革命軍のメソッド(作者 大丁)
白いテーブルクロスのかかった長テーブルに、赤い装束を着たヴァンパイアノーブルたちが、きちんと着座していた。
一様に深刻そうな顔をして、頬杖をついたり、せわしなく指を動かしたりしている。
「本国からの指示は来ませんな……」
「ラスプーチン様からも、いっさい連絡がありません」
「伯爵からの援助物資も滞っている」
「北欧からの人員の補充は行われてはいるが、このままでは……」
身分も身なりも同程度のようだが、そこで全員から注目をあびた一人だけが、高い位についているらしい。
「落ち着きなさい。確かに革命軍は存続の危機にある」
指揮官は、大扉を指差した。
「この本部に通じる合言葉は、機能しているのですよね?」
配下たちは頷く。
ひとりが説明した。
「問いをするオーラ体は、さまざまなセッティングを投げかけます。我らのような『能力』を持つ者でなければ、答えられますまい」
翡翠色の輝く美しい血のオーラを纏うと、配下は宰相のような姿になった。
指揮官は、手元で難破船の形にオーラを練り、決断をくだす。
「もうしばらくは籠って耐えよう。役を生きる芸術が簡単ではないように」
新宿駅グランドターミナルに到着したパラドクストレインは、『吸血ロマノフ王朝』行きだった。
ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)にとって、いささか予想外だったらしく、慌ただしく車内に飛び込んでくる。
「ごきげんよう。さっそくですが、時先案内をいたします。吸血ロマノフ王朝が、派閥争いで混乱している様子なのは、いくつかの事件で判明しておりました。この機を利用して、『吹雪の迷宮』に守られた革命軍の本部を叩いていただきます」
ぬいぐるみたちがせっせと地図を広げた。
ちなみに、こうした資料の掲出には、いわゆる中吊り広告の留め具を使わせてもらっている。
「今回の迷宮の位置は判明しております。ストックホルム近郊に、吹雪の激しい場所があり、その中心に本部へと通じる仕掛けがありますわ」
同種の事件のとおり、『寒冷適応』と『完全視界』は有効だろう。
「さて、その仕掛けですが、血のオーラでできた人型が、幽霊のように数体立っています。このオーラ体が出す問いに、正しい答えを返すと大扉が出現するのです」
合言葉か、と依頼に参加するディアボロスたち。
だが、正しい答えといったものの、それははっきり決まった言葉ではないらしい。
「オーラ体はいくつもの役柄を演じて接してきます。即興で自分もなにかの役になって、オーラ体が納得するようなセリフとお芝居を返すのです」
その場に行かないと何を言われるかわからず、考えてわかる謎でもない。
なかなか難題だ。
ファビエヌは予知を参考に、助言をした。
「革命軍のヴァンパイアノーブル、戦闘になれば宝石を纏うトループス級『宝石兵士・デマントイドガーネットの吸血鬼』と、彼らに護衛されたアヴァタール級『ルジェ-ディミトリ』。いずれも、持っている特技でこの迷宮を出入りしている様子。わたくしが担当した吹雪の迷宮でも、そのようなケースがありましたから、ご参考になさってください」
彼ら本部のヴァンパイアノーブルを撃破すれば、依頼は完了だ。
「みなさまの活躍が効いて、落ち目となった革命軍ですけれども、その勢力にはまだまだ注意が必要です。どうか、革命軍の本部に打撃を与え、決戦を挑めるよう、イイコトなさってくださいませ」
発車時刻がせまり、ファビエヌはプラットホームへと降りる。
吹雪のなかに、翡翠色に輝く人影があった。
いまはただ、じっと立っている。門番の役割のように。
恰好はさまざまだ。
王のようであり、妃のようであり。
侍従長、兵士、宰相、あるいは若い娘、聖職者。
なかには、幽霊らしさを増した王もいる。
北欧の古い伝承か。はたまた、それが諸外国をわたって東欧にいきついた劇作か。
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は、慣れた調子でストックホルムを迂回する。
「さて、何度目の北欧か……。そろそろ、リヴォリャーツィヤ……革命軍の大将を引き出さねばなるまいな」
指定された場所は、激しい吹雪で荒れていた。
風に身体が飛ばされる、などという事態はディアボロスには起こらないが、フルルズン・イスルーン(ザ・ゴーレムクラフター・g00240)はすぐさま『寒冷適応』を発動する。
「『舞台の幕開け、霜の帳をここに』……。まずはリドルを仕掛けられても考えられる時間を作るのだ。言葉に依らない答えもあるし、身振り手振りの所作がぎこちなくならないようにもね」
「助かる。俺は『完全視界』を提供しよう」
エトヴァによって残留効果が得られると、緑の人影が、思いのほか近くに立っていることが判った。
オーラ体たちは、来訪者とは関係なしに動作しているようだ。
間隔をおいて数分ずつ、なにがしかのやり取りをして、また整列する。案内人からは、『問い』といわれたが、いくぶん距離をおいていると、話しかけてきたりはしない。
「フルルズンさん、解答の仕方すらわからないから、まずは役に入ってみよう」
「う、う~ん。ボクは演じるとかそういうのは向きじゃないのだけど」
お題の照応が仕事のつもりだった。
けれども、エトヴァが誘うと案外に乗り気になる。
「ま、行ってみよっか。……この手のは解決者として、助言者然として入るのが一番やりやすい。老いて生まれたる賢人や、姿を隠す片目の名の多き神みたく」
物語の流れ的によくあるタイプという。
困りごとや悩みを語り掛けられるなら、芝居をつなぎやすい役かもしれない。
「なるほど、俺は衣装を工夫してみよう」
細身の外套を用意していた。
役に応じてマントのように羽織れるし、ドレスのようにふるまうこともできる。中は軽装とすれば、外套を脱げばある程度の役に対応できるだろう。
オーラ纏うよう、シルエットも活用できる。
「ボクは女だから昔の杵柄取ってヴォルヴァの巫女やる? あるいは童話のような動物役に扮してもいいだろうね」
とりあえず、会話できる距離まで接近すると、オーラ体はディアボロスたちにアクションを起こしてきた。
自動翻訳されているから意味はわかる。
しかし、前後の文脈がわからない。
「えと、それは困った、……のう」
「俺は……私、か? それとも僕?」
なんだかあやふやなことをしゃべっているうちに場面は勝手に終わり、オーラ体は黙って列に戻った。
成果は大きかった。
まず、接触時のように、端で観ていても咎められはしない。演技が噛みあわなくても、大扉が出現しないだけで、挑戦は何度でもできる。全員参加ではなく、誰かひとりが正解すればいい。
そして、予想していたとおり、お題の劇は特定の何かだ。
場面はぶつ切りらしく、オーラ体は動きだすたびに違う役柄、演技をするが、つながった筋があるように思える。
以上のことから、公演ではなく舞台稽古のほうが近い。
「歌劇は好んでいる。……北欧系なら有名作が多くて、ありがたかったが、どうも歌ではないな。むしろ日常のように自然な芝居だ」
エトヴァは、積極的にオーラ体に絡んでいった。
「演技力は、舞台よりも諜報員仕込みだが……。なるようになるか」
問答のラリー。
最適な役柄を見極めるために、衣装といっしょに何パターンも変化させる。
王にも貧民にも。騎士にも農夫にも。
天使にも悪魔にもなってみせる。
フルルズンは彼に注文を出したり、『解決者役』で入ったりしながら、お題を当てにいく。
「民話かな? カレワラかな? 何某かのエッダかな? 北欧って一口に言っても広いからねぇ。語りにケニング効いてると普通はなんのこっちゃだろうし……」
「ロマノフに伝わっていそうなもの……。伝承、神話、英雄物語……」
オーラ体と共に演じ、エトヴァも考える。
ふたりは、『伝承知識』に秀でていた。
「キミこれ、歴史書に編纂されたあとの時代だよねぇ」
「北欧の書物がヨーロッパ全土に伝わり、英国で舞台化されてロシアで上演された。主人公は……」
デンマークの王子だ。
あとは芝居のうまさだが、エトヴァの『臨機応変』に頼るしかない。彼は、この技能も高い。さらに、『オーラ操作』で、共演者に要望を通せることも判明した。
「アートの深みへ誘惑し、場の流れを掴もう」
ディアボロスの仲間たちを観客に、本番の幕が上がる。
「赦せるか、赦せないか。それが問題だ!」
王子の熱演に大扉が開き、革命軍本部の役者たちが、テーブルから立ち上がる姿が覗けた。
「……迷宮は攻略完了。先人には感謝」
クロム・エリアル(近接銃士・g10214)は、フルルズンたちの間を抜け、ディアボロスたちの先頭にでた。
宮殿の晩餐会場を模したような広間だ。白布の上には一枚の皿もなく、燭台くらいしか置かれていないが。クロムは、児童のように背が低いため、その家具が邪魔そうだった。
「革命軍……時代の流れに取り残された存在。かつては有効であったが、状況の変化故に放置……と情報に有り」
双銃『Libra』を構えると、その長テーブルに土足で飛び乗り、ヴァンパイアノーブルらにむかって走りだす。
「故に確実に此処で戦力の削減を実行」
右側の貴族のひとりに零距離で銃口を突き付け、ぶっ放した。
「ウグウッ!」
胸を抑えて、尻もちをつき、木製の椅子にすがりつく、自称革命家。
以上のやりとりを観察していた、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は、もう十分とばかりに自分の得物にあごをのせる。
『Wandervogel』、古色艶めくヴァイオリンだ。
「剣の代わりに、演奏家として応じよう」
弓をあてがうあいだに、彼の脇を通って、ほかのディアボロスも次々と入室する。長テーブルを避け、左右に分かれながら。フルルズンだけが傍らに残った。エトヴァと視線をかわし、詠唱にはいる。
「巨大なる、霜の帳……。『ブロッケン・ゴーレム(ホトゥス・フディン・ヴンドニン)』」
冷気が集まって、天井に頭が届くほどの巨人の形になった。
霜ゴーレムは、机の左側を、ゆっくりと歩いていく。その背を追うように、情熱の旋律が響きわたる。
エトヴァの『Tango Flama(タンゴ・フラマ)』だ。
「――踊り、謳え、心の儘に」
激しいリズムを刻み奏でる舞曲の音が、煌めく炎を生み、巨人に寄り添う。
席を立った貴族のひとりが、『翠緑血武(すいりょくけっぶ)』を発動した。オーラ操作で武具を作りだす。合言葉を得るために、エトヴァとフルルズンが演じた先方のオーラ体、それが役柄を変える時と似ていた。
仕掛けの元といっていいだろう。ゴーレムに殴らせる。
しかし、これもまた臨機応変に武具を用いられ、霜の拳は通らない。エトヴァの玄を押さえる指が繊細に動いた。
火炎の渦が、巨人の太い腕に巻き付く。冷気と炎熱の合わさった拳が、宝石兵士を打ち砕いた。
「さて、フルルズンさん。『伝承知識』はどこに使われていたと思う?」
「う~ん、武具のデザインかな?」
見れば、様々な形状になりながら、トループスたちは兵士としての陣を取り戻しつつあった。
斬撃も弾丸も、堪えられてしまう。
「しかし革命軍の尖兵とは思えない程、絢爛な体。眩しい、それにもう少し貴族らしさを抑える事を推奨」
クロムが、かすかに呻く。
「……まあ、もうすぐその意味も無くなる」
赤い照り返しを受けて、顔を上げた。長テーブルのステージ上で、火炎の渦をパートナーにしてダンスを踊る。
「いいぞクロムさん、優雅に、熱く!」
エトヴァの弓が小刻みに上下する。
炎に導かれ、銃口が宝石兵士の弱点にピタリと合う。
「『Ex.Bullet.Recoilless(エクスバレット・リコイレス)』……!」
標的は複数に増え、纏めて弾丸が発射された。
撃破とともに、エトヴァとフルルズンも前進し、クロムはテーブルの反対側のふちから床に着地する。
布陣を下げた兵士たち。一部は踏みとどまり、ディアボロスたちに『宝石変化』を仕掛けてきた。
「吸血攻撃、更に硬直化。厄介な能力。なら……」
クロムは、前腕辺りをわざと咬ませる。
「此処なら腕の可動域にそこまでの影響は無し」
双銃のトリガーを、揃って引き続ける。トループスたちの陣は崩れた。
「侵入者を排除できないなんて!」
いつのまにか上座の席を蹴り、奥側へと逃れた貴族がいる。
エトヴァはその、革命軍本部の主、アヴァタール級『ルジェ-ディミトリ』を見た。
「誰の仕掛けかは知らないが、演劇を嗜む感性があったのには感心する。毒杯は突き返してやろう」
「毒杯……。まさか、合言葉を正攻法で解いたのですか?」
いっとき、ディミトリの顔から険が消えた。
「私がモスクワで習い覚えた演技法を、貴族でもないあなたが真似できるとは……」
戦いを忘れて喋りつづけるヴァンパイアノーブルに、エトヴァはふと別の敵を思い出してしまう。
「淫魔たちもこだわりが強い。芸術を生み出し、演じるものの感性は、たしかに強い力を持つのかもしれないな。しかし……」
言いかけたところで、宝石兵士が接近してきた。
「自爆攻撃か……」
掴まれないよう間合いを取り、いったん下がる。ヴァイオリン奏者には手が届かないと判ったのか、兵士は翠柘榴石の輝きをみせ、宝石状に砕け散る。
エトヴァは弓を操りながらも敵の動きをよく見ていた。
爆発の瞬間だけ、ライオットシールドをかざして被害を防ぐ。
「危ないことをする……」
身体にあたる欠片は、魔力障壁が跳ね返した。
「そうまでして、仕えねばならないとは……。クロノヴェーダの世界もまた、儘ならぬもので溢れているのかもしれないな」
「リロード……連射モード」
砕けた相手の残った肉体に、弾丸が撃ち込まれる。クロムの片腕が正常に戻ったので、彼女を吸血した個体だったのだろう。ディアボロスたちは、いまや長テーブルを背にしてトループスたちへと攻勢をかけていた。
旋律の火炎が、デマントイドガーネットを包む。
最後の一体にとどめを刺したクロムは、指揮官からはそっぽを向いたまま。
「補給も後ろ盾も無くなった軍に未来は無い。役割は終了。潔く此処で滅びるのが最善」
感情を表に出さずに忠告した。
相手が黙ったままなので、エトヴァは中断した言葉の続きを伝える。
「しかし、ディミトリよ。吸血貴族の支配下では、舞台の観客さえいなくなってしまう。そのモスクワよりましではあるのも皮肉だな」
「違いますね、ディアボロス。私の客はすべてが貴族。従属されるべき一般人には安い席すらない。『革命』という名の欺瞞で踊る、群舞にはなっても!」
ヴァンパイアノーブルはナイフを抜き、強力なオーラを湧き上がらせた。
晩餐会場だった室内は、漆喰や装飾が剥がれ落ち、むき出しの木材にかわる。気がつけば傾いた甲板の上、難破船にいた。
エトヴァは、舞台の早変わりに評価の声をあげる。
「見事なオーラ操作だ。みずから欺瞞と誇るだけのことはあるな。革命軍は……ここで止めよう」
前衛に立つ、珠々院・アンジュ(エントゾルグングフルーフ・g05860)は頷いた。
「楽に死ねると思うなよ。永遠に、未来永劫、来世でも呪われ続けろ」
言葉は苛烈だが、口調は淡々としている。
刃こぼれなまくらの刀を、甲板の木材にこすり付け、摩擦熱が刀身全体に呪いの炎を発火させる。
「焦がし燃やしてやる」
そのまま大上段にまでもっていくと、『ルジェ-ディミトリ』に斬りかかった。吸血鬼の役者は、不格好に身体を振り、それでも避けきれずに肩口に刀傷を負う。
「ぐ、ううう。……だ、大事な舞台装置が痛んでしまう。君たち、ちょっと火気は遠慮してくれないかな」
もたれかかった背後は、さっきまで白い壁、いまは船室への扉だ。
まさか、逃げ出さないだろうが、ナイフを持つ側の腕を、土師・結良(思い出の花香る・g06244)はガッチリと掴んで引き寄せた。
「恨んでくださっても結構です」
『鬼神変』で異形化させた手だ。
「もう恨まれるのは慣れてしまいましたから」
力づくで押さえつけられたアヴァタール級を、ディアボロスたちは取り囲む。だが、囚われかけの表情が、邪悪に歪むのを目の当たりにした。
「ならばこの難破船に、より凄惨な犠牲者でもって彩を加えてごらんにいれましょう!」
ボロ布をかけたマストから、人型のものが大量に降ってくる。トループス級の伏兵や増援ではない。伝承をオーラで再現した吸血鬼の群れだ。
ディミトリのそばにいたアンジュと結良は噛みつかれ、マストの上方へと引っ張り上げられようとしている。
「私の即興演技も、なかなかのものでしょう?」
鬼の手から逃れ、ディミトリは見上げる。
ふたりともが、焦るでも暴れるでもない。
「私たちを飾りにするつもりですか。お前こそ壁に張り付いてろ。『Creme brulee(クレームブリュレ)』」
アンジュのなまくら刀に付けられた傷が、呪詛の炎をあげる。
「うがあッ!」
吸血鬼の主は、肩を押さえた。
「からっぽの晩餐会も、お腹が減るばかりでたいした舞台じゃなかったしな。……結良さん、お願いします」
「はい。骨を断たれてでも骨を断つ、その為にわたくし達はいるのですから」
多数の吸血鬼、血のオーラ体に噛まれたままで、鬼人は血の力を発揮した。異形化した腕が、さらに太く結晶に覆われていく。
結良は、自身とアンジュ、そして仲間に襲い掛かる幻影に対して、薙ぎ払うように拳を振る。
弾き飛ばされ、ボロ布の帆に飾り付けられたのは、それら吸血鬼らであった。
「務めを果たしましょう」
ふわりと床に着地する、結良たち。
オーラ体を退け、アヴァタール級を追い詰める。
『ルジェ-ディミトリ』に、舞台を降りるつもりはないらしい。さらなる闇のオーラを広めてきた。
「君たちに教えましょう、真夜中に賜る悦楽を」
「ああ。頼みたいくらいだ……」
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は、王子役の扮装につかった外套を身に纏い、一歩踏み出す。
「俺にとっての美とは、どのようなものであるのかを」
「む……!」
ヴァンパイアノーブルの役者は、エトヴァの思う美しい姿を形取ることで、吸血のための隙をつくろうとした。しかし、合言葉の看破といい、劇場への知識といい、ディアボロスながら軽んじられない相手だ。
と、慎重になっている様子が、表情にありありと出てしまっている。
エトヴァは見透かしたように煽る。
「……芸術は探求の道。完璧な正解は出せないだろう?」
「た、確かに」
彼のメソッドは、感情に素直なところかもしれない。闇のオーラが形を得ようとしたとき、わずかに美の一端が垣間見えた気がした。それが、吸血鬼にとっての隙となった。
クロム・エリアル(近接銃士・g10214)の握った双銃『Libra』、近接打撃用のマズルスパイクが振り下ろされる。
金属がぶつかる甲高い音。
ディミトリのかざした刃に弾かれたかっこうだ。
「ハァハァ……。こ、これこそはウグチリの地に伝わりしナイフ」
吸血鬼のくせに息が荒い。
論を交わすあいだにエトヴァの術中にはまり、ほかのディアボロスたちと挟撃の態勢に入られている。
双銃のマガジンを交換しながら、クロムが呟く。
「芸術家気取り。傲慢さと自尊心の高さが窺い知れる」
『Ex.Bullet.D_Bless(エクスバレット・ドラゴンブレス)』が装填された。
「ふむ、安い席と言ったか……」
エトヴァは、外套をひらいてたなびかせた。
「多くの高級な劇場に、立見席がある理由はわかるまいな。それが新たな芸術を育むんだ。広く、深く……」
難破船に、嵐を再現するかのよう。
吹いてきた風は、クロムの言葉を運ぶ。
「客を選んでいる時点で、程度が知れる。身を焦がす程の情熱も、命を削る程の情念もアレからは微塵も感じない。ただのナルシスト。革命軍の真似も、芸術家の真似も中途半端。……討伐任務最終段階」
ディアボロスたちのパラドクスが、アヴァタール級ヴァンパイアノーブルに襲い掛かる。
足場の傾斜は、飛ぶなり跳ねるなりして、各自が克服した。
その指揮も、舞台監督さながらにエトヴァがとっている。
「これも有名な吸血鬼に縁のある伝承だろうか。――舞い踊れ、凍てつく刃よ!」
『Eiskristallturbulenzen(アイスクリスタール・トゥルブレンツェン)』。風力は増し、氷塊をともなってディミトリを場にはりつかせた。
「ここで杭撃たせて頂く」
「ぐ、うう。私の芝居が通じぬとは。なぜ、刷り込みが効かない。敵意を保てず、革命軍に準ずるはずなのに。ディアボロス部隊として、北欧を支配……」
あらがう吸血鬼に、零距離からパラドクス弾頭が連射された。
「敵意は無くとも、体は反応する」
クロムは自分に刻まれた技を信じる。いわば、技術を出力する存在。
特殊弾の発火で、貴族らしい出で立ちが燃え上がった。
「引きこもるばかり、革命軍を演じる事すら忘れた愚かさ、意図不明」
吹雪の迷宮に護られた本部で、竜の息吹が指揮官を燃焼させる。
「……否、単に典型的なクロノヴェーダなだけと評価。つまりはただの、凡夫」
「き、君こそは、役を生きている……ぎゃああああ!」
『ルジェ-ディミトリ』の身体が消滅していく。
傾斜した甲板は消え、ディアボロスたちは雪原に立っていた。フルルズンはゴーレムを還し、アンジュと結良は服の裾についた雪を払っている。
エトヴァは雲の隙間に、陽光を見る。
「願わくは、人々が飢えることなく、心豊かに暮らし、人民のための劇場が誇らしく建つ世が来るように……」
「革命軍はもう終わり」
息をつくこともなく、クロムはまた呟いた。
「カーテンコールもアンコールも必要無い。ただそのまま、朽ちて滅びるのが必然」
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー