サラマンカ要塞に逃げ込め!(作者 大丁)
イベリア半島へのキマイラウィッチの制圧が続いていた。
一般人が住む村は、自動人形が目的をもって設けたものだが、今では放棄されたような扱いになっている。住民たちには何も知らされず、キマイラウィッチの侵攻上にあったばかりに、虐殺にあっていた。
兵士の頭に鎧をまとい、身体は狼という異形が、村人を爪で引き裂く。
方々で建物が倒壊しているのは、異形が背負う大砲のせいだ。
人語は離さないが、群れとして統率されている。
すべての住民が死体に変えられるまで、さして時間はかからなかった。
村に起こった悲劇は、まだ回避可能である。
時先案内人、ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)は、予知で判明した事態を解決すべく、パラドクストレイン車内で依頼を行っていた。
「ディアボロスが火刑場の罠を打ち破った事で、キマイラウィッチは現時点でのディアボロスの殲滅は諦め、イベリア半島を制圧して拠点化する作戦を開始したようですわ」
お手伝いのぬいぐるみが資料を掲出する。
「イベリア半島を支配していた自動人形が、キマイラウィッチに土地を譲り渡すように撤退した為、現地は瞬く間に、キマイラウィッチの勢力圏に変わりつつあります。しかし、半島にはディアボロスの拠点も存在していますわ」
ポルトガル国境付近を描いた地図に、『サラマンカ要塞』があった。
「攻略旅団の提案により整備しておりました。ここを拠点に、キマイラウウィッチのイベリア半島制圧に待ったをかけてくださいませ」
もともと、サラマンカ要塞の整備は、『黄金海賊船エルドラード』への対策が目的だったという。
キマイラウィッチの襲撃に対しても、要塞は有効に働くとのことだった。
「要塞までは、パラドクストレインで移動できるので、そこを拠点に、イベリア半島を制圧しようとするキマイラウィッチを見つけ、迎撃してください。キマイラウィッチは進路上の一般人を虐殺しながら移動してくるので、彼らの救援も必要でしょう。さいわい、サラマンカ要塞には、一般人を避難民として受け入れる準備もあるので、一般人を襲うトループス級『ジェヴォーダンの獣』は撃破し、救助した一般人を、要塞に避難させるとイイでしょう。説得の方法はお任せ致します」
一般人を避難させると、ディアボロスの拠点を発見した、キマイラウィッチが、サラマンカ要塞に押し寄せてくる。
「こちらは、アヴァタール級『ピエール・ダルク』に率いられた、トループス級『怨讐騎士』という編成です。要塞の防御施設も利用して、敵を撃退してくださいませ」
ファビエヌは、一般人の悲劇回避を託し、列車を見送る。
「キマイラウィッチがイベリア半島を完全制覇してしまえば、火刑戦旗ラ・ピュセルの力が大きく上がってしまいますわ。その阻止のため、ぜひ要塞を活用なさって」
焚火を囲んで、中年男性が話し合っていた。
「なぁ、冬の準備は終わったけど、このままでいいんか?」
「わからねぇ。自動人形さまが来ないのはなぜなんだろう」
支配されてきた者たちだが、漠然とした不安を抱えていた。
「村長さんに、大きな街まで調べに行ってもらったらどうだろう」
「う~ん。それはそれで危険な気もする。噂だが、狼の集団が現れて、滅びた村があるとか」
「こわいなぁ」
ひとりが、ブルブルと震える仕草をしたが、誰も笑わなかった。
村がキマイラウィッチに襲われるまで、ほんの僅かである。
時先案内人の用意してくれたタイミングで、ディアボロスたちは災厄に滑り込む。
村まではいくぶん距離があり、かつトループス級キマイラウィッチ『ジェヴォーダンの獣』は目前だ。
「……ファビエヌさんにもう少し外見、聞いておくんだった感」
風祭・天(逢佛殺佛・g08672)が、テンション低い。いっぽう、新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)は、皆と協力して頑張ろうと張り切っている。
「大砲付きの人面の獣たちが相手なんだねっ」
木に登って偵察していた。
「キモ感がどちゃくそ高い敵が健在だと避難する人に被害が出るから、最優先で斃していかないと。けど、マジでビジュアル的にはなしよりのなし……。ま、戦うんだからそんなこと言ってられないのはがってんしてるんだけどさー」
天が肩をすくめても。
「くっ……」
レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は怒った顔のままだった。
「容赦なく人々を殺していくキマイラウィッチ達も、そうなる事が分かった上で人々を放置して撤退した自動人形達も許せない……! 何処に行っても苦しい思いをするのは何の罪もない一般人じゃないですか……! 1人でも多く、助けなくちゃ……!」
ディアボロスとして、当然の感情である。
そして、この赦せない思いが、力を生むこともある。天は頷き、アゲていった。
「みんなで連携を取って戦いに向かおー☆ ウェイ☆ 索敵はよろよろー☆ その代わり、前衛はお任せあれ☆」
掲げた腕に、枝につかまっていた橙花が応え、やがて兜かぶった人面狼たちが道に沿ってやってくる。
レイは、ゴーグル型デバイス『Boeotia』のテンプルをノックして武装と神経のリンクを行う人機一体の状態になった。
「『 - 人機接続:Lynx of Boeotia - 』」
フライトデバイス『アクロヴァレリア』を点火して飛翔を行う。彼女は注意を引く囮役だ。
手には機械魔導弓『ACRO』、フォトンと魔力の灯火を番えて引き絞り、必殺の一矢へと昇華して放った。ジェヴォーダンの獣の一体に突き刺さり、額から兜にヒビを走らせて、それが割れた。
待機していた天は、素顔になった獣の、よりいっそうキモイ姿に辟易する。
ともあれ、トループスたちは、空中のレイをめがけて、背中の大砲を斉射する。囮作戦は成功だ。
『アクロヴァレリア』による瞬間加速で回避を試みているものの、いつまでも避けられるものではない。樹上からの奇襲で、橙花は、『呪法【妖葉乱舞】(ジュホウ・ヨウヨウランブ)』を発動した。
「呪いの葉の乱れ撃ちだよっ」
妖狐が、森の中で使うには、相性がいい。
呪力を込めて硬度を上げた大量の葉の竜巻を生み出して、狼が収まっている鎧を切り裂いていく。
「大砲だけ怖いから、こちらの位置をなるべく気づかれないようにしつつ、敵の数を削るようにするねー。気づかれたら他の場所へさっさと移動だよー」
と、作戦を決めるときに言っていた。
しかし、至近から撃ち込まれる砲弾が、結局は樹々をなぎ倒し、やっぱり、いつまでも避けられるものではないのだ。
「やったるー☆」
ちょっとだけ村から離れたのを良しとして、天は銃撃を加えた。
仲間たちも、普通に地上に降りて戦う。
葉の乱舞で切り刻まれた、キマイラウィッチが、まだ撃破されずに向かってくるのだ。頭や胴体がちょん切れている。
「何か絶対に止まらん感がある敵なので、念入りに跡形も無く蜂の巣にしてやんよー☆」
天は、『肆式疆域守節(シシキキョウイキシュセツ)』を詠唱した。
拾参式と呼ばれる結界術の肆で、術式対象の周囲に大量の重火器を召喚しての飽和攻撃を行う。武器が並ぶまでは、『術』然としているが、射撃がはじまると、あまりにもけたたましかった。
バリバリと、大きな音が鳴り響く。
フォトンの矢や、葉の攻撃とはくらべものにならない。
「多数を巻き込みたいけれど多数に一斉攻撃を受けるのはヤだし、動き捲って的を絞らせないようにしないとね☆」
「天さんも、飛翔なさればよろしいのでは……?」
「レイさーん、いまからだとかえって的になるよー」
ディアボロスたちは、最初の隠密行動風はどっかに置いてきて、輪切りになっても突進してくる獣を端から撃破していく。
なし、な敵だったが、強敵というほどではなかった。
すっかり片付いたところで、天たちはその場をあとにする。
「次は避難だね。今の戦闘音で何か気付いてくれたりしてるとよきなんだけどなー」
村に続く道まで、もどってきた。
薄暗い森の先を透かして見るが、キマイラウィッチの残りや、増援などの気配はない。
「私たちしか勝たん☆」
ビジュアルなしな敵の全滅を確認し、風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は片腕を突き上げる。
「と、テンアゲしたところで村の方にゴー☆ さっきの戦闘、かなり派手めに音も出たから何かしら気付いてくれてるかな? とりま、期待半分で行きますか☆」
「戦闘音……。砲撃や銃声が、人々に聞こえていると良いですね」
レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は、言いつつゴーグルを通じて、デバイスの操作を行っている。
「先に向かってます」
再び、『アクロヴァレリア』を点火した。樹々よりも高く飛翔する。天の掲げた拳の真上を一回りしてから、直進していく。新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)も手を振って見送る。
「せっかく襲撃は防げたんだからね。また危険な目に合わせないように、いっしょに説得を頑張ろー」
「おけまる水産よいちょまる☆」
『友達催眠』や『プラチナチケット』などの交渉系エフェクトをかけ、橙花と天は道沿いに駆けだした。
全員で飛ばないのは、キマイラウィッチの本隊に捕捉されないよう、念のため。
いっぽうで、レイが期待しているのは、村人たちの反応だ。
「時代に似合わない格好で空を飛んでくるのですからね。先程の状況も合わせてただ事ではないと感じ取って頂けるといいのですが」
簡素な囲いが見えてきた。
あの、大砲を背負ったトループスたちの威力の前では、なんの防御もできなかったろう。やや高いところから村を見渡し、レイは声をかける。
「先程大きな音が聞こえなかったでしょうか? あれは爆撃の音です!」
焚火を囲んだ中年男性たちが、ガジェッティアの航空突撃兵のことを、そろって見上げてくる。ほとんどが口をぽかんと開けたままだが、ひとりがレイに問い返した。
「爆撃? さっきのが? 狼が襲ってくるんじゃ、ないのかー?」
「武装した狼の姿をした、しかし根本は全く違う魔物との戦闘になりました。撃退はしましたが連中はまだ健在です、より強力な軍を連れて戻ってきます。みなさんに相談がありますから、できるだけ集まってください。村長さんがいれば、お話を聞いて頂きたいです」
質問をしてくる別の男性。
「自動人形さまが来ないのはなぜなんだろう? なにか知っていませんか!」
「守ってくれるはずの自動人形もこの地より撤退しております。このままだと村人1人残さず殺されてしまいます。どうか悲劇が起こる前に避難を行って頂きたく!」
男性たちの顔色がかわり、ざわめきだす。
橙花が地上から登場したのは、このタイミング。囲いは、ひょいと跳び越えた。
「そこのお姉さんの言っているのは本当だよっ。私たち、一度戦ったんだよっ」
あえて、トループスたちからうけた負傷や、服の汚れはそのままにしてある。これも、危険度のアピールだ。
「俺たち、殺されるのか? こ、こわいなぁ……」
村人は本気で震えた。
どうやら、ディアボロスへの信用も得られたらしい。大き目の家屋に走る者がいて、すでに騒ぎを聞きつけて相談をおこなっていたのか、その家屋からは数人の老人と、付き添いの女性たちが出てくるところだった。
村の外周に沿うようにして、天は声かけをする。
「レイちゃんが集めているとこに、行きそびれてる人たちもいるかもだし☆」
やはり、はじめは大陸軍の使者と思われたようだ。
「違うよ、自動人形はもう居ない。迫っている敵と戦えるのは、私たちディアボロスだし☆ なんなら、大陸軍とも敵同士。その私たちが、この村までフツーに来てるのが、自動人形撤退の証拠になるかな?」
「そんな! 避難というのは、村を捨てなきゃならんのか。いったいどこへ行けば……」
中央の広場でも、村長から同様の問いがなされていた。
「サラマンカ要塞です」
レイは、人々の集まりを十分とみて、地上に降りた。皆と目線の高さを合わせ、誠意をみせるために。
「要塞で、我らの仲間や避難に応じた近隣の村民が抵抗の構えを見せております。どうか、そちらまで一緒に移動しては頂けないでしょうか」
「私たちで皆を守るからっ、要塞にいったん逃げてっ」
橙花は、時間に猶予がないことを伝える。天が、周辺住民をつれて、合流した。
最低限のものだけ持たせている。
「ちゃんと要塞内には皆を受け入れる準備が出来てるから。……ここはガチのマで大事なところだかんねー☆」
まさに、取る物も取り敢えずといった様相だが、おかげで説得は上手く行った。
最後は村長が、レイに避難の決断を伝える。
「いまほど、村のみんなの命を大切に思ったことはない。お願いしますじゃ」
「お任せください」
ディアボロスたちは、避難民たちの護衛について、要塞へと向かう。今度は目立たぬよう、一般人の速度にも合わせて、地上を徒歩で。
しんがりは天が努めて、取り残しがないよう、『避難勧告』をかけておいた。
「さて、大口叩いて逃げて貰った以上……後の敵はキッチリ斃さないとね☆」
村人の列は、頑丈そうな石組みの壁を見上げて、感嘆の声をもらした。
新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)たちは協力して前後を守り、村からサラマンカ要塞へと無事に一般人を収容する。
「これで後ろを気にせずに戦えるよねっ」
「避難は成功し、一旦の安全は確保されました。何よりです」
息をつく、レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)。そして、風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は、人々を誘導するあいだも、キョロキョロと見回している。
「この要塞……メッチャ映えポイントありそうなのがテンアゲ案件だよね☆」
城郭や聖堂を備えており、避難民を引き渡した広場はとても大きく、きちんとした石畳が敷かれて、全体が方形をしていた。周囲をとりまく建築も立派なものだ。
村長たちと別れるとレイは、彼らにむけていた笑みを引っ込め、ひきしまった顔になった。
「しかしすぐに敵はやってくる、本番はこれから……預かった命を必ず護りきります」
「とりま、敵が来る前に要塞探検しておかんとー☆ ファビエヌさんが要塞の防御施設って言ってたし、どんな感じに利用できて効果がありそうなのかを確認しないとね☆」
と、見回す動きは維持した天が言い、橙花は広場から出るゲートを指差して頷く。
「今回は敵の数が多いけど、壁とか門とかを利用すればかなり相手の数は絞れそう」
やはり、一番気になるのは要塞の外周部だ。
レイも敵が来るまでのあいだに設備を見ておきたいと、皆で連れ立つ。
「城塞を利用した防衛戦は初めてです。折角ですから、高低差を利用して戦いたいですね」
「ってことは、遠距離攻撃中心の偶に近接な雰囲気な感☆」
「完全に封鎖しているところじゃなくて、一か所だけは通れそう、当たりが良い感じかも。敵を誘い込めるような」
橙花と、天も手伝って、城壁が谷のように内側へと入り込んでいるような箇所の歩廊を探し出した。
キマイラウィッチが侵攻してくる方角とも合致している。ディアボロスたちは、そこを自分たちの持ち場と定め、敵の接近を待った。
やがて、甲冑に身をつつんだ人馬、トループス級『怨讐騎士』の姿が見える。
「今度の敵は……よし、外見オーライ☆ テンション下げんくて済みそー☆」
天たちは、サラマンカの内側へとクロノヴェーダ接近の報を出し、呼吸を合わせて歩廊の上から迎撃を開始する。
ゴーグル型デバイス『Boeotia』を起動し、レイはその超視界による知覚能力で敵の挙動を観察した。どうやら、目論見が当たったらしい。怨讐騎士は、楔型の陣形をとったまま、そっくり城壁の谷へと侵入してくるようだ。
「いくらでもかかってくると良いです、ボクの矢で撃ち抜いて差し上げます」
続けてレイは、右手の蒼き魔力の灯火を、機械魔導弓『ACRO』に番えて引き絞り、必中を誓って放った。
『人機一体:電撃戦の一矢(ブリッツディゾルバー)』は、神経リンクに従い、敵陣形の先頭へと刺さる。一体が転倒したことで、全体も通せんぼになった。
トループスたちはその場から、『復讐気闇弾』を撃つ。
復讐心をエネルギー弾に変えて放ち、当たった相手のエネルギーを奪い取るものだ。レイは、サイキックオーラの『アルヴァーレ』を張って耐えた。幾何学模様の光の防護壁で、超常の脅威を遮断してくれる。
未来的なデザインと、歴史的な城壁によるミスマッチが、共にキマイラウィッチの砲撃からレイを守った。
その間に、天は結界術の詠唱を終わらせている。
「キッチリ斃すって口に出した以上、やり遂げないと女が廃る感☆ マジでやったるー☆」
『肆式疆域守節(シシキキョウイキシュセツ)』だ。
歩廊に沿って等間隔に、召喚された重火器が設置されていく。
『電撃戦の一矢』に倒れた人馬は、仲間のはずの他の騎士たちによって踏みつけられている。陣が城壁の麓に到達するまで、『復讐気闇弾』も撃ち続ける。
レイは、ガントレット『シャルダント』からも幾何学模様の結界術を重ねて防いだ。
「家名の重みは決して破られまいとする、ボクの誓いです!」
「来た来た☆ 準備はいい、橙花?」
「うん、近い敵から削って一度に襲ってこられないように足止めだねっ」
胸壁の陰で、妖狐がくるりと舞うと、『呪法【八岐魂魄】(ジュホウ・ヤマタガタマシイ)』で呪を呼び込む。
天の重火器の並びは、誘い込んだ敵へと弾丸を浴びせて、先頭から順に撃破していく。
だが、敵の数は多い。倒れた同族を踏み越えてくる。
しかも、『怨讐騎士』の下半身担当は、蹄を突き刺す要領で、ほぼ垂直の壁を登攀してきた。
「やっぱり、天さんが言ってたとおりに近接戦闘に移行しようとしてるっ。ちょっと危なそうだから、攪乱もしてみようっと」
橙花は、フライトドローンを飛ばす。
まあ、これは気休め程度。
生き残って攻めてくるトループス級は、復讐心をたぎらせ、それが兜のすき間から漏れ出し、大剣に炎となって纏わりつく。『リベンジブレード』の切っ先が、ついに歩廊へと届いた。
「私もっ! 複合防御で頑張ってみるねー」
橙花の懐には、押し花のお守りと、狐娘の守護人形がしのばせてある。
お守りは、同じカースブレイドで、好ましく思っている人間から贈られたものだ。その破魔の力が、怨讐騎士の剣から炎を取り去る。元々は流し雛だった橙花に似た人形は、不思議な力で敵の武器の軌道を捻じ曲げる。
振り下ろされた剣は、胸壁の一部に引っかかった。
「我は喚ぶ、諏訪が地の大蛇の魂を……蹂躙だよっ!」
舞いが、恨みの霊力でもって、無数の鏃を放った。
城壁のてっぺんまで昇って来ていたトループスは、『八岐魂魄』を受けて馬の腹をみせながら落下していく。
「引き続きの肆式疆域でゴー☆ 敵が大量だから、ガンガン征くし☆」
天の斉射、そしてレイのフォトン矢が、キマイラウィッチを叩き落としていった。
防御施設の使い方は、適していたようだ。トループス級を全滅させて判ったのは、防御側の有利さである。
最後に、ヤギの足をもつ甲冑が、トコトコと歩いてくる。
「みんな勇敢に死んだ。結構なことだね」
アヴァタール級『ピエール・ダルク』が、ディアボロスたちに微笑みかける。
「随分と遅いお出ましですね。余裕ですか?」
新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)が、城壁の上から返した。口調は救出任務時と違い、冷たさと鋭さが備わっている。『ピエール・ダルク』は大げさな仕草で、ため息をつく。
「フゥ。僕はいつでも余裕さ。君たちと違って命を捧げる相手、ジャネットがいる。いくつ消費したって、もったいなくはないんだ。ほら、結構だろ?」
「何が結構なものか。それが指揮官の物言いならば、配下も浮かばれないな」
サラマンカに合流してきた、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も声を投げかける。
自動人形、そしてキマイラウィッチの身勝手さ。
その被害者である村人を守るため、要塞防衛は成功させる。
思いを同じくする皆が頷いた。アヴァタール級は、かぶりを振る。
「言い方を間違えたかな? 僕は怨讐騎士たちの勇敢さを誉めたんだよ?」
「んー★」
風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は、敵指揮官の姿をしげしげと眺めていた。
「台詞はちょっと諸行無常系っぽいけど、隠しきれないナルシー感がメンディーでサゲ……」
むしろ、外見よりも態度にやられてる感じだ。レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)が言葉にした。
「なるほど、配下がロクでも無ければ指揮するものも、またロクでもない」
飛行ユニット『アクロヴァレリア』の起動は済ませてある。
「ただただ突撃するしか脳のない敵は非常に与しやすかったですよ。これもまともな戦術も立てられない指揮官のおかげですね」
拝むふりまでして挑発している。
(「これくらい言わないとさ、気が済まないのですよね。このキマイラウィッチ相手にはさ!」)
溜めてきた『飛翔』を使った。
防壁の味方と挟撃する態勢だ。
ヤギの角をもつクロノヴェーダは、金髪を乱して前後を振り返る。
「僕の手腕を疑うのかい? 勝ってから言いたまえよ!」
背後の上空から視線を戻すと、胸壁にいたディアボロスたちが、それぞれ別方向に駆けだしている。
「今度は敵が単数、こちらが多数ですので相手を複数の方向から狙える場所で戦いましょう」
「いいだろう、作戦は合わせよう」
「ここで倒さんとだし気合入れなおしてゴー☆」
橙花の号令に、エトヴァと天が応えた。
天は、敵から遠ざかりながら、歩廊の折り返し地点を目指す。その間も、大型拳銃『Vertex.M51』をぶっ放している。仲間への援護を主体にして。射撃は彼女に任せ、橙花は反対方向へと走る。あえて姿をみせることで、敵の注意を引き攪乱した。エトヴァは胸壁を遮蔽に利用しながらゆっくりとだ。
クロスボウに魔力の矢を番える。
まるきりうずくまったのでは敵の動きは見えない。魔力障壁で身を護りつつ、遮蔽から遮蔽へと移動した。
空が唸る。
レイが、アクロヴァレリアの出力を最大にして、瞬間的に音の壁を超えたのだ。
「……!」
アヴァタール級のヤギ足が、振り返りぎわにもつれる。不意打ちのタイミングを、エトヴァは逃さない。
「――光、守護と成せ。『Fedelschüsse(フェーデルシュッセ)』!」
クロスボウからの矢が、精密連射される。
青き羽根の残像をともない、『ピエール・ダルク』の甲冑へと次々に突き刺さった。
「ぐぅっ! ……うう、うふふ♪」
呻き声をあげた同じ口の端が、きゅっと吊り上がる。
「復讐しよう。そうすればジャネットの為になるだろう!」
笑いながらの怒りには、なるほど狂気が見て取れる。エトヴァは、用心深くタワーシールドも構えた。戦旗をはためかせた槍の突撃が、城壁を登ってきた。
幾重にも張った守りは、凶悪な痛打に突き通される。
(「その憤怒の元凶が、自作自演だと知ったらどうするのか。あなた方の女王はそんな存在だと、言っても聞く耳もたなさそうだが……」)
シールドの裏で耐える。
「お門違いの恨み言だな。ましてや、お門違いな八つ当たりをされる民の立場など……理解することはなかろうな」
ふいにエトヴァが、顔を見せてピエールと視線を合わせた。
横殴りのように、高速で迫ったレイが、キマイラウィッチを胸壁から叩き落とす。
「この空を駆ける、これがボクの……機動戦闘の極致だ!」
「わあぁぁッ!」
頭から堕ちるピエールに、降下しながら追いすがるレイ。わずかな時間だが、あまりの速度に世界は止まったようになり、そしてブレた。煌剣『シュトライフリヒト』を握った彼女がいくつも現れて、敵を幾度も一閃する。
ボロボロになった胸鎧に、笑うピエールが顎をつけて、レイの本体を見返してきた。
「死を恐れてはいない。僕はジャネットの為に生まれてきた」
下半身の異形化が進む。垂直の壁に蹄を引っかけると、地面に激突することもなく、残像をかわしはじめる。やはり、ピエールはレイの位置を捉えている。
「アルヴァーレ……展開!」
幾何学模様の結界が張られた。
蹄の蹴りが、結界とインパクトする瞬間に、レイは『姿勢制御用噴射装置【Leprechaun】』を瞬間噴射。
異次元の空中機動でフラットスピンを慣行し、異形の攻撃をいなして弾く。
「ちぃッ! ……うふふ。勇敢に死ぬんだ。総てはジャネットの為になるからね」
攻撃が届かなかったアヴァタール級は、妄執を魔槍に宿して、壁面を走る。
レイは、噴射を続けて後退、高さで言うなら上昇した。この働きは、自分のための攻防ではない。視線を巡らせなくとも、初動で判っている。
胸壁の上からの、橙花とエトヴァの援護と、そして天。
(「戦闘がある程度派手になって来たら、私の攻撃頻度が減っても気にならなくなるだろうし、コッソリ敵の死角への回り込み大作戦―☆」)
歩廊の折り返しを回った天は橙花たちの向い側、ちょうどピエールの背中を狙える位置なのだ。
もちろん、レイたちが注意を引いているからこそである。
「からの~……ザ・突貫☆」
納刀したまま、跳躍した。
『初式抜刀「難陀」(ショシキバットウ「ナンダ」)』は、捌式抜刀の基礎中の基礎。構えは奇をてらうこともなく、王道を征く。
ただし今は、その姿勢のまま、壁から壁へと跳んでくる。
「ズンバラリン☆ ウェイ☆」
一瞬の太刀筋に、甲冑の背が真っ二つに割れた。
中身の異形化したピエールが、勢い余って歩廊の上に投げ出される。
「ディ、ディアボロスめぇ~! 僕は、これしきの騙し討ちは怖れないぞ。ジャネットの受難に比べれば、これしきの……!」
強がりだろう。
背中の負傷箇所に手をまわし、その刀傷をつけた相手を警戒するあまり、壁の下を覗いている。
「目前の敵から目を離すとは、戦う者としては未熟では?」
歩廊を駆け、橙花は距離を詰めた。
研ぎ澄まされた感覚のまえでは、隠しようもなく露わになっているクロノヴェーダの存在そのもの。切断できる断面を認識した上で、橙花は正確無比にその軌跡を切り裂く。
「『呪剣【繊月乃刃】(ジュケン・センゲツノヤイバ)』、貴方を終わりの旅へと、誘いましょう……心配不要です。貴方の主君もいずれ同じ道を歩むのですから」
「ジャネット……! ぼ、僕は!」
もんどりうって、アヴァタール級『ピエール・ダルク』は、今度こそ要塞の外側へと落ちていった。
橙花のそばへと着地したレイは、すこしは気が済んだような顔を、ゴーグルデバイスの奥に覗かせる。改めて眺めるに、サラマンカから広がる景色は良いものだ。
エトヴァは仲間たちと決意を新たにする。
「キマイラウィッチには渡さない。この場所から、イベリアを取り戻そう」
「うん☆ ……帰還前にちょっち映えポイント見て、テンアゲしてくるー☆」
胸壁の端っこにへばりついていた天が、ひっこめていた首を伸ばしてその笑顔を見せた。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー