薔薇の王子が革命する(作者 大丁)
奇妙なヴァンパイアの一団が、北欧の村にやって来た。
幼い男児のノーブルと、この子にかしずく高身長の女性たちである。
「僕たちは、革命軍なんだ。この村を救ったのは、僕たちの特殊部隊『ディアボロス隊』だったんだよ」
村の広場で宣言された。
一般人にしてみれば、正体不明の救い手が意外や小さな子供だった、という話には、ある種の説得力があった。
「けどね。政府軍は、北欧地域にもっとヒドイことをするつもりなの。僕たちは、北欧地域をワルい政府から護るため、革命軍のおうちを北欧に移すことにしたんだ」
可愛らしい口調だが、中身はずいぶんとしっかりしている。
「もうすぐ、革命軍の大部隊が、この地域にやってくるよ。僕たちの仲間をおむかえするために、モノやゴハンやオシゴトをお願いね」
村人の顔から笑顔が失われていく。
薔薇の王子様のうしろに並んだ女たちが、怖い顔で筋肉を誇示し、あきらかに脅迫してきているのだ。
「北欧をまもるんだから、もちろん協力してくれるよ、ね?」
そのパラドクストレインが向かう予定のディヴィジョンは、『吸血ロマノフ王朝』だった。
「皆様の活躍で、北欧の村落を利用して、ディアボロスを罠に嵌めようとしたラスプーチンの策略を打ち破る事が出来ましたわ」
ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)は車内で案内している。
「ですが、ラスプーチンは、今度は最近動きが無かった『革命軍』の軍勢を北欧の村に向かわせ、北欧を革命軍の本拠地にしようと動いているらしいのです。本来は、吸血ロマノフ王朝へのテロ活動などを行わせるために、小規模の組織を各地に潜伏させていたようです。私たちの戦いによって、その活動に意味が無くなっていたのですわ」
ディアボロスのほうでも、人々に通りがいいので、革命軍を名乗ったこともあった。
「この革命軍を、ラスプーチンは『ディアボロスが解放した地域を再制圧する』為に使おうとしているようです。北欧の村落に入った革命軍のクロノヴェーダは、『ディアボロスは革命軍の特殊部隊』であると騙して、村人の支持を得た上で、『腐った政府軍から北欧を護るため』という理由で、革命軍への『従属』を要求しているようなのです」
また、込み入った状況になったものだ。
顔を見合わせる者たちに、ファビエヌも肩をすくめて同意を示す。
「幸い、村人への虐殺などは行われておりません。しかし、このままでは、ディアボロスによって解放された北欧の村々が、革命軍の皮を被ったクロノヴェーダに再制圧されてしまうでしょう。その阻止が、今回の依頼です」
ファビエヌによると、二通りの作戦で状況をみた結果、『革命軍が北欧村落を本拠地』化する事は確実となったという。
「今後は、北欧の革命軍に対する作戦を行っていくので、革命軍の戦力を削るべく、敵の撃破を優先してください。護衛するトループス級は『ヴァンパイアファイター』、それを束ねるアヴァタール級は『薔薇の王子様』となります。革命軍のクロノヴェーダは『ディアボロスが革命軍の特殊部隊』であると騙しているので、戦闘を仕掛けると同時に、村人たちに、その嘘を暴くような演説を行なうのもイイコトですわ」
さて、どのような演説をするか。
依頼に参加する者たちは相談を始めた。ファビエヌは申し添える。
「実態のわからなかった革命軍に、本拠地というわかりやすさができました。北欧の人々はディアボロスに好意的です。きっと、革命軍を壊滅させるチャンスを作れるでしょう」
村の若者たちが集まって、農具をぶつけあっていた。
「くらえ、赤いサイクロンー!」
「なんの、熊殺しアターック!」
なにやら、技名らしきものを叫んでいるが、へっぴり腰でとても戦いにはなっていない。
「ふぅ。こんなもんだろ?」
「ああ、入隊まちがいなしだぜ」
「革命軍の本隊が来たら、特殊部隊に志願するんだ。そうすりゃ、俺たちもディアボロスだぜ。はやく、北欧を守る力が欲しいなあ」
