大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『西進! リグ・ヴェーダ海域へ』

西進! リグ・ヴェーダ海域へ(作者 大丁)

 攻略旅団提案による作戦を伝えるため、時先案内人の姿はパラドクストレインの車内にあった。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ。まずは、こちらをご覧ください」
 掲出されたのは、ディヴィジョンの支配地域が色分けされた世界地図。
「アルタン・ウルク海域から台湾島に帰港し、補給と整備を済ませたフライング・ダッチマン号で、蛇亀宇宙リグ・ヴェーダの海域の探索を行う事となりました」
 差し棒の代わりに、操り人形が地図上を跳ねる。
「船はまず台湾島から西へ移動いたします。130kmほどですぐリグ・ヴェーダの領域に入るので、あとはひたすら西進し、本来は広東省海南省ベトナム……といった海域の、ディヴィジョン境界付近を移動していっていただきます。この地域には、既にリグ・ヴェーダに滅ぼされた『邪仙郷』なるディヴィジョンがあったとされますわ。何を探索するかなどは、現場の判断に任せるので、心置きなく探索を行ってくださいませ」
 数度の利用で、フライング・ダッチマン号には速力があるとわかっている。
 それでもこの距離だ。探索以外の過ごし方を考えてもよいだろう、とのことだった。
「南下とともに気温も上がりますから。一足早く、夏の海を楽しむのもよろしいかと存じます。いずれ冥海機の警戒部隊と遭遇しますので、敵に接触後は、ある程度情報収集を行い、敵を撃破しつつ撤退してください。東南アジアは、ヤ・ウマトの勢力圏となるので、長居は無用ですわ」

 ファビエヌは、いくつか注意事項をあげた。
「調査範囲が非常に広く、調査には時間がかかるのは間違いありません。幸い、フライング・ダッチマン号までは、パラドクストレインで往復可能なので、随時、人員を入れ替えながら調査する事も可能となるでしょう。探索は自由と申し上げましたが、具体的に何をどのように探索するか計画を立てるのは重要ですわ。あべこべに……」
 人形たちがキョロキョロと何かを探すジェスチャーをした。
「『広大な海域で漂着したクロノ・オブジェクトを探す』などでは、実現性が低い為、成果を得る事は難しいでしょう。やはり、皆様の工夫次第といったところでしょうか。イイコトをなさってくださいませ」
 目をまわしてへたりこむ人形たち。

台湾島では、新式艦艇の建造が行われているようですが、フライング・ダッチマン号の価値は変わらず高いですわ。冥海機ヤ・ウマトだけでなく、ディヴィジョン境界の霧で海路が繋がるディヴィジョンでの活躍が期待できますから。船の安全を確保しつつ、可能な限りの情報を持ち帰ってきてくださいますよう、お願いします」
 小芝居も終わり、去り際にファビエヌは、ひとこと付け加えた。
フライング・ダッチマン号であれば、多少の攻撃には耐えられるので、敵の大軍に包囲されるような事が無ければ、切り抜けて撤退できますわ。ご武運を」
 列車は、ディアボロスの乗船を待つ島へと出発した。

 三本のマストと、風をはらんだ三角帆。
 クロノ・オブジェクトのガレオン船台湾島を出港しようとしている。
「これが件のフライング・ダッチマン号……なかなかの快速ですね、そして頑丈。戦闘の拠点としては申し分ありません」
 テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、甲板から後方の陸地を見渡した。
 その景色がぐんぐんと離れていくのだ。帆走だけでなく、ガレー船のように両側から突きだした櫂の列が動き、水をかいている。
「漕ぎ手もなしに、か」
 乗組員としての働きが必要だと思っていた月鏡・サヨコ(水面に揺らぐ月影・g09883)は驚いていた。今は舵輪を握っているが、これも一度方角を決めれば、あとは勝手に進むらしい。もちろん、西に合わせてある。
「まあ、現地到着まで海の様子を監視するなり、過去の戦いの資料や教本を読むなり、やることはあるだろう……」
