エトヴァも報と指示をさらに後ろの仲間へと伝える。隠密を続けると。
(「ようし、みなさん。光や音は出さずに静かに潜み、奇襲の成功に繋げよう」)

 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)たちからのサインを受け取って、大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は小さく頷く。
(「さあ、お二人が作ったチャンスを無駄にしないように頑張りますか」)
 光学迷彩を重ね掛けした。
 眼下を通りかかる大群のトループスが、その数を増やす。朔太郎にも、痩せた自動人形たちが時々、草地に足を滑らせたり、軋んだ体をのけ反らせたりしているのが判別できた。
(「初期に邂逅してる敵は割と追い詰めれているって事なんでしょうが、かなり追い詰め過ぎた……って言うのは言い過ぎですかね?」)
(「構いやしないよ☆ 山中の戦闘は上を取った方がビクトリー感あるから、エンカ待ちな☆」)
 風祭・天(逢佛殺佛・g08672)が隠れた斜面ともなると、勾配も急でへばりつくような恰好になっていた。そばの樹木などねじれた形状だ。やがて、ディアボロスの最後尾からでも敵軍の全体が、視界内に収まってくる。
 真鍮色のいかついオートマータが務める、行軍での警備位置もわかった。
(「アレだよね、軍楽隊ってヤツ☆ ロックとか演らないかなー……演らないよねー……」)
 ボディ全部が楽器のようで、持っている武器も管楽器と銃と、剣まで合わせたデザインだ。早苗が、仲間に尋ねる。
(「本丸の人形音楽隊を叩くにしろ、アヴァタールのヴァセルティーダを叩くにしろ、まずはグレナディアドールを潰すのが正解、かな?」)
(「はい。護衛はただの壁。隠密からの先制攻撃が可能ならば、外壁を剥がしましょう」)
 と、朔太郎。
(「作戦的にもありよりのあり☆」)
 天は、重ねた指で星型をつくって、賛成の意を伝える。
 全員がパラドクスの詠唱を始めた。
「歌声よ、光になって……届けっ!」
 朔太郎の『極光歌(キョクコウカ)』は、心を込めた歌声を光の弾に変え、高速で一斉に飛ばす。音楽をつかう敵を相手にするにはふさわしい技だが、歌なのに聞こえないという、ややこしさも持つ。
 もっとも、その特性もあって、『グレナディアドール』の表面にギラギラと照り付けると、大柄な自動人形は襲撃者を探してくるくると回ったのち、仰向けになって倒れた。
「ま、待ち伏せだッ!」
 護衛のトループスたちは浮き足立つ。
「既に罠にかかってるよ」
 早苗は、谷あいにむかって、『蝕む毒蝶の鱗』を撒いていた。
 薄めたサキュバスミストは、じわじわと影響を強め、索敵にいそしむグレナディアドールは気付けない。管楽器が、錆びた音をたて、いくつかの巨体が膝を折る。
「レッツ戦闘うぇーい☆」
 天の掛け声で、より派手なパラドクスが、いっせいに砲火を開いた。
「伍式の佛力を以て彼の業悪を焼尽し給え――急急如律令、『伍式疆域破節「閻魔」(ゴシキキョウイキハセツ「エンマ」)』!」
 谷間の四方から、六角形の多面体が召喚される。
 結界術であり、多面体に囚われた自動人形は、現実空間と隔離された。襲撃を受けて撃破されるグレナディアドールがいるなか、天によって存在を地獄に絡めとられる者もいるのだ。
 大群のまえに帰ってきたときには、大焦熱の炎に身を焼かれ、身体をススだらけにして駆逐された姿だ。
 朔太郎は、『無音』で極光歌を響かせ続ける。そのたびに、潜んだ藪から閃光が漏れていた。
 アヴァタール級淫魔が指差す。
「みなさん、斜面の側に注意して!」
「艶華さま……、ぐわああっ!」
 光弾を浴びた護衛人形が、またも倒れ伏した。『艶華のヴァセルティーダ』は、唇を噛み、表情を険しくする。
 堕落をむさぼる種族には似つかわしくなく。
「グレナディアドールのみなさん! ここまで捕捉されたのなら、引き返すのはかえって危険です。岩場に一時、身を伏せてください!」
 ボス敵が単体で身をさらし、その場で舞い始めた。
 天は、トループスだけを始末しようと、『伍式疆域』を回り込ませようとする。
「おっと、やばばっ!」
 そのかわり、仕草が大きくなって、身を隠した樹々からはみ出しそうになった。
「本当に、配下を庇う指揮官なのですね……」
 事前に聞いていたとはいえ、狙いをさだめる朔太郎も冷や汗をかく。
 淫魔と眼があったような気がするから、なおさらだ。
 結界多面体は岩場を削り、朔太郎の射線が通るようにした。早苗の毒蝶の鱗のほか、グレナディアドールへの攻撃は続いているが、彼らが演奏しているであろう行軍歌が、谷間から流れてくる。
 それに合わせて、ヴァセルティーダの舞いは激しくなった。
「『召喚術:エクスタシード・ウィップ』!」
「天さん……!」
「あっぶなッ!」
 頭を低くした天は、朔太郎の警告に助けられた。淫魔の放った蔓が、ディアボロスたち周囲の樹木を、なぎ倒したのである。
「当方の存在をなるべく気取られないような立ち回りも……ここまでかしらね」
 早苗は、偽装を解いた。
 グレナディアドールによる、大陸軍の栄光を描いたかのような雄々しき行軍歌は、音量を増している。全滅させるには至らなかったようだ。
 遮蔽物を薙ぎ払ったアヴァタール級は、配下を鼓舞した。
「護衛役のみなさん。残った者で突撃を仕掛けます。この斜面を駆け登り、ディアボロスを突破するよりほか、フランスに帰る手立てはありません」
「ハッ! 淫魔・艶華さま、とっておきの『オ・パ・キャマラード』をお聞かせいたします!」
 真鍮の自動人形は、壊れかけの者も含めて、ヴァセルティーダの後ろについた。
 さらに後方には、大群のトループスたちを庇う。
「全員で山を越えるのを望んでる指揮官の淫魔さんには悪いけど、こっちは全員山を通す気はないから!」
 ミストの濃度と反比例するように、早苗は集中力を高めていく。

「……身を挺してでも護衛対象を守ろうとするリーダー。正直、同情しちゃう気持ちが無いわけじゃないよ。だから」
 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)の衣服が縮んで見える。
 たとえて言うなら、サキュバスと淫魔のあいだの差異が小さくなったような。
「いま、ネメシス形態になれたのは、ちょっと助かったかも。この姿なら、私も容赦が出来ないだろうから……!」
 突撃してくる大陸軍。先頭にいるアヴァタール級淫魔は、先端だけ隠してさらけ出している。彼女に守られているグレナディアドールたちは、倒しきれなかったとはいえ、もうその殆どがぎりぎりの状態と思えた。
「だったら、ヴァセルティーダさえ押さえてしまえば張り子の虎ね」
 先端の上で布地をひらひらさせながら、ネメシスの早苗は思いっきりぶつかっていく。淫魔は、口角をあげた。
「隠すのはやめたというわけですね、ディアボロス」
 仲間が意図していることは、ハンドサインなど使わずともエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)には判った。彼女が淫魔・艶華を釣りだしてくれているあいだ、配下とのあいだに割り込むような動きをとる。
「行軍の最中に邪魔をさせてもらうよ」
「また、ディアボロスが……!」
 艶華のヴァセルティーダは、エトヴァを横目に捉えると、指で植物召喚の仕草をする。早苗がその手を取って、抑え込んだ。
「ふふ、今更戻ろうったってそうはいかないんだから」
「は、放しなさい!」
「では、俺とも踊って頂こうか」