クロノヴェーダの嘘を信じ込み、ほかの村人が怯えているのも気付かずに、ごっこ遊びにすらなっていない訓練をしているのだ。
ひたすらに剣の道を追い求めた秋風・稲穂(剣鬼・g05426)が、若者たちの集まりに興味を惹かれたのも当然かもしれない。
「ほらほら、腰の入れ方が甘いよ」
いきなり現れた彼女に最初はとまどい、けれども村落にいる知らない顔といえば、革命軍だ。
腰に何本も帯刀しているし、稽古をつけてくれる流れになったので、若者たちは稲穂に従って一列に並ぶ。
「技を覚えるより先に、基礎をしっかりしよう」
流麗なる剣技を披露したあと、一般人にも出来るような武器の構えを教えてやる。もちろん、持たせるのは農具のままだ。
「素振りをしっかりね! そら、いちっ! にいっ!」
「さんー! しー!」
若く、農作業に耐えてきた体があるから、ちゃんと直してやれば、短時間で形になってくる。
やがて、先ほどまでのディアボロスごっこが、いかに幼稚なものだったか、赤面できるまでに至った。
「お疲れ様」
いい汗をかいた生徒たちを前にして、稲穂の話は本題に入る。
「こんな風に訓練してけば、自分の身くらい守れるようになるよ。でもね、革命軍に入っちゃ駄目だよ」
「ええっ?! あなたはもしやディアボロスなのではないかと……」
稲穂は笑って頷く。
「そのとおり。ただし、本物のね。村に来た革命軍は、ディアボロスを仲間って言ってるけどそれは嘘なんだ。私達と彼等は別の組織」
聞いた者が、こんがらがったような顔をしているのは、いたしかたない。
「出来れば革命軍には入らずにこの村で皆の為に戦って欲しい。身近な大事な人の為に、ミンナには強くなって欲しいな」
稽古のことを思えば、稲穂の言うことは信用できる。
若者たちが返事しようとしているところへ、甲高い声が響いた。
「ねえ。ちからしごとをしてほしいのに、どうして、こんなトコにいるの?」
当のヴァンパイアノーブルがやって来た。
子供と女性たち。そして、村人も引き連れている。
(「うーん、王子様とその護衛……か」)
稲穂は、剣に手をやった。
(「確かに人を引き付けるのはうってつけかもね。けど所詮はクロノヴェーダ、彼等に憧れさせちゃ駄目だよ」)
アヴァタール級『薔薇の王子様』が現れたことで、若者たちはすっかり萎縮してしまった。
何か、罰が下されるのではないかと、村人たちも心配そうに成り行きを見守っている。護衛の『ヴァンパイアファイター』たちもいるから、うっかりしたことを言うのもはばかられるのだ。
「愉しげな状況だな。私も仲間に入れ給えよ」
緊迫した状況に、淑女が加わる。
姫カットにした黒髪、シアン・キャンベル(ルログ・g01143)だ。
「民よ、民よ、人の子よ、武器を構えるのは我々だけで十分だ」
さっと、手をふると、数人の男女が樹々の陰から駆け寄ってきて、村人とクロノヴェーダとのあいだに立った。稲穂も、教え子たちを背にして前に出る。
王子様は察したようだ。
「君たち、は……」
しかし、その名を言っては、せっかくの吹聴に矛盾が生じる。シアンは、相手が口ごもるのを判ったうえで、ちっちゃなヴァンパイアノーブルに問うた。
「嗚呼――確かに。我々は革命を起こす為の鍵かもしれぬ。されど特殊部隊とは可笑しな話だ。何処から流れてきた情報か改めて教え給え」
わずかな沈黙を待ち、今度は村人たちに一席ぶつ。
「ディアボロスは、復讐者は『何かしらを用意しろ』などと迫りはしない。我々は絶対的な善意であり、つまりは貴様等を愛するものなのだよ」
少しずつ、ざわめきが。
言い回しは難しいが、頷く一般人も出てくる。
「全ては何者かの陰謀、企てが招いた混乱への一手。従属などと莫迦げた事を何故、我々ディアボロスが望むのか」
「そ、そのとおりだ……!」
「この人たちが、ディアボロスなんだよ! 革命軍とは別なんだ!」
若者も口々に、老人にむかって訴えはじめた。
「おお、そう言われれば、そうじゃった」
シアンこそ旧友、北欧の救い手。
