大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文掲載『オトメ大同盟ロード』

オトメ大同盟ロード(作者 大丁)

 春日通りの先にある。
 豊島区アークデーモンの拠点、サンシャインシティの西側だ。『本屋』と『雑貨屋』、『喫茶店』の連なる路地がある。
 各ショップは、雑居ビルだったところに次々と入居したため、外からではTOKYOのほかの街並みと変わりがないまま、中身は客層が大きく偏ることとなった。
 女性が多い。男性やカップルもいないではないが、圧倒的に女性が多い。
 そして、従業員も女性がほとんどだが、『喫茶店』で給仕をしているのは男子で、『本屋』と『雑貨屋』でも、各フロアにひとりは男子をおいていた。
 襲撃してきたアークデーモンは、その男子狙いだったのである。
「俺のモノになれよ」
 悪魔の角と羽を生やし、スーツ姿にノーネクタイの美形が、同性の店員を魅了し、その場でご無体な行為におよぶ。
 女性の客や店員は悲鳴をあげた。
「きゃああ! リアルはだめぇぇぇ!」
「ホンモノは見たくないー!」
「掛け算がぁ、掛け算がぁ」
 襲われるほうと、それを目の当たりにされるほう。どちらの一般人も『畏怖』のエネルギーを放出させる。これを仕組んだアヴァタール級は、ビルの向かい側、サンシャインシティのイベントスペースに続く長い階段に腰かけ、眺めていた。
「財宝ばっかりの街だ。なにを与え、なにを奪えばいいのか。豊島区が場所を提供してくれるんなら、試させてもらうよ。ふふん」
 姿は少年である。その傍らで、警護するのは、女子校生。
「ねぇ。ディアボロスが男子を助けにきたら、アタイたちもやっつけにいっていいんでしょお?」
 白いアイラインのメイクが派手だ。少年が、いいよ、と許可すれば、ギャルのトループスは湧いた。
「ブクロで暴れまわりたかったんだよねー♪」

 『TOKYOエゼキエル戦争』行きのパラドクストレインが出現した。時先案内人は、車内でディアボロスたちに依頼を行う。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ」
 ぬいぐるみ型の人形二体が、今日は糸を外されて、椅子の上でくたっとしていた。かわりに、タブレット端末をつついている。
「事件の状況が、わたくしにも不慣れで、借りてきました。え~と……」
 どちらかというとアナログな手段で説明を行ってきた彼女には珍しいことだ。画面内の原稿を読むようにして、状況が語られる。
「文京区に攻め寄せてきた『水着嫉妬団』は無事に撃退する事に成功し、豊島区攻略の準備が整ったものの、豊島区側も戦いの準備を進めていたようです。豊島区の支配者『複素冥界』イマジネイラは、豊島区と隣接する複数の区に呼びかけ、『アークデーモン大同盟』を結成しました。現在の豊島区には、大同盟に参加した区のクロノヴェーダが援軍として集結し、大きく戦力が増強されているようです。今回の列車は、その大同盟参加アークデーモンが起こす事件のひとつに向かいます。襲われる豊島区の一般人を救出してください……とのことですわ」

 ファビエヌは、端末をひっくり返して、座席のディアボロスたちに画面を見せる。
 映し出されたのは地図で、車道の片側に並ぶビルのすべてに印がついていた。
「これら雑居ビルの各フロアに、トループス級『メフィストフェレスの契約者』が襲撃に来ます。このアークデーモンは男性の姿をしているのですが、その……乱暴を働くのは、一般人の男性店員にばかりなのです」
 サキュバスの案内人は、掲げたタブレットで顔を隠している。
 色白の肌が赤くなっているのが、チラチラ見えるので、どうやら恥ずかしがっているらしい。
「このアークデーモンは、誘惑の能力も持っていますから、皆様もお気をつけください。戦闘がはじまれば、一般人よりもディアボロスへの攻撃を優先してきます。そして、護衛の『デーモンギャル』とアヴァタール級の『財宝を識る者ウァラク』も現れることでしょう」
 誘惑攻撃など、専門みたいな彼女が、これほど反応しているのだ。
 よほどの強敵である、と依頼参加者の何人かは気を引き締める。
「ほかにもう一点あります」
 端末に表示された画像は、体長30cm程度の鼠型トループスである。
 豊島区のジェネラル級アークデーモン『集合嘸』メンゲが、ディアボロスの戦いの様子を監視し、情報を集めるために、戦場の近くに潜ませている、というのだ。
「皆様が到着した時点では、一番端のビルの5階にある『本屋』に集まっていることが判っております」
 そこは、天井に届くほど高い本棚に、薄めの本がぎっちりと収まり、通路が狭くなるほど何本も置かれているらしい。棚から棚へと逃げ回られると、見つけるのは困難だ。
「なにか、工夫をしていただいて、可能ならば排除してください。メンゲに知らせたいことなど、ひとつもありませんから」

 人形を抱いたファビエヌは、発車の見送りをした。
「今回の依頼を通じて、大同盟を瓦解させるようなイイコトを思いついた方は、ぜひ攻略旅団で提案してみてください。いってらっしゃいませ」

 デザインのはいった大窓を背に、革張りのゆったりとしたオフィスチェアに掛けて、『集合嘸』メンゲはパソコンを操作していた。
 机には、鼠型トループスがおり、取り付けられた小型カメラからSDカードを引き抜いて、スロットに入れたところだ。
「同じアークデーモンでも、やり方はずいぶん違うものだな。しかし、ディアボロスに敗北すれば、共通の敵として認識し、勝手な主義主張はおさまるだろう」
 ディスプレイでは、データの吸い出し状況を知らせるバーが伸びている。
「そして、集めた情報により、必ずベクターの仇をとってみせるぞ」
 高級オフィスのフロアは、順番を待つ鼠トループスでうまっている。メンゲはもう一度、画面を凝視した。
「……99%になったきり、進まんな」

 豊島区への潜入ルートを使ったあと、繁華街を通り抜けていく。大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、街並みを見ながら疑問を口にした。
「なぜ池袋に、僕と関わりのある悪魔が連続投入されているんでしょうか?」
 時空間を越えた複製にすぎない、といっても心はザワつく。南雲・葵(お気楽姉弟の弟の方。・g03227)は、依頼にからめて推察のひとつで応じた。
アークデーモン大同盟のせい? ……あ、この角曲がったところからが『乙女ロード』って呼ばれてるんでしょ?」
 どちらの質問にも、頷く朔太郎。
「そうですね。悪魔の計画で、この地でのアークデーモンの数自体が増えてるから、かもです。ええ、乙女ロードとは呼ばれてますが、同人誌とかコスプレとかイベントに、女性向けが多いっていうだけだった気が。まあ僕等にはハードル高いですよね、確か女装カフェなどもあった気がしますし、その辺はいぶきさんの好みそうですが」
秋葉原と並ぶ聖地だわ。私が知ってるのは執事喫茶ね。結構楽しいらしいわよ……ほら」
 遠原・いぶき(開幕ベルは鳴り響く・g01339)は、ディアボロスたちが件の路地に入ったところで、ビル壁面の看板の並びを指差す。
 『執事喫茶』と確かにある。
 そして、5階の部分に表示されていた。鼠トループス『媒介者』が集まっているという『本屋』の名が。
「一応、確認よ。私、未成年だけど大丈夫?」
「店内には入れるけど……。年齢制限のマークがついてる本は手に取っちゃ駄目だからね?」
 葵の口ぶりでは、まったく知らない場所というわけではないらしい。
「『本屋』というより、同人誌ショップですが」
 朔太郎も、8年より以前に流行したアニメやマンガと、その二次創作に思いを馳せている。
「もちろん、怪しい本には触らないわ」
 いぶき達はビルに入り、狭いエレベーターが昇るあいだに、作戦の確認もした。
 敵に渡したくない情報は、ディアボロスの戦闘方法。特に連携だ。
 スパイネズミの覗きを、そのまたさらに隠れて始末するくらいの動きを要する。
 ドアが開くと、そこが直接、店舗内になっていた。
 『銀幕の記憶は色褪せることなく(カーテン・ライズ)』を使うと、いぶきは店員の男子に話しかける。
「ねぇ。ちょーっと私の好みの本探してくれません?」
 一般人の演技だ。
「めずらしいですね。ボクはお飾りのようなもので、あまり商品についてたずねてくるお客様はいないんですよ」
 パラドクスが効いているから、避けられたりはしない。他の店員が手すきなのを見、上司らしき女性からの頷きももらって、ニコニコと相談を受けてくれる。
 その隙に、葵は、壁歩きを棚に使う。
 通路が狭いので、横倒しになって歩くというより、棚の上のほうに張り付くといった感じだ。手をかけた部分の表示が目についた。
(「『801』か……。1000番くらいまで振ってあるのかな? 図書館みたいだ」)
 端から端まで、棚は埋まっている。
(「趣味趣向は十人十色って言うけど……この本の数だけ乙女の妄想が有るんだね。あ、特に偏見は無いけど、流石に本の中身は確認したくないなぁ……」)
 実際には、ビニールで封じられていて、安堵のため息がでた。
 本は背表紙がないほど薄いため、刺さったインデックスによって内容を判別するらしい。
(「『△系〇〇×■■』……。『人間のバウンサー × オラトリオ』みたいなもの?」)
「俺様キャラで自己陶酔激しくて……ドSっぽい? 右? 左? うーん……『右』かしら?」
「リバースがお好みなんですね。『〇〇×■■』と『■■×〇〇』のお客様は敵同士みたいに振る舞われますから、棚を離れさせているんです。配置がわかりにくくてゴメンナサイ」
 男子店員との会話だけが、店内に響いている。
「絶対に右よ"右"! "上"の立場の人間が弱ってる所を見たいわ」
 いぶきの話す、『左右』や『上下』とは、攻めと受けの表記に由来……ではなく、自分が発見した鼠の位置を、仲間に知らせる符丁であった。
 鼠に記録されたくない、ディアボロスどうしの連携を、客と店員の一般的な会話に偽装したのである。
 指示に合わせて、朔太郎がサキュバスミストを使う。
(「魔力の乗った風なので、本にも影響の無い攻撃が出来るはず。皆で囲んで追い込みますか」)
 姿を隠しながら、桃色から逃げる『媒介者』は、しかし葵が放った『魔影分身術』によって逆に挟み撃ちとなる。
(「今回、姉貴はお休みね」)
 オラトリオを召喚するまでもない。漆黒の分身体が斬撃を繰り出す。
 鼠トループスは、なんの有益な映像も残せぬまま、ディアボロスたちによって駆除されたのだった。

 同人誌ショップの店員男子は、『媒介者』との顛末など知る由もなく、遠原・いぶき(開幕ベルは鳴り響く・g01339)へのおススメを上機嫌でみつくろっている。
(「まるで、わんこみたいだ」)
 店員が棚の下方へとしゃがんでいるあいだにメイクを落とし、いぶきは『客の女子』の役を降りる。
(「いかにも『メフィストフェレスの契約者』に襲われそうな男子だし、助けてやるか。俺もこっちの顔の方が楽だし」)
 宙に描きだすのは、ハルバードの輪郭。
 不用心に腰を突きだしていた店員の背後、覆いかぶさろうとしたスーツ姿のアークデーモンに向かって、実体化した得物の先端を突き入れた。
「性別なんてどうでも良いけどさー。俺はお前達の下になるなんてまっぴら御免だ」
「お客様? ふえっ?!」
 助けられたことも分からない店員男子の背中を、馬飛びの要領で越えると、いぶきはハルバードを振り下ろした。
 その向かう先には、初撃をくらってひっくりかえった『契約者』たちが、棚と棚のせまい間に折り重なって挟まっている。
「『血塗れた呪いは消えることなく(ブラッディ・シューズ)』!」
 斧刃が一撃を与える。
 いぶきは、撃破した奴らの頭を足で踏みつけた。
「やっぱ、見下ろすのが俺らしいや!」
「あ、あのう、お客様、『上』の本が見つかりました、けど……」
「店員さんはフロアの人をつれて避難しよっか。ここは戦場になるから」
 事態を飲み込めていない男子の肩を、南雲・葵(お気楽姉弟の弟の方。・g03227)がたたく。
 店のひとつは救った。大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、別行動を提案する。
執事喫茶がいちばん、働いている男の子が多そうですから、そこに人手を割きましょうか」
 いぶきと葵らは、非常階段で喫茶店へ。朔太郎は、いったんビルを最上階まで昇ってから、被害の検索をしながら降りてくることにする。
「他のビルは? 乙女ロードに並んでるお店の全部が、敵の標的なんだよな?」
 葵の言葉には、いぶきが答える。
「そこが、俺たちディアボロスの『連携』だ。救援機動力もあるし、仲間を信じればいいのさ」
