大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『大灯台のファランクス隊を削れ!』

灯台ファランクス隊を削れ!(作者 大丁)

 大灯台の専用室で、ジェネラル級亜人銀将軍テウタモス』が、またもや怒鳴り散らしていた。
ディアボロスに逃げられたというのか!」
 怖れながら、と配下は縮み上がり、報告できるだけの報告をした。そのたびに怒鳴りつけられると判ってはいるが、これも任務である。
「潜入されただけでも恥辱だというのに、なんという事だ……」
 いらだたしげにウロウロしたのち、テウタモスは配下をねめつける。
「警戒を最大限に引き上げろ。ウェアキャット共も立ち入らせるな」
 個別の案件にひとつひとつ指示を与える。
 こっちはこっちで、大灯台の守将を任された者の任務だ。
 するうち、ジェネラル級の機嫌は上向きになり、しまいには高笑いになった。
「警戒を最大に引き上げた大灯台は難攻不落。何者も潜入など出来ぬ。仮に潜入したとしても、入口付近はトループスの待機場所にしたのだ、突破することなどできはせぬ。ガーハッハ!」

 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が案内しているパラドクストレインの行先は、『蹂躙戦記イスカンダル』だ。
「『死海の大灯台』に潜入していたディアボロスたちが無事に帰還されました。この事実も踏まえ、攻略旅団からは、大灯台の調査を続行する提案がでています」
 座席のあいだを行き来しながら、情勢を説明する。
「大灯台が、蹂躙戦記イスカンダルで重要な役割を果たしている事は間違いございません。ぜひその実態を解明していきましょう。また、大灯台制圧がかなえば、カナンの地を完全にディアボロスの影響下におけます。今後の、蹂躙戦記イスカンダルの策源地にもできましょう」
 直近では、セレウコス側からきた部隊との衝突もあった。
 そうした戦いでも後方からの支援が受けられるようになるかもしれない。
 時先案内人ファビエヌは、車両の端にもどってくる。
「塔の防衛能力は、砲台の役割を果たすトループス級の数に依存しています。上陸戦で多くのトループス級を撃破できれば、塔の防空体制に穴をあけ、いずれは、一気に頭頂部に突入する本格的な攻略に移れるでしょう。今回、お願いするのは、その上陸戦です」
 集まったディアボロスたちの顔を見回す。

「大灯台に向かう方法は、潜入調査によって得られた情報を利用いたします」
 操り人形に手伝わせて、ファビエヌは死海周辺の略図を広げた。
「大灯台には、内部から外の敵を攻撃するための、狭間の窓が多数用意されていましたが、持ち帰った情報を新宿島のコンピューターで解析した結果、大灯台からの攻撃が不可能な進入路が幾つか判明したのです」
 人形が、図に書き入れられた線を、尖ったものの先でなぞっていく。
死海の水中をルートにそって移動して、大灯台に移動。警戒の為に配置されている大群のトループス級を撃破して、数を削っていってくださいませ」
 ここで出撃してくる敵の戦力は、『ゴブリンファランクス兵』だ。
 数に任せた集団戦を仕掛けてきて、多彩な陣形変化も得意としているらしい。
「ゴブリンは血縁単位でまとまっており、大群にはそうした小隊が複数個ふくまれています。最初の相手は、このトループス級だけですが、戦闘が発生すれば、指揮官であるアヴァタール級『ゴブリンメイジ』が駆けつけて、指揮を執り始めるでしょう。名のとおり、ゴブリンから出世した魔術師で、陰険な罠や捕縛をしてきますから、術に蹂躙されないようお気をつけて。ゴブリンメイジを撃破できましたら、すみやかに撤退してください」

 略図と資料を車内に吊り下げ、ファビエヌは、出発前にプラットホームへと降りる。
「今回の作戦は、死海の大灯台攻略のための準備となります。トループス級を多く倒すのが主目的ですけれども、ディアボロスが正面突破に拘っていると、亜人側に思わせられれば、なおいっそうイイコトですわ♪」

 ゴブリン兵たちが集まっている室内で、ぼやく声がいくつも聞こえた。
