大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文掲載『芸術の都・ウィーンのよそおい』

芸術の都・ウィーンのよそおい(作者 大丁)

 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、穏やかな微笑みをたたえている。
「大淫魔都市ウィーンの決戦で、『死奏の母・ミューズィカ』を含む、4体のジェネラル級淫魔を撃破した大戦果により、淫魔勢力を壊滅させることに成功しましたわ」
 彼女が時先案内するときは、概ねそんな様子なのだが、今回のパラドクストレインの車内では、とくに嬉しそうだ。
 思えば、淫魔と戦ってきたディアボロスたちは、オーストリアの街々でコンテストのパーティを潰し、国境をまたいで音楽隊を追い、ウィーンに来てからは学園に大樹と、ここまで勝利をつないできたのだった。
 案内してきた者も、感無量なのだろう。
「皆様には、攻略旅団の方針に従い、淫蕩儀式から救出した一般人のケアを行いつつ、ウィーン市街地の復興や、ウィーン周辺の農地の開拓などを行って貰いたいと思います」
 淫魔勢力の壊滅を受け、オーストリア周辺の淫魔が支配している諸都市の解放作戦が進んでいる。
 解放した地域から人が流入してくる事も踏まえて、拠点となる地域の整備を行うのだ。

「まずは、救出した人々の、心のケアが最も大切ですわ」
 市民のなかには、淫魔大樹に囚われた後、立て続けに淫蕩儀式に利用された人も多い。
 精神的に大きく疲弊している彼らを元気づけ、健全な心を取り戻せるように、心配りが必要だ。
ディアボロスの腕の見せ所でしょう。芸術について、淫魔と競ってきた方も多いはず。心のこもった歌、美しい作品、高度な演技。ぜひ、イイコトをいっぱい披露して、ウィーン市民を励ましてあげてくださいませ」
 次にファビエヌが提案したのは、市街の復興だ。
「具体的には、破壊された建物群への『建造物分解』を使った資源化ですわ。ほかにも、建築に必要な機材などは、小さなものならば、パラドクストレインで運びこめますし、作業の効率化も図れるかもしれません」
 最後に、ウィーン周囲の土地を開墾して、農地を用意する。
「人間の生活は、都市だけで賄われるものではありません。食料を生産する農地が無ければ、自立は難しいのです。これから冬になりますし、すぐに収穫できるわけではありませんが、持続的に暮らしていける条件を整える事は、人々の未来への希望となるでしょう」
 周辺地域の復興には、『土壌改良』が有用だと教えてくれた。

「あらためて、皆様の戦果に感謝いたします。正直に申し上げて、ジェネラル級淫魔の撃破はほぼ不可能だと予測されていました。それを4体とも成し遂げてしまうなんて、とってもイイコトでしたわ」
 ファビエヌは、ホームに降り、ウィーン復興にむかう列車を見送る。
「せっかくの勝利ですから、オーストリア地域全土を、クロノヴェーダから解放してしまいましょう。いってらっしゃいませ」

 淫魔大樹の根によって破壊された住居兼作業場が、そのまま手付かずになっていた。なかには、穴を塞いだだけではもう使い物にならず、倒壊寸前の危険な状態の建物もある。
 商業地区のウィーン市民は、淫蕩儀式から解放されたものの、度重なる精神搾取と戦闘で、疲れ切っている。
 仕事や生活を立て直そうと考えてはいるが、思うように動けなかった。
 ちゃんとした服を着ているのが、せいぜいだ。
「これが、現実……。いつまで瓦礫を相手にしなくちゃならないの。もう、美しいものには出会えないのかしら」
 斜めになった壁を背にして座り込み、左手にはまった手袋だけをじっと見つめる女性。同じように、うなだれている人々。
 彼らは、芸術による励ましを欲していた。

 城門をくぐるさい、テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、淫魔学園の絵画が掛かっていたあたりを見上げた。
「支配者を打ち倒すだけでなく、その後も含めてが戦いですね……」
 『断頭革命グランダルメ』ディヴィジョンにおいて、その名をディアボロスが聞いてからずっと、ウィーンはクロノヴェーダの巣窟扱いだった。解放された今、鳩目・サンダー(ハッカーインターナショナル同人絵描き・g05441)が、口の端を緩ませているのも無理はない。
「目の肥えたウィーン市民たちに自分の作品を見せる機会が来たと聞いて!!」
 はやる様子を、テレジアは眼鏡越しにチラと見て、唇を結ぶ。
「ただ、私自身に芸術を創り出す技量はありません」
「ボクも、どちらかと言うと技術屋ですので。余り芸術の才能には恵まれていない自覚はあるのですが……」
 レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は、上目遣いになる。
 崩れかけの尖塔が、美しさを保っているのが視界に入った。
「それでも、この街の方々を助けたい思いは本物のつもりですし。何度となくグランダルメを通じて芸術に触れてきました」
 小さな拳をぎゅっと握る。テレジアも首肯する。
「ボクたちに出来る事を全力でやりましょう」
 仲間の意気込みに、サンダーは頼もしさを感じたようだが、すぐに真顔をつくる。
「いやいや、あたしだって笑ってる場合じゃない」
 市街に入っても、歩行者の姿はほとんど見えなかった。
「アートに人を動かす力がまだあるなら、あたしは筆を握ろう。画材はそこらのものでも何でも使って」
 励ましを必要とする人々がいるのは間違いない。
 ディアボロスたちは、その方法と相手を探して、街路に散った。
 幾度も立ち入り、絵画世界であったり、堕落空間であったりも含めて助けてきた景色でも、依頼が終わって一旦離れたならば、排斥力の影響で初めて訪れた扱いを受ける。そんな中で、テレジアの方から見知った顔ぶれに出くわすことができた。
「あなたがたの芸術を愛する心は、この程度の苦境や理不尽に負けはしない」
 たしか、舞台の美術や、設計に携わっていた人たちのはず。
 劇場のロビーで、抜けた天井を仰ぎみたまま立ち尽くしていた彼らに、テレジアは説得を試みる。
「壊れてしまったのなら、新しい芸術都市を造り上げるのです」
 前にも声を掛けられたような、と思い出しかけてはいるようだが、芸術家たちは、テレジアの顔より別のところに気がいっていたのかもしれない。
「絵を描く時は、いつだって真っ白なキャンバスから始まるでしょう? それと同じです」
 大通りのすみにイーゼルを置いて、サンダーは声を張り上げていた。
「似顔絵いかーすかー」
 しかし、キャンバスは真っ白なまま。
「これはあたしにとっても大きな挑戦だ、おっそろしくて背筋が震えるよ」
 芸術の都で、我流が通用するのか。
「凹むかもしれないような、忌憚なき意見が欲しいけど……」
 同人絵描きへの評価の問題ではなく、放蕩儀式のダメージが残る市民には、絵を描いてもらおう、という気力すら湧かないようだった。
 半身から砕けて、道端に転がされている彫像とにらめっこしたあと、サンダーは『パラドクス通信』で、みんなの調子を訊ねてみる。
 テレジアは説得がうまくいかず、レイも、いまひとつ方法がみつからないでいる。
 そこへ、広場にいるという、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)から誘いがきた。
 往来の量は、むしろ大通りよりもあるらしい。
 ディアボロスたちは合流し、テレジアはなんとか芸術家たちを引っ張ってくる。
「『Meine Damen und Herren,』お好きな花を咲かせましょう」
 エトヴァは、広場で台に布地を飾って、花を売る人をやっていた。といっても、本物ではない。レイが、駆け寄る。
「綺麗ですね。色とりどりの……布でコサージュの花を作ってるんですか?」
「そのとおりだ、レイさん。新宿からモスリン、綿やシルクの端切れを持ち込んでね。針と糸も」
