死奏の母・ミューズィカが教える放蕩社会(作者 大丁)
ジェネラル級自動人形『竜騎皇妃』ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネの居城の謁見の間に、4体のジェネラル級淫魔が集められた。
謁見の間の周囲は、自動人形の護衛兵が並んでおり、薔薇の貴婦人マルメゾンを筆頭とするジェネラル級淫魔達は、周囲の状況を見定めつつ、ジョゼフィーヌに膝をついて拝謁する。
「よく来てくれたわね、私の忠実な淫魔達よ。お前達を集めたのは他でもない、大淫魔都市ウィーンの件についてよ」
拝謁する淫魔達に、ジョゼフィーヌが彼らを呼び集めた理由を述べる。
都市名を聞いたジェネラル級『死奏の母・ミューズィカ』はすぐに、ひとりの淫魔の顔を思い浮かべた。
(『獄彩のバーバラ』お姉さま……。懐かしいですわ。里帰りでもさせていただけるのかしら」)
だが、続く言葉は、ミューズィカの想定しないものであった。
「……大淫魔都市ウィーンの淫魔大樹が崩壊を始めた事が確認されたわ」
ジョゼフィーヌのその言葉に、淫魔達の表情が変わった。
(「なんてこと……!」)
淫魔大樹は、全ての淫魔の力の源である。
それが崩壊したなど、信じられない。
「この報告に間違いは無いようね。ウィーン市内に入り込んだディアボロスによる破壊工作の可能性が高いらしいわ」
黙って受け入れるしかない。
「皆には、急ぎ淫魔大樹の元へ向かって貰うわよ。淫魔大樹の崩壊は痛手ではあるけれども、大樹に蓄えられていたエネルギーを回収できれば、まだ取り返しはつくはず……」
そのジョゼフィーヌの言葉に、ミューズィカの悲しみはますます深くなる。
(「バーバラお姉さまだけでなく、淫魔大樹まで奪うなんて! ひどいですわ。ディアボロスとかいう方たちは!」)
そして、ジョゼフィーヌからの命令が下された。
「自動人形の私では、淫魔大樹のエネルギーの回収は不可能……。お前達の淫蕩儀式によって、淫魔大樹のエネルギーを可能な限り回収するのです」
ミューズィカは顔をあげるが、望んだことを先に言われる。
「大淫魔都市ウィーンには、淫魔大樹を崩壊させたディアボロスが居る可能性があります。いざとなれば、私がお前達を連れて撤退しましょう」
「お姉さま……いえ、すべてのグランダルメの仇、ディアボロスに、極上の苦痛と、死への快楽を与えましょう」
『死奏の母・ミューズィカ』は、そう告げると、他の3体と共に、謁見の場を後にし、大淫魔都市ウィーンへ向かうのだった。
時先案内人、ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)は、集まったディアボロスたちに、微笑みかける。
「『大淫魔都市ウィーン』の『淫魔大樹』を崩壊させ、ウィーンの住民を救出する事に成功いたしました。これにより、『断頭革命グランダルメ』の淫魔勢力は壊滅的な打撃を受け、更に、その力を上納されていた、自動人形達にも大きな打撃を与える事になりますわ」
そして、かねてから予想されていた事態、敵も動き出した、と伝える。
「崩壊する淫魔大樹が断末魔として放つ強大なエネルギーを回収しようと、断頭革命グランダルメの淫魔を統括する、『竜騎皇妃』ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネが、ジェネラル級の淫魔達を率いて、ウィーンに向かおうとしております。ジョゼフィーヌの力でも、淫魔大樹の崩壊は食い止められませんが、これまでに蓄えられたエネルギーだけでも回収するつもりですわ」
これを阻止して、淫魔大樹のエネルギーの全てを回収不能にできれば、敵に与える打撃は更に大きくなるはずだ。
ファビエヌは、具体的な説明にうつる。
「ジェネラル級の淫魔達は、ウィーンから逃げ出した市民等を捕らえ、ウィーン市内で『淫蕩儀式』を行っているようです。一般人を『淫蕩儀式』の贄とする事で、放出される淫魔大樹の断末魔のエネルギーを、その体内に取り込んで、持ち帰ろうとしているのですわ。この贄とされた一般人は、膨大なエネルギーの器とされ、廃人と化してしまうでしょう」
危険な情勢だが、あくまで落ち着いて案内を続ける。
「この儀式を阻止する為には、淫魔の力により淫蕩な状態となっている一般人に、健全な心を取り戻させる必要があります。ディアボロスの正しく健全な心の力で、彼らを救ってあげてください」
肝心なところは、各自の心に委ねた。
「淫蕩儀式を阻止すれば作戦は成功となり、敵は撤退します。トループス級『欲望のバイオリニスト』は、演奏で堕落へとさそう攻撃をしてきます。無差別に一般人を殺しながら撤退するので、撤退させずに撃破しなければ、市民に被害が出てしまいます」
そして、大物の名も出てきた。
「ジェネラル級の淫魔、『死奏の母・ミューズィカ』は、より直接的に楽器を武器にしてきます。彼女を攻撃して撃破・撤退させる事でも儀式の阻止は可能になるでしょう。ただし、ジェネラル級淫魔が危機に陥ると、後詰として援軍を率いてくるジョゼフィーヌが、強制的に撤退させてしまう為、撃破は難しいかもしれません。撃破を狙うならば、ジョゼフィーヌが出てくる前に、一気に討ち果たさなければなりませんから」
そのいっぽうで、別のチャンスもある。
「ジョゼフィーヌがジェネラル級淫魔を連れて撤退する時には、非常に短い時間ですが、会話のチャンスもあるかもしれません」
ホームから、パラドクストレインの出発を見送るファビエヌ。
「改めて、淫魔大樹を崩壊に導いてくださり、ありがとうございました。敵に、相当の動揺を与えていると思われます。ぜひ、大淫魔都市の最期に、イイコトをなさってくださいませ」
ウィーンの商業地区では、市民たちが街の再建に尽力していた。
店主が、カフェハウスの棚を作り直し、そのとなりの手袋店では、穴のあいた屋根を塞いでいる。
給仕もパティシエも、看板娘までもがいっしょになって作業をし、そこにかつての常連客が足を運んでくれた。
「私のデザインを形にしてくださるのは、このお店が一番なのですもの。開店を楽しみにしていますわ。これ、差し入れ……」
その婦人が、包みを渡そうとしたところへ、もっと上からドサドサと何かが降ってきた。
「うう……」
「街に、戻されてしまった」
「た、助けてくれ!」
逃げ出した一般人が、淫魔たちによって運ばれてきたのである。店主たちにとっての顔なじみも多く含まれていた。
「みなさん。放蕩儀式にお手伝いいただきます」
