大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『取り引きはモスクワで』

取り引きはモスクワで(作者 大丁)

 湯の色は真っ赤。
 薔薇の風呂、などではなく、貯めた血でおこなう湯浴みだ。
「ダリヤが倒され、拷問館は燃やされた」
 ジェネラル級ヴァンパイアノーブル『死妖姫カーミラ』は首まで浸かりながら、しかしその表情は曇っていた。
ディアボロスがここに攻め入って来るのも時間の問題かも知れないわね」
 天井を仰ぎ見る。
 クレムリンの宮殿内に設えられた浴室の天井は高く、血を搾り取られた美女の死体が釣り下がっている。
 メイドの運んできたワインを、カーミラはあくまで優雅な手つきで受け取った。
 一口含んだあと、小さな唇が命令を下す。
「市街地を見張り、ディアボロスの奴らのモスクワ市内での活動の兆候があれば、すぐに迎撃して撃退するように伝えなさい」
「はっ」
 控えていた配下は、短く返答した。
 指示は具体性に欠いている。ディアボロスの情報を調べ、カーミラに伝えるはずだった『ダリヤ・サルトゥイコヴァ』がその前に倒されており、有効な命令が出せないのだ。
ラスプーチンを倒したディアボロスを撃退すれば、私の地位も盤石となる事でしょう」
 『死妖姫』は片手で血をすくい、余裕の表情でその赤を眺めてみせる。

 『吸血ロマノフ王朝』行きの車内。
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)はぬいぐるみに結わえた糸を手繰りよせ、依頼の説明に利用する。
ラスプーチンとの、ボロジノ会談では、様々な情報を得ることが出来ましたわ」
 発表をさらにまとめた資料を人形たちに掲出させた。
「まずは、ジェネラル級ヴァンパイアノーブル『死妖姫カーミラ』が支配する、モスクワを解放するのが先決となります。物流が止まったモスクワ市街地は、食料不足により窮乏している様子。市民への食糧支援を行い、それを見て駆けつけてくる、カーミラ配下のヴァンパイアノーブルの部隊を撃破してくださいませ」
 今回の支援場所と、敵拠点の位置関係を記した地図も広げられた。
「敵は戦力の逐次投入をしてくるので、それを各個撃破していく事で、カーミラの拠点であるクレムリンの戦力が低下、カーミラに決戦を挑む下準備を整えることが出来るでしょう」

 つづけて、クロノヴェーダたちの画像が張られる。
 トループス級『ロマノフ白軍精鋭兵』は、ラスプーチン派閥の影響下にあるヴァンパイアノーブルで、モスクワ市内で支援活動を行ってくれるらしい。
 今回の依頼中は『協力者』だ。
「末端の派閥構成員であるので、ラスプーチンの生存は知らないようですが、上からの指示に従って、様々な工作を行ってくれています。ディアボロスの食糧支援がある事を市民に知らせて列に並ばせたり、その情報をクレムリンに伝えて、カーミラ配下の迎撃部隊を派遣させたり、ディアボロスと迎撃部隊の戦闘時に、市民の避難を手伝うなど、裏方仕事をしてくれますわ。ラスプーチン派の支援を利用すれば、カーミラ派の戦力を削っていくのも難しく無いでしょう。イイコトですわね」
 微笑みながらファビエヌは、注釈をつけた。
「ただ、ラスプーチン派のモスクワでの影響力が強くなりすぎるのも問題と言えば問題。今後の方針によっては、モスクワのラスプーチン派の戦力を削っておく必要も出てきます」
 状況によっては作戦行動中の『ロマノフ白軍精鋭兵』への攻撃もありうる。
 それは、依頼参加者の現場での判断に任せる、とのことだった。他の二枚のヴァンパイアノーブルの画像は、カーミラ配下の迎撃部隊のものだ。
 撃破することで、依頼達成となる『敵』である。
「トループス級『ブラッディサクリファイス』は、生贄にされた娘たちが元になっています。すでに助けることはできなくなっていますわ。自身の手首を切り裂き、血液から鞭や霧をつくって攻撃してきます。アヴァタール級『無頼商人アクサナ』は、見た目は健康そうな女性で、兵器や毒を召喚する能力を持っています。それらを商売や取引とよんでいるらしいですわね。食料支援の仕方もそうですが、戦い方でも市民の鼓舞を意識してくださいませ」

 ひととおりの案内が済むと、ファビエヌは人形たちとともにプラットホームへ降りた。
ラスプーチン派の一般人への対応は『一般人は殺すのではなく、エネルギーを絞り取る為に生かすべきだ』という、クロノヴェーダの都合によるものなので、全面的に支持できるものではありません。モスクワの統治方法などは、攻略旅団で決めることになるので、ご意見があれば、攻略旅団で発言してくださいませ」
 見送りながら、依頼解決後の話も添える。

 荒れ果てた路地で、囁き合う市民。
クレムリンにいる貴族様は、若い女を攫って連れて行くだけで、まともに政治をしやしない」
「まったくだ。俺たちには今日食べるものがあるのかさえ、不確かなのに……」
 決して大きな声ではないが、聞かれた相手によっては危険な会話だ。こぼさずにはいられないほど、モスクワ市民は困窮していた。
 もうひとりの男性が、周りを伺いながら加わる。
「なあ、ココツェフ伯爵の配下だった人達が食料をわけてくれるらしい」
「本当に?!」
「た、助かった」
 安堵するふたりに食料支援の場所を伝えながら、男性はさらに声を低くした。
「それに、クレムリンの貴族様を追い出す準備もしているって……」

 モスクワ入りしたディアボロスたちは、汚れた路地とそこに座り込む人々の姿をいくらでも見かけることになった。
 靫負・四葉(双爪・g09880)が呟く。
「軍に居た頃は、疲弊しきった非戦闘員そのものは珍しくもありませんでしたが……。僅かでも頼れるものがいるといないとでは、人々の疲弊の度合いはこうも違うのですね」
 いまは街の様子を伺うために、目立たぬようにしている。
 やがて、約束どおりにヴァンパイアノーブルが現れて、困窮する市民たちを誘導しはじめた。
 白い軍服に、初老の顔。『ロマノフ白軍精鋭兵』だ。必要な確認はできたと、レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は頷いた。
「ここにいるラスプーチン配下は末端……戦力的にもトループス級でしかありません。削ることに意味はあります、が……人民の皆様の前で『仲間割れ』は避けたいですね」
「はい。手を出す利点は薄いですね。主目的を優先するべきでしょう」
 四葉も応え、精鋭兵がつくっている行列に先んじて、広場へと向かった。そこでは、炊き出しの準備が進んでいる。レイラは、新宿島からこの時代のロシアでもなじみ深い食材を持ち込んでいた。
 鍋で出来上がりつつあるのは、温かいボルシチ。赤いスープを一口すすり、味をみる。
 温まるものの他にと、四葉は日持ちのする食料も多くそろえていた。
「一人一人がより長期間食い繋げるようにと考えまして。あと、なるべくかさばらないものが良いかと」
 ジャムをはじめ、攻略旅団推薦の排斥力に排除されない物資の中から見繕った。
「本来ならすぐ底をつくでしょうが、【口福の伝道者】様々ですね」
 四葉がほほえむと、レイラがさっそくそのエフェクトをかける。ボルシチを一皿とり、誘導されてきた市民にいきわたるように増やした。
 食糧支援がはじまると、ディアボロスたちは積極的に話しかけ、さきほどの視察と違って人目につくようにする。
「今はこうして皆様のご助力をすることしかできないこと、お許しください。大きな声では申せませんが、皆様が以前の生活に戻れるよう、今の支配者を追い落とす作戦を『ココツェフ伯爵の元配下』たちと立てています」
「おお、やはり……!」
「噂は本当だったんですね」
 市民のなかには、嬉しさをあらわしつつも、より調子をおさえて囁く男性もいた。
「あなたは吸血鬼のようだ。差し支えなければどこから来ているのか、お教えいただけませんか」
 帽子の下の顔は汚れていても表情は実直そうだ。
 レイラは打ち合わせどおりに『正体』を明かす。
「私たちは革命軍です。北欧より皆様の支援にやって参りました。私たちは人民の皆様を不当に支配し、害する者たちを決して許しません」
「なんと……そうでしたか!」
 男性は周囲にいた数名の仲間にも、支援の手を差し伸べてくれたのが革命軍であると話す。その情報は、さざなみのように人々のあいだを伝わっていった。
 増やしたジャムを手渡しながら、四葉は市民を勇気づける。
「今、とても厳しいことは承知しています。もう少し自分達にも力があればよかったのですが。ですが希望は捨てないでください。遠からず、状況は大きく変わります。変えてみせます。どうかその時まで耐え抜いてください」
 はたして、モスクワを支配しているヴァンパイアノーブルを、この『革命軍』は退けられるのか。
 証明する機会は間近にせまっていた。
 支援の済んだタイミングに合わせるよう、ラスプーチン配下が上手くやってくれたらしい。カーミラ側のトループス級が、広場へと乗り込んでくる。
 赤い目をした若い女性たち。『ブラッディサクリファイス』だ。

 後から現れたヴァンパイアノーブルたちの剣幕がただならない。
 食事が終わった市民たちは、一気に青ざめた。自分たちが罰せられるのではないかと恐れおののいている。もちろん、トループス級が受けている命令は、ディアボロスの撃退だ。
 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)はボルシチの鍋から離れ、戦闘態勢に早変わりした。
「予定通りですね。こういった工作はカーミラ配下よりも『ココツェフ配下』の方が得意のようで」
 あえて伏せた名前。ラスプーチン派に声をかけておく。
「敵の相手は私が。人民の皆様の避難はお任せいたします」
「心得申した」
「レイラ、自分も最初は一般人のところへまわります。……市民の方々、ご安心ください」
 靫負・四葉(双爪・g09880)も配給係から護衛役へと転身する。
「自分達の活動に対し、カーミラの配下共が妨害に現れるのは想定通り。彼女等を恐れる必要などありません。この程度の部隊には負けませんので。大丈夫。今はどうぞ白軍の方々の誘導に従い、落ち着いて避難を。何も心配はありません、自分はこれより迎撃戦闘に移行します」
 支援をしながら、交流していたことが役にたつ。四葉の説明を、モスクワ市民は受け入れてくれた様子だ。
 パニック状態は収まった。
 話のとおり、『ロマノフ白軍精鋭兵』が、カーミラ派が入ってきたのとは逆のほうから一般人たちを逃がしはじめる。
 レイラは、針状の細剣『惨禍鬼哭血革針』を抜き、『ブラッディサクリファイス』たちを食い止めた。敵トループスは、自身の手首を切り裂き、傷口から溢れる血液を武器として使う。
 鞭となった脈動。
 打ち据えられるレイラは、多少の切り傷には耐える。針の剣で払えるものは払い、直撃を避けつつ勇ましく宣言した。
「支配に抗うには意思だけでは足りず、力が必要です。人民の皆様のみでは力が足りないというのであれば、私たち革命軍がその力となりましょう!」
 剣先に、赤い光が灯る。
「私たちはいずれ……いえ、近いうちに、死妖姫カーミラを追い落としてご覧にいれます。これが大言壮語ではないこと、今この場で勝利を以て証明いたしましょう!」
 惨禍鬼哭血革針を高く掲げた。『天上奉仕・灯火(メイドインヘブン・アガニョーク)』により、赤い革命の光が、敵トループスたちを貫く。
 白い防寒着が、攻撃による負傷で赤く染まる。数体を撃破する。
 ここで慌てて攻勢に出ることはしない。光を高くし、避難の列の最後尾のひとたちにも見えるようにする。ディアボロスたちがモスクワで行っているのは、民衆を鼓舞するための戦いなのだ。
「お、……おおぉー!!」
 人々の反応を確認した四葉は、あとを白軍に託して動く。
「さて、余裕を与えて、万一市民の方々へ矛先が向いても事です。迅速に攻めるとしましょう」
 浮遊腕の爪を差し向けた。
 ブラッディサクリファイスは応じ、自らつくった傷からの血液を、今度は『ブラッディブレード』に変えている。四葉自身も一気に間合いを詰める。
 血の剣は、浮遊腕で受け止めるが、数が多い。抜けてきたぶんの斬撃を、どうしても身体にくらってしまう。
(「市民から見えないように隠し、誤魔化しましょう」)
 四葉のチョーカーにあるひし形の飾りは、『玖式高次元被膜結界器』だ。次元断絶現象により構成された、フィルムスーツ状の『着る結界』を生み出す。
(「幸い敵の武器は鮮血そのもの。流れた血が敵のものだと思わせるのは難しい話ではありません。痩せ我慢は得意な方ですしね」)
 せっかく起こった熱狂を、冷ましたくはない。レイラの熱弁を振るいながらの戦闘も続いている。
「生存と自由を求める人民の意思が絶えることはございません。そしてそれがある限り、革命の灯火もまた消えることはございません」
 『勝利の凱歌』も響いてきた。一般人の心に勇気と希望を湧き上がらせるエフェクトだ。
 残った敵は、逃げこそしないが、広場の雰囲気に怯んでいる。白い防寒着の集団へと、四葉は浮遊腕を放った。血の剣が振り回されるが、注意を引き付ける策に引っかかった証拠だ。
「『次元干渉式・赤――起動』!」
 四葉のパラドクスも、赤い光として認識される。
 三次元空間を対象ごと切断し、光がどこからか切り取ってきた別の次元を挿入する。
「『赤の断絶(アカノダンゼツ)』!」
 傷を戦闘に利用していたブラッディサクリファイスたちだったが、許容を越える引き裂かれかたをして、赤く散る。
 殲滅部隊との戦闘には勝利した。市民たちは、高揚感を抱きながら広場を去る。
「ちょっと、ちょっとぉ。勝手に商売をはじめないでくださいますぅ?」
 いれかわりに、場違いな明るい声がする。
 全滅させたトループス級とはうってかわって薄着の女性のものだ。しかし、彼女もヴァンパイアノーブル。
 アヴァタール級『無頼商人アクサナ』だった。

「貴女にはそう見えるのですね」
 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は、無人となった食料支援所をチラと振り返りながら言った。敵指揮官に対して、静かな怒りがこもっている。靫負・四葉(双爪・g09880)も否定の言葉を投げかける。
「何故この地で和服……というには色々と、こう……奇矯ですが。いえ、まあそちらではなく」
 薄着を指摘しても詮無いこと。
 配下を葬った浮遊腕を、いったん近くに引き戻し、発言も仕切り直した。
「勝手な商売と仰いますが、完全な無償提供ですので的外れです」
「そのとおり。私たちは商売をしているわけではございません。よって、聞き入れる必要はございません」
 問答を繋ぎながらレイラは、小声で仲間に伝える。
「人民の皆様の避難は……完了しているようですね。これならば何を持ち出されても人命に被害が出ることはなさそうで安心しました」
「ええ、ですが、その兵器にどんなものを取り出してくるかしれません。ここは一気に距離を詰めましょう」
 浮遊腕の爪と、銀の針。
 ふたりはそれぞれの得物を押したて、アヴァタール級がふんぞり返っている、広場の入り口がわへと駆けだした。
「あなたたちがお店を開いてないのなら、お客になってもらおうかしら。……こちら、入荷したてでございます!」
 『無頼商人アクサナ』は、むき出しの脇をみせるように、両腕を掲げる。
 警戒していたとおり、パラドクスで取りだした兵器だろう。背後にある路地から、土煙とともに何かが近づいてくる。
 レイラは敵の態勢が整う前に一太刀浴びせようと急ぐが、突撃を提案した四葉のほうが呼び止める。
「いえ、待ってくださいアレは……まさか!」
 二つの車輪を並列させた、奇妙な物体が転がってくる。
「噂に聞くパンジャンドラム、珍兵器もあるとは聞いていましたがあんなものまで!?」
「ほほほっ。驚いていただけたようねぇ♪」
 アヴァタール級が自慢げに笑う横を二輪車が通過し、ディアボロスたちに迫る。四葉はその、歴史上の珍兵器の姿に反応を示してしまったが、驚きはまだ続いた。
「まさか、パンジャンドラ……あ、あれ?」
 聞いていたよりも高さがあった。
 ヴァンパイアノーブルのアクサナは、人間と変わらぬ大きさだとして、車輪の直径は彼女の数倍ある。
「せいぜい人の背丈よりちょっと上程度のはず……」
「靫負様、危険です」
 とまどう指先を、レイラがぎゅっと掴んで引き寄せる。謎の兵器は危ういところでディアボロスたちをかすめた。攻撃は外れたが、奥までいくとすぐにバックしてくる。市民らを追わなかったのは幸いか。
「正体はわからなくとも、とりあえずパンジャンと仮称しておきましょう」
「そ、そうですね。ありがとう、レイラ」
 ふたたび、ディアボロスたちを轢き潰しにかかる二輪を、無頼商人は笑って見ている。すると、どこかから聞こえる、何かで拡声された声がかぶさってきた。
「救援用ゴーレム派遣であるあるある……」
 パンジャンの前の地面から、にょきにょきと生えてくる、土くれの人形。
「商人の女! これはゴーレムの宣伝目的であり怪しくは無い。安心!」
 欺瞞に満ちた声は、フルルズン・イスルーン(ザ・ゴーレムクラフター・g00240)のものだった。建物の上からしゃべっていたのをアクサナは見つけ、ゆえに指揮官の視線がずれたすきに、二輪車はゴーレムの上に乗り上げてしまって、一時回転を止める。
 地上のディアボロスは頷きあい、アヴァタール級から離れて、巨大パンジャンドラムへと向かった。
 敵が狙いを定めにくいように、四葉とレイラは高速突撃をジグザグに交差させている。
 フルルズンはそのまま、建物の高さをあいだにおいてアクサナと対峙していた。
「これよりプロト・ゴーレム小隊を投入する! 『生まれよ 土なる 者』!」
 瞬間錬成でボコボコと地面から湧いてくるは土くれのゴーレム。必要要素を満たしただけのシンプル構成。地面があればどこにでも出せるのだ。
「量産性って大切だよね! 商売女もそう思うでしょう?」
 新たに生まれた人形が、よたよたと歩いてくるのを眺めてアクサナは、苦笑した。
「やれやれ、商品を隅々まで行きわたらせるってコトなら同意だわ。私もストックを開放しましょう」
 胸の谷間から、呪符の束を取りだす。
 展開されると、広域に呪いと毒を撒き散らした。フルルズンの立つ場所にも立ち昇ってくる。けれども、彼女は落ち着いていた。
「偉い人はいいました。数は力だよ。と」
 ゴーレムの錬成を続けていれば、呪符など気にすることはない。とにかく敵本体を四方八方取り囲んで圧殺すればよい。
「パラドクスという土台が同じなら、ドコドコ駆け寄って殴りに来るのは立派な脅威! たまにはトループスみたいな出てきてやられるだけのよりは、まともに数で制圧することの重要さを知らしめたいよね」
 確かに毒よりも、フルルズンの声は拡散していた。
 『烈風神葬撃』で全身に暴風を纏っていた四葉は、突撃しながら『ブラッディサクリファイス』に思いあたる。
「ああ、売り買いは全くなかったわけでは無いですね」
 パンジャン車輪の片方を打ち破った。
「先ほど、そこで倒れている方々に喧嘩の押し売りを受けて高値で買わせていただきましたよ」
 指揮官のほうに向きなおって言い放つ。
「対価はたっぷり叩きつけましたのでこの有様というわけです」
「いいのよぉ。どうせ雑魚なんだから安いもの。けど、こっちの雑魚人形もうっとうしくなってきたわねぇ」
 わらわらと集まるゴーレムに、アクサナの姿も沈みつつあった。フルルズンは、珍兵器の破壊具合がわかって、さらに錬成に勤しむ。
「どうせ火力は他に任せていいのだ。被害を受け止める分厚い物量の素晴らしさを説いてあげやう」
「幾らかの被弾は仕方なしです」
 四葉はまた、レイラに声をかけた。パンジャンドラムは傾いたままで転がり始めている。
「また、連携をとっていきましょう。靫負様は、もう一度穴あきの車輪を狙ってください。……気をつけて」
「……パンジャンの直撃を喰らう不名誉だけは避けたいところですからね」
 散開し、挟み撃ちになるよう、二枚の車輪を両側面から捉える。
 車輪の直径は、フルルズンのいる高さにまでとどくほどだったが、導きの光が構造上の弱点へといざなった。
 レイラは銀の針を投擲する。
「浸す眼窩、泥濘む尾鰭。渇く夜風が波紋を望む……『手製奉仕・跳(ハンドメイドサービス・プルィジョーク)』!」
 魚が水から空中に跳ねるように。
 地面を跳ねた針が、回転する車輪を貫き、車軸を折った。
「人民の生命も、自由も、売り買いできるものではございません。人民が自由に生きることのできる在るべき世界のため……お覚悟を」
 怒りの増幅が、破壊力を増す。
 パンジャンドラムは両輪ともをひしゃげさせて横転した。召喚した主にも、その衝撃が伝わる。
「ぐ、ううう! モスクワの倉庫にあったデッドストックなのに、もう壊れるなんてぇ!」
 アヴァタール級ヴァンパイアノーブル『無頼商人アクサナ』は、折れた車軸と同じ姿勢で身体を曲げた。そこへ、土くれの集団が殴りかかる。
「ゴーレム万歳。物量万歳。商人の在庫の底を尽きさせろ!」
 呪符の毒も晴れていき、敵にトドメをさせたとわかる。フルルズンは、仲間のもとへと降りてきた。レイラは救援の礼を言う。四葉がまた疑問を口にした。
「それにしても、どっから倉庫とやらに運んだのでしょう。あの、パンジャンドラム……」
「ボク、知ってる。あれはツァーリたん……えーと、なんだっけ?」
 幼い少女に戻ったフルルズンはしかし、記憶があいまいだった。
 ともあれ、ラスプーチンとのモスクワでの取引のひとつは完了したわけだ。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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