大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『革命軍指揮者リヴォリャーツィヤ』

革命軍指揮者リヴォリャーツィヤ(作者 大丁)

 

 配下に耳打ちされた。

 頭部のすべてを包帯で巻かれたヴァンパイアノーブルは、急ぎそこをたつ。

「さすがだなディアボロス。幾つもの大領主を滅ぼし、ココツェフ伯爵を討っただけでなく、怪僧ラスプーチンと冬将軍すら滅ぼしたというのは、嘘では無いようだ」

 目鼻の位置には血の色の星型。

「だが、革命軍など、使い捨ての駒に過ぎないのだよ。お前達が、革命軍に気を取られている間に、我々は新しい支配体制の準備を整えることが出来たのだからな」

 写真で飾られた廊下を、真っ赤なスーツ姿が歩いていく。

「せいぜい、仮初の勝利に浮かれているがいい。私は、ここで退場させてもらうよ」

 玄関ホールのバルコニーに立つ。

 マントをひるがえし、階段を降りようとしたところで、慌てた配下に裏口へと引き戻された。

ストックホルムに、私がいない事に気付いて、せいぜい歯噛みすればよい」

 押し込められるようにして乗せられた車のなか。

 ふんぞり返って指示を出す。

「まずは秘密拠点に戻り、その後悠々と、サンクトペテルブルクに帰還するとしよう」

 革命軍を指揮するジェネラル級、『リヴォリャーツィヤ』の脱出劇であった。

 

 新宿駅グランドターミナルに、『吸血ロマノフ王朝』行きのパラドクストレインが出現していた。

 車内で、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)による時先案内が行われる。

「皆様の活躍で、ストックホルムの革命軍拠点を壊滅させる事ができましたわ」

 嬉しそうに微笑んだ。

「肝心の、革命軍の指導者『リヴォリャーツィヤ』の姿は既にありませんでしたが、こちらについては、怪僧ラスプーチンから面白い情報が来ております。リヴォリャーツィヤの目的は、革命軍を利用した時間稼ぎに過ぎない。革命軍が壊滅させられれば、すぐに拠点を捨てて、サンクトペテルブルクに撤退するだろう。……ですって」

 各都市間の位置を示した地図が掲出された。

 いつもどおり、ぬいぐるみたちがお手伝いをする。

 ストックホルムからサンクトペテルブルクに撤退する際に、立ち寄るだろう秘密拠点の場所まで記されていた。

「皆様には拠点へと先回りし、内部の敵を掃討してから、リヴォリャーツィヤを出迎え、決戦を挑み、撃破していただきます。革命軍の終焉の宴ですわ。完全に滅亡し、二度と現れる事はないでしょう」

 

 二枚目の地形図を出させる。

 秘密拠点とやらは、ストックホルムフィンランドの間にあるオーランド諸島の海沿いに建てられている。

 海に面した洞窟の一つから出入り出来るのだが、敵に気付かれずに侵入するには、秘密の合言葉が必要になるらしい。

「洞窟に隠された扉の前で合言葉を唱えますと、扉が開き、秘密拠点の中に入り込むことが出来るという仕掛けですわ。……迷路ですとか鍵ですとか、お好きなのね」

 この合言葉は、リヴォリャーツィヤが管理し、たびたび更新しているのだろう。ラスプーチンにも判らないらしい。

 もっとも、『合言葉』で開くという事がわかっていれば、試行回数で何とでもなるだろう。

ラスプーチンからは、リヴォリャーツィヤは、革命家や思想家の格言などを好んでいたので、それが合言葉に使われている可能性が高いだろうという話もありました。参考になさってください。拠点潜入後は、内部にいるトループス級、『ノーブルメイド』を撃破して拠点を制圧、のこのこやってくる、リヴォリャーツィヤを待ち受けるのがイイですわ。……フフ」

 ファビエヌの微笑みが、いたずらっぽくなる。

「リヴォリャーツィヤは、秘密拠点は絶対に安全だと油断しているので、ノーブルメイドの振りをして近づくのも、イイコトかもしれませんわ」

 

 説明を終えて、案内人は姿勢を正した。

「怪僧ラスプーチンの情報で、うまく、待ち伏せして撃破する事が可能になりました。旧来の吸血ロマノフ王朝の支配の象徴の一つであった革命軍が滅びるとなると、わたくしにも感慨深いものがあります。ですが……」

 片付けの済んだ人形たちが、ファビエヌの傍らに並んだ。

「視点を変えれば、怪僧ラスプーチンが、ディアボロスを利用して政敵を葬っているとも言えるのですからね。今回の情報にも嘘はありません。ただ、信用しすぎないように注意は必要でしょう」

 

 秘密拠点の大広間は天井も高く、豪華なシャンデリアがいくつもぶら下がっていた。

 ノーブルメイドたちは、リヴォリャーツィヤのお出迎えの準備で忙しい。

 掃除をするものが、真っ赤な調度品を丁寧に磨いている。

 テーブルクロスだけは真っ白で、銀器の並び具合から、豪華な料理や高級な酒類の用意もなされるようだ。

 クロノヴェーダにとって、飲食は趣味である。

 より、芸術向きな吸血鬼が、余興の段取りについて、地位のあるメイドと相談を続けていた。

 

 秘密拠点の主人に先駆け、オーランド諸島に到着したディアボロスたち。

 あまりにも多くの島があるから、情報がなければ出入口など見つけられなかっただろう。洞窟の前までは、打ち合わせもなく海岸を進んでこられた。

ラスプーチンはここまで手回しが良いと不気味ではあるな」

 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)が言うと、数人が同意の頷きを返してくる

 岩肌に手をあて、内部に進むにつれて声を落とした。

「……わかってはいたが、革命を語る軍も手段でしかないのだな。奴が支配層と繋がっているのは滑稽ですらある」

「なんというか、リヴォリャーツィヤは、またしても回りくどいことをしてますね」

 括毘・漸(影歩む野良犬・g07394)がしんがりについた。

「回りくどすぎて後手後手になっているのは気の所為ですかね? まっ、敵の心配なんてしてる暇はありません、人々がまた被害を被るならここで倒しましょう」

「ああ。ロマノフの現状を放ってはおけない。民を振り回すのはここまでだ。革命軍との付き合いも長かったが、この機を逃さず、仕留めよう」

 先頭から、扉発見の報を受け、『合言葉』の試しが始まった。エトヴァも加わる。

「正史のウラジーミル・レーニンから……『一人は万人のために 万人は一人のために』」

 しばらく待っても、開かない。

「わかりやすいが、奴らしくはないのだろうか?」

 エトヴァは首をひねる。漸が前に出てきた。

「らしく……。ならボクは、あの真っ赤っ赤スーツに似合いそうな格言を見つけてきました。ほとんど直感で選んできましたが、やるだけやってみましょうか」

 扉は、岩への偽装がしてあり、重そうだ。

「『自分の星に従え』」

 重さ以上に、固く閉ざしたままである。

「あの赤い星型に似合いそうな格言ですけどね。あ、でもこれは詩人の格言………好みとは外れてますね」

 誰かが、ダンテの名を答える。

 エトヴァは、トロツキーの格言と聞いた、と前置きし。

「『革命家の生活は、一定の「宿命論」なしにはありえない』」

 反応はなかった。

「強い響きだな……と感じたのだが。では、再びレーニンだ。『前進するな、不意をつかれないために』」

 その後も、仲間たちがいろいろと試すが何も起こらない。

 いくつか変わり種もあったが、やはりレーニントロツキーが多かった。エトヴァは少し疲れた声でつぶやく。

「『機械化ドイツ帝国』出身の俺には……どれも新宿島で得た知識だからな」

「ボクは『吸血ロマノフ王朝』出身なんですけど、格言なんて勉強するヒマ、ありませんでしたからねぇ」

 漸は、サーベルの柄をポンと叩いた。当時は狂犬のように戦っていたのだ。

「合言葉が必要というので、パラドクストレインに乗るちょっと前に、調べたくらいです。試行回数で開けようとするなら、自分なりの当たりを見つけてからの方が出しやすいでしょうし。だから、出身とかかんけーなく、新宿島頼みなのはボクも一緒……」

 励まそうと浮かべていた笑みが固まった。

「エトヴァさん、ドイツって言いましたよね?」

「うん? ああ……」

 ふたりで洞窟の天面、というか宙を見つめる。漸の言わんとすることにエトヴァも気がついた。

レーニントロツキーでは、改竄世界史と土地や時代が近すぎるのか」

「例えば、史実のプロイセン王国で、活躍年がここより少し過去に遡る、リヴォリャーツィヤが格言として引用しやすい有名どころですと……」

 口に出そうとする漸の背を、エトヴァが押して扉の前へと連れて行った。

「『混沌を内に秘めた人こそ躍動する星を生み出すことができる』……ですかね?」

 ゴゥン。

 低い音がして、それは開く。

 歓声をあげそうになる口を手で塞ぎながら、皆が漸へと祝福の視線を贈る。そうして、秘密拠点へと忍び込んだ。

「またもや赤い星に引っ張られました」

 ささやく、漸。

ニーチェだったか」

 マルクスの日もあったかも、とエトヴァも続いて潜入する。

 

 隠し扉を抜けても、似たような洞窟が続いていた。

 床だけは平らで、曲がりくねった通路を進んでいけば、徐々に壁や天井も整えられ、装飾の細工も増えていく、という構造らしい。

「さてと。漸さんらのおかげで無事中に入れたわけやけど」

 八蘇上・瀬理(鬼道漫遊奇譚・g08818)は振り返り、仲間に礼を言った。

「ここで時間が掛かって、準備に余裕が無くなるのは防ぎたいところでしたからね」

 括毘・漸(影歩む野良犬・g07394)は、出入口が元通りに閉じたのを確認している。

 合言葉については、まだ首をひねっている者もいた。百鬼・運命(ヨアケの魔法使い・g03078)がそうだ。

「なるほどなあ。年代から考える必要があったか」

 眼鏡をかけ直して、黒髪をなでた。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も、また頷く。

ニーチェを解すとは見上げたものだな……」

 すると、ドラゴニアンの思想家が小さく唸る。鳴・蛇(墓作り手・g05934)だ。

「『哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきたにすぎない。重要なことは世界を変えることである』……この言葉は知らずに、虚無主義者であるニーチェさんの格言を導く合言葉として使うとは」

 とはいえ、何通りかのひとつなので、本当に重視しているかはわからない。

「ま、所詮は支配階級、偽物の革命者……いえ、そよう言い方を既に本物の革命者を侮辱したのう……奴らは虫豸、自分の利益のために他人を害する滓、除去せざるを得ない汚物だ。さって、浄化を始めましょうか」

 蛇は、通路の先へと首をもたげた。エトヴァも戸口の前を離れる。

「ああ。ジェネラル級が戻るまでに、支度を整えておこう」

「この秘密拠点を制圧して大将首を待ち構える、やったかな」

 瀬理は、意気揚々とした笑顔を見せる。漸は拳を握りこんだ。

「中の『ノーブルメイド』たちをさっさと倒して、『リヴォリャーツィヤ』をビックリどっきりさせる出迎えをしないとですからね」

「排除が必要な吸血貴族の数はそう多くないはず。手早く終わらせましょう」

 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は、武器にする針を、何本も用意している。

「まだ侵入されたと気がつかれていないかな?」

 運命の問いに、レオニード・パヴリチェンコ(“魔弾卿”・g07298)が、ポツリポツリと答えた。

「ん。すぐにはボクたちに気づいたりすることはないはず。あちらは戦闘の準備なんてしていない、はず」

 言われてレイラも、つまんでいた針先から視線をはずした。

「私たちがこの場所を知って、扉を開けてくるとは思っていないでしょう。もしかしたら、主人の到着と勘違いし、慌てて出迎えに来るかもしれませんが」

「だったらなんだけど……」

 運命は、このあとの作戦について、どの程度有効か本番前に試しておきたいと言った。エヴァ・フルトクヴィスト(星鏡のヴォルヴァ・g01561)が、口をぽかんとあける。

「あぁ、アレ? リヴォリャーツィヤにノーブルメイドの振りをして近づくって言ってた……。運命さんが!?」

 変装そのものには賛成する。

「おっけ、了解したで」

 ますます、満面に笑みの瀬理。

 レオニードやレイラも、敵の不意をつけるならと了承し、エトヴァは罠に使うワイヤーを引き出す。

「連携をしっかりとって、奇襲を仕掛けさせて貰うとするさ。……此処迄は正しい情報だったか」

 ルィツァーリ・ペルーンスィン(騎士道少年・g00996)は、デーモンの翼をいったん畳んだ。

「まあ、最終的にはあちらもこっちに嘘の情報を与えてダメージがくる様に仕向けるだろうが、其れは此方も判っていた話。正しい情報をよこしてきたんだから、もう少し利用したいと思える様にしっかり其の分の仕事はしていかないとな」

