大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『デパートメントデーモン』

デパートメントデーモン(作者 大丁)

ディアボロスがこれを利用して怪しい儀式を行おうとしていた……というか?」
 ジェネラル級『集合嘸』メンゲは、『媒介者』によって届けられた物品をみた。
 そのなかのひとつ、金の鎖のネックレスを、自分の手に取る。
「確かに魔力は感じるが、使用目的も方法も全くの不明。解析は難しいだろう」
 子細にみれば、鎖のひとつずつに数字のようなものが彫ってあり、なにかの集合を表しているようで興味をひかれたが、解こうとしてもただの羅列としか思えない。
「これが本当に重要な品ならば、ディアボロスを誘き出せる、か」
 暗算が通じなくて、悔しかったわけではない。
 作戦を思いついたのだ。
「取り返そうと襲ってくるならば、やつら自身で価値の高さを証明するようなもの。その場合は改めて本格的な解析のための施設を用意しよう」
 豊島区のオフィスビルの一室から、大同盟の援軍に連絡をとった。

 『TOKYOエゼキエル戦争』行きの車内で、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は案内を始めた。
アークデーモン大同盟に関する依頼です。『集合嘸』メンゲが、豊島区で罠を仕掛けています。わたくしたちディアボロスから奪った『重要物資』を囮とし、包囲殲滅のための戦力を配置して待ち構えておりますわ」
 ファビエヌの話では、この重要物資こそが、攻略旅団が用意した発信機つきのニセモノだ。
「『媒介者』に奪わせるために、微量のエネルギーを宿らせてありました。最終人類史に近い年代ですから、発信機のようなテクノロジーも排斥されません」
 信号を追うことで、重要拠点の判明や、ジェネラル級の撃破につながる。
「皆様は、いったん敵の期待通りに、物資を奪い返そうとするそぶりを見せてください。敵の囮役は、大同盟により他区から援軍にきているジェネラル級です。彼は物資を持ったまま撤退するでしょう。それを見届けてから、包囲戦力を突破して帰還する。そこまでが、今回の依頼内容ですわ」

 魔力の充填された宝飾品のサンプルを、ファビエヌは広げて見せた。
 金の鎖のネックレスだ。
「ジェネラル級アークデーモン『復讐の魔弾ザミエル』は、コレが本物であるか、試してくるかもしれません。皆様は、ディアボロスにとっての重要物資という印象を与えるようなお芝居をお願いします。具体的な使い方を聞いてきた場合は、なにか話を逸らすような工夫をお願いいたします」
 ある程度のやりとりが済むと、ジェネラル級は撤退する。罠が張られているのは、深夜のデパートで、いわゆる婦人服売り場になる。
「脱出経路は、このフロアへ上ってくるエスカレーター。乗り場のホールを守っているアークデーモンが、ほかよりも手薄です。このトループス級とアヴァタール級を撃破したあと、停止したエスカレーターを逆走し、地上階まで駆け下りてください。それで、撃滅作戦の包囲を突破できますわ」

 パラドクストレインの発車時間がせまった。
 ファビエヌはプラットホームから、これはチャンスがあれば、と注釈つきで申し添える。
「敵のジェネラル級は、同種の作戦においても協力していないようです。それぞれの背景を調べるのは、決戦に持ち込むための切っ掛けになるかもしれません。もちろん、発信機を持たせて撤退させるだけでも、十分にイイコトですのよ」

 緑の非常灯が、群衆の影を映し出していた。
 めいめいにポーズをとったまま、微動だにしない影たち。
 深夜のデパートは、マネキン人形に支配されたかのようである。
 豪華なイブニングドレスと、落ち着いたフォーマルスーツ。
 2体のあいだに挟まって、ボロボロのロングコートが立っていた。
