大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『大灯台への貢ぎ物』

灯台への貢ぎ物(作者 大丁)

 ジェネラル級亜人銀将軍テウタモス』は、配下が飛び上がるほどの音量で怒鳴った。
プトレマイオス殿からの補給はまだか!」
 大灯台の上階に設えられた、専用の部屋でのことである。
「酒も女も、もはや残っておらぬのだぞ!」
 不機嫌極まりない。
 配下の亜人が、おそれながら倉庫は空っぽと答えると、フンと鼻を鳴らす。
「ウェアキャット共に伝令を送れ、これ以上遅れるようならば、お前たちの首を跳ねるとな!」

 新宿駅グランドターミナル。
 時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が、パラドクストレインの車内で、新たな作戦の説明をしている。
「蹂躙戦記イスカンダルの探索が進展したようですわ」
 プトレマイオスの領地である『カナンの地』に残っていた、訓練中の亜人たち。その撃破が成功し、『カナンの地の制圧』を、一歩前進させる事が出来たのだ。
「ただ、カナンの地を完全に制圧するには、『死海』の中央に建てられた亜人の拠点『大灯台』を墜とす必要があります。『大灯台』は、強い力を持つクロノ・オブジェクトであると想定されており、この大灯台の陥落がかなえば、蹂躙戦記イスカンダルを攻略する上で、重要な情報を得られると期待されています。もちろん、防衛態勢は万全、不用意に近づけはしないでしょう」
 案内人が提示したのは、ウェアキャットを利用した潜入作戦だ。
死海付近の集落に向かい、彼らが大灯台に贈る貢物にまぎれるのですわ。エジプト奪還戦でプトレマイオスを撃破したので、補給を滞らせているようです。集落にかわって用意してください。食べ物やお酒、あと女性もね」
 ここでなぜかウインクするファビエヌ。
 潜入が成功しても、敵の拠点であるため、潜伏し続ける事はできず、どこかのタイミングで正体が露見してしまうだろう。その後は、敵と戦いつつ探索を行ない、頃合いを見て脱出して欲しい、とのことだった。

「まずは、ウェアキャットとの交渉を行う必要があります。ウェアキャットは、強い物に従う性質があるので、力を見せつければ、無理矢理言う事を聞かせることが出来るでしょう。ですが……」
 黒手袋の指が、車内の吊り革をつつく。
「力のみで抑えつけた場合、亜人との接触時に裏切られる危険性もあるので、そうされない工夫が必要かもしれませんわ。交渉が終わった後は、大灯台へ運び込まれる貢物を利用して、内部へと入ってください」
 貢物は通常、地下の倉庫に置かれる。
 特別な貢物の場合は、大灯台を支配する亜人の将軍の元まで直接、献上される事もあるようだ。
 将軍との接触が出来れば、危険は大きくなるが、より重要な情報を得られるかもしれない。
 ファビエヌは、塔の上下を表すように、しゃがんだり背伸びしたりした。
「大灯台の探索は、敵と戦いながらになるので、ゆっくり時間を掛けてとはいかないでしょう。トループス級の『氷槌の岩トロウル』を相手にすることになりますわ。訓練生と違って、正規のね。ですから、短い時間で情報を集めるために、探索したい目標を絞って、迅速に行う必要がございます。とにかく全て探すとか、怪しい気配のするものを見つけるとかいった、漠然とした目的や行動では、成果は見込めないかもしれません」
 ある程度の探索を行った後は、ディアボロスの退路にアヴァタール級が立ち塞がる。
「『アシュラキュクロプス』……。体高5m程の単眼六腕の亜人ディアドコイ)です。格闘が得意で、これを撃破したのち、速やかに撤退してくださいませ」

 出発するトレインを、ファビエヌは見送る。
「作戦の目的は、大灯台の情報を得て脱出することですわ。どうか、引き際をお間違えなきよう。いってらっしゃいませ!」

 湖岸には、『死海の大灯台』を眺められる位置に、ウェアキャットの集落があった。
 亜人ディアドコイ)たちの世話をする者たちである。エジプト奪還戦以降、彼らのあいだで深刻な問題が持ち上がっている。
「肉に酒に女を送れと、大灯台から矢の催促だ」
「なんとか待ってくれと申し出たアサドが、見せしめに殴り殺された……」
 ささやきにも、震えが混じる。
 補給路が断たれ、差し出せる物がなくなってしまったのだ。
「女だって、もう残ってないんだ。どうすれば……」
「このあたりに人間の集落があれば襲って奪ってこればいいのだが、そんな話は聞いたことが無い」
 困ったあげく、でてくる重い推論。
「これ以上、貢物が送れなければ、俺たち全員が殺されてしまうだろう」