 表の通りでは、奉利・聖(クリーナー/スイーパー・g00243)が敵を探して小走りになっていた。
「はぁ……やれやれ、色に惑わされるとは。なんとも気が抜ける話ですが、見過ごすわけにもいかないですね」 
 窓から大きなバナーを貼りだしているフロアが目に留まり、ビル脇にあった階段を駆け上がる。
 時先案内には、女性が多い地域とあった。
 男子高校生の聖がひとりで行動していると少なからず目立ったが、緊急時だ。気にはしていられない。
 それはそれとして、有栖川宮姉妹が入り込んだ『書店』は、ことのほか『女性向け』と強調してあり、姉の有栖川宮・永遠(玲瓏のエテルネル・g00976)は怪訝そうに髪をかき上げる。
 紫水晶のイヤリングがかすかに揺れた。
 適当に本棚の一冊を引っ張り出すと表紙を眺め、妹に差し出す。
「永久さん、似たものをお持ちじゃありませんでしたか?」
 受け取った有栖川宮・永久(燦爛のアンフィニ・g01120)は、自前の特製小型ヒーローロボットと並べてみた。これは発明品で、特撮番組に出てくるものに似せてある。
 本のほうは、特撮ではないが、ヒーローには違いなかった。
「私、これ、知ってるよ……」
 ロボともセンスは近く、やはり『TOKYOエゼキエル戦争』ディヴィジョンこそが、姉妹の故郷なのだと思える。
「でも、ウサギがトラに合体……!? いやいやこんな趣味は知らないよお」
 急に顔を赤らめた永久に、永遠はまた小首を傾げた。
 大きなビルの一階は、ゲーム機やソフトのショップであり、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、比較的入り易そうだと、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)を誘ったのだった。
「なってない! 全然なってないよ!」
 星奈が、大声で指摘する。
 新作の販促衣装を着ていた店員が、いままさに胸元をゆるめたアークデーモンに抱かれようとしている。
「そこ! ただ絡ませればウケると思ってたら大間違いだよ! 攻めと受けはワンセット! 相性も大事なんだからね!」
「星奈が壊れた! 何言ってるのかさっぱりわからないよ!」
 頼人には思いもよらなかったが、カップリングが食い違っている、と怒っているらしい。
 彼女の衣装も、レオタードタイプのヒロイン衣装、キラメスーツだ。光景じたいが何かのイベントじみているが、客の女性たちも星奈に同調していて、このままだと、畏怖エネルギーを奪われかねない。
「と、とりあえず契約者達を倒せば、星奈も元に戻るかな?」
 販促ブースから、8年前の世界における新作ソフトを手に取る。ちゃんと一般向けにリメイクされた作品だ。
 そして、頼人の所持する最新ゲーム機『ゲームボーズ』には互換があった。
 売り場のコントロールを得るために、両者を接続する。
「でーおーくーれーたー!」
 アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)が、非常階段を下から来たところで、葵といぶきに出くわした。
「私も故郷の欧州でも有名な『日本の薄い本』見てみたかったのに!」
「アルラトゥ、薄い本に興味があったんだ……」
 葵は、進行中の作戦について手短に伝えたあと、喫茶店に突入する直前に慰める。
「無事にショタっ子まで倒せたら買い物付き合おっか?」
「うん!」
 鼠退治で棚に張り付いたことから、いっぱしの経験者の気分だったのである。
 入店時に、『おかえりなさいませ、お嬢様』とは言われなかった。
 ディアボロスたちが赤い絨毯を走ると、なかでは執事たちが衣装をビリビリに裂かれているところだった。
 スーツ姿のアークデーモンは、やはり数が多い。
「てかまたこのダメイケメンか! 私は貴方達みたいなタイプが昔を思い出すからトップクラスに嫌いなんだよ!」
 アルラトゥは早くも『Distortion Shield』、時空を歪めるほどヒートしている。
「ん? 女性主人公の登場かな。キミも俺達のモノになれよ」
「まかり間違っても魅了なんてされないから、とっとと消えろ!」
 歪めた空間から全力魔法の詰まった弾丸が召喚される。
 ワイズブレードガンの引き金に合わせて誘導し、アルラトゥは半裸の執事たちを避けて、ダメイケメンに全弾を叩きこむ。
 いぶきと共に女性客を避難させた葵は、散布した粒子をバールのようなものの摩擦熱で着火させようとした。
「俺も誘惑されるとか勘弁してほしいからね。パワー対決の粉塵爆発……っあ、だ、大丈夫かな?」
 豪華な調度品が目にはいって、巻き込みをためらう。
 弾丸に倒れなかった『契約者』たちは固まって突進してきた。
「悪魔になった俺達は無敵だぜぇぇっ!」
「なら、ディアボロスになった俺は超無敵だぜぇぇっ!」
 なんか対抗したい気持ちが湧いて、バールを擦った。
 爆風で、アークデーモンたちは吹っ飛ぶ。執事らはなんとか脱出していた。
「後で修復するから、今だけ目ぇ瞑って、ね?」
 ガシャン、と大きな音をたてて、シャンデリアが床に落ちて砕ける。
 聖が入ったフロアは『雑貨屋』、というよりアニメのグッズショップだった。比較的、普通なところで高校生も安心である。
「悪魔だろうがなんだろうが……ゴミは消し去るまでのこと。あまり調子に乗るなよ、すぐに清掃されるんだから」
 美形キャラクターの顔が、辺り一面に陳列されているような空間である。
 その中においても負けぬ美貌をもった『契約者』たちだったが、金髪に派手なピアスの16歳は、それ以上だ。
 残念ながら、フロア担当の男子は被害を受けたあとだったけれども、命に別状はない。そして、敵中に立つ聖のレベルの高さによって、女性たちの畏怖は癒されていく。
「なるほど、数を集めて力押しか。ならばこちらもそれに付き合おう……そう、力押しだ」
 『鉄禍ノ乱(テッカノラン)』が、聖の知覚と防御力を強化する。
 棚に並んだ同じ顏のごとく、美貌の契約者が周囲から襲いかかってくる。
 気の網は360度死角無し。『超常遮断式【FARBLOS】』は、ギミックリボルバーだ。肉体硬化で受けた相手に、ノータイムカウンターをかます
「人数で強くなるのなら、数を減らせばその分弱いということだ」
 向かってくる打撃に対して、聖の射撃はすべて急所狙い。殲滅するまでそれを続ける。
 一般人の女性たちがその場に残ってしまって、数が減らないのだけが困りものだった。
 女性向けコーナーの永遠は、アークデーモンの襲撃に即座に対応している。
「そこの不埒な集団、私たちの故郷の方々に何てことしてくれるんですか。はっきり言って存在自体許せません。即急に消えて貰いましょうか!!」
 本棚をまわっていたのは、興味本位ではない。
 店の仕組みを理解した上で、光学迷彩で潜んでいたのだ。
「はっきり言ってこの状態のお姉ちゃんに長く付き合うと酷い目に遭うからね……とっとと消えた方が身の為だよ。うん。」
 姉のテンションのおかしさには、永久も危機感を覚えるほどだ。
(「まあ、どんな変わった趣味を持とうと、ご無体なことはさせないし、早く終わらせたいよ」)
 『ヒーローロボット』が店内を飛び回る。
 その速さに、トループス級は翻弄されている。数を頼りの攻撃が崩されたところを、永久は愛用の『燦爛の剣』を黄金に輝かせ、一足飛びで接近した。
「『勇鼓吶喊(ゆうことっかん)』!」
 スーツ姿の悪魔は両断される。
「『ペネトレイト・レーザー』!」
 永遠が集積した光は、高い貫通力を持ち、なおかつ一気に薙ぎ払われた。
 メフィストフェレスの契約者たちが、上下半身に分かれて転がる。
 旋回をとめた永遠の耳で、紫水晶のイヤリングがまた、揺れていた。
「乙女の夢を汚す不届き者は許さないんだから!」
 ビル一階のゲームショップで、星奈が光のカッターを投げつけていた。
 販促担当者は、客といっしょに通りへと逃げ出している。
 追おうとするアークデーモンには、頼人が『ゲームボーズ』から音と映像による隙を与えて、コードの束でできたスネアトラップを引っかけさせた。
「このお店は『侵略(インベイデッド・ユア・テリトリー)』の管理下にあるんだ。……もらったよ!」
 竜骸剣をお見舞いし、それを握るデストロイガントレットからの強化によって、悪魔の身体を破壊する。
「僕にその気はないからね」
 頼人も力の勝負にでて、誘惑を受けないように努めていた。にもかかわらず、気になる視線がある。
「ところで星奈。何故こっちを見てるのかな?」
「やっぱりジンライくんは受けだけど、普段の彼を見てると結構容赦ないところあるから鬼畜攻めかも……」
 じゅるり、と口元をならす星奈。
「何故見てるんですか!?」
 悪魔の誘惑が、なんかこじれたのかもしれない。
 すると、着るのに勇気が試されるキラメスーツを見下ろし、星奈は正気を取り戻したようだ。
「あたしの好きなアニメキャラたち……うん、負けてられないよ。『ティンクルスターカッター』!」
 特大の星型を呼び出すと、契約者たちを切り裂いていった。頼人は、冷や汗をかきつつも、店内の最後の一体にトドメを刺す。
「元に戻ったんだね、星奈」
「負けてられない。カップリングを間違えるような悪魔には☆」
「やれやれ、星奈さんまで、よくわからない話をしているんですね」
 聖が通りかかり、一般人女性も手ごわかったとぼやいた。頼人は頭をかく。
 乙女ロードから、男子を襲うアークデーモンを掃討しつつあったが、やむを得ず店舗の破壊も起こってしまっていた。
「物を壊しまくるのは流石にお店に悪い、となると……」
 朔太郎は、映像関係のフロアに来ている。
 検索はこれで最後だ。
「一応宿縁ですからね、見過ごしは出来ないんですよ」
 ジャケットとシャツの前をはだけた悪魔が通路に立っているのを見つけた。
 周囲には、やはり高価な商品がディスプレイされていた。
「どうせ、密着してこようとする奴らです。その触れてくるのを利用して手を取って……」
 はたして、朔太郎の思惑どおりに、美貌の悪魔は抱き着いてきた。
「『恋人演技(ファンサービス)』っ!」
 両手とも指をからませる、恋人つなぎ。
 双方の吐息がかかる距離で、甘い言葉をささやきあう。
「あんた、思ったより華奢なんだな。俺が強く抱いたら壊れちまいそうだ」
「……痛っ」
 朔太郎のパラドクスは、相手を付き合いやすい姿に変えてしまうのだが、この宿敵は抵抗し、変身が起こらない。
「でも、貴方は僕をものにはできません」
 不意の突き離した言葉に、悪魔は表情を曇らせる。一瞬、悲しみに眉根をよせた美貌。朔太郎は畳みかける。
「貴方が、僕のものになるんです」
「あ、あああ」
 悪魔は、腰砕けになったようにずるずると姿勢を低くして、朔太郎の腰のあたりにすがりついた。
 ここぞとばかりに、上から目線で言葉を投げつける。
「無様ですね。まるで撫でられた子猫じゃないですか」
 プライドの砕ける音が聞こえたかのようだ。
 あとは精神エネルギーを吸いとって詰みである。
「悪魔より本職のサキュバスになった僕に誘惑勝負なんて百年早いですよ」
「おー朔太郎さんも言う言う! どーせマッチ棒より脆い安直なプライドなんて粉々に粉砕してやると良いよ!」
 アルラトゥの声が聞こえる。葵のも。
「朔太郎さんふぁいとー! どっちが上? か、きっちりわからせちゃってよ!」
「言ってやれ言ってやれ! 俺様っぽくて自己陶酔感強そうな奴らのプライド、バッキバキに折るのは楽しいんだ」
 いぶきだ。応援しているそぶりで、勝負がついているのを判っている。
「皆さんいつの間に? あああ……次行きましょうっ!」
 知り合いや仲間に見せにくい技を使い、しかも単独行動になったつもりが合流されていた。朔太郎は、赤面しつつビルを出る。
 星奈と頼人、聖がいて、ディアボロスのあいだで分担ができていたことが改めてわかる。
「デーモンギャルがきますわ!」
 有栖川宮姉妹が、光学迷彩を解いて姿を現し、警告した。
 通りを挟んで、次なるトループス級アークデーモンの姿が見える。
 避難勧告が効いて、車道を通行するものはない。乙女ロードそのものが、戦場になる。

「サンシャインよ、私は帰ってきた!」
 宇佐美・アリス(兎に非ず・g01948)は、両手をイベントホールに向けて広げた。
「娘ができるまではレイヤーで、度々イベントに参加しておりました」
「じゃあ、アリスさんは、あたしのセンパイだね☆」
 キラメスーツでポーズをとる、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)。傍らには、アームドフォートから飛行装置を引きだす、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)の姿もある。
「基本ノマカプですが、腐の友人もいたので、否定はしませんよ」
