大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『この道はローマに』

この道はローマに(作者 大丁)

 『断頭革命グランダルメ』行きのパラドクストレインが、新宿駅グランドターミナルに出現した。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ。この列車の案内を担当いたします」
 車内に揃ったディアボロスの前で、時先案内人が一礼する。
「攻略旅団の提案により、断頭革命グランダルメの支配下にあるイタリアの首都ローマへの偵察作戦を行うこととなりました。皆様には、パルマの商人を装っていただき、パルマとローマの中間にある大都市、フィレンツェに向かってローマの情報を得た後、その情報を元に、ローマに潜入して偵察を行っていただきます」
 段取りを言い終わると、ファビエヌは床に置かれた箱を指差す。
「市民や商人との交渉で役に立つ、高額の貨幣や宝飾品などを準備いたしました。新宿島の技術者がレプリカ品を作成してくれましたのよ。上手にお使いになって、情報を集めてくださいませ」
 にこやかに微笑み、ついでわずかに口元を引き締めた。
「ただ、敵もディアボロスの潜入を警戒していると思われます。臨検のトループス級に発見された場合は速やかに撤退ください」

 出発の前に、人形遣いはいくつか念をおす。
「イタリアの首都ローマについては、これまで全く情報が伝わっておりませんでした。偵察を行うのはとってもイイコトかもしれません」
 戸口に向かいながら、話している。
フィレンツェの商人は、パルマとの交易を禁止されているようです。『友達催眠』を使えば、古くから付き合いのあったパルマの商家の一員といった立場で交渉できるでしょう。相手も商売なので、友達だから無条件に助けてくれるというわけではありませんが、あるていどのやり易さは得られるはずです」
 そうして、ファビエヌはホームに降りた。
「ローマの更に南には、ナポリ王でもある、ジェネラル級自動人形『ジョアシャン・ミュラ』が支配するナポリがあります。ご参考までに」
 発車ベルが鳴り響く。

 川沿いの柱廊を、若い交易商人が案内してくれた。
 同じ形のアーチをいくつもくぐったあと、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)たち、ディアボロスは、言われるままに角をひとつ曲がる。
 一見すると街路だった。
 石畳の通りの左右には店舗が並ぶ。売っているのは、どれも貴金属類で、交易商人はそのうちの一軒に入っていった。
「ゆっくり商談するなら、やっぱりここだな」
 商人は、店番の男に目配せしただけで、奥の工房に通され、ディアボロスたち全員も続き、窓のある居間まで付いていったのだった。
 外の景色は、流れ出る川。
 石造りの橋の上に、さっき見た貴金属店街が、そっくりのっているのである。
「あらためて、フィレンツェへようこそ。声をかけられても、すぐには、あんたと判らなかったな」
「俺も幸運だった。突然の交易禁止で物資不足が激しくて……パルマの皆が困窮している。助かるよ」
 エトヴァは、さっそくと新宿島から持ち込んだ宝飾品を並べにかかった。
「名家から、秘蔵の品を預かってきてる。友情の証だ、普段なら言わない値でいい」
 パルマで商いをしている友人、という身分で、この若者と接触した。同行の仲間のぶんも合わせて、『友達催眠』をかけた結果だ。
「あなたに危ない橋を渡ってもらう分、良い取引をさせてもらうよ」
「気にしないでくれ。あからさまにパルマのものだと面倒だが、ちょっとの細工で流通させられる。ここの親方は、『話がわかる』だろ。それに……」
 品定めする商人は、レプリカを高く評価したようだ。顔をあげて、ウインクした。
「この橋に来たからには、もう危ないことは慣れっこさ」
 どうやらディアボロスたちは、同情して助けてくれるような、フィレンツェの善人をつかまえたわけではなさそうだ。
「蓄えはまだ足りなくて」
 金銭や物資の交換が済み、エトヴァは話を切りだす。
「次は、人の多いローマへ行ってみるつもりだが……」
「ローマだって?!」
 商人は、会ってからはじめて、心配そうな表情をつくった。『パルマからの友人たち』を引き留める。