「警戒任務で当番が増えたってのに、休息時間は、入口付近で待機だなんて、どうなってるんだ」
「休息くらい、休息室を使わせろってんだ」
「酒も女も切れてるってのに、なんだってこんな……」
 すると、同じファランクス兵で、ケープの飾りが一段多い者が通りかかる。
「しょうがねぇだろう、あんな所まで侵入者を通しちまったんだ。命があるだけ儲けものさ、兄弟」
「まぁ、クシャル隊長の言う通りなんすけどね」
「銀盾隊ならまだしも、俺たち下っ端は、簡単に殺されるからなぁ。……防衛部長も、首ちょんぱだったんでしょ?」
「いや、トステス隊のやつらの話では、深手は負ったが死んではいないらしい。まぁ、大灯台は難攻不落だ。ウェアキャットの立ち入りも禁じたから、侵入者はありえない。しばらくの辛抱さ」
 そう言って、クシャル隊長は席を外した。兵たちは、やれやれと肩をすくめる。
「『難攻不落』だってよ。銀将軍様と防衛部長の口癖じゃんか」
「女の下げ渡しもないんだ。もう十分辛抱してるよ!」

「大灯台への再攻撃ですね」
 テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、湖岸に臨む。
「先の潜入時には不覚を取りましたが、挽回してみせましょう」
「以前出会ったアシュラキュクロプスにも借りを返さなければいけませんからね……私たちを取り逃がした罰で処刑されている予感もしますが、そうであればいい気味です」
 やる気に満ちている、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)。
 まったくもって、待機室のゴブリン兵たちとは士気が違う。到着したディアボロスたちと、潜水の準備にはいる。
「へえ、湖なのに海なの?」
 装備の槍を確認しながら、イル・シルディン(気ままに我がまま・g05926)が疑問を口にした。
「大きすぎて海だと思われていたとかなのかしら」
「さあ……塩分のせいでしょうか。海水以上ですけれども」
 答えたのは、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)だ。
死海の水は目などの粘膜に触れれば激痛を伴い、誤飲は死に繋がり、触れているだけで肌から水分を奪っていくと聞いています。これは、常人の場合ですが」
 蹂躙戦記イスカンダル出身で、知恵の女神の信奉者だったことから、新宿島でも調べものに勤しんでいる。同時代人のクロエも頷いた。
「私も噂程度でしかこの海のことは知りませんが、ただの水と思うと痛い目をみるそうです。文字通りに。死海の底を潜り横断するなんて通常の人間には到底不可能……」
亜人たちの詰めの甘さが功を奏したな」
 キリ・ヴェルウィスト(小さき何でも屋・g08516)が、作戦に寄与していると、皮肉交じりに言う。
「彼らには周辺の地形や侵入経路に関する調査を行う思考がないようだ。……いや、あるにはあるが、適当なのか……難攻不落とは一体」
 これにもクロエは頷く。深々と二度繰り返し。
「やはり、亜人の愚かさですね。他のディヴィジョンと戦争するつもりがあるならば、想像力が欠如しているとしか言いようがありませんね」
 ふたりして、辛辣だ。
 もちろん、クロノヴェーダに同情する者はこの場にいない。テレジアは水着のうえから、魔剣を背負い直す。
「最終的には我々を撃退したことで、敵はまだ慢心している。本気で対策を取られて真実難攻不落となる前に、少しでも情報を集め、有利な状態に持ち込まねば」
「ああ、攻め込む隙があるならそれに準ずるとしよう」
 と、キリ。
「ねえ。湖か海かは?」
 イルが話を戻したので、エイレーネは少し口元を緩める。
「正史での古い呼び方が由来など、諸説あって判然としませんでした。私たちの言語理解能力が『海』と自動翻訳している可能性も……」
 ここで、視線を仲間全体にうつす。
「わからないと言えば、この水が復讐者にとってどれほどの脅威か……用心に越したことはないでしょう。特に今回は死海を泳ぐどころか、潜水するのですから」
「浮力の話なら、私も聞いたわ。『水中適応』で緩和できるものかしら」