 ひとつは、エトヴァの胸にも飾られている。遠くを通りかかった女性が、フラッと寄ってきて目を輝かせるのを見た。
「どうぞ。好きな色や柄を選んで……重ねて組み合わせるのもいい」
「ええ。いただくわ。このコサージュを見たら、さっきまでのウンザリした気分が消えたみたいだもの」
 女性は、軽い足取りになって元の小路に戻って行った。これには、サンダーも感心する。
「画家だと思っていたけど、こんな特技があったんだな」
「裁縫の練習はしてきた。材料についても調べてね。染色が当時の技術相当になっているよう、布地を選んでいる」
 排斥力への配慮だと、テレジアにも判る。劇場で、縫製をおこなっていた芸術家が、さっきからエトヴァの作品を手に取り、熱心に眺めていた。
 とはいえ、人通りが多いとは言えない。今までよりはマシなくらいだ。それでも、サンダーは花の台のとなりにイーゼルを置いた。
 テレジアが前に立つ。
「モデルが必要とあらば、喜んで引き受けさせていただきますよ」
 なるほど、と絵描きは試してみることにする。
「ノーマル、スーパー、ハイパー、ウルトラがあるよ」
「ええ? ……ウルトラ!?」
 魔剣の騎士が、両手で自分の体を抱くようにして戸惑うので、サンダーは筆を突き付けた。
「いやいや、何を考えたのか知らないけど、順にデフォルメが強くなるカリカチュアライズ作品なんだ」
 ホッと息をはく仲間を見て、淫魔学園でのことを思わぬわけではない。
「……ウルトラだ。きっとサンダーさんの魂を宿した、最大奥義なのでしょう?」
「ありがと」
 実際に、キャンバスへと筆が走り始めると、テレジアが連れてきた技術家たちは興味を持ち、うしろにまわって眺めはじめた。緊張しつつも、挑戦的な技法に驚きや批判、なにより肯定の雰囲気を感じられて、サンダー自身も楽しんでいるようだった。
「コホン……」
 レイが咳払いをして、みんなから少し距離をおく。
(「みんなが頑張っているんだ。ボクがもっと、人を集めよう。そのために……」)
 噴水だった縁石に腰かけ、ギターを抱える。
「コホン……」
 また、咳払い。
(「イザとなると勇気が出てきませんね――!」)
 広場と街路を仕切る木立の頭越しに、崩れかけた尖塔が、さっきとは別の角度で見えている。
「っと、勇気付ける側が勇気を出さなくてどうするの。あの時、このグランダルメで歌った星の歌を」
 弦をつま弾き、音が出れば、あとはリズムにのるだけ。
「Twinkle、Twinkle。光よ届け、願いよ叶え♪」
 木立のあいだから、こちらを振り向いている影がある。
「前を向いて、手を取り合って。明日へ響かせよう、ボクらの希望のうた~♪」
 パラパラと広場へと入ってくる人たちの姿。
 エトヴァは、友人の歌に喝采を贈った。ほどなくして、花の台にも市民が集まってくる。
「色彩は無限大、貴方だけのお洒落。アートはいつも身近にあるもの」
 口上も、堂に入っているエトヴァ。その横で、サンダーの絵は完成し、芸術家たちの品評を聞く。時代的に、グランダルメには無かった画風で、論争になりかけるほど、彼らは元気を取り戻していた。
「プロを連れてきてもらったしな。ウィーンで描けて良かったよ」
「みなさんも、好きに絵を描いてみるのはどうでしょう?」
 テレジアの提案は、今度はすんなりと受け入れられた。歌声に引きつけられた者のなかには、やはり心得のある芸術家もいて、画材も寄ってくる。
 イーゼルの並びが伸びていき、エトヴァは思いついた。
「そうだ。コサージュも、一緒に作ってみないか?」
 布地も古着から提供され、そのやり取りをするうちに、市でも立ったかのような、賑やかさ。
「出来上がったら、服や帽子や手袋に縫い付けて……ピンブローチにするのもいい……紳士向けに黒いシルクもあるよ」
 花の台も、イーゼルとは反対側へと伸びていった。
 そしてウィーン市民たちは、レイと歌声を合わせる。
「明日へ響かせよう、ボクらの希望のうた~♪」