 行きかけたエトヴァが、真鍮製の配下に背を向けるようにした。ネメシス中の早苗とは逆側から挟撃する。
 『Silberner Freischütz-Ⅲ(シルベルナー・フライシュッツ・ドライ)』、両手の銃火器で白銀の弾丸を連射した。
「イベリアを明け渡すなんて、ジュールダンは悔しがっていなかったかい?」
 跳弾以上に跳ねまわる、挑発の言葉。
「放せと言ってますでしょう? ……あの方を気安く呼ばないで!」
 早苗の手を振り切ると、ヴァセルティーダは召喚を完成させた。棘の弾丸が、白銀のそれをはじき返し、エトヴァの身体に命中する。
「グウッ! ……淫魔植物か?」
 着弾と共に急成長し、表面に出てきた蔓が、毒々しい花を咲きほこらせた。
「死になさい、ディアボロス。ジュールダンさまの計画に、あなたが気付くことはないでしょう」
 サキュバスの拘束をかわし、天使を倒したクロノヴェーダは、護衛のトループスのもとへと急ごうとして、その足を止める。
 斜面の草地を、『虚を突く天竺牡丹の芽』が覆う。
 一連の動きのあいだに、早苗の仕掛けは完成していた。
「ほら足元はもう針だらけ、仲間のところへ帰る道なんてないわね。ショー・マスト・ゴー・オン、今度こそ、私と踊ってもらうわよ」
「俺とのおしゃべりもだ。よそ見は許さない」
 エトヴァが悠然と立ち上がってくる。
 帽子を脱ぎ、青髪をなびかせると、淫魔の花は、偽装用の枝といっしょに地面に落ちた。迷彩柄のコートも捨て、内では『Nazarの盾』を握っていたことを明かす。
 アヴァタール級は前後のディアボロスと、地面にあるものとをはかったのち、手に掛けた着衣をそこに重ねた。
「あなたたちを倒せば済むこと。見よ、妖艶なる舞撃を!」
 惜しげもなく、美しい舞いを披露し、『艶華のヴァセルティーダ』は、徒手空拳を打ちこんでくる。
(「その演舞にしばらく付き合ってあげるわ。どんどん必死になって、どんどん夢中になって、……仲間から引きはがされてるのに気づくかしら」)
 早苗が応じて、短冊のような胸飾りを揺らす。
 もう、声をひそめる必要もない。
 パラドクス通信機をとりだし、エトヴァは仲間にむけて、自動人形への同時攻撃を打診したのだった。

「仲間が敵の大将格を引っ張ってくれるなら、多少は目がありますよって事で」
 通信を受けた大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、護衛役グレナディアドールが固まっている場所まで迂回していった。
「想定よりガチで最大成果をお望みのようで。その大将格の覚悟を含めてちょっとこれは想定外でしたからね。まずは護衛を完全に潰していきましょう」
 坂を下ると、岩場が増えてきた。
 突撃の陣形を組んだ機械人形の生き残りは、アヴァタール級と分断されたことで、また地形に身を伏せたようだ。管楽器と合わさった武器、それをどこから撃って来るのか。
「狙ってくれるならしっかり補足させられるはず。ならば僕の踊りをしっかり見てくれるのと一緒」
 サキュバスは、『ルアーダンス』の最初のステップを踏んだ。
 合わせたわけではないだろうが、甲高い音色が岩場に反響する。グレナディアドールがたてる銃撃音らしい。敵の攻撃を伴奏にして、朔太郎は誘惑のダンスを一生懸命に踊った。
「隠れたままでいいのですか? その場所から出て来て、いっしょに楽しみましょう」
 音を頼りに手招きして、誘う。
 返事のかわりは銃撃だ。朔太郎の足元を飾るレガリアスシューズ『源氏蛍』のすぐそばに、無数の弾痕を穿つ。もちろん、ステップは緩めない。
 もっと見ようと引き寄せられるのが、『ルアーダンス』なのだ。
 岩場の各所で、真鍮の輝きが現れ、グレナディアドールの残りがすべて、朔太郎を取り囲むように出てくる。
「誘惑されましたね。待っているのはこれですが」
 踊りながら纏めて全方位に攻撃をたたき込む。
 高く上げた脚は、『源氏蛍』での蹴りとなり、手招きしていた指は、拳銃『掌中の希望』のトリガーにかかる。最後に大きくターンすると、銃撃が一周してグレナディアドールはけたたましく、ボディをへこませた。
「壁は剥がせましたよ!」
 決死のダンスで、警備のトループスを全滅させ、朔太郎はディアボロスの仲間に声掛けした。まだ淫魔は健在だが、大群の自動人形たちを削ることは可能だろう。

 潜伏場所では一番後ろにいた風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は。
「ん~っと……グレナディアドールとの決着に向けた動きがあってヴァセルティーダとの戦線も開かれそう、ってことは……ちょ、待って待って」
 などと考えているあいだに、情勢は転がっていき。
「とりま、どう見ても人形音楽隊に仕掛ける機会じゃない? 連戦だけども、さっきので勢いはついてるし……よしゃよしゃ、このまま征ったれー☆」
 樹木を刈り取られた壁面から手を離すと、ギャルお嬢様のからだも急角度でゴロゴロと転がっていった。
「もう居場所はバレてるから……突貫レッツゴーゴー☆」
 軍楽隊の多いところを狙って駆けこんだ。
 早苗とエトヴァが淫魔を押さえているが、その状態からでも配下の援護をしてくるかもしれない。大群に混乱を誘発すれば、すこしなら淫魔植物をしのげるだろう。
 坂の途中で、朔太郎の声が聞こえた。敵の護衛を全滅させたダンスに、士気も上がる。
 気付けば天は、ディアボロスのなかで一番の先頭にいた。
 谷間にとどまる人形音楽隊にむかって。
「当たるを幸いに斬り捲り☆」
 『陸式抜刀「阿那婆達多」(ロクシキバットウ「アナバダッタ」)』が閃いた。
 己が身を顧みない捨て身の太刀筋。自動人形の部品が、血しぶきの代用として飛び散る。
「楽器を奏でられないくらいにはやったるー☆ ドレミファソラシの音を出なくしてやる感☆」
 抜刀から納刀までの一連の動作、その美しさに気圧されたトループスたちだったが、総崩れとはならず、踏みとどまって指揮棒をふりはじめた。
 大音量のオーケストラが奏でられ、衝撃波が天を襲う。
「私が単独で全滅はさせられないだろうけれども、後に続く人の為にも、多くの軍楽隊を巻き込んで弱らせるよー☆」
 傾奇刀『主殿司宗光』をはじめ、三振りぶんの柄を掴んで耐えた。
 次に抜いたときには、地面から打ちかかってきた淫魔植物を切断する。

 アヴァタール級は、トループスへと手を差し伸べたがっていた。
「このまま限界のボスを抑え込んでも良いんですが。そうなるとこっちが大量に残る危険が大きいので……」
 大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、痩せた自動人形のたまっている、谷あいへと駆けてきた。
「こっちから先に行きますか」
「そう、淫魔・艶華は手負いだ。抑えは仲間に任せて、今のうちに人形音楽隊を倒しきろう」
 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も、斜面の下へと振り返り、大群を討つ天たちに合流する。
 オーケストラの音色は崩れて、指揮棒に操られる演奏は、不快音波と化していた。
 ガラスを引っかいているような、緑の谷間に似つかわしくない響きだ。
「くッ! ……ううん?」
 眉を顰めたエトヴァに、朔太郎の歌が重なってくる。
「さあ、怖がらないで、僕が君を守るから♪」
 『Bravesブレーブス)』、勇者たちという意味の曲。
「音楽には音楽なんてシャレた事してる訳じゃないです。こんなおじさんがサキュバスになってアイドルなんかやって、皆に元気を与えさせてもらってるんです。その本人が嫌な音で気が滅入ってなんか……居られないんですよっ!」