 イル、そしてクロエに、キリも持ち込んでいるエフェクトだ。
「そいつも塩分濃度の関係だったか?」
 水面に浮かび上がってしまっては、せっかくの侵入経路も台無しである。
 各々が持ち込んだものを試しがてら、音を立てずに湖水へと入った。
 キリは、聞いた通り、自然と身体が浮かび上がってしまうのを感じたが、慎重に水をかいて潜った。当然、呼吸も可能だ。テレジアが、より速く沈んでいく。
 このために金属の塊である魔剣を背負い、重りとしていた。
 水着から露出した肌にも、大きな障害はなさそうだ。
 エイレーネは、現代のダイバーのような出で立ちである。新宿島でダイビングスーツやフルフェイス型水中眼鏡を用意し、皮膚の露出は極限まで減らしている。重りも、投棄が容易なもので、湖底にはいち早く達した。
 水深は、平均で200mくらい。
 潜水増備のライトで、じゅうぶんな照明がとれる。
 もう少し軽装備で、水中ゴーグルと重りを身につけたクロエは、死海を歩いて横断しはじめた。
 イルの槍は、湖底を刺すのに使われ、それを支えにして進む。
(「どうせ水に入るのだったら、衣装も払って泳ぎたかったのだけれど、戦いも控えているからって、我慢してしまったわ……」)
 周囲の者は、けっこう自由な恰好をしている。
(「そもそも、泳いで楽しい湖でもなさそう? 全然生き物とかもいなそうだものね」)
 準備時に話されていた厳しい環境のことを思い出す。
 たしかに『死海』であった。
 そのかわり、指示されたルートを辿るのは容易だ。上陸地点が水中からでも見えてきて、ディアボロスたちは進みが揃うように、いったん集合した。
 大灯台の防御設備、狭間の位置が判ったのは大きい。テレジアは、不覚をとったと悔やんでいたが、水からあがって再び戦闘準備し、正面にまわるまで死角にいられるのだ。
 地上の亜人たちの様子を、イルとクロエが先行して伺う。
 エイレーネが、『クリーニング』を使ってくれて、塩水に汚れた装備も元にもどった。イルはガジェット類の点検もし、突撃の合図を待つ。
「ここからも迅速にな。亜人の大群に、より多くの死をくれてやろう」

 大灯台への出入口とそれを守る狭間があきらかとなった。
 キリ・ヴェルウィスト(小さき何でも屋・g08516)は、壁にあいた細い穴が、拠点の足元を見張る設備と考える。
「酒も女も切れていて職務怠慢か? ここまで警備がザルだと呆れることもできないが」
 敵の手応えをはかるように、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は『神護の長槍』を、テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は『赫怒の魔剣』を構えて、近づいていった。
 後につづく、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は、自分の呟きで依頼を振り返る。
「まずは確認です。今回の目的は2つ」
 狭間に、動くものの気配があった。
「1つ。敵トループスを可能な限り殺すこと」
 外にいても、拠点内のあわただしさが伝わってくる。
「2つ。私たちが正面攻撃してくると思わせること」
 カンヌキかなにかを外す音が聞こえて、出入口に隙間が。
「この2つを成すことで、前回見つけた窓からの攻撃が減り、飛翔などを用いた侵入がやりやすくなると想定されます。つまり……」
 開け放たれた扉から、ゴブリンファランクス兵がわらわらと出てきた。
「とにかく、目の前の亜人どもを殺すだけですね」
 クロエはウツボカズラの種子を掴んだ。
 敵兵は、掛け声をかけている。だが、勇猛さというより、不平が混じっている感じだ。
「クシャル隊長ぉ。さっさと終わらせましょうよぉ。取り囲んだら、すぐっスよ」
「違いない。……トステス隊も、カンブジャー隊もそれでいいか?」
 最初に隊長と呼ばれたゴブリンと、同等の装飾をあしらった者たちが、槍で盾を叩いて同意を示したようだ。ファランクスが横にほどけると、包囲陣に組み変わる。
 士気は低そうだが、動きは悪くなかった。キリは、合点したように頷く。
