大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『バクーに飛ぶ翼』

バクーに飛ぶ翼(作者 大丁) 

 夜の闇のなか、平たい円筒形をした貯蔵庫の周りを、緑色に輝く人型が巡回していた。
 宝石のような身体を持ち、生物かどうかも疑われる容姿だが、れっきとしたヴァンパイアノーブルである。血のオーラを結晶化し、防具として着用しているのだ。
 その二体が、貯蔵庫の並ぶ区域から、資材が積み上がった場所に差し掛かった。
「なんだ、なんだ。パイプラインの工事が中途半端になっているじゃねえか」
「日没までに終わらなかったらしい。臨時で栓をしたと報告にあるが、不安定そうで心配だな」
 原油を運ぶのに、入れ物を用意して詰めていたのでは効率が悪い。パイプをひいて、製油所まで流したほうが早いのだ。
 しかし、工事作業は一般人の人間にやらせている。
 利点もあるが、夜は休ませねばならず、計画が狂うこともあった。
 あと数か所のパイプをつなげば、ここに並ぶ貯蔵庫の中身は、すぐに送り出せるはずだったのだ。宙にぶら下がっている配管の一部には、すでに原油が満たされている。
「まあ、今夜一晩だけ維持できれば、ここの貯蔵庫も解体を始められるだろうよ」

 『吸血ロマノフ王朝』に向けて、パラドクストレインが出現した。
 案内されているのは、バクー油田城塞の攻略作戦である。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ」
 車内にはすでに、参加ディアボロスが乗り込んでいる。カスピ海東岸とバクー近辺の略図も示される。
「攻略旅団の提案で始まった本作戦は、順調に数を重ねております。現地は、吸血ロマノフ王朝の南端。カスピ海に面しており、この湖底を通って城壁に接近する概要にも変更はありませんわ」

 黒手袋の指が、略図の上をたどった。
「吸血ロマノフ王朝の気候は常冬で、寒中水泳になりますけど、ディアボロスの皆様ならば問題はございません」
 続けて、円筒のタンクとそこにつながるパイプを描いた図を出してくる。
「今回の作戦では、この工事中のパイプ群を破壊していただきます。城壁上の通路を行き来するトループス級『血影殲兵』さえ突破すれば、城塞内部に潜入、工事現場への攻撃が可能となりますわ」
 円筒タンクは複数あり、建物としても大きそうだ。
原油の貯蔵庫です。作戦で向かっていただく夜間は、作業をしている一般人は付近におりません。貯蔵庫のすべてを攻撃しなくとも、指定の配管を壊すだけで圧力が下がり、気化した油は勝手に爆発しますわ」
 ファビエヌの拳が、貯蔵庫の絵を順番に叩いていく。
 つまり、どんな形であれ、パイプにダメージを与えられれば、施設もろとも爆破できるらしい。
「最初の爆発で、『宝石兵士・デマントイドガーネットの吸血鬼』が皆様を倒そうと集まってきます。少し遅れて、アヴァタール級『ハンス・U・ルーデル』が現れるでしょうが、これを撃破し、カスピ海側へ脱出してくださいませ。それで作戦は完了です」

 駅のホームに降りて、ファビエヌは皆を見送った。
「最後の貯蔵庫まで爆発すれば、そうとう派手になるでしょう。イイコトよね」

 長い銃身を肩に担いで、警備の血影殲兵たちが立ち話をしていた。
 城壁の歩廊にたむろしながら、カスピ海のほうは、まるで見ていない。
「なぁ、管轄域の指揮官、ルーデル殿だけど。元は、どっかの油田を爆撃する側だったんだって?」
「聞いた、聞いた。そのウワサ。右足が機械らしいし、コウモリの羽じゃなくて、スツーカとか言う急降下用の飛行装置を背負ってるし」
「間違って、バクーに爆弾を落とされたら、たまらんな~」
 警備兵たちは、響かない程度の声で笑った。
 このアヴァタール級が、冗談の話題にのぼるのも、どうやら城塞防衛の指揮任務が不服らしく、普段はあまり部下たちの前に姿を現さないからのようだ。

 冷たい月明りが、水面に反射していた。
 そのずっと深いところを、リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)は潜っている。
「さーて、今回も油田爆破のお時間ですよっと」
 バクー城塞攻略への参加も慣れたものだ。カスピ海からの侵入にも、『水中適応』で抜かりない。
 ゆえに、まだ岸が遠いうちは、同行のオスカー・メギドューク(“槍牙卿”・g07329)ともおしゃべりしながら進むのだった。
「……油田の爆破か。一般人に被害も及ばないというのなら、全力でやらせて貰おうか」
「うん、夜間は警備のクロノヴェーダがいるだけだったよ。その警備もザルみたいだったし。まぁ、ちゃっちゃと破壊してダメージを与えていきたいわね」
 リーシャがおどけた調子で、全身を伸ばして水をかいてみたところ、オスカーを驚かすことになった。
「いま……。リーシャ嬢、飛んでいるかの如く、優美であったが」
 吸血鬼は、やや芝居がかった仕草で、両手を差し向ける。指摘されてはじめて、天使は気がついた。
「アタシ、翼の羽ばたきで泳げたの?!」
 いろいろ試した結果、どうやら水中適応がたまたま上手く機能したらしい。再現性があるかは疑わしかったが、ふたりがはしゃぐには十分だった。
「水面まで『上昇』してみよっと。油田の偵察に、覗けるし」
「ああ。思いがけず、素敵なものを鑑賞できた。この極寒のカスピ海でね。では、私からは『完全視界』を贈ろう。戦闘となってからも有益だろうからね」
 月光はあいかわらず冷たい。
 リーシャは、城壁に近づけていることと、警備の『血影殲兵』が少ないことを見通す。
 ディアボロスたちの水中からの侵入は成功しそうだ。
 岸から城塞のふもとまでも、なんなく取り付くことができた。合流したオスカーは、ふと空を見上げる。
「月を横切る影が……!」
 当方が発見されたわけではない。だが、不吉さは感じた。
「一瞬だったが、禍々しい翼が見えた。リーシャ嬢とは違い、金属製の羽だ」
「任務に不服の司令官とやらが、空のお散歩に出かけたのかな。留守のあいだに城壁を突破しちゃいましょ」

 リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)は城壁をうかがって、施設への侵入は、警備のトループス級ヴァンパイアノーブル『血影殲兵』を撃破してからにしようと決める。
「では……邪魔物は排除していくわけだな。承知した」
 オスカー・メギドューク(“槍牙卿”・g07329)が頷く。
 その慣れた様子に、ソラ・フルーリア(歌って踊れる銀の星・g00896)が、ふたりの肩をつついた。
「実はアタシ、バクー油田に来るのは初めてなんだけど……」
 デーモンが吸血鬼に手順の確認を求めると、天使も加わって応じてくれる。
「えーっと、敵を倒してパイプ壊して敵を倒せばいいのよね! 簡単簡単!」
 ソラの元気さに、オスカーは微笑み、リーシャも勢いがついたようだ。ディアボロスとしての経験そのものに差はないし、警備の区域ごとに手分けして挑むこととなる。
 城壁の上、歩廊には立ち話をしている血影殲兵たちがいた。
「聞いた、聞いた。そのウワサ……飛行装置を背負ってるし」
「間違って、バクーに爆弾を落とされたら、たまらんな~」
「へえ、それじゃヴァンパイアノーブルって言うよりゾルダートね?」
 デーモンが静かに飛翔して、警備兵たちの背後で翼を広げていた。
「そうそう、他所の田舎から来たんじゃないかって……あぁッ?!」
「ま、どっちも倒すから関係ないけど!」
 銃を担いだまま振り返った兵の顔にむけて、双翼から魔弾が放たれる。
 最初の一体は倒したが、残りの兵は構えるより先に引き金をひいた。
「えーっ、アタシとおんなじ、誘導弾なの!?」
「貴様こそ何者だ。まさかディアボロスとかいう連中じゃないだろうな?」
 魔弾と魔弾が宙でからみ合った。
「いや、ウワサでは、ラスプーチン閣下が……うごぁッ!」
「ぐうっ!」
「イターい!」
 お互いに被弾したが、倒れたのは警備兵のほうだった。ソラはふくらはぎのあたりを擦る。
「パイプを壊すまでは地味にいかなくちゃ。見つかってないよね」
 歩廊の左右、どちらも反応はない。
 リーシャからは魔弾の打ち合いが見えていたが、彼女も仕事にとりかかるところだ。
「さーて、それじゃあ敵の方を倒していきますか!!」
 歩廊の真ん中に立つと、四肢に破壊力を込める。
「翠焔(ブレイズ)……創像(リアライズ)……」
 それは、炎となって現れる。奇しくも翠色に輝いていた。
 銃を担いだ血影殲兵たちは、闇のさきにそれを見つけると、怪訝そうな声を出す。
「緑の光……? デマントイドガーネットか」
「おい、宝石兵士よ。おまえの持ち場はここじゃない。早く貯蔵庫地区へ戻れ」
 まさかの反応にも、リーシャは落ち着いている。
「バーニングインパクト……燃えろっっっっ!!」
 踏み込みと共に、片方の兵士の腹に正拳を打ち込んだ。ヒットの瞬間に翠焔は爆発へと変化する。
 兵士は胴をくの字に折って後ろにすっとび、壁の外縁に当たってカスピ海側に落ちた。
 魔弾が火を噴く前に、もう一体のアゴに回し蹴りを当てて、これも爆風で吹き飛ばす。
「早業でゴメンね。本番前に爆破しちゃったわ」
 月の出ている夜だが、前情報どおり、警備は甘いようだ。
 オスカーは、立つ位置をかえて、闇を味方にしていた。
 城壁には、一定間隔で監視塔も設けられている。それがかえって身を隠す影を生んでいたのだ。
 目の前をノロノロと通過するノーブルに、果たして血族への誇りがあるのかと、疑いたくなった。
 長くて立派な銃身を備えた武器は、近くで見ると装飾も施されており、あえてドス黒い血をなすりつけたままにしてあるのも、呪詛の儀式なのだろう。だが、その扱いは粗野だ。
 などと、オスカーの意識が横道に逸れたのは、ほんの僅かな時間。
「暗夜の一撃……」
 穂先が、血影殲兵の背中から入って胸から突き出た。
 メギドューク家に代々伝わり、『槍牙卿』の名とともに受け継いだ槍。オスカーは静かに抜きとると、また闇に紛れる。
 城壁より内側の、施設の方々には、緑の光点が動いている。
 ソラは、それらを見下ろしていた。
「ふふん、アイドルたるもの『派手』なのは見逃せないわね! ド派手に貯蔵庫を爆発させてやるわ!」

 高い場所からなら、警備の宝石兵士、デマントイドガーネットの位置はもちろん、破壊目標の工事現場もよくわかる。
 それらの観察報告をソラ・フルーリア(歌って踊れる銀の星・g00896)から受け、ディアボロスたちはバクー油田の中へと忍び込んだ。
 カラカラと、重いものを引きずる音だけが、設備のあいだにこだまする。
 オルソニア・エリンジェミル(華羅血狂卿・g07314)の片刃剣からだった。
「ここを流れる原油はロマノフの財産よ。爆発するだなんて、はっきり言って気分が悪い……」
「え、そうなの?!」
 小さな呟きを、リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)の耳が拾う。
「アタシ、パイプだけじゃなくて、派手に大暴れしてやるなんて、言ってた気がする」
「では、爆破の騒ぎで集まってきた敵を、どうにかする役目になりますかな、華羅卿?」
 オスカー・メギドューク(“槍牙卿”・g07329)は、昔の名で呼んだ。
「領地にまつわる思いは、理解できるつもりです」
「“槍牙卿”、ありがとう。ま、ヴァンパイアノーブルに利用されるのはもっと気分が悪い。やるならせめて、この手でやってあげるわ」
 オルソニアが、口元をゆるめて牙を見せてくれたので、オスカーは、自分こそがサポートに回ると請け負った。
「少しでも撤退しやすくするためには、積極的に敵を撃破しておかなければなりませんからな」
 芝居の台詞のようなれども、リーシャとソラは大きく頷く。
 やがて、地面の舗装が途切れて、土の掘り返しになっている場所に到着した。スコップやツルハシがいくつか転がっている。
 『従属』の証として、手作業をさせられている一般人の悲惨さが見えてきそうだ。背丈より少し高い位置に、金属製のパイプが一本、差し渡されている。
 ここまで、『血牙の煙剣』を引きずってきたオルソニアは、自身の血を刃に吸わせると、大上段に振りかぶり、一刀のもとに斬り下ろした。
 すっぱりと割れたパイプ端から、ドス黒く原油が吹き出す。
 それが、ロマノフからの流血であるかのように、口を結んで眺めるオルソニア。
 配管の先には平たい円筒の建物があり、かすかに鳴動が聞こえたあと、丸い屋根が吹き飛び、大音響とともに爆発した。
「それじゃ、ぱぱっと次を壊しちゃいましょ!」
 ソラは、リーシャと手分けして、もっと奥まったところにある配管へと向かう。
 歌って踊れるを標ぼうする彼女は、マイク付きの魔法杖、『レゾネイト』から誘導弾を放った。リーシャは、武器そのものをリアライズペインターの力で『描雅』して、投擲する。
 オスカーは、緑の発光人間が駆けてくるのを発見した。その前に立ちふさがり、メギドューク家が所有する第二の秘蔵、魔剣『ヴァルヌートゥンク』を抜き放つ。
 すると、宝石兵たちも剣を構えるような姿勢をとる。その手に身体と同じ翡翠色の輝きが現れ、長剣となって伸びていく。なるほどこれが『翠緑血武』かと、オスカーは自信をみせた。
「オーラで武具をつくりだし、宝石のように強度を高めるようだが、
常識外の現象にこそ、このパラドクスの出番だ」
 ヴァルヌートゥンクの力を解放した。
「『槍牙姫怨(クリムトルーネ・クルィーク)』……魔剣よ、その怒りを示せ」
 先に斬りかかってきた宝石兵士の剣が、一瞬かき消える。宝石の身体も無力で、魔剣だけが相手を両断した。
「そんな吸血鬼がいるものか」
 否定した相手の、能力ごと無効化してしまうのだ。
 まごつくトループス級を次々と斬る背後で、次の貯蔵庫が爆発した。
 リーシャは、『翠焔・創像(ブレイズ・リアライズ)』で、翠色の炎を纏わせた長剣を引きだす。やはり、宝石兵士も、オーラの翠剣を構えた。
「アタシは、あえて対決してやりたいのよね」
 ブレイズソードを振り回して構えを変化させれば、宝石兵たちもその周囲へと集まってくる。
「ウォーストライクッ! 吹き飛べぇっっ!!」
 緑の太刀筋で薙ぎ払った。
「ひゅーっ、ついでに施設も巻き込んでやるわよっ!!」
 二巡、三巡と勢いに任せて、宝石兵士とパイプライン、貯蔵庫の壁面に傷をつける。
 トループス級は、剣をあきらめ、盾でもって施設を守ろうとするが、その変更は遅すぎた。
 圧力に変調をきたした三つ目の貯蔵庫も爆発し、兵は真っ赤な炎に巻き込まれる。
「うああ、だから不安定なままの工事はイヤだったんだよぉ!」
 見回り兵の断末魔の叫びから、ディアボロスが施設の弱点をついてきていると思い至った敵は、配管現場に戦力を集中する。オルソニアは、追ってきたデマントイドガーネットの吸血鬼を振り返った。
「ようやく反撃? ふふ、左手を捧げようかしら」
 噛みつかせると、緑のオーラがまとわりついてくる。
「自分が宝石になるなんて、一度見てみたかったわ」
 うっとりした顔で左手をかざす。
「あら……綺麗。じゃあ、死んで」
 華羅血狂卿は、右手を振る。血牙の煙剣が斬ったものに呪詛を与える。
 宝石の左手は、つかの間であり、元の青白い肌に戻っていた。
 ソラは、飛翔する。
 眼下で貯蔵庫が、連続で爆発している。
「もう、派手にいってもいいわよね!」
 『正念と白光の流星散砲!(ハイライトステージ・メテオクラッシュ)』で、杖にチャージした魔力弾を打ち放った。
 すでに燃えているバクー油田に、おまけでさらに流星を降らせている。
「あら、こっちにも来たみたい!」
 宝石兵士がオーラを拡張し、コウモリの翼をひらいて上昇してくる。
「……なんだか不思議な見た目ね! ヴァンパイアノーブルにはあまり見えなかったけど!」
 飛ぶさまは、吸血鬼らしくもある。
 そして、ソラを撃墜しようとするあまり、宝石を砕いて飛ばしてきた。
「わあ、危ない危ない、アナタたちにも流星のプレゼントよ!」
 宝石の爆発をなんとか耐えきると、ヴァンパイアたちはオーラを使い果たして自滅し、施設にむかって墜落していった。
「光る鎧の下は、ちゃんとケープにタキシードだったのね。……あらあら?」
 ソラは、月を見上げる。
 彼女よりも、さらに高高度から、金属の翼を持つ者が、急行下してきた。甲高い、サイレン音が迫る。

「アナタがルーデル?」
 思わず名を呼んでしまうソラ・フルーリア(歌って踊れる銀の星・g00896)だったが、会話ができるような相対速度ではなかった。空中戦というにも、垂直落下してくる相手から射線をズラすのに、手一杯だ。
 マイクのついた杖、レゾネイトを振るって魔法陣を描く。
「此処がアナタのラストステージ! その翼すら残らないように消し飛ばしてあげる!」
 水平に移動しながら連続で魔法陣を置いていく。『火・水・風・地』の四つは、できたはしから、元素エネルギーを上に向かって放った。
 火はまだ敵機の直下にあったので、鉄の翼の端に当たった。水は外れて、なにもない宙に吹き上がり、地もすれ違った。
 さすが風は、飛行をぐらつかせ、ソラのいる高度の、いくぶん離れた地点を通過させる。右足の改造部分の銀色が見えた。
「やっぱり、ゾルダートなのかしら? ……きゃ」
 離れていく相手から、機銃掃射が返ってきた。
 後ろ向きに取り付けられた武器で、攻撃する仕組みだったらしい。
「あぶなかったわ。って、また?」
 月光から、よく似た翼が急降下してくる。
「ルーデル! ハーナ・ルーデル(空の魔王・g00608)ね!」
 見間違えることはない。
 彼女はサイボーグで、ディアボロスだ。
「ロマノフどもにも話の分かる奴が居るとはいえ、『ルーデル』がその手先になっているとはにわかに信じがたいが……」
「油田の警備兵が言ってたよ、余所者だって。ドイツ帝国から流れてきたって訳?」
 ソラはハーナと並んで高度を落とした。
「らしいな。いくら『自分自身』といえど所詮はクロノヴェーダということか。相手が『カノーネンフォーゲル』を使ってくるというならこちらもそれで対抗する」
 アヴァタール級に因縁があるようだが、ロマノフの油田を守る相手なら、叩くのに迷いなどない。
 燃え盛る地上では、オスカー・メギドューク(“槍牙卿”・g07329)も空を見上げて、急降下爆撃してくる『ハンス・U・ルーデル』の姿を捉えていた。
「やぁやぁ、随分と遅いお帰りだね指揮官殿?」
「親玉のお出ましね」
 リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)も天使の翼を広げる。
 敵の的になる前に、ふたりとも飛翔し打って出た。
 翠色の焔が槍の形に凝縮し、『メギドュークの槍』には勇気の力が注ぎ込まれる。
「油田はご覧の通りだが……まぁ、散歩に出かけてくれて助かったよ。さて、それではそのままご退場願おうか」
 オスカーにむかって放たれた機関砲を、彼女は真正面から受けることで敵の機動に追従し、『槍牙激哮(ゴールドスティ・クルィーク)』の一撃を、すれ違いざまに叩きこんだ。
 家の伝来の槍には、手ごたえがある。
 飛行装置の一部に貫通したはずだ。オスカーは振り返って、ハンスがバクー油田の炎に墜ちていくところを確認しようとした。
「……!?」
 適した台詞が思い浮かばない。
 アヴァタール級ゾルダートは、自らも爆撃を敢行し、油田施設をさらなる火の海にしていた。
 ソラは、ポカンと口をあけてから、思い出したことを口にした。
「部下がたまらんって。ホントにバクーに爆弾おとしちゃった」
 しかし、ハンスは爆風の力も借りて身を起こし、今度は急上昇してくる。
 これにはハーナが、急降下で応じた。
「『自分』をドックファイトで堕としたければ本来はハルトマンでも連れてこなければ無理だが、『自分自身』が相手となればそうもいかないということを思い知らせてやろう」
 そして、同じ37mm機関砲が唸りを上げた。
 両機は互いに手傷を追わせて行き違いになる。ハーナはすぐに態勢を戻したが、さきの射撃では、わずかに及ばなかったようだ。ハンスはこれまでに受けたダメージがかさみ、上昇するにつれて速度を鈍らせていった。
 クロノヴェーダとの戦いは、一対一でするものでもない。
 リーシャが翠色の焔の槍、ブレイジングジャベリンを構えている。
「まぁ、そっちがどんな気持ちか知るつもりもないけど、このままぶっ倒してやるわ」
 部下に陰口されていたり、指揮官なのに管理区域を離れたり、あげく自分で爆撃してしまったり。だが、理由などどうでもいい。
「せーのっ!!!」
 バクーに飛ぶ翼に向かって、翠焔の槍が投げつけられる。貫通して燃え上がった。
「せめて、空で死んだな。本人であって、本人ではない存在、か」
 ハーナが見たとき、ハンスは地上に落ちるまえに燃え尽きて、灰になったようだった。
 ディアボロスたちは飛翔で、油田の炎から逃れている。リーシャはカスピ海を指差した。
「さーて、爆破任務は終了よっ。帰りも泳いでいきましょ」
 羽をパタつかせてみせる。
 全員が頷き、その高さから湖水へととびこんだ。

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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