 『復讐の魔弾ザミエル』だ。
 右足の機械化された爪で、床をカリカリと引っ掻いたあと、出し抜けにライフル銃を発砲した。
 着物姿の頭が、粉々に吹き飛ぶ。
「ザミエル様ァ。あんまり散らかさないでくださいよぉ」
 奇抜なファッションを纏ったアヴァタール級、『悪魔道化師』が頭だけめぐらせて乞う。
「それに、『腐敗する再生者』が化けてるマネキン人形もあるんですから、当たったら痛いでしょ」
「痛いもんか。なぁ、この作戦、昼間に人間が歩いてる真ん中でやったほうが良かっただろ。ショーみたいに楽しかったと思うぜ」
 ザミエルが、銃口をあちこちに向けるので、道化師はため息をついた。
「メンゲ様の作戦なんだから、勝手はいけません。支配者様にも、豊島の『集合嘸』に従っておけって指示されたじゃないですかぁ」
「大同盟の、約定ってか? つくづく面倒なことだ。あーあ、我が主君は、いまごろ陣地で人間相手にお楽しみなのかな」
 つまらなそうに、ライフルを肩に担いだので、ジェネラルに仕える者は、口角をあげた。
「誘いにのったディアボロスが、本物の宝飾品を言い当てたら、この作戦のあとで存分に戦えますよ。弱っちい標的よりも、ザミエル様のお好みなのでは?」
「好きなんじゃねえよ。あの決戦でのお返しがしたいだけだ。ところで、このキンキラとボンヤリ、ディアボロスの落とし物はどっちだ?」
 ドレスには金の鎖。スーツには真珠。
 2体の首には、ともにネックレスが掛けられている。

 デパートの地上階は、装身具と化粧品、それらのハイブランド店の売り場だった。ショーケースには保護用の布が掛けられ、一部には立ち入りを禁ずる衝立がなされている。
 時先案内人の指示通りにルートをとれば、ジェネラル級の前までは進めるはずだ。
 香水のディスプレイに、虚ヶ谷・ワチカ(Cantarella・g00384)が気付いた。
「念の為、痛覚を鈍くさせる薬を服用しておこう。相手は武器を持ってるしね」
 聖水瓶に入った、『✕‬‪✕の花蜜』。
 かわいい贈り物だ。薬だけでなく、誘惑する力もつく。
「まさか引っ掛かるような奴とは思えないけど、誘惑全開でいけば、少しくらいは油断してくれるかも知れない」
 ワチカのその期待は、婦人服売り場まで上がってきて、骨の眼窩からのぞく赤い光を見たとき、しぼんだ。
「こンにちは」
「よお、ディアボロス。嗅ぎつけてきやがったな」
 ジェネラル級アークデーモン『復讐の魔弾ザミエル』は、マネキン人形の並びに加わり、悠然と構えていた。
 冷静なようでいて、右足のかぎ爪が床を引っかき続けている。
「『アレ』のためにか。何に使うつもりなんだ?」
「それは……その」
 逡巡してみせて、ワチカは打ち明けるフリをした。
「……っ、……仕方ないか。新宿島の人が安全に過ごすために必要なンだよ」
「へぇ……」
 アークデーモンは、姿勢を変えない。
 拠点の守りは戦争の基本だ。戦闘狂っぽい見てくれのザミエルなら、ディアボロスが宝飾品の奪還に必死になる理由として妥当、と考えてくれてもよさそうなのに。
「とっても大事なものなンだ」
 ワチカは、イブニングドレスのほうを指差す。
「だからねえ、そこのさ。キラキラしたネックレス、返してくれないかな?」
「……!!」
 かぎ爪の動きが止まる。
「まんまと当てたな? ホンモノの呪具で確定だッ!」
 ザミエルは、うっかり視線を外さないよう、ディアボロスたちを睨みながら人形に手をやり、頭部を砕いてネックレスを抜き取った。
「となれば、おまえがさっき言った、新宿島を安全にする儀式とやらも本当……」
 徐々に高揚してくるアヴァタール級の様子を、ワチカは慎重に伺う。
 相手がペラペラしゃべっているのは、包囲殲滅の布陣が整うまでの時間稼ぎだ。そして、ザミエルが『安全に』逃げてもらうまでの時間稼ぎが必要なのは、ディアボロス側も同じ。