「……取り囲んで袋叩き、ゴブリンがまさにやりそうな事だ」
 分散したことで、この大群が三つの隊でできていることもわかる。
「だがその攻撃は、袋叩きの対象が無力である時のみ効果がある。周囲に散開するような包囲陣はこちらにとっては良い的だ」
「ふふ……楽しみだよね」
 スラウニティス・ケルブシア(英雄殺しの巫女・g09078)が、舌なめずりをした。
 その唇で、蛮族の祈りを唱える。
「闘争と殺戮の女神よ、鍛錬と闘争で以て磨き抜いた我が心身を捧げよう。隔絶せし力を、向かう敵を悉く打ち払う力を授け給え!」
 筋肉質且つ女性的な美貌も併せ持つ……まさに戦女神と呼ぶに相応しいジンが姿を現した。
 神の化身はスラウニティスの身に宿り、力をもたらす。
 あわせてエイレーネの長槍が、テレジアの魔剣が、そしてキリのガジェットが包囲陣を削る。
 亜人の言葉をひろうならば、クシャル隊とやらが正面だ。クロエの投げつけた種子は急速に成長し、カリュブディスを象った巨大な怪物を作り出す。
 伸びる蔓が、ファランクスの槍をからめとり、小柄な亜人の身体を捕縛しては、捕虫器に放り込む。
 溶かされる悲鳴や、隊長の名を呼ぶ絶叫が、食虫植物の房から聞こえてきた。
「『カリュブディス・ネペンテス』……。この子は大喰らいなんです」
 クロエは怪物を伴って、敵正面に向かって行く。
「そして私も、まだまだ全然足りません。さっさと仲間を連れてきてください、全員殺してあげますから」
「ウヌヌ! わが兄弟は、餌食になどならぬ。ここを死守するぞ」
 隊長クシャルは強気を見せたが、弟たちが足首を掴まれ、次々と逆さに持ち上がる光景には、こたえているようだ。溶解液に浸かるドプンという音で顔をしかめた。
 戦況としても無理がある。
 ゴブリン側は、隊列を横に伸ばしたことで、深さが足りなくなった。ディアボロスに突破されるおそれも出てくる。
「オイオイ! どうすんだよ、トステス!」
「うろたえるな、カンブジャー。作戦をかえて、ファランクスフォーメーションを組み直す!」
 左右の二隊は、クシャル隊を残したまま、その後ろで合流し、共同で密集陣形になった。盾を構えて守りを固めている。
「深謀遠慮の結果、真正面からのぶつかり合いとなる……そういう時もございます」
 エイレーネは、むしろいい流れだと思った。
「単純の権化たるゴブリン共ですら『奴らは単純だ』と思ってくれるよう、荒々しく戦うとしましょう!」
「ああ。正面突破に拘っていると装う……私自身、真っ向から突撃する方が性に合っている」
 テレジアは応え、このふたりも左右に分かれて密集陣形へと当たりにいった。
「故にいつも通りにやればいい」
 魔剣の騎士はカンブジャー隊に、都市国家の守護者はトステスの隊にだ。
 『神護の長槍』に『神護の輝盾』を構え、エイレーネのサンダルは地を蹴り、ダッシュ力を高めて、急激に加速する。
「いっきに『恐れなき急襲の槍(アローギスティ・エピドローミー)』の速度へと到達して敵群とぶつかりましょう!」
 丸盾の列に衝突すると、エネルギーが弾けて爆発となった。
 トステスの部下たちが吹き飛ばされていく。
 最前列を失って穴が開くと、号令に従ってその後ろの兵が埋めにくる。敵の陣を突き抜けてしまいたかったが、エイレーネの長槍はそこまで届かず、体勢を整えるためにいったん退いた。
(「まだアヴァタール級との戦いが待ち受けていますから、消耗しすぎないように」)
 けれども、一撃目の爆発は、ゴブリンに無茶な当たりをしてくる相手と印象づけられたようだ。
 この後退を、次への助走と思ったらしく、丸盾の密度が上がっている。
 カンブジャー隊は逆に、緩まっていた。
 魔剣に破壊のオーラを纏い、テレジアは接敵面にとどまって相手の槍を薙ぎ払っている。
(「欲深いゴブリンどもが、酒も女もなく扱き使われているのだから、私を見れば誘惑するまでもなく殺到するだろう」)
 実際、守りを固めるはずの兵が、前に出すぎてしまい、盾の並びが一面の壁とならず、波打って不揃いだった。
「おまえら、女ひとりに何してんだ!」
「女がいるからです!」
 怒鳴る隊長に、言い返す部下。
 攻撃も雑で、へし折れた槍を抱えたゴブリンが下がらないために、テレジアをその場にいさせる隙となっている。
 やがて、防御陣が内側から突出して崩れるという、ファランクスの指揮役には不可解な事態となった。そのかわり、数に任せて女騎士を押し倒すことに成功する。
 伸びてきた淫らな手には、テレジアが怒りを煮えたぎらせるに十分な理由があった。
「消し飛べ――『獄災の衝撃(カラミティ・インパクト)』!」
 剣の魔力が解き放たれ、積み重なったゴブリン兵をまとめて吹き飛ばす。
「おい、人間の女ァ。ほんとはいま、休憩時間なんだ。これくらいいいだろ、……グハァッ!」
 しつこくしがみついている個体に、『ホーリーガントレット』の拳が強打された。
 前衛を破られて、トステスとカンブジャーの両隊長は、大灯台にむかって陣を下げながら、魔法の槍を伸ばす戦法に切り替える。
 もちろん、スラウニティスが怯むようなことはない。
「やっぱりネ、ちまちまとやれ調査とかヤるよりかはこうして殺し回るほうが性に合うってモンよね……!」
「ああ、なるほど」
 キリは、倒したゴブリンの死体をまたぎ越す。
「つまりは、大灯台制圧に迫るような武勲を上げろということか。現れる亜人共を片っ端から倒す、分かりやすくて助かるな」
 向かった先がカンブジャー隊だったのには、さして意味はない。
 亜人ディアドコイ)など、どれも同じだ。
 しかし、トステス隊長からは、スラウニティスに心当たりがあった。
「あの斧とナイフの文様はッ? 防衛部長の首をとろうとした……」
「さぁ覚悟しな亜人ども、塵芥の如く葬ってやるよ。そして貴様らの拠点を貴様ら自身の血肉で染め上げ! 神への供物としてやろう!」
 彼女は構わずに、両手に得物を持って隊列の切り崩し……いや、『斬り刻み』にかかる。
 『亜人髄の呪斧』は鉄製の斧だが、それ自体が魔力を帯びる武具にして祭祀具だ。ケルブシア族に伝わる儀礼用ナイフも、その儀礼にこそ実用が含まれるために切れ味は申し分ない。
 そして、いまのスラウニティスには『破滅の嵐(カテイギダ・エリピオン)』、闘争と殺戮の女神エニューオーの化身が宿っているのだ。
 ゴブリン兵たちには、もはや陣形もなにもなく、一体ずつ骸となって倒れるのみ。
 隊が全滅しないうちにトステスは、単身で蛮族戦士の前に出た。
「カンブジャー! 私の部下を預ける! あとは頼ん……っ!」
「覚悟しなって、言ったろ?」
 最後の指示を言い終わらないまま、スラウニティスの斧とナイフで、十文字に刻まれた。
 敗走してきた兵を受け入れたものの、ゴブリンの指揮者はうろたえている。
「オレか? オレらにか? あー、出入口を守れればいいんだ。下がれ、下がれっ!」
「その盾と槍で、近代兵器の前にどこまで粘れるか見物だな」
 キリは、『殺戮圏内(キルゾーン)』を発動する。
 虚空から、巨大ガトリング砲が召喚された。崩れかけの二隊混成は、制圧射撃で薙ぎ払われる。破壊される肉体のうち、どいつがカンブジャーとかいう奴だったのか、もはや判らない。
 前線を維持していた正面の隊が、クロエの植物に喰われて終わる。
 捕虫器がプッと吐きだした装備の残骸、レリーフの入った金属片が、遅れて到着したアヴァタール級のそばまで転がった。
 驚いた様子の、『ゴブリンメイジ』。
「これは、クシャルのケープ飾り……。ファランクス兵がもたなかったか。なんという突進力じゃ!」

 赤い水晶のはまった杖をかざし、亜人ディアドコイ)は呪文をとなえはじめる。
「守りを固めねば……影よ、大地よ、我が命に従え」
 両手を広げると、フードつきのローブがバタバタとなびいた。
 まるで、その後ろに大灯台を背負っているかのような姿を見て、キリ・ヴェルウィスト(小さき何でも屋・g08516)は、漆黒の拳銃を握りしめる。
「首魁のお出ましだな」
 ディアボロスとアヴァタール級とのあいだに、なにかを仕掛けられたことは確かだ。
「今度は魔術を使うゴブリンか。近距離と遠距離、テウタモスの采配はある程度はまともなようだ……」
 感心したような口ぶりだが、言い終わらないうちにキリの存在は希薄化していった。
 『告死纏(ブランク・ノイズ)』により、ゴブリンメイジの認知から逃れるように動く。周囲の影をできるだけ踏まないように注意した。ヤツの呪文が『シャドウマイン』なら、それらが爆発する危険がある。
「暗殺や夜襲も以前経験していてな。馬鹿正直に真っ向から立ち向かうつもりはない」
 甲高い、軽めの銃声があがり、こめかみから血をふいて小柄なローブ姿が石畳に倒れた。
 魔術師のすぐそばまで接近したキリが、拳銃を突きだして立っている。現出した彼のもとへ、ディアボロスたちも駆けてくる。影の地雷を避けながら。
 襲撃者らを睨む、ゴブリンメイジ。
 身を起こすと、深く刻まれたシワに、赤いものがつたった。
「ククク……。さすがだな」
「戦場に在るのは生か死か……そして次の死はお前だ」
 キリは取り合わず、攻撃とともに老ゴブリンへ、辛辣な言葉を浴びせかける。
「部下の残骸を見たんだ。お前も積み上がる死体の一つになる覚悟はできているだろう?」
「ああ。ワシも最期かもしれん。だが、任務はまっとうした。さすがは魔術の天才、ゴブリンにその名ありとうたわれたワシじゃ。ワシでなければ、そなたの不可視の術をやぶり、大灯台への侵入を防ぐことはかなわなかっただろう。誰か、テウタモス様にこの功績のご報告を……」
 出血がひどくなり、なにか世迷言になってきたが、ゴブリンメイジはまだ、次の呪文をとなえるつもりのようだ。

「……ちょっと。意識をちゃんと持ってください」
 クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は次なる種子、オトギリソウに感情を注ぐ。
「正気を失うには恐怖も痛みも、まるで全然足りていないんですから」
 それは、尽きることのない怨恨だ。
 ゴブリンメイジの魔術がどのようなものか。テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は警戒しながら剣を構え直す。
「失った前衛を補充される前にケリを付ける」
 トループス級の槍に、水着の肩ひもを引っかけられた気がしたが、後回し。
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も、敵が詠唱しているうちに、こちらからの仕掛けをうとうとする。
「死を覚悟し最期まで戦う気概、亜人にしては上等なものと言えますね」
 大灯台前の戦場には、ディアボロスの残留効果とクロノヴェーダの呪文によって、実体と魔術の罠が隠され、その位置が文様を描いているかのようだ。
 複雑な儀式を目で追っていると、おかしな気分になってきて、スラウニティス・ケルブシア(英雄殺しの巫女・g09078)は苦笑をもらす。
「先の反応を見るに、僕の『手口』はバレてるかも……。飛んだり跳ねたりも、地上に注意を引き付けておくためには、控えたほうがいいかな?」
「イヒヒ、あっしはしがないウィザードですけどね」
 レオネオレ・カルメラルメルカ(陰竜・g03846)は、はっきり笑ってしまっていた。
「たまにいるんですよ、異能に秀でたヤツが」
「子鬼の……魔法使いか。なるほど子鬼界ではエリートってわけ」
 スラウニティスは斧とナイフで軽く素振りした。その隣に、テレジアが来る。
「有象無象のゴブリンより……下手をすれば人間よりも知恵があるのか。ますます生かしてはおけん脅威だ」
「ま、エリートだろうと雑兵だろうとコマ切れにして供物にするだけなんだけども」
「その意気でさあ、お嬢ちゃんがた!」
 お調子のいいことを言うレオネオレを一瞥して、テレジアは眼鏡の奥の瞳を光らせた。
「フフ、魔術師は物理で叩くに限る」
 あとは、鬨の声をあげて、これ見よがしに突撃するだけだ。スラウニティスも、猛攻をかける。
 ふたりの武器は、老ゴブリンに脅威を与えた。
「刃物に頼りおって、ワシは防衛部長のようにはいかんぞい!」
 魔力塊と影爆発で牽制にくる。
 テレジアとスラウニティスは、なんの符丁も示し合わせもなしに、魔剣と呪斧、それに儀礼ナイフを手放した。
「なんじゃ……と?」
 注目していた物体のそばに、使い手の姿がない。
 出来たメイジの隙間に、徒手空拳となった薄着のふたりがねじ込んでくる。
「打ち砕く――『破壊の拳(デモリッション・ナックル)』!」
「一刀のもと斬って捨てる、『魔脚斬(ラクティズマ・トミ)』!」
 拳が脇腹にめり込み、斬撃が首飾りごと鎖骨のあたりを裂いた。ビーズを撒きながら、ゴブリンの身体が吹き飛び、二度目の転倒をする。
 テレジアは、大剣を自在に振るう膂力を、余すことなく叩きつけており、スラウニティスは『斬れる蹴り』をはなったのだ。大灯台潜入で、武器と技の情報が漏れていたとしても、ディアボロスの連携には対応できまい。
 アヴァタール級は、仰向けになったまま杖をかざしている。
「我が魔力よ、蹂躙を……ぐふっゴホッ」
 戦場に爆発を起こして、身を守るつもりのようだ。テレジアとスラウニティスは、放った武器のところへすぐ戻った。入れ替わりに、鳥の乙女が魔力体にぶつかっていく。
 オトギリソウの種に怨恨の感情が注がれて成長した、『ハルピュイア・ヒペリカム』だ。
「ゆっくりと殺しますから、今度は途中でボヤケないように」
 クロエは、葉の翼をもつ怪物たちに波状攻撃を仕掛けさせ、数体が爆発で吹き飛ばされようとも、後続には爆炎に紛れてのさらなる接近を命じる。
「最期まで死を噛みしめて下さいね」
 ハルピュイアの一体が、魔術師のローブにとりつき鉤爪をたてると、次々とたかった。肉をかじらせ、えぐり取っているようだ。ゴブリンメイジは、なすがまま解体されるかと思いきや、鳥の逆襲がはじまった。
 魔力塊を鳥型にしたものだ。
 乙女を退けると、術者の身体を引き上げる。
「ほれぼれするのお。ワシの偉業は、末代まで語りつがれるじゃろうて……」
 不敵に笑うが、ボロキレが人形操りで吊り下がってるみたいな恰好だ。魔力塊の一部は、クロエのところまで飛んでくるものの、彼女の動きを封じることなく、エイレーネが差し出した『神護の輝盾』に受け止められた。
「よいでしょう。わたしが後でテウタモスに報告して差し上げます」
 『神護の長槍』の柄が水平になる。刺突の構えでエイレーネは、突撃する。
「──大灯台を守る兵士は奮戦するも、復讐者を止められなかったと」
「何を言うか、お前たちはワシの鉄壁を崩せず、銀将軍の防衛部隊に討たれるんじゃ!」
 口だけは達者だ。
 長槍の穂先を恐れて、吊られたまま後ろ向きに逃れ、物理罠のワイヤートラップに引っかかって、ついに動けなくなった。
 エイレーネは、突き出していた槍を一転大きく引き、『流星が如く燃え立つ投槍(アコンティオー・フロガス)』として投げつける。
「あなたの名声と武勲は、今ここで終わります!」
 狙うは胸、心臓を穿つ貫通撃。
「がぁ……ッ、ふぅっ!」
 背から飛び出した穂先は、壁の狭間からも見えたはずだ。神護の長槍はすぐに抜けて、エイレーネの手元に戻った。
 どこからともなく低い声で、呪文の詠唱が響いてくる。
「我招くは天星の如く数多の尖氷、汝ら慈悲なく凍てつき射屠られるだろう。……『アイスニードルガトリング』」
 レオネオレが、大仰な仕草で召喚する、無数の凍てつく氷の針。
 ちょっとオーバーキル気味に、動かなくなったローブを細切れにする。
 敵の指揮官にトドメを刺したレオネオレだが、金色のドラゴニアンの本領発揮はここからだ。
「さすがは、ゴブリンメイジだあ! しがないウィザードのあっしとは実力が段違いでやした。相打ちに持ち込むのがやっと。今日は帰ってやるからなあ! 覚えてやがれえ!」
 格下の芝居をしているあいだに、ほかのディアボロスたちをすみやかに撤退させる。
 大灯台の出入口からは、さらなる増援が溢れてくるので、レオネオレ自身も振り返って駆け出した。
 その背中で亜人ディアドコイ)たちの勝どきを感じる。
 どうやら、『難攻不落』を維持したつもりになっているらしい。ヤツらの損失は、アヴァタール級1体とトループス級の大群だというのに。
 ディアボロスによる防衛機構の削りは、ひとまず成功した。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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