「完全なる自由とやらを手に入れたいと思わないか? 我々ならば『それ』が出来る。本物を掴む事が可能なのだ! 手を取るが良い。奴等の支配からの解放、秀でた力を――!」
「ディアボロス! ディアボロス!」
民の歓声を、王子と護衛は見回すばかりだ。
秋風・稲穂(剣鬼・g05426)は腰から、『Burn the dark』と『L・デルフェス』を抜刀した。
「やあ、あらためまして革命軍の諸君。本物の、ディアボロスだよ」
漆黒の竜骸剣に、光が宿る輝甲剣だ。
「人々の自由を手にいれるための革命。けれど不思議なもんだね。政府軍からの革命を謡う君達が、村人達を困らせるなんて」
「狡賢いったらありゃねーね」
黒いレザーマスクごしに、リップ・ハップ(Reaper Harper・g00122)の唇が動いているのがわかる。
「けど裏を返しゃ、そゆ手打たんと大きく状況動かせんようになってきたって感じ? ま、実情はこの先で分かってくか。嘘の代償きっちし払ってもらうぜ」
大鎌『伯爵』を携えた。
突きつけられる刃の数に、トループス級『ヴァンパイアファイター』も反応し、自分たちの筋肉で『薔薇の王子様』をかくまうようにする。
「んーむ、ムキムキ……」
フルルズン・イスルーン(ザ・ゴーレムクラフター・g00240)は、ちょっと笑ってしまった。
「でも、どこもかしこも貴族主義が抜けてないのだ。支配と従属の関係しかないのがねぇ。というか、反抗する割にどう見ても貴族そのまんまじゃん!」
女闘志に負けないくらい大柄で、いかついゴーレムを召喚する。
太い両腕には、術式が刻まれていた。
村落の人々は、王子の矛盾に気がつく。革命軍も結局はヴァンパイアノーブルなのだ。稲穂は、肩越しに若者たちへと伝える。
「皆、教えたとおり農具を構えて。けど、戦うのは私達ディアボロス。真の解放を成し遂げると約束するから、いまはほかの人たちを連れて逃げて!」
場を構成する群れと群れが、ぐるぐると動きはじめた。
「まずは蹴散らすぞぅ」
ゴーレムに命ずる、フルルズン。リップは、『伯爵』を大振りにし、牽制とガードをしっかり目にとっている。ヴァンパイアファイター、大女たちの何人かは『クリムゾンブースト』で全身に力を込め、護衛から外れて突進してきた。
「相手がパワー型なら攻撃は単純なはず」
稲穂は、体をずらして正面からの攻撃を避けた。かすめた拳に、残像が追従する。
いや、透けた拳は実体よりも先行している。1秒先の予測だ。
「剣士だからって、飛び道具が無い訳じゃない。電撃使いとしての自身はあるよ!」
闘気が蒼く輝いて、両刀に伝わった。『Burn the dark』は漆黒から紅にかわり、『L・デルフェス』は光を発する。
「『雷鳴連斬(ライメイレンザン)』ーッ!!」
斬撃とともに、剣に宿した雷が飛び、ヴァンパイアファイターをうった。超強化改造された筋肉が、ブルブルと振動している。
「肉体は電気信号に作用される。動きづらくなったでしょ」
拳を空振りさせた一体が、地面に膝をついた。樹々の隙間に老人を庇いながら、若者のひとりがその様を見る。
「あ、あれが、ディアボロスの技……。パ、パラドクス?!」
ごっこ遊びが追いつける領域ではない。
大女から無数の拳打を浴びているリップも、鎌の柄でそれらを弾いている。
こちらは、時間が引き伸ばされているかのようだ。服に隠した秘密、点滴パックからの栄養が効いている。
「特にお顔と内臓系はガード。口内出血と内臓出血からの吐血は何が何でも回避してくんでー」
何発かはもらっているはずだが、黒マスクと前髪の隙間からうかがえる目じりは、笑っていた。
「粘ったら粘った分私にゃ美味しい。打撲痕が熱持つのだって歓迎よ」
死をもたらす瘴気が漏れて、殴っているほうがダメージを蓄積させている。鋼の如き筋肉だというのに。
「偶にはステゴロも上等っしょ。フィジカル自慢同士ガチろーぜ」
唐突に、大鎌『伯爵』が捨てられた。
リップは、体温上昇によって、身体能力もアップさせられる。『Reinforce・high'n'forth(リインフォース・ハインフォース)』だ。