 笑う夫人。その肩に抱きつき、アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)はぴょんと跳ねた。
「日本のコスプレ?! あこがれちゃう! それでアレが……ゑ、アレが『日本のギャル』? あれ? あんなだっけ?」
 他区からのトループス級アークデーモン、『デーモンギャル』たちが、イベントホールから車道までをつなぐ階段を下ってくる。
 アルラトゥはそのさまを、ブレードガンの筒先でつつくように示す。
 有栖川宮・永久(燦爛のアンフィニ・g01120)の得物も愛用の銃器で、十代らしいファンシーな塗装でカスタムされていた。
「あの顔、女の子の可愛い魅力が台無しだよね。まるで化け物じゃん」
「永久、そんな言い方をしては……。お顔をそんなに黒くしなくても十分お綺麗かと思いますが。あと、足元の靴下。歩き難くないのでしょうか?」
 2歳上の姉、有栖川宮・永遠(玲瓏のエテルネル・g00976)の観察に、南雲・葵(お気楽姉弟の弟の方。・g03227)がはしゃいだ声をあげた。
「わー、知ってる! 山姥ギャルってヤツでしょ! ルーズソックス止めるのにソックタッチって糊使うって聞いた事ある!」
 振り回されるバールのようなものをよけながら、アルラトゥは眉根を寄せる。
「山姥? 何ソレ妖怪じゃん!」
「でしたら、永久さんの呼び方も正解だったのでしょうか。あの皆さんについては知識がないのですが」
「私とお姉ちゃんは、このディヴィジョン出身なんだけど、縁がなかったのかな」
 有栖川宮姉妹の言葉には頷きつつ、アルラトゥの疑問は深くなる。
「私もおんなじような境遇だから知らないのかも。てかアレが可愛いの!? アレ可愛いの!? 意味分かんないよ!」
「平成中期に生息してた希少種。絶滅したと思ってたけど、『刻逆』のお蔭で見られてラッキー!」
 葵は、武器も技も準備済みだからか、気楽っぽい。
 遠原・いぶき(開幕ベルは鳴り響く・g01339)は、次のメイクに忙しそうである。
「ギャル!? 黒っ!!」
 チラと顔をあげて、やはり驚く。
「あれって焼いてんだっけ塗ってんだっけ。目の前で見るのは初めてだが……可愛い……? うーん……そういう時代もあったんだよ……な、朔太郎」
「可愛いかと聞かれると。多分、自分のしたい格好をするって意思表示に近いかもですね」
 大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、どこか言葉を選んでいるふうだった。いぶきはペンを懐に納める。
「よし。力を合わせて敵のメイクを落としてやろう。びしょ濡れになりたくなかったら俺からの合図聞き逃すなよ」
 また連携案があるようだ。
 葵は、工具の柄で自分の肩をたたいて応えた。永久も姉と別れ、いぶきと連れ立つ。
「まあ、敵のペースに巻き込まれたくないからさっさと倒すか」
「ったく……今日の役回りは忙しいわね」
 永久といぶきは、光学迷彩も使って姿を隠した。
 歩道に残った永遠と葵は、対面の歩道まで来て足を止めたデーモンギャルを警戒し、手元を注視する。
スマホは流石に持ってるのですか。嫌な予感がしますね」
「あれ、平成中期? そのあたりの細部はクロノヴェーダだから、混ざってるのかな? ええと、確かなんとかってデバイスが」
 ポケベルかピッチと言おうとして、朔太郎は口をつぐむ。
「……あの黒さに懐かしさを覚えるのは僕だけなのでしょうね。クリムさんたちや姉妹のリアクションが新鮮です」
「男子たちの避難は済んだかなー? 残ってるトループスはギャルっぽい何かだけだねー?」
 やや遅れてきた、曹・梨花サキュバスのデストロイヤー・g07960)が、急いでアンプ付きドローンの調整をやっている。朔太郎は、ビル内での顛末を思い出して、また赤くなった。
「ええ、車道にはみ出してもいいですよ。付近に一般人はいません。……あー、恥ずかしさで死に掛けました」
 照れてばかりもいられない。
 地味とはいいがたい、『オンステージ』衣装を身に纏ったところだ。
 その時、ミニスカートにした制服たちの半数が奇声をあげ、ガードレールをハードルのように飛び越えてきた。
「『┣っヶ¨(キ』!」
「何が来ようとも……。邪魔をするなら消し去るまで」
 奉利・聖(クリーナー/スイーパー・g00243)は、中央分離帯の柵を蹴破る。
──『鉄禍ノ乱』。
 防御力と探知能力を強化する。
「……やれやれ、みなさんの言う通り、随分派手な見た目だな」
 ギャルのパンチを頬にうけ、クロスカウンターで相手のこめかみを打ちすえた。
「チョベリバ!」
「5110!」
 エクステが抜け、付けまつげもズレたデーモンギャルが、また奇声を発する。その後ろに続いた一体も、なにか鳴いた。
「ええと、お姉さん達が叫んでるのは日本語かな?」
 迷彩を解いた永久が、分離帯のブロックに両膝をついている。
「長く聴いていたくないので、姿隠してました。『プラズマラッシュ』よ!」
 愛用のファンシーカスタム銃から、雷撃を纏わせた弾丸を発射する。二人目、三人目と薙ぐように銃口を傾ける。
「5110!」
 まだ、撃破されなかったギャルたちが、うめきながら聖に蹴りを放ってくる。
「トツゲキ!」
「ああ、突撃をかますと言うのですか。いくらでも付き合いますよ」
 聖は徒手空拳を交わす。
「ファイブ……いち……とお」
「ふぁいとお!」
 知覚力の強化で聞き取れるようになってくる。
「ですが、申し訳ありません。好みではないですね」
「私、さっぱりわからないんだけど。聖さん、言葉が通じるんだ」
 永久は、ダンスのような動きで突撃を避けようとしている。
「気功の一種ですね。……もう、掃除のお時間です。そのメイクも綺麗にしてあげましょう。もっと似合うものを探しなさい」
 殴った手の甲にこびりついたアイラインの白を、聖はズボンの腿部分で拭った。
 突撃の第一陣が、車道のアスファルトに倒れ、残りのトループスもガードレールをまたいできた。その背後、地下駐車場の入り口で、いぶきは迷彩を解く。
「次の役はセイレーン」
 化粧だけでなく、舞台衣装も纏っている。手には竪琴も抱えられていた。
 ビル寄りの立ち木の前には、アリス。
「『兎行進曲(マーチ・ヘア・マーチ)』♪」
 大小様々なウサギやウサギの様なモノが、木のまわりを輪になって踊り出す。