 賢明な歌唱に気圧されたかのように、トループス級の持つ指揮棒の動きが鈍ってきた。
 朔太郎からもらった勇気で、エトヴァも自分の忍耐力が上がった気がする。
「よし、狙いを合わせて、個体数を減らし、倒しきろう」
 地声と通信機の両方で連携をとる。
 その声量のまま、『ヒロイックシンフォニー』にはいった。朔太郎の『Braves』とも共鳴しあう。
「自動人形の演奏を圧倒し、音色で押し流すように……。音楽対決といこうか!」
 青髪のサキュバスは、ああ言ったが、青髪の天使はシャレたことしている。
 奏でるは壮大なる神話の一幕。
 描くは古代ギリシアの英雄の武勇。
 一騎当千を超える戦いぶりを謳い上げ、不快音波を蹴散らした。雄々しき楽曲によって幻影の『英雄』が創造され、グランダルメの撤退軍へと乱戦をしかける。
 数の不利を覆し、ディアボロス側が優勢だ。
 トループスのものと合わせて騒々しい戦場のさなか。
「朔太郎、後ろだ!」
 エトヴァの呼び捨てに、サキュバスは反射的に従った。
 多少、ダンスの振り付けは乱れたが、身体を傾けてできた空間を、何かが高速ですり抜けていく。
「助かりました、エトヴァさん」
 『淫魔植物の魔弾』だった。
 抑え役のディアボロスを引きずるようにして、アヴァタール級淫魔が、低い位置まで降りてきていたのだ。
「淫魔のボスよ、多少の援護で僕等を止めれると思わないでください、ほぼ勝敗は決してるんですから!」
 声に思いをこめる、朔太郎。
 汗がキラキラと光りながら飛び散った。
「そう……、僕等が集まって生まれたBraves♪」
 歌は、クロノヴェーダには呪いをもたらす。大群だったはずのトループス級が滅びていく。
 最後の一体が、指揮棒を握ったまま、力尽きた。
「も、申し訳ございません……艶華、さ……ま……」
「残念だが、ピレネー山脈は越えさせないよ」
 エトヴァは『艶華のヴァセルティーダ』とのあいだに立った。音楽人形の壊れた姿を、指揮官の目から隠すかのように。
 単独でも山間部へと向かって行けばいいものを、配下のために引き返してきたアヴァタール級淫魔。
(「ジュールダンの計画は気になるが……ここで全ての行軍を止める。七曜の戦の後、変化した状況……今は一手ずつ、確実に進めて、足場を固める時だ」)
 無言であっても、エトヴァの意図は通じる。
 ディアボロスたちは、じりじりと包囲のかたちになっていく。

 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は肩で息をしていたが、ネメシス形態がもたらす体力は、まだ途切れていなかった。
「さぁ、この一戦も終演が近いね、淫魔との演舞もこれで幕引きかな」
「うぅ……。せめてあなたたちとは決着をつけてさしあげます」
 『艶華のヴァセルティーダ』は、植物の弾丸を撒き散らしながら、片足でくるくると回った。踊りに陰りはないが、残った袖もズタズタに裂け、妖艶というよりも、みすぼらしくさえある。
「逆の立場なら、とか思うのはいけないんでしょうが……」
 ディアボロスらの攻撃に加わりながら、大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)はクロノヴェーダの思考を追う。
「決して仲間想いだけじゃなくて、この無茶を成功させないとフランスに戻っても……。とか、色々あるんでしょう」
 上からの理不尽に対し、懸命に頑張る事で乗り越えようとする志向は、小さい規模ながらそれなりに、と経験を振り返る。
「……年齢的なもので。でもだからこそ僕は敵ですから恨まれても理不尽に潰さないといけない。先に大きな理不尽を乗せたのはそっち側ですしね」
 はたして、どこまでがジェネラル級ジュールダンの指示なのだろう。
 早苗のネメシス化には、同情を捨てる意図もあった。朔太郎はむしろ、自分の感情を大事にし、手管とする。その、外見よりも長く生きているサキュバスに向かって、淫魔は蹴りを放ってきた。
 振り付けに紛れ込ませて、後方へと脚を振り上げるかたちだ。
 男性アイドルの美しい顔に、裸足の踵がヒットする。ヴァセルティーダの下半身への装備は、金のアンクレットくらいだ。なりふり構わぬ攻撃に、しかし朔太郎は、目線をそらさず向き合った。
「僕は勝って生きるので残る痛みは別にいいんです。僕の最初に倒した淫魔(ひと)は僕にも最後まで優しかったんですよ……。その淫魔をちょっとだけ思い出しちゃいましたから最後位は……いいですよね?」
 蹴りの乱打を受けながらも、朔太郎は感情を高めていく。
 ディアボロスの部隊員が一方的に傷つけられている。そう見えなくもなかったが、早苗をはじめとして、この場で手出しは不要だと判っていた。
「ふふ……。援護で止められると思うな、でしたわね。あなたたちも仲間への援護はかないませんよ!」
 なぜか、アヴァタール級淫魔だけが逆の判断をした。
 朔太郎を助けに他のディアボロスが動くと考え、彼への乱打を中断し、『エクスタシード・ウィップ』を召喚した。
 淫魔植物の蔓が、早苗たちを拘束する。
 たしかに、救援を難しくしたものの、朔太郎が淫魔のふところに飛び込むことを楽にし、『恋人演技(ファンサービス)』の発動を許してしまう。
 相手を恋人のように誘惑して、精気を吸い取っていくパラドクスだ。
「貴方を……僕の物にしていいですか?」
「わたしを、虜にするつもり……!」
 艶華のヴァセルティーダには、まだ抵抗する力がある。サキュバスの男性を手で押しやろうとした。
 離れかけた胸の膨らみが、また朔太郎の胸板に押しつけられる。
 早苗が、ここぞとばかりに連携の、『紐づく宿木の孔(ヒモヅクヤドリギノアナ)』を使ったのだ。
 針は、淫魔と自分に刺してあった。
 それらが、目に見えぬ繋がりを作ることで、注射器のように相手の能力を吸い上げる。いま、ヴァセルティーダと朔太郎の身体を結わえ付けているのは、ほかならぬ淫魔植物だ。
「敵と自分、お互いがお互いを拘束する形だし、朔太郎さんも巻き込んでるけど、私は仲間を信じる。自分の自由よりも敵の拘束を強める方に注力するよ」
 サキュバスの男女によって、淫魔の抵抗は弱まっていった。
「……残酷だけど、自動人形たちはみんなに殲滅された。この淫魔の望みはかなわない。でも、だからこそ同情せずにこの場に縫いとどめるよ。復讐者として、最後の最後まで手加減はしない事が、今の私にできる事だからね」
「う、うう……。ディアボロスの……かん……せ」
 撤退軍の指揮官は、もはや朔太郎にしなだれかかっている。
「皆を助けようとよく頑張りましたね。ほら、皆さんがあっちで待ってますよ。僕が連れて行ってあげますね、だから全部僕に預けてくださいね」
 朔太郎は、ヴァセルティーダの頭を撫で、耳元で労をねぎらい、優しく抱きとめ、痛みなく精気を奪っていく。
 淫魔植物の拘束もとけ、ディアボロスたちはアヴァタール級の撃破を確認した。
 早苗は、遺骸へと一歩近づいたのだが。
ディアボロスの感性には、まだ不明な点がありました……。え? なんなの?」
 針の繋がりが残っていたのか、淫魔・艶華の最後の歌とも思える。意味はわからないし、気のせいかもしれなかった。
 ピレネー山脈の高峰のある方向へと、振り仰ぐ。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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