 ルィツァーリが言っているのは、『怪僧ラスプーチン』のことだ。

 運命の着替えは素早いが、それを待つちょっとの合間にでも思いが口をついて出てくる。

「革命軍に関してラスプーチンから情報が来るというのは、彼としては革命軍を切り捨てたとも取れますよね」

 エヴァも同様らしい。

「こういった平然と切り捨てる輩は、私達に利用価値を認めなくなった段階で平然と罠に嵌めそうですね。警戒心を無くさない様にしなければいけませんね」

 もちろんいまも、奥からトループスが来ないか警戒している。

 実際、数人が近づいてくる気配があった。

 黒髪に眼鏡はそのままで、運命のメイド姿は完成する。

「うーむ高校の学園祭でやった時は女子連中に禁じ手扱いされたが大丈夫だろうか?」

 ほう、とため息をもらす、ディアボロスの女子もいた。

 敵にも変装がバレないか実験だ。仲間たちには隠れてもらい、メイドはヴァンパイアたちと接触する。

「外から来たのですか? あなた、ひとり?」

 バレてはいないが、トループス級が単身で秘密基地に来たので、いぶかしんでいる。

「はい。リヴォリャーツィヤ様のご命令で……」

 いちおう、実験は成功と言える。

 長々とお芝居をしても分が悪くなりそうだ。

(「『斬糸結界』……!」)

 エトヴァが先手をうって、通路に展開していた極細糸で、ノーブルメイドたちを絡めとる。

 話しかけてきた一体は、糸の鋭さに服の上へと血を噴きださせた。

「な、何者かが隠れて……!」

 苦しみながら、鞭をふってくる。

 炎の渦が発生するが、エトヴァには軌道が読めていた。盾で直撃をふせぐあいだに、残りのディアボロスたちも、次々とトループス級へと攻撃を加えた。

 レオニードは通路に置かれた装飾品を遮蔽に利用している。

「そんなに炎を撒き散らすと、折角用意した物も燃えてしまう、よ?」

 ポツリポツリと、惑わすような問いかけ。

 たしかに、悪趣味なデザインの壺が倒れたことで、メイド服の敵は焦りの表情をみせた。

 少しでも動きが鈍れば儲け物。挑発を交えながらレオニードは魔弾を発射する。視線の動きに合わせて、『кики́мора(キキーモラ)』は炎をかいくぐり、焦るメイドに命中する。

「どれも命には替えられないものですが、自分で用意した装飾を傷つけるのは無意識に避けるかもしれません」

 レイラも倣って、装飾を盾にするように立ち回る。

 敵の鞭には、赤い血のような魔力が宿っている。直接、縛り上げようと振られるが、巻き付いたのはレイラのまえに置いてあった、古い甲冑の立像だった。

「瞬く乾坤、刻む遼遠。閃く轍が晴天を打つ。『既製奉仕・雷(レディメイドサービス・グラザー)』!」

 雷の魔術を仕込んだ針を投擲した。

 ノーブルメイドたちの首筋や心臓に刺さり、感電させる。銀髪を逆立たせて、彼女らは倒れた。

 初撃を生き残り、運命に声をかけてくる個体もいる。

「あなた! 戦える? いっしょに『ブラッドウィップ』を使って!」

「不確定要素は多かったが、変装は上手くいくとわかった。ありがとう」

 『投剣』による『聖なる一撃』で、一撃のもと仕留める。

 大広間があるのだろう。

 撤退しようとする動きを、レイラがみつけて知らせてきた。

「逃げられると……思う?」

 蛇が、蓄積し続ける怒りを気炎として噴出し、贅沢品もメイドも目に見える革命を侮辱したものを全て燃やしにかかる。

「『旱災の息吹(カンザイノイブキ)』、これこそ、天地二気を断絶する我が気炎よ」

 翼からおこる悪風で、出迎えにきたノーブルメイドはすべて灰になる。

 すぐさま、その経路をたどり、蛇は這うように秘密拠点内部を進んだ。

「何処まで革命を侮辱するつもりだ……」

 大扉を開けたあと、小さくでた言葉だ。

「拠点でここまで絢爛とは……」

 エヴァも絶句した。

 やはり、主人をもてなすための大広間となっており、長大なテーブルといくつも下がったシャンデリアが目につく。

 夜の住人にかような照明器具は不要であろう。

 そして、真っ赤なインテリアの数々。

 通路の戦闘は察知していなかったらしく、ノーブルメイドたちは食器を抱えたまま、ディアボロスたちを眺めかえしていた。

「敵が混乱している内に押し切ってしまいますよ!」

 エヴァは、相手の様子を看破して号令をかける。

 この場でも奇襲は成功した。味方と連携して集中攻撃で一人ずつ、確実に迅速に倒すのだ。

「『氷像の復讐者(フリームスルス)』、託された思いを受け継ぐ者として、そのお力お借りします。識りなさい、美しくも散りし復讐者たちの氷像たち、その闘いを!」

 高速詠唱が生み出したのは、ある復讐者を模して具現化した氷の像だ。

 ともに戦い、エヴァの斬撃がトループス級にきまる。

 もはや食器も捨てて、炎の渦を巻き起こすノーブルメイド。氷が残像となって誤認を起こさせ、できた隙にエヴァは魔術砲撃を喰らわせた。

 厨房と思われる戸口からも、トループス級が応戦に来る。

 秘密基地を預かるクロノヴェーダは、戦闘態勢を立て直したようだ。瀬理はニコニコ顔で、親指と人差し指を立てた。

「そしたらー……あそこで『お客様お帰り下さいあの世まで』みたいな殺気ビンビンに飛ばしとる連中を全部ぶちのめせばええんやね。シンプルやなーうち好みやわ」

 鉄砲の形をとった指先から、『雷弾(ライデン)』を発射した。

 体内で走らせた電荷のスピン半径を極限まで圧縮し、超高圧高速化したものである。

「まあ室内戦の短期決戦セオリー通りにやろか」

 基本、味方の射線を遮らない、室内の遮蔽物は有効活用、後は短期決戦でケリつけたいから、前線は常に押し上げて敵にプレッシャーかけつつ、乱戦に持ち込んだら後は『やられる前にやる』精神で一体でも多くの敵を速やかに駆逐していく。

「━━穿ち灼け!」

 傭兵の隠し武器が、鞭を振るうメイドを撃ち抜いた。

 その個体が、バスケットにいれて運んでいたのは、ワインボトル。そして、高価そうな銀器だった。

「うわっ………革命と言っておきながら豪華絢爛ですねぇ」

 漸が、呆れたふうに声をあげる。

「革命というお題目も、こんな風にお飾りということですかね。いっぺん化けの皮を剥がしてみればなんてことのないペテン師集団ということですか」

「けどこれ、ホンマもんやろ。……うちらもぶん投げたりして使えんやろか?」

 瀬理の提案に、漸も笑いながら応じた。

 通路での戦いで、多少はメイドの気を散らせそうだと判っている。

 ふたりして瓶や皿を投げまくり、戸口から厨房へと敵を押し戻した。

「では、お邪魔しまーす」

 軽い呼びかけに、料理支度のノーブルメイドが困惑する。

「おや、そんな顔をしなくても。残念ながら貴女方のご主人ではありませんよ。ですがご安心ください、貴女方のお出迎えの準備はこちらで引き継ぎます」

 漸は駆け寄り近づきながら、拳に橙色の炎を纏わせる。

「『猟犬陸拳・運命戦犬(ムゲン・ライラプス)』!」

 握り込んだ拳で、敵を燃やしながら打撃を打ち込み衝撃で内側からぶっ壊すのだ。派手に調理された。

 この殴打は、何度も殴ることで衝撃を互いに共振させ、威力を増大させられる。

「ほら、せっかく高級な場所なのです。楽しく踊りましょうよ?」

 ダンスのようなステップを踏みつつ打撃を続けた。

 調理器具から持ち替えられた、赤い血の鞭打ちも、拳に纏わせた炎を挟んで受けとめられる。

 大広間ではルィツァーリが、デーモンの翼を大きく広げていた。

「悪いがお前達の主を歓迎しなくてはいけないんでね。邪魔をしてくるメイドには退散して貰うぜ!」

 残存のトループス級は、赤く染まった抜き手を、一丸となって放ってくる。

 狙うは、心臓のえぐりだしだ。

 ルィツァーリは相棒、無双馬『スヴェルカーニエ』を召喚すると、戦場となった広間を駆け、血の抜き手に囲まれない様に注意している。そうやって、騎乗したまま、翼からは魔弾を撃ちだした。

「『双翼魔弾』!」

 飛翔の威力を借りなくとも、魔弾には高性能な誘導特性がついた。

「さらに! 高速詠唱で連続魔法だ!」

 味方の攻撃を凌いでいた敵も、ついに力尽きる。

 秘密拠点の配下は全滅し、倒れたメイドが消滅する間際、レイラは声を投げかける。

「リヴォリャーツィヤのお迎えは私たちにお任せ頂きます。彼の者に相応しい『もてなし』をお約束しましょう」

 そうやって『引き継』いだ。

「ところで執事はいないのかい? 豪奢な拠点は、吸血貴族の名に違わない待遇だな。……革命軍とは程遠いものだ」

 エトヴァの評は、もはや届かず。

 戦闘後は片付けをはじめた。出入口の周囲から順に支度を整える。ロマノフ王朝のクロノヴェーダが、似たような拠点をほかにも持っているかもしれない。エトヴァは、ついでに設備の規模や様子も確認している。

 黒髪眼鏡のメイドは、『建物復元』を提供した。

 運命のことだ。経験上、姿勢がよくて所作がいいので、似合っているらしい。戦闘の痕跡は消え、ジェネラルの訪問に間に合いそうだ。

 エヴァも、着替えた。リヴォリャーツィヤの出迎えの為のメイド服に。

「ノーブルメイドの振りをして相手の油断を誘います」

 厨房も直ったので、作りかけだった料理も出来上がった。

 銀器を並べ直していると、エヴァの元にパラドクス通信が。洞窟側から合言葉が唱えられているそうだ。

「ロマノフの人々に偽り、希望と深い絶望を与える舞台装置でもあった革命軍。潰せる機会にきっちりと潰して退場して貰いましょう!」

 やがて、頭部を包帯で覆ったヴァンパイアノーブルが、大広間に姿を現す。

 

「やぁ、諸君。今帰ったよ」

 真っ赤なスーツ姿が、両手を広げた。

 大広間に整列したメイドが、そろってお辞儀する。

「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 礼のあと、上げた顔にはルィツァーリ・ペルーンスィン(騎士道少年・g00996)のような、少年のものもあった。

(「あー、んー……まあ、情報を得る為だ。女装位は仕方ない」)

 正体を気付かれていないか心配だし、相手の態度を確認したいが、なにしろ『ご主人様』の顔は包帯に星マークである。視線はわかりにくく、こちらからまじまじと見るのも怪しまれそうで怖い。

 手筈どおり、この場のノーブルメイドは全員、ディアボロスの変装だった。

(「髪伸ばしてたのが、こんなとこで役立つとはなあ……」)

 軽くだが、メイクも施してある。

 仲間のなかには、服飾に詳しい者もいたし、女装を試してくれる者もいた。

(「幸い、背が低いのも当時の女性なら、だし。……いや、それは関係ないか」)

 青い髪の長身男性が化けたメイドがいる。『彼女』に席まで案内された赤スーツは上機嫌で、なにか知識のひけらかしをしている。

 バレてない。

 秘密拠点へと到着し、ここが安全だと信じ切って油断しているのだ。ジェネラル級ヴァンパイアノーブル『リヴォリャーツィヤ』は。

 仕切り役に扮した仲間が、手をパンパンと二度叩いた。

 ニセのトループスたちは、給仕や世話で忙しく動き始める。

 ルィツァーリもワインボトルをとりに厨房へと急いだ。

(「しかし、話を何処まで引き出せるかだが……そうだな。見当違いでもドラキュラの名を出してみるか。なにか、情報が得られるかもしれんしな」)

 教えられたとおりの所作で、うやうやしく接し、リヴォリャーツィヤのグラスに中身をついだ。

 仮の主と心に命じ、敬意を表す。

 そんな少年の気持ちなど感づくこともなく、ほかのメイド相手にヴァンパイアノーブルはぺらぺらとよく喋った。普段の様子はわからないものの、ちょっと浮かれ気味だ。

 料理をつまむのと、会話に加える身振り手振りで、革手袋をはめた腕がせわしなく動く。

 もちろん、グラスは何度もカラにした。

「知っているかね。弱い者はいつだって、奇跡を信じることで救いを見つけるものだ。ディアボロスもそうだし、それにすがる一般人もそう。私はね、ヤツらに弱者であると突きつける用意があるのだよ。いまは奇跡を信じさせておくさ。フハハハハ!」

 グラスをまた持ち上げたので、ルィツァーリはワインボトルを傾けながら切りだす。

「本当にディアボロス共は忌々しい輩。ご主人様、ドラキュラ様もモルドバディアボロス共に反撃を行なおうとなさっていると噂が流れておりましたが……」

 テーブルの白布に、赤く雫が落ちた。

 革手袋が震えており、持った杯のふちが注ぎ口からズレている。

「し、失礼しました!」

 ボトルを戻し、ルィツァーリは包帯頭に注目する。さっきまでの上機嫌が消え失せ、身体を硬直させているのが判る。

「『竜血卿』が動く、だと?!」

 その名が出ただけで、畏怖を感じているかのようだ。

 かぶりをふってから少年の顔を見上げた。

「いやいや、そのような情報が何処から入ったというのだ。ラスプーチン殿にも、カーミラ様にも与さなかった、彼の御方の情報をメイド風情が……、お、おお」

 落ちて割れる、高価そうなガラス製品。

「お前は、ディアボロス!」

「みんな! 此処迄にしよう!」

 ルィツァーリは飛びすさり、ニセのメイドたちも同様にした。

 立ち上がったジェネラル級『リヴォリャーツィヤ』は、両手に血塗られた鎌と槌を握る。

「お前たちが、なぜここに!?」

 問うのと同時に、パラドクスを放ってきた。

 

 顔の表面から、赤い星型の光線を放たれる。

「『弱い者はいつだって、奇跡を信じることで救いを見つけるものだ』」

 革命軍を指揮してきたヴァンパイアノーブルは、主義思想を叫ぶことでこの技を発動する。光線は部屋中を照らし尽くすかのように、無茶苦茶に振り回された。

 メイドの変装を解く者、そのまま戦う者、あるいは元からメイドの恰好の者。

 ディアボロスは、おのおので光線に対処したが、何人かは星形を当てられ、その部位を破裂させられた。

 百鬼・運命(ヨアケの魔法使い・g03078)は、いったんは武装を手放して身軽になり、床に転がって光線『レッドスターレボリューション』をかわす。

「おや、予想外の反応だな。瓢箪から駒という奴か?」

 強力な暴れっぷりかもしれないが、ジェネラル級『リヴォリャーツィヤ』の首の振り方は、冷静さを欠いたものだ。

 『竜血卿』ドラキュラの名が出たせいとも、秘密拠点に入り込まれたせいともとれる。

「メイド服は、脱いでいる時間が惜しいな。敵が動揺しているうちに畳みかけさせてもらいたい」

「また先ほどと同じことを仰いましたね」

 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は銀の針を手に、ジェネラル級のまえへと進み出た。

「革命とは弱者に許された最後の反抗。弱者に寄り添わねばならない革命家がそれを揶揄するなど、私は許容いたしません。革命家として……人民のため、貴方を粛清します。リヴォリャーツィヤ」

「諸君は……」

 包帯の上からでも、ジェネラル級が口を開きかけたとわかった。しかし、それを閉じて次のパラドクスを使う。

 自身と同じ姿をした無数の『革命軍兵士』の幻影を出現させたのだ。大広間のいたるところに、鎌と槌を持った赤スーツが立っている。

 本体もふくめ背筋の伸びた姿勢で、見立てたよりも早く落ち着いたらしい。

 運命は、もう一度ゆさぶりをかけるため、レイラの言葉に続いた。

「そうとも、人民を象徴する鎌と鎚を持ちながら、言っている内容はそれらの搾取とは悪趣味この上ないな!」

 呼びかけながら、納刀したまま放っておいた武器を拾い上がる。

「……」

 赤い星は無言だ。

 運命は構わず、殺気をとばした。それが幻惑の攻撃となり、相手の防御のタイミングをずらす。

(「上から斬り下ろす幻惑の攻撃に下から斬り上げる本命の攻撃……では二刀流相手では防がれる恐れがあるか?」)

 リヴォリャーツィヤが上にかざした鎌で受けた斬撃は幻惑。

 下におろした槌で受けた斬撃も幻惑。

「御太刀、重ネテ分カツベシ、『蛟龍乃太刀(ミズチノタチ)』!」

 がら空きになった吸血鬼の胴に、横薙ぎの本命の攻撃を叩きこむ。神刀『十束乃大太刀』の抜刀しながらの不意打ちだ。

 振りぬいた切っ先から、微量の鮮血が散った。

 ジェネラル級あいてに一太刀は浴びせたのだ。

共産主義を叫んでるようだが、さっきの悪趣味な話を聞いた後では空虚に過ぎる」

 追い打ちに挑発。

「……」

 やはり、のってこない。無言である。つぶやくのは、詠唱のみ。

「『永久革命論』……」

 ヤツの操る幻影。

 同型の鎌と槌が、血を撒きながら振るわれる。

 他の復讐者と連携を取り、レイラはリヴォリャーツィヤの幻影から包囲されないようにつとめる。

 一方的に追い詰められはしなかったが、すべての攻撃を回避するまでには至らなかった。

「くっ……。全員が同じ姿、同じ武器の集団、攻撃の癖も同じでしょう」

 ダメージを負っても、レイラはしっかりと針を手にしていた。

 観察によって幻影の動きに慣れようとする。

 鎌をいくつも避け、槌のあいだをくぐり抜けると、本体へと迫った。すれ違いざま静かに、素早く、確実に心臓を狙い穿つ。

「『手製奉仕・縫(ハンドメイドサービス・シーチ)』……」

 銀の針は、真っ赤な上着をとらえる。

「ぐッ……!」

 あがったのは、小さなうめき。

 運命はふと、思った。

 ひょっとしたら、リヴォリャーツィヤのやつは、ドラキュラの件でうっかり自身の態度を露わにしてしまったと悔やんでいるのかもしれない。

 光線で暴れたあとは慎重になり、こちらの言葉には無言を貫くつもりだろう。

 知ったことではない、といった態度で、レイラは思いを吐いた。

「私も人民の皆様も、縋っているものでは奇跡などではございません。そこに確かに存在する希望。それを掴み取るため、全霊で足掻いているのです。これまでも、これからも」

 

 リヴォリャーツィヤの『永久革命論』は続いたが、レイラは相手の包囲を抜けるよう指示を飛ばした。

 それに応えるエヴァ・フルトクヴィスト(星鏡のヴォルヴァ・g01561)。

 切れ目のない連携攻撃を試みる。

 短剣やダガーを駆使し、舞い散る桜の花弁の如く。『神楽武舞『桜花』(カグラブトウオウカ)』だ。

「私達が弱者なのは、一度は敗れ去ったからこそ、重々承知の上です」

 主義思想への異議も、引き継いで唱える。

「突き付けるも何もありません。それに奇跡というのは信じるものでなく、力を尽くして起こすものです。自身が強者たる故の侮りと奇跡に対する間違った考えが、貴方の身の破滅へと繋がっていると識りなさい!」

「……」

 革命軍指揮者は黙ったまま。

 ただ、血濡れの鎌と槌を繰り出してくる。

「革命の志はただ支配の為の方便の輩に、革命戦士に無数に分裂した位で私達が止められるとでも?」

 引っかき傷に、打撲。

 未来予測や残像によるフェイント、飛翔による上下に緩急で回避を試みても、エヴァのダメージはかさんでいく。致命傷を負わず、動けているだけいい。

 やがて、幻影をやりすごして、本体に対し張り付くような距離から、連撃の斬撃を喰らわせた。

「これで! 吸血鬼族による恐怖の支配から人々を救う革命の為というお題目の元、人々を搾取するという偽りの革命軍、支配を緩めない為のシステムは終わりです!」

「……」

 鎌の歪曲した刃に、短剣がからんだ。

 つかの間、両者は膠着状態に陥る。

「私達が何故ここにいるかを馬鹿正直に話す訳が無いでしょうに」

「……!」

 ひっかかった武器を通じ、エヴァの言葉にリヴォリャーツィヤが反応したことが伝わってくる。

「敢えて言うのなら、世の中に絶対に安全な場所なんて無いというのと、人に管理させている以上、情報は洩れると思いますが?」

「……情報が、洩れる? 合言葉のことか?!」

 武器を扱う腕が互いにひっこめられ、両者は距離をとった。

 ジェネラル級は、別のパラドクスを使って、ディアボロスたちと闘っている。しかしエヴァは、だんまりを決め込んだはずの彼が喋るのを聞いた。

 まだ、何かに動揺しているかのような。

 

 獅子の形をした電撃塊を疾走させ、それとともにエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は、拠点の主に疑問を投げかけた。

「そうだとも。どうして情報が洩れないと思ったんだ?」

 電撃は、赤い星の発光に簡単に弾かれたものの、包帯をまいた顔が、エトヴァをまじまじと見つめてくる。

「青い瞳、青い髪……。私の配下に擬態しただけでなく、君は男だったのですか!」

 あきらかに腹を立てている。拠点の秘密が破られたことには反応するようだ。

(「ラスプーチンの思惑や情報網に繋がる情報収集ができるかもしれない……」)

 エトヴァは決意した。

 ジェネラル級ヴァンパイアノーブル、革命軍の指揮者、そして今はサンクトペテルブルクへと撤退中の敵。

 この、『リヴォリャーツィヤ』に裏切りの示唆を与えて動揺を広げ、真贋交えた会話をしようと。

 仲間のディアボロスたちも察し、攻撃を仕掛ける姿勢を保ったまま、距離をとる。念のため、『通信障害』も展開した。

「貴方の隠れ家を、合言葉を教えられたのは……誰だ?」

「そ、それは……」

 もう、ノーブルメイドへの変装の件は忘れている。クロノヴェーダとはいえ頭の傾きかげんから、思考を巡らせているのはエトヴァにもわかった。

 言葉で畳みかける。

「ココツェフ伯爵から優先的に物資が送られてきて安心したか? それこそが貴方の信を得るラスプーチンの策であったというのに。奴は貴方を利用したんだよ。死に際に、色々とばらしてくれたのでな……。ドラキュラ様のこともそうだ。主流派を嵌める恐ろしい計画も……」

「か、軽々しく、『竜血卿』のことを話さないでください。ラスプーチンさま……殿にもあの御方に関わることなど、けっして」

 先のルィツァーリの引っかけどおり、『ドラキュラ』はかなりの大物のようだ。

「悔しかろうな」

 エトヴァは、声色を優しくした。

「貴方程の人物がラスプーチンの掌の上。俺達に拠点を話して討たせようとするなんて……」

 芝居がかったように、肩をすくめてみせる。

ラスプーチンの置き土産には、俺たちも手を焼いている。奴の遺志を受け、今は冬将軍が暗躍しているようだ……。俺達もラスプーチンは嫌いだ。いい加減、思惑を潰してやりたいが。奴の情報網が生きている限り、下手な動きはできない。こちらも弱みを握られた。お互いつらいな」

 語りかけるうちに、包帯頭は消沈していく。

 だが、ピタリとその動きが止まった。

「お前は嘘をついている。擬態だ」

 赤スーツの背筋がのびた。

 ここが一押しと、エトヴァはあえて話した。

「そう、たとえば……ラスプーチンが生きていたなら?」

「と、途中で気がつきましたよ。ラスプーチン殿の死こそが擬態でしたか。しかしまさか、ディアボロスを利用して再起を図ろうとは」

 血濡れの鎌と槌を持ったまま、腕がせわしなく動きはじめた。

ラスプーチン殿が復権を狙うのならば、この私が一番の邪魔者になる……」

 まるで、食事時の調子を取り戻したように。

「だから、ディアボロスを使って、暗殺しようというのでしょう!」

 再起、復権

 リヴォリャーツィヤの口が、敵の意図を補完してくれた。

ラスプーチンにはラスプーチンの都合がある……か。当たり前だが、気を付けなければな」

 エトヴァのつぶやきが、仲間への合図となった。

 再開される戦闘に、ジェネラル級は必死で臨んでくる。

ラスプーチン殿の思惑にのってたまるものですか!」

 

「成程、俺の時といい、エトヴァさんの時といいそんな反応をするって事は、ドラキュラとは余程の高位の存在の様だ」

 ルィツァーリ・ペルーンスィン(騎士道少年・g00996)は無双馬を召喚しなおし、騎乗までのあいだに敵との会話を反芻していた。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)はまだ、耳をそばだてているようだ。

 ほかの仲間とも連携をとり、互いの攻撃を効果的なものにしようとする。

 通信は小声で短く、レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)が陣形を指揮し、各個が打ちかかっていった。

「ボクたちディアボロスがやってきた事をさも自分たちの行動のように吹聴しやがって、ここで終わらせてやらぁ!」

 鞘から銀のサーベルを引き抜き、切っ先を向ける、括毘・漸(影歩む野良犬・g07394)。

 いっぽうで、ジェネラル級ヴァンパイアノーブルは、包帯で見えないものの口先だけは本来の姿を取り戻す。

「ハハハ、楽しかったでしょう? ラスプーチン殿とどちらが名演技でしたかぁ?」

「だからラスプーチンも潰す。けどなぁその前にお前からだよ、リヴォリャーツィヤ!」

 怒りの刺突を下がりながらかわす、赤スーツ。

 その背後の天井に、張り付いている影があった。

「革命の名を汚し、それによって利益を得るウジ虫め、報いの時だ」

 鳴・蛇(墓作り手・g05934)である。

 全員が変装作戦に参加していたわけではなかった。

 情報収集が成されるまで、機会を待っていたのだ。メイドの筆頭、百鬼・運命(ヨアケの魔法使い・g03078)は、ペラペラしゃべりだした『ご主人様』の動きを注視している。

(「大分追い詰めたはずだが、さすがはジェネラル級。隙をついてこの場から逃げる事は可能だろう。此方との会話や今回の奇襲された状況からいろいろと復讐者の情報が推測されかねない」)

 あの後ずさり方は、いかにも怪しい。

 しゃべりにも格言を混ぜてきて、赤い星の光線、『レッドスターレボリューション』へとつなげてきた。

「『あらゆる社会の歴史は』……」

「黙れ!」

 上から否定の叫びが降ってくる。

「幾らに共産主義思想を口にしても、貴様の腐った魂を隠すことはできぬ、『幾らカラスがクジャクの羽で飾っても、カラスは所詮カラス』だ。これ以上、より良い世界を作るために生み出した思想を、侮辱するな……ウジ虫はウジ虫らしく、腐肉に溺れてそのまま終わりを迎えましょう」 

 逆さに落ちてきた蛇の顔が、リヴォリャーツィヤの発光しかけの星と至近距離で向き合った。

 『瘟部「瘟呪」(イブフアンウンキンジュ)』、体内の炎毒と瘟疫の気を混成し、息吹の形で口から噴射する。星形光線と正面対決だ。

 磨かれた床へと着地した蛇の、防具の一部が爆ぜる。

 『鳴蛇皮鎧』は、全体の形を保っているものの、より禍々しい姿となった。筆頭メイドが『十束乃大太刀』を携えて、敵との間に割り込む。

「思想の光線をくらったのか、せ、蛇(せえ)さん!?」

「汝、百鬼運命(なぎり・さだめ)よ、案ずるな。まだ、言いたいことがあるのだ」

 蛇は、包帯頭を指差した。

「その偽りの赤星、その黄金の槌、そしてその膿を出し続ける悪臭に満ちた魂! どれもこれも目障りなんだ……消えろ!」

「う、げほ、うごぉ……!」

 リヴォリャーツィヤは咳き込み、腰を折る。口元を拭うような仕草をした。

 炎毒を吸い込んだ肉体は腐食する。包帯や衣服で確認できないが、皮膚に異常が起こっているらしい。ようやく言葉を絞ぼり出し、自身と同じ姿をした『革命軍兵士』を出現させた。

「『永久革命論』……ぐほっ!」

「目には目を、歯には歯を、そして幻影には幻影を」

 大太刀を構えた運命は、仲間を背後に庇いながら、『七影斬』で分身する。幻影と斬り結び、相殺していくなかで、ジェネラル本体が大扉を垣間見ようとする仕草を察知した。

 その一秒の先手をとり、分身にはあえて、包囲に隙を作らせる。案の定、はしゃぐヴァンパイアノーブルが戸口へと逃げ出す。

「まだ一幕目が終わっただけ、私はいったん退場し……げふっ」

 と、そこには秘密扉付近でやりすごした援軍が待ち構えていた。

「のっくのっく。死神ですよ」

 先頭にいるのは、ロキシア・グロスビーク(啄む嘴・g07258)。

「……なんてね。ドアが開いてたからお邪魔しに来ました。ディアボロス達の活躍を奪おうとしてた頃を思えば妥当な展開だね? その様子じゃあ、散々贅沢出来たのかな。お会計だよ。最後に徴収されるのはきみの命さ、リヴォリャーツィヤ」

 戦闘で散らかった食事を、おかっぱ頭の男の娘が、顎で示した。

 逃走への失敗で、助かるためにはディアボロスの排除が必須であると、今度こそ悟ったであろう。

 うろたえるジェネラル級に、背中から大太刀が突き入れられる。

「目には目を、歯には歯を、そして因果には応報を。奇跡を信じることで救いを見つけるものと言ったな。自分の言葉通りに死ぬんだ本望だろう?」

 運命は、偽りのチャンスを演出したのだ。

 血をまぶしたような上着は、赤黒く変色する。もんどりうって、長テーブルに寄りかかった。

 銀器が甲高い音をたてて床に落ちる。ロキシアは『“魔槍”』を手に、その様子を見据えた。石橋を叩いて渡るように、迂闊には近づかない。

「ここに至るまでディアボロス達の目から逃れていた狡猾さは確か。戦闘能力もジェネラル級相応にある。……万全を期すならガードアップを……っと!」

 なにより本体の周囲で、幻影の革命軍兵士が護っている。ロキシアが揃えているのは、防備と突破力だ。

 ナノマシン流動体『Moon-Child』はゴスロリ衣装の上から外骨格化し、詠唱により勇気は障壁に変わった。槍型決戦兵器には、ゲイ・ボルグの伝承を可能なかぎり再現させてある。

「きみにも恐れるものがあるなら、真正面から立ち向かうべきだったんだ!」

 ダッシュを乗せたランスチャージ、『フィアレストーピード』は護衛の幻影を裁き、本体へと一息に迫った。

 穂先を受けた勢いで、テーブルは真っ二つになり、リヴォリャーツィヤの身体は調度品のひとつに衝突して止まる。赤い木片に埋もれたまま、包帯の顔だけをあげて、咳混じりの格言を吐き続けた。

 消滅させたはずの幻影はすぐに復活し、ロキシアをはじめ、ディアボロスたちに絡みつく。

 赤い星型光線も乱射された。

「ごほっ……『社会の歴史は、階級闘争の歴史である』」

「貴方が革命を騙ることに違和感しかない」

 エトヴァが、光線による負傷をおして近づいた。薄浮彫の細工がのこる破片を踏みしめる。

「民を騙して搾取を続け、味方のはずの革命軍は時間稼ぎ。ディアボロスの名さえ利用した。豪奢な物資の幾ばくか、北欧で食うや食わずの民へ向けられたなら……」

「ハハ……。欺くなら、君もそうでしょう? ラスプーチン殿も」

 ジェネラル級の攻撃力は健在だが、腰を落としたきり立ち上がってこない。大太刀と槍に突かれた箇所から、血があふれていた。苦笑するばかりの相手に、エトヴァも詮無い言葉をかけた。

「男で失礼……。ラスプーチンは……復讐者をどこまで利用するつもりなのだろうな」

 絵筆をとった。

 大広間には、リヴォリャーツィヤの似姿が溢れているが、『リアライズペイント』でもう一体を加える。

 漸は、サーベルを振り回していた。

「く……。近づこうにも幻影が邪魔ですね。離れていても攻撃は届きますが、やるなら直接刃を叩き込みたいところです」

「無数の兵士全てを相手にしている余裕はございません」

 レイラも口惜しそうに、針を握りしめていた。無双馬『スヴェルカーニエ』でさえも、鎌や槌にまとわりつかれて、ルィツァーリの突進を助けることができない。

「俺達にとってロマノフの地の奪還の為、虐げられた人々を開放する為倒さなければならない相手がまたひとり判明したんだ。どれだけ強かろうと騎士として討ち取っていくのみ。ならば、この場においても!」

 血塗られた鎌を、騎士道少年が一身に受けた。

 そのタイミングに合わせて漸は、槌をサーベルで受け、刀身に火花を散らせる。レイラの手の中で、小さな針が覚醒した。

「革命とは――人民の流した血によって始まり、革命家の血によって成され、支配者の血によって終わるもの。この地に苦しむ人民の在る限り、貴方たちによる支配を打ち砕くまで、どれだけでもこの血を流しましょう」

 細剣『惨禍鬼哭血革針』を握るとともに、針仕事メイドは、革命家としての姿に変わる。

 ネメシス形態だ。

 必要最低限の幻影を斬り伏せ、貫き、突破することを優先する。『天上奉仕・革命(メイドインヘブン・リヴォリャーツィヤ)』が効いているあいだは、受けた負傷により、身体能力はさらに向上し、細剣の切れ味は増す。

 革命家レイラの前進で、幻影に捕らわれていたディアボロスたちは解放され、一気に攻勢へと転じた。

 リヴォリャーツィヤの眼前では、エトヴァが描き、実体化させた指導者が、星型光線を放っている。

「『革命家の生活は、一定の「宿命論」なしにはありえない』」

 強い響きで、赤い星が包帯上の星を焼いた。

「そ、そんな格言はありません……」

 やはり、トロツキーを知らなかったようだ。ようやく膝立ちまで身を起こせたところに、レイラの細剣が突き立つ。

「人民を従属させるための偽りの革命、偽りの希望はこの地にはもはや必要在りません。代わりに、私たちが吸血ロマノフ王朝を打ち倒す、真の希望となりましょう」

 形態変化した服装が、いまのジェネラル級と同等くらいに綻びている。

 立てない敵よりも、レイラはより多くの血を流していた。

 刺さったままの刀身に、ジェネラル級は鎌を引っかけ、抵抗する。

「うう……。従属と吸血が、代えられるものですか」

「どれもこれも幻影、虚偽、欺瞞」

 火花散るサーベルに熱を帯びさせ、漸が進みでる。

「革命という名前を騙り、流言飛語を撒き散らす貴方にはこの言葉を送りましょう。『夢想家は自分自身に嘘をつくが、嘘つきは他人にだけ嘘をつく』」

「……!」

 包帯頭が、焼け焦げた顔面を漸に向けた。

「おお、ニーチェです。ま、前の、そのまた前の合言葉で……」

「人々に革命という名の嘘をついた貴方にはピッタリです。『時は過ぎ去り、日は落ちる』」

 サーベルの熱が解放され、漸は『夕暮落とし』に斬り落とす。

「ぐはっ! あぐう……」

 リヴォリャーツィヤの肩口から血が吹き出すが、両手の鎌と槌は握ったままだった。

 ふらふらと立ち上がる、ヴァンパイアノーブル。

 しかし、偽りの革命軍は二度と現れないだろう。何かを呟いているが、もはや光線を放つ魔力も、幻影を生み出す技もない。包囲していたディアボロスたちは、その輪を解いて下がり、立ち位置を広げた。

 無双馬が駆けてきたからだ。

「此れは奇跡なんかじゃない。俺達が辛酸をなめ其れでも足掻き……幾多の戦いを積み重ね掴み取った現実だ!」

 馬上で、高速詠唱をおこなう、ルィツァーリ

 赤いシルエットは、鎌と槌を頭上に持ち上げている。

「空駆けし天空の神よ、偉大なる雷神よ! 我が敵を討つ為に御身の焔矢を降らせたまえ! 『ペルーン神の焔矢(ホムラヤ)』!」

 巨大な大砲が顕現した。

 誘導弾が放たれ、大広間の一方の壁が瓦解する。その向こうには岩肌が見えている。秘密拠点を隠していた洞窟だ。

 直撃をくらったジェネラル級ヴァンパイアノーブル、革命軍指揮者リヴォリャーツィヤは、爆発四散した。

 ディアボロスたちは、すぐ脱出にかかる。

 拠点全体が、崩壊をはじめていた。

 海岸に出ても走り続ける。吸血ロマノフ王朝を倒す、この戦いで数多の誓いをたてたからには。

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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