「あそこの商人の多くは、ナポリやフランスを新天地にして移転しているようなんだ。今のローマは落ち目だからな」

「エトヴァ、僕らやパルマの家族のぶんはこれでしのげるけど、商売を続けるためにもっと手広くやらないと……」
 割り込んで話したのは、ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)。
 ここでの取引には感謝している。だが、臨検の厳しそうなフィレンツェよりも別を探すべき。そう主張すると、友人はかぶりをふった。
「知らないのも無理はないが、あんたたちでは、もっと厳しい処分を受けるだろうよ」
「でも、あなたは私たちのために、融通してくれたよね?」
 黙っていたフレイヤ・ネルトゥス(片翼の射手・g04483)が、口を開く。
パルマフィレンツェでの交易が禁止状況なのに。もちろん、ずっと迷惑を掛ける訳にもいかないからこそ、ローマに行きたいのよ」
「商人が出入りする方法はないのかい?」
 ラズロルが尋ねる。友人は、少し迷ってから答えた。
フィレンツェの商人の身分証があれば、ローマに入るのは難しくない……」
 そこまで言ったところで、居間に中年の男性が入って来た。
(「親方。つまり……」)
(「マイスター?」)
 ドイツ出身のエトヴァとフレイヤが、心の中で同時に呟く。
「ずいぶんと白熱しているようだ。工房の外にまで、聞こえそうだわい。場所を貸してやってんだから、声をおとして……」
「おじさま!」
 19歳のフレイヤは、父の代で世話になったと、とっさに作り話を並べた。
「ああ、あの時の、くっついてたお嬢ちゃんか。見違えたんで、まるで判らなかったわい」
 本当は、初対面だから。
 親方は目を細めて、昔を懐かしみ、ついで悪そうに口元を歪ませた。
「嬢ちゃんの頼みじゃなぁ。おい、連れて行ってやれよ」
 つっつかれて、若い交易商人は観念した。
「正規の身分証は難しいが、偽造で良ければ、その手の業者に紹介できる」
「頼む! 家族と皆にちゃんと食わせたいんだ!」
 ラズロルの嘆願は受け入れられた。男泣きまでして感謝したが、フィレンツェ人たちは、この辺りからうすうす感じるものがあったようだ。
 やはり、この商人も親方も、裏でなにかをやっているらしい。偽造業者とやらも同じ橋の上、数件先で営業中とのことだ。
 ともあれ、その身分証が、ローマに続く道になりそうである。

 すぐそばにあっても、業者の店舗に、みんなでゾロゾロと連れ立つわけにはいかない。フレイヤは、居間に残るつもりだ。
「じゃあ、僕とエトヴァで行ってこようかな」
 好奇心が湧いてきている様子でラズロルが言った。
「エトワール君は、どうする?」
「ん? 俺? 俺もここで待ってるよ」
 エトワール・ライトハウス(Le cabotin・g00223)は、椅子の背もたれに身体を預け、窓の外にある川の流れを眺めた。
(「ローマねぇ」)
 工房から、また交易商人の案内で、エトヴァとラズロルは出かけていったようだ。
(「隣国だが、俺はフランス北東部の生まれだし、南東のイタリアには馴染みが無いんだよね」)
 テーブルには親方もついて、フレイヤが話をつないでいる。
(「まあ、『友達催眠』で馴染みになるんだが……恐ろしい力だね、これも」)
 ふと、エトワールも、いまはフィレンツェの商人に成りすましていることを思い出した。
「いやぁ~、お互いキツイ時代になっちゃったよなぁ。いつまで続くんだか、この交易規制は」
 演技には、そこそこ自信もある。
 親方は、深く頷いて、ここまで聞いたのなら、もう気付いているだろうと、持ってきてくれた宝飾品は、密貿易には足がつきにくくできるから、まだマシだ、などとぶっちゃけた。
「『蔵から出てきました』で収入を誤魔化しやすい」
「わかってるじゃねぇか」
 悪そうな笑いを、エトワールもマネする。
「規制の采配は、ミュラ元帥? それともナポレオン陛下の許しが必要?」
 職人や商人が気にする話題だ。不自然には映らないだろうとふんで、水を向けてみた。
「ナポレオン陛下は、ナポリ王にイタリアを任せるつもりらしい。単なる噂だ。このフィレンツェでは、詳しいことはわからん」
 しばらくして、偽装の身分証をもって、仲間が帰ってきた。
「あんたら気をつけてな」
「嬢ちゃんもしっかりのう」
「ありがとう」
「おじさま、お元気で」
「ほんと、助かった」
「それじゃ、また」
 交易商人の若者と、貴金属工房の親方に礼を言い、エトワールたちは橋の上の店を後にした。

 旅はつつがなく、途中で金品や身なりなどをフィレンツェ商人のものと取り替える。ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)が、少し浮かない顔をしているようで。
「どうかしたのか?」
 たずねたのは、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)。いや、疑問を感じたからではなく、あたりをつけたのだ。
 ローマへの潜入をまえにしたラズロルは思い返しているだろう。工房での演技はやりすぎだったかも、と。
「どうって? 僕はごきげんだよ?」
 ニカッと笑う。気をとりなおしたみたいだ。
 あの芝居は、むしろ怪しみをだして正解だ。偽造の身分証という裏の道を、許容できる輩と伝えられたのだから。けれども、エトヴァはそんな励ましなど不要と考える。ほら、声をかけただけで、ラズロルの狐耳は、ピンと元気に立ったじゃないか。
 ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)が、仲間がとってきてくれたそれを、大事そうに眺めた。
ナポリ王、つまりミュラ元帥の支配下。しかし時勢に敏感な商人が見切りをつける程度には斜陽な都市か……。興味深いですね」
フィレンツェでは詳しいことが分からない……考えようによっては悪くない状況だ」
 エトワール・ライトハウス(Le cabotin・g00223)の言葉に、ディアボロスたちがいっせいに顔を上げる。
「つまり、偽造の身分証でフィレンツェ商人に扮する俺達がローマの事を知らなくても、ある程度は不自然じゃないんだから」
「なるほど……」
 頷くソレイユの脇から覗き込み、エトワールは身分証に『書物解読』を使った。フィレンツェの立場への理解を深めれば『演技』にも役に立つだろう。
 こうして、姿と持ち物のほかに、所作も手に入れて、ディアボロスたちはローマ市内に入り込むことができた。
 情報収集の際には引き続き『友達催眠』を用い、会話以外では『モブオーラ』で人込みに紛れる。広く調査するために、いったん別行動をとった。後に細かく合流しながらローマを探索する。
 エトヴァは見物人についていき、大きな聖堂のドームが内側から上れるというので、試してみた。
 曲面の壁が両側から迫るような、狭くて急こう配な階段だ。
 常人離れの体力にはなんてことはないが、へばった者が所々にある丸窓の枠に腰かけて休憩していた。エトヴァも倣って立ち止まり、市街の様子を覗いてみる。
(「ローマの異変は、支配者の凋落か? 皇妃か四淫魔とか……」)
 眺望のなかからは、目立った破壊や荒廃は見つけられなかった。教会や広場、噴水やモニュメントが数限りなくあり、この時代におけるファッショナブルな建築も混じっている。
 傍らでハンカチを扇ぐ男性が、『同業者』のようだったので、エトヴァはわざと呟く。
「ローマも大変だな……商売に来たが今後どうなるか」
「ふう、はぁ……そうだな」
 相槌が返ってくる。エトヴァは会話を続けた。
「この辺りもナポリ王の支配となれば盛り返すだろうか」
「いやあ、ミュラ元帥のイタリア支配には、期待できないよ……あ」
 男性は手で口を塞いだ。階段の前後をみまわし、人の列が切れているのを確認すると、歩きながら話そうと誘う。
フィレンツェだって、この先どうなるか判らないだろ。ローマの心配をしてくれるのはうれしいけどよ。ここじゃ、パルマより北側の地域との交易が途絶えたので、店を畳んだ商人が多いんだ」
 その原因は、パルマオーストリアが、ディアボロスの活躍によってクロノヴェーダの支配から解放されたから、などとローマ商人には考えつかない。エトヴァの推察もあながち間違ってはいないようだ。
 最上階までくると、視界がすっかり開け、バルコニーから聖堂前の広場が見渡せた。
 人々のあいだに、パトロールしているトループスがいる。下半身が馬型の自動人形だ。同行の男性が、また口を塞ぐ。もちろん咎められるような距離や位置ではないが、臨検の厳しさが伺えた。
 そして、広場の中央には、先細りの四角柱が建っている。
オベリスク、か……」
 市街の光景のなかにも数か所、それらしきものが確認できた。
 実は、エトヴァのいる場所のふもとで、ラズロルがオベリスクの調査をしているところだった。広場の縁の円柱から見ただけでも、ただの遺跡とわかる。
 なにしろ、その表面の装飾は、エジプト出身の風塵魔術師の目には、『獣神王朝』から奪ってきたどころか、古代にローマで模倣されたものと映っていた。
「あとは、ここが改竄世界史ってコトで、勘弁してちょうだいよ……!」
 秘かに、『魔晶の短剣』を取りだす。
 しばらく待つと、人馬型のトループス級自動人形『ヴィエルジュ・キャヴァリエル』は、隊列を整えて広場から去っていった。馬の部分はカラクリ仕掛けを思わせるものの、上半身に纏った軍服は上質で、きっちりした仕立てである。美しい金髪をなびかせる少女騎兵たちだ。
 ラズロルは、『モブオーラ』を最大限にして、遺跡のオベリスクへと歩いて行った。
 行動が周囲の耳目を集めないという世界法則の発生に頼る。
「『アサシネイトキリング』っ! ……は、倒壊させちゃうかもしれないから、うんと手加減してちょっとだけ!」
 短剣の刃を当てる。
 はたして、石柱の表面には小さくとも傷がついた。
「やっぱりだよ。クロノ・オブジェクトではないね」
 一般人からも注目はされなかったようだ。
 最終人類史で調べた史実では、古代ローマの時代にエジプトから運んできたオベリスクもあり、この時代では壊れて埋もれたままのものもある。念のため、その在処や再建されたものを周るつもりで、ラズロルは場所を変えた。
 減少するローマの商人だが、上手く渡って財をなす者たちもいる。ただ単に、享楽の日々を捨てられない、居残りかもしれないが。
 エトワールの姿は、彼らがひらく豪奢なサロンにあった。
 異国情緒な踊りに囲まれ、飲み物や食べ物を振る舞われる。絶頂期というより、衰退のはじまりを表しているようで、ひょっとしたら早まったデカダンスなのかも。
 グラスの中の氷を眺めながら、元軍人の戦列歩兵は考えていた。
(「若干個人の関心も混じるが、ミュラ元帥の勢力について知りたい。本来の歴史では伝説的な騎兵指揮者だが、此処ではどのような戦力を有しているのか……」)
 ダンサーがはけて、拍手が起こった。
 すぐに次の芸人が入ってこようとするが、騒がしくなるまえに隣の席にいる恰幅のいい男に、話しかけた。
「さっきの続きなのだがね。我がフィレンツェの名産は毛織物。軍服周辺の商売に食い込みたいんだ」
「名案だよ、君ィ。『ヴィエルジュ・キャヴァリエル』所属のご婦人がたには、さぞや似合うことだろゥ!」
 商人が言うには、ローマ市内でパトロールを行っている彼女たちは、ミュラ元帥の直属なのだという。エトワールは胸中で頷いた。クロノヴェーダの常套手段だ。史実になぞらえて、騎兵を用意している。
 しかし、ローマに強靭な部隊がいることを想像していると、男は口元をナプキンで拭きながら声をひそめた。
「気がかりなこともあるゥ。ナポリ王は、大規模な外征を予定していたようだがァ。軍をナポリに戻しているようなのだよォ」
「……?」
 聞き返そうとすると、芸人のパフォーマンスがはじまって、周囲は歓声に埋もれた。
 喧騒の中でも、男のヒソヒソ声は不思議とよく通る。
「北イタリアやオーストリアで反乱がおきているようなのでェ。その鎮圧に向かう予定だったのだろうがァ。君の案はいいと思うよォ。けれども、ローマでは商売にならないかもしれないィ……」
 言ったきり、黙りこくってしまった。
 どこか、この狂乱の宴にまで、虚しさを感じてしまったようにもみえる。
(「俺たちディアボロスの活動を、反乱と勘違いしているのか。それに、ミュラ元帥の大規模な外征と言えば、フランスの霧地帯のことだったかもしれない」)
 軍は、ナポリに戻っている。
 エトワールは、思いつきを伝えたくて、仲間との合流時間を確認した。
 そのころソレイユは、教会や広場、噴水に遺跡などを順に周りながら市内を南下していた。探しているのは、『断頭台』と『工場』だ。
「自動人形のエネルギー搾取手段といえば処刑。パルマやウィーンを失い、パリでも機械化ばかりで処刑はあまり聞いていない」
 でっちあげの罪で人間を捕らえ、聴衆を沸かせるようなギロチン刑を執り行っていた。
「人の心を殺して生きろと強要する理不尽さ。もしくは此処でも機械化を進めているとしたら……」
 貨幣を握らせるようなこともしながら、情報を集めてみたところ、機械化については、全く噂になっておらず、工場も見つからない。遠方に、橋のような建造物の影が目立ちはじめた。
 橋梁にしてはどことも接続されておらず、あちこち分断している。水道橋の遺跡かもしれない。
 ずいぶん南まで来たと思ったら、辺りは貧民街のようだ。
「あなたがお話ししたことは、誰にも漏らしませんよ」
 ソレイユは、ここの住民にも聞き込みを続ける。
 時々、犯罪者が処刑されることがある程度と言われ、その罪状や方法にもかつての断頭台のような理不尽さはなかった。
「では、イタリア内で何らかのエネルギー回収を行っている可能性はないのか? ……いや、違う!」
 示唆するところに思い至り、いそぎ中心部へと引き返した。
 古代の浴場跡でエトヴァと進捗を交換する。
 ローマの神々の像を祀った噴水の近くではラズロルから、クロノ・オブジェクトとしてのオベリスクは発見できなかったと聞いた。
 恰幅のいい商人といっしょにサロンから出てきたエトワールとは、背中合わせにテラス席に座る。周辺はカフェや宿屋が軒を連ねているものの、官公庁のいかつい建物も多い。
 エトワールは、ソレイユに聞かせるように、商人にむかって話題を持ちだした。
「さっきの続きなのだがね……」
「んン? あァ。反乱軍のスパイが紛れ込んでるかもしれないって、臨検も厳しくなっているゥ。けどォ、パトロールだけで、ローマには軍が殆どいないからァ。もし、反乱軍が攻めてきたら『無防備都市宣言』をする事になるかもォ」
 調査を終えたディアボロスたちの予測は一致していた。
 断頭台や工場、オベリスクなどの重要施設が見つからないのは当然だ。ミュラ元帥はナポリに注力し、ローマから手を引いているらしいのだ。

 カフェのテラス席で、恰幅のいい商人は沈んだ顔をしている。エトワール・ライトハウス(Le cabotin・g00223)は、それをなだめていた。
(「音に聞くローマが落ち目というのはちょっと寂しい思いもあるが……まずはこの情報をキチンと持ち帰らないとな」)
 いかにもな現地人と同席していたおかげもあって、パトロールに周ってきた自動人形『ヴィエルジュ・キャヴァリエル』は、エトワールたちの横を素通りしていく。
 背中合わせに座っていたソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)も、臨検をやり過ごせた。
(「騎兵に見つかって、戦闘となっては市民を巻き込んでしまうかもしれません。得るものは得ましたし、そろそろ切り上げましょうか」)
 先に席を立つ。
 いっぽう、ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)はまた、石柱のひとつを見上げていた。
 象形文字すら刻まれていない、明らかな模造品である。例の方法も試し、これで記録にある場所は全てだ。
「力あるオベリスクは無しか~」
 拍子抜けは否めない。
 もちろん、遺跡としては立派なものであり、モニュメントの据えられた高台には、幅の広い階段がついていて、そこからの景色も素晴らしかった。
「クロノヴェーダからの扱いが解っただけでも儲けものか。さ、お仕事が終われば即帰ー」
 階段を下る途中、ラズロルはなぜだか甘いジェラートでも食べたい気分になった。恋人といっしょに段差に座って。
 幸運なことに、そうやって振り返って見た先に、少女騎兵のトループスたちがいた。
 彼女らは今まさに、取り囲もうとしていたのだ。
 噴水にひきかえしたソレイユは、今度はエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)と落ち合えた。ちょうど彼が肩越しに、コインを1枚投げたところだ。
「まずまずの成果だな」
 ローマ商人からの情報も聞き、エトヴァは調査の切り上げに同意する。
「できるだけ目立たないように街の入り口まで戻りましょう」
 ソレイユはそう言ったが、ここでももう頃合いだった。
 残留効果を重ねても、ディアボロスと看破されるときはある。ヴィエルジュ・キャヴァリエルの小隊が、噴水を突っ切って駆けてきたのだ。
「倒せる分を倒して突破しよう!」
「もたもたと戦っていては増援を呼ばれるかもしれませんからね。速攻でいきます」
 先制で攻撃する、エトヴァとソレイユ。
 美術工芸品と思えるような精緻なピストルで抜き射ちを披露し、宙に展開された鍵盤から幻想的なソナタを響かせる。
 エトヴァの弾丸は、『Silberner Blitz(シルベルナー・ブリッツ)』。少女騎兵の弾幕よりも速く、青白い銀を閃かせた。ソレイユが『月虹』を演奏するあいだ、月の化身が召喚され、奇しくも古代ローマの神像に並んで、人馬の四つ足を薙ぎはらう。
 『高速機動戦複合』を破られて、水しぶきをあげながら次々とつんのめるトループスたち。
 周囲の一般人たちから悲鳴がおこり、ソレイユは申し訳ないような気持ちになりながらも、騒ぎでこの場から離れてくれることを願った。やがて、エトヴァが銃撃を加えながら、噴水の縁を回り込んでいったので、ふたりは北と東の二方向にわかれて逃走することとなる。
 商人に礼を言ってすぐ、エトワールも臨検を受けそうになった。
「おいで! レオンーッ!」
 サーヴァントの名を呼び、カフェ街を走りだす。待て、という甲高い声をかけられたが、わかりきったことだ。
 並走してきた無双馬の鞍に飛び乗った。
「相手も騎馬兵……というか半ば馬そのものだが『騎乗』で負ける気はないぞ」
 レオンの俊足が、路上のテーブルや椅子を蹴倒しながら、大通りへと出ていく。馬上で追っ手にむけてマシンピストルを発砲したら、ヴィエルジュ・キャヴァリエルたちは、障害物を華麗に飛び越えてきていた。
「ひゅうっ! 機動力をウリにしてるだけあるか。……なら!」
 致命傷でなくとも、弾痕から衝撃波をだせる技がある。
「町中から追われるのもやってられん。『通信障害』も使ってなるべく敵の部隊規模での連携を断つ」
 音の攻撃が効いたのか、後方の騎兵たちは遅れていったようだ。
 引き離したうえに、前方からも敵は現れてこない。通りの向かう先が南東なので、脱出路とは逆なものの、無双馬に驚きつつも見惚れているような一般人の様子も面白くて、エトワールはローマの市街を駆けに駆けた。
 遺跡のオベリスクの建っていた高台から、ラズロルは階段を駆け下った。
 パトロールの騎兵が横並びになって追ってくる。その足にむけて、『アーセファ・ハーティ厶』を放つ。
「自ら飛び込んでくれれば嵐の餌食だ」
 風の輪がばらまかれ、触れた人馬は前後不覚になって転倒した。
 階段下の市場に入ると、小路も多く雑踏に紛れる。オベリスク探しのついでが役に立ったようだ。目ぼしい建物の位置が頭にはいっている。
 転ばなかった騎兵少女は、市民をおしのけてくる。ラズロルは、手足を上手につかって壁の段差を登り、建物のうえへと逃れた。あとは屋根伝いにいくだけだ。騎兵は路地を周らなければならないが、建物から建物へとわたるラズロルは、それらをショートカットした。
 振り切ったあとで、地上を走っている馴染みの青い髪を見つける。エトヴァだ。
「俺のいた時代には、この辺りの壁は壊されたあとだったな。見張り塔も生きているのか」
 市壁までたどり着いた男たちは、門まで戻るのを諦めた。念のため、塔と塔のあいだを選び、飛翔を短時間だけ使って、高い壁を跳び越える。
 しばらく後、ローマの景色を遠方に見ることになる、エトヴァとラズロル。
 そこへ、潜入したほかのディアボロスたちも合流してきた。
 ソレイユとエトワールは、走りで敵をまいたあと、大理石でできた立派な門を、堂々と通過してきたという。
 伊達に、フィレンツェ商人の所作を身につけたわけではなかった。
「情報のなかった南イタリアの状況がわかったのは好ましい」
 エトヴァは、皆の顔が揃っているのをみて、やっと息をつく。
「ローマの状況は実に収穫だ。ナポリは相応の態勢なんだろうな」
「名高い大都市の凋落には、少々がっかりしましたが、市民にさしたる被害が出ていないなら良しとしましょう」
 ソレイユも、薄く笑う。
「近い内に、また」
 と、エトヴァが呟いたことで、あのコインを思い出した。
 噴水のおまじないが効いたなら、再びローマを訪れることになるだろう。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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