 帆を張ったり緩めたりといった作業もなく、いささか拍子抜けだ。
「春の海を帆船で進むのは気持ちの良いものですね。戦闘海域に入るまでは、ゆるりと船旅を楽しむとしましょうか」
 ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)が気楽そうに言った。
 乗っているディアボロスの大半がそんな感じだった。なにしろ、今回の航海は期間が長い。
「インドも邪仙境も気になっていた場所だから、到達できる手立てが出来たことは純粋に嬉しい。この船には頑張ってもらわないと」
 船首に立ち、心地よい海風を浴びるシャムス・ライラ(極夜・g04075)。
 傍らで不安そうな様子の一・百(気まぐれな狐・g04201)の頭を、よしよしとなでてもいる。
「船旅……落ち着かないんだよな、海の上ってのが……」
 されるがままの百は、なんとかシャムスの顔を見た。
「……でも、俺だって船を楽しんでるよ」
 フライング・ダッチマン号の機能で揺れが軽減されている。船酔いの心配はなかった。しばらくすると島影もはるか後方で、それもすぐに見えなくなったことから、西へ一直線なのは確からしい。皆は、船上を思い思いに過ごしはじめた。
「イルカでも見れたら嬉しい」
 ソレイユが、舷側から身を乗りだすと、船尾方向から大きく水の跳ねる音がする。
「え? 本当にイルカが付いてきているのですか?!」
 もしそうなら、船と並列して泳ぎ跳ねる姿は、きっといくら見ていても飽きない筈。
 海面を探して、甲板の上を急ぐところへ、シャムスと出くわす。
「ソレイユ、何かあった?」
「水音だけですが! 泳ぐものが!」
 敵との遭遇が起こるには早すぎるが、船の周囲に注意を払うことは忘れていない。シャムスは用意していた双眼鏡を片手に、ソレイユの指差す方向を見てみる。
 確かに、船の斜め後方に白い航跡があった。
 青い模様がついている。
「あれは……。テレジア殿でしょうか?」
「……はい」
 ソレイユは、クーラーボックスから取り出した魚を掴んだまま、苦笑い。水音と航跡の正体であるテレジアは、船尾に結んだ紐に引っ張ってもらっていた。
 やがて、紐を手繰り寄せて甲板に戻ってくる。
 青いビキニ姿だ。ソレイユとシャムスが揃って出迎えたので、彼女は何をしていたのか説明する。
「『水中適応』の残留効果を自前で用意するのは初めてで。慣らし運転というわけではありませんが、海に跳び込んでみたのです」
 あー、とふたりそろって声をあげる。
「呼吸も活動も支障なし……改めて不思議な力ですね、残留効果は。……ソレイユさん、それは?」
 自分たちも『完全視界』や『パラドクス通信』を用意しようか、と考えていたところに、手にした魚を見つけられた。
「イルカに会えるなら、一緒にランチは如何と、誘うつもりでした。海のなかには、何かいましたか?」
 照れた笑いを浮かべるソレイユに、テレジアは首をふる。
「私も、手頃なサイズの魚を見つけたら、捕まえて夕餉の品をひとつ増やそうとしていたのですけれどね」
 するとそこへ、船室にいた百が皿やバスケットを抱えて上がってきた。
「おや? みんないる。見晴らしのいい場所でお弁当タイムする?」
 船内に倉庫はあったが、元はクロノヴェーダの持ち物だ。食事をしない彼らは、酒類などの嗜好品以外は飲み食いのための設備を作っていなかった。台湾島での整備で、ごく簡単に調理ができるようになったので、百はそれを使っていたらしい。
「一回、爆発した。お茶は用意してたが、お弁当は考えてなかったから、あるものでなんとかして……」
 別に黒こげの料理が出されたわけではない。
 皆も、持ってきたものを広げて分け合う。
「今日は卵、キュウリ、カンピョウ入りの海苔巻きだ」
 と、シャムス。
「こういうピクニックも良いものですね」
 ソレイユは、ポットに温かい紅茶を用意して、スモークサーモンとクリームチーズバケットサンドを出した。
「ありがとうございます。休める時はしっかり休むのも戦士の仕事。ゆっくりさせてもらいますね」
 テレジアは、ビキニのまま輪に加わり、まだ調べものがあるからというサヨコも引き込んで座らせた。