 かりそめの市場に広がっていったのは、レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)の『勝利の凱歌』と、エフェクトがもたらす市民の勇気、そして歌詞のとおりに希望だ。
「さぁ、お次は建築ですよぉ!」
 噴水の、ひび割れた縁石の上に立ったレイは、ディアボロスの仲間たちに声をかける。絵描きと手芸、古着市は、おもだった人々に任せて大丈夫そうだ。
 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)とテレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)が、数人の芸術家たちを誘って、縁石に近づいてくる。
「ボクに建築の知識、特にこの時代建築知識はあまりないですけども」
 レイのはにかみには、エトヴァが頷きで返した。布地についてだけでなく、建材も調査済みのようだ。
「なるべく早く元の生活に戻りたいよな」
 気安い調子で、尋ねるエトヴァに、市民たちは積極的に意見を出してくれる。希望を得た彼らはもう、うな垂れたり、立ち尽くしたりしない。自分たちの事情を打ち明ける行動にも、『友達催眠』が効いていよう。
 テレジアは、現場への同行も頼むのだった。
「私は、肉体労働の方が向いているので、そちらで頑張らせていただきますね」
「ボクも全力で雑用をこなしましょう!」
 段差を、ぴょんと飛び降りるレイ。そこへ、大空・啓介(航空突撃・g08650)も顔を出した。
「よーっし、芸術系はさっぱりだけど、道具の扱いなら得意だよ。……で、どこから、手伝う?」
「まず建て直すべきは…………自分のアトリエ?」
 テレジアは、すぐさま上がった声の多さに驚いた。
「なんとも芸術家らしい意見ですが……まぁ、復興作業に積極的ですし、それくらいの役得はあってもいいですね」
「もうすぐ冬も本格化してしまいます」
 出てきた話も鑑みて、レイが考えを述べる。
「風を防げるお家が無いと、一般の皆さんはきっと生きていけない」
「住居も仕事場も大事なものだな」
 エトヴァは、生活と芸術が、お互いを必要とする様を、この広場で経験した。
「住居兼仕事場を中心に、生活に身近な建物を再建しよう」
 ちょうどいい街区がある、と市民たちは口をそろえた。
 半身からぽっきり折れた彫像が、訪れた一行を出迎える。石の顔は曇天を睨んだまま、路肩に転がっているのだ。
 啓介は、道具箱を担ぎなおして、言った。
「思い出の建物とか、歴史のある建造物とか品とか、そういうのは修復した方がいいよね!」
「ええ、……確認していただけますか?」
 テレジアは、芸術家たちに選別を頼み、指示されたとおりに、残すものを確保していく。エトヴァも街区を巡り、危険で建て直しが必要な建物に見当をつけた。レイが、そうした修復の難しい物件に対し、持ち主を探して事情を説明する。
 魔剣を軽々と扱う、テレジアの腕力。
「『破壊の拳(デモリッション・ナックル)』、打ち砕く――!」
 倒壊しかけた壁が完全に粉砕されると、『建造物分解』によって、資源化が起こる。
「瓦礫沢山あるんだよね、まっかせて、まっかせてー!」
 啓介たちも、おのおのの手段でもって、どんどん分解をすすめた。
「石積みには力が必要だろう」
 資源化したあと、エトヴァは『怪力無双』で支援し、レイは引越し荷物を数トン単位で持ち込んだ。
 テレジアは、転がっていた彫像ともども、無事で確保した品を運搬し、芸術家たちの要望に従ってアトリエを再建する。
「俺にアートの才能はないから……。これ使える?」
 啓介は、資源を渡した市民に、新宿島から持ち込める範囲の小型機材、チェーンソーや研磨器具などを提供した。もちろん、自分では扱えるのだが、人手は生かしたい。排斥力により、この場かぎりとはいえ、教える側にまわったほうが、効率はいいはずだ。
「お手伝い、お手伝い♪」
 ディアボロスたちの超越した能力や珍しい道具に、市民たちは感心しつつも、違和感は持たない。考えていたよりも、ずっと速いペースで再建が進んでいる。『修復加速』の効果も加味されてのことだ。
 レイは、現地の職人たちの仕事を近くで見させてもらっていた。
「次の支援の為のお勉強をするのです」
「あらかた地道な作業になりそうだが、芸術の都だから、景観も大事にしたいよな」
 エトヴァも、塗料をはじめ、鋸などの工具を持ち込んでいた。こちらは、現地に適合させてある。仕上げに、入り口周りや壁に、装飾代わりの花模様を描いた。
「時代にあうモチーフを使ったけど……」
「ふむ、なかなか良い仕上がりになったのでは?」
 テレジアが、出来上がった建物と、転用した芸術品、そしてエトヴァの塗装を眺めた。
「また自由に絵が描けるほど街が復興したら、是非ともモデルに呼んでいただきたいものです」
 芸術家たちが、ぜひと応えた。
 劇場跡からついてきた一人が、なにかを思い出しかけて、顔を赤らめいている。
「うん、カメラ、カメラ! 360度取れるやつ!」
 啓介が、プランや図面、進捗把握の手間を省くために持ってきていた最新機材を、掲げている。
 モニターにも、花模様を描いた建物が、きれいに映し出された。
「マジョリカハウスを思い出すな」
 エトヴァがつぶやく。
「なに、ここから100年後の記憶です。……ちょうど、あの辺りに建つのかな?」
 城壁の外を指差した。
 レイはまだ、職人たちと話し込んでいる。建物の拘りや街全体のデザインについても。
 ディアボロスが去ったあとでも、モチベーションを維持してもらおうとするように。
「芸術の街、その姿をボクは見てみたい」
「そう、ウィーンは美しい」
 振り返ったエトヴァは、修復された街区を眺める。
「今は苦難の時でも、きっと立ち上がれる。復興していこう」
 気付けば雲間から、青空がのぞいていた。

 使い終わった工具のかたづけを、レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は手伝っている。
「街が少しずつ復興していく姿を見ていると、こちらまで励まされた気持ちになりますね」
「次は芸術の街を支える外だー!」
 大空・啓介(航空突撃・g08650)は、高い空に声を上げる。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も、感慨から現実にもどって。
「人が集うなら、食糧の確保も急務だよな」
「街の皆さんも疲れているでしょうが、これから本格的な冬が来ます」
 芸術家たちに、テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、再度のお願いをした。
「凍える前までに、できるだけのことはしましょう」
「そう、もう一息です、頑張りましょう」
 レイも、ウィーン市民に都市外の開墾を手伝って欲しいのだ。可能であれば、道を敷くなどして全体のインフラも整えていきたいところ。
 ディアボロスは熱意を伝播させられる。
「厳しい自然と真っ向から向き合うことで、芸術の新たな知見が得られるかもしれませんよ?」
 テレジアは、『士気高揚』で、人々を動かした。手分けして、当面の食料を用意させる。啓介は、建設現場の整理を終わらせていた。
「家屋に使える資材は、街の分解した残りとかから回せたら、より良いかな?」
 積み上がったかたまりを指差すと、エトヴァは同意する。
「街から運べる資材のほかに、近くに森林があれば、立ち木を切りだすこともできる。運ぶのはまた、『怪力無双』でいいだろう」
「淫魔の支配で長らく放置されていた土地は、手入れしなければ使い物にならないでしょうね」
 『土壌改良』があるものの、とテレジア。
「農地開拓は幅広くやらないとだし、ちょっと様子を見てくるよ」
 啓介は、市民たちが移動の準備をしているあいだに、周辺の探査を請け負った。
 デバイスを展開し、手のひらを目の上にかざして景色を眺めれば。
「うん? 森林地帯との境目に、集落みたいなものがある」
 立ち入ってみると、少数ながら人が住んでいた。