 猫の耳と尾をもつ者たちが、寄り集まって相談しているころ、ディアボロスたちも死海の湖岸に到着していた。
 顔ぶれの中には、同種族も含まれている。
 例えば、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)だ。
 遠方に大灯台を望み、集落の建物群を確認すると、テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、つい口走った。
「現地のウェアキャットのこと、あまり信用できませんね……」
 前述した事情もあり、すぐに付け加えられる。
「……復讐者になった者はともかく」
亜人に仕える同胞への苦い感情を、わたしも否定できません」
 エイレーネは、生真面目に答えつつ。
「ですが、彼らに選択肢がないのも事実」
 琥珀色の瞳を、わずかに揺らした。冰室・冷桜(ヒートビート・g00730)は、首を斜めに傾ける。
「ま。相手がどうあれ、ただ力で脅すだけなのはどーにもね」
 メーラーデーモン『だいふく』には、いざとなったらこいつでアピールしろ、と電磁槍を持たせているけれども。
「もちろんです。彼らを説得しなければ、潜入作戦は成り立たない」
 と、テレジア。エイレーネもまた、頷きかえす。
「どうにか、亜人の支配とは、異なる道を示したいですね」
「交渉しましょう。ディアボロスとウェアキャット、お互い得になる、ね」
 冷桜が、『友達催眠』の残留を推し、ほかにも意見はあがったが、集落に対して好意的な態度で臨むと決まった。
 いつ、『亜人ディアドコイ)』の使者が、拠点から渡って来るとも限らない状況なので、冷桜たちの接近はすぐに捕捉された。
「我々はあなたがたに危害を加えるつもりはありません」
 テレジアも残留効果を上乗せする。
「人間……? ああ、遠方からようこそ」
 昔馴染みのように集落の相談場所に通されて、困っている現状について打ち明けてもらえる。
亜人に従わなければ死ぬしかない生活の苦しみは、よく知っています」
 エイレーネの同情的な言葉からも、彼らの信用を得られた。ゆえに、来訪の目的を告げると驚かれる。
「我々は、大灯台に襲撃をかけます」
「あなたがたに、危害が及ぶようにはしません。我々はあくまで亜人の敵対者、です」
 念押しするテレジア。冷桜が段取りを説明する。
「てーわけで、お願いは簡単。こちらには、食べ物と女の用意があるのよ。亜人に渡す時にちょーっと気づかないで欲しいだけ」
 ウインクされて、猫耳たちは互いに顔を見合わせる。
「例えば、食べ物の中に人が紛れていたり、連れてった女の拘束が緩かったり、とかね」
 冷桜のはなしは続く。
「貴方たちはただ気づかなかっただけだから亜人に逆らったことになんてならないし、たまたま連れてった人間が反抗的だっただけだから貴方たちは無関係で被害がでることもない」
「そう。あなたがたの、『供物を献上した』という実績は残る」
 テレジアが、誘惑めいた眼差しをみせた。
「我々の目論見が破綻したとして、そのまま供物となるだけ」
「じゃ、じゃあ、あんたさんが……」
 住民のひとりが、銀髪金瞳の少女騎士を指差す。値踏みされたと気がついたが、テレジアは不快感をあらわさずに首肯し、提案を押した。
「あなたがたは足りない供物を調達したい、我々はあの灯台へ侵入したい、いかがです?」
「その上で……我々が大灯台に襲撃をかけるのは、皆様にとっても悪くないはずです」
 エイレーネが、付け加える。
「大灯台が混乱状態にある間、皆様は我々が渡す食料を持って逃げることもできます」
 ウェアキャットのファランクスランサーは、干し肉などの保存食を取りだした。
「逆にこの地に留まるとしても、暫くは献上品には困らないかと」
「我々が勝利したならば、亜人の脅威がしばらく遠のく。事態がどちらに転んだとして、あなたがたに損はありません」
 テレジアが言うと、相談に集まっていた者たちは、提供された保存食とのあいだで視線を行き来させはじめた。
「どうか、善き決断を」
「おーけー?」
 返答を求める、エイレーネと冷桜。
「よ……よし。私たちは、何も知らなかったことで、通す。それで、いいんだな?」
 代表者が、慎重に確認してきた。
 協力に承諾を得られたことで、エイレーネが、『口福の伝道者』を発動し、食料を増やしてみせる。
 そのとたん、どこか半信半疑だった空気が消えた。
「すげー!!」
「まるで、魔術だ!!」
 食料と女の実物を見せられて、集落のウェアキャットたちは小躍りをはじめたのである。