「任務の方が私の性に合う……まぁ、情報交換も任務か」
 海苔巻きやサンド、いくつかの軽食で腹ごしらえをしながら、あれこれと会話もはずむ。
 百も料理で気が晴れたのか、元気になったようだ。
「落ちたら嫌だが、海の中は気になる。魚いないかな……。キューを投げ込んだらとってくるかもしれない」
 ジンに命じようとするのを、シャムスが止める。もう、テレジアが実験済みだと。
 彼女は百に頷いて、遠方に目をむけた。
「キングアーサー……ブリテン島の内陸で育ったので、こんなに広い海原をじっくりと眺めたことはなかったですね」
「ああ。何度見ても海って広いよな。こんなに水があるなんて」
 百も頷き返す。
 しかし、イルカはともかく、魚が見られないのはなぜか。シャムスが、新宿島から持参した資料に目を通した。台湾からインドにかけての海底の地形、潮の流れ。
 最終人類史のものだから同じという訳ではないが、参考にはなる。
「台湾から西の海は遠浅。南は隆起してフィリピンの方に続いている、と」
 サヨコも、横から顔を出して、いくつか意見を加える。
「海産物が豊富だったのは、東の太平洋側か。もっと南ならば、そこも漁業がさかんだった。しかし、ある種のイルカはこの海域にも生息していたようだし、船の速さの問題かもしれない」
「速度と言えば、航海ってどれだけかかるんだったか?」
 百が調理場に下りたのも、その間の食料を気にしてのことだった。目的海域までは一週間と聞いたものの、それも途中で起こることによってはわからない。
「随分前に南蛮のヨアケの民から仙人の話を聞いた事もあった。あの巨大昆虫料理のインパクト……」
 『大戦乱群蟲三国志』があったころの話だ。
 大陸南方の探索で、蟲将から逃れた人々と出会った。彼らは現地の大ムカデや、大ジバクアリを罠でとらえて生きながらえていたのである。
「そう言えばリグ・ヴェーダの住人の主食って何だろう? やっぱりカレーかな。亀は食べるの禁止とか。亀の背中で野菜とか栽培してたら全部亀味(?)のような気もするけど」
「え、亀味? そんなのあるのー?」
 百の真顔に、ほかのディアボロスたちから笑いがもれる。食後のまったりとした時間。でも、百の話題は食べ物のこと。
リグ・ヴェーダも色々混ざっていたからな……。神様と動物っぽかったし。食べないでも平気だったりして……」
 そこはクロノヴェーダだから、食べない可能性はあるだろう、と数人が指摘する。
 テレジアは折り畳みのデッキチェアに寝そべって、日光浴をしながらそう言った。新宿島は春だが、ここはもう夏のような暑さ。汗ばむ陽気が心地良い。
 ただ、そのテレジアも百も、そしてソレイユも、三国志奪還戦には参加していたものの、リグ・ヴェーダの種族であるアーディティヤ軍とは別の戦場にいたのだった。
リグ・ヴェーダは亀の上にディヴィジョンがあると聞きましたが、滅ぼした邪仙境の土地も亀の上に乗ってしまうのでしょうか。それとも亀とは別地扱いなのか。何か糸口が掴めると良いですね」
 ソレイユの言葉には、サヨコが推測と前置きしつつ。
「戴冠の戦で起きる『不可逆的統合』が、七曜の戦における地球の状況の常態化を指すと仮定して……。リグ・ヴェーダの蛇亀が常時存在するようになれば、絶大な脅威になるのは間違いない。その時までに可能な限り力を削ぐため、今回の情報収集は重要だ。蹂躙戦記イスカンダルで得られた情報によれば、境界の霧を越えればあの『亀』の上の領域に問題なく渡れるらしい。だが、それは地続きの場合の話。海から海に渡る場合にいかなる事象が起きるかは未確認だ」
「インドか……。東と西……どっちからの方が早くつながるかな」
 百はそこまで言ってから。
「いや、ってことは、繋がっても浮いてるから海までしかたどり着けないのかな? どこまで行けるか興味津々」
 いまはまだ何もない海を進んでいく。
 ディアボロスたちは、時折パラドクストレインで乗員を交代しながら航海を続けた。時間が経つにつれ緊張感は増し、警戒態勢に務めるようになる。
 出港時の顔ぶれに戻ったころ、ソレイユはマストの上の見張り台から双眼鏡を使っていた。
 完全視界も使用し、出来るだけ敵影には先手を取れるようにしたい。サヨコは、リグ・ヴェーダ海域への移動の余波で船の転覆や座礁が発生しないよう前方を警戒していた。
 百はジンのキューコンを出して船の周囲を偵察する。シャムスは水中方向だ。
「いざという時は即飛び込む準備もしておこうか」
 初日のテレジアの様子が思い浮かぶ。百は、海への感情がぶり返した。
「飛び込む? ……そうか、そうだよな、その可能性があった……」
 耳と尻尾を垂れしょんぼりする彼に。
「百、その時は私につかまってね」
「うん、シャムスに頼る」
 既にきゅっとつかまってる。
 そうさせておきながら、彼は見つけた。海面に航跡。
「ソレイユ!」
 マストの上に届くよう、大声を張り上げる。
 皆が、シャムスの示すさきを見た瞬間。
 一頭の灰色のイルカが、高くジャンプしながら縦回転をきめたのだった。
「わぁ……!」
 イルカの空中スピンを見られたのは、その一回だけだった。
 餌のキャッチこそ叶わなかったが、ソレイユは満足だ。『フライング・ダッチマン号』は、いよいよ生き物のいない海に入っていく。
「……ここからは未知の領域」
 サヨコは、船が窮地に陥ることがないよう細心の注意を払う。

 東南アジアは邪仙境海域と接していた。
 情報がなかったころは、『仙人ディヴィジョン』などと呼んでいた場所だ。その痕跡を追うとなれば、やはりリグ・ヴェーダとの境界の霧を探すことが近道のように感じられる。
 ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は、操舵担当に海図とコンパスを渡し、本来であれば中国大陸の陸地があったであろう方角の参考にしてもらっていた。
 行先の目星がついたのだろう。ソレイユのいる見張り台の上からでも、フライング・ダッチマン号が慎重に回頭していると判る。
「名前がわかった今でも、手に入った情報はごく僅か……」
 海原を見渡すよう、双眼鏡を目に当てる。
 甲板では偵察役の交代がなされていた。
 担当方面の引継ぎをし、八栄・玄才(井の中の雷魔・g00563)は、『水中適応』や『水面走行』などの効果を確認する。中国海の航海には日数を要したが、そのぶん必要な残留効果が揃ったようだ。
リグ・ヴェーダか……。邪仙境を滅ぼし、他のディヴィジョンとの戦いでも優勢をとる強者、興味がわかねーハズがないぜ」
 エフェクトを借りた仲間に、合流した意気込みを伝える。
「気になるのは、七曜の戦の大規模戦闘の予測に『冥海機ヤ・ウマトVS蛇亀宇宙リグ・ヴェーダ』のマッチアップがなかった点なんだよな。アイツ等、あんま闘り合ってねーのか」
 玄才がそうもらすと、数人が頷いた。
 確かに気になる、あるいはその視点はなかった、等々。
「哨戒任務中の冥海機から有益な情報を聞き出すためにも、この辺りの海域の戦況をあらかじめ把握できればな……」
 すると、玄才の持つ『パラドクス通信』にマストの上のソレイユから連絡が入った。
 霧の痕跡を探すのと同時に、冥海機の接近も警戒している。
「おそらく本当に霧が出ているなら、冥海機もそれなりに哨戒を行っている筈ですからね。現在はどちらも発見されず、異常なし。この間に偵察へ出てください。玄才も気をつけて」
「おう! 船は任せたよ!」
 玄才は勢いよく海へダイブした。
 事前に伝えられていたように、探索できる範囲は広い。海底にあるものすべてを調べるわけにはいかないが、それでも敵影のほかに見つけたいものはあった。
(「ヤ・ウマト戦力が戦っていたなら沈没船なんかが存在するハズ。亡くなった人からは冥海機が生まれるが、乗ってきた船までリサイクル率100%ってわけじゃあないだろう。もし船の残骸なんかがあれば、その破壊痕からアーディティヤによってどのような攻撃手段が取られたか、看破できるかもしれねーしな」)
 無いなら無いで、両ディヴィジョンの接触が激しいものではないという仮説に、一定の補強がなされるだろう。
「いた……ぜ」
 魚類のシルエットが、鋼鉄のような鈍い輝きを反射した。
