大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『イベリアに向く復讐』

イベリアに向く復讐(作者 大丁)

 山間にある村だった。
 収穫物の作業のため、住民たちはひとつところに集まっていた。皆でせっせと働いているなか、ひとりの青年が空を指差す。
「なにか、飛んでる! それに、歌が……」
 言いかけて昏倒した青年を見、ついで彼がしていたように誰もが顔を上げた。
 翼を持つ女性たちが飛来してくる。
「淫魔さま……?」
「いや、違う。自動人形でもない。ああ、歌……」
 数人がまたバタバタと倒れた。
 そうでない者は、翼の女性が投げた槍に刺し貫かれた。
「きゃああ!」
「助けてくれぇ!」
 逃げ出せた村人にも、翼の女性は追いすがる。地上にまで降りてきて、鎌で人間の首を落とす。
 武器を操る手首と、飛行のための翼。彼女らの腕は、両方を兼ねていた。
 そこへ、背中から六枚羽を生やした女性が降りてくる。
 地面に転がっていた、頭のひとつを剣の先に刺して検分した。
「ふん。一般人だな。……まぁいい。虐殺は、ディアボロスをおびき寄せる役にも立つ」
 全員が美しい顔かたちをし、薄着だけを纏った姿だが、中身は邪悪そのものだ。
 村に起こった悲劇は、まだ回避可能である。

 パラドクストレインの車内で、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は人形劇を終えた。
「皆様には、キマイラウィッチによる凶行を止めていただきますわ」
 依頼内容は、攻略旅団の提案から起こったものだ。
 断頭革命グランダルメに増援として現れるキマイラウィッチの動きを察知することが出来た。
 ディヴィジョン境界の霧を越えて『火刑戦旗ラ・ピュセル』から『断頭革命グランダルメ』に移動してきたキマイラウィッチは、イベリア半島に向かって移動しているようだ。
 この道すがらに村があれば、その村を襲って虐殺行為も行っている。
「敵の増援を阻止するためにも確実に撃破してくださいませ」

 すでに説明があったように、今から現地に行けば予知の内容を覆せる。
 ただし、村に到着して住民を避難させるほどの猶予はない。敵進路の誘導で、村から離れさせる必要があるという。
「キマイラウィッチの一団と接触できる場所は、まだ村に近いため、その場で戦闘を開始すると住民が巻き添えになってしまいますわ。丘陵ひとつぶんを越えさせれば、被害の心配なく戦えます」
 劇にも使ったぬいぐるみにもう一度、飾りの羽を披露させる。
 クロノヴェーダの特徴が説明された。
「腕が翼になっているほうが、トループス級キマイラウィッチ『翼ある聖歌隊』です。今回は、指揮官の護衛が任務ですわ。そのアヴァタール級、背中から六枚の翼を生やしているほうが、『代行者』メタトロン。彼女は『TOKYOエゼキエル戦争』から流れ着いた大天使ですわ」
 その名に頷く者もいる。
ディアボロスへの復讐心を持ったため、現在ではキマイラウィッチと相性がよくなっているようです。憶測ですが、聖歌隊の攻撃で一般人から信仰めいたエネルギーも補充している可能性があります。これらアヴァタール級の性格が、誘導に役立つかもしれませんわ」

 作戦の相談を促し、ファビエヌは下車した。
「グランダルメの大陸軍は、キマイラウィッチとは戦わないように進路からは撤退しているようです。進路上の村々は、大陸軍からも見捨てられたようなもの。どうか、皆様のイイコトで救ってください」

 低木がまばらに群生している程度だった。
 隣接ディヴィジョンに近いとはいえ、『断頭革命』支配下の人里である。山間部を覆うのも、深い森ではない。アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)が身を潜めているのは、それら疎林のひとつだ。
「豊かさの象徴たるたゆんを抱えておきながら無暗に他者の命を搾取する蛮行、たゆんスレイヤーとして許すわけにはいかねぇ!」
 対象の気配を、依頼単位で察知できてこその討伐者。
 この種の活動では、悪魔装甲の兜をかぶる。青い面当てで、枝葉の隙間から空を仰ぎ見た。
 いまそこに浮かんでいるのは、アッシュが配置した『フライトドローン』だ。情報でもらった地形図を参考に、対象が通りそうな進路に目星をつけ、数を分散させている。
 さいわい、待たされなかった。
 両手が翼のものたちと、背中に六枚羽の一体が、『火刑戦旗』の方角から飛翔してくる。
聖歌隊は護衛って話なら、大天使の誘導さえできれば一緒に引っ張れそうだな」
 隠れ場所からは距離をとってある。
 戦闘になってしまうと村が巻き込まれるからだ。そのせいで、敵は人影としか見えず、会話も聞こえない。
 なにか、相談をしているようではあるが。
「大天使ならエゼキエルでフライトドローンぐらい見てるだろうし、あれでディアボロスの存在を判断してくれねぇかな……」
 アッシュの期待は半分当たり、半分外れた。
 浮遊させておいた機械が次々と火花を散らし、墜落していく。聖歌隊が歌で攻撃したらしい。
「ちょっと、まずいな」
 次の林へと移った。いきなり、パラドクスを使うとは。歌が村に届いていないことを祈って、アッシュは走る。
 ドローンには、迎撃されたら丘陵一つ先の目的地の方角へ飛ぶよう、命令してあった。その一台が生き残り、わずかなりでも、敵を誘導してくれる。
 すなわち、林から林へと移動する、彼の背中へと。
 青兜が振り返る。空を飛翔する側は、地上を走行する側に、速度で勝る。遠方の人影は、もうはっきりとしていた。
 アヴァタール級大天使『代行者』メタトロンは、白い薄布をホルターネックのように結んでおり、下着をつけていないのは明白だ。トループス級キマイラウィッチ『翼ある聖歌隊』の任務は護衛であり、指揮官のそばから離れずについてくるのは情報どおりだが、上半身にしな垂れかかっているのは、長い金髪だけだった。
 アッシュはさらに走る。
 相手を確認したなら、自らの足で連れていくしかない。丘陵を越えるには、まだ距離がある。この速度差で間に合うのか。
「にしても、どいつもこいつもたゆんたゆんさせて目が離せねぇぜ……!」

 注意を引き戻すかのように、通信機にコールがあった。
「誘導先の目的地から支援しています。アッシュさん? アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)!」
「聞こえてるぜ、エリシア・ランヴェルト(エルフのガジェッティア・g10107)嬢、だな?」
 話はできるものの、稜線が邪魔で互いが見えてはいない。
 敵を誘導して走るアッシュは、手短に状況を説明した。
「とりあえず最低限の道案内は出来そうだが、ここで追いつかれたら元も子もねぇ」
「私からも『フライトドローン』を飛ばして、クロノヴェーダの足止めをしましょうか。自爆命令を出して……」
 提案を途中で遮った。
 追いつかれそうになって、敵の会話が少しだけ聞こえたのだが、大天使はディアボロスを相当に恨んでいるらしい。アッシュの背中も見えていて、射程になれば即、パラドクスを発するつもりのようだ。
 そのままだと、村が巻き添えをくう危険がある。
「怨念か讃美歌か知らねぇが、足止めのドローンにも同じ態度をとるだろうよ」
「当然、ですね。では、こちらの位置をわざとバラすよう、真上に浮遊させておきましょう。できるだけ高度をとらせて」
 エリシアの作戦なら、アッシュは敵に目印を発見させるまで、頑張ればいいことになる。
「ありがとう。……ちょうど『飛翔』の準備ができたぜ。あいつらが翼使って飛んでくるってならこっちも翼を使って移動速度をあげてやる!」
 悪魔装甲を透過し、背中からライトブルーの発光が六枚、広がった。
 攻撃させないように、地面すれすれの高さで木々を避けながら飛ぶ。
「最高速度出せなかったとしても鎧で走るよりかはマシなはずだ……多分。ここまで誘いにのってくれたんなら、最後まで付き合ってくれよな!」
 どうやらアッシュは、地形の疎林に助けられているらしい。
 ドローンはするすると昇っていき、追う女たちが見つけてくれれば、彼も目的地へとゴールできる状況となる。
「……変に見惚れたりしてなければですけど」
 通信機から顔をあげ、エリシアは仲間に状況を伝えた。
「にしても取り巻きどもの金髪の防御力の高さは流石としか言いようがないぜ……!」
 案の定、チラチラ振り返るアッシュ。
 何回やっても、ちょうど邪魔なところにしな垂れかかっている。この飛行速度と風圧だ。ぜったい、めくれてる瞬間があるはずなのに。
 目的地のディアボロスたちからも、アヴァタール級とトループス級とで、形の違いが判別可能な距離になってきた。
「各ディヴィジョンで大天使やアークデーモンが活動しているのは知っていましたが、キマイラウィッチともつながりがあるのですね……」
 エリシアの頭のなかで、最近の報告がいくつもめくられる。
「大天使が新宿島侵攻の道標になれるとして、キマイラウィッチにもその意図があるなら、信仰集めで協力体制をとる理由はありますね」
 頭上のドローンが破壊され、黒煙をふきながら落ちてきた。
 翼ある敵が、戦闘範囲内に入ったしるしだ。アッシュが低空飛行で通過した。これでもう、村を巻き込む恐れはない。
「敵進路の誘導、成功です」

「途中ヒヤッとしたがこれで舞台は整った。復讐者への復讐に囚われ悪事を為さんとするたゆん共、このたゆんスレイヤーが相手になってやるぜ!」
 旋回して戻ってきたアッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)が、徐々に高度を上げていく。
 エリシア・ランヴェルト(エルフのガジェッティア・g10107)も、エフェクトを借りて飛び立った。
「他勢力と協力体制に入ったことでより強気になったのか、それとも復讐者がいると分かって特に考えなしに来たのかは分かりませんが、こちらの誘導に素直にのってくれたのはありがたいですね」
 そのトループス級らの、唇が動いている。
 フライトドローンを撃墜したパラドクスだ。『翼ある聖歌隊』は、『アゴニィゴスペル』をエリシアに聴かせてきた。
 装備している物のなかでも魔力障壁が多少、副作用を和らげてくれるが、遠のく意識をつなぎとめねばならない。
「音を使った精神攻撃は軽減しようがないのが厄介ですね……」
 魔導銃を構え、聖歌隊の群れへと銃口を向けるものの、やはり照準がボヤけてしまう。
 半人半鳥がことさら翼を広げて飛び回っているのは、アヴァタール級の姿を遠ざけ、護るためだろう。
「大天使の方の意向は聞いてみたいですが、護衛には特に用はありません。素早く片付けたいものです」
 視界がもどってきた。
 かぶりつくかのように、金髪へと向っていく青い影がある。
「あの人が前衛を張ってくれるみたいですしね」
 歌を邪魔され、聖歌隊の数体が大鎌を振り上げた。
 急降下して使う技のようだが、刈り取るべき復讐者、アッシュに対しては水平に繰り出される。狙っているのは、彼の首だ。
 エリシアはトリガーを引いた。
「『バレットコーティング:シルバー』!!」
 陣形からはみ出した、キマイラウィッチの個体をマークする。一体ずつ確実に。
 弾丸は、銃口を通るタイミングで銀を纏い、破邪の力を上乗せされて撃ちだされていく。
 アッシュの首を襲った大鎌は、鎧の襟ガードに弾かれた。すごいテクニックで受けてやり過ごしたのか。はたまた、自分から首を突っ込んだから、偶然そこに当たったのか。
「間近で揺れるたゆんを記憶に刻み付ける事も怠らないぜ」
 兜の内側で、アッシュが呟く。
 大鎌で斬り伏せる瞬間こそが、もっとも左右に暴れるのだ。そりゃあ、できるだけ顔を近づけたい。
「わざわざ接近してくれてありがとさん……っと!」
 双刃ヴァルディールには、パラドクスで生成した雷を纏わせてある。
 敵のふところに飛び込み、堪能したあとで、斬撃の返礼をくらわせた。大鎌を持つ羽が、焦げた匂いをたててバランスをくずす。
「お……のれ!」
 聖歌隊が、歌詞以外のことを口走り、さらなる報復にかかる形相をみせる。
「あなたの相手はそちらではないですよ?」
 一時は意識と視界を奪われかけたエリシアだが、銃のサイトごしに敵の表情が見えていた。
 加えて、銀が引いた光の導きで、命中率も上がっている。
 陣形から脱落した手負いにトドメの一撃を刺す。
 アッシュは、『ライトニングテンペスト』を振り回した。
「この雷撃、避けられるもんなら避けてみやがれ!」
 空中を走る稲妻は、回避行動により揺れるたゆんを誘発する。念願かなって、金髪がめくれた。
 探しているのは揺れだけではなく、無傷の個体も同様で、優先的に雷をぶつけていく。一体でも多くのヘイトを集めるように。
 アヴァタール級大天使と、味方の一部が交戦をはじめたようだ。
 護衛のトループスは、アッシュとエリシアがひきつけたので、『代行者』メタトロンは丸裸と言える。
 グロリアス、栄光ある戦いだ。
「見上げるのもいいがやっぱ正面から見るのが1番だな」
 アッシュの生命力がピンと伸びた。聖歌隊の最後の一体が、地上へと堕ちていく。

 林をぬけ、ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)は空にむかって手を振った。
「誘導お疲れ様っと」
「救援機動力で合流した。援護する」
 同行のエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)が、パラドクス通信を開く。聖歌隊との戦いで、双刃刀を振り回しているのがアッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)、離れて魔導銃を使っているのが、エリシア・ランヴェルト(エルフのガジェッティア・g10107)であろう。
「相手はキマイラウィッチに大天使か、実に嫌な組み合わせだな。……ラズ、俺たちでアヴァタール級を挟撃したい。『下』を任せる」
「じゃあ、エトヴァは『上』をよろしくねー。……お~い、戦場はここだよ~!」
 手の振りをむける対象が飛行中の大天使、『代行者』メタトロンになった。
 ディアボロスがほかにもいる。
 と、ラズロルが注意を引き付けておいて、その隙に飛翔を使ったエトヴァが、敵よりも高度をとる。
「ドラゴン達と異なり、すべての個体が空を飛ぶ訳ではないが……。ラ・ピュセル勢力に移動手段を持たれると、この先は難儀するな」
 懸念に表情を険しくしながらも、青い髪の天使は、メタトロンの頭上を押さえた。つまり、『上下』とは地上との挟み撃ちなのである。
 六枚の羽がバタバタとあがく。
「復讐者め、うっとうしい。どこから湧いてくるのだろうな、シンジュクは遥か遠くになってしまったのに!」
 怨みごとを四方にバラ撒いた。
 宙返りを続けることで死角をなくすつもりだ。
「わー……殺意ムンムン。飛ぶのは慣れてるようだけど、狙われやすさも理解してるよね?」
 羽ばたきも怒声も、ラズロルは気流から把握する。
 『一切風明(イッサイフウメイ)』は、敵の動きを読み取り自由な風をおくりこむのだ。六枚羽のリズムを狂わせる。
「エトヴァ、着実に追い詰めて行こう」
 同じ風に上手く乗って、銃撃を加えながら立体的に包囲してくれる。
 メタトロンはさらに高度を落としたが、何かの輝きがあった。
「ガーネットの光だ。ラズ!」
 注意の呼び掛けをしてきたエトヴァが、『Nazarの大盾』を正対に構えるのが見えた。
 案の定、大天使は宝飾品からの光線を、回転しながら放ってきた。無数に、そして幾筋にも。
「僕たちへの恨みっぷりが伺える。キマイラウィッチといい勝負だね……」
 苦笑交じりにラズロルは、林のあいだを駆けて避けた。なんでも、あのガーネットには『完全命中』の権能が込められているそうだ。
 結局は当たってしまう光線を、魔力障壁で遮るはめになった。
 飛翔で変則軌道をとるつもりのエトヴァも、盾の世話になっている。いや、防ぎきれずに傾いた。
「風を、聞け!」
 ラズロルの気流が、送り込まれる。
 一時は天地が逆になったほどの姿勢をアシストし、空に光の奇跡を描かせる。
「『Null-Gravitationsfliegen(ヌル・グラヴィタツィオーンスフリーゲン)』!」
 両手に拳銃で、エトヴァは再びメタトロンを追った。
 連射して動きを縫い止め、回転をつづける六枚羽に少しでも乱れがあれば、看破し撃ち抜く。地上からの追い風は判っていても、アヴァタール級はイラつきを募らせるいっぽうだ。
 光線を拡散させる余裕もない。
「奪われたから奪い返そうって考えは共感してしまうのだが……」
 見上げて、ラズロルは呟く。
「お互い同じような意気なら、後はどちらが勝つか力の勝負。1人の力は弱くとも負ける気は無いね。信頼する仲間が居るのだから」
「『――Sei frei.』」
 エトヴァの負傷は自身の光と、受けた風によって回復した。
 樹々のはざま、ラズロルの位置からでも、村の悲劇を止めた功労者たちの姿が捉えられる。
「次の仲間に繋げよう。エリシア君、アッシュ君!」
「後は大天使だけですが……既に削れてるみたいですね」
「取り巻きと戯れてた間に来てたか。しかしたゆんを抱えている以上その大天使も獲物だ」
 アッシュは双刃ヴァルディールから、取り回しのきく撃剣スタンエッジに持ち替える。
「ってことで俺も混ぜてもらうぜ!」
 存分に、とエリシアは手で合図する。
 上空のエトヴァと地上のラズロルを見て、彼女も草地になっている斜面へと下降した。
「火力は足りているでしょうし」
 またしても、アッシュの装甲姿だけが空中での近接戦をいどむ格好だ。
「『七輝剣(セブンエッジフラッシュ)』!」
 撃剣の発光から、幻影騎士たちが召喚される。
 メタトロンを囲んで斬りかかり、とたんに集団攻撃らしくなった。
「この技を見切れたなら褒めてやるぜ」
「ふん、ディアボロスのほうこそ、わたしが見えているのか?」
 なるほど、半裸どころか回転する翼のかたまりで、ときに両手の剣のものであろう鋼鉄の煌めきが起こるくらい。
 エリシアは、大地に命じた。
 蔓状の植物が生えてくる。
「敵の翼と、武器を持っている両腕に、『トラップヴァイン』の捕縛ができるか試してみます!」
 自身も、伸びる蔓とともに上昇した。傍らでは、植物の成長を応援するかのように、アクアスライムの『レイニー』が跳ねまわる。
 大天使の回転はやっかいだが、エトヴァとラズロルの牽制で高い位置にはない。蔓の先端はすぐに届く。
 幻影騎士を消されたアッシュが、片腕を押さえていた。
「『Authority:Blade』と言ったか。相手の剣による連撃はすさまじい。しかし……」
 割り込むように、エリシアが登ってきた。
「私たちへの復讐だけを目的として動いているキマイラウィッチはともかく、大天使のあなたまで誘いに乗ってくれるとは正直思っていませんでした」
ラ・ピュセルのイベリア侵攻に反応し、こうしてのこのこ出てきたのはディアボロスたちだろ……。なに?!」
 顔を見せた大天使は、四肢と六翼を縛り付けられる。
「そう、その感情。復讐心に目覚めたばかりでうまく制御できないのでしょうか?」
 エリシアは、顔を近づけた。
 捕縛時間を少しでも長くできるよう、牽制のおしゃべりだ。
「一応負けから学んで徒党を組むことを覚えたみたいですが、計画性もなくいきあたりばったりで行動してるようではまた同じことを繰り返しますよ」
「やかましい!」
 『代行者』メタトロンの輪郭が歪む。
 さらなる回転を始めたのだ。拘束の蔓は、『完全切断』の権能によってズタズタにされ、エリシアとスライムは宙に放り出される。
 追い打ちで、ふたりとも斬られそうになるが、その刃は、光波ブレード『ノートゥング』を伸ばして両方とも弾いた。
「あなたに引導を渡す役目は残念ながら私じゃないんです」
「あの程度じゃ俺に致命傷は与えられないぜ」
 アッシュが戻ってくる。
「確かにすさまじい連撃だ。しかし、おまえのたゆんがどう斬るかを俺に語りかけてくれるからな。軌道上に構えてれば、受け止められる!」
 取り回しがきく武器に変えたのはこのため。
 スタンエッジに、メタトロンの二刀が食い込んだ。
「しまった……!」
「本当はヴァルディールで、その薄布を切り裂いてご開帳と行きたいところだったんだけどな」
 回転を止められた大天使の、膨らみだけが勢いあまって片側に寄る。
 返しの一太刀がきまった。
「く、悔しい……この恨みは……」
 撃剣の発光が強すぎて、よく見えないままアヴァタール級は消滅していく。
 エリシアたちは落下後に斜面を転がっていた。ラズロルが手を貸し、助け起こす。
「ほんと、お疲れ様~」
「信仰を糧としていた大天使が虐殺を看過し、復讐を語るのか。なりふり構わずだな」
 エトヴァが降りてきた。
「……そうまでして、新宿島を狙うか?」
「私にも感じられました。大天使のたくらみを」
 エリシアは軍服のよごれを払い、白手袋を引っ張りなおす。情勢へのさらなる注視を、決意しているかのように。
 アッシュはまだ、塵となった薄布とともに空中にいる。
 巻き添えを防いだ村の方角を見返して。あるいは、目くらましの発光で自分の目がくらんでしまい、肝心なところを見逃したと悔やんでるのかも。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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