黒いボディスーツ姿の女性淫魔は、ノコギリと鍵盤の合わさった楽器を弾く。男性の淫魔たちが扱うのはバイオリンだ。
路地に落とされてきた人々は、その淫靡な調べに、衣服を緩め始めた。
店側では、必死になって止める。
「ここは現実の! 本物のウィーンなのよ!」
「そう、大淫魔都市の最期に、堕落エネルギーを吸収する器となるのです。うれしいでしょう? ……ああ、もっと被虐的な姿を晒しなさいな♪」
4人のジェネラル級淫魔によって、瓦礫の街ウィーンは放蕩儀式の場となっていた。
商業地区に現れた『死奏の母・ミューズィカ』と、その配下のトループス級淫魔『欲望のバイオリニスト』は、欲望を解放する旋律を奏でる。
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は天使の翼をはばたかせ、表通りで乱痴気騒ぎをくりひろげる職人たちの姿を見下ろした。
「ようやく日常を取り戻そうとしている彼らに水を差すとは野暮極まりない。淫魔らしいが、まったく趣味が悪いな」
できれば、目をそらしたいくらいだ。
弦楽奏の連中に向かい、空で対決を挑む。
「そこは市民の憩いの場だ。場違いな音楽にはお引き取り願おう」
注意を惹きつけ、少しでも市民から離したい。自身の聴覚には、肉体的な堅固さを施した。
これも、耳ごと塞ぎたいくらいである。
『バイオリニスト』の中から、悪魔の翼で向かってくる者たちがいた。エトヴァは旋回して真正面を避けると、『リングスラッシャー』を飛ばす。
浄化の光輪は、悪魔の翼の片割れを切断した。
「ウィーンの完全なる解放を、見届けるまで……立ち止まる訳にはいかない」
荒れ果てた路地へと墜落する淫魔。エトヴァは、街内から駆け付けた白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)らに、トループスたちの位置を伝えた。
「ありがとう、エトヴァさん! 取り巻きを倒してこれ以上被害が広がるのを遅らせないと……」
しかし、人の欲望を煽り、儀式を優先する淫魔は、エトヴァの試みの結果のとおり、なかなか吊り出されてくれない。
「なら、『反する薊の棘』が適任だね」
路地に風が吹き抜けた。
淫魔の弾く『鳥籠のカプリース』が、より聞き取れるようになる。早苗の精神が侵される危険は増すが。
「ウィーンの人たちをどこまでも道具にして弄ぼうとしている、人に対しての嘲りの感情。その対価をしっかりと払ってもらおうかな」
投げかけられた心を、針のかたちで刺し返すのだ。
腕を貫かれて、弦を取り落とす淫魔。
演奏のパートが減って、ジェネラル級の唇が、「あっ」と小さく開いた。次いで瞳が、ディアボロスたちを一瞥してきた。
「ミューズィカ……。『獄彩のバーバラ』を慕っていた淫魔。トドメを刺した私たちが相手する事で、何かしらのメリットがあるかな?」
早苗の思いつきに、吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)は、複雑な表情をみせた。
「以前、ウィーンの淫魔が教えてくれました。自分も元は芸術家でその道で輝きたかったと。バーバラやミューズィカがそうだったとは限りませんが、もしそうなら……せめて!」
『吉音式英雄共鳴譜』を開く。
「ベートヴェンの力を宿させよ、『クオリア・フリーズ』!」
大作曲家の晩年にならって聴覚を絶ち、氷のタクトを口に咥えて、『魔楽器』の弦の震えとタクトが捉える音の振動を頼りに、敵のバイオリンを探す。
宮美は、淫魔たちの動きを悟った。
パラドクスが、聴覚以外の相手の全感覚を凍結、演奏はおろか生命維持すら不可能にし、トループスの数体を撃破する。
「罪の無い人を殺すというのならば、今回ばかりは無力化では終わりません。だからせめて、貴方達の好きな音楽の中で、苦しみの無いようお眠りください」
「ああ、いい音で爆ぜるといいさ」
真紅堂・乎乎那(埋火の魔創剣士・g02399)は、フライトドローンで街路から飛び立った。
「形式に縛られない自由な旋律だって? 得意分野だ」
紅のドレスが、ひるがえる。
革命期の服飾にも見えるものの、彼女自身は出身地の記憶をもっていない。けれども金の瞳は、敵へと導く光を得ている。
「健全なディアボロスのお出ましだよ。飛べ、デモニックボム」
コウモリのように、トループスを取り囲む悪魔爆弾。
バラバラの音階で破裂していく。
爆炎をすり抜けたフライトドローンと、紅いドレスにはススのひとつも付いていなかった。
バツグンの耐久性に仕上げてある。
振り返った乎乎那は、淫魔も全滅していないことを確認した。
「トループス級でも強いようだね。集中攻撃とか受けないよう注意しよう」
「力を得るために敵も必死ですね」
フィーナ・ユグドラシア(望郷の探求者・g02439)は、バイオリニストの取り囲んでいた放蕩儀式の内側に入り込んだ。
「でも、この街を救うため、私達も譲れません」
最優先は一般人の安全確保。戦闘に巻き込まぬよう注意しながら保護したい。
青い瞳にも攻撃を導く光が、よりはっきりと見えていた。
「氷の精霊達、雪の精霊達、白雪姫の誓いの下、我と共に悪意を祓う力とならんことを……!」
詠唱で召喚されてくる、氷の槍と雪の衣。
職人たち、と言ってもそれを示す着衣はとうに失われていた。彼らの踊りの輪を背にして、フィーナは氷槍を投擲する。
狙いは、バイオリンを握る手元だ。
「淫魔の演奏は欲望に働きかけるようですが、私に今ある欲望は、人々を護ること。惑わされるものですか」
商業地区に連れ戻された一般人たちは、最初に儀式の影響を受け、いまの恰好になった。
その後、店舗の修繕をしていた者たちを巻き込んだようだ。
「街の人々にはこれ以上触れさせません……!」
トループス級の撃破だけでは儀式を止められないものの、直接手を下させなければ、遅らせられるかもしれない。
手袋屋の娘は、姿こそ手袋一丁になりながらも、周りの放蕩を止めようとしている。
「ここは現実のウィーンなのよ。往来でっ、えと……まぁ……我慢できないなら、出るものは出ても仕方な……やっぱりダメェ!」
そのひとり、両手を頭の後ろに縛り上げられている女性に向かって非難しながら、肯定とのあいだで揺れている。
「いえ、こちらはディアボロスで、正気で、その、すみません」
川屋・ゆきの(封印の退魔巫女・g03290)は、謝罪するしかなかった。股を開いてしゃがんだ姿勢のまま、身動きを封じられている。
内なるデーモンの仕業を、淫魔からの堕落から区別できるはずもない。反面、ゆきのは希望も感じている。
「まだ皆さんが堕落仕切っていない証左でもあります」
『虚空天・阿迦奢形成』でハッキングしなおし、一般人を元に戻せないだろうか。
「え……ディアボロス?」
「前にも裸にされたところを助けられたような……」
「次のカーテンコールは」
ほんのつかの間、職人と常連客たちは何かを取り戻し、ゆきのたち戦う者を祝福する。
やはり、正気付かせるには至らなかった。
少々分けてもらった祝福の力を持ち、ゆきのは欲望のバイオリニストたちに向かう。
戦場の様子が判ってくるにつれ、高遠・葉月(猫・g04390)は考えることが増えた。
「あ、『しゃけ』はあっちいってなさい」
スフィンクスを、まるで放し飼いのように自由にさせる。
「戦闘能力もないし、無駄に介入させたくないわ」
言いつけどおり距離をとるサーヴァントの、人懐こい姿が発する祝福に、葉月は気がつかない。
「……放蕩儀式。何か教育に良くないから未成年者も近寄らせたくないわね」
味方のデーモンの恰好はともかく。
「まぁ、いいわ。まずは掃除。大物を狩る前に余計な横槍が入らないようにしないと」
曲目が替わっている。
『悲劇のオーヴァチュア』は、この地におきた悲劇、淫魔大樹の幻影を蘇らせようとしていた。とにかく、演奏を阻害するしかない。
デーモンイーターの葉月は、『騎士型』から引き出した魔力生成武器を、かたっぱしから投げつけた。斧に槍、剣だ。
「このっ!」
大樹の幻影をかいくぐり、全力で距離をつめて、具現化した小手で殴る。
怪力無双を載せ、騎士型デーモンの膂力、そしてしゃけが置いていってくれた、祝福だ。
「『knock face down(張り倒すわよ)』!」
「葉月さんは、取り巻きを引き付けてくれているな」
百鬼・運命(人間のカースブレイド・g03078)は、動力甲冑の内側で、兵装をチェックした。観測機器からの情報で、同士討ちも厭わない接敵だと判っている。
「さて敵戦力を削るチャンスだな。その仕込みも兼ねてまずは……」
風上にまわって、ミサイルポッドから催眠ガス入りの発煙弾を撃ち込んでみた。
「一般人を眠らせ、敵の視界を奪う。更に音響弾で追撃。敵聴覚を封じて指揮系統を破壊、と」
有利な状況を作り出したい。
ただ、味方の一般人への対応を分析してみるに、催眠にはあまり期待はできなかった。『完全視界』で煙幕を見通せば、わかった成果は、せいぜいお互いの姿が隠されて、一般人の羞恥が鈍る程度である。
「ミューズィカを倒す為に『ヨアケ』の別動隊も動いてる。攻撃準備を整えるのを敵に悟らせない役にも立てばいいんだがな」
煙幕とともに周囲を、ディアボロスの殺意が包み込みはじめた。
トバリ・ナイトライト(透明の黄昏・g00064)も、『ヨアケ』の団員だ。
「淫魔らしいというかなんというか。確かに教育に良くなかったから、儀式が目隠しされた意味はあるかな」
音は聞こえてくるので、『誘惑のセレナーデ』をたどればいい。
「とても美しい演奏です。戦う気力が奪われそうですが……僕も誘惑なんかは得意な方なんですよ」
白き光景を抜けた先に、美貌もつ青年のバイオリニストがいた。
トバリに微笑みかけ、挑戦的に顎をしゃくる。
「折角ならばその演奏に合わせて僕も踊りましょうか」
『VenusTrick(ヴィーナス・トリック)』のステップを披露する。
華麗な舞踏は、セレナーデとは逆に作用して、戦意を高めるのだ。技比べを挑んできたトループスのほんの近くでは、斬撃や砲撃の気配がしている。
「仲間の皆さんが派手に暴れていただけているので、僕も死角を突きやすいというもの」
踊りに隠した暗器で斬りつける。
瞬間、怒りが増幅され、そのぶん踏み込みも深くなった。女神のいたずらのように。
倒れた演者を残し、トバリは敵が殲滅するまで白煙に留まることにする。
ネリリ・ラヴラン(★クソザコちゃーむ★・g04086)は、商業地区の入り口に陣取っていた。
「音の攻撃だと意味は無いかもだけど、一応後衛」
すると、スフィンクスの『しゃけ』が、駆けてきた。葉月が逃がしたのはわかったのだけど、預かっておこうと身を屈めようとしたら、中腰になったまま、それ以上動けない。
「あ、あ、『鳥籠のカプリース』……」
覚悟はしていたが、戦場にいるかぎりは後方でも影響は受けてしまう。
「……頼んだよ、しゃけ……」
中腰のネリリの胸に飛び込むスフィンクス。というより、猫ぱんち気味に衝突してきた。
運んできた祝福に強化され、頭はすっきりし、身体も動くようになる。
こてん、と後ろに倒れたネリリは、運命のまいた煙幕の中からいくつかの爆発音を聴いた。すでに、突入させていた『蠱惑の追走曲(ルナティック・スナイプ)』の小型の蝙蝠群が、標的をみつけて道連れにしたのだ。
残響で、演奏もとぎれとぎれになる。
「サキュバスであるネリリちゃんを、魅了できると思っているのかな?」
しゃけを抱いたまま、立ち上がるネリリ。
ディアボロスの怒りは一段階、引き上げられる。
エレオノーラ・アーベントロート(Straßen Fräulein・g05259)は、さらに怒った。
「何を狙ってどうするか、色々と言われましたけれど――下半身に脳が付いてるクソ野郎どもは全員ブチ殺してから考えればよい、ということですわね」
スレート屋根を踏みしめ、電磁レールガン『フェアレーター』を構えている。
空中で演奏する淫魔たちが、『悲劇のオーヴァチュア』にさしかかった。
「わたくし、音楽は劇場でゆっくりと鑑賞する主義ですの。そんなに悲劇がお好きなのでしたら――悲劇の登場人物に変えて差し上げますわ」
『第六十八の魔弾【轢過】(アハトウントゼヒツィヒステ・フライクーゲル)』を投射した。
怒りの積み重ねでパワーが増す。
巨大化する魔弾は、屋根瓦にまとわりつく大樹の幻影もろとも、『欲望のバイオリニスト』たちを擦り潰す。
「でも、いい音楽ですわね」
「綺麗な音楽……。ボクの好みではない、かな」
レオニード・パヴリチェンコ(“魔弾卿”・g07298)は、エレオノーラと背中合わせに、反対側の屋根にいた。
小柄で幼く、口数も少ないが、狙撃のスコアを重ねている。
「どんなものが出てきたって、具現化してしまっているというなら撃って弾を当てられる。それだけのこと、だよ」
『Дед Мороз(ジェド・マロース)』の凍てつく弾丸を、地上のトループスに当て、足元から凍りつかせている。
相手の動きを止めたなら、自身は屋根伝いに移動して、つぎの狙撃ポイントへ。