 建物は簡素で粗末だ。昔からある農村という雰囲気ではない。住人のひとりが、突然に思い出したらしく、叫んだ。
「おお! 貴方様は、もしやディアボロスなのでは……」
「そうだけど、ウィーンで助けられた人かな?」
 啓介がこの、ヒゲの生えた男性から事情を聞くと、彼らは芸術を学ぶために当地に来て、受験生や学生をしていたらしい。
 集落にしても、元はと言えば、学園への入学試験を頑張っていた芸術家たちの仮住まいだった。
「我々は、学園の崩壊から逃がしてもらったあと、しかし都市のそばから離れがたく、居ついておったのです」
 涙が溢れて、ヒゲを濡らした。
 みんな服もボロボロで、華やかさも失われている。
 啓介は、偶然でも彼らを見つけ出せて良かったと、心中で幸運に感謝した。
「危なかったね。もうすぐ、冬も来るし、限界だったでしょ。寒さ対策に使える物とかも必要。モコモコの衣服!」
 開墾する場所は、ここに決定だ。
 すぐに、ウィーンへととって返して、ディアボロスをはじめ、協力してくれる市民や、資材と共に集落へとまた戻ってきた。
「住む場所から取り掛かろー。エトヴァ、やっぱりソッチも?」
「ああ。当時の木造で作れる家の構造を学んできた」
 資材を並べ、街と集落双方の住民に指示も出す。
「地道に一つずつ、積み上げていこう」
 ひとまず、住める形にまではもっていく。
 村、と呼んで差し支えない見た目になってきた。続いて、農地だ。
「鍬を振り下ろす動作は剣のそれに似る、ちょうどいい鍛錬です」
 テレジアが、畑でも覇者のごとき勢いをみせた。
 一般人たちは、ヒィヒィ言いながらも腕を上げ下げし、その中でヒゲの男性だけは、じゅうぶんな筋力を発揮している。
「みんな、頑張りたまえ。人体こそ芸術の基礎ですぞ!」
「彼は彫刻家でしたね……」
 聞き覚えのある調子に、テレジアは少し顔を赤らめた。
 耕し終わった地面に蒔くものも、エトヴァは抜かりない。
「新宿島から、現地に適した穀類や野菜の種苗を持参している。祈りを込めて植えよう」
「より広い土地を作物が良く育つ農地に変えていきましょう」
 レイも、『土壌改良』を振るい、育てる作物毎に区画分けをしたり、柵を立てたりと、エトヴァを手伝いながら農地を整備していった。
 作業中に聞いた、集落グループの話では、南西側から移動してきている一般人を見かけたという。
ディアボロスの仲間が、オーストリアの街々を解放しています。きっと、そうした都市からの流入者でしょう」
 ふと、レイの脳裏に、いっときの過去が浮かぶ。根無し草のようになっていたころの自分。
「いっしょに力を合わせれば、この村は、もっと大きくなります」
 今は、確固たる地盤を持っている。
 耕作も建設も、ひと段落がつき、テレジアは人々に休憩をとらせた。
「力を振り絞った心地良い疲労感と空腹、それを満たすパンの味。瓦礫の山で項垂れていただけでは得られなかった感覚です。この経験は、きっとこれからの創作活動の糧になりますよ」
「ああ、まったく」
「彼女の言っているとおり。我々は、創作も生活も、共に豊かにしていくべきなのだ」
 ウィーンの芸術家だけでなく、元学生や受験生の生き残りたちも、パンとカップを手渡しあい、励まし合った。
 エトヴァは、出来上がった農地を眺めて頷く。
「いずれ豊かに芽吹いて、一面の畑に……」
「ここの作物が育った所をもう一度見に来たいですねぇ。どんな景色が見られるでしょうか……」
 たずねたレイが、心に浮かべられるかのように、エトヴァは目を閉じてささやくのだ。
「収穫時期には、黄金の麦穂が波打つといい」
 みんなより高い位置から啓介は、開墾された村を見渡していた。
 思わず、応援の言葉を声に出す。
「気持ちいい青空、続けていけるように頑張れー!!」
 ディアボロスたちの願いは、オーストリアに響き渡る。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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