 距離はかなりある。長い髪がふわりと浮かび、女性型の上半身をもつことから冥海機と思える。玄才は深度をとって動きを止めたが、先方が反応した様子はない。『完全視界』でこちら側からだけ覗き見できているのかもしれない。
「よーし、『光学迷彩』も足すぜ」
 じっとしたまま観察すると、人魚と潜水艦を混ぜたような冥海機は、複数からなる部隊とわかった。決められたコースを辿るような泳ぎ方であり、しばらくすると遠のいて、姿は見えなくなってしまった。『フライング・ダッチマン号』の航路とも重ならない。
 玄才は海面に出ると通信機で報告を行った。
 船でも、そうした敵の哨戒部隊を発見したという。早期に察知したので、戦闘を避ける事ができたらしい。
 ソレイユによれば、仲間たちとの推察はこうだ。
「冥海機は『リグ・ヴェーダへの侵攻を狙っている』のではなく、『リグ・ヴェーダからの攻撃を警戒している』ようなのです」
「海底に戦場跡も見当たらない。本当に、闘り合ってねーかもな」
 その後も、海中と見張り台とで敵哨戒部隊を見つけては進路をずらし、『フライング・ダッチマン号』は境界へと迫る。
「出くわす回数が、増えてきやがったぜ……あん?」
 また、素通りするかと思われた冥海機が、海中で留まっている。玄才は距離をたもったまま様子を伺った。
「戦闘態勢か? 別の敵でも現れたのかよ」
 一体が長魚雷を振りかぶったのだ。
 そして、もう一体の手には何かが抱えられており、魚雷はその物体に叩きつけられて爆発を起こした。物体も粉々になったよううだ。
「あのトループス級が『グリッピア級潜水艦』だとすると、『長魚雷爆殺戦術』だな」
 パラドクスを使ってまで破棄したかった、手持ちサイズの物体。
 先方に見つからずに監視できる位置からでは判別はつかない。少なくとも、沈没船ではなかった。
「わけわかんねーが、深追いせずに戻ったほうが良さそうだぜ」
 玄才が後退しはじめたころ、『フライング・ダッチマン号』でも発見があった。
 ヤ・ウマトとの境界に、『薄い霧』である。
「ええ。甲板からでも見えますか? ディヴィジョン境界の霧でしょう。通常なら気づかない程度です」
 通信機に話しかける見張り台のソレイユは、ふいに思いつきを口にする。
「ディヴィジョンを渡り歩く能力が高い『フライング・ダッチマン号』に乗っているからこそ気づけた、のかもしれない……」
 操舵担当は霧への接近を試みている。
 ソレイユの脳裏に、アルタン・ウルクとの遭遇が浮かぶ。
「霧を抜けると即みっちりでしたから……あ、敵影発見、停止してください!」
 海上の航跡は、当方に寄せてきている。
「ついに捕捉されましたか……。境界に近づくにつれて敵の態勢が厚くなっていったのは確かです」
 口では報告しながら、視線を霧にも向ける。
 皆で話した推測が、確信に変わってくる。
 本船を利用すれば、アルタン・ウルクと同様に、リグ・ヴェーダのディヴィジョンに飛び込む事ができるかもしれないが、先がどうなっているか判らないので危険だろう。
 蹂躙戦記イスカンダルでの情報によれば、境界の霧を通ってリグ・ヴェーダへ侵入した場合、宙に浮く『大陸上』へ移動できるとのことだ。つまり陸地へ移動するわけで、侵入した瞬間にフライング・ダッチマン号が座礁して動けなくなり、放棄せざるを得なくなる危険性がある。
「侵入するにしても、この海域の哨戒部隊を駆逐する必要がありますね。現在行っているフィリピン方面の攻略を進めて、東南アジア諸島から冥海機ヤ・ウマトの勢力を一掃してからでないと」
 舵輪の周辺で、ほかのディアボロスたちも同じ結論になったらしい。
 接近してくるトループス級は、『グリッピア級潜水艦』。その対処を優先させる。

「ふむ、色々と収穫はありましたね」
 ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は見張り役を交代し、甲板に降りてきた。操舵担当によれば、『フライング・ダッチマン号』の現在位置は、ベトナム北部の港湾都市ハイフォンに相当する海域付近だという。
「あとは現地の方に聞いてみるのが一番でしょうか」
 船首にまわって冥海機たちの様子をみる。ソレイユが顔を出すと、『グリッピア級潜水艦』の驚いた表情がわかるほどの距離だった。会話もできそうだし、相手の話し声も聞こえてくる。
「ディ、ディアボロスぅ!」
「エルドラードの船に、ディアボロスが乗っているのだが?!」
「ただの船舶ではないですぞ。形状から、第一級危険指定の大型海賊船フライング・ダッチマン号で確定……」
「こ、攻撃を加えて拿捕すべし。……で、いいよね?」
 あまり軍人らしくもなく、早口で言い合っているが、驚きでテンパっているのは間違いない。手にした長魚雷をぎゅうぎゅう抱きしめている個体もいる。
 すっくと立ったソレイユは、軽い一礼からはじめた。
「初めまして、冥海機の皆さん」
 ピタリと止まる、相手の早口。
「貴方達の哨戒区域に侵入した事はお詫びします。察しのとおり、私達はディアボロスです。リグ・ヴェーダ、そして邪仙境の調査で当海域を航行しておりました」
 努めて、明るい声で話しかける。
 それに反して潜水艦たちは、めいめいがボソボソと独り言をもらし、声質は低く沈んでいくようだった。ソレイユはかまわず続ける。
「ご存じの通りリグ・ヴェーダは一筋縄ではいかぬ相手。ディアボロスも今だ明確な対抗策は打ち出せないでいます。敵の敵は味方とも言いますし、リグ・ヴェーダについての情報を交換しませんか?」
 この『交渉』に対して、怒鳴り返そうと息を吸い込んだ一体に、トループスのリーダー格が片手をあげて制した。
 話を聞いてみようということらしい。
 彼女たちの口にはマスク状のパーツがあり、大人しくしていると感情も反応も読み取りづらくなった。リーダー格は返事の代わりに顎をしゃくってソレイユに促す。
「私達の把握している情報は、彼らのディヴィジョンは巨大な亀の上にあり、境界の霧を超えると亀の背にワープするという事です。海が主戦場の冥海機にとっては、知らずに突入すれば危険極まりないのではないかと」
 無言で見つめてくる、『グリッピア級潜水艦』。
「対価として臨むのは、先程貴方達が破壊していた漂流物についての情報です。それはリグ・ヴェーダ、もしくは邪仙境から漂着したクロノ・オブジェクトではないですか?」
 かわらず無言で、反応も伏せているものの、交渉には興味があるようだ。もちろん、本当に味方になるつもりはないと、ソレイユにも判っている。こうしているだけでも彼女たちには利があるのだ。
「他ディヴィジョンのクロノ・オブジェクトを利用するのは珍しくありませんが、破壊するというのは何か理由があるのでしょうか」
「ふうむ……」
 口元の見えないリーダーが、呻く。
 彼女らで『フライング・ダッチマン号』を拿捕するには数が足りないだろう。こうして時間稼ぎをしていれば、他の哨戒部隊にも発見させて戦力を増やすことができる。
「それは……漂着したクロノ・オブジェクトを放置すれば、排斥力の低下につながるかもしれないからだ」
 ゆえに、真実を含んだ回答で話を繋がねばならない。
「冥海機たちは、排斥力の低下を防ぐために、漂着物を破棄している……」
 ソレイユのなかに、情報を得られたという確信めいた手ごたえがあった。リーダー格は成り行きを見守り、長魚雷をぎゅうと抱く。

 代表が『交渉』するあいだ、『フライング・ダッチマン号』のディアボロスたちは成り行きを見守っている。
 バレないように唸る、麗・まほろば(まほろばは超々々々弩級戦艦ですっ!・g09815)。
「……ううん、それにしてもアルタン・ウルクにエルドラード、そして今度はリグ・ヴェーダ? たーくさん、ヤ・ウマトに侵入してきて……まほろばはもう、考えることいっぱいでおなかいっぱいだよぉ」
 その肩をうしろから、身長差のある男性がポンと叩いた。
 八栄・玄才(井の中の雷魔・g00563)だ。
「オレとしちゃあ、リグ・ヴェーダに行くためにも排斥力は下がってほしいし、漂着物もどんなモンか、まだまだ気になるけどな」
 偵察から帰還し、甲板上にいた。
 目撃した手掛かりから、情報を得られたことは喜ばしい。だが、まほろばの言うような満腹にはならずとも、敵の時間かせぎに付き合うのもそろそろ終いと感じていた。
 それを肯定する合図を、船首のソレイユも送ってくる。
「今回は探して持ち帰る余裕はねーが、邪魔はさせてもらおうか!」
 甲板を走りだす、玄才。
 他のディアボロスたちも一斉に動いた。
「さぁ! クロノヴェーダを蹴散らすよ!」
 まほろばは、『水面走行』を展開して舷側から降りるつもりだ。
 玄才は直進し、船首マストの傾斜を駆け登っていた。
「貴重な境界超え能力を持つ船を壊されたくねーんでね」
 先端から勢いよくジャンプすると、『グリッピア級潜水艦』のリーダー格に、直接蹴りをくれてやる。
「ちょ、おま、いきなりなんだが?!」
 マスクからこぼれる慌てた声と泡。
 どぼーんと水柱をあげて、冥海機と玄才はもろとも海中深くに沈んだ。
 黙っているように指示した者がいなくなったために、トループス級はまたわちゃわちゃと喋りだす。誰かが、『フライング・ダッチマン号』を攻撃しろと叫んだので、長魚雷を発射する個体もいた。
 船体に迫る航跡を、水面を走ってきたまほろばが、横からすくい上げる。こちらも長い棒状のものを使った。
 『51センチまほろば砲』の砲身である。
「第一級危険指定――やっぱり冥海機たちはフライング・ダッチマン号をどうにかしなきゃと考えてるのは間違いないらしいね」
 空中に放られた長魚雷が破裂し、爆風が金髪をなびかせる。
 破片や煤が吹き付けるのも構わずに、まほろば砲へと三式弾『草那藝之大刀』を装填した。
まほろばはまだ漂着できるけどね、絶対に失わせないし、まして鹵獲なんてさせないよ!」
 仲間たちとともに、海賊船の周囲を固める。
 グリッピア級潜水艦は、長魚雷を野球のバットのように持ち替えた。
「爆殺戦術ぅー!」
 近接戦で突破するつもりだ。
 女性型の上半身だけを海面からだし、スピードを上げる冥海機たちに対し、ディアボロスも引かない。
「三式弾とは炸裂させることで高速で飛ぶ戦闘機を狙い撃つ事ができる弾丸で、他にも基地攻撃のように地上を2次元に焼き尽くすためにも使ったりするものなんだよ!」
 まほろばは、砲身を構える。
「なにがいいたいのか。この弾丸はクロノヴェーダを焼き尽くすことができるということだ!」
 発射音が低く響きわたり、海面に黒煙が次々と立ち昇る。
 やみくもに突っ込んできた冥海機たちが、順番に撃破されていく。やはり、会話を担当していたのはリーダーだったのだろう。アヴァタール級の指揮もない哨戒部隊は、きちんとした陣形を組めていなかった。
 海中の敵味方は、ますます沈み込む。
(「泳力じゃ言わずもがな向こうの方が上、機動力で翻弄されないように密着しての殴り合いに持ち込もう」)
 玄才は、グリッピア級潜水艦の肢体を掴んで離さない。
 もがく相手は、あいだに魚雷を差し入れて逃れようとしている。訳の分からない叫びが聞こえた。
「こらー! 顔がいいからってなんでも許されると思うなよー!」
 怒っているのか、恥ずかしがっているのか。
 隙を見て、玄才はパラドクスを使用する。
(「『八栄流・蛇咬の一刺し(ヤサカエリュウ・ジャコウノヒトサシ)』……!」)
 軽く曲げて牙に見立てた人差し指と中指の二本拳で、魚雷の持ち主を突いた。気脈の流れを破壊されたことで、抵抗に使っていた長柄の武器が手からスッポ抜ける。
「あっ! あああ~!」
 その時にはもう、拘束をといて自分だけ浮上していく玄才。
 『グリッピア級潜水艦』のリーダー格は、もてあました魚雷の爆発に巻き込まれ、二度と浮かび上がることはなかった。
「オー、ハデに逝ったな。身の丈に合わねぇ武器はこれだから怖いんだ」
 玄才の肩を後ろから、今度はまほろばが掴んで海面に引き上げる。
「いたよぉ! 船の向きを変えてぇ!」
「ありがとさん」
 哨戒部隊のひとつは退けたが、すぐにまた別の敵が現れるだろう。ディアボロスを乗せた『フライング・ダッチマン号』は、東へと舵をきった。
「にしても、船でリグ・ヴェーダに行くのは不可能ではなくてもリスキーか。流石に空の上はなかなかどうして距離が遠いぜ」
 玄才だけでなく、皆が境界の薄い霧を、船尾からいまいちど眺める。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

tw7.t-walker.jp