 中央分離帯の柵も越えてきたギャルに、跳ねる動物にまぎれ、白ファー基調のバニースタイルになったアリスが、手刀を打ち込んだ。
 倒れたギャルのバッグから、化粧品が散らばる。
 ダンスの永久に、芝居のいぶき。
 そこへ、ミューズドローンからの大音響で曲が流される。
「今日はリカリンの乙女ロードゲリラライブに来てくれてありがとー!」
 柵より高い位置を陣取り、梨花がアイドル衣装で手を振る。
「悪魔より小悪魔、ギャルよりアイドル。もうリカリンの勝ちって決まってるからー、さっさと退場願おっかなー?」
 挑発すると、デーモンギャルたちはまた突撃してきた。
 ルーズソックスの集団を阻んだのは、人垣となった多くの背中。ファンが、サイリウムライトを梨花に振り返していて、近づけない。
「走らないでー。ロープはまたがないでー」
 係員が、ギャルとファンのあいだを通った。
 ように見えたが、飛行装置ですり抜けた頼人だった。
「なんてね。コスプレさんからギャラリーを遠ざけるのは、星奈で慣れてきたよ」
 仕切りのロープは、さらにワイヤートラップに変わって、トループスを拘束する。
「ギャルとオタク……。それは反物質の様に互いに相いれない存在! ここで敵味方として出会ったのもいわば運命! ならば、心を決める!」
 キラメスーツに、キラキランサーを携えた星奈が、一網打尽にされたアークデーモンを斬る。タイミングを合わせた頼人からは、アームドフォートの速射が叩き込まれた。
「『エイリアルスペリオン』!」
「『ぎゃ|レ〆レ)〈』!」
 ギャルメイクが返ってくる。
 女子高生の伸ばした手という手が、頼人の足やウイングを掴み、集団の真ん中へと引きずり下ろした。
 逆説連鎖戦は一方的に攻撃する事は出来ない。パラドクスで攻撃する時は、相手の反撃を覚悟しなければならない。
「だからと言って……これはどうなのさ!?」
 一瞬で黒くされた顔に化粧、頭にはオモチャのようなアクセが盛り盛り。
「あー! ジンライくん、かわいい☆」
「男のギャルメイクなんて楽しくないから! チョベリバ!」
 超ベリーバッドな発言が、自らの精神ダメージになるパラドクスである。
「頼人くん、ワイヤートラップを借ります!」
 聖が、スマホをいじる集団の動きに反応した。
「『レ£〃勹ノl工wじょぅ』!」
「『ば……クハエんジョウ』!」
 ライブステージにコスプレ、ダンスに演劇、そしてメイクされた頼人の顔が、ピロンピロン撮られている。拡散し、爆破炎上させるつもりだ。
 セイレーンの竪琴が、撮影音を上回ったのは、そのすぐ後のこと。
「葵! みんな! 炎上を鎮火するわね!」
「待ってた、いぶき! 『自然災害(コールドゲーム)』!」
 合図で、ディアボロスたちは、ポジションを変えた。
 いぶきの演目『死への誘い』が、空にむかって大きな水流を撃ち出す。
 滝のような雨となって、乙女ロードに降り注いだ。コールドゲームも豪雨を呼びだし、炎上の火を消してしまう。
「戦衣装のガングロメイク。私が綺麗に洗い流してあげる」
「見られてラッキーでも、姉貴が興味持って真似しない様に、ココでキッチリ倒させて貰うよ!」
 天候は、ごく局地的なものにコントロールされていく。
 スマホからメイク道具に持ち替えた集団が、ビル側のガードレールにまで迫ってきた。頼人がやられたヤツである。
「アレにされたら堪った物じゃない!」
 濡れた石畳を転がりながら、アルラトゥはブレードガンを発砲した。
 数体に命中したが、抜け出たギャルもいる。
 黒と緑をメインの配色にしたシックなオンステージ衣装をひるがえし、朔太郎は『ルアーダンス』を踊る。
「なんせ老若男女問わずギャルですからね。躱さないと『おじさん若返りアイドルギャル』って前置き過多になっちゃうので」
 腕をふると、小型拳銃が掌のなかに滑り込む。
 立ち木の周りでは、アリスとウサギたちが巡っていた。
「ガングロなんて古くない? もっと昔でしょ。渋谷に帰りなさいよ。ハロウィンまではもうちょっとよ?」
 跳ねまわってメイクを拒んだ。
「……あ、渋谷は奪還したんだっけ。それにしても、路上バンドみたいになってきたわね」
 踊りで戦うディアボロスが、4車線と歩道の方々に散らばり、特に梨花は、幻影の兵士にライブステージを囲ませている。
「これだけの数のファンを見せれば、ちょっとは格の違いがわかってくれたかなー? じゃあ、群れるしか能がない連中はさっさと逝っちまえよ?」
 サイリウム爆弾が、いっせいに投じられ、ギャルの身体を吹き飛ばす。
 誘惑の力をのせながら、朔太郎はステップを踏む。
「渋谷……『ホコ天』ですか。それも懐かしいですね」
 きらりと光るシューズ、『源氏蛍』で誘い出されたギャルを蹴りつつ、反対車線の敵を撃った。
「えと、歩行者天国のこと? 日本のオタクの歩行者天国は、秋葉原って聞いたよ?」
 アルラトゥは、全力魔法を込めた魔力弾を充填しているところだ。
 雨の包囲を縮めながら、いぶきが戻ってくる。
「聖地ですからね。アリスさんが言っているのは、渋谷のハロウィン仮装のことでは?」
「渋谷? 仮装? なんのこと?」
 目は、敵の行動線を看破しているアルラトゥの射撃姿勢。葵は、豪雨で敵の視界を制限して手助けする。
「あ、そうか。出身が『現代地球』の人と『TOKYOエゼキエル戦争』の人とでは、こういうところでもギャップがでるのか。これも刻逆のせいだね」
「そっか。……けど、仮にも女子を名乗るなら、メイクと仮装の違いは理解しろ!」
 ブレードガンのトリガーが引かれた。
 『Shooting Strike(シューティング・ストライク)』は、日焼けとは比較にならない光条を照射して、化粧品ごとデーモンギャルを蒸発させた。
 トループス級は、その数をかなり減らしている。
「『レ£〃勹ノl工wじょぅ』……」
 まだ、スマホを使うつもりのようだ。
「何か意味わからない事喋ってうるさいですね。強制的に黙らせましょうか」
 永遠が、高速詠唱をはじめる。
「ブクロなめてたか。アタイたちを倒しても、あのコが……」
 恨みごとは、判る言葉で伝えてきた。
 星奈は、キラキランサーを頭上で回す。
「うん。あたしも生足を凍えさせてあげる!」
 多少、個人的恨みがあったようだ。
 雨で濡らすという、いぶきと葵の攻撃のあとである。
「『アイスエイジ……』」
「『ブリザード』!」
 永遠と星奈が同時にはなった冷気は吹雪になった。
「『レ£〃勹破……炎j……』」
 ギャルの素手は、かじかんで操作できず、歯はガチガチとなる。
「活発なのはいい事ですが、もうちょっと慎みを持った方が。まあ、今更ですが」
 精神にも打撃を与える、永遠。
 武器の回転を止めて、星奈は上をむいた。
「ジンライくーん。元に戻っちゃったんだね☆」
「永久から、『グロリアス』をもらった。ひどい目にあったよ、なんて女子高生だ」
「高校生……って私達姉妹と同年代だったんだ。こういう人達もいたんだね。業が深い……」
 ファンシーカスタムは構えたままの永久だが、最後の一体へのトドメは聖が刺そうとしていた。
 凍えた生脚を絡めとるワイヤートラップ。動きを止めた相手に、急所狙いで潰しに行く
「ゴリ押しにはゴリ押しでわからせる。これが戦いの鉄則というものです」
 『FARBLOS』のショットガンを押し当て、発砲した。
 銃声は、サンシャイン60に反響したかのようだった。
 ディアボロスたちの全員が、イベントホールの方を向いている。クリーナー兼スイーパーはガードレールも蹴破る。
「さて、次の掃除に向かいましょう。まだまだやるべきことは多いのでね」
 階段の上に浮いた銀の球体。
 少年の姿のアークデーモンが乗っていた。

 配下の『デーモンギャル』が全滅したというのに、ケラケラ笑っている。
 奉利・聖(クリーナー/スイーパー・g00243)は笑い声の主を睨み、路上を指差す。
「趣味が悪い。この一点に尽きるというものですね。人間なんでも自然体が一番いいものなのです」
「ふふん。いい財宝かどうかを確認するのも、出向いてきた用事のうちさ」
 アヴァタール級アークデーモン『財宝を識る者』ウァラクは、乗っかってる銀の球体ごと、ふわりと浮かび上がった。
 イベントホール前の階段をはるかに飛び越え、乙女ロードの真上、すなわちディアボロスたちに見上げさせる位置をとる。
「まぁ……別に問答をしても意味は無いんですが。ゴミはさっさと片付けてしまえばいいだけですしね」
 聖たちも、全員で飛翔した。
 自前の翼や魔力。ブースターにドローンと、様々な手段を用いたが、クロノヴェーダがこれから起こす、面倒な攻撃を避けるため、という点では一致している。
「毒蛇は好きかい? それとも財宝をあげたらいいかな? もてなしは任せるよ、ドラゴン」
 銀の球から双頭の龍が、長い身体を尻尾まで引きだした。空中でねじくれると、ビルの窓に体当たりし、フロアの中身をぶちまける。
 バラバラと振ってくるアニメグッズの美形男子が、蛇に変化させられていた。
「魔力充填、魔法式構成、力ある言葉にて励起する──『凶星貫ク雷火(マジックボルトアクトフォー)』」
 予測していた聖は、出来るだけ蛇を巻き込めるような位置を割り出し、本体を中心に万雷で以て焼き滅ぼそうとする。
 燃えるグッズと、龍の背の一部への引火を確認した。
 めくれ上がった鱗をめがけ、曹・梨花サキュバスのデストロイヤー・g07960)は、震脚の応用で空気を蹴って駆け登る。
「ごめんねー? リカリンの未来のファンを奪うようなアークデーモンさんのフェスは残念ながら開かせるわけにはいかないんだよー?」
 六合金剛槍を鋭く突き入れる。
 ゼロ距離、いや鱗の内側のマイナス距離で『関帝青龍破』を撃った。
 貫通した『気』が、これも龍の形をとって腹側から出ていく。
「小細工なしでさっさときめさせてもらうよー?」
「『召雷破』!」
 槍の抜けたあとに、有栖川宮・永遠(玲瓏のエテルネル・g00976)が稲妻を呼び寄せ、落とした。
 仲間たちのつくってくれた隙を見逃さず、全力の祈りでもって確実に当てる。
「穢れしものを押し流せ!! 『浄化の水流(ジョウカノスイリュウ)』!!」
 愛用の銃より、有栖川宮・永久(燦爛のアンフィニ・g01120)は、霊力を込めた水を放つ。
 毒蛇に際限なく変化するなら、急流で少年ごと襲えば、対処は難しいだろうと踏んだ。
 聖なる水は、宙にループを描きながら双頭竜に向かったが、その背に跨るアークデーモンは前後に身体を揺するだけで、流れに巻き込まれない。
 元にもどったグショ濡れのポスター筒だけが、溶けて消えた。
 姉の永遠は、まだ冷静に観察する。
「ふむ、外見は幼くても総指揮官、油断は禁物ですね。永久さん、気を引き締めて挑みましょう」
「これだけ大掛かりの作戦任されるぐらいだから、外見が子供でも凄く強いよね。うん、油断せずに戦おう」
 元はと言えば、この事件は、水着嫉妬団の豊島区侵入から始まっている。
 胸囲の格差を利用して時間を稼いだ豊島区の支配者は、近隣区の勢力を糾合し、アークデーモンによる大同盟を結成した。
 デーモンギャルを配下にしているのも、その派生だったのかもしれない。
「ギャル凄かったね! 発音できない謎声で襲ってきたし。姉貴はあんな不思議生物にならないでね?」
 南雲・葵(お気楽姉弟の弟の方。・g03227)は、連れ添うオラトリオに話しかける。アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)
も、『DragoRise(ドラゴライズ)』で従わせようと、自身のデモンドラゴンとコンタクトを取っていた。
「ウーム。ギャルには特に憧れは無かったけど……仮装同然のメイクに、謎言語。日本文化って案外、闇が深いんだね……」
「ギャルはアレだけじゃないですし、アレが標準ではないと思います……」
 大崎・朔太郎(若返りサキュバスアイドル・g04652)は、壁歩きでビルに張り付いた。
 双頭龍の狙いを散らす意味もある。
 壁面を叩く尻尾より速く、自前の翼でふたたび飛翔に転じた。そのあいだに、遠原・いぶき(開幕ベルは鳴り響く・g01339)は、演目『三匹の子豚(ビッグ・バッド・ウルフ)』の用意を済ませる。
「ギャルは時代と共に進化するものなの。今度皆で日本の文化の勉強でもします? ……あ」
 ビルからふってくる、薄い本。
「せっかく、店に迷惑かからないように戦ってたのに」
 鼠型トループスや『メフィストフェレスの契約者』を相手にした同人ショップのある階だ。
 『財宝を識る者』ウァラクは、まだ笑っている。
「ふふーん。やっぱりね♪ 財宝ばっかりの街だよ。いくらばらまいても、ちっとも減らないや!」
 一冊を手に取ると、それをポイと投げ捨てた。
 牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)の瞳に、くしゃくしゃにされたページが映りこむ。
綺羅星のような乙女の夢……。あたしたちの大事な宝物、返してもらうよっ!」
「え……? うん、オウッ!」
 陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)はワンテンポ出遅れたが、星奈と合わせて飛び回る。
 同じく、薄い本のページがチラっと見えていたけれども、そこから湧いた疑問は、後回しだ。
 ふたりは、別々の軌道に入った。
 二本ある龍の首に、それぞれ追わせるよう誘う。
 背で合流すると、ウァラクに向かって、星奈は荒縄、頼人はトリモチのトラップで仕掛けた。
「ふふん、こんなガラクタで……ギャッ!」
 少年はぐるぐる巻きにされたうえ、貼りついた粘着物質の勢いで、龍の背から吹き飛ばされてしまう。
 ビルのコンクリート壁にくっついたところへ、星奈と頼人は同タイミングでの攻撃を浴びせた。
「ショタでも容赦しないんだから! 『インフィニット☆キラメイザー』!」
「『エイリアルスペリオン』!」
 収束された光条と、実体弾による砲撃。
 粉塵が立ち込めたものの、アヴァタール級はまだ存命のようだ。本や小物にソフトウェアの箱が降り続けている。
「呪われた財宝は、私に任せて」
 いぶきは描き上がった『狼』を抱えて向けた。
「……あっ、こら! まだ食べるのは早い! お前の一息で財宝を吹っ飛ばしてからよ」
「存在属性が違うから彼奴の龍とは戦えない……だと!? しゃーない。まずはいぶきさんの狼と一緒にブレスで財宝を焼き払え!」
 アルラトゥも、実体を与えたデモンドラゴンの扱いに苦慮していた。
 塵のとんだ壁面を透かし見てみると、ウァラクはまだ粘着質から脱出しようとあがいている。もう、笑ってはいなかったが、星奈はつい思ったことを口にする。
「ねえ、ジンライくん。この敵、朔太郎さんに似てない? 額がでるような短めの前髪とか……」
「えっと、そうかな?」
「似てる! 朔太郎を子供にしたような感じ、でしょ?」
 いぶきが、狼を連れてきた。
「二回目ですか……。前にも言われて、その何か嫌でした……」
 額に手をやる朔太郎。
 ただそれだけではない。このアヴァタール級とそうならば、今の姿になった原因の『彼』ともそうなのだ。
 いぶきは、すこし驚いて。
「嫌だったの? それはごめんなさいね。安心なさい。姿は似ていても心はちっとも似ていないわ。……はいはいお腹が空いたわね」
 抱えた狼が、ウァラクに向かおうとバタついている。
「あいつも再びの邂逅。余程お仕置きされたいのよ。大きな口を開けてそのまま噛みついてやりなさい」
 放す、というより、いぶきは狼をぶん投げた。
「此奴かあ……ホント色んな所にいるね。こき使われ過ぎじゃない? 休職願い出したら?」
 アルラトゥは、呪いの財宝を焼いたデモンドラゴンに、ブレスで焼くなり、爪牙で斬り裂くなり、ウァラクを好きにさせる。
「……尤も、それ以外は一切許さないけど」
「さて最後の仕上げだね。姉貴、お手伝いおねがいね。よっしゃ、やったりましょー!」
 葵は、オラトリオの吹いてくれる花吹雪の応援を受けた。
 花びらは、ウァラクの顔にもかかり、視界を塞ぐ。
「うぁあ、ドラゴン、どこにいるの、ドラゴーンッ!」
 双頭龍も、主を助けたかろう。
 永遠と永久の姉妹が、妨害していなければ。
「ブレスの炎には、水ですよ」
「うん、お姉ちゃん。的を絞らせない様にするね」
 飛翔中でも、ダンスによる回避だ。疲れてきた双頭龍が、丸まろうとしたところへ、葵はバールのようなものでフルスイング。
「『一発逆転本塁打サヨナラホームラン)』!」
 銀の卵が破裂して、回復しきらないドラゴンが、身もだえしながらこぼれてくる。
「朔太郎さん、またこのチビッ子の分身が出てこない様にコテンパンにしちゃってよ」
「ええ。さっさとやっつけましょう」
 朔太郎は、サキュバスミストの誘惑の魔力を凝縮し始めた。
 ディアボロスたちがつくったチャンスに、照れも忘れてハート型にする。
「『愛の弾丸(ラブショット)』、チュッ♪」
 投げキッスは、乗り物を篭絡した。
 ドラゴンのふたつの頭が、視界を塞がれたアヴァタール級の身体を、上下それぞれに噛みちぎる。
 ついで、ゴウと音を立てて、龍の全身が炎につつまれる。
 聖のマジックボルトがまわりきったのだ。亡骸は、主人ごと焼け落ちた。
「今回はこれで、フィナーレかな?」
 アルラトゥは、自分のデモンドラゴンから実体をはく奪する。
梨花は、六合金剛槍の構えをといた。
「というわけであなたのライブ……この場合は生命って意味だけどー? ……はここでアンコール無しで強制終了ね」
「灰は灰に……塵は塵に、でしたっけ。どこに還るかは知りませんが、二度と人の世を脅かさぬように。静かに消え去ってくださいね」
 聖は、乙女ロードにかすかに舞う欠片を眺めている。
 バールのようなもので素振りをした葵は、朔太郎に笑いかけた。
「この先本体が出てこなきゃどーにもならないって思わせるくらいには、やっつけたんじゃないの?」
「それなら、いいんですが……」
 まるで、何かの予感に囚われているかのように、『若返りサキュバスアイドル』は表情を曇らせる。
「もしまたウァラクが出てきても叩きのめすだけよ。教育は大事でしょ?」
 いぶきが肩をたたくと、すぐに思案顔をやめて、朔太郎は言った。
「ええ。皆でパーティーの準備と行きますか」
 ギャルメイクではなく、仮装のイベントがもうすぐだ。
「一つだけ星奈に確認なんだけどさ。星奈、未成年なのに成人向けに手を出したりはしてないよね?」
「うん☆」
 頼人は、即答をとりあえず信じることにする。
 足元には、焼け焦げたページの切れ端。
「豊島区奪還に近づくために、アークデーモンに戦いを挑んでいかなきゃ」
 激しい戦いだったため、片付けもままならないうちに迎えがきた。
「まだまだ私達の故郷にはこんな質悪い敵が蔓延ってるか……少しずつだけど、何とか元の故郷取り戻したいよね、お姉ちゃん」
「我が故郷も少しずつ奪還されています。道は長くとも、確実に」
 有栖川宮姉妹はまた、この地を離れる。

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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