「いっくら硬かろうが鋼だって熱すりゃ柔くなんだろ? 焼き尽くしてやんよ」
インファイトに移行したと、殴打のフォームをあわせるヴァンパイアファイター。
農具を握って見守る若者も、打ち合いを期待して、裏切られた。黒っぽい上着がひるがえったかと思うと、ヒップアタックが大女の顔に届いたのだ。
「リップちゃんは、尻だってキュートな凶器だ。わはは」
焼けたような煙をあげて、トループスは仰向けに倒れる。
ディアボロスの引き出しの多さに、動ける護衛役は王子様のそばまで下がり、筋肉を隆起させた。たっぷり溜めをとったあと、凝縮したオーラで、鮮血色のエネルギー弾を放ってくる。
「錬金術ゴーレムくんセット!」
巨体の後ろに隠れたフルルズンは、命じた。
「狙うはあの無駄に肉体面積の肥大したヴァンパイアノーブル!」
突きだされた剛腕は、殴りにいくのではなく、掌を広げている。
「強制ダイエットの時間だ! 分解粒子投射!」
稽古で説明されたとしても、北欧村落の住民には理解不能だったろう。架空元素を生成し、放出しているのだ。
ロマノフによる改造箇所に入り込み、物質の組み換えがおこると、大女たちの肉体はたちまちしぼんで、凍てついた大地に横たわった。
アヴァタール級『薔薇の王子様』だけが、ポツンと立っている。
「威圧用筋肉の飾りを侍らすなんて生意気なんだよ。」
フルルズンは、少年のクロノヴェーダを指差す。
「それでよく革命軍を名乗ったねぇ。単にビルダーがムキムキ脅しに来ただけじゃないか。何の仲間割れか知らないけど、こっちに来て巻き込まないで欲しいもんだね」
「う……ぐすっ」
王子はべそをかき始めたが、言い返してきた。
「革命軍の大部隊が来るのはホントなんだから! 僕が、この地を薔薇の園にして、革命を信じさせてやるっ!」
「その革命軍がなんだと言うのだろうね」
フルルズン・イスルーン(ザ・ゴーレムクラフター・g00240)は、子供の訴えをはねのけた。
「元々世界相手にしてるって言うのにさ」
「お前のハナシが、ホントなのはよくよく分かってんよ。だからこそ私らがここに来てて、だからこそお前は狩られる訳だ」
大鎌『伯爵』を拾う、リップ・ハップ(Reaper Harper・g00122)。
アヴァタール級ヴァンパイアノーブル『薔薇の王子様』は、片目ずつこすって、涙を拭いている。
「ぐすっ、ぐすっ。だって……ぐすっ」
「……なんというか、こっちが虐めてるみたいな気分になっちゃうじゃないか」
うっかり下げかけた二刀の剣先を、秋風・稲穂(剣鬼・g05426)はふたたび持ち上げた。
「まあ、容赦はしないけど」
実のところ、クロノヴェーダは精神攻撃の下地をつくっている。ただ、幸いなことに、村人たちの避難は完了した。
「そして、ゴーレムくんとボクの相手は主に自然さ」
巨体を遠慮なく暴れさせられる。フルルズンの命令で、別の一体が錬成された。
「立ち上がれ! プロト・ゴーレム! 『ワール・デネク・ムン』!」
主に地面から、土や石、砂といった素材が吸い上げられる。
「自然の厳しさを教える時間だぁー! ゴーレム・チョップ! ゴーレム・張り手! ゴーレム・タックル!」
小柄な体躯であっても、クロノヴェーダなので簡単に吹き飛びはしなかった。
「どういう甘言弄してもゴーレムくんは止まってはくれないぞぅ。雪崩や、地滑りに巻き込まれるようなものだと心得るが良い」
「ひ、ひいい!」
そのかわり、両手で顔をガードしているあいだ、口がきけない。フルルズンがしゃべっている。
「根差す土壌を知らずして薔薇は咲かないものさ。あれ結構デリケートなのだ。上っ面を取り繕う貴族様には分からないかもしれないけど」
「僕のおうちでは……」
王子様が顔をあげた。やっぱり、泣いている。
「なんにもしなくっても、薔薇がいっぱい咲いてるんだ。北欧地域にも、分けてあげられるんだよ?」
『甘い一言』だった。
あるいは、極寒の地に暮らす村人たちならば、受け入れてしまうかもしれない。
「嗚呼――甘い。おぞましいほどの甘ったるさ」
シアン・キャンベル(ルログ・g01143)は、王子のささやきに対して、数倍の申し立てでもって返した。
「実に馥郁としたものだ。民は安寧に酔い痴れ、王子様は不幸に塗れる。幸福を運んだ結果、成程、自らは絶える終幕と謂うべきか」
『離間の計』を仕掛ける。
「果て――貴様は何処まで泣き虫なのか。私が、蟲が暴いて魅せよう」
呼びだした幻影は、トループス級。
格闘に秀でた大女たちである。
「オマエが傍観しているだけだから、私達は倒されたのだ」
「無能な王子様の下になんかつかなきゃ良かったぜ」
「この弱虫め、鍛えないからそうなるんだ」
「薔薇が勝手に咲くわけないだろ。私達が、屋敷の世話を全部してたんだろが」
彼女たちは、筋肉を誇示するばかりだったので、どのような言説をもっていたかは判らない。いわば、シアンの創作なのだが、敵の不安感をあおるに足る。
「ゆ、ゆるしてぇ……お姉さぁん」
「甘い言葉に眩むほど私はお人好しではないのだ。貴様の頭の中のジュースを寄越せ」
『妖蟲の鞭』できつく縛った。
「革命は大いに結構。でも、それを成すのは君達じゃないよ」
稲穂は、諭すように言う。
「革命の名の下に何でもやって良いなんて、そんなのはただ支配者が変わるだけだしね。さあ、覚悟を決めてやり合おうじゃないか」
「僕にかしずくものは、もっといるんだ。ナ、『ナイトバット』よ、来てぇ!」
薔薇の王子様は、無数のしもべを召喚した。
「自分で戦わず、蝙蝠に戦わせるのかい?」
二刀を引いて構えて稲穂は、黒い飛翔体の群れに対峙した。少しだけ安堵している。縛られて泣いている子供よりは斬りやすい。
コウモリの動きにしても、雷のオーラと未来視が看破せしめ、『L・デルフェス』の煌めく斬撃ならば、数も問題にならない。
「『蒼雷連撃(ソウライレンゲキ)』!」
従者を片付けると、ヴァンパイアノーブルから血が吹き出た。
「さあ、君も革命軍なら自ら剣を取り戦ったらどうだい? ……じゃないと絵面がちょっとヤバいとか思ってないから!」
「ぐッ……!」
唇を噛むと、王子は一凛の薔薇を持ち、その棘で拘束から抜け出した。
「残念だけど薔薇園なんてこさえてる時間、お前にゃもう残ってねーぜ」
リップは、クロノヴェーダに大鎌を差し向けながら、シアンや稲穂、フルルズンたち仲間に、頷きかける。レザーマスク姿で。
「見た目や口調で油断するつもりなんざさらっさらねい。所詮は怪物だ、狩人として狩るまでよ」
身体を練り上げた戦いの経験。自慢のフィジカルで一足に踏み込む。
ひるんだ王子は、屋敷にあったものを召喚した。
「咲き乱れよ! 『ガーデンローズ』!」
一凛だった薔薇は、庭園とよべるまでに広がり、そこへ突っ込んだリップの肌を引っかいた。血だらけになった腕でも、大鎌を軽々と振り回す。
「油断はしねーっつったろ、傷なく狩れるとか思っちゃいねーよ。私を制御できんのは私だけだ」
前方の薔薇が、斬り払われていく。やがてとどく、斬撃の間合い。
キメのパラドクスは、『regal・ᚺ(リーガル・ハガル)』。個の起こす極小災害が、王子の襟飾りを、輪っかのまま吹き飛ばす。
アヴァタール級の首なし胴体が倒れた。リップは一瞥だけくれてやる。
召喚された薔薇の庭園も消え失せる。
「さて、終わったから『土壌改良』やんなきゃね」
戦いのあとの僅かな間で、フルルズンがエフェクトを残そうとする。ディアボロスが去った後も継続するのでやるだけやっておいたほうがいい。
「荒れた農地は無いかー!」
若者たちが訓練に使っていたこの場所こそ、使えなくなった農地だった。
それに、村の建物からは隠れた位置になる。革命軍の本隊が来ても、見つからずに済むかもしれない。
「皆が戻ってきて、土壌の変化に気がついてくれるよ。きっと……」
稲穂は、置き忘れの農具をひとつ、凍てついた大地に突き立てた。記念碑のように。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー