大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『ル・シャヴォーヌの庭園』

ル・シャヴォーヌの庭園(作者 大丁) 

 返り咲きの薔薇を摘んで浮かべる。日差しはまだ強く、水が心地よい。
 宮殿の庭園だと思えるが、どこかは知らない。ときおり、自動人形の兵隊が儀礼的な行進をしているのが見えるから、公的な場所なのだろう。
 その中央にある噴水で、入浴の真似事をしている。
 自分で脱いだはずの衣服は、見当たらなかった。手袋が片方だけ、大理石の縁に掛かっている。
「これ、うちの店の売り物だ。あたしったら、何をしているのかしら」
 手袋職人の看板娘は心もとなくなり、その白い濡れた布をあてがって下を隠した。すると、噴水口の彫像の裏から女性の笑い声がする。
「ほほほ。心配はいらないわ」
 全身を泡だらけにした美しい淫魔だった。比べようもなく肉付きがいい。別の意味で恥ずかしさを感じた娘は、それをごまかすようにたずねた。
「怒られるんじゃないですか。偉い人のお庭で、噴水で泡だてて、お風呂にしたりして」
「だから、心配いらないのよ。ほら、兵隊だって捕まえに来ないでしょ」
 噴水の周囲は、石畳を敷き詰めた小路がいくつも通っており、今また大きな車輪を装備した自動人形の一団が通り過ぎたが、特に注意は払われなかった。
「このまま小路を歩いて宮殿に向かうこともできるし、門から外にも出られるわ。でも、罰を受けたりしない。あなたも、ちょっと悪いことくらい、してみたいでしょう?」
 職人の娘に、また心地よさが戻ってきて、薔薇をもっと摘んでくると言い残し、彼女は大理石の縁をまたぎ越した。

 新宿駅グランドターミナルに断頭革命グランダルメ、ウィーン行きのパラドクストレインが出現した。
 依頼参加のディアボロスたちが乗り込んだ状態で待っていると、プラットホームから案内人の声がする。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)です」
 開け放たれたドアから、子どものぬいぐるみ型の操り人形が二体、飛び込んできた。本人は、戸口に隠れて声だけ出している様子。
「『大淫魔都市ウィーン』にはびこる『淫魔大樹』から、一般人の精神を救出する作戦も、イイトコロまできましたわ。依頼参加の皆様には感謝申し上げます」

 どうやら、今回の案内は人形劇になっているようだ。
「『堕落世界』は、またウィーンを模していて、管理しているアヴァタール級淫魔も、何度か出現報告のある『ル・シャヴォーヌ』ですわ。お風呂が好きで、泡で攻撃してくる敵ですわね」
 ぬいぐるみは、薔薇を浮かべた風呂に入り、もう一体が一般人の役を務める。
「被害者は、悪いことをしても罰せられない世界に囚われています。おそらく、ル・シャヴォーヌの影響でしょう。お風呂からあがった姿で徘徊してしまうという、悪事というには規模は小さそうですが」
 手袋職人の看板娘のほか、数人の一般人が庭園や宮殿、街頭をさまよっている。
 普段は勤勉な彼女たちだからこそ、この徘徊で多くの堕落エネルギーを生むのである。
「これまでの報告のとおり、淫魔大樹の力は非常に強いため、ディアボロスが堕落世界に入った時点で、強力な催眠にかけられ、囚われた一般人と同じように堕落させられてしまいます。内容に個人差はありますが、たぶん恰好は、ル・シャヴォーヌなみになる覚悟は必要でしょう」
 この堕落は避けられないが、ディアボロスであれば、ちょっとしたきっかけで、意識を覚醒させられる。
 あとは、その堕落の誘惑に耐え切れば、体の自由が戻ってくるので、アヴァタール級のいる噴水を見つけ出して撃破すれば、作戦は成功だ。
「できれば、噴水に向かうまえに、看板娘様ほか、一般人の方々を見つけだして、堕落から正気にもどしてあげてください。そうすれば、撃破後に現実のウィーンで一般人の精神も肉体に戻ってきますから」
 ぬいぐるみたちは、目まぐるしく衣装を替えて、状況を説明していた。
 堕落世界を警備するトループス級についても、『くるま裂き人形』の攻撃を模する。
「くるま裂き刑を科すのは、罰のない世界を拒否した相手を、見せしめにする意味がありそうですわね。一般人を正気にされても、ル・シャヴォーヌは庭園と噴水は崩さずに戦うようです」

 人形劇の説明は終わり、ドアから外へと、ぬいぐるみたちは出て行った。
「淫魔だけでなく、自動人形たちにとっても淫魔大樹から得られるエネルギーは重要です。どうかお気をつけて、頑張ってきてください。わたくし、その健闘の一部でもわが身のようにして祈ってますわ」
 時刻が来た。
 パラドクストレインが走り出すと、ホームで見送るファビエヌの姿が窓ごしに見える。
 ル・シャヴォーヌなみの。

 宮殿の門には、通用口がある。
 一般人の御用聞きなどが出入りするためのものだが、警備の詰め所ごと淫魔大樹に覆われていた。
 縛り付けられた娘は、手袋の片方だけをしっかり握り、しかし表情は悦楽のそれを浮かべている。ほかにも、宝石商の中年女性、帽子職人と思われる成人女性、そして正装した紳士が、枝に巻きつけられていた。
 生命に必要な栄養などは供給されている。
 いわば、大樹に育成されているのだ。

 大淫魔都市も、宮殿があるような中心部まで入り込めるようになった。
「何度かウィーンに来ましたが、大樹の力は抗い難い」
 テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)と、同行のディアボロスたちは、予知に知らされた通用口へと急ぐ。やはり、一般人を絡めとった枝に塞がれていた。
「これを武器とされる前に、伐採したいものですが」
 現状では、全員で樹に触れて、内部空間へと潜るよりないのだ。次に起きた時には、テレジアは噴水に浸かっていた。
 風呂のように。
 周囲には、見知らぬ人々がくつろいでいて、男女の区別もされていなかった。
「噴水だから当然」
 衣服も纏っておらず、しかし思考に霞がかかったようだ。
「風呂だから当然……」
「まあ、バラの生垣をごらんになって。覗いている殿方がいらっしゃるわ」
 誰かがそう言って指差すと、女性たちは次々と声を上げたが、悲鳴というより、好奇心が混じっている。
 覗きの男とやらは、頭をかきながら生垣から立ち上がった。テレジアにとって、なんとなく見覚えがあるのだが、嵐柴・暁翔(ニュートラルヒーロー・g00931)という名は思い出せなかった。
「えっと、俺もお邪魔していいってことかな」
 暁翔は女性たちに手招きされたので、下半身も堂々とした振る舞いで噴水まで歩いてきた。
「怒られないのは、お互い様だからですな」
 あきらかに邪な視線を投げかけるも、女性陣は取り囲んでそれに倍する態度をとってくる。大きさについても、明け透けに批評するほどに。暁翔は石鹸をとると、彼女らが身体を洗うのを手伝うと申し出た。
 一団から距離をおいていたテレジアには、気付いていない様子。すると、今度は彼女の周りに、噴水に浸かっていた男性陣が集まる。
「私にもしてくださると? 髪は自分で手入れするので、お言葉に甘えて、身体はくまなく洗っていただきましょう」
 いくつもの手が、テレジアを泡だらけにして、こすってくる。
 暁翔の手も、次から次へと、肌に触れた。背中を流すだけなどというケチなことはしない。胸は揉むし、お尻は撫でるし、太ももの間には割り込んだ。
「マッサージ、ですか? 至れり尽くせりですね」
 とは、テレジアの声。
「おっと、失礼。いや、ここでは謝らなくていいのか。ついでに奥まで綺麗にするよ」
 男の指を侵入させ、暁翔は妙な動きをした。後ろで、テレジアの声にも艶を帯びているとは、また気付かない。
「え、俺の大きいのでも愉しみたいって? それじゃ、バラの生垣に隠れて……ってその必要もないの? 弱ったなぁ」
 女性陣は、まだまだ暁翔と触れ合うつもりのようだ。
 泡を流してもらったテレジアは、噴水からあがった。
「さっぱりしたところで……街を散策しましょうか」
 石畳の小路を、裸足で歩いていく。
 ここに、ただぼーっと、浸かっていただけの少年がいた。陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)である。
「街……。僕も練り歩いてみたいなぁ。風呂から出て服着るのも面倒だし、怒られないならそのまま行こう」
 違う小路を、傷あとの目立つ背中が、噴水から遠ざかっていった。
 庭園は広い。
 芝生の丘で、エトワール・ライトハウス(Le cabotin・g00223)は、裸でごろ寝していた。
「いやー、復讐者とかなんとか言うけどさー、やっぱクロノヴェーダとの戦いって痛いし疲れるし怖いしで、ごろごろしてられるならしてたいよねー」
 堕落させられても、割と普段通りだった。
「どれだけ怠惰に過ごしても怒られない……なんて素晴らしい世界だ!」
 穏やかな風が、芝とエトワールを撫でていく。遠くに馬のいななきが聞こえて、ゴロゴロしていた者は、上体を起こした。
「おいでーレオン」
 名を呼べば、ちゃんと無双馬が駆けてくる。
「俺自身は復讐に興味なくとも、戦えない人、志半ばで死んだ人たちの分は働かないと」
 覚醒はまだ完全では無かったが、ディアボロスのなかでは早いほうだ。
 もともと堕落に近いぶん、催眠も浅かったのかもしれない。
「まずはマスケットを探しに行こう、アレこそ俺の戦う理由だもの。後は……ズボンだな! このままレオンに乗ったら俺の大事なとこが大変なことになってしまうから……街に行けばいいのかな」
 無双馬は引いて、丘を下る。
 門まで来ると、現実のウィーンとは違い、開け放たれていた。すこし、心もとない感じをしつつも、道行く貴人たちは誰もエトワールを見ないから、そのまま大通りへと出た。
 宮殿だけでなく、立派な石造りの建物が並んでいる。
 そんな中で、全裸の成人女性を見つけた。
 教会らしき建物の、大きな壁を見上げている。裸であるならば、ディアボロスの仲間か、捕らわれた一般人かだ。
 しかしエトワールは、その姿をなるべく見ないようにレオンの後ろに隠れた。
 壁の前の裸体は、吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)だった。巨大な絵を描き上げたところだ。
「私が始めて向き合った敵、獄彩のバーバラ」
 綺麗に仕上げられているが、淫魔の妖艶さと、人を小馬鹿にするような態度とを含めてある。
「罰を与えられない世界……ですか。なら、試してみたいことがありました」
 妖狐は、その尾を伸ばし、妖気によって鋭くさせる。
 ただならぬ気配に、エトワールは彼女の名と素性を思い出した。レオンの後ろから、宮美のパラドクスが発せられるのを見る。
「奪魂尾獣穿!」
 壁に描かれた顔を貫き、そのまま振り下ろして、絵を粉々にしてしまう。
「この前の戦闘で自覚しました。許されるなら、何も文句を言われないなら、クロノヴェーダをぶっ殺してやりたい……!」
 路面に散らばる破片のなか、宮美はしゃがみ込む。
 しばらく、肩で息をしていたが、やがて落ち着いた風なのを見越して、エトワールは近づいた。かがんで突きだされたお尻を、視界に入れないようにしながら。
「や、やぁ……」
「エトワールさん、ですね」
 いまの行為も裸も、特段に恥じたりはしなかった。それどころか、心の内を素直に打ち明けてくれる。
「でも駄目ですね、こんな代償行為ですら気分が晴れるどころか胸に嫌な気持ちが残ります。世界が私を罰さなくても私が私を罰し続ける、だから私は自分が納得の行く終わり方を……『歌唱』による殺し以外の終わりを求めるんです」
 もとより、反対する理由はない。馬体を挟んで両側に立ち、エトワールは頷いた。
 歌劇場の前では、今度は頼人が、全裸の少女を発見していた。
「なんだか、見覚えがあるような建物だなぁ……え? あれは星奈!?」
 盛大に鼻血を吹いた。
 牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)が、着飾った客たちの前でひとりだけ、裸でくるくる踊っているのだ。
 武装騎士ヴィクトレオンは、そのショックと『情熱』と『勇気』で意識を覚醒させ、堕落から脱する。
「早く服を着て! しまって! 隠して!」
 自分は前を隠しながら、紳士淑女のあいだに割り込もうとするが、なかなか進めない。星奈は、なぜだか上機嫌だ。
「言われてみれば何で寒くもないのに服なんか着てたんだろ? このままの方が気持ちいいし、あたしの見事なプロポーションも見てもらえるし♪」
 否。
 少女はステップを止めると、台詞をそらんじ始めた。
「それはコスプレイヤーとしてあるまじき行い! コスプレせずに何がコスプレイヤーか! さぁ、己の情熱を衣装に変えて、その身に纏え!」
 見物人たちは、独創的な芝居に拍手を贈る。
「そうだ、あたしは『星光閃姫☆キラメスター』! オタクの楽しみを取り戻すために立ち上がった正義のヒロイン!」
 星奈は、本当にヒロインコスチュームを現出させて身につけていた。頼人は、客の混雑が急になくなって、その前に転がり出る。
 彼女の覚醒に影響を受けたのか、服は元通りになっていた。
「あら、ジンライくん! あたし、もう平気だよ! ジンライくんのハダカをじっくり見れなかったのは残念だけど☆」
「あ、ああ。どっちにしろ、着てくれてよかった」
 ホッとするものの、つくづく堕落世界はヘンなところで凝っていると思う。
 歌劇場に来た客が、往来でパフォーマンスしている星奈を目にして拍手するというシチュエーションなど、まさに芸が細かい。
「ほかのみんなが覚醒できたか心配だ。星奈、探しに行こう」
「うん☆」
 記念碑などが建てられている街の広場で、川屋・ゆきの(封印の退魔巫女・g03290)は、弄ばれていた。
 といっても、人々から乱暴な扱いを受けているわけではない。むしろ逆で、ゆきのが何をしても許し、受け入れてくれるのだ。
「こういう事をさせられていても咎められないのは、気が楽ですね……」
 彼女の中の悪魔の仕業であろうとも、他人からは本人の意志で行っているようにしか見えない。それこそが、ゆきのの心を傷つける。
 けれども、今は周囲の誰からも奇異に思われず、安堵していた。
 腕は拘束され、それ以外はまるハダカ。
 頭で支えるブリッジのような姿勢で、ガニ股になった先に人々が集まっている。その中にも、数人の裸体があるようで、おそらく本物の一般人だ。
 ときどき石畳を濡らしているから、このあと起こることには予想がついているだろう。
「あ、悪魔が、お腹を、内側から押して、あああ」
 広がっているのが、ゆきの自身にも判った。罰せられない世界なら、もう我慢しなくていい。
 音を響き渡らせて、太く長く続く。
「それどころか、みなさん、身を清めて下さるんですね。お手数をおかけするぶん、満足されるまで存分に……はい」
 途中なのに、手を出してくる者までいる。
 デーモンのワールドハッカーが、巣くうモノを発現しようとしたとき、怒鳴り声がした。人々とは反対側、頭のほうからだ。
「てめぇ、やっていい事と悪い事があるだろがよぉ!!」
 宮美だった。
 ゆきのは、いっぺんに覚醒した。咎められることが、彼女の切っ掛けだったようだ。宮美がそれを看破したのか、ただ怒っていただけなのかは分からない。
とはいえ、エトワールは、レオンのうしろに隠れてヒヤヒヤしている。
「やれやれー。重そうなのにばっかり出くわすよー。おっと、あれは俺のマスケットじゃないか」
 よそ見をしていたおかげで、記念碑のひとつに引っかけられた、自分の武器を見つけた。広場には市もたっていて、ズボンも見繕えそうだ。
 いっぽうテレジアも、一糸纏わぬまま街並みを見て回っていた。城壁に近い、雑然とした通りの古物屋で、一振りの剣に目が留まる。
「あれは……私の魔剣、つうッ!」
 軽い頭痛を憶えた。それは、魔剣からの精神攻撃であったように思え、同時に正気に戻る。
「やはり、抗い難い力だ。偽物のウィーンなどと」
 店先から得物を失敬すると、テレジアは宮殿にむけて取って返した。
 鎧はまだなく、スタイルの良さは露呈させて。
「つ、冷たっ!」
 暁翔は、水の温度で意識を取り戻した。
 女性たちと、運動が激しかったから、もう一度汗を流そうとしたのだ。
「冬ではないけど噴水だしな……」
 広場のほかには、ここにいる男女が、捕らわれの一般人だった。

 ウィーン市街の広場には、行く当てもない様子で人が集まってきている。
 堕落世界がつくりだした人間型の偽物と、精神だけ囚われてきた本物の一般人とだ。
 服を着ているのが偽物。着ていないのが本物。
「なんか、シリアスやってたのが若干馬鹿みたいに思える自由っぷり……」
 吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)がこぼすと、彼女に覚醒をうながされた川屋・ゆきの(封印の退魔巫女・g03290)は身を縮めさせる。
「す、すみません」
 両腕を、頭の後ろに拘束されたままだから、裸身は隠せない。
 宮美も本物の一般人と同じ格好なのだが、堂々と立っていた。何か応えようとしたところへ、エトワール・ライトハウス(Le cabotin・g00223)が、無双馬『レオン』を引いて戻ってくる。
「怖いねぇ、堕落って」
 そう、すべては淫魔大樹、つまりクロノヴェーダが原因なのだ。
「まあ、気を取り直していきましょう」
 宮美は、ゆきのの丸まった背をポンとたたく。
「……とりあえず、落ち着けましたので、はい」
「だったら、いいもの拾ってきたよ」
 エトワールは、自分が身につけているのと同じようにして手に入れた衣服を、無双馬の背越しに投げてよこす。
(「いつも思ってることを口に出すか出さないかの違いだけだった気がするけど、堕落のせいにしとこう」)
 こうして、ズボンも履いたからには、仕事だ。
 広場の一般人を、正気に戻さねばならない。
 しかし、宮美は服を着られても、ゆきのには制限が掛かっている。裸で出歩くのは悪、と説得できるだろうか。
「それならそれで、やれることはある」
 レオンに跨ると、マスケット銃に空砲をセットするエトワール。三人で協力する算段をした。
「私は、ややこしいことは考えず、思いっきり歌ってみる!」
 まず、宮美が群衆にむけて歌いはじめる。
 普段は相手の心を掴むような曲を使うところ、このミッションでは罪悪感を煽るような演奏を心掛けた。
 本物の一般人、つまり着てない者だけが、よろよろと進みでてくる。ゆきのも指摘したとおり、もとは高潔な人々なのだ。
「周りがどう思っていようと自分は自分の罪を見ていることを改めて自覚してもらいましょう」
 歌に感化されたところを狙って、エトワールが無双馬で駆け込む。
(「やっぱね、堕落できる『余裕』があるから拙いのよ。陸軍学校の教官も言ってた、『自分を見失ってる兵は、泣いたり笑ったりできなくなるまで追い込んで頭空っぽにするのが重要』って」)
 空砲を撃ちつつ、裸の男女を追い回す。
「オラオラ堕落した脳みそは一旦リセットじゃ!」
 『鬼教官』を思い出し、エトワールはなりきった。レオンも嘶き煽る。
 広場を何周もさせられた一般人たちは、ひとつところへ追い立てられ、そこでへたり込む。
 彼らの中央に立つのは、ゆきの。
「このような格好で言うのもなんなのですが、その、見ないで下されば……」
 罪悪感を呼び覚まされ、空っぽの頭になれば、紳士、淑女たらんとする心根が蘇るのでは。
「わたしは身を隠すことすら叶いませんが、廉潔をよしとするのであれば、悪しき誘惑より良き行動こそが、自らに叶うと気付いてくださいますように……」
 はたして、封印の退魔巫女が信じたように、人々は手で目元を隠し、お互いの姿も見ないよう、気をつかってくれた。
 正気に戻る兆しを逃さず、宮美は歌を『浄化』へとかえる。
「罪の意識を抱くということは自分のした事を正しく認識しているということです。ならちょっと脱いだくらいのハッチャケは反省すれば許されますよ」
 視覚を塞いだところへの歌は効果大だった。再び、レオンで戻ってきたエトワールが、全員ぶんの服を頭上から降らせる。
 広場での集まりが着終えたころ、宮殿の庭園では、女性たちが分かれて彷徨いだしていた。
「やっと、ひとり見つけたぜ。……なあ、キミ!」
 嵐柴・暁翔(ニュートラルヒーロー・g00931)は、白い薄衣をまとった人影に追いつく。
「俺は、こんな格好だけど、怪しいモンじゃねぇ……って、キミのそれ、生クリーム?!」
 女性は衣ではなく、全身にお菓子を飾り付けていたのだ。
 救出対象に違いはないが、いったいなんと説得したものか。
「素敵だ。綺麗だし、美味しそう」
 ほっておくと、またフラフラと歩きだしてしまうので、暁翔は適当なことを言って、引き留める。
「そりゃそうですよ。ウチの店は位の高い方からの御用達なんですから」
 ベンチに座って話してみると、高級カフェハウスの菓子職人だという。
「それがまた、なんでハダカで……その」
「やってみたかったから」
 実にシンプルな理由だ。菓子職人は、胸のふくらみを両手で抱えあげると、谷間にのったチョコを突きだしてきた。
「よく見てくれた貴方には、味もみてもらいたいの」
「え、じゃあ、いただきます」
 小さなチョコだけ口に入れるのは、案外難しい。クリームに隠れていた生の突起を舐めてしまい、職人が声をあげて手を緩めると、ビガーな菓子は股の間へと転がり落ちる。
 それを追って、暁翔の口も下がっていくと、いつしか二人はクリームまみれで重なりあっていた。暁翔のものが高級カフェハウスの職人によって咥えこまれ、自分でもおどろくほどの量をご馳走してしまう。
「けほ、ぐふ。この白いのウチの店のレシピにくわえ……」
 干からびるまで付き合うと、どこかで正気に戻ったのか、職人は暁翔から離れて、手で体を隠し始めた。
「ああ、食べ物をこんな粗末にするなんて」
「大丈夫だよ、美味しく頂きましたから」
 複数の意味で、と口のなかで言うと、茂みの中に潜むよう、指示した。
 さすがのディアボロスも、立ち上がると腰がひけている。
「あと、何人いるんだ……」
 次を探すと、片方にだけ手袋をした女性が歩いていた。声をかけようとするものの、力が入らない。暁翔の身体を、すんでのところで支えたのは、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)であった。
「暁翔じゃないか。覚醒できたんだね」
 裸の男が倒れそうになっていたので、堕落した一般人かと思ったのだ。
「お、おう、頼人。気をつけろ、この庭園の女は……」
 大樹の世界に突入後、噴水のところで一緒になっていたのだが、洗脳中でふたりとも記憶にない。
「そんな格好だと風邪ひいちゃうし、その……目に毒だから!」
 頼人も、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)以外の、それも男に言うセリフとは思えなかったが、身体の自由が完全にきくなら、服は着られると伝えた。
「ジンライくーん、誰かいたー?」
 当の星奈が顔を出す。暁翔がポロリする前に。
 だいたいの事情を聞くと、音源とマイクを用意する。
「つまり、女の人たちは散らばっているのね」
「うん。僕たちで手分けしてとも思ったけど、やっぱり音楽を使ったほうが有効そうだ」
 庭園や市街の広さは、所詮は淫魔大樹によるまやかし。情熱をこめた歌と演奏なら、きっとみんなの耳に届く。
 頼人と星奈は、声を響かせた。
「この街は着飾った人達の華やかな色に溢れていた。だけど今は肌色一色。思い出すんだ、自分の色を! 取り戻すんだ、自分の色を!」
「みんな、よーく考えてみて☆ ハダカは一種類だけだけど、服で着飾ればコーデは無限大! そして自分の好きなキャラクターの衣装を着れば一体感も感じられるよ! さぁ、自分の拘りや個性を衣装として身に纏うの!」
 歌い続けていると、さきほど見かけた手袋の女性が戻ってくる。
 おそらくは、予知にでていた職人の看板娘であろう。ほかにも専門職らしい、さまざまな女性が姿を現したが、無事に覚醒していってくれた。
「あー、この人たちの特殊な要求を全部かなえていたら、俺の魂は昇天するとこだったぜ……」
 暁翔は、休んでいたぶんで気力を取り戻す。
「あたしも人の事言えたカッコしてないけど、それはそれ!」
 星奈は、歌詞の途中で何かおかしなのが混じった気がしたものの、女性たちの説得に成功し、安堵する。
 いっぽうで、庭園に残っていたはずの男性たちはどうしたのか。
 テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、元凶との決着よりも人々の救出を優先したものの、結局は誰とも行き当らず、薔薇園の噴水まで戻ってきてしまった。
「いずれは大樹への対策も講じなければ……」
 異界に振り回されてばかりである。
 アヴァタール級の姿は見えない。だが、周囲の小路を、自動人形兵が儀礼行進している気配はある。
 噴水には、男性陣だけがいた。説得するなら今のうちだ。
「手伝うと称して、私の身体を好き放題に弄繰り回していた彼らか」
 記憶はぼんやりしているが、あの状況でよくそれだけで済んだと思える。テレジアは自らの幸運に感謝した。
 そして、今また鎧もない肌に伸びてくる手を、今度ははっきりと跳ねのけた。
 寄り集まってきた男たちは、同意があったのに何故咎められるのか、と反駁して開き直る。テレジアの手足を集団で掴んで、噴水の中まで運び込んだ。
「ここで、武に訴えてはならない。真摯に説くのだ」
 テレジアは覚悟を決めた。その胸を、両方から鷲掴みにされる。
「うんん……」
 甘い感触に、本当にさっきは無事で済んだのか、と疑念が浮かぶが、それは問題ではない。
 考えるべきは、男たちの反駁だ。この行為は同意がなければ咎められる、と理解しているということ。その証左。
「罪に対する罰は、良心という秤により定めるもの!」
 魔剣の騎士は、号令のように大声を出した。
 男たちの手は止まらない。テレジアは左右に開かされて、身体の中心に沿って、何本もの指に弄られまくる。
 ズレそうな眼鏡も直せない。
「誰から咎められずとも、己の罪悪感という罰からは逃れられません」
 発言と姿勢が合致しないのは承知だ。
「故に人は己を律するのです!」
「うっ」
 ひとりの腰がひけて、水の中にうずくまった。いったん、頭が空になり、そこにテレジアの言葉が入ってくる。
「そうだ、私たちは、法律を遂行する者……」
 一般人ではあるが、宮殿に務めているからには、行政にかかわる者たちだったのか。連鎖的に、正気にかえっていく。
「ここは、本物の宮殿ではありません。隠れていてください……」
 テレジアは、裸の役人たちを噴水から遠ざけた。

 人の背丈ほどもある車輪を転がし、儀礼行進の一団が進路を変えてきた。
「人形どもめ、もう感づいたか」
 救助した役人たちは、まだ傍らにいる。テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は魔剣を構えたものの、薔薇の噴水はいわば敵の本拠地。
「一足先に乗り込んでしまっては流石に、多勢に無勢……」
 それでも人を守るための刃にためらいはない。想いが通じ、川屋・ゆきの(封印の退魔巫女・g03290)が、生垣のあいだから援軍に現れた。
「街の人々は覚醒させました。『くるま裂き人形』を片付けましょう」
 腕を拘束されたスタイルは、テレジアにも馴染みだ。
 むしろ、仲間たちの催眠も解けたしるしである。敵のトループス級は、手向かいしてくる相手の増加で不満げになった。
「『La passion』! 罰のない世界を拒否した者を、見せしめにせよ」
 車輪が、テレジアとゆきのに衝突する。
 鎖と縄が四肢に絡みつき、鎧のない騎士は大の字に、悪魔支配下の巫女は三方に、それぞれ引き伸ばされた。
 つい先ほどまで、淫魔大樹のつくる幻想に翻弄されていた二人だ。
 一般人にむけてさらけ出されたそこが、まると剥けてしまっていても、仕方ない。
 だが、この刑は、意味を成さなかった。
 役人たちは視線をそらしている。テレジアが顔を起こすと、そこには紅のアンダーリム眼鏡がしっかりとはまっていた。
「手を誤ったな、人形ども」
 見透かしたような大声。魔力放出によって、拘束の鎖がきしむ。
「貴様らは甘美な夢を見せるべきだったのだ。このような拷問を見て、彼らが再堕落するとでも思ったか?」
「結局、自分たちの気にくわない相手は『罰する』んですね」
 ゆきのは、羞恥にひるむことなく背を伸ばし、逆に拘束に対して『解けた』状態へと書きかえる。
「『虚空天・阿迦奢(アカシャ)形成』――罰のない世界が聞いて呆れるものです。自らの軸も保てぬなら、その車軸も歪んだモノになるが良いでしょう」
 トループス級の得物まで、ままならなくなる。
 今の境遇よりも咎の有る身として、罰を受け容れそうになってしまった事は、いまでも恥ずかしい。それを押して神楽を舞う。
 歪んだ車輪は、テレジアの魔剣に両断されていった。
「動きはもう見切った――『叡智の天啓(ウィズダム・リベレーション)』を以って斬り伏せる」
 車輪に攻撃性能の大半が詰まっている敵だ。
 駆け付けた吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)も、武器への無力化に準じた。
「今までで一番、意思疎通できなさそうなのが来たと思ったんだけど、むしろやりやすいか?」
 着衣は、胸元と背中に大きな開きがある服。けれども、裸とちがって着慣れた私服は、落ち着きを与えてくれる。
 市場からエトワール・ライトハウス(Le cabotin・g00223)が失敬してくれたものが、精神世界だけあって、宮美のお気に入り衣装に変わっていた。
 ゆえに、くるま裂き人形が突撃してくるあいだにも、『吉音式英雄共鳴譜』を取りだし演奏する時間を作れる。
「無駄無しの弓フェイルノート、纏う力はその使い手トリスタン!」
 氷の弓矢が現出し、伝承どおりの腕前をみせた。
 横転した自動人形に、吉音式グレイプニルをかけ、捕らえる。
「……これで、人を襲うことは、できないでしょう」
 目線を落とした宮美の表情には、それでもやはり、求める終わり方への迷いがあった。彼女が彼女自身に科している罰だ。
 彼に、反対する理由はない。
「目標確認、仕留めるぞレオン!」
 無双馬が、地面に転がされていたクロノヴェーダを轢き潰していった。宮美が躊躇した、敵へのとどめが刺されている。
「エトワールさん……?」
 振り返って、その背を追うが、『新式騎馬突撃(サングリエ)』は止まらず、くるま裂き人形を引き寄せて走り去っていく。
 教会前での彼女の独白を聞いた彼が気を利かせた、のかは定かでない。
「ようやくわかりやすい展開になってきたな。軍人なんだからこっちでのお仕事こそ本領よ。裸に囲まれ気まずい思いをした俺の怒りをぶつけてやるぜ……!」
 馬上のエトワールは、後ろにむけて、マスケット銃を放った。
 車輪を転がす連中は、ますます速度をあげて、無双馬レオンに追い付こうとする。
 何投かの攻撃が、士官用軍服に届きそうになるが、それもエトワールが仕向けたことだ。微妙に追いつける程度に振る舞い、最後に飛び越えた石畳に至った人形たちを、そこに仕掛けた落とし穴にかからせる。
「武器になる重い車輪……仲間どうしで潰し合うがいい!」
 穴から這い出せた敵はいないようだ。
 底のほうで、壊れた木枠と人形の部品とが折り重なっているのを、飛翔してきた嵐柴・暁翔(ニュートラルヒーロー・g00931)は見た。
「罰の無い世界を拒否すれば罰せられる……か」
 戦場が広がるにつれ、避難する方向をなくしていく一般人たちに対し、『防衛ライン』を敷いた。その小路には敵は踏み込めないはずだ。
「矛盾しているような気もするけど、見せしめにして罰の厳しさを知らしめれば罰の無い世界を望む方も増える。鶏と卵とどちらが先か、という感じではあるけど効果的なやり方ではあったな」
 ディアボロスの仲間たちが論破するまでは、と暁翔は笑みを浮かべる。
 『贋作者(フェイカー)』の重火器が手にずしりときた。
「車輪に潰されるのも拘束されるのも御免蒙る」
 噴水周辺の地面にむけて掃射した。
 トループス級は、車輪を投げ上げて応戦してきたが、戦闘効果の蓄積で防御は十分だ。
 暁翔の放った弾丸は、数体の人形を破壊したあと、大理石の枠を砕き、水面を叩いた。
「……ま、女湯を覗いても痴漢行為をしても、怒られも悲鳴を上げてもくれないのはつまらない」
 最初に隠れていた生垣も、眼下に見える。
「……なんてな?」
「同意を求められても……元気になってよかったけどね」
 陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、アームドフォートに増設した飛行ユニットを使っていた。
「『ル・シャヴォーヌ』との戦いのまえに、警備のトループスは全部倒さないと。……行くよ、星奈」
 飛翔する頼人と暁翔は、地上に控える牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)に合図を送る。
 魔剣を振るう、テレジア。舞うゆきの。車輪に射かける宮美と、馬上のエトワール。
 ディアボロスの仲間が連携して、くるま裂き人形を庭園の一方に寄せた。
 暁翔の重火器に加えて、頼人はアームドフォートからの砲撃をできるだけ派手にぶっ放す。
 『エイリアルスペリオン』の飛行速度は、装備の隙間からバタバタと音をたてる現代服には厳しい。それでも、元通りに復元したのは幸いだ。誘導された弾頭が、自動人形たちの注意を上に向けさせる。
 宮殿の庭園に、大量のバナナの皮が落ちているのは不自然である。
 だが、堕落空間で菓子職人が妄想したなら、それもありだろう。星奈は罠に利用した。
「よしよし♪ ジンライくんたちに気をとられているね☆」
 いまや一列になって走っていたトループス級は、先頭がバナナの皮に滑って転び、車輪を放ってひっくり返れば、後続も次々と衝突することとなった。
「戦覇横掃! キラキランサー☆」
 あらゆる意味で痛そうな長柄武器が、車輪を失った人形たちをまとめてなぎ倒す。
「いたッ?!」
 ゴチン、と一個だけ車輪が戻ってきて、星奈の頭にぶつかったが、たいした負傷にはならなかった。反撃はそこまでで、堕落空間を護っていたクロノヴェーダは、一掃されたようだ。
「ほほほ。心配はいらないわ」
 いつの間にか、壊れたはずの噴水が直っている。
 水を吐く彫像の裏から、美女が姿を現した。
「いくら悪いことをしても許される、そうわたしが決めたのだもの」
「また、裸かい?」
 エトワールは、肩をすくめる。

 宮殿の庭園を担当するアヴァタール級淫魔、『ル・シャヴォーヌ』の出現に、吉音・宮美(限界ギリギリ狐娘・g06261)はしかし、力が抜けたように立ち尽くす。
 無双馬レオンがいななき、エトワールは躊躇なく突撃していく。
 またしても、駆ける馬の脚を見送ってしまっていた。
 淫魔は、びしょぬれの身体で噴水からあがり、要所に泡をまとわりつかせている。
 飛翔状態から、その姿を見下ろした男子ふたりは真逆の反応をしていた。
 嵐柴・暁翔(ニュートラルヒーロー・g00931)は深く頷き、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は真っ赤になってかぶりをふる。
「なぁ、頼人。堕落を齎す泡姫なんて、どこかの夜のお店にでもいそうな響きだな」
「暁翔だって入ったことないでしょ、そんな場所?! と、とりあえずあいつの大事なところは泡に隠れてるから大丈夫、大丈夫……」
 増設ブースターの出力が鈍ったのか、徐々に高度が落ちていく。
「……見てないからね?」
 地上の牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)に言い聞かせた。彼女が見上げて頷こうとすると、ル・シャヴォーヌがその出鼻を挫く。
「ほほほ、ごめんなさい♪ 愛し合う者のあいだに割り込むのは謝るわ。けど、私の身体を見るのに、罪悪感をおぼえているのも真実なのでは? もっと、はっきりさせましょうか」
 かろうじて残っていた泡が、冷水で流れる。
 見えてしまうとともに、シャボン玉が浮かんで、頼人に届いた。
「うう、石鹸の匂いと歌の魔力に魅入られたらあいつの思うツボだ」
 空中姿勢はますます乱れる。
 会話に割り込んできた言葉が、アヴァタール級の放った『パルファン・シャンソン・ダ・アムール』と判っていても、防げない。
「なにか、遮るものがないと……。そうだ、『アイスクラフト』!」
 氷の塊が出現したが、敵の脇にゴン、と落下しただけだった。星奈はその上に登ると、裸女に人差し指を突き付ける。
「もー! 人前でそんなカッコするからコスプレイヤーが誤解されちゃうんだよ!」
「何に誤解すると言うの? あなたのその恰好も、裸婦像とかわらないのではなくて?」
 ル・シャヴォーヌは、どこも隠さず踊り出す。
 ふりかかる泡に星奈は足場を崩されそうになるが、耐えて先ほど言いそこなったセリフを叫んだ。
「モラルを守らない淫魔は、星光閃姫☆キラメスターとジンライくんが、キラッ☆とやっつけちゃうよー!」
 光が沸き上がり、氷の塊を七色に透かしている。
「ちょっと足が冷たいけどガマンするよっ! 『インフィニット☆キラメイザー』!」
 星奈の両掌に収束した光が、淫魔に照射される。
「ほほほ、それしき……あ、あら?」
 大きく股を開いて、裸女は転倒した。いつのまにか、庭園の石畳が、沼のようにズブズブになっている。
「星奈と僕とでつくる連携だ!」
 頼人が、竜骸剣をかざして急降下してきた。
 『侵略(インベイデッド・ユア・テリトリー)』、氷塊を光で解かしてもらい、それを材料に、積み重ねた効果で生成したトラップであった。
 一撃を食らわせた武装騎士は、一皮剥けたように思える。
 罪に問われない世界を揺るがされたアヴァタール級は、やはり、罪を自覚させる方向に変えてきた。
 暁翔は、またひとつ頷く。
「まあ、罪が罰せられないのも夢の中で位が丁度いいんじゃないか? 悪事の妄想程度なら誰でもしているだろうけど、現実でそれをやればどれだけ迷惑かは欠片程でも想像力があれば分かる事だしな」
 泡が減じ、体勢もくずされたル・シャヴォーヌを、ディアボロスたちは上方も含めて取り囲んだ。
「外で裸はいい加減、寒くなってきましたね……。新宿島に帰ったら、熱い風呂に入りたいです」
 テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)が、魔剣を構え、敵に突っ込む。
 続こうとした川屋・ゆきの(封印の退魔巫女・g03290)は、ふと思い当たる。
「催眠が覚めたら服を着られると、気がついていらっしゃらないのでしょうか。わたしの姿は悪魔の仕業ですが、テレジアさんも、ひょっとして……」
 騎士は、魔力なら纏っていた。
 それを刃に移し、『獄災の衝撃(カラミティ・インパクト)』を打ち込む。
 淫魔は伸ばした爪で、破壊の乗った斬撃を受け止めた。甲高い音がしたあと、互いに削り合うようにして力くらべになり、テレジアの眼鏡のレンズに、ル・シャヴォーヌの笑みが映りこむほど、両者の顔は接近する。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ」
 魔剣と爪の交差越しに、テレジアは言う。
「淫魔大樹の力は確かに強力だが、確実に追い詰めている。貴様らがどう認識しているかは知らんがな」
「とんでもない。今日だって、あなたたちからたくさんの『堕落』エネルギーを奪ったわよ」
 ル・シャヴォーヌは伏せた視線で、裸体のまま戦っていることを示唆する。言葉で惑わせてくる。
「せっかく育てたトループスを倒されたのは残念だったけど、大淫魔都市に堕落空間があるかぎり、グランダルメの全土から優秀な芸術家や、才能ある兵士を呼び寄せて強化できる。わたしは、それをつかさどる管理人よ」
「なんだと……?!」
 剣が、テレジアのほうに押し戻される。
「『獄彩のバーバラ』様を失ったのは悲しいわよ。けど、人間からトループスへの覚醒は、淫魔学園がなくても起こりえるし、ウィーンでジェネラル級に強化して送り出すことだって、また……」
 その名と言葉を聞き、顔を上げたのは宮美だった。
「やっぱり、あれはエトワールさんが……いや、私が殺したんだ」
 拘束した『くるま裂き人形』が、目の前で砕けた様が脳裏に浮かぶ。
「意志疎通できないと一方的に決めつけて、何も知らないで……」
「宮美さん、やめなさい! こいつの戯言など聞くな!」
 自分で口にしたことで、テレジアも淫魔の常套手段にかかっていたことを自覚した。
 胸を大きく開いて、爪を弾き返す。
 ディアボロスの仲間が切り込むなか、ゆきのが宮美のフォローにはいる。
「……そうか、わかった」
 限界ギリギリ狐娘のつぶやきを聞いた。
「私が殺したくなかったのは、お互い何も知らないで殺し合うのが馬鹿みたいだと思ったからだ……。私が歌うのは、歌を通じて吉音・宮美という存在を知ってほしかったからだ……!」
 『吉音式レコードシールド』と『魔楽器』を奏でる。
「だから、お前も歌で自分を語れ!! 『聴かせてください、貴女の歌を!(コール・レゾナンス)』」
 相手に気持ちを語らせる、精神攻撃のパラドクス。
 ル・シャヴォーヌは、魂が無垢になったかのように、両手を胸の前で合わせる。
「わたしだって、管理人にすぎない。本当は、芸術をふるって活躍したかった。描かれたいし、描きたかった。でも、それはかなわない。芸術の都、ウィーンにいるというのに♪」
 降参したわけではない。
 爆発する泡を撒き散らしながら、歌を返してくる。
「真に芸術の力を持つ者たちは、わたしを置いていってしまう♪ もはや、宮美たちディアボロスを倒すしか、わたしにできることはない♪」
「貴女のことを知れてよかった。……さあ、アゲていきますよ!」
「はいっ!」
 ゆきのが、爆発する泡をかいくぐって、舞う。
「たとえ誰が許しても、自らが許せない事があり、それを人は恥というのです」
 たとえ淫魔ですら平時は隠すような所を隠すことも能わずとも、自らの咎から逃げることこそが最も恥ずべき。
 罪を十分に自覚し、受け入れている者には、これ以上問えるものはなかった。
 『虚空天・阿迦奢(アカシャ)形成』が書き換えたのは、歌うアヴァタール級の姿勢だ。胸の前にあった両手は、頭の後ろに固定される。つまりは、ゆきのが悪魔にとらされているという姿だ。
「お気になさらず、大丈夫です……いまは」
 ささやきかけたのは、真上で攻撃の機会をうかがっていた暁翔に対してだ。
「見られてしまっても、優先すべきは淫魔の討伐です」
 彼の視線は判っていた。
 淫魔にだけでなく、仲間へも遠慮がない。だが、それこそが、ル・シャヴォーヌにとどめを刺せる。罪や罰を超越した業。
「俺の道はおっぱいダイブ、そして落下と共にある!」
 拘束された敵を轢き潰すどころではない。
 自由の利かない相手のふくらみに顔をうずめて、鷲掴み。
「その感触につい手が出て揉みしだいてしまうのは漢の性というものですな。たとえ、切り裂かれても俺は揉むのを止めないッ!」
 あんまりな技だが、フィニッシュを備えている。柔らかなそれを、さんざんに形をかえられ、ル・シャヴォーヌの撃破は、もはや避けようもなくなった。
 堕落世界のこととはいえ、大変な決着になったと、ほかのディアボロスたちは目をそらそうとしたが。
「わたしの……身体を、わたしらしく扱ってくれて……ありが……」
 庭園の管理者は、礼を残して消滅する。
 魂を囚われていた一般人たちは始終、見ずにいてくれた。
「……恥を知るからこそ、人は人で居られるのでしょうね」
 ゆきのが感謝の意を伝えようと近づくと、もう世界がほどけはじめる。
 例外はあるかもしれない。疲弊した仲間たちのなかで、暁翔だけがツヤツヤしている。
「さ、俺たちも現実世界のウィーンに帰ろう。魂の戻った職人ちゃんたちを、淫魔大樹の根っこから助け出さなきゃ」
 こうして、宮殿の地区は解放された。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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