 貢物を収めた荷を、集落のウェアキャットたちが運ぶ。中身の一部には、ディアボロスが潜んでいた。
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)だけは、同族ということもあって彼らの服を借り、ともに荷物をかつぐようにした。
 出来るだけ平凡に見えるよう努める。
「贈り物と偽って敵陣に潜り込む、まるでトロイアの木馬ですね……」
 大灯台の入り口には、門番のほかに下級指揮官のようなトループス級がおり、集落の代表者に自ら話しかけてきた。
 やはり、久しぶりの貢物だからだろう。
 不足によって、文字通り首が飛ぶのは彼も同じようだ。エイレーネが交渉役に加わっても、喜びが勝って警戒がゆるい。
「大変お待たせして申し訳ございません。供物が手に入りました故、献上いたします。美酒と、特に極上の美女をお持ちしました」
 エイレーネが手招きすると、手足に枷をはめられた、人間の女が進み出てくる。
 身に纏うのは、簡素な衣。
 そこからうかがえる、スタイルの良さは、亜人の指揮官をして、鼻の下を伸ばさせた。テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)の変装である。
(「自分で言うのもなんですが、亜人が求める『仔を産ませる雌』としての水準は充分以上に満たしている筈……」)
 上目遣いに、キッと睨む。
 しなを作るような、なまめかしい態度は、あえてとらない。そんなテレジアの姿をふさぐように、エイレーネが割り込んだ。
「いずれもテウタモス様に相応しい品です」
 そう言われて、下級の指揮官は、あわてて表情を引き締め、とりつくろう。
「うぇ? あ、ああ。品質は十分だ。ごくろう」
「お怒りでしょうから、何卒疾くお届けくださいませ」
 エイレーネの念押しにより、この亜人を先導に、前後に番兵をつけたかたちで、大灯台の内部を上に向かうこととなった。
 すなわち、ジェネラル級亜人銀将軍テウタモス』の部屋へ、である。
 道中も、テレジアに対する番兵たちの視線には遠慮がなかった。
(「部下に『味見』されるようなことも……ない、筈。献上品を傷物にしないという最低限の理性があることを祈りましょう」)
 外からの見立てでは、まずまずの高さまで灯台内を登ってきたはずだ。
 しかし、進むにつれて、最後尾のウェアキャットの動揺が、辛抱できないほどに増してきた。
 足をがくがくと震わせている。貢物を倉庫に置いて、すぐに帰れるつもりだったのかもしれない。
「おい、おまえ……」
 と、すぐ後ろの亜人に声を掛けられただけで、悲鳴をあげてしまった。
「ひぃ~! せ、先頭にいるウェアキャットは裏切り者です! 助けてください!」
 と、エイレーネのほうを指差す。
 同行のウェアキャットたちは、直後こそとまどうものの、運んでいた荷物を放り出し、亜人兵の後ろに殺到した。
 かくまわれるためである。
 荷のなかのディアボロスたちは、布の覆いを内側から破り、あるいは壺や箱から飛び出した。
「土壇場で裏切られるとは」
 テレジアも、緩めにかけられていた拘束を破壊し、自由になる。
 先導の指揮官を押しのけたエイレーネと仲間たちは、大灯台のさらなる上階を目指す。

 逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)は良いか悪いか、どちらともとれる事態を口にした。
「この先に、テウタモスがいるのは間違いなさそうだ」
 大灯台を上がれるところまで上がってきたものの、警備が一段と厳しくなったため。
「敵地で孤立し、潜入が露見している状態で、ジェネラル級を突破して大灯台の頂上に向かう……それは不可能だろう」。
 貢物に隠れたままで銀将軍の元に案内されていれば、あるいは専用部屋経由で行けたのかもしれない。
「叶わなかったのは、裏切りにあったためだが……十分だ」
 ウェアキャットたちを責めるつもりはない。
「彼らを戦闘に巻き込まずに済んだし」
 むしろ、オルカは心の奥で礼を言った。
 ディアボロスの後ろからも、亜人ディアドコイ)の兵士が迫って来ている。移動し、戦闘をはさみながらも、同じ頭脳が冷静な思考を巡らせる。
「時先案内人は、大灯台の陥落につながる情報を探索してほしいと依頼してきた。短い時間しかなくとも、何か見つかるはずだ。何を探せばいいんだ。どうすれば見つかる……?」
 振り返ったとき、氷槌の岩トロウルが階段を飛び越え、天井付近まで伸びあがったところだった。
 2.5mもの体高が、空中で前回りをしている。
 勢いを利用して、氷槌を叩きつけてくるのか。
「トロウルに用はない。大灯台の価値を知っているかも怪しいしな!」
 導きの光が、床を這うようにつながり、オルカはそれに沿って身をかわした。
「頼んだぞ、モ助!」
 モーラット・コミュに命じる。
 インパクト攻撃をはずした岩トロウルたちに、電撃を放ちながら突撃させた。
「倒せずとも距離を稼げれば十分」
 バウンドするように帰ってきたモ助を、オルカは抱きとめる。
「倒せずとも……?」
 自分の言葉を反芻した。
 そもそも、この人数で大灯台を制圧する事は出来ない。
 ならば、後に続くディアボロスの為に、侵入や攻略に有効な情報を持ち帰るのが重要だろう。
「戦って脱出するだけでも、通路の構造や脱出路……攻略時は進入路か。そうした道筋や、敵の防衛態勢など、『次に大灯台に攻め込む為の情報』が得られるはずだ。……みんな、がんばろう」
 別行動になった仲間にも、パラドクス通信で声をかけた。
 通話状態に不安定さがあったものの、オルカは全員で帰還するのだと、心に誓う。

 大灯台に潜入していたディアボロス一行は、戦ううちに分散してしまった。
 氷の槌を振るう岩トロウルが、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)に襲い掛かる。
 死への思いがよぎった。
 諦めたのではない。一度経験したそれが、スノードロップの種に注がれると急成長を促す。
「種子に宿るは我が滅び、芽吹け『テュポーン・ガランサス』!」
 植物が怪物テュポーンの姿となり、頭部に見立てた花から強烈な炎を吐き出した。トロウルが発する冷気を押し返していく。
 別の個体が、床を蹴って跳躍した。
銀将軍様のお部屋には近づけさせんゾォ!!」
「テウタモスたぁ、中々シブいチョイスだねぇ」
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、『テンペスト・レイザー』に、呪詛の鬼火を纏わせる。
「史実じゃ、精鋭部隊・銀楯隊の指揮官だよぉ。『呪式:威鬼衝天(ヘクスアーツ・スカイリーピング)』!」
 跳躍からの氷槌振り下ろしを、燐寧は体ごとコマのように回転してブッ飛ばした。
 追い打ちで鬼火が燃え移り、冷気の亜人を熱する。
「……もしかして、隊の方も存在してるのかなぁ? 少なくとも、こいつ程度じゃないっ!」
 固そうな岩の皮膚は焼け焦げて、大柄な人型が崩れ落ちる。燐寧の回転も減速していった。
「はぁ、はぁ……。ま、そのあたりは、また今度、調べよぉ」
 警備の岩トロウルにトドメを刺したものの、やはり探索はこのフロアが限界だ。
 残念ながら、明らかに別格で重要そうなものは無さそうだった。しかし……。
「クロエちゃん、あれ。外壁にあいた『窓』だよねぇ」
 『完全視界』を使っていたので照明の程度は無視してきたが、通路の一方にだけ差が認められる。
「近くで調べてみましょう、燐寧」
 亜人を退けられていることを確かめながら、クロエは光のさす方へと向かう。
「それなりの高所まで登って来ました。大灯台本来の役割は分かりませんが、防衛拠点としても使うのであれば、攻め寄せる敵を高所から狙うための兵器があるのではないでしょうか」
「特別なクロノ・オブジェクトとかぁ?」
 燐寧の期待はまた外れ、窓は縦に細くあいているだけで、例えば『フローラリアの生贄砲』のようなものが大量に設置されていることは無さそうだ。
「でも、すごい兵器が備わってるわけじゃないって判ったな」
「ええ。私たちだけではここまで入り込めませんでしたし、彼らの存在はプラスかマイナスで言えばプラス」
 クロエは、貢物を運んだ者たちの話をしている。
「役には立ちました。感謝はしておきましょう」

 逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)は、復讐の刃で手榴弾を投擲した。捨て身の一撃を放ってきた岩トロウルの姿は、爆発のなかに消える。
「……パラドクスで壁に穴が開けば嬉しいのだがな」
 大灯台そのものが、強い力を持つクロノ・オブジェクトと想定されていた。一応、爆発でついたススを払って、ヒビなどが入っていないのを確認する。
「出入りに使えそうな抜け道、か」
 壁から目を落とすと、隙間のようなものが見えた。
 小動物が隠れられそうな大きさがある。
亜人が通れずとも、この空間なら、脱出時に使えないだろうか……」
 追っ手に用心しながら、姿勢を低くした。が、隙間の先が抜けているのか、袋小路なのかは調べられない。
「通路として用意されたものではないな。どこかに繋がっていることもなさそうだ」
 ディアボロスの変身でも、猫程度の広さは必要だ。隙間はそれよりも狭く、有効利用は難しい。
「単純に考えるなら、飛翔や壁歩きで外から窓を使い侵入……なんだが、敵もそれは警戒してそうな気がする」
 オルカは立ち上がり、ほかの隙間を探しながら通路をつたい歩きしていった。
 まさにその窓の前で燐寧とクロエに合流する。
「よし。モ助を窓から外に出し、外部からの侵入が可能か確認してみよう」
 ふたりから様子を聞いたオルカは、モーラット・コミュにお願いする。窓ガラスが嵌っている訳では無いので、通り抜けは簡単だった。
「これは、日本の城における『狭間』じゃのう……いや、窓の目的は『空から侵入してくる敵を討つ為の防御施設』と想定される」
 内側から強行突破するだけなら可能だが、そのあと飛んで逃げようとすれば、ほかの窓から集中攻撃されるだろう。
「勿論、侵入しようとしても同じだな。地上の敵にも対応できる。一つの窓につき複数人が同時に攻撃できるような工夫がされているようだ……」
「攻撃については、トループス級が担当しているのでしょうか」
 クロエが言い、燐寧も同意する。
「クロノ・オブジェクトの砲台を用意するよりも、トループス級を配備した方が、効率的だもんねぇ」
 どうやら、大灯台の防御施設という情報が手に入ったようだ。

 ダストシュートのように、垂直に穴が開いている場所がないか、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は探していた。
 侵入経路となりそうな開口部だ。
 戦いながらでもあり、岩トロウルの氷鎚を、『神護の輝盾』で受け止めた拍子に、思い至った。
「見つからない、はずです……」
 盾を挟んで、大柄な体躯がある。
 相手はクロノヴェーダだ。ゴミ捨てに不自由などするものか。
 亜人にダストシュートは必要ないのだ。世話をする者たち、ウェアキャットたちの顔がまた浮かんだ。
「わたしは同胞を責めません。ここまでの案内だけで十分です」
 『神護の長槍』を、岩の肌に突き立てる。
「詰めの甘さは戦働きで取り返します!」
 探索を続ける仲間たちにかわり、警備の亜人を食い止めた。戦闘の合間に、『パラドクス通信』を新たに開く。
 今度は、良好な感度を得られて、周囲の状況もわかってきた。
 このまま、大灯台に留まるのは、きわめて危険だ。
「エイレーネです。撤退しましょう」
 すると、数人で合流済みらしいオルカから、返事がある。
「大灯台の防衛設備の概要は判った。全員で撤退しよう。可能ならば、各階の窓位置を確認しながら降りて行ってくれ」
 了解する声が続き、エイレーネは、脱出路を切り開くため、立ち塞がる敵群に臨む。
「穢れし者よ、雷霆の裁きに慄きなさい」
 長槍の穂先から、『雷霆の痛撃(ケラヴノ・フティピマ)』を放つ。
 トループス級亜人『氷槌の岩トロウル』に雷撃が命中し、隣り合った敵にも感電していった。下方への突破ののち、ディアボロスたちは、再び一団に固まる。
 最後に、地上階への道に立ち塞がったのは、単眼六腕。
 体高5mの筋肉質な亜人だった。

 このアヴァタール級は、フロアを上ってきたようである。
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、興味深げに言った。
「わーお。これまた怪しい奴が出て来たねぇ」
「ハッ! 図体のでかい一つ目巨人のお目見えか」
 小さい体躯のスラウニティス・ケルブシア(英雄殺しの巫女・g09078)が見上げる。視線を同じくしながら、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は、魔法触媒の種子入れを手繰り寄せた。
「先ほどのトロウルたちの倍はありそうですね」
 だが、大槌のような武器は持っていない。素手を、握ったり開いたりしていた。
「6本の腕……逃げ道を塞ぐにはうってつけですね」
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、『神護の輝盾』を押し立て、『神護の長槍』を短めに持ちなおす。テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)も、幅広の魔剣を胸元に引いて構える。
「閉所における巨体はそれだけで障害足り得る、厄介ですね」
 ここまで突破してきた通路からは、トループス級たちによる喧騒が近づいてきている。燐寧は、少しだけ振り返った。
「いつ追いつかれてもおかしくないんだ、こいつに時間は使ってられないよぉ」
「ああ。ここに長居は無用だ。デカい奴だが、スピード重視で突破を目指そう」
 逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)が決意を新たにすると、その背丈が伸びた。白髪はそのままだが、容貌が年を重ね、長身の爺といった姿に変わる。
 彼のネメシス形態だ。
 データ粒子化していたガジェットを具現化する事で、特殊な銃弾を作り出し、銃にセットする。
「狙うのは、目じゃ」
 しかし、六つの手のひらが顔を覆った。銃撃を避けながら、牙の生えたデカい口で恨みがましく言う。
「俺としたことが、ちょっと目を離した隙に。この場で始末して、帳消しにしてやる」
「『重要拠点を探られたからには』って? コッチも、ハイそうですかと、死んでやるわけにはいかないんだよね!」
 スラウニティスの挑発に、アヴァタール級亜人は顔をしかめた。
 もしかしたら図星で、入り口のところにいた下級指揮官の、そのまた上官なのかもしれない。
「じゃ、闘(ヤ)ろうか。門番族の族長さんよォ!」
 太い指のあいだを通そうと、スラウニティスは弓で矢を射る。目玉には届かなかったが、最初からただの目晦ましだ。
 すぐに斧とナイフを手にして駆けだす。
 ディアボロスの足並みも、そのタイミングに整い、いっせいに接敵した。亜人は、腰を落として床を踏みしめ、『阿修羅六連掌』を繰り出してくる。
「巨人退治は騎士の誉れ!」
 テレジアは、魔剣の腹を盾代わりに拳打を受け流す。
「逃げるにしても倒すにしても、足を奪うのは有用な筈。……探索で役に立てなかった分はこちらで挽回します」
 魔力を地形に浸透させる。
 『泥濘の地』が起こり、床は柔らかくなって、亜人の裸足が、ズブズブとめり込んでいく。
「ぬう、人間が魔術を? これしきで……」
「『獄災の衝撃(カラミティ・インパクト)』!」
 体勢をもどそうとする巨体へ、今度は破壊の魔力をまとった魔剣を叩きつけ、嵐のように解き放った。
 勢いにのけ反り、片足をさげた機会を逃さず、テレジアは亜人の背面側へと渡る。数人のディアボロスたちがいっしょに駆け抜け、それを守る位置についた。
 一ツ目は憤慨する。
「また、ちょっと目を離した隙に!」
 凝視からの念動力を発揮するつもりだ。半身になって、通路の前後に相対しようとする。
 裸足を沈めた泥濘に、クロエの触媒が撒かれた。
「種子に宿るは我が憎悪、芽吹け『ヒュドラ・アマランサス』!」
 多頭の怪物が沸き上がり、太い脚に絡みついた。
 この拘束で、門番代表は上階に向かってしか、見張ることができなくなる。
 植物でできたヒュドラの頭を、殴って退けようとする六本腕だが、潰すさきから再生してきた。
「アマランサスは、決してしおれません。……敵の足は止まりました。撤退しましょう」
 クロエは、亜人の正面がわに残った仲間とともに脱出をはかるが、ヒュドラの処理をあきらめた敵は、空振りを繰りかえす。
 それが空気への乱打につながり、巨大な拳型のエネルギー塊を打ち出してきた。
 避けたり、受けたりするうち、クロエたちは、また上階がわに取り残される。
「これが『試練』を越えた個体ということですか」
「ですが、押し通らせていただきます。……今日の戦いを未来へと繋げるために!」
 エイレーネが飛翔した。
 屋内なうえ、道は塞がれているが、天井は敵の頭よりは高い。いったんは、上に行って注意をひきつけ、急降下して『悪鬼制する戒めの鎖(デズマ・カタストリス)』を発動した。
「暴虐なす者よ。直ちに足を止め、頭を垂れなさい!」
 くるぶしまで埋まった泥から、光り輝く黄金の鎖が伸びてくる。
 植物のヒュドラが脚なら、戒めの鎖は多腕に絡みついて動きを止めた。エイレーネは身を起こし、『神護の長槍』を単眼に突き入れる。
 貫通、とはいかなかった。
 槍をすぐに引き戻す。『神護の輝盾』をかざすと、クロエを陰に庇って、ともに敵の脇を抜ける。
「この灯台があなたの──そして、いずれは銀将軍の墓場です」
「テウタモス様をだと?! 『アシュラキュクロプス』の名において、大灯台は難攻不落である!」
 血が滲んでいるが、視力は失われていない。
 鎖と植物の戒めも、いつまで有効か判らないなか、燐寧は『テンペスト・レイザー』の切っ先を突き出して捨て身の一撃を仕掛ける。
「そーれ、黒焦げになっちゃえっ!」
 残像を曳くほどの速度の突撃を『デストラクションノヴァ』として放つ。
 エネルギーが炸裂し、壁や天井を炙るほどの炎のなかから燐寧が離脱してきたのは、テレジアたちのいる側だった。
「『阿修羅キュクロプス』って、ギリシア神話インド神話混ざってるじゃん?!」
 乾いた床でブレーキをかけ、チェーンソー剣を作動させたまま、燐寧は巨人の背に向き直った。
「版図がインド方面ディヴィジョンとの境まで広がってるから、こんな奴がいるのかなぁ」
 まだ、煙の晴れきっていない通路で、仲間の脱出を援護する。
 銃を構えた年長のオルカと、斧にナイフのスラウニティスはもう一度、駆けだした。
 弾丸は、『氷冥弾(メメント・モリ)』。
 対象の因果を捻じ曲げ、寿命を削るという。
亜人は短命と聞くが、アンタはどうだろうな」
 平手で避けていたとはいえ、アシュラキュクロプスの肉体には命中していた。オルカたちが接近しても、出現時のような機敏さはない。
「一刀のもと斬って捨てる」
 『亜人髄の呪斧』と『ケルブシアの短刀』には、儀礼用の装飾が施され、禍々しくあるものの、またしてもスラウニティスによる目晦ましだ。
「で、至近まで近づいたトコで『魔脚斬(ラクティズマ・トミ)』。脚が刃物になるなんて思うまい!」
 唐突に繰り出される『死』。
 むき出しの胸板に、刃の蹴りが斜めにはいった。
「ぐはっ……! なんの、俺自身も難攻不落ぞ!」
「スラウニティス?! もう十分じゃ!」
 先に突破したオルカが、仰ぎ見る。
「折角のチャンスだ、此処で首でも斬り落として……」
 つけた傷からさらに跳躍し、魔脚斬が一ツ目に至る。そこには、拳型のエネルギー塊が置いてあるように滞留していた。
 ディアボロスの誰かが悲鳴をあげたが、間一髪で防御ガジェットの起動が間に合う。水による簡易なバリアが形成され、この水がスラウニティスを運んで、長身の爺、ネメシス形態のオルカの腕へ。
 蛮族の戦士にしてシャーマンが、いつまでもそんなところに収まっているはずもなく、すぐに硬い床に下ろしてもらった。
「ふふ……そう怖い顔しないでよ」
「いや、いいんじゃ。……俺もアイツを氷の棺桶に入れたかったんだからな」
 オルカに指差されたアヴァタール級亜人、アシュラキュクロプスは膝をつく。トドメは刺されていない。
「皆さん、こちらへ!」
 テレジアが出口を示している。エイレーネは、脱出時も盾を手に前衛に立つ。最後尾は、オルカが務めた。
 こうして、『カナンの地』の拠点から、ディアボロスたちは帰還できたのである。
「お前たちの命、今は預けておきましょう」
 クロエは、湖岸から眺める。燐寧は眉根をよせている。
「次来る時は絶対落としてやるっ」
 そう、次があるのだ。
 オルカは、仲間がそろっていることに安堵した。
死海の大灯台……いずれまた会おう」

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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