保育園で鬼の仮装(作者 大丁)
新宿駅のコンコースで、ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)は依頼をしていた。
普段から微笑みを浮かべている彼女だが、今日は特ににこやかだ。
「天正大戦国攻略旅団の提案で『2月3日の節分を通じ、地獄変のエネルギーをチャージする』作戦を行う事となりました」
つまり、豆まきに出かける話なのである。
「今年は、七曜の戦も行われる重要な年であり、新宿区の人々をクロノヴェーダの攻撃から守るバリアは、とても大切です。この機会に、地獄変のエネルギーを可能な限り集めてくださいませ」
会場は、奪還された最終人類史になる。
「皆様に向かっていただくのは、渋谷区にある保育園です。周囲の幼稚園や保育園からも園児が集まっているので、会場の園児たちを節分の鬼に扮して怖がらせてあげましょう。保育士が扮した鬼でも、泣き叫ぶ園児達も多いようですから。皆様なら、きっと効果的な鬼になっていただけますわ」
ファビエヌによれば、ツノと虎縞がはいっていれば、仮装はわりと自由らしい。
より多くの園児を怖がらせたほうが、地獄変エネルギーは集まる。どんな姿になるかは、各自の工夫しだいだ。
「存分に怖がらせた後は、園児達と一緒に豆をまいて鬼を追い払い、イベントは終了となりますわ」
準備にはいるディアボロスに、ファビエヌは付け加えた。
「地獄変で集めたエネルギーは、奪還戦時のバリア以外にも、オベリスクの実験や、スフィンクスのような大型クロノ・オブジェクトの稼働にも使用できます。こうした攻略旅団での提案も手広く行われるようになってきましたから、イイコトしてきてくださいませ」
会場の保育園では、節分の前日に、先生たちから絵本の読み聞かせがあった。
そもそもの由来から、分かり易く教えてくれる内容だったが、やはり見開きいっぱいに鬼が描かれているページでは、園児たちはのけぞるほど怖がっている。
「さあ。明日はみんなにも鬼をおっぱらって、福をよんでもらいますよー。できるかなー?」
「はーい!」
会場に選ばれた保育園は、おゆうぎ室が大きめで、ちょっとした体育館くらいあった。
園児はその中央にかたまっている。
豆は小袋分けされたものを、そのまま投げるかたちだ。幼い手には、ふたつも握れれば十分で、『ねんしょうぐみ』では保育士やボランティアが付き添い、豆の小袋も代わりに持ってやっていた。
出入口の陰や、ステージのそでから、その様子を伺う鬼役たち。
テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、頭にツノの飾りを付け、渡り廊下で出番を待つ。
「東洋にはユニークな風習があるのですね」
発泡スチロール製の金棒を持ち上げて、しげしげと眺めた。魔剣のように扱ったら、一振りでポッキリいってしまいそうだ。
「節分かぁ、私もやったなぁ……懐かしい!」
金髪碧眼の少女が、浮かれた調子で言う。ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、改竄前の世界では東京生まれの東京育ち。ルーツはアメリカにあったらしいが、外見以外はほぼ日本人だ。
「あの時はパパが鬼だったけど、ついに私の番が回ってきたか!」
おっきなツノは当然として、虎縞を可愛く取り合わせるために水着を選択。
「テレジアちゃんもだね。日本に慣れてなさそで、しっかり虎ビキニを着こなしてる♪」
「これは……流行っていると聞いて勧められるまま。私はそういうのには疎くて」
吹きさらしな場所で、テレジアとハニエルがむき出しの膝小僧をだいてしゃがんでいるころ、天窓の外では牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)が、ビキニとツノ付きカチューシャの位置を整えていた。
「最近リメイクされたからね☆」
何が? と、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が振り返る。
彼の虎縞柄はパーカーで、かぶったフードにツノがつけてある。いわく、ストリート系の鬼。
「こういうのって、やっと日常に近づいた感じがするよね」
「あたしのとこの節分は……後片付けが大変だから豆まきはしないで代わりに恵方巻食べてた」
星奈は小首を傾げ、ついでニッコリ笑って頼人をみる。
「でも、今回は地獄変エネルギーを溜めるための行事だもんね」
「それもそうか。日常と言っても、戦争の一環なんだからな」
言いつつ頼人も、ふたり一緒での行事を喜んでいる。すると、星奈が急に流し目になった。
「だけど出来るなら豆をまく方がよかったなっ」
「そうなの? ……あ」
屋根の上に、もう一組いるディアボロス。半ズボンとスカートの子たちをチラと見ようとして、星奈はその視線を半ば強引に自分へと引き戻させた。両手で髪をかきあげるポーズで、ウッフン。
「肌面積が多いから、当たるとちょっと痛いからね」
赤面した頼人は結局、星奈のビキニからも視線をそらす。
「ほらほらジンライくん。ソワソワしない☆」
流行っている、と吹き込んだのは彼女である。
「服がピンチは……まぁ、大丈夫でしょう」
戸口から会場を覗き込みながら、テレジアはトップスの肩ひもが、ちゃんと結ばれているか、首のうしろに手をやった。おゆうぎ室のステージのそでには、風祭・天(吸血鬼の傾奇武者・g08672)と南雲・琴音(サキュバスの思想家・g07872)がいる。
「保育園での鬼コス……やば悩まんかった?」
「私はいろんな役をこなしてきたから、今度は鬼になるんですかあって気楽でした」
寒そうな恰好のディアボロスが屋外で、着物の天とメイド服の琴音が室内という逆転現象、パラドクスなエフェクト。とはいえ、天も琴音もミニ丈で、もちろん虎縞。服下にも同柄を身につけている。
「ま、最近は和風の世界観で鬼と戦うのも流行ってんし……ってコトで、和風鬼娘かな。棍棒持てばパーフェクトっしょ☆ がおー☆」
天は、柔らかい玩具で凄む練習をした。ツノは、こちらのふたりもカチューシャだ。
「じゃあ、はじめましょうか。園の先生から、合図が来ました」
「おけまる水産よいちょまるー!」
ざわついている園児たちにむかって、保育士がしーっと人差し指を唇にやる。
その指でステージのほうを示すと、幼い瞳もいっせいにならった。
「アッハッハッハー! この保育園は、我々が占領したー!」
悪の組織の現役女幹部、琴音が高笑いとともに登場する。パラドクスの『戦闘員突撃(ヤッテオシマイ)』を発動し、全身黒タイツに虎縞パンツを穿いた者どもを、ステージいっぱいに並ばせた。
「一歩も逃がさないぞー。お前達……やっておしまい!」
「きゃー!!」
5歳児は、要領を心得ているのか、悲鳴をあげながら走り出した。4、3歳児は、声もだせずに立ち尽くし、2歳児は世話係の胸にとびついて、お顔を伏せている。
幻影の戦闘員は飾りなので、その場に残し、琴音と天はフロアへと飛び降りた。
戸口からは、テレジアとハニエルが姿を現す。
そして、天窓を抜け、頼人と星奈が『飛翔』してきた。
「ほらほらー、早く逃げないと食べちゃうぞー」
頼人は、元気のいい5歳児たちを、飛び回って追いかける。
「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞー?」
手をわきわきさせ、高度を上下させてからかう星奈。
園児たちは、おゆうぎ室の壁にそって、ぐるぐる走る。
「星奈、節分の鬼ってこんな感じでいいんだっけ?」
「あ、ジンライくん。これ違う行事だっけ?」
飛翔するふたりは、ツノの上にハテナマークを浮かばせながらも、鬼役を続けた。
「悪い子は山奥に連れて行っちゃうぞー! もうパパとママに会えないぞー! がおー!」
ハニエルの吠え方も、何かが混じっている。彼女の実家が、こうだったのかもしれない。逃げることのできる園児は、しだいに同じ方向に周回するようになってきた。追う、鬼たち。
輪の中央に、もっと小さい子たちが取り残されたようにひとかたまりになっている。
(「子供に当ててしまわないように気を付けて……」)
テレジアは、軽い金棒を振るって、動けない4、3歳児たちを脅かしにきた。
「怒りよ、怨みよ、憎しみよ――呪いとなりて刃に宿れ!」
「うわーんっ!」
魔剣の騎士が構えるだけで、けっこう怖いらしい。あわてて逃げ出し、『ねんちょうぐみ』の輪についていきはじめた。
「『殺気』を放つまでもないようですね」
「当ったり前でしょ、テレジア。みんな、シンプルにどちゃくそ怖い感じだよ」
天は、ミニ丈和服だろうと、紐みたいなビキニだろうと子供には鬼に見えてるんだな、と、ある意味で安心した。
「オッケー。私はノリを変えてみよう。ゴーゴー☆」
金棒で、ビキニパンツのお尻を叩いてやると、テレジアが小さく悲鳴を上げる。彼女からも逃げながら、周回の輪に加わる天。
「私に捕まると可愛くなくしちゃうぞ☆」
おしゃまな感じの女児をみつけて脅したり、つい笑っちゃってる子にターゲットを変更したり、と臨機応変。走るスピードも合わせてやっている。
「あ、あの! 天さん!?」
ノリとやらにも混乱するテレジアに、最初から逃げ出していた5歳児たちが、うしろから追いつきつつあった。
走るビキニ姿を、その対角線からハニエルは見る。
「可愛い格好で大きな声出して怖い事言うとギャップでより怖い! って寸法だね」
実際、ハニエルの水着も、そんなに泣かれるものとは思っていなかった。
「よかったんだけど。でも、本気で怖がられると、天使的には罪悪感だしちょっと傷付く……」
なかには、保育士に抱っこされて、あやされる段階の子までいた。
琴音は、そんな男児のところにきて、顔を覗き込む。
「泣いて怖がる子には、おねーさんがイケないこと教えちゃ……うん、冗談だから、先生睨まないでね☆」
「こらー。オニめー。おまえのじゃくてんは、ここだー」
うしろから追いついた、みるからにいたずらっ子が、テレジアのボトムの結び目を引っ張る。
「まったく……ませた子もいるのですね」
振り返ってしゃがむと、発泡スチロール金棒でコツンとやった。
「この程度で許されるのは子供の間だけですよ」
「ごめんなさ……い、ただきー!」
トップスもやられた。
「こらー! 小僧!」
琴音のメイド服、そのスカートにもぐりこんでいる子がいる。
「そんなところに逃げ込むようでは、ヒーローにはなれないぞ?」
女幹部のお説教だ。
「ヒーローになりたいのなら、勇気を振り絞って立ち向かうのだ」
そろそろ頃合いだろう。園児たちをじゅうぶんに怖がらせたので、段取りをしている琴音は告白した。
「ちなみに、私の弱点は豆だ!」
ビキニの紐ではない。
雄々しき楽曲が、おゆうぎ室に流れ始めた。
琴音は周囲を見回し、ステージの上の戦闘員も方々を指差す。まさに、ヒーローの登場を告げるような、それでいて変身ヒロインのメタモルフォ―ゼに添えられるような、子供たちの期待をあおる音楽だ。
ハニエルとテレジアは、さりげなく出入口がわを背にする位置にきて、天もそこに混ざり、頼人と星奈は、飛翔を解除する。
続いて、ふたりが使った天窓から、声が響いてくる。
「渋谷区のおともだちー!」
「ちゃんと豆は持っていますかー?」
走っているうちに、落としてしまった園児には、保育士たちがまた渡してあげている。5歳児くらいになると、両手に持った小袋を、天井に掲げて振っていた。
「トウッ!」
「ハァ!」
半ズボンとスカートのふたりが、子供たちが見上げるなか、飛び下りてくる。
「オレ達と一緒に悪い鬼をやっつけるぜー!」
泰地・紅音(ヒーローになりたいお年頃・g00486)が、ひざ着地のあと、すっくと立ちあがった。
「さあ、みなさま。わたしたちと協力して怖い鬼を追い払いますわよー!」
天光院・葵巴(人間のサウンドソルジャー・g01148)は、ふわりと舞い降り、内股ぎみにつま先を床につける。
ふたりは弱冠11歳にして、立派なディアボロス。いや、葵巴はさきごろ誕生日を迎えたばかりで、12歳のディアボロス。ヒーローショーのノリで登場をキメた。頼人は、ちょっと嬉しくなってニヤケそうになるが、なんとか堪える。
「それー!」
「やー!」
紅音と葵巴が、ステージ上の幻影戦闘員に豆の小袋を投げつけると、袖にはけて消滅する。園児たちも、上の子から下の子まで、豆を投げはじめた。
「イタタ! これは敵わぬ!」
琴音は、実に慣れたもので、もがきながら退散した。
「降参! 降参だ! 撤退ー!」
両手をあげて、テレジアは戸口から出ていく。この恰好で渡り廊下を走り去るのは、ちょっと寒い。
園児のほとんどは元気いっぱいになったけど、やっぱり泣いたままの子もいる。保育士があやして、豆を握らせようとしていた。
ハニエルがその様子を見ているので、天はそっと囁く。
「ほらほら。撃退される時は大袈裟に。怖がらせつつ良い思い出も作って貰わないとだしさ?」
「うん……。まぁ、でも、これも教育かな、日本もなまはげみたいな文化あるしね!」
ちょっと浮かない顔をしてしまった天使は、抱っこされたまま近づいてきた泣き虫から小袋をくらって、鬼役をまっとうした。もちろん天も、劣らぬくらい、和服の袖を振り回して苦しんでみせた。
星奈と頼人は、頭をかばう演技をしながら額を突き合わし、行事の成功を喜ぶ。
「園児たちが勇気を出して豆を投げつけてくれてよかったね、ジンライくん☆」
「さすがに、怖がらせすぎてトラウマ残す訳にはいかないからね。イタッ!」
なんか、すごくいい豆をくらったので、頼人が顔をあげると、全力で楽しんでいる紅音の姿があった。
「鬼の意表をつくんだー! ストライーク!」
「ちょ、ちょっと紅音……っ」
「ジンライくん、一緒に退却するよー☆」
腕を星奈に引っ張られて、頼人は状況を思い出す。
「こ、こりゃたまらん!」
そそくさと、ストリート系鬼は、ビキニ鬼をつれだって出入口から退散した。
「みなさまのお力で、鬼を追い払えましたわよー!」
葵巴が園児たちに呼びかける。
ひとりひとりの顔を確認したら、最後はみんな笑顔になっていた。
「よーし、鬼退治の次は福を呼ぼう! みんなで渋谷区の保育園、幼稚園をパワーアップするぜー!」
「お兄さんの掛け声に合わせますよー」
保育士は、半ズボンのディアボロスを男子と勘違いしているが、紅音はそんなことは気にしない。おゆうぎ室に声を張り上げた。
「福はー、うちーッ!!」
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー