大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『魔女が這ってくる』

魔女が這ってくる(作者 大丁)

 自動人形が村に戻ってくることはない。
 住民たちは薄々、感づいていたのだが、誰もそれを口にしなかった。不安を払拭したくて、大陸軍の庇護のもとで生活できているのだと、ことさら強調した。
 だから、キマイラウィッチが襲撃してきても、祈るばかりで村にとどまったのだ。
 蛇と魔女の合成体が、各家屋に浸入し、住民を傷つける。
 軍勢には蛇そのものも含まれている。
 いやらしいのは、噛まれただけでは即死しないのだ。じわじわと呪詛が体内をまわり、人々は長く苦しめられる。
 死の直前まで染み出す、恨み、憎しみ。
 祈りに応えてもらえない、絶望。
 のたうつ者たちのあいだを這う蛇は、それら復讐心をすすり、イベリア半島に増えていく。
 これはまだ、回避可能な予知である。

 新宿駅に到着した列車で、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)はさっそく時先案内を行っていた。
「攻略旅団の提案により、断頭革命グランダルメに増援として現れるキマイラウィッチの動きを察知することが出来ましたわ」
 すでに類似の事件が複数起きている。
 助手役のぬいぐるみが、それら報告のまとめを掲出した。
「今回の事件でも、ディヴィジョン境界の霧を越えて火刑戦旗ラ・ピュセルから断頭革命グランダルメに移動してきたキマイラウィッチは、イベリア半島に向かって移動しているようです。この道すがらに村があれば、その村を襲って虐殺行為も行います。皆様には、このキマイラウィッチの凶行を止めて、増援を阻止するためにも確実に敵を撃破していただきたいのですわ」

 現場は、自動人形を信じる村だ。パラドクストレインは襲撃の直前に到着できる。
「一般人には、戦闘のあいだだけ村から離れていただければ被害は防げます。ですが、ただ避難を勧めただけですと、自動人形が助けにくるからと言われてしまいます。キマイラウィッチの襲撃は信じてくれるものの、村長の家に立てこもり、動いてくれません。なにか、説得の言葉か、工夫が必要になりますわ」
 そう説明するファビエヌの視線には、依頼参加者たちへの信頼が含まれていた。
 ぬいぐるみを操って、敵のデータを見せる。
「トループス級は『グリーディラミア』で、アヴァタール級が『スネークウィッチ』です。どちらも、女性型のからだに、下半身が蛇と合成された姿です。魔女服を着ているアヴァタール級は、呪詛で出来た蛇を生み出してけしかける『スネークカース』を得意としますわ。ほかに、呪詛そのものをバラ撒く攻撃や、複数生えている尾での打ち据えですね」
 とんがり帽子をかぶった敵の画像を示す。
 次に、その逆。
「魔女服も着ていないほうが、トループス級ですわ。髪と腕も蛇で、それを使った攻撃をしてきますが、噛むというより刃を飛ばしてくるようです。刃は、かすっただけでも呪詛に侵されますからご注意ください」
 予知に見えた住民は、これら呪詛に被害を受けていた。
「避難がうまく完了すれば、これらの敵は別々にやってきますから、順番に戦って撃破してくださいませ」

 ファビエヌは資料を車内に残し、プラットホームへと降りる。
「今回の事件に、大天使はかかわっていません。なんとも皮肉な話に思えますわ。村人たちは崇拝対象を誤り、それに固執してしまっています。皆様で、イイコトをなさってください」

 時先案内人の願いを受け、ディアボロスたちはイベリアの地に降り立った。
「たゆんの気配を察知して参上したぜ」
 アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)が討伐対象を追うときは、この青い悪魔装甲に顔も身体もすっかり覆われている。兜から漏れる口ぶりは、自身の目的にかこつけて任務に居合わせたかのようだが。
「にしても増援阻止作戦も結構な数こなしてきたな。今回もパパッと済めばいいんだけどよ……」
 言葉も工夫も持ち合わせている。ファビエヌが信頼を寄せるひとりだ。
 仲間たちとともに村に入ると、さっそく『プラチナチケット』を適用した。いま、村人たちにとっての来訪者は、大陸軍の関係者に他ならない。特に名乗らなくとも、アッシュの武装を見た村人は、ひれ伏しそうな勢いで歓迎してくる。
 時間の余裕はないから、強めの口調で村長のところに案内してもらう。
「いいかよく聞いてくれ。今この村に向かって魔女の一団が接近している。たどり着けば奴らは目に付く村人全てを殺して回るだろう」
「な、なんという……。しかし、こうして来てくださったからには」
 驚く村長だったが、むしろ安堵の気配をにじませた。
 魔女とやらは大陸軍が追い払ってくれるのだろう。事が済むまで、村に籠っていればよい。本当に良かった。自動人形様を信じていて、と。
 アッシュは、その反応に気がつき、躊躇せずに真実を告げる。
「あんたらの頼みの綱の大陸軍はこの侵攻について黙認をする事で魔女どもと手を組もうとしている。……この意味がわかるか?」
「……!」
 一度は緩んだ室内の空気が、急速に張りつめた。
 村長のほか、屋敷に集まった大人たちの誰もが黙ったままだ。
「この村は大陸軍の戦力増強のために見捨てられたって事だ。当然大陸軍による助けはない、薄々感じていただろう?」
 確かに厳しい言葉である。
 けれども、村人たちの何人かは頷き、現実を受け入れ始めていた。話を続ける、アッシュ。
「だから俺たちが来た。俺たちが大陸軍の代わりに魔女の一団を撃退してやる。ただ俺たちは少数精鋭でね。あなた方全員を庇いながら戦えるだけの人数がいないんだ。なので一時的に村の外に避難して身を隠していてくれ」
 よろめく村長の肩を、ほかの村人たちが支える。
 説得に応じてくれた彼らが、老人を励ましていた。代わって、中年の男性のひとりが、ディアボロスたちに村を託す、と頭を下げる。
 到着時の浮かれた歓迎とは違い、真の期待にもとづくものだ。
「これで舞台は整った……かな?」
 アッシュたちは戸外に出て、キマイラウィッチがやってくる方角を睨んだ。

「住民の説得を、先にやってくれて助かった」
 ディアボロスたちのところへ、白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)が合流してくる。彼女もイベリア関連で、避難誘導の経験があった。アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は頷きつつも、警戒を強めている。
「俺は、キマイラウィッチ相手の依頼にそこそこ参加してきたが、『グリーディラミア』とやるのは地味に初めてだな」
 視覚支援デバイス『たゆライズ』に、トループスたちの姿がもう捉えられた。
 四肢を持つ者の場合、這ってくるという言葉からは鈍重さがイメージされる。半身が蛇となると、実物の速度はけた違いだ。スルスルと地形の起伏を越え、村の境界を示す柵など簡単にくぐってくる。早苗の言ったとおり、説得がすぐ済んだのは、より良かったかもしれない。
「後はクロノヴェーダを倒すだけ、シンプルなのは悪くないよ」
 早苗は油断なく、『両刀なる山颪』から暗器の針を抜く。
「相手の性質からして、ちょっと煽ってやれば一気にこっちに向かってくるよね」
「ちがいない。……一足遅かったな、たゆんども!」
 下半身蛇の素早い女たちにむかって、アッシュは怒鳴った。
「村人はみんなどっかいっちまったみたいだ。代わりといっちゃあれだが俺たちが相手してやるぜ!」
 双刃ヴァルディールをかざした。
 この村でも、できれば家屋は巻き込みたくない。挑発しつつも位置取りには気をつける。生成された雷を得物に纏わせたら移動しつつ手頃な対象を選んで雷撃を飛ばした。
「ラミアの奴らも精々動き回って、撮れ高を作ってくれよな……!」
 兜の中でつぶやく願望。
 ディアボロスたちは散開し、めいめいでキマイラウィッチを引き付ける。
「守りを固めて見せれば、麻痺呪文を撃ってくるかな?」
 早苗は、あえて後退する。逃げ場がなくなったかのように適当なところで立ち尽くし、身を強ばらせた。その仕草に気がつき、こっちをむいたラミアが全身を蠢かせる。
 『グリーディトランス』の詠唱だ。
「動けなくなったら相手もいい気になるだろうけど……、こっちはそれにカウンターを合わせてみよう。力の残滓、……今は利用させてもらうよ」
 持っていた針を、みずからに刺した。
 かつて、淫魔によって早苗の身体に染みこまされた絵の具。その極彩色が引きだされていく。
 仲間がひきつけたラミアは、骨と化した右腕の蛇や、露出した身体の骨を伸ばして攻撃している。いまのところアッシュには、悪魔装甲の厚い部分でそれらを受けられているようだ。麻痺呪文で静止した早苗に対しては、長大な蛇身で直接締めつけてくる。
「ね、狙い通り。『描かれる玉虫色の獄(エガカレルタマムシイロノヒトヤ)』は……」
 締めつけるたびに身体から溢れる絵の具だ。
 グリーディラミアの体を、色の毒で蝕む。
「キマイラウィッチは憎しみのままに動くクロノヴェーダ、このまま続けていけば自分が先に力尽きると分かっていても、……止められないよね」
 早苗は、我慢比べ。アッシュも、鋭い刺突に耐えていた。装甲を削る骨攻撃の響きが、兜の内側にまで聞こえる。
「まぁ、これも代わりだ。戦闘動画は解析させてもらってる。遠隔攻撃のつもりだろうが、間近で見るのと同じ迫力だぜ!」
 腕を伸ばす動作を連続すれば、自然と上体は横揺れに。
 そして、早苗に下半身を巻きつけていたラミアが、ぐったりとなって土の上に横たわった。
「弱まる締め付けと強まる毒じゃ、結果は語るまでもないよ!」
 トループス級は、徐々にその数を減らしていく。ディアボロスが連携してはなつパラドクス。
「なんの呪詛か知らんがこの程度じゃたゆんスレイヤーを止めることはできないぜ! 『ライトニングテンペスト』!」
 アッシュの双刃から広がる稲妻に、残った手負いのラミアは連鎖感電し、ひといきに全滅させられた。
 息をつく間もなく、陣形を組み直す、仲間たち。
 おそらく、アヴァタール級の這う速度も相当だろうから。
「……ところであの前髪の蛇、何がとは言わないがなかなかの防御力があったな」
 ぽつりと、たゆんスレイヤーのつぶやき。

 蛇の尾をいくつも持つ敵を待ち構え、ディアボロスたちは背中を預け合っている。仲間の独り言が耳にはいり、白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は、アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)のほうへと半身になった。
 青い悪魔装甲は、兜のなかで咳払いする。
「いや、なに。まじめに取り組めば、トループス級なんてこんなもんだ、てな? ……つーことで!」
 籠手に覆われた指で、村の柵のひとつをさす。
「重役出勤ごくろうなこった、『スネークウィッチ』!」
 アッシュが声をかけた先から、黒いとんがり帽子がすべってくる。アヴァタール級の魔女が、雑草のあいだを這っているのだ。
 早苗をはじめ、ディアボロスは戦闘態勢に移る。アッシュも双刃ヴァルディールに、破壊の魔力を流し込んだ。
「配下どもは大したこと無かったが、あんたは如何程かな?」
 魔力刃を形成し、近接戦を仕掛ける。
 敵の得意と案内されていた、蛇をけしかける余裕を与えたくない。
「アヴァタール級相手なんでな、最初から最大打点でゴリ押させてもらうぜ!」
 すべってきた帽子は、双刃の振り抜きに止められた。その下の、不健康そうな女の顔が笑う。
「さては、ディアボロス。我らが増援を邪魔しておるとか? ラミアたちがこの村を通ったはずだが、なるほど」
「蛇には蛇の親玉、といったところかな」
 早苗が、すぐそばに立っている。
 スネークウィッチは、あまりに早く包囲されたことに興味を示した。
「ふむ。さよう。あの者たちとは親交があった。おまえたちに全滅させられたのは本当なのだな。ならば、その恨みはすぐに晴らす」
 両手で抱えた杖には、髑髏がついている。その口が、禍々しいものを吐きだした。
 巻き込まれないように、早苗は顔のまえに手をやって、払うような仕草をする。
「呪いを扱う辺りもやっぱりボスって感じがするね。さっきたっぷり麻痺を食らっちゃったし、もう呪詛は勘弁、かな?」
 『仕返しの呪詛』は、受けた傷を相手に返すという。
「やっぱりキマイラウィッチにはその復讐心を暴発させちゃうのが良い戦い方な気がするよ」
 呪詛は、特に早苗を狙っているようだ。
 ラミアとの戦いで、少なからず傷を負っている者から倒すのが楽と考えたか。あるいは、彼女の挑発のほうが効いたか。
 一見するとピンチだが、それも作戦なのだとアッシュは見抜く。味方が仕掛けている間は刃をひいて、牽制だけにとどめた。案の定、『仕返しの呪詛』が追う相手は、サキュバスミストによってつくられた早苗の幻影に入れ替わっている。
 『契られる毒蜘蛛の夜』に気をとられると、精神を浸蝕されるのはスネークウィッチのほうだ。
「それが私に対するあなたの望み? じゃあ、それに一人で溺れていて」
 死をもたらす瘴気まで吹き荒れ、呪詛と交差する。
 そもそも早苗本人は、アッシュの背中側にいた配置から、一歩も動いていない。敵のそばで話しかけていたのは、すでに幻影だった。アッシュも、本人の居場所に気がついたが、呪詛のすべてを防げているわけではないのも判る。
「俺のつけた傷まであっちに跳ね返ったりしないよな?」
 ちょっと、気になる。
 目配せしたら、心配無用と小刻みに首を振られた。
「傷を跳ね返す呪詛を使うというのなら……、私は傷を負わせず戦うだけ。幻影の私のもがき苦しむ様を笑いながら、痛み無く衰弱して倒れるといいよ……!」
 となれば、アッシュや他のディアボロスとしても、早苗の苦戦に手をこまねいているのは不自然だ。
 スネークウィッチの背後から、一斉に打ちかかった。
「ふむ、ディアボロスども、待っておれ。ラミアの怨みはすべて晴らしてやるゆえ」
 魔女服の裾からのびる、下半身の蛇の尾。
 何本もあるそれを鞭のように扱い、一斉攻撃を払ってくる。アッシュは、この『蛇尾連打』に対し、武器をかざして受け止めた。
「いかにも魔女って格好の割には近接戦に使える魔法はお持ちでないと。ならこのまま最後まで張り付かせてもらうぜ」
 『破壊刃(デストラクションエッジ)』をさらに伸ばす。
 自身に宿る悪魔の力の根源にある破壊の魔力だ。青白い刃となって切れ味を増している。
「精々尻尾連打で全身しっかり動かしながら最後まで足掻いてくれよな!」
 できれば、真正面にまわって一刀両断にしてやりたいところだが、良いアングルにはなかなかなれない。
 このままでは撮れ高が足りない、いや、撃破までもう一押しが必要だと、アッシュは再度、仲間たちに合図を送って陣形を整えさせた。

「まだ倒しきれなかったみたいだね」
 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は、自身と同じ姿の幻影を遠隔操作しながら、仲間の戦うさまを見た。アヴァタール級キマイラウィッチは、呪詛でできた蛇でディアボロスたちを遠ざけている。
 たしか予知の説明で聞いた、村人を苦しめる群れ、『スネークカース』。
 戦いのなかでも、どこかぼんやりとした早苗が、かすかに顔をしかめた。
「……それじゃ、リスク回避と言わずしっかりとトドメを狙わないと良くないかな?」
 幻影の操作をやめる。
 さっきまでと戦い方を一変し、戦場の真ん中へと一気に駆け寄った。
 『スネークウィッチ』は、ふいに消えたサキュバスの姿が、また別のところから現れたので、ツリ目の三白眼をさらに見開いた。
「はて? 似ておるのはトループスのようなものか?」
 驚きはしても、どこか余裕でいるアヴァタール級の態度に構わずに、早苗は最短距離で組み付く。
 アッシュたちは彼女の援護に切り替えた。戦っている蛇を呼び戻されないように立ち回る。これには魔女も気がついて、追加の蛇を生み出そうとしていた。
ディアボロスよ、しつこいな。しかしながら、我が眷属の執拗さも、恨み、憎しみ、不足はないゆえ」
「うそだね……!」
 魔女服のお腹にまで手をまわし、早苗は背後から抱きついた姿勢で相手の耳元に囁く。
「私たちが与えたダメージで、あなたの呪詛の力も下がってる……」
 スネークカースは長期戦なら厄介かもしれない。
 もう一押しと仲間が宣言した以上、この一瞬で決めてしまえば被害は抑えられるはずだ。
「『雌伏する熊の鉤爪(シフクスルクマノカギヅメ)』、憎しみしかないキマイラウィッチには初めから愛なんてものは存在しないよね」
「あ、あぎゃぎゃっ!」
 魔女は悲鳴を上げた。
「最後まで容赦することはないよ」
 早苗は、後ろから抱き着いているだけだ。やがて、アヴァタール級『スネークウィッチ』の身体は、蛇尾のところから『腰砕け』のようになる。
 呪詛の蛇が消滅し、ディアボロスたちは村を護りきれたことに気がついた。
 倒れた、魔女服の背中部分。早苗が接触していたあたりには、びっしりと針が突き立っている。その黒い服も、やがてしぼんで消滅する。
 避難してくれた村長たちを呼び戻しに行きたいところだが、まだ排斥力が強いようだ。
 キマイラウィッチの増援阻止も進んできたので、イベリア半島の次に期待してトレインへと戻る。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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