大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『慈悲深い人形には適任だ』

慈悲深い人形には適任だ(作者 大丁)

 かつて、『サラマンカ』の城の城主の部屋にて。グランダルメの大参謀『バティスト・ジュールダン』は驚きの声をあげたものだ。
「本国からの撤退命令ですか」
「パリがディアボロスに奪われ、ミュラ殿がナポリを奪われ撤退したという事だ。これ以上、イベリア半島に戦力を置いておく事はできまい」
 そう答えながら『ジャン・ランヌ』元帥は、まっすぐに見据えてくる。
「しかし、エルドラードがスペインを制する事は、なんとしても避けねばならなかったのでは?」
「優先順位の問題だ。それに、エルドラードからイベリア半島を護る手も既に討っているそうだ」
 元帥は、大参謀の反論にも微動だにしない。ジュールダンは制帽のつばに手をやり、視線を落とした。
「どちらにせよ、私たちに拒否権はありませんね。ですが、撤退中にディアボロスの襲撃を受ければ、被害は免れません」
「ある程度の被害は織り込み済みではある。だが、君の采配で、少しでも多くの戦力を本国に送って欲しい」
 ランヌの視線には、信頼が含まれていた。
 制帽のつばが、再び上を向く。
「心得ました。あなたと、そして精鋭軍だけでも必ず、本国に送り届けましょう」
 大参謀はその後、『采配』を実行に移した。
 いくつかの経過報告を聞きながら、ランヌ元帥との約束を思い返している。
(「ようやくここまで来た。『慈悲深い人形』には適任だったな」)

 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、車内で案内している。
「『断頭革命グランダルメ』は、『黄金海賊船エルドラード』から防衛したイベリア半島を放棄して、半島の軍勢を本国に帰還させようとしているところです。『サラマンカ』は別の作戦の舞台となっておりますわ」
 ぬいぐるみを操り、変化した情勢へと資料を架け替えていく。
「自動人形の部隊は、ディアボロスと因縁のある『ジャン・ランヌ元帥』と、大参謀の称号を持つ『バティスト・ジュールダン』の2体のジェネラル級が指揮しているようですわね」
 今回の依頼は、この撤退軍に攻撃を仕掛け、できるだけ多くの軍勢を撃破して欲しいとのことだった。
「作戦がうまくいけば、ジュールダンやランヌといったジェネラル級を討つチャンスも得られますわ」

 地図は詳細なものに差し替えられる。
 ピレネー山脈の拡大図と、フランスへの帰還ルートだ。
「この山脈越えの隙を狙います。当列車は、敵の経路を先回りするように移動しますから、撤退しようとする大陸軍を先に見つけ、撃破してくださいませ」
 軍勢は、指揮するアヴァタール級と、精鋭部隊、その精鋭部隊に率いられる大群のトループス級という編成になっているようだ。
 種族はすべて自動人形である。記録や目撃例も多い敵だ。
「指揮官『慈悲深いメリザンド』は、処刑とは罪人への慈悲という考えを持っていて、刃物や爪、青いバラを武器とする冷酷な存在でした。しかし、この依頼で遭遇する個体は、人間が思うところの慈悲深さを備えているようですわ」
 大群のトループスを護って、落伍者を出さずに山脈越えを果たそうとしている。
「精鋭部隊『解体少女』もまた、大群のトループス級『リベルタス・ドール』を護ろうとします。今までの護衛するトループス級の任務は、もっぱらボスの安全でしたから、この変化は覚えておいてください。さらに、精鋭部隊と大群のどちらに攻撃を仕掛けても、指揮官はそれを護ろうとするということです」
 ファビエヌは、方法は参加者に任せるとしながらも、ひとつの提案をした。
「類似の事件を扱ったさいに判明した作戦が、今回も通用しそうです。まず、『敵部隊哨戒任務』を行い、指揮官の情報を集めてください。その上でなら、『指揮官』のみを攻撃し、撃破することが可能です。この『指揮官攻撃班』のほかに、『護衛追撃班』と『大群追撃班』を組織し、同時に依頼参加します。指揮官撃破後に逃走する精鋭部隊は護衛を放棄しており、大群は無防備、両トループスとも全滅させるまでの負担が減っていますわ」
 三班をもれなく用意できるかが、難しいところ。
「メリットは、作戦完了までの時間が短くて済む。これにつきます」

 プラットホームに降りがてら、ファビエヌはつけくわえた。
「もしも、ランヌ元帥や、大参謀のジュールダンなどの有力なジェネラル級を討てたのなら、グランダルメに与えられる打撃は計り知れませんわ。イイコトをなさってくださいませ」

 ピレネー山脈も深いところまで来ていたが、森林限界よりも低いルートをとっていたため、周囲は樹々に囲まれていた。
 『慈悲深いメリザンド』に率いられた大群は、森を抜けたところにある草原で、休憩をとらせてもらっている。精鋭部隊が等間隔で円をつくるようにして警備し、メリザンドは周回しながら、配下たちの様子を見て回る。
 とあるリベルタス・ドールが、不調をきたしていると報告を受けた。
 メリザンドはすぐに駆け付け、他の配下に症状を聞いた。
「足関節のからくりが、摩耗から破損しています」
「補給部品は十分でしたでしょう。この場で交換してあげて」
 人間を模した顔が、心配そうに眉根を寄せている。故障した人形は、首を振った。
「メリザンド様、ワタシのために時間をとらせるわけにはいきません。どうか、この森に打ち捨てていってくださいまし」
「いいえ。本国に帰るときは、みんな一緒よ」
 今度は、とびきりの笑顔になった。
 解体少女が修理するあいだ、リベルタス・ドールは何度も頷いている。瞳のない目に、涙を流す機能があれば、泣いていただろう。

 ディアボロスたちが到着した森も、生えているのは高木だ。
 その足元には茂みがあり、土地の起伏でデコボコしている。陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が見立てたところでは、木陰や岩陰を利用し、潜みながら敵部隊に近づいていけそうだった。
「今回はこっちが有利な立場にいる」
「いいじゃないいいじゃない、あたしたちが押してるって事よね?」
 牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)は、哨戒任務に手をあげた。
「うん。撤退軍を撃破していけばジェネラル級を仕留めるチャンスが出来る。ファビエヌからもらった地図は、僕の頭に叩き込んだから、フランスへの帰還ルートを逆に辿って見つけてくるよ」
 双眼鏡を手に、頼人も名乗りをあげた。
 ふたりが森に分け入ってしばらく、見渡した周囲に猛禽類とおもわれる鳥の姿があった。
「さーて、あたしも一仕事しちゃいますか!」
 エフェクトを起こし、『使い魔使役』の管理下に置く。
 先行させれば、大陸軍の現在位置を探しやすくなるだろう。指揮官『慈悲深いメリザンド』の居場所と情報も掴めるかもしれない。
「しかしいくら敵とはいえ仲間への慈悲の心を持っている相手と戦うのって気が進まないけど……」
 視覚と聴覚を鳥と共有しながら、星奈が調子を抑えた声で言った。
 頼人は、その肩に手を置く。
「『こころ』や『矜持』を持つ敵と戦うのは今回が初めてじゃないさ」
 ときに身を屈め、茂みから茂みへと駆け足になり、樹木の幹に重なるように立つこともあれば、草のあいだを腹ばいで進む。
 下生えに覆われた傾斜のむこうを覗き込もうと双眼鏡を調整していると、頼人のうしろで呻きが聞こえた。
「……うぅ」
「どうしたの、星奈?」
「鳥ちゃんの見聞きが急に途切れちゃった」
「場所は判るかい?」
「あのへん……」
 指差した方向に焦点を合わせる。
 ふたりがじっとしていると、レンズが人影を捉えた。
「『解体少女』だ。向こうもふたりいる」
 撤退軍を護衛しているトループス級であろう。近くに本隊は見当たらなかった。
「なにしてるの?」
「偵察だと思うな。僕たちには気がついていないみたいだよ。……あっ」
 双眼鏡の枠の中で、解体少女の一体が、何かを拾い上げる。
 羽を掴まれ、だらりと垂れ下がった、猛禽類だ。
 胴体部分に鋸を引いたような、荒い傷跡があり、それが致命傷になったのは明らかだった。その様子を星奈にも確認してもらい、使役していた鳥と特徴が一致した。
 トループスたちは何事か相談したあと、別行動をとった。
 去っていった一体は、おそらく指揮官への報告だろう。起伏を越えてすぐに見えなくなる。鳥を掴んだ一体はその場に残り、辺りを警戒していた。
 頼人たちからは距離があるので潜伏の続行は可能だが、突破は出来そうにない。
 待っていても、本隊が通りかかることもないだろう。ただ、敵のルートのひとつを潰したのは確かだ。哨戒はやり直せる。
 静かに後退りし、最後に見た『解体少女』の行動は、鳥の遺骸を無造作に捨てるところだった。
 アヴァタール級がどうかは知らないが、このトループスから慈悲深さは感じられない。
「戦争なんだよね、これ」
「僕達には取り戻したいものがあるんだ。悪いけど、容赦はしないよ」
 ディアボロスの仲間たちとの合流を急ぎながら、ふたりは依頼内容を聞いたときの感想をまた言い合った。意味合いに若干の変化を伴って。

 頼人と星奈が掴んだ情報は、レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)が用意した『パラドクス通信』によって共有される。
「撤退中の部隊でも……いえ、だからこそと言うべきでしょうか。私たちへの警戒、対策は怠っていないようですね」
「うーん、この森の中で敵軍を探して指揮官を探るのかぁ……ちょっと骨が折れそうな予感」
 ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、また別の場所に潜んでいる。
 以後のやり取りも、通信を介したものだ。
「でも、手間がかかるのは、この作戦そのものと一緒だよね。小さな事からこつこつと行こう!」
 明るい声が、ディアボロスの手元の小さな機器にいきわたった。
「お聞きした敵の斥候の様子からすると、そのルートを本隊が通ることはないと私も考えます。報告に去った自動人形の行き先から、本隊の位置をおおよそ予測してみましょう」
 レイラは迷彩服を着こみ、先発と同じように木陰や茂みに身を隠しながら偵察に加わる。
 手分けして、別のルートを探すのだ。
「大軍って言うくらいだから、結構な人数なんだよね? だったら足音とか指示を出す声とかで大まかには場所を掴めるはず」
 ハニエルは耳をそばだてて。
「あ。レイラちゃんは、通信機をありがと☆ 私の『光学迷彩』も使ってね♪」
「フェニックス様、お借りします」
 もともと、パラドクストレインで先回りできていたので、レイラとハニエルの予測を大きく外れたりはしなかった。それぞれの隠れ場所から、撤退軍を観察できる位置につくことになる。
 森の中では迷彩は重宝し、護衛トループスによる偵察もやり過ごす。
 このあたりは、すべてが樹木に覆われているわけではなく、ところどころで森がきれ、丈の低い草だけのなだらかな地形もあった。撤退軍はそうした草原で休憩をとっていたのだ。
 大群の『リベルタス・ドール』を中央に寄せて座らせ、その周囲を『解体少女』が等間隔に並んで警備している。
 レイラとハニエルは、発見後も慎重を期した。
 当然、敵に対してすぐに手は出さず、指揮官の所在を探ろうとする。
「青い薔薇とか持ってるなら、色合い的にも見つけやすい気がするね」
 実際、ハニエルの居場所から近いところで、アヴァタール級が見回りをしていたのだ。
 薔薇と、青系のドレス。補助の腕に鋭い刃が取り付けてある。『慈悲深いメリザンド』で間違いない。
 ふたりは手分けすることとし、ハニエルは指揮官の監視に残った。
 レイラは、この後の予測行軍ルートへと先回りする。
「襲撃に適した、隠れる場所の多いところや、大群での戦闘には向かない、細い道などを探し襲撃地点を見定めてきます」
「気をつけてね☆ 私もがんばる。自軍の人形を見回るとかで、指揮官だけを攻撃出来るような動きをしたり、陣形を組んだりする時がきっと来る! はず!」
 ふたりともに収穫があった。
 ハニエルからの通信で、故障した人形を手当てするために、メリザンドが単独で休憩場所の端に向かっているらしい。もし、時先案内人の提案した三班体制で指揮官から撃破し、残りを追撃する作戦をとるなら、いますぐこの草原で行うのがいい。
 それ以外の順番で各自動人形と戦っていくなら、広い草原よりもレイラがみつけてきた森林の深い場所での襲撃地点が適している。撤退軍が休憩をあけて、移動するまで待つ。その場合、どの敵にもなにかしら護衛がついた状態となる。
 『草原』か、『森林』か。
 ディアボロスたちは、すぐに決断を下さねばならない。通信機ごしに、レイラは低く言った。
「これを逃せば、次にランヌまで手を届かせられる機会は多くないでしょう。必ずや完遂させましょう」

「みーっけた!」
 ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、指揮官の単独行動を捉えた。
 撤退軍の全体は草原で休憩中だ。
「仕掛けちゃいたいな。あの青い薔薇とドレスがこの大群の中でも目立ってると言っても見失いそうだから。決めるなら、ちょっと急ぎ目に」
 隠密や調査で散らばる仲間に通信する。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は、現場のあいだを取り持っていた。
ピレネーの攻略は……ただできることを、進めていくしかない。着実に、大陸軍の戦力を削ぎ落とすために」
 チームの意見を纏めるあいま、通信機を下ろして独り言ちる。
「秩序を保った状態で撤退されるのも難儀な話だが、それも順調に事が進めばの話だ」
 アドル・ユグドラシア(我道の求道者・g08396)が、『草原』に票を投じた。
「付け入る隙があるのなら利用しよう。この戦い、俺も助力させて貰う」
「ありがとう、これで決まった。仲間たちが見つけてくれた好機を活かし、単独の指揮官へ仕掛けよう」
 迷彩コートの装備とエフェクト残留、地形の利用など、先発の偵察に倣う。
 不意打ちのタイミングと合図を周知し、敵指揮官の撃破後に追撃する二班も組織された。
「……ん?」
「おやぁ」
「これは……!」
 指揮官攻撃班の魂に、なにかが響いてきた。作戦は上手くいく、そんな予感がする。エトヴァは天使の翼から、鱗粉状のオーラを舞い散らせた。
 隠れ場所から、自動人形の手当てをしているあたりにオーラが届く。
 まかれた者を惑わし、動きを鈍らせるのだ。クロスボウ型の武器、『»Paradiesvogel«』に矢を番え、狙いをつけた。
 在りもしない幻を見ながらも、敵指揮官は存在しない物、青きバラを手に取った。
 アヴァタール級自動人形『慈悲深いメリザンド』の緊張は、配下たちには伝わっていないようだ。
「あの薔薇がじゃんじゃか降ってくるのは恐いね!」
 襲撃を一番推していたハニエルも、楽観はしていない。
 突如としてメリザンドは、周辺にそれらを叩きつけはじめる。ただし、目標はとれていないようだ。エトヴァは『山繭幻惑弓』で、彼女の胸を射抜く。
 攻撃班は隠れ場所から立ち上がり、矢を受けた敵のもとへと走った。
 青薔薇の乱舞に向かっていくことになるが、エトヴァは魔力障壁を張り、タワーシールドを掲げて広範囲を防御しつつ、視線を逸らさぬよう、まっすぐに駆ける。
「青薔薇は、すでに手にしつつあるものだな」
「エトヴァくん、すっごーい! 近寄れないし、中々狙いを定める時間も取れないよ……」
 弓状の剣、『エンジェル・ムーン』を携えながらも、ハニエルはあたふたした。
「……でも頑張る! ここでクロノヴェーダの大軍を逃がしちゃったら、このディビジョンが後々大変だもん」
 聖なる力を込めようと、精神を集中させた。
 エトヴァは翼をしならせて、鱗粉を標的にあびせ続ける。そのあいだに弓剣には、聖なるオーラの矢が番えられ、銀色に輝きだした。
「出来る限りの矢を射て、出来る限り私に釘付けになってもらうよ!」
「手負いなのに、この指揮官の攻撃には注意が要るな」
 接敵したアドルは、矢が胸に刺さったままの自動人形が、補助腕の先端に装備された刃を、激しく回転させているところに出くわす。
 処刑任務の本領発揮である。
「あう、あうううう!」
 悲痛な叫びと、敵襲を退けようという意思、回転する刃の機械音が、ないまぜになっていた。
 その懐へ、アドルは潜り込むのだ。
「小細工はせず全身全霊を込めて敵の防御諸共叩っ切る!」
 『バーサーク・ブレード』を発動した。
 クロスボウからのものに加え、ハニエルの『ホーリー・シルバー・エンジェリック・アロー』が援護してくれる。
「射抜いてみせるよ、キミのハート!」
 指揮官のすぐそばにいた自動人形は、巻き込まれて機能停止した。
「まぁ、ハニィちゃんの矢は結構優れものだからね♪」
 片目をつぶってウインク。
 ハニエルに、いつもの調子が戻ってくる。アドルの背中が合図してきたので、射撃をいったん控えると、彼はメリザンドの『哀悼の刃』について攻略法を見つけたのか、動きが変わっていた。
「慈悲深いだか何だか知らんが、首狙いと分かっているなら、どれが来るかを見定め続けるより、首の近くに来た攻撃だけを受け流すか弾くかする方が手間は少ないか?」
「多少狙いが逸れたって、あなたのハートを追いかけちゃうんだからね!」
 取り巻きの人形を倒した銀の矢が、アドルが攻めているのと反対側に回り込んで、クロスボウの矢と同じ個所に突き立った。
「あ、あああッ!!」
「メリザンド様……?」
「そんな、メリザンド様がっ!?」
 叫びに、護衛のトループスたちが気付いた。
ディアボロスだ、この罪人どもめ!」
 まだ、十分に距離は離れている。
 従順な配下が、必死に駆けつけているのは判るのだが。
「この首、渡す気は毛頭ないのでな」
 アドルが、刃のひとつをギリギリのところではじき返した。護衛や大群の動きを、潜んだ仲間たちは堪えてくれている。この作戦にも、ギリギリのところの判断が必要なのだ。
「全て、断ち切る……!」
 物理的、精神的な全力を長剣『月光』と『流星』に込め、味方の援護と魂のつながりものせた。
「ひぅっ……」
 アヴァタール級自動人形『慈悲深いメリザンド』は、まるで息をのんだような音を喉からたてたあと、アドルによって斬首された。
 指と、補助腕のさきは、撤退軍に伸ばされている。
 最期の瞬間まで配下を思っていたと、エトヴァには感じられた。
「その心意気は、指揮官として見事だよ、敬意を表する」
 クロスボウは下ろさず、メリザンドの配下たちへと向けた。指揮官撃破の合図を、パラドクス通信で飛ばしたあとで。
「ジュールダンは貴女の慈悲を利用したよ……とは伝えぬのが慈悲になったか」

「一網打尽のチャーンス! 行っくよー、ジンライくん!」
「ここで敵を全滅させられれば一気に戦力を削ぎ落せる。がんばろう、星奈!」
 合図を受けて、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)と陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、隠れ場所から草原へと飛び出した。
 ふたりは『護衛追撃班』。
 グランダルメの精鋭部隊、『解体少女』を受け持つこととなる。戦力差は、連携で埋めるつもりだ。
「あたしたちのコンビネーション、見せてあげる!」
 長柄武器を構えて走る星奈だったが、精鋭部隊は逃げるばかりだった。
 指揮官が襲撃されているあいだは護衛を間に合わせようと全力だったのに、メリザンドが撃破されてしまうと方向転換をかけてしまう。
 案内人から聞いていたように、もはやこのトループスは、護衛ではないのだ。
 お人形らしいヒラヒラした服を追いかけて、星奈は武器が届きそうな距離まで接近する。解体少女のもつ『処刑者の剣』は、鋸のような刃だった。追跡者にむかって後ろ向きに振られると、一種の波動が放たれる。
「あれ、おぞましいって聞いてたけど、抵抗できちゃった☆」
 情報では、当たれば動きが鈍くなるはずだから、距離をあけられてしまったはずだ。
「ひょっとして、あたしの勇気のせい? なんでもないなら、カウンターの薙ぎ払いをお見舞いしちゃうよ!」
 『キラキランサー』を横一文字。
 すぐ前を走っていた解体少女は、背中に重大な損傷を負って、転倒した。星奈は人形をまたぎ越す。おそらく、撃破出来ている。
「このまま倒していくのもいいけど、ジンライくんの手助けもしたいな♪」
 魔術知識をひもといて、氷雪使いの呪文を高速詠唱した。
 呼び起こした『アイスエイジブリザード』は、解体少女の群れを、まるごとその範囲に含め、凍てつく吹雪で覆い尽くしてしまう。
 真っ白になった草原で、トループスたちは視界を遮られているだろう。
 頼人は低空の飛翔に移行し、星奈を抜き去りながら手を振り、感謝を伝えた。自身も、吹雪のなかに突っ込んでいく。
「敵は総崩れだ。戦闘知識の範疇を越えて陣形が成立していない。僕が囮になって、浮き足立った敵を一ヶ所に集める計略だったけど、解体少女に戦うつもりがまったくないな。……おっと!」
 方向感覚を失った一体が、鋸剣を大上段から振り下ろしてきた。
 出会いがしらなら、『死を招く剣』も使ってくる。けれども頼人は、飛翔のスピードを活かしてフェイントをかけた。
 右に振ってから、左へ。
 鋸刃は、白くなった草地を削っただけだ。吹雪にまぎれた地面スレスレのまま、この場は離脱した。
「敵戦力が想定よりも劣っている……。これもイレギュラーのうちかな? 臨機応変にいこう」
 飛びながら反転してくると、敵の鋸刃を回避しながら早業で、トラップを仕掛ける。
 罠使いの面目躍如だ。
 早く、そして一度で多く、敵を仕留めたい。
「『侵略(インベイデッド・ユア・テリトリー)』!」
 視界が真っ白で判りにくいが、獲物が落とし穴にかかっていく気配がする。
「星奈、もうじゅうぶんだよ!」
「わかった、ジンライくん☆」
 ブリザードが止むと、解体少女たちは草より低い位置に埋もれている。
 竜骸剣とキラキランサー。
 武器でのとどめを刺した。罠の仕掛けは、混乱を助長させる目的で持ち込んだものだったが、今回は決着をつけるほど効果的だった。
「ねぇ、ジンライくん」
 大群のトループスは数があるので、ふたりは気を抜かずに敵を追い、また走りだしたのだが。
「なんとなーく、いつもより好きに戦えた、というか……。そんな感じしない?」
 星奈の問いには、頼人も頷けるところがある。
「うん。考えていた以上に、事態が良くなっていくみたいだった。息も合ってたし……」
「だよね? あたしたちのコンビネーションも成長してるんだよ♪」

「一匹残らず倒し切ろう」
 ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)が号令をかけると、ディアボロスたちにはなにか魂に響いてくるものがあった。レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)の表情はいつも通り。
「こちらの戦力は十分」
 むしろ、より落ち着いている。
 ミニドラゴン『リュカ』とフィリス・ローラシア夢現の竜使い・g04475)は、元気な感じがすると、素直に伝えあう。
「撤退する敵部隊の追撃ですか。なるべく逃がさずに仕留めますよ、リュカ」
 大群にサーヴァントをけしかけ、思いっきり暴れてもらう。フィリスも雷でトループスを撃つが、攻撃の主体はミニドラゴンだ。
 自動人形『リベルタス・ドール』は旗つきの槍を持つが、飛び回る小型の竜を追い払うのにその穂先は使われない。
「体が小さいからといって油断していると命取り……むしろ怖れているのです」
 『神竜の行進・雷撃(シンリュウノコウシン・ライゲキ)』により、リュカの動きはより激しくなった。
 身体に雷をまといつつ、飛行する軌跡も稲妻をかたどったジグザグだ。
「こ、来ないで! ここから先は、グランダルメの領土としますから!」
 震える人形の一体が、槍の石突を草地に立てた。
 ひるがえる旗を、レイラは冷ややかに見つめる。
「たとえ心なき自動人形に仲間同士を慈しむ心があったとしても」
 催眠効果を無視して踏み込む。
「あなた方が人民の皆様を弾圧し、処刑し、苦しめてきたことに何ら変わりはございません」
「それに、逃げるつもりの敵がこの地の領土宣言をするなんて、矛盾に満ちていて説得力が足りない気がするのです」
 フィリスにも旗の効果はないようだ。
 レイラは、『手製奉仕・迷(ハンドメイドサービス・ザブルゥヂーッツァ)』の銀糸を手にする。
「私たちは私たちの大事なもののために戦う、ただそれだけのことです。あなた方はもう、自身の大事なもののために戦うことすらできない」
 類似の依頼に参加したときのように、精鋭部隊も撃破され、烏合の衆と化すならば、大群の撃破も難しくないだろう。
 立てた旗はすぐに放棄され、リベルタス・ドールは敗走を続ける。
 武器としてトーチ型火炎放射器も所持しているものの、せっかくの高熱火炎も振り返りざまに使用されるだけでは、自由自在にばら撒くとはいかないようだ。
「『汚物を浄化する自由なる聖火』……。ちゃんと消火しないとね」
 ラズロルは、草原に燃え広がってしまわないか、気にかけている。レイラは、銀の糸を張り巡らせた。
 どこかのタイミングで、大群の逃亡を阻害する必要はあったから。
 糸を足場にすると、レイラはそれを伝って戦場を駆けた。拘束した人形たちのあいだを巡り、銀の針を投擲し、あるいは直接刺し貫くことで撃破していく。フィリスのミニドラゴンがそうであったように、広範囲の攻撃を行うことで敵の数を効率良く減らし、討ち漏らしのないよう心がけている。
 草が、なびいた。
「砂塵よ集え、鉄壁となりて護る力となれ! 『デザートウォール』!」
 風にふかれた砂が集まり、大きな手の形になる。ラズロルはそれを操った。まずは、あちこちに散った火の粉が、燃え移ろうとしているのを止めたい。
「砂の手で、ぱんぱん!」
 引火しそうな草を潰して砂で覆い、鎮める。
「やぁ、いつもより手が言うことをきくね。みんな、手分けして囲い込むように位置取りしよ」
「ここで敵の数を減らして、後顧の憂いを少なくするのですよ」
 砂の手に覆われた範囲へと、フィリスはリュカを放つ。レイラも銀糸を張り直した。
「貴女がたはイベリアを放棄し、キマイラウィッチを呼び込み、人民の虐殺を招いた。人民を守らぬ為政者に領有の権利はございません」
 範囲内で旗を立てようとする人形を、針の一刺しで倒す。
 砂の手は、通せんぼを逃れようとするものをビターンとはたき潰し、あるいはとっ捕まえて、仲間の方へ引き渡すかのようにぽーいと投げ飛ばした。
 ラズロルは、大群の動向を見渡しながら仲間と連携し、砂の手の囲いを狭めていく。
 連携には、指揮官と護衛の撃破にまわったディアボロスたちも含まれた。最終盤では、誰がとどめを刺したのかわからないほど、リベルタス・ドールの残骸が積み上がる。
「ナポレオンの下に行かせはしないよ。ついでにジュールダンもランヌも出てこれば良いのにな」
 『デザートウォール』を解除し、ラズロルは撤退軍のひとつを潰せたと確認する。ジェネラル級を含む本隊を捕まえるのには、まだかかりそうである。
「……ん?」
 彼の横顔に、エトヴァはこれまで以上のつながりを感じた。
 アドルとハニエルも、なにとは判らぬものに引かれている。頼人と星奈は手を握り合う、普段なら人前でそんなことはしないのに。レイラもフィリスも、戦闘前の感触を辿って、それが同じ班だったラズロルに行きついた。
「ラズ、君がなにかしたのか?」
 エトヴァが尋ねる。
「ごきげんにしてたね。みんなも何かイイことあったのかい?」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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