「ん。折角、皆が頑張って手に入れた結果、だもの。水を差すようなことはさせない、とも」
大淫魔都市にされたときに大樹があけた穴を、ひょいと飛び越した。死をもたらす瘴気が、レオニードにまとわりつき、尾をひくように街に流れ出す。
儀式に囚われた人々の、放蕩な叫びは聞こえていたが、バイオリンの音は薄くなっている。
瘴気はいまや吹き荒れていた。
テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、最後の多重奏を前にした。
「革命淫魔はパリでは気が緩んでぐだぐだになっていましたが……自動人形に率いられた者は、流石に軍隊としての行動が迅速でしたね」
魔剣を構えた相手に、バイオリニストは臆することなく演奏を続けている。
ジェネラル級淫魔『死奏の母・ミューズィカ』のもつ精鋭だからだろう。放蕩儀式を支えている。
「それだけ、淫魔大樹の力が重要ということ。回収などさせはしない」
耳をくすぐる甘い旋律は、テレジアにも襲い掛かる。
「こんなもので萎えるほど、私の闘争心――憎悪はぬるくない。叩っ斬る!」
疾走するあいだに、纏う。
瘴気と風と、堅固さと。導く光を悟り、祝福、殺意、そして怒りを。
テレジアの魔剣から繰り出された『怨憎の斬閃(ハザード・リッパー)』は、楽器ごとまとめてトループス全員を薙ぎ払った。
高め、分かち合った力を、次にぶつける相手が、ゆっくりと降りてくる。
「なんて、ひどい人たちなの、ディアボロス。バーバラお姉さまの仇を、この大淫魔都市で討たせてもらいますわ」
ミューズィカの持つ、鍵盤とノコギリ刃の合わさった剣が、きしむような音をたてた。
ミューズィカを前にして、テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)はしかし、踏み込んでいけない。
トループスの演奏は阻止している。
だが、煙幕のなかで踊り狂っている人の影が、放蕩儀式の続行を示していた。
(「淫魔大樹の堕落世界では何度も戦ったので、この街には知った形……いえ顔もいる。放っておくことはできません」)
テレジアが危惧するのは、一般人たちの中心にジェネラル級が居座っていることだ。『完全視界』で見通せば、味方の戦力が整いつつあるのもわかる。標的がミューズィカひとつなら、正確に狙えるかもしれないものの、儀式の影響を受けた人々を巻き込む懸念は残った。
それは、仲間たちも共有しているのだろう。
空中戦を挑んだエトヴァや、煙幕に催眠ガスを混ぜた運命の動きを見ても判る。
「あなたたちは一度、堕落世界を退けた!」
周囲にむけて叫びはじめたディアボロスに、ジェネラル級淫魔の目がすわる。
「……もしや、この人間が淫魔大樹を枯らした方なのかしら」
鋸をふると鍵盤が動き、放蕩はさらに激しくなる。テレジアは、なお阻止しようと男たちの一団に掴みかかっていった。
「この儀式も跳ね返せるはず、どうか正気に戻ってください!」
現実世界で、一般人相手に武器を振るうわけにはいかない。
にもかかわらず、絵画や催眠のなかでされるよりも生々しい手つきに健全さを保つのは、至難だった。
ガランと石畳に、鎧のパーツのひとつが投げ捨てられる。
憎しみの視線をむけていたミューズィカが、はじけるように笑いだした。
「ほほほほ! 買いかぶりましたわ。手向かってくるかと思えば、自分から儀式に巻き込まれるなんて!」
そして、テレジアの奮闘を眺めるうちに、むしろ好意的に捉え始める。
「ああ、もっと被虐的な姿を、お晒しになって♪」
街路を真下に、遠方に尖塔、モザイク瓦の屋根を視界にいれ、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も逡巡していた。
「芸術の都……。淫魔に荒らされて尚、立ち上がる人々がいる街」
敵を退けるまえにでる犠牲を、自分はのめるのか。
天使の翼に寄せるように、真紅堂・乎乎那(埋火の魔創剣士・g02399)の乗ったフライトドローンが並んだ。
紅のドレスがまた、ひるがえり。どこからともなく、魔術長剣『ハートブレイカー』を抜き放つ。
「大淫魔都市としてのウィーンは最期を迎える。キミの言うとおり、芸術の都はこれから二百年以上、ここに在り続ける」
金色の瞳が、チラと横目にみた。
望みを叶えたいなら、淫魔の支配を拒否し、一掃する。エトヴァは覚悟を決めた。
「みんなに声をかけよう。全員で呼吸を合わせるんだ」
地上では、煙幕が薄くなってきていた。
動力甲冑の内で、百鬼・運命(人間のカースブレイド・g03078)は、まだ様子をみるか、攻撃に入るか判断を迫られている。そこへ、エトヴァがパラドクス通信を送った。
「運命さん、合図をお願いできるか?」
「……わかったよ。ジョセフィーヌが撤退させる前にミューズィカを倒すのが『ヨアケ』の目的だった。撤退を考える隙すら与えず倒してしまおう」
「心配の種は、市民と煙幕でございませんこと?」
ヴェンヴ・ヴリュイヤール(天使の■を喰らった聖石灰の天使(デーモンイーター)・g01397)が、連絡してきた。
「『アベック・ユニ・チケット』旅団員も、速攻攻略に参加いたしますわ。わたくしめの発明に、霧の噴出装置がございます。煙幕の足しになさいませ。一般市民の方につきましては……」
数人のディアボロスが、ミューズィカに突撃していくのが見えた。
「あの方々にお任せ致しましょう。彼奴は陽動。助け、対処している間に目的を達成する。ならば、その手を崩すは戦力の即時対処でございますわ!」
お淑やかだが、冷静なヴェンヴの声が、味方に共有される。
篠之井・空斗(人間の破軍拳士・g06835)とエント・クライド(人間のバウンサー・g04404)は、まさに陽動のためだけに、大げさに騒ぎ立てた。
「流石淫魔、スゲー格好だな……!」
「やっぱ良い体してんなー、ジェネラル級ってなれば尚更だな」
ふたりは、ミューズィカを淫魔的に褒めそやす。
「みなさんも、儀式に協力いただく気になったのかしら」
会話にのってくれたので、空斗はより軽薄さをよそおった。
「そーいうこと。折角だし俺達と遊ぼうぜ、お姉さん」
「そちらの方も?」
鋸刃が示したところには、川屋・ゆきの(封印の退魔巫女・g03290)が、腕の拘束具以外の装備を捨てて、しゃがみポーズをとっていた。空斗は、つい素で淫魔よりスゲーと言ってしまいそうになるが、エントがフォローして調子を合わせる。
「あ、えーと、仲間だっけ。一般人のひとのお方じゃないの? 淫魔さんの儀式のおかげで、素晴らしく放蕩なさった……」
「わたくしの目指す放蕩社会は、裸になるだけでは済みませんわ。芸術を習っていない方々には難しかったかしらね」
ミューズィカは、伏し目がちになる。
「こんな人たちが、バーバラお姉さまの芸術に勝ったなどと、信じられるものですか」
注意が内側にむいていると解釈して、空斗とエントは、拳と凶器で殴りかかる。
「今だぁ~!」
「隙ありぃ!」
ザックリと、ノコギリ刃に返り討ちにされた。
空斗は、力が抜けたように倒れ伏す。
エントは、フランス市民服を縦に裂かれて、はみ出させてしまっているし、鼻血も吹いている。
放蕩社会を教えてくれるというから、もっと催眠術のようなパラドクスかと思いきや、意外に物理攻撃寄りだった。
「淫蕩を尊び、皆の衣服を剥いで喜ぶ淫魔が、何故に自分がまだ衣服を纏っているのでしょうね?」
ゆきのが指摘する。
「まずは自らがその素肌を、羞恥を晒せばよろしいでしょう――『虚空天』!」
ハッキング能力を、ジェネラル級に対して使った。
敵の防御の一端でも、むしれるなら。
「お伝えしましたよね。お召し物を取り去るのは、準備にすぎません。わたくしも、描き手によってはそうします。みなさんの場合は、互いに練習なさっていて」
ポロンと鍵盤を鳴らした。
倒れていた空斗とエントが身体を起こし、地面を這いずる。
「ミューズィカ様……離れたくないぜ……」
「不味いと分かっているのに目が離せない……このままじゃ色々とヤバい」
ふたりとも、ジェネラル級ではなく、ゆきのの足元ににじり寄ってくる。
「やはり、人を惑わせる技でしたね。……『阿迦奢形成』!」
残っている巫力を振り絞る。
代償に、身体の自由はますます奪われるが、祝福を与えることで、仲間に戦う力を取り戻させられるかもしれない。
「衆生一切斯く在るべし……ああ、もう、堪える自由すら、ごめんなさい、空斗さん、エントさん」
「ほほほ! ひょっとしてあなたが、『クレエ』のモデルだったのかしら?」
ミューズィカによって暴かれた過去によって、羞恥がバシャバシャとほとばしる。
「『学園』の話を思い出したのかな。ウィーンに里帰りしてどうだった?」
路地の先から、白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)が話しかけた。
そこには、彼女を含めて、四つの女性の影があった。
「貴方はどこから来て、これからどこへ行こうとしているのでしょう」
吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)が、なお問い詰める。
「バーバラ……お姉さまっ!」
三人目と四人目は、早苗と宮美のパラドクス。
『描かれる玉虫色の獄(ヒトヤ)』は、早苗に付着した絵の具を針によって抽出し、実体化させた女性型の虹。
絵の具を放ってきたのは、かつての『獄彩のバーバラ』である。
宮美も戦った経験から、『未来謳う二次創作(ファンメイドシンフォニー)』で、最終人類史の味方となった『if』を込め、バーバラの似姿を作った。
見れば、本物でないと、すぐ気がつく。
力と姿の両方が、ウィーンの街角にあることに、ジェネラル級淫魔といえど、駆け付けずにはおれなかった。
「ええ。わたくしは故郷に帰ってまいりました。このディアボロスたちを滅ぼしたのち、いったんは離れますが、いつかきっと学園を再建しに戻りますわ」
はたして、ミューズィカが語りかけたように、ウィーンの出身なのか、この地で覚醒させられた淫魔なのか。
あるいは、『淫魔絵画事件』で救えなかった者だったのか。
真相がわかるとは思えない。
だが、宮美には、淫魔が動揺しているのは見て取れたし、早苗にとっては、事件のひとつが終わっていなかったように感じられた。
ミューズィカの唇が動く。
『吉音式英雄共鳴譜』で、聴覚遮断にはいり、バーバラifに絵の具を放たせる宮美。虹色の手を伸ばさせ、精神を蝕もうとする早苗。
放蕩社会は、すでに語られていた。
絵画空間と堕落世界の現実離れした日々。それをディヴィジョンに広げるという理想。宮美は耳を塞ぎきれない。
「バーバラだって、あなただって……!」
「本来は芸術に惹かれていただけだったかもしれないのに」
「淫魔がそれを歪ませた、とでもおっしゃるつもり? お姉さまならどんな指導をなさったかしら。……そう、退学だヨ!」
ふたりのバーバラが崩れる。
仇を討てる快感に、ミューズィカは深入りしすぎた。
テレジアは、元の路地に鎧を残し、一般人たちを引き付け、ジェネラル級から距離を取らせる。
復活した空斗とエントは、同じポーズのままで固定されたゆきのを両脇から抱えて退避だ。
「準備OK? 一斉砲撃!」
運命の声が、パラドクス通信のあいだを走りぬける。
霧と煙幕に隠されていた包囲が明らかになった。ジェネラル級淫魔ミューズィカに狙いをさだめた魔法陣、ギミックリボルバーにソードハープ。
バスターライフルと大砲、弓矢に榴弾砲が発射された。
「ウィーンの人々を傷つけるのは終わらせるわよ!」
桜・姫恋(苺姫・g03043)は、桜の花びら型の魔法陣から光を放つ。鍵盤つきの鋸をかざされて、桜色の光ははじかれた。
鍵盤が奏でた波動が、かえってくる。これにも『色』が含まれていた。姫恋のウェーブヘアがバサバサとなびき、額から真っ赤な血がひとすじ、つたってくる。
「あなたはここで、私達の手によって死んでもらう!」
片目に入ったそれで、視界が赤くなるのも構わず、念動力を込めた。
鋸剣を振る動きに合わせて、花びら魔法陣は位置を変化させていく。
「さっさとくたばりな! ……『桜光(オウコウ)』!」
魔法陣が数を増し、姫恋が飛翔するとともに、空中に展開した。
これで、桜色の光は、つねにミューズィカに当たるのだ。
「負けないわよ!」
血が吹いても、念動力は止めない。
月見里・千隼(清風明月・g03438)が、連射を緩めないのも同じだ。
魔法拳銃『朧月夜』からは、数々の罠が飛び出す。いや、被弾した地形が罠に変わる仕組みなのだ。
「ウィーンを……ここに住む人々を堕落はさせない。犠牲にさせない」
トラばさみはかわされた。路地に張り渡したワイヤートラップが、黒レザー地のボディスーツに食い込む。
「ましてや撤退とこれ以上悪趣味な悪事なぞ絶対にさせるものか」
罠地帯を生むパラドクス、『弄月(ロウゲツ)』にかからせた。しかし淫魔は、鋸剣を戒めに差し入れて、切断しようとしている。
「……ショルダーキーボードかと思ったら鋸型の武器か。所謂ミュージックソーのつもりか?」
金属の擦れる不快な音がして、ワイヤーは断ち切れた。そのたわみで、鍵盤が動き、意外にも軽やかな旋律が奏でられる。
「ちっ、どうなってやがる」
波動を受けて、傷跡とは反対の頬に、浅い切り傷を負った。
千隼は、手袋の甲でぬぐい、出血を一瞥したが、『朧月夜』の射撃を緩めるつもりは、もちろんない。
次の罠にかかったところで契機と見て、白水・蛍(鼓舞する詩歌・g01398)は、『ブレイドハープ―詠唱―』を鞘に戻した。
「慌てて駆け込んできてご苦労な事です。では」
堕落エネルギーを回収にきたジェネラル級にむけ、低空の飛翔から、『神斬鋭刀閃』を仕掛ける。
「とっととお帰りいただきましょうか。どこへ?」
居合の如く抜き、放つ。
「地の底に決まっております」
黒レザーのウエストから両断、とはいかなかった。鋸刃が、片刃の刀身と交差している。
ミューズィカは、蛍の武器を切っ先から柄まで眺めまわし、目を合わせた。
「これも、音楽に使われていらっしゃいますわね?」
「音の力を増幅してくれます。なにより、私の意志が籠っておりますの」
つばぜり合いの最中とは思えぬ、優雅な言葉の交わし合い。二合目は、ミューズィカが罠を抜け出し、下がった。
蛍は大振りになりながらも、涼やかに言う。
「その胴、真っ二つにして差し上げますとね」
「であれば、わたくしは、その魂を斬ってみせましょう」
しかし、これも淫魔のトリックだった。
金の靴先を壁にかけて飛び上がり、ディアボロスたちによる絶え間ない弾幕を抜け出ようとする。
射線を越えたその肢体に、反対側の建物の壁からの跳弾が命中した。
エトヴァだ。
『8-Acht』、誉れ高き対航空機砲の名を冠する狙撃銃と、『»Paradiesvogel«』リボルバーを、両手に構えて降下してきた。
「俺は『極彩のバーバラ』を討った一人。芸術家としても認めあった。仇には十分だろう?」
徹底阻止に、挑発する。
嘘では無かったが、淫魔ミューズィカは簡単に信じた。
「お姉さまと……。あなたは描くほうですわね。なら、わたくしは」
胸元の結びをほどこうとするので、エトヴァは『Silberner Freischütz-Ⅲ(シルベルナー・フライシュッツ・ドライ)』の跳弾を浴びせた。
「芸術に必要なのは研鑽だ、堕落は不要」
放蕩社会は受け入れないが、議論はぶつける。
包囲陣のなかでも、後方に位置していた眉立・人鳥(鳥好き兄ちゃん・g02854)は、海賊衣装に身をつつんでいた。
「だって、ロマンだもんね。あっちは、小難しいお話くりひろげてっけど、俺たちなりの流儀があらあ。アオイちゃん、装填よろしくゥ!」
『デストラクションボイス・ルインストーム』は合体技だ。この場にはいないが、アオイ・ダイアログの幻影を召喚して、彼女にも海賊のコスプレをさせている。
木製のバルコニーがあったので、ふたりで砲台を設置していた。
「海賊ってのはフランスにも多かったらしいじゃねえか。先達に倣って派手に行くぜェ。全力全開でぶっ放ぁすッ!!」
天使と悪魔の魔力を注ぎ、発射されるのは、光と闇の螺旋ビーム。
淫魔がする放蕩への語りなど、砲撃の轟音に吞み込ませる。
「破滅の嵐だ、一切合切巻き上げろ! ついでにお宝置いてけェ〜〜ッ!」
騒がしい海賊たちの砲撃は気にせず、ネリリ・ラヴラン(★クソザコちゃーむ★・g04086)は、高速詠唱しながら矢の狙いを定めていた。
「堕落した世界っていうのを求める気持ちは、もう、ずっと昔に、らしくないって理解してるわ」
肉体と生命力の結びを緩める魔術の弓矢、『黒の衝撃』。
鋸に遮られることなく、黒いニーハイブーツをかすめる。見た目の傷以上のダメージを与えるのだ。
そのかわり、離れていても、ミューズィカの唇が読み取れてしまった。
「淫魔の誘いがサキュバスであるわたしに効くと思っているのかな。……まあ、普通に効くんだけど」
ネリリは、元から高い露出度を、さらに上げそうな欲求にかられる。
「わたしはね、そんな性もきちんと乗り越えて、人を傷つけないことを選んでるんだよ」
少し、息を荒くしただけで、またその胸元に、黒色一対の弓矢を抱えた。
魅了し返して、むこうも脱がしてやろう、などとは考えない。
「勝ち目が無いからね」
緩めるのは、肉体と生命力の結びだ。
屋根の上で、エレオノーラ・アーベントロート(Straßen Fräulein・g05259)も諦めていた。鋸からの色の波動を。
避けずにいたから、血だらけになっている。
耐えて、立って、撃ち返して。
「先に相手が死ねば、それでよしですわ」
電磁レールガン『フェアレーター』より『第二十三の魔弾【赫燿】(ドライウントツヴァンツィヒステ・フライクーゲル)』を投射する。
実弾ではなく、エネルギーそのものを、赤く輝く破滅の光とする。
淫魔の肌を赤く照らした。
「あら、思っていたより、集まったようですわね」
『ヨアケ』を指揮していた運命の、第二陣。近接戦闘班が、光学迷彩を解こうとしている。『アベック・ユニ・チケット』と、いくつかのメンバーも合流していた。
「ジェネラル級の最期がグランダルメ崩壊の先駆けになりますの。喜んで――くたばりあそばせ」
エレオノーラの耳にも、一斉砲撃終了までのカウントダウンが聞こえてきた。残りの充填分をすべて解放する。
ただひとつの標的は、鋸剣を煌めく軌跡としか見えないほど振り回して、反撃していた。
乎乎那は、潜んで伺ううちに、興味が湧いてくる。
「『Musica』か……淫魔は自分が好む名を自分でつける事が多いらしいが……どーなんだろーね」
長剣『ハートブレイカー』の使い手として、魂の削り合いをしてみたい。淫魔は、戦うほどに技を芸術として昇華していくように思えた。
音は風となり、霧も晴れていく。ヴェンヴは発明、『聖石灰噴射飛翔散布機構』を、至近用に切り替えている。
「さて、加減など出来る程の業前ではございませんので、うっかり死なせてしまったらごめんあそばせ?」
「縁もゆかりもないけれど、わたしたちに目をつけられたのが運の尽きね?」
『アベック……』の四十九院・祝(還り来る恐怖/La Peur de Fortune・g05556)は、そう口にしたものの、まだ敵を捕らえる可能性を心に秘めていた。ブレロー・ヴェール(Misère tue à l'abattoir・g05009)は、むしろ怨恨を感じている。
「仇ね……随分と張り切っているようだが僕らもそれは同じさ」
「ああ。復讐がしたいなら相手になってやろうぜ」
シューニャ・シフル(廃棄個体 No00・g07807)の右腕が、青黒く脈打ち、異形化していく。
『ヨアケ』旅団の近接戦闘班は、蛇腹剣に十字剣、レイピア、ナイフに大剣と、刃物を主として構え、互いに離れて位置していた。
「一気に取り囲んで一気に倒す。んむ、分かりやすくてよき」
そのなかにあって、クィト・メリトモナカアイス(モナカアイスに愛されし守護者・g00885)は鈍器、『黄金猫拳打棒(ゴールデンねこパンチぼう)』に祈りを捧げる。
「我的に……。生贄は文化。生贄と『なる』ことを望むのであればそれもまた一つの道」
煙幕を透かせる範囲には、淫魔大樹の根が穿ったのであろう穴が、建物のそこかしこに空いていた。
実際の作戦には加わっていなくとも、その根に人間が繋がれていた様は想像できる。ディアボロスが解放し、今また放蕩儀式にささげられようとしたウィーン市民。
「生贄に『する』のであればそれは別のお話。ここは我の国ではないけれど、汝の行いは許されず」
だからこそ、仲間が集った。
「たくさんのともだちといっしょだから、アンデレちゃんはさいきょうだ」
ア・ンデレ(すごいぞアンデレちゃん・g01601)は、笑顔になる。紋章『アンデレメダル』が赤く光る。
「3……2……1。突撃!!」
号令とともに、神刀『十束乃大太刀』を手に、運命は駆けだした。
近接班のメンバーのほとんどが、飛翔から加速も使っていたが、運命はもう、磨いた技術でただ一刀を叩きこむ事だけに集中する。
「『神蝕呪刃』!」
呪いを解放された斬撃が、鋸をすり抜け、ミューズィカの肩口に刺さった。運命の背中を穿とうと、もういちど振り上げられた鋸剣を、御門・風花(静謐の凶鳥/ミセリコルデ・g01985)の『破滅の炎剣-レーヴァテイン-』が受け止める。
闘気を纏うと同時に、飛翔で合わせたのだ。
「首切りの剣技、ですか」
風花は、宙から押さえようとするが淫魔に堪えられ、炎剣との衝撃に鍵盤が動き、血の色と放蕩の声がばらまかれる。
「あは、その剣、ピアノかと思ったら鋸じゃんか」
一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、背中から斬りかかった。
『テンペスト・レイザー』、チェーンソーの刃を持つ剣。
横薙ぎに、黒レザーの背骨部分へと押し当てる。
「『呪式:粉骨砕神(ヘクスアーツ・ボーンシュレッダー)』! こりゃチェーンソー使いとして負けてられないねぇ?」
エンジン音が、鳴り響く。
回転刃には、パラドクスによる呪詛を纏わせてある。敵の脇腹から、銀の切っ先が飛び出してきた。
「精霊の、加護を……!」
フィーナ・ユグドラシア(望郷の探求者・g02439)が刺し貫いた、白銀の細剣『ヴィントリート』のものだった。トバリ・ナイトライト(透明の黄昏・g00064)のナイフ、『UmbralUnder』は、運命の刀と交差するように、逆の肩口へと空中から突き立っている。
「『Only blood and wrath can quell madness(ブチのめすだけよ)』!」
高遠・葉月(猫・g04390)が、騎士型デーモン由来の大剣を、フィーナから一拍おいて淫魔の腹部に届かせる。
全力の一撃に浮いていた足に、地面の感触が戻ってきた。
同時に、葉月の身体全体に重くのしかかるものがある。鎧の隙間から、石畳へと垂れていくのは、血液。両膝が下がっていく。
なんとか顔を上げるが、そこにはミューズィカの、歪んだ微笑みがあった。
「お姉さま、仇と憎んだディアボロスでしたが、こんなにも楽しませてくれるなんて。これも、お姉さまからの贈り物なのかもしれない。素晴らしい放蕩ですわ!」
叫びとともに、淫魔の身体からも血が噴き出した。
四方からの斬撃と刺突で傷ついているが、切り口がつながって着衣だけがはらはらと落ちていく。
「大脳殺してあげてよ♪」
『色』を増した。
すんでのところでトバリは、『UmbralUnder』を手放し、上方へと距離をとる。隠し武器なら、まだあるのだ。
「淫魔らしい攻撃です。美しいミューズィカさんに相応しいとも言えますが、感心もしてられません……ね」
バランスが崩れて、上下逆さになった。
「ふふふ、その魅力にくらくらとしてしまいます。 ……平和的な力でないのが残念です」
血の沸騰が止まらない。
「大切なものを護らんとするその意志に祝福を……!」
フィーナは、『ヴィントリート』の柄を握りしめたまま、それにすがるようにして祈った。
仲間を鼓舞し、人々を護る意志、勝利へ進む意志を奮い立たせようと。
「……堕落するだけなら停滞を招き、いずれ全て滅びます。私達は、滅びを否定し前に進むと決めたのです。惑わされるものですか!」
ディアボロスとの戦いを楽しいと呼ばせ、放蕩社会と同じ扱いをさせるとは。
ふいに、刺した脇腹の抵抗が消え、細剣が抜け出るとともに、フィーナもそれを握ったまま、後ろへと腰砕けのようになった。
耳の中でこだましていた淫魔の言葉が、何かの唸る音にとってかわる。
「あは、あたしみたいな、こんなぼんくらの心ひとつ壊せないのぉ?」
挑発するような燐寧の大声と、武器に内蔵された動力だった。
「チェーンソーは鋸より強し──きみが奏でる腐った音色なんか、唸るエンジン音でブッ潰したげるっ!」
しかし、回転刃は淫魔の背骨を折れない。
それた拍子に、テンペスト・レイザーは、翼の片方を根本から切断した。
「おほ、おほほほっ!」
痛みはあるのか、ミューズィカは奇声を発した。腕の力が増し、風花の『レーヴァテイン』を弾き飛ばしてしまう。
「ぐ、ぐふぅ……!」
振り下ろされた鋸は、運命の背中を傷つけた。
主の手から離れた神刀を、淫魔は素手で掴んで肩口から抜こうとする。
「仇? 筋違いだわ。人間を餌と下に見て舐めてるから足元をすくわれただけよ」
維持と我慢で膝をついていなかった葉月が抱き着いて、互いに血だらけの胸を合わせる。
風花は炎剣を、自分から放っていた。
「力負けすることも想定済みです」
首の後ろから組み付き、『インビンシブルプレッシャー』で葉月と力を合わせ、ジェネラル級の身体を地面に倒す。
「今です!」
もう、声がだせない運命に代わって、風花の号令。
「致死量装填、噴射圧限界値想定、さぁ死出の旅路に最期の想い出を、善き生き方でしたね?」
ヴェンヴは装置の砲口を、淫魔の口に突っ込んだ。
『霧の中で死別の口吻を(アン・ヴィシッド・ディ・デュ・ヴリュイヤール)』により、聖石灰の霧がミューズィカの内臓を焼く。
「……!」
しゃべれなくなった訳ではないだろうが、一時的に弱体化させたはず。
祝は、『甘き囁きの欲疵眼(アヴァールフゥ)』で、プログラムの刻まれた人造の魔眼の視線を合わせる。
「目をつけられたのが運の尽き……」
暗部、欲望と煩悩を暴き、それらを強制的に増幅または減衰させて、理性を破壊する。淫魔のお株を奪う精神攻撃だが、ここまで敵に接して使えば、どうなるか。
しかし、あえて生存欲を増幅させてみた。
「逃げるのなら無様に命乞いすることをお勧めするの」
「な、ぜ……逃げるなどと、お思いになって? ……極上の苦痛、死への快感を、みなさんと分かち合いた……いッ」
か細い声で、風花と葉月を押しのけながら上体を起こしたミューズィカは、その首に鋼糸を巻きつけられた。
「僕らはもう仇じゃないとでも?」
ブレローが背後から、『絞首荊(ル・パンデュ)』を仕掛けている。
「どちらが復讐を果たせるか、勝負といこうじゃないか」
グイグイと締め上げるが、裸身のまま、立ち上がってくる。
『アベック』の仲間が、口と眼とを封じ、行動を制限しているあいだに、シューニャは『魔骸剣』、肉体改造した右腕で斬りかかった。
敵は歌えずとも、鋸の鍵盤が奏でてくれる。
「淫魔なんて大したことないと思ってたが、案外楽しめるじゃねぇか」
『Bosheit Nagel(ボースハイト・ナーゲル)』で、さらなる異形化を進める。そうしなければシューニャも、喰らって体内にいるアークデーモンが、沸騰しそうだったからだ。
「使い潰してやるから、お前の力を全て寄越せ!」
分かち合う。
案外、この淫魔の言ったことも間違いではない気がしてきた。
「もう逃げることはないだろう。……私達とキミはもう立派な宿敵同士なんだ」
乎乎那が、紅のドレスで降り立った。クィトも、『黄金猫拳打棒』を構えて加わる。
「とんでもない奴だけれど。汝は分かっている。人は肉体のみで生きるにあらず。魂も大事な構成要素」
すでに、不意打ちの一斉攻撃は尽くした。
なお、倒し切れていない。
ミューズィカは、乾いた笑い声をあげ、ディアボロスと渡り合ってくれるが、代わるがわる戦ううちに、時間切れになる危惧もある。
そう、ジェネラル級自動人形『竜騎皇妃』ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネによる、撤退命令だ。ミューズィカの意志に関係なく、発せられるかもしれない。
「『北より至れ月冠す火』! 汝の名は語られず、刻まれず。その肉体も魂もここで滅ぶべし」
クィトは、真っ赤に燃える獣神杖で、連撃の手数をもって攻める。乎乎那のドレスもズタボロだが、『三日月波色灰弩螺(ミカヅキパイロハイドラ)』で、ハートブレイカーは鋸刃と何度となく斬り結んだ。
「一気に倒してしまいたいところ、だったけど……『JupiterEmbrace(ジュピター・エンブレイス)』!」
トバリは、闇夜の翼を広げ、いまいちど、超高速の一撃を見舞った。
流した血が、空に残るほどの。
「攻撃力は、出ています。決定的な命中が、どうしても得られません……!」
「ともだちパワーがあるかぎり、アンデレちゃんはとまらない」
小さな体が立ち上がった。
近接戦開始の合図で、みんなを追い越して真っ先に体当たりしたア・ンデレだ。
おでこから血が出ていたが、笑顔には少しも曇りがなかった。
ジェネラル級淫魔は、歪んだ笑みをかえす。
「ほほほ。うれしいでしょう、あなたも!」
『色』の波動に、幼い全身から血が吹き出しはじめる。
「すべてのともだちのために、アンデレちゃんのすべてをかける」
どこから『大脳殺』がくるのか。
赤いメダルの輝きに、ミューズィカの攻撃の道筋が、浮かび上がったように感じられた。『色』をかわしながら、飛ぶ。
「『ともだちからもらったパワーをこのいちげきにこめる(コノヨノジンルイハミナアンデレチャンノトモダチダ)』!」
最強の拳が、青白い頬に叩き込まれた。
淫魔ミューズィカは、半回転して倒れ、ア・ンデレも勢い余って、路地を転がっていく。
一斉砲撃に加わっていた者の中から、まだ戦闘にたえるメンバーが、屋根伝いに寄ってきた。
ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は、グローブ型VR楽器『Fonte de la musique』をはめた両腕を、震えながら掲げる。
「挫けるわけにはいきません。力続く限り……私には、大淫魔都市などという不名誉な名に貶められた音楽の都を、元の姿に戻すという使命があります」
ピアノの鍵盤が宙に現れた。ミューズィカも、鍵盤のついた鋸を杖がわりにしている。
弱った敵を照準サイトに入れながら、相原・相真(人間のガジェッティア・g01549)は屋根瓦に伏せていた。
「ジェネラルの大盤振る舞いとは、よほど淫魔大樹のエネルギーとやらが大事だったようで……がふッ」
吐血が、路地におちていく。大型拳銃も、支えるのがやっとだ。
音攻撃の応報に半分いかれた耳に、『ピアノソナタ「凱歌」 Allegro 第1楽章』が聞こえてきた。ソレイユが空中鍵盤で弾いている。
「グランダルメに巣食うジェネラルと接触するまたとない機会でした。逃して苦しむ人を増やすくらいなら、ここで撃破してしまいたい所です」
「同感ですね、街の人を巻き込むのは見過ごせません。……企みは、最後まできっちり阻止させてもらいましょう」
また、風が吹き始めた。
倒れた者も、立っている者も、ディアボロスが重ねてきた力だ。
「ソレイユさん、見えていますか?」
「ええ。相真も……」
導きの光をたどり、騎士が駆けてきた。
『凱歌』に召喚された馬上の幻想。ミューズィカの唇がなにかを叫んでいるが、彼女の社会は現出せず、槍の一撃に鋸剣は折れた。
相真は、半分塞いだ眼をこらす。そこにも、光の線が映り、照準サイトと一致する。
「……俺が、多少でも、削っておきます、よ……」
最後のトリガーは、右腕に装着された機械装甲が引いてくれた。弾丸のセレクトは実体弾。
ジェネラル級淫魔『ミューズィカ』の、美しい容貌から血をひとすじ、引きだすこととなった。
裸の彼女が起き上がってこないうえ、商業地区の方々から、当たり前の市民が、自分たちの有様に気付いて出す、当たり前の悲鳴が響いてきたので、ミューズィカによる放蕩儀式は止まったのだと、ほとんどのディアボロスは思った。
断頭革命グランダルメの行く末を、案じながらも。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー