大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『大淫魔都市パレード』

大淫魔都市パレード(作者 大丁)

 

 ウィーン市街を歩いていた。傍らには、背の高い眼鏡の男性が付き添っていた。

「私は……。カフェハウスの給仕係をしていたはず。なぜ、昼間から外を出歩いているの? それにこの恰好」

 薄衣を合わせた夜会服のような姿をさせられている。

 編んだレースの厚みが要所を隠してくれている以外は、肌は透けてしまっていた。

「恥ずかしいわ」

「いえ、ごらんなさい。街角にたつ男性たちは、みんなあなたを羨望の眼差しで迎えているのですよ」

 眼鏡のノッポが耳元でささやく。

 そういわれれば、好みの容姿をした紳士ばかりが街路にいる気がする。そして、次の瞬間には、道の左右に分かれて、彼女が真ん中を通れるようになっていた。

 また、ささやきが。

「誰でもいいから、指差してみてください」

「え? え、じゃあ、あのひと……」

 言われた拍子に、刺繍のたくさん入ったコートの人物を示す。

 彼は一礼して近づいてくると、眼鏡と反対側に控えた。その瞬間にコートとシャツは消えてしまい、厚い胸板が露わになる。

「まあ……」

 赤らめながらも、顔は自然とほころんでくる。

「ほら、次はどの方を?」

「次って、そんな何人も選んでは。それに、この人は私が応対していたお客様に似ている気がしますわ。仕事にもどらないと」

「何人でもかまいませんよ」

 その後も、眼鏡にそそのかされるまま、通りにいる男性を次々と選んでは、自分の後ろに付き従わせることになる。

「あなたはもう、客のためにタルトを切り分ける必要はありません。お気に召した男性を、お好きな数だけ揃えて、その全員から愛されればよいのです」

 行列は長く伸びて、いつしかパレードになった。

 

ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)です」

 『断頭革命グランダルメ』行きの車内で、時先案内人は深々とお辞儀をする。

 いつもと同じ、黒いドレスを身につけていた。

 子どものぬいぐるみ型の操り人形を二体、左右に吊っているのも同じだ。

「ジェネラル級淫魔『極彩のバーバラ』を撃破して以降、『大淫魔都市ウィーン』の探索も続けられております。今回の依頼も、街にはびこる『淫魔大樹』から、異空間『堕落世界』に侵入して、堕落エネルギーをむさぼるクロノヴェーダを撃破し、精神を囚われた一般人を救出するというものですわ」

 

 ファビエヌは、コツコツと靴音を立てながら、ロングシートに座るディアボロスたちのあいだを歩きだした。

「今回の『堕落世界』は、ウィーンの街並みそのものを模しています。囚われた一般人を先頭にした行列が方々に出来ており、連なるのは、淫魔大樹が化けたニセの人間です」

 ぬいぐるみが行列の役を演じた。

 どうやら、いっしょに練り歩くだけでなく、淫らなちょっかいをかけるものらしい。

「一般人は淫魔に勧められるまま、愛してくれる人間を際限なく選び続けてしまうのですわ」

 車内の床にドレスがパサリと落ちて、人形遣いは歩みを止めないまま、黒い布から片足ずつ引き抜いた。

「皆様も同じ目にあうので、ご忠告なのです」

 淫魔大樹の力は非常に強いため、ディアボロスが堕落世界に入った時点で、強力な催眠にかけられ、囚われた一般人と同じように堕落させられてしまう。

 この堕落は避けられないが、ディアボロスであれば、ちょっとしたきっかけで、意識を覚醒させられるらしい。

 あとは、その堕落の誘惑に耐え切れば、体の自由が戻ってくるので、堕落世界のその区画を管理しているアヴァタール級を見つけ出して撃破すれば、作戦は成功だ。

「できれば、クロノヴェーダを撃破する前に、一般人を堕落から正気にもどしてあげてください。そうすれば、撃破後に現実のウィーンで一般人の精神も肉体に戻ってきますから」

 隣の車両との扉までいくと、そこで振り返って立ったまま、敵情報の案内が続いた。

「撃破目標のアヴァタール級は、『森羅万象の歌ヴィヴァルディ』。予知にでてきた給仕係の一般人は、彼女の姿を模した格好をさせられているようですね。ある意味、この淫魔の性格にも引っ張られているようです。戦闘では、堕落世界外周部の触手が援護に現れます。異空間世界を警備しているトループス級は『レ・コルプション』。やはり、淫魔らしく誘惑を得意とする敵です。お気をつけください」

 

 出発の時間になった、とファビエヌはそのままホームに降りた。

「淫魔大樹が、淫魔や自動人形たちにとって最も重要なクロノ・オブジェクトなのは間違いないでしょう。このエネルギー源を絶てれば、ナポレオンや有力な元帥らも動かざるを得なくなる、と思いますわ」

 

 市中に建つ、そのカフェハウスはガラス張りで、装飾の豪華さなど、元は高級志向の店なのが見て取れた。

 しかし、いまは淫魔大樹に寝食されて、店内は散らかっている。

 タルトが並べられていたはずの棚に、女性の給仕係が枝によって縛り付けられ、手足は身もだえたような姿勢で固定されていた。

 ほかにも、客と思われる身なりのいい人物たちが囚われに。

 みな意識はないが、頬は一様に赤らんでいる。

 

 大通りは活気を取り戻しているようだ。

 淫魔大樹の浸蝕など見られず、大淫魔都市という呼び名は誤りだったのではないだろうか。

 ほら、街行く人々は、薄衣を纏った姿を認めると、行く手を開いて沿道に下がり、称えてくれる。

 天夜・理星(復讐の王・g02264)も、愛してくれる人間を求めて歩いていた。

「……やっぱ、刺さる。どうしようもねえ視線の数々が」

 少し照れてしまうが、これを着ていればある意味、女王でいられるようだ。

 選んだ者はみな、良くしてくれるだろう。

「ああ、こんな世界があるっていうんですか……?」

 その代わり、同行のディアボロスのことは忘れていた。

 まだパレードを成していない理星の、数ブロック後ろにひとり、やはり往来に出るには躊躇われる格好で。

「服のセンスは良いものですが、なんて下卑たハーメルン……」

 吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)は、ドレスのお尻がどうなっているのか気になった。脇から振り返ったところ、眼鏡の男が笑顔でのぞきこんでいる。

「どうなさったんです? 歩きにくかったですか? 前を向いていないと転んでしまいますよ」

「えっとー……。ただ整った顔立ちの人々を連れて歩くのはアートを感じませんね」

 姿勢を戻して、両手を沿道にむかって広げ、宮美はつまらなそうな口調をしてみる。横に並んだ眼鏡は、小首を傾げた。

「と、おっしゃいますと?」

「もっと人体の構成を無視したような……立体化したキュビズムのような人を連れ歩き、美術の百鬼夜行をしたい! そう思いませんか!?」

 男はまたにっこりと笑って、さっと手をかざした。

「いいですね。ここは芸術の都、ウィーンですから!」

 肉体から抜け出た精神が、すぐに欲望を吐露するとは限らない。むしろ、自制や節制が効く心ほど、堕落させた時に得られるエネルギーは大きくなる。

 淫魔は欲望を引きだす導き手。

 チューニングやコーディネートの役割もある。大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)に見えている人々は、うんと若い女性たちだった。

「どうです? 朔太郎様への好意が溢れていますよ」

「い、以前の姿なら、おじさんを嫌う目線だとこの状況から逃げ去ったかもしれないけど……」

 眼鏡に気持ちを明かしてしまう。

「そうか、今のサキュバスの姿だと、選ぶ側になれたのか!」

「はい、左様でございます」

 淫魔も満足そうだった。この男は堕ちた、と。

 しかし、大通りを進んでも、いっこうに誰かを指名するそぶりがない。

「そのう、僕は選ぶ行為に慣れてないんですよ。なにか、引っかかるものもありますし……あっ」

 城壁に突き当たってしまう手前で、朔太郎が声をあげる。

「あの、端に立っている、サキュバスの女性は……!」

 ようやくひとりご指名だ。眼鏡の淫魔は、大通りを折り返すか、脇道に入るか思案し始めていた。

 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は手あたり次第だった。後ろに連なる行列はどんどん伸びていき、立派なパレードになっている。

「幾人目の遊び相手かな」

 ふと、その顔を見たときに違和感を覚えた。

 無条件に愛される、抗えない夢のような世界に、まだまだ行列を長くしていくけれども、違和感は増していく。

「パターン化してる?」

 いわゆる、『整った顔』が繰り返されるばかりで、いくら集めても変化がない。

「僕の瞳には君が映ってる。いっしょに、新しい思い出をつくっていこう」

「その言葉、聞いたのは5回目だよ」

 選んだ男は無反応で、同じ顏をしたやつらの列に加わった。焦りの表情を浮かべているのは、眼鏡をかけた淫魔の男。

「甘くて心を震わす言葉だろうと、パターンが透けちゃうと途端に陳腐に感じてしまうものだね」

 薄布の夜会服をひるがえし、淫魔に向き合う。

 急な停止に列のメンツは、早苗に手を伸ばしてきたけれども、振り払えば全てが、枝と蔦で編まれた人形であると知れた。

 覚醒は完全だ。

「夢のような世界かもだけど、結局変化の途絶えた無感想に至る毒だと思う」

 正解を出されて、トループス級淫魔『レ・コルプション』は、翼を広げて飛びすさる。

「だが、俺の毒はもっと強いぞ。酔いな」

 早苗は構えをとろうとして、別のものにも気がついた。一般人をそれぞれの先頭にしたパレードが、街路の方々を行き来している。

 それに混じって、ひときわ騒々しい、プロっぽいのがいた。

 宮美が、楽しげながら不安を煽るチャカポコとしたメロディを、自前の魔楽器で演奏しながら異形たちを率いている。

 既知の種族にはない平面で構成された顔。白い布を振るだけで服すら着ていない5人の女、溶けた時計を運ぶ蟻……。

「進めよ、パレエド、集うシュールレアリズムの巨人たちは……私が先頭だと私が見えないじゃん!!?」

 急に正気にかえった。

「中止だ中止! 私はパレエドを引き連れたいんじゃなく、第三者として観察したいんじゃ!」

 服のお尻ではなく、行列を振り返った宮美の前で、それは消滅した。

 あとには、ぜぇぜぇと荒い息をつく、眼鏡のズレた淫魔が。

 幻影の調整に、かなり無理をさせたらしい。朔太郎の担当も失敗していた。

「ち、違うんです!」

 せっかく選んだはずの女性に、朔太郎は否定を示している。

「貴方は、グランダルメで一番最初に会ったサキュバスだ」

 服の胸元から、本がすべり落ちた。

「これは、僕の日記帳。……そうですよね、僕を初めて認めてくれて、身をもってサキュバスとしての戦い方を教えてくれて死んでいった貴方を差し置いて、浮気したらダメですよね。もうあの時の貴方は居ないんですし……」

 ページを繰るたびに、過去への理解が正気を取り戻させていく。

「さー、前を向きますか」

 確固たる足取りで、城壁を背に仲間たちの元へ戻ってきた。

 そして、支えがなくとも、示してくれるモノはある。理星が、数多の視線の中から選ぼうとしたとき、それは現れた。

「ねえ、記憶の中の顔名前が無い友達のみんな、家族のみんな」

 消えたはずの思い出に問いかける。

「アタシがそういう未来を手にするっていうなら、みんな喜んでくれるのかな?」

 無貌の群れの反応は。

「あ、首横に振りましたねこいつら。余程アタシに正気でいてほしいらしい。もう、みんながそう言うんだったら仕方ないな~!」

 『創生(リゾルヴ)』が、感情の波をアップデートする。

 結局、理星は誰も選ばず、誘惑を断ち切った。

「……勝手に選ばされるのは、アタシもごめんだ。怒りが、湧いてきた!!」

 クロノヴェーダを赦せぬ者たちがいる。

 幻影のウィーン市街に、ディアボロスが揃った。

 

「さぁ、始めようか。勝利への行軍を!」

 陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、アームドフォートの全武装のリミッターを解放し、一斉射撃で眼鏡の淫魔を蹴散らす。

 説得の邪魔をしてきそうだったからだ。

「先頭の人以外は、淫魔大樹が化けたニセモノなんだよね?」

 大通りだけでなく、そこに連なる街路のほうぼうで、幾筋ものパレードがみられる。頼人がきょろきょろしていると、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)も、『キラキランサー』を携えて、淫魔を退けさせた。

「美形ハーレムは女の子の夢だけど、ニセモノを使って夢につけこむなんて許せないよっ!」

 いくつもある行列の中から、頼人は予知にでてきた給仕係の女性を見いだした。服はほとんど着ていない。

 演奏と歌で説得する。

「ただ見目が気に入っただけの相手を何人も侍らせる、それが君の愛なのかい? 君は彼ら全員を心から愛せるのかい?」

「ええ。私は皆様に喜んでいただきたい。それは、私の心からの愛なのだと思います」

 給仕係は洗脳されたままではあるが。

 吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)はアリかナシか、微妙な顔をした。

「問いかけには答えてくれる、か……。歌や音楽は効果ありそうね」

 すると、星奈がピョンと飛び跳ねる。

「それじゃそれじゃ☆ ハーレムがニセモノだってわかれば彼女の目も覚めるハズ!」

 掌に星型の光刃をつくると、パレードの中に次々と投げつけた。

 命中した構成員は、一瞬だけ、樹木の本性を現すが、すぐに半裸の男性に戻ってしまう。頼人も『ヴィクトリーガンパレード』を列に浴びせるが、結果は同様だ。

「淫魔大樹がクロノ・オブジェクトだからか」

「パラドクスでも倒せないのね……」

 『ティンクルスターカッター』が効かず、ランサーの薙ぎ払いにいこうとして、星奈は足を止めた。

 給仕係は、歩き続けていて、その攻撃のありさますら、見ていない。宮美は、列を見送りながら声をあげる。

「そうだった! 洗脳中はパレードそのものを鑑賞できないんだよ!」

 行列をつくらせておいて、それを見させないなんて、淫魔のイジワルにもほどがある。

「んー、これは要素が多くて堕落の理由がちょっと見えにくい……私も演奏で問いかけてみましょう」

 宮美は、『ただのスケッチブック』にアートをふるってパレードの様子を描き、再び給仕係に追い付く。

「楽しいですよねパレード、私もお祭りは大好きです。ところで貴女はどうして列の先頭に立ってるんですか?」

 『ソフィア・フリーズ』が、熱に浮かされた頭を冷やしてくれるかもしれない。

 冷静になったところで、スケッチを通じて、客観的な視点からの自分を認識させれば、本当にやりたかったことを自覚してもらえるのでは。

 はたして、宮美の問いに女性は答えた。

「この方たちは、いつもお店に来てくれる、常連のお客様たち。私が切り分けるタルトに、並んで待っていてくれるんです」

 その言葉に、星奈と頼人は気が付く。

 ニセモノを倒そうとしたから、その顔を見ていた。給仕係が従えている構成員だけは、ほかの行列とは違う。各列の先頭をさせられている一般人を、美形化した姿なのだ。

 宮美にも思い至るところがある。

「オペラのデザイナーのときみたいに、この堕落世界を支えているのは、給仕係さんなのね。……ほら、あなた、タルトの棚に戻って!」

 お仕事中のちょっとした妄想だったかもしれない。

 列に並んでいるのが、みんな自分好みの男性だったらなぁ。それに、スイーツを皿にとっていくみたいに、私からその人たちを選んでいけたらなぁ。

「いけない、いけない。変なこと考えている間に、お客様を待たせてしまうわ」

 女性の焦点が合っていくのを、宮美は確認した。

「もう、正気に戻れています!」

 他の列で、一般人を説得していたディアボロスたちも、それぞれが相手を覚醒させられたことを同時に伝えてきた。

 眼鏡の淫魔、『レ・コルプション』たちも、もはや芝居を続けられないと悟ったか、本格的な攻撃に移行する。

 

 天夜・理星(復讐の王・g02264)が、行列のひとつを見かけて駆け付ける。

「さあ人々を正気に戻sってはやーい」

 やはり、大元になった給仕係の洗脳を解いたことで、来客者だった他の一般人の覚醒も済んだようだ。

「矢のように早く事が進んでくね?」

 せっかく救助したので、正気にかえった中年の女性を、パレードに扮していた淫魔大樹から引き離し、仲間たちとともに庇う。

 そこへ、眼鏡の淫魔が、理星に掴みかかってきた。

「ならアタシはもっと熱くなるか。スタイルチェンジ……彩」

 『六聖剣・紅/激情』が、より整った形になる。炎を載せた強打で、眼鏡を迎える。

 戦闘態勢になったトループス級『レ・コルプション』は、いずれも淫魔らしい誘惑行動に出た。剣をふるう代わりに踊り、銃を撃たずに視線を投げる。大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、苦笑した。

「割と被ってますね……」

 ダンスには、好意や恋慕の感情を操作されるようだが、それ以上の誘惑でもって対抗できそうだ。

「えっと、そこのあなたは、何か打ちひしがれてますけど大丈夫ですか?」

 朔太郎は、息があがってる感じの一体に近づき、話かけた。

 とっさに心配したのもあるけれど、煽りも半分ある。

 彼は、ディアボロスを堕落させようとして、吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)に超現実な幻想を作らされたのである。

 その肩に手をあてて、朔太郎はやさしく言う。

「仕事は、上手く行かなかったんだね」

「ぼ、僕は誰だって虜にできるはずだったんだ!」

 顔をあげた淫魔の眼鏡は、丸まって小さくなっていた。ヘアピンが外れて、あげていた髪がかかると、いつの間にか童顔の美少女である。

(「技の改良が効いていますね。これなら愛でやすい」)

 サキュバスアイドルは頷き、手袋の指先を噛んでそれを脱ぐと、変身した淫魔の体を抱きしめ、頭を撫でた。

「でも、君は頑張ったんだから、偉い偉い」

「ふぇ~ん! 朔太郎くんだけだよぉ、わたしを癒してくれるのは~」

 口調まで変わってしまい、そのまま押し倒された。

「だから、僕の腕の中で、そのまま眠っても良いんだよ」

 トドメの囁きに、永遠の眠りに誘われる。

 立ち上がって胸元を直した朔太郎は、また苦笑した。

「やっぱり、被ってましたね」

「相手によって態度を変えて、たらし込む。なるほどそういう淫魔ね」

 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は、それを逆手にとった仲間の戦法を見ていた。

「まぁ、さっきまで淫魔大樹にたぶらかされてしまっていたし、救出作業もみんなにまかせてしまったしで、……ここはしっかりと倒させてもらうよ」

 踊りの輪から抜け出た一体が、単刀直入にきた。

「私のモノとなれ」

 確かに強い魅力の持ち主だ。しかし、堕落から解放された時、早苗の脳裏に浮かぶものがあった。

「魅了の技をもちながら、こっちの堕落を大樹の力にほとんど任せていたのは何でだろ」

 被っている、というなら、淫魔大樹とレ・コルプションの関係もそうだ。

「私のモノとなれぇ!」

 相対したなら、もっと判る。

「多分、私たちを侮ってるよね」

 冷静に分析できていたのは、ここまでだ。早苗の精神はまた墜ちていく。

 ゆえに、淫魔に向かって何を誓ったかは自分でも知らないが、あらかじめ仕掛けておいた『反する薊(アザミ)の棘』は、すべて聞いていた。

「他愛もない。ほかのヤツらもいっしょに、堕落をやりなおさせてやる……ぐふッ!」

 空間に具現化した針に、眼鏡の淫魔は射抜かれる。

 胸に直で。

「私の針は、あなたのその侮蔑を決して見逃さない」

 早苗は、しなだれかかる腕を振りほどく。

「魅了の力は、一瞬の一撃でひっくり返してこそ、だね」

「防御不可能で精神に干渉してくる淫魔ですか……なら、私はあの手で行きましょう」

 宮美も、給仕係の女性ら、一般人たちの安全を確保すると、高飛車タイプな眼鏡に向かって行く。

 パレードから解放した時のように、『ソフィア・フリーズ』を奏でた。今度は、自分の感情を凍らせる。

「私の、モノと、なーれっ」

 鈍くした頭に精神攻撃はゆっくりと届き、それが時間稼ぎとなる。

「わぁたぁしぃのぉ……」

 相手も、宮美の接近によって曲を耳にいれてしまい、誘いの言葉は遅く、意味の判別も困難になり……。

「吉音式グレイプニルで切……ではなく!」

 隙の大きくなった相手に、拘束投げ輪の外周にある刃を当てるところだった。

「危なっ、今取り返しのつかないことする所だった」

 輪の内側に締めて、間延びした色男は、その辺に転がしておく。

「意識してませんでしたが、やっぱり私の中にもあるんですね、歴史から消された人々の怒りというやつが」

 ひょっとしたら、自分の感情を凍らせたせいかもしれない。過剰を招くのなら、諸刃の剣である。

 心を熱くした理星は、最後の二体を同時に相手していた。

「俺に酔いな!」

「俺にも酔いなよ♪」

 右から左からと、腕を突きだしてくる。変則的な組手かと思ったら、どうやら壁ドンして動きを封じたいらしい。

 誘惑もフィジカルを強めるとこうなるのか。

「そっちが強引ならこっちも強引にいくまでだ、この燃える感情が簡単に有象無象になびくかよ!」

 レンガ塀に退路を塞がれたが、三人のあいだで凝縮された空気に、熱波を送り込んでやった。

 もろとも、というなら、熱いか寒いかの違いだけで、理星も宮美と変わりなく。

「愛を勝手に決めようとした罰、その身に受けてから死のうね!」

 『聖剣技/紅:盛夏(レッドルート・セイカ)』が、真夏の太陽を生み出し、背後のレンガが溶けて、触手の本性を現した。

 レ・コルプションたちが、耐えられるわけもなく、焔の剣に斬り捨てられる。

「酔い……」

「酔え……」

 最期まで、壁ドンを試みていた。死を意識することもなく。早苗と朔太郎の技もそうであったろう。

「あっ、神羅万象の歌さん」

 理星は、黒い夜会服の女性を認めて、あえて二つ名で呼ぶ。

「ヴィヴァルディの名を勝手に使う以上、このように楽に死ねると思わないでね」

 

 ウィーンの景色が、ほどけた。

 巨大な樹木とその枝に、異空間は覆いつくされていく。ツルで編まれたカゴの内側にいるようなものだ。

 黒い薄衣の女は、両手を広げる。

「天地はすべて淫魔大樹となり、私の独唱にすべて呼応するのです」

 唄うように語った。

 枝やツルはディアボロスたちの手足にも巻き付き、拘束しようとする。

 牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)が、着させられていた黒ドレスを身代わりにして、拘束からスルリと抜け出ると、カゴ内の空間へと飛翔した。

「ほーら、ここまでおいで☆」

 生尻をぺんぺんと叩くと、その掌に光を収束させる。『インフィニット☆キラメイザー』の光条が放たれて、仲間たちへの戒めを解いた。

 しかし、一般人たちは巻き付かれたまま、カゴの内壁に埋め込まれてしまった。

「きゃああっ、何ですか、これは?!」

 枝が幾重にも編まれて遮られ、給仕係と彼女の常連客たちの姿は見えなくなってしまう。

「いま、助けるよ!」

 竜骸剣を振るって、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が枝を刈ろうとした。天夜・理星(復讐の王・g02264)も、六聖剣を突き立てたが間に合わない。

 かわりに枝は、花粉のようなものを噴出してくる。

「これは、森林万象のフェロモンなの?!」

「『Risonanza』♪ 堕落世界にいる限り、この抱擁から逃れるすべはありません。流れはすべて私にあるのです……」

 アヴァタールは急に消沈したような面持ちになった。

 言葉は、もの悲しい声楽となり、『追憶の聖譚曲』がディアボロスたちを過去の傷へといざなう。

 大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、思わず耳を塞いだが、やはり歌から逃れることはできなかった。

「うぅ……。親玉と淫魔大樹との連携が良すぎますね」

「私たちが、連携で負けたりなんかするかー」

 吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)が魔楽器にかじりつくようにしている。白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は、指先に針をつまんで構えた。

「私たちも心を重ねるよ」

「よしきた。でも、感情を凍らせるのは危険でしたね……別の手でいきまましょう」

 皆が、パラドクスの詠唱に入る。

「集え、貫け、星の光……」

「『魅了の束縛』よ……」

「私の『縫上げる獅子の皮』を」

「絶技! 爆想!!」

「全力で……!」

「もらったよ!」

 まばゆい光に、淫魔は手をかざして、怯む。

「これは?! すべて私が贈ったものなのです」

 肌の透ける薄い生地に、重ねたレースが要所を隠す。現出したのは、それを着た給仕係の女性の映像だった。

 星奈が掌からの灯りで映し出している。朔太郎が、頷いた。

「なるほど、店員さんがこの恰好になったのは納得と言いますか……」

「この服、着せたのはあなたの趣味なのかな」

 早苗も、同じドレス。広くとられた首回りを引っ張ってみせる。

「そう、堕落世界のすべてを統べる私から、世界にふさわしい召し物を仕立てたのです」

「好みはそれぞれとは思うけど、……結局は、あなたの好みを人に押し付けているだけだよね」

 人差し指を突きつけられて、淫魔は不快そうな顔をしたが、すぐに嘲るような調子を取り戻した。

「もう一度、堕落してごらんなさい。すべて私と同じで良かったと感謝するのです」

「ねぇ、森林万象の唄さん。すべて、すべてってしつこくない?」

 理星が、口を尖らせた。

 クロノヴェーダは腕組みする。

「あなたこそ、いちいち勝手な二つ名に変えないでくださる?」

「気付いてくださって嬉しい。……名前で呼びたくないからだよ」

 語気が鋭くなるにつれ、理星が携える六聖剣は、紅く染まっていく。

「クロノヴェーダさんたちって総じて偉人の名前を勝手に使ってさ……」

 刀身は、感情の波を宿らせる。

「こっちは記憶が一個も戻ってないのに、本来の正しい歴史がさらに薄れそうで。……もう完全に忘れたのだってある」

 特に怒りは、限界をこえた密度になる。

「だからうろ覚えの振りしてわざと間違えたりするんだよ。……すごく、似合わないから」

 だが、責められるほどにアヴァタール級は、陰鬱な面持ちで声を響かせていた。

「似合わないのはあなたたちも同じでしょう? せめて、堕落にふさわしい恰好をさせてあげようというのに。所詮は歴史に埋没する存在なのです」

 ディアボロスたちの鼓動が跳ねたような気がした。

 言葉を交わすうちに、過去という傷を想起させられてしまったのか。

「さあ、こっちに来て、いっしょに歌うのです」

「はい。『森羅万象の歌』ヴィヴァルディ様……」

 最初に頼人が、進み出た。追憶の聖譚曲に、自分の声を合わせる。ひとり、またひとりと合唱に加わっていく。

「ほほほ……む、むちゅ」

 侵入者を再び堕落させ、高笑いにいこうとしたヴィヴァルディは、その口をふさがれた。

 朔太郎の唇で。

 『魅了の束縛(バインドチャーム)』によって、濃縮されたサキュバスミストがクロノヴェーダを包み込み、その上から抱きしめてのキス。

(「口付けして強制的に黙らせました。もう、歌の技は使わせません。生命力も吸わせてもらいます」)

「んん……う、むちゅ……」

 大人な感じの抱擁に、星奈はホッとしたように言う。

「あー、キスする役がジンライくんじゃなくて、よかった☆」

「普段からこんなカッコの美少女と一緒に行動してるんだ。半端な誘惑じゃ揺るがないよ」

 頼人が担当したのは罠だ。刈った枝でつくったそれに、会話の途中から朔太郎を隠していた。

「そうよね☆ 若さとボリュームならあたしの方が上なんだから!  ね、ジンライくん?」

「でも星奈はもう少し人目を気にした方がいいと思うけど」

 口調はたしなめてはいない。

 作戦の起点は星奈だった。ヴィヴァルディは光をあびてから、宮美の『ソング・オブ・マイハート』にハッキングを受けていた。

「優れたアートは人の心を変える、今の私がその域にあるか……勝負でした」

 相手のリアクションを見ながら、リアルタイムで調整を行う。

「戦いの手を止めて、会話していると思いこませるのに、全力で」

「自分と同じ姿を押し付けたあなたなら、これで満足するでしょ?」

 早苗は、抱かれたままのヴィヴァルディに種明かしをする。

「私の『縫上げる獅子の皮』は、針を刺した相手の技を真似できるの。あなたのメロディで、トラウマを打ち消す活力の湧く歌を歌って圧倒しちゃったわ。あなたは自分から勝ったと思いこんで、聖譚曲を崩してしまったのよね」

 ようやく唇を離す、朔太郎。

「誘惑して堕落させてきた貴女方が、最後は墜ちていくのはらしい末路だと思いますよ」

 冷たい微笑みで囁く。

 声が出せるようになったのに、ヴィヴァルディにはもう、歌えるものがない。早苗は、追い打ちのように歌う。

「人の幸せはそれぞれが決めるもの……、囚われているみんなの幸せの為に、あなたを倒すよ」

 パラドクスの連携がさく裂する。

 映像の中の給仕係は、ディアボロスの勝利に願いを託していた。

 それは、六聖剣にも載せられる。

 理星の『絶技/紅:灼(ゼツギ・ブレイヴ)』は頂点に達した。

「星屑と共に、じっくり灼き尽くしてやるよ……!」

 堕落世界に響き渡る声。

 殺気と感情を爆発させて、逆手に持ち替えた聖剣で思いっきり振りぬいた斬撃。

「すべてが、私の……ああああっ!」

 アヴァタール級淫魔は紅く染まって、淫魔大樹の枝へと墜ちていった。理星から溢れた感情は、流れ星のようにその影を追って散った。

 ディアボロスたちは息つく間もない。

 敵が落下した辺りから、枝がほどけていく。枝の重なりから、一般人の姿を見通すことができたが、今度は幽霊のように薄くなっていった。

 朔太郎たちには、魂が現実に帰っていくところなのだと判る。

「本物のウィーンに戻ったら、皆さんを逃がさなければ。最後までやり切りましょう」

 またひとつ、堕落世界のひとつが消滅した。

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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