大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『有角公アムドシアスの失敗』

有角公アムドシアスの失敗(作者 大丁)

「目を付けられないように工夫していたのに、ディアボロスが来るの、早すぎない?!」
 ジェネラル級アークデーモン『有角公アムドシアス』は愚痴りながらも、逃げ出す段取りはきちんとこなしていた。
「ミュラ元帥の敗残兵が漂着したせいで、こんな目に……うん、まぁ、キミたちちゃんとついてきてね」
 取り巻きの淫魔には、美青年を揃えており、音楽性でも通ずるものがある。
 再起する場所、次の新天地を目指せばいいのだ。
 まずは、シチリア島からの脱出である。
 向かうは海岸だ。

 新宿駅グランドターミナルに断頭革命グランダルメ、シチリア島行きのパラドクストレインが出現。
 時先案内人は明るい調子で依頼を行う。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)です。皆様の活躍で、アークデーモンによる、『シチリア島の牧場計画』は阻止されることとなりました。わたくしも一肌脱いだ甲斐がございましたわ」
 ぬいぐるみたちが、島の地図を掲出する。
「この牧場計画を進めていた、ジェネラル級アークデーモン『有角公アムドシアス』は、ディアボロスとの決戦を避けて、シチリア島から脱出しようとしているようです。現在は、取り巻きとともに島からの脱出を目指して移動しているので、そこを襲撃していただきます。護衛や精鋭などの配下達は見捨ててますので、周囲には取り巻きのトループス級しかおりません。ジェネラル級といっても、撃破は難しくないかと」

 淫魔としては報告も多い、『欲望のバイオリニスト』の資料が添えられた。
「アムドシアスは、戦闘力の高いジェネラル級ではありませんが、漂着した直後に、シチリア島の支配を確立するなど、一般人を篭絡する手腕は確かなようですわ。撃破できるときに確実に撃破しておかなければ、あとあと厄介な存在になるかもしれません。アムドシアスはディアボロスから逃走しようと、戦闘しながら移動を続けるようなので、海岸地点に先回りして退路を遮断する事も必要になるでしょう」
 海岸までの逃走ルートが地図上に重ねられる。
 ファビエヌは指を一本たてた。
「敵の行動についてもうひとつ。アムドシアスは、ディアボロスから逃げ切る為の時間稼ぎとして、ディアボロスが興味を持つような会話を仕掛けて来るようです。時間稼ぎが目的なので、すぐに嘘だとばれるような話はしない筈ですわ。情報源として有効に活用できればイイですわね」

 発車を見送ろうとプラットホームに降りたファビエヌだったが、二本指をたてて話を付け加えた。
「そうそう、『飛翔』と『対話』についてですけども」
 アムドシアスは海岸に向かって移動し、最終的に海から逃走するつもりだ。ディアボロスの追撃を畏れているので、空を飛んで移動する事は無い。そして、シチリア島には、アムドシアスの逃走を知らない配下も多く残っている。
「皆様も『飛翔』はお控えください。敵退路の遮断を行なった場所に、アムドシアスが逃げ込むように追い込みつつ、戦闘を行ってくださいませ」
 そして最後に。
「アムドシアスとの対話では、彼女が知っているだろう情報で、かつ、彼女の不利益にはならない情報であれば、精度の高い情報を得ることが出来るかと。そのかわり、彼女が知らない情報については、適当に話を盛ってくるので、そのあたりの見極めは重要かもしれませんわ」

 地図を見てきたかぎり、追いつくのはさほど難しいとは思えない。
 そのかわり、シチリア島にはまだ牧場計画のために準備されたクロノヴェーダが残っている。ディアボロスたちは、時先案内人の注意を守り、走ってルートをたどっていた。
「我が故郷の世界を蹂躙してきた重要な一角を討伐できる機会です」
 エアハルト・ヴィオレ(天籟のエヴァンジル・g03594)は念のため、『完全視界』も発動する。
「力を尽くさない理由がどこにありましょうか。信念を持って、挑みましょう」
 海岸にむかって逃げている『有角公アムドシアス』。海上の不意の霧が味方しないとも限らない。
「逃げ足の速さから性格が見えるな」
 パラドクス通信から顔を上げる、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)。
 事態は流動的だ。
 エアハルトの指摘を受け、退路を封じに海へと向かった班と連絡をとった。足場の悪さも予測し、滑らないように靴も選んである。
「このジェネラル級は音楽を司るだけあって、淫魔に似ている気がする。島の人々を弄び、エネルギー牧場化などと、ふざけたことを考えてくれたものだ」
「アムドシアスはエゼキエルの地に居た筈でしたが、グランダルメで暗躍とは随分と遠くに漂着したのですね」
 駆けるエトヴァの横顔に、菅原・小梅(紅姫・g00596)のすずしい顔がスライドしてきた。
「牧場計画も秘密裏に成功していれば結構な脅威になったでしょうが……上手くいかなかったあたり持ってますよね」
「お嬢が、覚えのある敵を追っ掛け回しに行かれると聞いて、奴崎組組長こと奴崎・娑婆蔵、助太刀に参りやしたぜェ~」
 と、話すのは、自転車型の装備『トンカラ号』をこいでいる、奴崎・娑婆蔵(月下の剣鬼・g01933)であった。小梅は、その後ろに、女の子座りで載せてもらっているのだ。
「組長、今回の大将首を挙げたらお小遣いを大幅アップして差し上げますよ?」
「なんと、これまた! 俄然やる気が出て来やしたぜ。大将首狙い。よござんす!」
 童女に財布の紐を握られて久しい組長、なのか。
 おかしな取り合わせだと、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、ニヤリと笑う。
「いいねぇ、お小遣い。あたしも観光したいんでねぇ……けどぉ!」
 高級そうな仕立ての服を着た一団が、眼前にいるのを指差す。
シチリア島と言えば、ステキなミイラでいっぱいなカプチン修道会の墓所! 後でじっくりとまわるから、邪魔者には消えてもらうよぉ」
 またニヤリとし、挑発の投げキッスを一つ。
「マフィアの死の口づけ……には、ちょっと時代が早かったかな」
「性懲りもなく現れちゃってえ。ディアボロスめ~!」
 体型の違うひとりが口を尖らせた。飛んできたキスを、手で払うようなマネまでする。
 『有角公アムドシアス』だ。
 取り巻きのトループス級は、情報どおりに『欲望のバイオリニスト』たち。エトヴァが言っていたように、アークデーモンと淫魔で種族は違うはずだが、見た目の相性が妙にいい。
「ボクこそが、この島をもっとステキにできるつもりだったの!」
「アムドシアス様、ここはオレたちに任せてください」
 美青年が、キラキラした微笑みをたたえて、女主人を押しとどめた。
「ん……。そう、キミたちも気をつけてね」
 ジェネラル級は素直に従うようだ。眉根を下げて、心配そうにしている。
 ボクっ子に仕える、トループス級の一人称が『オレ』、というだけでも、どんな構成の関係なのかと勘繰ってしまうが、ただいま重要なのは、『欲望のバイオリニスト』たちの動きだ。
 ディアボロス側を妨害して、アムドシアスを逃がされては困る。
「淫魔たちは、ウィーンが陥落しても相変わらずであるな。ここで駆逐させて頂く」
 エトヴァは挑発しつつ、敵の布陣を注視している。エアハルトは、右手に剣、左手に銃を構えた。
「何度かこの集団には遭遇しましたが、相変わらずバイオリン奏者でもある私に対して喧嘩売ってんじゃないかという音色を奏でますね……いい機会です。怒りを存分にぶつけましょうか」
 トループス級との戦いが始まる。
 淫魔は旋律を武器として、様々な攻撃を繰り出してきた。
 燐寧は、『ダブルチェーンソーブラスター』を手に挑んでいくが、少し手応えのなさを感じる。
(「退路を遮断するのが、仲間の方針。攻撃によって死地へ追い詰められるように、もしくは誘導がきっちり完了してから逃がさず攻撃できるように動く……つもりだったんだけどねぇ」)
 本当に、護衛に適した配下を連れてこられなかったようだ。
 加えてディアボロス側が、過去のジェネラル級戦を踏まえて、戦力を厚めにしていた成果でもある。
「形式に囚われない旋律と言うのは聞こえは良いですが、定められた型をなぞることで成立する良さもあることを……!」
 小梅が、敵の『鳥籠のカプリース』を打ち破る。身動きを封じる旋律のはずだった。
 『飛梅奇譚『東風』(トビウメキタン・コチ)』をもって、アムドシアスへのアピールにした。歌を引き金として思考を加速し、呼びだした幻影の英雄が、美青年たちを倒していく。
 その動作のなかに、娑婆蔵が混ざる。
「連中を追い立てようッてんなら、やはり広く面制圧を掛けられるような技がよろしいか。ではこいつでさァ」
 どす黒い殺気が放出される。
 抜き身の刀を手にして、小梅の幻影たちとともに立ち回る。
「せいぜい真ッ赤に裂けて咲け。殺人領域――『七花八裂大紅蓮(シチカハチレツダイグレン)』!」
 バイオリニストたちは、甘い旋律で闘争心を鈍らせにきていたが、『黒い冷気』を散らすには至らない。娑婆蔵の刃にかかって、物理的な死を与えられる。
(「お気に入りの取り巻きなら少しは気にかけるか……?」)
 エトヴァが見ると、アムドシアスのほうこそ、心が折れそうになっていた。いっぽうで、エトヴァのパラドクスは歌である。
 響く声が、敵の旋律『誘惑のセレナーデ』に重なり対決して、自身の闘争心を維持させる。
「一歩も譲らず歌声の誘惑を返そう! 『Retitativ:Zusammenhalt(レツィタティーフ・ツーザンメンハルト)』♪」
 音の伝わる空間一面に、激しい蒼雷を放つ。
 電子が空を走り抜けるように。
 立っていられたバイオリニストは、もうわずかだ。
「あたし達TOKYOエゼキエル戦争の復讐者は、アークデーモンを地獄の果てまで追いかけるの。アムドシアスの手下になったばかりに、怒りの矛先を向けられるなんて……災難だよねぇ、あははっ!!」
 燐寧は、さらに笑う。
 トループス級の旋律は、激しさを増した。『悲劇の幻影』を具現化し、襲いかかってくる。
 それを怨念の力で、本体ごと跡形もなく粉砕する、無数の炸裂弾。
 鋸刃のついた銃口から放たれていた。
「『闇雷収束咆・迅雷吼(プラズマ・ダーク・ハウリング・ブリッツ)』、悲劇を味わうことになるのはきみ達のほうだよぉ」
 連撃と爆風で、逃げ場も潰していく。
「『悲劇のオーヴァチュア』、ですか。確かに繰り出す幻影は辛いですが、元がバイオリンであれば対処はできるというもの。同じバイオリニストであれど容赦はしません」
 エアハルトは、右手の剣で近接攻撃を捌く。
「悲劇の現実は嫌という程体験してきた。今更幻影には屈しませんよ」
 愛用の銃による、『一射絶命(いっしゃぜつめい)』。
「我が故郷の世界に害を及ぼす敵集団であるとともにバイオリニストの信念を穢す集団。ここで確実に狩り尽くす!! 覚悟しろ!!」
 最後の演奏者は、エアハルトによって撃ち抜かれ、主人に言葉を残す間もなく撃破された。
「ああ、せっかくの淫魔たちが……! なんだってこんな島にディアボロスが来たんだよ!」
「戦力的には大したことがなくとも強力な補給を築ける存在が戦略的に厄介なのは認識しています」
 小梅は、トループスの全滅に打ちひしがれているアムドシアスに、正論をぶつけた。

 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は、ジェネラル級の反応をみている。
(「全てのディヴィジョンに散ったTOKYOエゼキエル戦争のクロノヴェーダの思惑。少しでもそれが探れると良いのだけれど……」)
 配下たちはたいして時間稼ぎにはならなかった。
 しかし、無念に思うばかりでは、散ったメンバーも浮かばれない。
 などと感じているとは信じられないが、有角公アムドシアスはひとりだけでも逃げようと、背後の海岸をめざして岩場にはいる。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も、目を離さぬようにして、退路遮断班へとパラドクス通信をいれておいた。
「生き別れたお姉ちゃんじゃありませんか?」
 意外な言葉が、早苗の口から飛び出す。
「なんて言うか、髪とか瞳とか結構、私とカラーが似ている気がするし……」
 岩場に問うてみると、なにやら反応がある。アムドシアスは距離をおきながらも、早苗のほうを覗き見してきた。
 ニッコリ笑って見せると、姉と呼んだのは冗談であったと双方に伝わる。
(「初めから警戒している相手がうっかり口を滑らせるとは思えないし、ちょっと気が抜ける話題から入ってみたけど……」)
 相手も時間稼ぎが必要で、交渉の真似事がしやすくなったはずだ。
「キミが妹というのはウソか。そうだろうね」
 ジェネラル級とディアボロスは、距離を維持したまま海岸へと移動し、さらに会話も続ける。
「うん。私は違うよ。けど、あなたも一人ぼっちではないのでしょう?」
「ああ、断頭革命グランダルメには、ボクと同じく、漂着したアークデーモンや大天使もいる筈だね」
 早苗の質問に、アムドシアスが答えた。
 エトヴァをはじめとした仲間たちが、敵の言葉の真偽を、慎重に測っている。
「でも、それとは別に……」
 もったいぶったような、間。
「ヘルヴィム様の『直属軍』も来ているんだ」
 岩陰からの声に、早苗はギクリとした。得たい情報の本命が、『ヘルヴィム直属軍』の勢力についてだったからだ。
「じゃ、じゃあ、仲はいいんじゃないの? あなたは、私から見てもグランダルメに溶け込んでそうだから、何かはじめからヘルヴィム直属軍としての目的があってグランダルメに来たんじゃないのかな?」
「とんでもない!」
 語気が強まった。
「『地獄の策略家』バラムからは、配下として降れという勧告も来ていたが、いまさら、滅んだTOKYOエゼキエル戦争の上下関係で命令されても困ってしまうよね」
 名前がひとつ出てくる。『地獄の策略家』バラム、と。
 感情の乗った言葉から、真実を言っているように聞こえる。
「君達ディアボロスは、こんな島では無く、奴ら直属軍を相手にすべきでは無いのかな?」
「ふむ、一理ある……」
 相槌をうつエトヴァ。
 話のわかる与しやすい相手とみせかけるためだ。
 早苗と目配せして、役を交代した。
シチリア島を出て、どこへ行こうというんだい? 実は、貴女がグランダルメで一番最初に見つかったアークデーモンの将だよ。他のエゼキエルの連中は逃げ延びているみたいだが……不運だったな」
「不運だって……?」
 また、声を荒げた。
「キミたちが、こんな価値も無い島に来たのは、幸運のせいだとでも? ボクは、島の住人だって、他の地域よりも苦しめてはいなかったはず。ディアボロスに『一般人が虐げられている事を察知する特殊能力』があったとしても、この島に来る理由にはならないじゃないか、おかしいよ!」
 アムドシアスは理不尽さを感じている。
 これはつまり、アークデーモンが『一般人を虐げるとディアボロスはそれを察知できる特殊能力があると予測している』ことにはならないだろうか。
 考察はいったん脇に置き、エトヴァは話を繋げた。
「憤られても、運としかいいようがない。価値の無い島……。辺境のシチリアにいた貴方でも、グランダルメに漂着したエゼキエル勢力の名前くらいは知っているだろう?」
「それがどうした」
「エリゴールやマスティマ、彼女たちばかり安全な場所でずるいと思わないか。もうシチリアを失った貴女は役に立たなさそうだし、行先を知っていたら、そっちに行ってもいいくらいだが……」
「『マスティマ』か。あいつはうまくナポレオン陛下に取り入ったみたいだね」
 また、名前が出てくる。
 王の傍にいるのか。それとも重要な役割を得ているのか。
 アムドシアスは明るくこう言った。
「でも、ディアボロスがその名を知っているという事は、あの女の命運も尽きたという事かな? ざまぁないね」
 それを最後に、ジェネラル級の声はふっつり途切れる。
 海岸まで、もう近い。
「仲良く振舞っといてなんだけど、逃がすつもりは全くないからね」
 早苗たちは、追う速度を上げる。

「どっかの区に所属していたのが組み込まれたヤツってとこなのかしらね。それとも単に人心掌握特化ってだけなのか」
 ジェネラル級との対話は終わったと、冰室・冷桜(ヒートビート・g00730)は通信を受け取った。
 ヴィルジニー・フラムヴェールト(緑焔の奇蹟・g09648)は、案内人ファビエヌに教わった逃走経路を覚えている。これまでの準備で、うまく対応できそうだ。
「放っておけないアークデーモンね。護衛も連れていないなんて無防備だわ」
「少数の取り巻きだけで逃げているのなら、撃破する好機でありますね。確実に仕留めるであります」
 と、バトラ・ヘロス(沼蛙・g09382)。ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は『水面走行』を提供している。
「逃走前に補足できて何よりでした。逃さぬように、退路の遮断と行きましょう」
 海のディアボロスたちは、ある程度ちらばって布陣していた。
 追撃をしている仲間との通信で、『有角公アムドシアス』がやってくるアタリはつき、包囲を縮めるように集まってきている。
 バトラは無双馬『青縞』に騎乗している。
 『水面走行』が使えるから、機動力を活かせるはずだ。パラドクス通信も重ね掛けしておいた。
 エフェクトは、もう一つ。
「海岸で待ち伏せ―ってことでね」
 冷桜の『水中適応』。彼女は、メーラーデーモンの『だいふく』とともに、海中で待機だ。ヴィルジニーも近い位置にいる。そして、ソレイユは海岸の岩場に身を隠した。
 アークデーモンは翼を持っているものの、先の事情で迂闊に飛翔することはできない。
 岩に隠れながらも、急いで通過するうちに、アムドシアスはすっかり消耗してしまったようだ。息も絶え絶えといった様子で、何度も振り返りながら波打ち際まで出てきた。
「ハァ、ハァ。ここまでくれば、ディアボロスだって……ハァ」
 海を前にして油断したのか、まず乱れた着衣を直した。
 外れそうになっていた胸元のボタンをとめなおし、ブラウスにふくらみをしまうと、上着のあちこちについた汚れを手で払う。
「ふふふ。シチリア島でのことは負けではないよ。こうして生きのびたのなら、TOKYOに続いて、またボクの勝ちだ」
「一人でどこへ行くのかしら? さあ、もう逃げられないわよ」
 ヴィルジニーが、水中から身をおこして立ち塞がる。
「う、うわあッ!」
 ジェネラル級とも思えないような悲鳴が、アムドシアスの口から洩れた。
「ディ、ディアボロスは、いったい、どうなってるんだよ!」
 また不満をもらしながらも、海岸線にそって岩を伝っていく。ヴィルジニーの手にはロングボウが握られていて、威嚇の射撃を浴びせかけた。
 それは、冷桜の潜む位置に追い込むかたちになっている。
 先に『だいふく』が飛び出して、アークデーモンに槍を差し向ける。
「こ、こっちにも!」
「はいはい、いらっしゃいませ。分かっちゃいるとは思うけど、ここで張ってんのは私らだけじゃねーですからね? こんな孤島から頑張って逃げだすよか、腹を括る方をおススメしますわよ」
 ばっちり待ち伏せしてましたよ、とアピールする冷桜。
 もちろん、言葉どおりだ。
 海上を駆けてくる無双馬『青縞』の姿。バトラは、長槍サリッサと魔力盾スクトゥムを構えて防御体勢をとっている。伸縮自在の槍を最大長まで伸ばして間合いを広げ、突破を封鎖出来るように。
 ロングボウとだいふくを避け、なおかつ海を臨もうとしても、無双馬が回り込んでくる。
 ディアボロスたちの連携により、アムドシアスは囲いこまれていた。腰を落とした姿勢で、左右方向へとウロウロし、表情にも余裕がない。
「腹を括るだって? まるで、ボクに意気地がないみたいじゃないか」
「そもそも、南イタリアイスカンダルに取られた状況でのシチリア島など、孤島も孤島。逃走には向かぬ地形というのが仇となりましたね」
 ソレイユが、水面走行で海側から来る。
大陸軍の膝下へ逃げ込みたいなら、私達を倒して行くしかありませんよ。それとも、ディアボロスを蹴散らして進むことも出来ない程、自信が無いのですか?」
「言ったでしょ、ボクは臆病なわけでも、敗走しているわけでもない」
 背筋をのばすと、上着の襟を整えた。
「一人でどこかへ行ったりもするものか。いっしょに音楽をするメンバーなら揃っているし」
 取り巻きのトループス、美青年を集めたバイオリニストなら、全滅させたとパラドクス通信にはあった。ある種のはったりだ。ただし、パラドクスの。
「まずは、歌劇さ!」
 デーモンの楽団員が召喚されてくる。
 オーケストラ一式なので、かなりの数だ。ヴィルジニーは海がわへと飛びすさった。
 弦楽器が低音を響かせる。
 冷桜が『だいふく』をけしかけ、槍を突きださせると、楽器も演奏者にもダメージは通らないと分かった。やがて、アムドシアスの美声がかぶさってくる。
 対抗してソレイユは、自分の音楽を奏でた。
「もう逃げられないと観念するまで追い詰めるまでです!」
 ふたりの妖精が現れ、彼女たちの織りなす波紋は、大きな波へと姿を変える。海を封じていると見せつけるのだ。無双馬のバトラが、動きを合わせてくれ、ヴィルジニーと冷桜たちも、今一度包囲を固めた。
 召喚されたデーモンは、アムドシアスに追従できるらしい。
 なおも抜け道を探ってくる。
 そのたびに、バトラは盾での押し返しを行い、槍の穂先で牽制した。
 的が大きくなってくれたのも、封鎖側には有利に働く。少なくとも、突破を見逃すことはない。無双馬の蹄から放つ電撃が、アークデーモンの歌声とぶつかりあう。
 冷桜が、待ちに待っていた通信を得た。
 追撃班が到着したのだ。
 ジェネラル級を誘導するために、一時的に距離をあけていたのである。海岸に出られたことそのものが罠だったと知ったとき、『有角公アムドシアス』の怒りは頂点に達した。
「いいじゃないか。シチリアはボクの島だ。牧場はやめて、キミたちの処刑場にしてやるよ!」
 アークデーモンは、『断頭革命グランダルメ』らしいセリフを吐く。

シチリアの街で……」
 岩塊の上に立つ、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)。
「支配に屈せず、誰かのためにと歌っていた少年を思い出すよ。貴女は随分と、シチリア島の人々に迷惑をかけたものだ。アークデーモンにしては、マシなやり方だったが……このまま放っておけばさらに酷くなっただろう。年貢の納め時だ、アムドシアス」
 追撃班の面々が、敵の動きに注意しながら、囲い込むように布陣する。
「この美しい島でこれ以上勝手なことはさせないよ」
 両手を広げた白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)が、その場でくるりと回ってみせた。エアハルト・ヴィオレ(天籟のエヴァンジル・g03594)は、娘のシエル・ヴィオレ(神籟のプリエール・g09156)を伴っている。
「人々を苦しめる為に音楽を悪用することは断じて許せません。貴女の感覚では価値がない島でしょうが、故郷の人間として我が世界を蹂躙する存在は全て倒すべき敵ですよ」
「目の前にいるのがジェネラル級……」
 一族の継承者たるシエルは、最初は息をのんでいたものの。
シチリアは私達人間にとっては素敵な風景が育まれた土地ですので。あんなやり方をすれば目をつけられます。詰めが甘いですね。それ故に補足されるのは当たり前です」
 『叡智の魔法銃』を構え、『有角公アムドシアス』に狙いをつけた。標的の彼女は、眉間にしわを寄せたまま肩をすくめる。
「はぁん。故郷とか、自分の世界とか。いまはナポレオン陛下のものなんじゃないの? それとも、ボクが知らないディアボロスの嗅ぎ付け方があるのかなぁ?」
「価値の無い島、そんな考えだから補足されるのですよ」
 レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は、電脳ゴーグル型デバイス『Boeotia』のテンプルをノックして起動させる。
「もっと……こう……、人間の立場になって考えて見てください。そうすればきっと……んん、――ふっ……無理か」
 諦め顔にかかったデバイスに、『≪ - 人機接続:Lynx of Boeotia - ≫』が標示される。
 『Boeotia』と精神と全武装がリンクされた。今のレイは、機械と一体。
「グランダルメに来たのが運の尽きです。どうかお覚悟を」
「ったく、こうもディヴィジョンにお似合いなジェネラル級アークデーモンが漂着するとはな。見た目からして淫魔と殆ど区別も付かねぇしよ」
 呉守・晶(TSデーモン・g04119)は、魔晶剣を構える。レイとともに、援軍として包囲に加わった。
「国を越えてまで、ディアボロスに仇なそうだなんて、そこはむしろキマイラウィッチのようだけれど……」
 退路遮断で動いていた、ヴィルジニー・フラムヴェールト(緑焔の奇蹟・g09648)が合流する。
「あなたの悪事はここまでよ。……逃走阻止はうまくいったわね、ソレイユさん」
「ええ。シチリア島だけでなく、牧場も処刑場も、グランダルメには不要です。遥々、来訪されたのですから、ディアボロス流のもてなしを味わって行ってください」
 宙に展開した鍵盤に、指を置くソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)。
 沖のほうでも封鎖を続けるディアボロスが、そして外から二重に取り囲む者もいる。菅原・小梅(紅姫・g00596)は、そうした任につく仲間へ頭を下げた。
「皆様、足止め役をありがとうございました。……組長」
「菅原のお嬢。あっしの仕事は分かり切っておりやすぜ。即ち――アレを、叩ッ斬る。悪魔殺しの策の〆、その務め、しかと果たして見せやしょうとも」
 奴崎・娑婆蔵(月下の剣鬼・g01933)は、小梅のうしろに控える恰好をとった。
 そのお嬢さんは、大太刀『月下残滓』を構える。凛とした刃が、美しい音色を放っているかのようだ。『天神刀法『風月無辺』(テンジントウホウ・フウゲツムヘン)』は、その音色にのって流麗なる剣技で敵の肉体と魂を斬り裂く。
 血が飛んだが、アムドシアスはもう、逃げ道を探してはいない。囲みは厳重、スッと背筋を伸ばすと、華奢な指を振る。
「『魔王の輪舞曲』!」
 召喚されたデーモンが、いっせいに楽器を奏ではじめた。
 音響の圧力に、波さえも押し返されそうだ。歴史上類を見ない魔王を称える華々しい楽曲で、聴く者の魂を揺さぶる。
「愛娘の前で歪んだ音楽に屈する訳にはいきません」
 エアハルトは、『ヴィオレ流戦術』を紐解き、『信念の剣』を振るう。正当な音楽のあり方を示さねば、と。
「お父様……!」
 『叡智の知恵』が、魔法銃に標的を与えた。シエルの射撃に合わせ、近接での切っ先が、ジェネラル級を斬りつけた。
「くッ、ボクは参らないよ。キミには、せっかく連れて行こうとしたメンバーを、殺された怨みもある。先に魂を破壊されたまえ!」
「ああ、シエルよ。このアヴァタール級は指揮官の器ではなかっただろう。しかし」
 デーモン楽団員に混じり、演奏される輪舞曲からくる精神的ダメージは極めて強力だ。
「我が一族の軍人としての積み重ね、音楽家としての洗練を駆使する」
「はい、連携をしっかりとって、お父様についていきます!」
 親子の魂が抗うなか、輪舞曲に合わせて踊る早苗。
「そう、その曲は魔王を称える曲なんだよね。……似てるって言ったのは、実は外見だけの話じゃないよ」
 音楽と精神影響ならば、得意分野だ。
「曲の主導を奪ってしまえば、……称えられる魔王の役は私」
 『扇がれる鸚鵡の鏡』、アークデーモンの音楽性を写し取って、返す。
「私も音楽家ですから、奏でられる華々しい楽曲には心惹かれぬ訳ではありません」
 鍵盤を操るソレイユは、重ねた防御上昇と、魔力障壁の展開で凌いでいる。その上で、旋律は合わせた。早苗が踊り易くするために。
「いいね、ソレイユさん。あっちの魔王の輪舞曲に合わせた歌と舞いで勝負しよう」
「ええ、アークデーモンにしては美しいと、認めましょう。しかし、私の方がより美しく演奏してみせます!」
 当方の損害は、ソレイユが旋律を誘導して代わりに受けた。いわば、音のディフェンスだ。
 できるだけ負担を分担しつつ、敵には音楽の中で果てるまで疲弊してもらう。音楽家の意地をかけ、より演奏に集中し、指の動く限り福音の光を喚び続ける。
 魔王から、『幻想ロンド「福音」(ラ・カンパネッラ)』へと、音を動かした。
「聖なる光は剣となりて、邪悪を貫きます。『光あれ、恵みあれ』!」
 破壊力を増し、命中率をあげた光の剣が、鐘の音にあわせて無数に飛ぶ。悪しき者、アークデーモンを貫くだろう。
「ボ、ボクの演奏を乗っ取られた?!」
 アムドシアスはかわしたが、燕尾服の裾がズタズタになる。
「『幸いあれ』!」
 ソレイユの声に、光の剣は意図的に回避方向を誘導し、仲間の射線へと誘導する。そこには、エトヴァがいた。
 彼も『Seraphim(チェロ)』を演奏している。
 飛来する剣に翻弄される隙をつき、音楽のパラドクスで畳みかける。『魔王』に対しては、やはり魔力障壁を張り、精神攻撃の影響を和らげつつ、己の演奏で抗う。
「わたしは神へ祈りを捧げるわ」
 皆が、音楽を使うわけではない。ヴィルジニーの魔王への対抗は、祈り。しかしながら、エトヴァの『Paradiesmelodie(パラディースメロディー)』は、激しいながらも天上の音色、美しき讃美歌の旋律だ。
 ふたりのイメージする情景が合致し、侵略者の主義主張を溶かしていく。
「うぐっ、ディアボロスに聴かせるはずなのに、ボクが惑わされるなんて……!」
「敵の技ながら演奏は楽しみだが、聴き入る訳にもいくまい。こちらへ耳を澄ましてもらおうか」
「悪しき者は光に包まれて去るのです」
 魔王の闇が霞むほどに降り注ぐ光の音色をエトヴァがつくり、ヴィルジニーの世界観に惹き込んでいく。
「華々しい音楽にも、思想がなくてはね」
「敵が聴く力がもっていたから、この攻撃は成立した。音楽を奏でる者ならば、淫魔もアークデーモンもないのかもしれないな」
 エトヴァは涼しい表情でウインクしてみせたが、顔にやつれが出ている。
 相殺しつつも、ジェネラル級に魂を削られていたのだ。ヴィルジニーは、自身も攻撃に加わろうと、『十字剣≪le Rosaire d'Émeraudes≫』に、奇蹟の炎を纏わせた。
 そのあたりから、デーモン楽団の曲調が変わってくる。レイの姿勢が不安定だ。『魔神の交響曲』に影響されている。
 十字剣が振るわれた。
 纏った炎が放たれる。『Feu d'Émeraude(フ・デムロッドゥ)』はエメラルド色に輝いて、燃え移ったアムドシアスの動きを封じた。
「オーケストラの指揮は集中が必要じゃないかしら!」
 妨害はしたが、禍々しい楽曲は続いている。
 価値観を塗り替えるほどの刺激的な曲調が、人機の一体性を揺さぶっているようだ。ゴーグルデバイスの表示が乱れている。
「『アルヴァーレ』……展開……結界を」
 レイも制御を取り戻そうと必死だ。ヴィルジニーは、炎を撃ち続けて、楽団の演奏をさらに妨害する。
「叩き斬ってやる! 第五封印解除。変異開始!」
 晶が駆け付け、『魔晶剣アークイーター』の封印を一部解除した。
 刀身を淡い光の集合体に変異させ、その光は大鎌の形状へと変化する。ようやくレイのデバイスに、正常なデータが流れだした。
 機械魔導群『ナノマギア』に魔力をくべ、機械魔導弓『ACRO』に形成される。
 姿を変えた武器を手に、晶とレイが連続攻撃を仕掛ける。
「チッ!本当に淫魔みてぇなパラドクス使いやがって!」
「手に宿すは蒼き魔力の奔流!」
 まずは、『人機一体:電撃戦の一矢(ブリッツディゾルバー)』。レイは必中を誓い、矢に番えて放つ。
 交響曲の影響は去った。敵への最適な攻撃航路を算術できている。矢は、フォトンエネルギーと魔力を混ぜ合わせて形成したものだ。楽団の中央にいるアークデーモンの左胸を、正確に射抜いた。
「あぐぅ、くはっ!」
 有角公アムドシアスの白いブラウスに、真っ赤な血が吐かれる。
「お前が精神を攻撃するなら、俺は肉体を傷つけずに魂だけを刈り取ってやるよ!」
 晶が突っ込んできた。
 大鎌型のアークイーターで、邪魔に思った楽団員を斬り払いつつだ。この召喚存在にダメージは無関係だが、晶の勢いの前では、それこそ関係ない。
「これがサリエルの大鎌だ! 刈り取れ、アークイーター!」
 形状に由来するように、淡い光の刃がジェネラル級をすり抜けた。魂を傷つけたのだ。
「うう……。悪魔の歌劇を聞……け……」
 吐血まじりの、それでいて恐ろしい美声が、晶を襲う。
「俺達が今更こんなもんで惑わされるとでも思ってやがるのか!」
 そう叫んで二撃目を振るおうとしたまま、大鎌が止まった。
 細い指が、レイにうたれた電撃の矢を握り、自分の胸から引き抜いて霧散させる。術を維持できないのか、召喚されていた楽団員の数が減ってきた。
 小梅の刀は美しい音色で攻撃していたが、アムドシアスの余裕が無くなってきたのを見て、敢えてその刀を下げる。
「無理に腹を括った振りなどせずに逃げても良いんですよ?」
 音楽好きのアークデーモンのプライドを打ち砕く、小梅の策略。こっそりとハンドサインを仲間に送って、その旨を伝えてある。
「楽器の扱いや歌い方、知識さえも上の私には敵わなくて当然ですし♪」
 どや顔で挑発し、不意打ちするための隙を作った。
「歌い手は兎も角、貴女には『指揮者』は向いてませんでしたね。存分に歌ってくれたことは記憶と記録に残して置きましょう。失敗こそ重ねてましたが曲の方は『いとおかし』と呼ぶに相応しかったですよ」
 輪舞曲や交響曲の旋律を、真似して鼻歌にさえする。
 ギリっと歯ぎしりが、有角公の口元から漏れる。小梅は、背後の娑婆蔵にサインを送った。
「時遡十二氏抜刀術外伝『殺人技芸「抜刀術・罪咎百八」(バットウジュツ・ソノツミトガヒャクヲコエ)』!」
 組長はお嬢に全幅の信頼を置いている。
 合図を見次第、すぐさま動いた。
(「こいつはまだ剣を抜いてもいねえ所から、都合108通りの『斬るイメージ』を叩き付け取り囲む技。プライドにヒビを入れられた直後の精神への責めはさぞや効きやしょう?」)
 そして、百八に紛れて、ディアボロスの技も繰り出される。
 エアハルトの剣にシエルは。
(「共にお父様と心合わせて歪んだ音楽に対抗します。お父様の剣での斬り付けの援護として銃で射撃を」)
 舞う、早苗。
(「……妹って言った時の反応がちょっと気になったけど、本当の妹がいたりするのかな?」)
 ソレイユの鍵盤に、エトヴァのチェロ。
「貴方への葬送曲、ご堪能ください」
「音色はきっと人々を幸せにするものだから。人々を悲しませるような音楽はここまでだ。シチリア島の平和を取り戻そう」
 ヴィルジニーの十字剣からは、エメラルド色の炎が吹き出される。
「ここで計画はおしまい。シチリアはあなたの島ではないわ。人々の手へ返してもらうわね」
 レイのフォトンエネルギーの矢が、幾本も突き立った。
「グランダルメの精鋭達を舐められちゃ困ります。皆さん本当に優秀ですから、何処に居たって必ず補足しますよ」
 晶の腕が、再び力を取り戻した。
「テメェの命運は此処で尽きる。俺達が終わらせるからな!」
「手前、姓は奴崎、名は娑婆蔵。人呼んで『八ツ裂き娑婆蔵』。八ツ裂きにしてやりまさァ、大悪魔の君」
 虚実が入り乱れて翻弄させたのち、娑婆蔵はやっと抜刀した。
 今度はイメージではなく実際の斬撃。
「本命の居合斬りを見舞うってェ寸法よ」
「ボ、ボクはキミたちになにか、騙されていたのかもな……」
 胸元を押さえて、『有角公アムドシアス』はうずくまった。
 楽団員の姿は薄くなっていき、海岸の岩場でアークデーモンはひとりになる。命が尽きるまではあとわずか。誰の目にもあきらかだった。
「これは単純に興味本位で聞くが……」
 晶が見下ろして言った。
「お前のことはTOKYOエゼキエル戦争では見たことも聞いたこともなかったぜ、東京では誰の配下でなにをしてたんだ?」
「……も、もうその手は喰わないよ。フフ、何も聞けなくて悔しいか、ディアボロス」
 伏せた顔が、無理に笑っている。
「じゃ、じゃあっ」
 早苗が、丸まった背中に手をやる。
「本当の妹がいたとか?」
 クロノヴェーダにとっての家族がどんな存在に当たるのかは分からない。だが、なぜだか聞かずにはおれなかった。
「ほら、またキミたちのウソだ。まったく、これだから大人しくしていたはずだったの……に……」
 立ち上がった早苗は、首を振る。
「最期まで、被害者意識の強い人だったね」
「残虐な作戦を指揮するような蹂躙者です。諭せるはずもないのはわかっていますが」
 エアハルトはそう言って、娘の肩に手を置いた。それぞれの頷きかたをするディアボロスたち。
 黙っている小梅に。
「――よう、菅原のお嬢?」
 娑婆蔵が声をかける。
「さっきの技をあっしに伝授下すった宅の姉貴分にゃよろしくお伝え下せえよ。『達者な手際であった』ってなァ、カハハ」
「組長……キメ顔してないで帰ったら報告書を書いて下さいね?」
 シチリアの指揮官は倒されたのだ。また次の戦いに備えて、ディヴィジョンをあとにする。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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