「メンゲの解析に任せよう。我が主君もお喜びになる!」

 ジェネラル級はもう、手加減どころか戦闘に応じてくれない。
 ワチカたちの、宝飾品奪還への本気度は測り終えたのだから。呉守・晶(TSデーモン・g04119)は、のらりくらりとかわされて、苛立ってくる。
 ……ように見せかけた。
「クソッ、すべての作戦が順調に進んでいたら、もうすぐ堕ちる中央区より先にこの豊島区を攻略できてただろうに!」
「豊島区を攻略、だと?」
 『復讐の魔弾ザミエル』の足が止まった。晶は、舌打ちをする。
「チッ! 口が過ぎたか……まあいい、お前を此処で倒して取り返せば、情報が漏れることもない! その金のネックレスがあれば、新宿島の防御を固めて、二度目の奪還戦だってできるんだからな!」
 こちらが喋る番とばかりに、晶の挑発が続く。
「それとも新宿決戦で死にかけた癖に……こんな自分に不利そうな閉所で勝てる気なのか、負け犬くん?」
「……ッ!」
 アークデーモンの人工のかぎ爪が、床の装飾を深々と傷つけた。
 なにもかも無為にして、飛び掛かってきそうな殺気をみなぎらせたが、道化師のささやきが、それらを満足げな雰囲気に昇華させる。
「実を言うとな。俺は豊島区の支配には興味がないのだ」
 骨の顔に表情はないが、なぜか笑っているとわかる。
「我が主君、世田谷区の支配者様が言うから大同盟の援軍をしているが、おまえたちディアボロスと戦えるなら何でも良かったのだよ」
「何を、言ってやがる……?!」
 この問いかけは、晶の口からも自然に出た。
「豊島区の攻略か。大歓迎だ。ディアボロスが来てくれるなら、このトシマを戦場にして、いつでも好きなときに戦えるというもの。だから、『集合嘸』メンゲが賢かろうと、狼魔侯・マルコシアス様が強かろうと、大同盟に向かってこいよ」
 どうやら、時間がきたらしい。
「もっとも、おまえたちがこの話を、新宿島に持ち帰れはしないのだがな。……かかれッ!」
 婦人服を破り捨て、マネキン人形に偽装していたトループスたちが、いっせいに動き出した。
 夜のデパートの住人。
 晶たち、この場にいるディアボロスの撃滅には、十分すぎる数である。そして、『復讐の魔弾ザミエル』は群衆のかなたに去った。
 まんまと、発信機つきの宝飾品を持たされて。

「ザミエルはマルコシアスの配下だったのか」
 挑発の土産に、呉守・晶(TSデーモン・g04119)が得た情報だ。
「さて、後はこの包囲を突破するだけだな」
 大同盟についての検証は、あとでいいだろう。ざっと、眺めたところ、非常灯のほかには、部分的なライトが光源だ。
「手薄なエスカレーターに向かって急ぐぞ!」
 ディアボロスたちの次の行動は、作戦で決まっている。知らないのは、アークデーモンのほうだけ。ただ肉の壁のように『腐敗する再生者』はすべての進路を塞いでいた。
 榊・紫苑(死がすべてを奪うまで・g06397)が、『クイックアサルト』で異空間に繋がる穴から武器を取りだす。
 オートマチックとリボルバー。二丁の拳銃を手にして素早い射撃をした。
「先手を取り続けていきたいものです」
 優雅さすら感じる動作に、空気の流れが生まれて、脱出路へといざなう。
 それは、照明のない売り場では、黒光りするかたまりに見える。ディスプレイ用のグランドピアノだった。紫苑は、その上に乗ると『再生者』を撃ち続ける。
「いまのうちに。お先にどうぞ」
 援護射撃に守られながら、ディアボロスたちは次々とピアノを乗り越えていった。
 事前の予知どおり、フロア中央のエスカレーターまで、包囲は空白だ。桐生・巧(リア充スレイヤー・g04803)は、敵のいない売り場通路に着地すると、振り返って紫苑の戦いぶりを見上げた。
 彼はたしか、この『TOKYOエゼキエル戦争』の出身だ。
 ストリートスタイルが似合う青年。そのラフでおしゃれな服を着た射撃手に、エレガントなよそおいの人影が腕を何本も伸ばしていた。
「リアじゅ……!」
 ふつふつと沸き上がってくる感情。しかし、それが表に出るよりも先に、晶が怒鳴る。
「ったく! マネキンに偽装してた気味の悪い奴らだな?」
 『魔晶剣アークイーター』を抜かずに構えだす。
「夜のデパートでマネキンゾンビもどきとか、ホラー映画じゃねぇんだぞ!」
 愚痴りながらも、彼女もピアノのそばに居残り、紫苑の加勢をしている。胸囲のせいで、締まり切らないスカジャンが、それはそれでカッコいい。
 巧は、婦人服売り場などという、お高い場所に来たことを後悔しはじめていた。
 このサイボーグのファッションは、通販で買ったミリタリー服であり、武器は魔改造したもののエアガンだ。
 エレベーター側に先行した仲間たちが、アヴァタール級に追い付かれた。直属のトループスに、リリア・ヘイセイル(インソムニア・g02288)が手こずっているとわかる。
 暗がりではあるが、『再生者』たちが身につけているのは、ウェディングドレスのようだ。
 悪魔道化師は、何人もの純白に囲まれて、ケラケラと笑っている、と巧には見えた。
リア充は死ねぇぇぇぇぇい!!!!!」
 叫び声をあげ、魔改造エアガンを乱射しながら、走る。
 妬もうが、悔やもうが、ましてや怒り出そうが悪いことじゃない。パラドクスは、負の感情を爆発させて、ダメージアップした。
「同志よ立ち上がれ! 『非リアへの激励(ヒリアヘノゲキレイ)』!!」
 弾の威力は、実銃をはるかに凌ぐ。
 白いドレスに収まっていたヤツらをバラバラにすると、リリアたちに追い付いた。
「巧さん……! ありがとうございます。障害になるトループスは、あと僅かなのですが」
 ディアボロスの攻撃で、よりグロテスクな容姿を露わにした『再生者』は、ちぎれた自分の肉片を、爆発物に変化させて反撃してくる。
 トドメを刺すのにも、慎重さが必要だ。
「私に考えがあります。敵に対してまず……あぁっ!」
 丁寧な口調で、策を説明しようとしたところに割り込んで、ブーケを握ったままの腕部が、投げ込まれる。
 あがった炎で、売り場の天井が、赤々と照らされた。
「ダ、ダイジョブデスカー?!」
 急にカタコトになった巧が、敵の真ん中で伏せるリリアへ悲鳴に似た声をかける。
 けれども、爆発に倒れたのは、似た格好をした本物のマネキン人形であった。ドレスの一団は、離れた位置から浴びせられた闘気にその場で自爆させられる。
「非力な私の一撃でも、それなりに痛いと思いますよ」
 さらなるダメージアップがのっていた。
「オドロキマシタ……」
 まだ、キョドっている巧に、リリアは頭を下げる。
「ごめんなさい。追い込まれたふりをする技だったんです」
 何かと、偽装をする夜だ。
「出来れば近づいて斬った張ったはしたくない相手だしな」
 晶たちも追いついてくる。
 『魔晶剣』の鞘は、シースバスターライフルとして使え、魔力誘導弾を放つことができる。
「障害になる奴だけ撃ち抜いて駆け抜けるぞ」
 すっかり散らかった床に、肉片がいくつか転がっていた。まだ、アヴァタールからの命令に反応する危険がある。晶は、それらすべてを狙撃した。
 魔力誘導弾にも、怒りのダメージアップが積まれる。
 もっとも晶は、ずっと愚痴っているが。
「とてもじゃないが全滅させるまで戦うなんて不可能だからな!」
 実際、後ろからはグランドピアノを越えようとする集団が来ている。
 捉まる前に、悪魔道化師を片付けねばならない。

「お前を倒してさっさと此処から撤退させてもらうぜ!」
 呉守・晶(TSデーモン・g04119)は、相手を見つけた。肉の破片よりもいくぶん後ろに構えている。上りエスカレーターの降り口はそのすぐ隣だ。
 ディアボロスたちは、脱出経路に集中する。
「全く、厄介な罠を仕掛けてくれて、大同盟にも困ったものだよ」
 光の力を込められた剣『L・デルフェス』と、漆黒の刀身『Burn the dark』。秋風・稲穂(剣鬼・g05426)は二刀を抜きながら、アヴァタール級アークデーモンを煽る。
「……だけど私としては思いっきり暴れられるから、それはありがたいけどね」
「お褒めに預かり、恐悦至極ぅ」
 『悪魔道化師』は、右手の鋭利な爪を左胸にあてて、丁寧なお辞儀をした。
 ここより上階の、子供フロアからかき集めてきたようなオモチャをばらまき、口笛をヒュッと鳴らす。
「まだまだ、楽しんでもらいますよぉ。メンゲ様から仰せつかった罠は、何が大変って『復讐の魔弾ザミエル』様に、復讐を我慢してもらう事でしたからぁ」
 ようやく計画どおりにいった、と満足げな笑い。
 しかし、虚ヶ谷・ワチカ(Cantarella・g00384)にとっても、ホッとするところではある。
(「ザミエルに挑発の類いが通じンかったのは、そういうワケだったか」)
 床を引っかいていた鉤爪を思い出した。
(「純粋にディアボロスとの戦いを求める……。一番嫌な手合いだけど、何とか騙されてくれて良かった」)
 ワチカは、毒の調合をはじめる。
「そこをどいてよ道化師さン! アルフ・ライラ・ワ・ライラ……」
「……お前を倒して道を作らせて貰おうか」
 ラキア・ムーン(月夜の残滓・g00195)は『《RE》Incarnation』、再誕の名を冠した突撃槍を構えた。風と炎の魔力が、穂先に渦巻いている。さらに、電磁槍でもあるのだ。
「流石にこれ程の敵とまともにやり合おうとは思わんからな。随分と仲間を呼んだもんだ」
「むう、敵がわんさか」
 改造ノートパソコン『ノーパソくん』のキーをたたきながら、フィーア・オルリア(大流行・g05428)が、ふと口にした。
「脱出シチュエーションだね。……ゲームであったよね、一人の鬼と逃亡者数人のやつ」
「私、それ知らない。機械音痴でゲームは……」
 二刀に雷のオーラを貯めていた稲穂が返事した。
「まあ、ギャラリーが多すぎるから違うか」
 フィーアは顔をあげ、話を合わせようとしてくれた稲穂にかるく頷く。
 ばら撒かれたオモチャは、それぞれが罠に変化した。機械的、というよりも奇術の印象だ。
「チッ!急いでるって時に、こんな露骨な足止めパラドクスを!」
 晶は最初、飛翔でそれらを踏まないようにした。住居と違って天井は高いが、機動には制限がかかる。 
「ふん! なら、悪趣味なもんには悪趣味なもので対抗してやる。行けっ!バグ・ソー!」
 異空間に収納していた無数の空飛ぶ丸鋸を解き放つ。制作者自身は飛び回っているだけで、四方八方から敵を翻弄して切り刻んでくれるのだ。
「ふふん、怖かろう? クロノヴェーダだけを殺す魔導機械だぜ!」
「……悔しいですけど、似てますねぇ」
 道化師は、左手に掴んでいたジャグリングクラブを切断されて、歯噛みする。奇術の罠にはめた相手に、接近攻撃するための武器だ。
 『バグ・ソー』に惑う相手のもとへ、同じように近接攻撃に来たのが、稲穂である。
「さあ、楽しい楽しい死合いの時間だよ」
「ほんとぉ、似てる。いやだ、いやだ」
 右手の爪で、『L・デルフェス』と『Burn the dark』の斬撃を受けた。
「私は電撃使い、この雷で君を断つ!」
 稲穂は、二刀で爪を跳ね上げると全力の雷を込め、薙ぎ払いにいく。道化の衣装は、『蒼雷連撃(ソウライレンゲキ)』をくらってズタボロになった。
「このまま戦うのもそれはそれで良いけど、私たちだって死ぬのは嫌だからね」
「のこのこ出てきた貴様を倒して、ここから脱出させてもらうぞ!」
 ラキアの飛翔は高度を上げず、三次元的な動きを担保するためのものだ。加えて、『2秒』の未来予測を可能にしている。
「ファ、『ファニー・スクラップショウ』……!」
 悪魔道化師は、つきまとうラキアを爪で払いのけるようにした。ちっとも、楽しげではなく。
「『Call:Strike_Slash(コール・ストライクスラッシュ)』、起動」
 槍の魔力が風を呼び、2秒後の位置を当て込んで予備動作に入る。
 先に打ち込んだ稲穂の電撃と、ラキアの風速が合わさり、ダメージアップとドレインを与え合う。三重写しの太刀筋がひとつに重なると、同じ個所を薙ぎ払った。
 再誕の槍からは、まだ風が渦巻いている。フィーアが、さらに送り込んでくるのだ。
「ノーパソくん、敵の煩い歌を『情報収集』、分析して」
 このデーモンイーターは、もっぱら後衛だった。
「だって、近くに居たら大事な大事なノーパソくんが壊れちゃうかもしれないからね」
 歌とは『ナイトメア・パレード』。
 口笛から始まって、不吉な歌詞へと転じている。悪魔道化師は、歌詞の内容に沿って残酷な奇術を披露するつもりだ。
「さて、歌を再現するのなら動きも予測が付くよね。ノーパソくん、『戦術術式03』起動」
 風が圧縮された。
 パレードの進行方向へと、先読みした軌道をとって風の塊が誘導されていく。
 命中したアークデーモンはステップを踏みそこなってふらつき、春物コーデのマネキン人形を将棋倒しにしてその上に覆いかぶさる。
「グ、グフゥ……。ふ、不吉なぁ」
「むかぁしむかし、或いは今……」
 童謡めかして、ワチカが歌を引き継ぐ。手にしたアンプルを『ヴェローナ』、毒針専用クロスボウに装填する。
「ねえ、君、何年くらい生きてるの?」
 戯れの質問に、饒舌だったはずの悪魔道化師は無言。
 人形の手足を散乱させながら、立ち上がる。その胸をめがけて、ワチカは毒矢を放った。
「『【遅毒性-1002_Night】(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)』はね、君が持ってる時間の分だけ、君への毒性が強くなる」
「毒……なんねん? 知りませんよぉ。ザミエル様ぁ、マルコシアス様ぁ。『集合嘸』メンゲの奴が考える作戦はいただけません。イタい。痛いなぁ」
 演技ではなくフラフラとして、また倒れてからは、動かなくなった。
「はい。刺さったらとても痛かったでしょ? だってわっち、毒蜂だもの!」
 ワチカの声にも反応しない。
 エスカレーター前で邪魔だったので、稲穂とラキアがアヴァタール級の遺骸をずらす。
「長居は無用」
 フィーアは、ノーパソくんを畳んで、すぐに移動を開始した。最後尾にいたので、追っ手のトループスに一番近い。
「あれ、エスカレーター止まってるよ? どうやったら動くの?」
 まごついている稲穂の背中を、ラキアがつつく。
「動いていなくていいのよ、あちこちいじらないで。機械音痴なんでしょ?」
「えい、もう、飛び降りる。逆走して逃げんぞ!」
 晶は、飛翔を維持したまま、ジグザグに降下していった。
 本来は上りなので、矢印などの案内が反対方向だ。加えて、停止したままのエスカレーターの段差は、徐々にズレていくので転倒しやすい。
 いろいろな手段で下っていくディアボロスたちだが、ワチカは一階ずつ、足元に注意しながらにした。
 ほかのフロアにもトループスがわんさかいて、ルートを外れていたら、けっこう大変だったと判る。地上階にあった香水のディスプレイも、アークデーモンが隠れていたらしくて、今さらやっと動きだしている。
 だが、撃滅作戦の包囲が閉じることはなく、エスカレーターを降りた正面のシャッターが、簡単に破れた。
 冷たい夜風にあたり、池袋の街路をディアボロスたちが去っていく。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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