大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『『ミウ・ウル』曇天の試運転』

ミウ・ウル』曇天の試運転(作者 大丁)

 時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、『蹂躙戦記イスカンダル』行きのパラドクストレイン車内で、依頼を行っている。
ごきげんよう。巨大砂上船スフィンクスの2号機の修復が完了し『ミウ・ウル』と名付けられましたわね。皆様には、この『ミウ・ウル』の試運転も兼ねてセレウコス領に向かっていただきますわ」
 人形遣いのぬいぐるみの一体が床に伏せる。
「カナンの地に近いセレウコス領では、ディアボロスの活躍によって多くの人間の女性が救出された影響もあるのでしょう、亜人たちによる人間狩りが頻繁に発生しているようなのです」
 車両の中心線を境界に見立てて、四つん這いのぬいぐるみが左右を行き来した。
「襲撃される一般人を救出し、『ミウ・ウル』を使って、カナンの地に脱出させてくださいませ」

 まずは、事件現場の近くまで『ミウ・ウル』を移動させる必要があるという。
 依頼参加者たちはロングシートから身を乗りだし、ファビエヌの操るぬいぐるみの動きを注視した。
「パラドクストレインイスカンダルに移動後、カナンの地にて、ミウ・ウルに乗り換え、襲撃される集落に向かってください。ミウ・ウルでの移動中は、船内でご休憩されても、操縦などを担当されてもイイでしょう」
 ぬいぐるみが、仮想の境界を越えた。
「集落まで移動した後は、亜人たちと戦って、一般人を救出してくださいませ。トループス級『沼地の闇トロウル』は、いかにも粗暴そうな巨漢ですが、見た目よりもずっと狡猾です。女性を攫うことに積極的であり、なおかつ、そうした女性の幻影を見せる技まで使います。かわりに、光を苦手とすることが事前に判りました。戦闘不能になるほどではないものの、参考になさって下さい」
 闇トロウルを率いているアヴァタール級が、『ジャヒー』。
「女性的な仕草をする蛇頭です。亜人の例にもれず、男性ですわ。やはり狡猾で残忍です。ただし、皆様が集落に入ると、襲撃を一時取りやめて、戦闘に専念するよう、指示を出してきます。これらの敵を撃破後、一般人の方々には、『カナンの地への移住』を提案してください」
 『ミウ・ウル』に乗船させて帰還すれば、作戦は成功となる。
 ぬいぐるみも、境界線へと戻っていく。
「このように、現段階ではセレウコス領の奥へは向かわず、既に制圧したカナンの地と往復可能な範囲での活動となりますわ」

 ファビエヌの案内は終わり、人形とともにプラットホームへと引き上げた。
「カナンの地の亜人の殆どは、『獣神王朝エジプト奪還戦』でプトレマイオスと共に全滅しておりました。現在、カナンの地は安全と言ってよいでしょう。それに、こうしてエジプトからまたがって『ミウ・ウル』を活用できるのも喜ばしいことです。試運転と移住支援を、ぜひ成功させてくださいませ」

「ぐえっへっへっ! 今日はいい天気だぁ!」
 どんよりと曇った空を見上げて、灰色の肌がぶるぶる震えた。
 『沼地の闇トロウル』にとっては、陽の光が直接ささなければいいらしい。
「ああ~! それによ、人間を好きなだけ襲っていいンだから、そりゃゴキゲンだぜぇ!」
 拳には、人間の腰を握れる大きさがある。亜人たちは、泣き叫ぶ女性たちを手に手に持って、下卑た笑い声を響かせていた。
 セレウコス領のある集落でのことだ。

 人頭の獣型と、ディアボロスたちが合流したのは、カナンの地でも平野にあたる。
「なるほど、これが噂の巨大砂上船」
 実物は初めてのテレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、思わず眼鏡をかけなおした。
「なんと大きい……私が知る陸の乗り物と言えば、せいぜいが荷馬車程度」
「車の運転なら勝手は分かるけど、貨物船にちかいのかしら?」
 梅指・寿(不沈の香・g08851)も、きょろきょろと周りを見回している。そんな初対面組とは違い、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は感慨深げに言った。
「『ミウ・ウル』……。正式な名になったな」
 亜人のジェネラルに奪われぬよう、一度は破壊することとなったが、黄金の顔面など、しっかりと直してもらえている。安堵と感謝の念が、エトヴァの胸中を満たす。
「思えば奇妙な縁だな。プトレマイオスの軍勢に立ち向かった、偉大なる猫」
 つぶやきに、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)が反応した。
プトレマイオス。その名はよく耳にしますね」
 『蹂躙戦記イスカンダル』の出身者にとって、エジプト奪還戦で撃破された将軍の詳細は、新宿島で得た知識が元となっている。
「カナンの地を拠点とできたことはこの世界で亜人どもを殺すために大いに役に立っています。私は参加していませんが、先の戦いで彼の亜人を始末できたのは大きな意味があったことでしょう」
 クロエも、ミウ・ウルに尊敬のこもったまなざしをむける。
亜人は、やはり滅ぼすべきものだ」
 ヴィオレット・ノール(北の菫・g09347)が、大きく頷いた。
「滅ぼさなくてはならない。そう強く感じるよ。多分、過去の僕もそうしていたんじゃないのかな」
 肝心なところで、心に雲がかかったかのようである。
「……確証はないけれど、ね」
 柔和な表情のままなのが、より寂しげにさせていた。
 ディアボロスに覚醒し、パラドクストレインで自分のいた時代を訪れたとしても、記憶が返ってこない場合も多い。ヴィオレットが見上げた空も、どんよりと曇っている。
 エトヴァは、あえてミウ・ウルに話しかけた。
「これからはイスカンダルの人々の為に、よく働いてな。……さて、俺も働くので」
 乗り込んだあと、皆でいったん操舵室に上がる。
 経験のある者は試しに機器に触れ、変更点や不明点をよく確認する。
「操作系統は……以前と変わってないかな?」
 『操作会得』を出したエトヴァをみて、テレジアもそれに倣った。
「わくわくしますね」
「おばあちゃんもミウ・ウルの運転を試してみていいのかしら?」
 寿が頷きかける。
「うふふっ、依頼は真剣にするけど……、実は試運転できるって聞いて楽しみにしていたの」
 横から、操作盤を覗き込んだ。ちょうど、ヴィオレットが『操作会得』の振る舞いを凝視しているところで、目線のからみに彼は。
「もちろんだよ。今後の作戦を考える上でも、ミウ・ウルを動かせる人手は多い方が良いからね。僕も操舵練習をさせてもらいたいし……」
 と、穏やかに応える。
 けれども、後ろのほうから眺めていたクロエが、ふいに口を開いた。
ヴィオレット? ……なにか、心配事でもあるのですか」
「え……?」
 取り繕う暇はなく、顔色を変えたファランクスランサーは、素直に打ち明けた。
「少し、いや、大分焦れてるな。時先案内人の予知は絶対のものと聞いたから、今回は……到着した時点で既に集落が襲われている、のだろうかと」
 場にいる誰もが、理解できる心情だ。
「急ぎ、ますよね? 無理言ってるようなものだもの、私は……」
 寿が、乗りだしていた首をひっこめたので、ヴィオレットは余計に恐縮する。
 テレジアが考えていると、エトヴァが先に提案した。
「予知の範囲で、速度を上げられるか調べるのも試運転のうちだろう。俺も、どの地形まで対応できるか見ておきたかったんだ」
 カナンの地からセレウコス領を目指すと、あいだに起伏の大きい場所に出くわす。山を避けて蛇行すれば、それだけ時間もかかる。全速力と走破力を試す回ということにして、直進しようと言うのだ。
 もちろん、希望者の訓練も順番に交代で行う。
「方針は決まりましたね。ここはみんなにお願いして、私は内部設備の点検を行います」
 クロエは通路にむかい、数人があとにつづいた。
「それじゃあ、最初の操舵は僕が任されようか」
 ヴィオレットは、緊張した面持ちで中央に立つ。
「可能な限りでいち早くたどり着けるよう加速してみるとしよう。頼んだよ、ミウ・ウル」
 装置に触ると、機関部のうなりが応えた。
 大窓から一望していた平原へと、船体は滑り出す。それは、考えていたよりもずっと伸びやかだ。思わず、深く息を吐くヴィオレットと、口元をほころばせるテレジアだった。
 女騎士は、いっそう好奇心を刺激されている。
 通過していく場所には、セレウコス配下の偵察部隊が侵入してきたあたりも含まれていた。その撃退と、周辺住民の移住を手伝ってきたクロエは、一般人たちを乗せるのに必要な物資や設備に関心があった。
「水や食料……。あとは設備に破損はないか、寝具は十分か。見ておく必要はあるでしょう」
「衣食住の整えは第一にだね」
 エトヴァも各部屋をみてまわり、そのあいだ、寿は『クリーニング』を発動して清潔にしていた。
 もっとも、乗り込んだときに見たとおり、外観どおりに内部もピカピカだ。その辺りはクロエも承知していて。
「点検をしたところで今回修繕や補給ができるわけではありませんが、次回の役には立ちますから」
「ああ。役立つものがあれば、いずれ持込や改装もできるかな?」
 気に止まったのは、元がマミーやエンネアドのためのクロノ・オブジェクトだった点だ。その後の運営もディアボロスが行っている。強化された身体には感じられなくなっているかもしれない。
 一般人にとっての快適さを。
 ゆえに、クロエたちは慎重だった。
 慎重さで言えば、操舵室のテレジアだ。操縦を試みたものの早々にリタイアするはめに陥っていた。またヴィオレットに戻っている。
「私は、馬以上の乗り物を知らなくて……」
 『操作会得』のサポート効果で操縦自体はできるが、安全確認などに思ったより神経をすり減らしてしまったらしい。
「戦う前に疲労困憊になっては仕方がないですよね」
「ほかのみんなとも交代しよう。僕も掃除を手伝いたい」
 ヴィオレットに頼まれて、テレジアは船内に呼びにいった。顛末を聞いたクロエは、手伝って欲しいことがあると言う。
「境界の山を越える前に、やっておきたいのです。ミウ・ウルの背中に出ましょう。そのあと、眺めを楽しんで休憩できますし」
 『照明』の試し打ちだ。
 残留効果を受け取って、テレジアは曇天の下が範囲内だけ明るくなるようにしてみた。
「なるほど……。同じ昼間には違いないが、晴れた日中並みになれば闇トロウルが邪魔に感じる可能性はあります」
「ありがとう。こちらも万全。時先案内人の予知は重宝しますね」
 やがて、景色は丘陵に差し掛かる。
 操縦はエトヴァに代わり、決めたとおりに直進を選んだ。
「砂地、荒地だけでなく……沼や段差もいけるかな」
 同型船が、街でも神殿でも侵攻していたように、自然が相手でも通用する。
「……万能だなあ」
 現場への急行という目的はあるものの、ミウ・ウルの性能に楽しくなってきた。
 寿の順番が来ると、より現代的な扱いをしてみる。
「車とはやっぱり違うのね」
 そう言いつつ、ぐいーっと力いっぱいハンドルらしき部分を回してみる。
「ふむむむ……!」
 曲がるだけでなく、船体ごと傾いたまま進んだ。異常は起こらなかったが、背中にいたテレジアらの報告では、一般人を乗せた帰途では避けた方がいい操作らしい。
「あらやだ、ビックリさせちゃった? ごめんなさいね。……えいっ!」
 しかし、足元では、ぐにーっとアクセルらしき部分を踏んでいる。
 おかげで、岩山ひとつを飛び越えて、計画どおりにセレウコス領側へと下っていくことができた。集落のそばまで来ると戦闘要員は下船して、亜人たちへと突撃する。

「ぐえっへっへっ! 今日はいい天気……だ……が?」
 どんよりと曇った空を見上げて、『沼地の闇トロウル』は訝しんだ。集落の囲いを越えて、何かが飛来してきたから。
 速度優先で、ヴィオレット・ノール(北の菫・g09347)は『飛翔』を使う。
亜人は須く殺す。そこに変わりはないけれど……」
 こっちを指差している大男の、もういっぽうの手に握られている女性に意識がいく。
「……助けられる生命があるなら、僕は動いてしまうかな」
ヴィオレットさん、私に策が!」
 追いついてきたテレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)が言うには。
「飛翔中は目立つ。普段ならば短所ですが、目を引き付ける目的なら長所に変わります。さらに……うぉおおおおっ!」
 鬨の声をあげた。
 トロウルのほかの個体も、次々と顔を向けてくる。なかには、囲いの隙間から『ミウ・ウル』の船体を見つけ、騒ぎだすものも。
 操舵の梅指・寿(不沈の香・g08851)が仲間の突撃を助けるよう、砂上船をドリフト停車で戦場ギリギリに寄せて止めた。
「本番ね、ここから気合を入れて……絶対に住民や周辺の人達を守って見せるわ」
亜人の蛮行を知る度に怒りを覚えます。私怨のみで戦うまいと抑えるのも難しくなってきました」
 集落に入ったハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は努めて冷静に、守るべき者たちの居場所を確認する。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)もそれに続く。
「できる事を為すのみだが、過酷な土地だ……。堪えても溜息が落ちる。トロウルども、獣以下だな」
 挑発で、巨躯の敵をなじった。
 数体が女性を握ったままなので、注意を払いながら。
 すると、裏返ったような叫びが。
「あんたたちッ! 女を攫うのは後回しよッ!」
 アヴァタール級の指揮官、『ジャヒー』だ。
 蛇の首をくねらせ、命令する声はこわばらせている。
「偵察部隊を壊滅させたヤツらに違いないわ……。全員で応戦してッ!」
 家屋に人間を追っていた配下も、指示を守ろうと戻ってくる。
「居ましたね」
 クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は、冷めた口調だ。
「では今日も、亜人どもを殺しましょうか」
 上空で大声を出しているテレジアと、練習に沿って『照明』を焚いた。闇トロウルの目は十分に引き付けられていたので、光を嫌う亜人はこれに怯む。
 ディアボロスの突撃隊は、ただちにパラドクスを打ち込んだ。
 エトヴァも照明を使ったが、大男が顔を覆った拍子に落ちてきた女性を、飛翔で救い出す。ハーリスは巻き起こした砂嵐に紛れ、『アヌビスの爪』でトロウルの腕を強打、被害者を解放する。
 操舵室から駆け付けた寿が、ちょうど抱きとめることに成功した。
「大丈夫よ」
 安心させてから、村人たちのほうへと押しやる。
「あ……ありがとう」
「ありがとうございます! ……さぁ」
 男性や老人は、襲撃を受けながらも勇敢で、助け出された女性の手を引いていった。
「へぇ……」
 感心の声をもらしてから、寿はオーキッドソード『鴛鴦』を抜く。
 闇トロウルたちは、眩しさに顔をしかめながらも、両手で格闘を挑んできた。
「ああ~! すぐによ、また女を攫ってやるぜぇ!」
 さすがに、人間を掴んだままでは闘えないようだ。
 ヴィオレットは少し気持ちが落ち着いて、テレジアに頷きかける。
「ひとまず人命救助に不安はなくなりました。しかし、大男総身に知恵が回りかね……とはいかぬ手合いのようですね」
 応えて女騎士は、力押しに挑むつもりのようだ。
 魔剣を押し立てながら、急降下していった。
 集落内が戦場であることに変わりなく、大立ち回りで敵を斬り、囮としての役目を果たそうとしている。ヴィオレットは遠距離攻撃で援護しつつも、被害が広がらないように気を配る。
「女性に危険が及ぶことは亜人もしない、か。曰く、『大切な雌腹』らしいからね」
 胸のうちに再び、こみ上げてくる。
「……本当に、下種の言葉だよ」
 『追尾する魔弾(ホーミングバレット)』を放った。
 敵だけを的確に狙うのはもちろん、脚や膝を狙って巨体を支えられないようにする。
「それじゃあ、死ね」
 怒りは魔弾のダメージを増幅させた。
 弱ったトロウルの心臓を貫く。
 テレジアが相手している個体は、彼女を追うことに執念を燃やしていた。拳を器用に振り回し、カウンターを狙っているらしい。
「面倒だ……力で罷り通る!」
 それでも減速することなく、テレジアの身体が突っ込む。全力の『赫怒の鏖殺剣(レイジング・カリバー)』が、巨漢の土手っ腹を叩っ斬った。
 ゆっくりと、くずれるトループス級。
 他の配下はそれを目の当たりにし、迂闊に近寄らず、家屋のレンガを剥がして投げ始める。長い腕からの投擲物は、速度もあろう。
「トロウル……大きいわね。それに狡猾だなんて怖いわね……」
 寿が、潜んだ位置からその様を見ていた。
「なんて、たったそれだけで私が臆すると思った? いいえ、私だけじゃない……ここに来た子皆その程度じゃ止まらないわ」
 大胆な暗殺者がいたのは、干しレンガの壁際だった。
「ああ? ……グフゥッ!」
 死角からの『アサシネイトキリング』で、亜人の喉に『鴛鴦』を突き入れる。
 次へと位置を変え、その際には砂嵐に紛れた。
 仲間の姿を隠しているのは、ハーリスだ。
「砂漠の神にして砂漠を行く者の守護者たるセトよ、お力添えを。異郷の民であれど守るべき者には違いありません。どうかその御手をお貸しください」
 『セトへの嘆願』が、黄金色の砂を展開している。
 レンガを握ったままのトロウルが、不明瞭な視界をはらそうと、顔の前で手を掃うような動作をしている。光が嫌いなだけで、見えないことが好きなわけではないのだろう。
「砂漠の神セトに奉る」
 祈りの声が、高くなった。
 砂嵐の中から閃光が輝いて、見ようとしていた亜人に永劫の闇を贈る。すなわち、死だ。
「ぬぅ……」
 撃破後、ハーリスはまた眉間にしわを寄せた。
「実際に人を捕らえていなくとも、幻影だけでも耐え難い……!」
 残存するトループス級が、両手にそれぞれ人間の女を握って並んでいる。表情は、いかにもな下卑たものだ。
「くだらない手を使いますね」
 クロエが、静かに言った。
 ハーリスはかすかに頷き、エトヴァは緊張した面持ちで見守っている。
 集落の一般人は逃げおおせたはず。戦闘に加わった配下が攫いにいくタイミングもなかった。自分たちの判断を信じて突っ込むか、あるいは。
「仮に戦場に迷い込んだ者がいたとして、それで死ぬのはその者が愚かだっただけのことです」
 とうとうとクロエが語る。
「愚者の命なんて、魔女の関知するところではありません」
 『ヘカトンケイル・ユグランス』、種子から成長した100腕の巨人が、妖花の使い手の背後に立ちあがる。
「ひぇっ……!」
 闇トロウルでさえ、小さく呻いた。
 なまじ知能が高いと、言葉の意味が理解できてしまう。『ごまかし』の通じる相手かどうか。
 亜人がおののいた隙にディアボロスたちは照明を強め、ハーリスは閃光を発した。
 エトヴァは、チェロを演奏する。
「『Da ist Musik drin.』♪」
 『Teufelshymne(トイフェルスヒュムネ)』の歌声は、音であって光でもある。
 彼が捧げるのは神ではなく人に対して。
 旋律の気高さが、悪意の根源さえ照らしだすのだ。
 大男に握られた人の影は、それぞれがトループス級の変身であることが暴かれた。
「トロウル如きに人間を真似られるか。容赦はしない!」
 チェロの弓が、エトヴァの手元で軽やかに往復し、悪しき人の影は溶けてなくなる。元の大きさのままのトループス級が、アヴァタール級『ジャヒー』のほうを向いた時、彼らの頭上には巨大なクルミの実が迫っていた。
「種子に宿るは、我が恐怖」
 クロエのヘカトンケイルが、クルミで闇トロウルを押しつぶしたのだった。

「女性達が無事で良かった……」
 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は、長く息を吐く。砂嵐を沈めたハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)が、遠くまで確認している。
「捕らえられた方々も、救い出せたようです」
「集落の人間は……皆離れてる、かな」
 なによりも『ミウ・ウル』を急がせていた、ヴィオレット・ノール(北の菫・g09347)だ。ハーリスは頷いた。
「これも人々が恐るべき亜人の襲撃に逃げ惑うだけでなく、女性を助けようとする意志があってこそ。彼等のためにも亜人を殲滅しましょう」
「ああ。不届き者を始末する」
 『飛翔』するエトヴァ。
 梅指・寿(不沈の香・g08851)は、二丁拳銃を取り出して構える。
「いよいよ大詰めね、頑張るわ」
 仲間と別れて遮蔽物の陰へと、姿を消した。
 あえてその場に立ったまま、ヴィオレットは専用の杖、『星月』を手にする。
「必ず殺して、皆を安息の地へと誘おう」
 睨んだ先には、アヴァタール級がいる。
 闇トロウルたちは全滅する直前に、この『ジャヒー』に助けを乞うたようだった。しかし、少しも気にしている様子がない。
「あ~ら♪ プトレマイオスの領地に入り込んだ謎の敵、と思って焦っちゃったけど。なかなか好みの男が混じってるわ」
 蛇の亜人が身体ごとくねる。
 興味深げに、下弦・魔尋(淫魔導機忍・g08461)は頬を緩ませた。
「かっこいい男の人が好きなんだ」
「顔の良い男。なるほど、僕かな」
 少し余裕の出てきたファランクスランサーに、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は真顔で言う。
「事実ではあると思いますが、自分で言いますか。ヴィオレット」
「……男色の気か」
 テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は納得の表情をみせ、すぐに眉根を寄せた。ヴィオレットは咳払いをして。
「この蛇亜人を見るのも何度目か。多少なりとも気を引けるなら、ここは前に出て戦おう」
「まぁ、そういうことでしたら前衛はお任せします」
 クロエは、戦術であるなら異論はない。
「ボクってその判定だとどうなの?」
 いい顔の男性、というより、女性に間違われることもある魔尋だ。彼は、男色亜人の対象外だろう。
 どうやらテレジアは、そのように考えたようだが、触れずに自分の疑問を優先した。
「他者の嗜好にとやかく口を出す気はないが……数を増やさねばならない亜人の生態的に大丈夫なのか?」
「ま、どっちでもいいけどね。お互い、相手を倒したいって事は変わりないんだからさ!」
 魔尋は気にしていない。クロエも、興味のある部分にだけ反応した。
「倒すのは私たち。後はいつものように、亜人を殺して仕舞いにしましょう」
 ディアボロスたちは打ちかかりつつ、タイミングをずらしながらアヴァタール級に挑む。そのなかでも、ヴィオレットに対しては、実際に亜人の好みだったようだ。
「ホラホラホラ♪ チューしてあげるわよ♪」
 毒液を吹くパラドクスのはずだが、なぜだか抱き着いてこようとする。
(「決定的な一撃は、味方の誰かが入れてくれればそれで……」)
 杖を振りつつ、まだ本気の踏み込みは控えていた。ちゃんと、寿が意図を察して。
(「私の特技は暗殺だから……。実はこっちの方が慣れてるのよ」)
 死角から、二丁拳銃の全弾を発射する。
「ウギャ! ……やったわね、もう。任務だから女の子を攫っていたけど、ホントはキライなのよぉ!」
 ジャヒーは怒り、なにやら他の不満も含めて、『蛇鞭酷打』を寿にむかって繰り出す。
「反撃が鞭の連打……っ」
 暗殺技も、姿を現してしまえば、有利さはなくなる。
「それなら……! 避けるよりヒルコの身体能力を生かして」
 寿は、蛇亜人の懐に潜り込み、致命傷を避ける。
「領地から、こんな所にまで人狩りなんてよっぽど人間に飢えているのね。貴方の場合、男性も必要みたいだけど……」
「小癪な、若いオンナがッ!」
 挑発にのって、鞭が空振りしはじめた。
 実年齢を黙っておけば、相手に悔しい思いをさせられるようだ。見た目は、日本人形のような容貌をしたヒルコは、さらにまくし立てた。
「あいにく、この場にいる誰一人あなたに渡すつもりはないわ」
「殺してでも奪うわよ。……『死の接吻』で!」
 ジャヒーは投げキッスを、ヴィオレットのいた場所に。蛇の口からの毒液だ。
 けれども彼は、寿との舌戦の隙に背後へと回り込んでいた。
「よいしょっと!」
 フルスイングの杖で後頭部を殴打する。
 ガツンという衝撃によって、蛇のアヴァタール級は長い舌を噛んだ。
「……う。うう~」
 顔が良かろうと、殴った男にむかって苛烈な報復にでるのは明らか。クロエは、それを上回る怨みを沸き上がらせた。
「種子に宿るは我が怨恨、芽吹け『ハルピュイア・ヒペリカム』!」
 オトギリソウの種が、魔力で急成長した。
 出てきたのは、鳥身女頭の怪物。群れで上から、ジャヒーへとたかる。ヴィオレットへの矛先を逸らすのだ。
 羽ばたきをいくつも受けて、亜人は腕で顔を覆った。
 視界が狭まったあいだに一羽が鉤爪を突き立て、蛇の肉を引き裂く。
 クロエ自身は、護衛に数羽連れて、離れた位置から操っていたが、やがて指示のために伸ばしていた片手を、自分で押さえて呻いた。
 見れば、ジャヒーの尾が、ハルピュイアに絡みついている。
 敵の背中に鉤爪をたてようとして、逆に素早く捕らえられたのだろう。オトギリソウの化身はまだ戦えるようだが、本体の魔力と感情は、絞められるほど下がっていく。
「蛇の亜人か……蒲焼きにしたら美味いのかな……」
 翼をもつ群れの中に、口を利く者がいた。
「ま……」
 蛇の顔は、怒りとも驚きともとれない表情をつくった。傷つけられた個所を、とっさに手で隠している。
 まさか、肉の味をたずねられて、恥ずかしさを感じたのだろうか。
 鳥女に紛れていたのは、青い瞳の天使だった。
「――踊れ、導け、祈りの下に。『Silberner Freischütz-Ⅲ(シルベルナー・フライシュッツ・ドライ)』!」
 エトヴァは、聖なる白銀の弾丸を、両手の銃火器から連射する。ジャヒーの尾は根本からボロボロになり、縛られていたクロエの精神は解放された。
 天使とハルピュイアたちは協力を続けて、加速と停止、緩急や宙返りを交えて飛び回り、アヴァタール級を挟撃する。
「躾のなっていないトロウル共を何とかしろ……と言いそびれたが。長も似たようなものか」
 ディアボロスたちの波状攻撃が効いてきている。
 魔尋は、祝福の力で自己の強度を高め、加速した世界に飛び込んだ。ジャヒーが包囲を遠ざけようと自在に振るった鞭も、潜り抜ける。
「イヒヒヒ、ボクも同じように惑わせる攻撃は得意でさ」
 『魔影分身術』を使って、影法師を囮にしていた。フェイントも織り交ぜ、分身体とで連携攻撃を加えている。
「同じように狙う奴の軌道はある程度読める」
「くう、それでイイ男を連れてるのねッ」
 やはり、魔尋のことを少女と勘違いしているようだ。
 誤解はそれだけではないが。
 鞭が残像を相手に空振りした。
「それに、ボクの方が手数は上だよ!」
 魔忍刃杖『卯杖』が、膨らみを持たないジャヒーの上半身を、袈裟懸けに切り裂いた。
 体液が噴出して、砂地に散る。
 戦闘の影響が人々に及ばないように、ハーリスは引き続き注意を払っていた。敵の負傷を見て、押すべきところと判断する。
亜人に乾燥や熱が堪えるかは不明ですが、見目に気を遣う者であれば嫌がらせ程度にはなるでしょう。それが神の御力によるものであれば尚の事」
 祈りを捧げる、リターナー
「疫病を齎す灼熱の炎を持つ殺戮と破壊の神セクメトよ、お力添えを」
 『セクメトへの嘆願』によって熱波と火炎を授かり、操る。かざした掌のさきで、爬虫類の皮膚から水分が失われだした。
「な、ナニコレェ! あたしのお肌がッ! 日差しは弱いのにぃ!」
 そこは闇トロウルたちと息が合っていたのか、とクロエをはじめ、何人かのディアボロスは思った。
 ハーリスは取り合わない。チャンスとみるや熱波を纏い、陽炎すら起こしながら突撃した。ジャヒーの声は、ますます裏返る。
「あ、あああ! 一番の好みの顔が近づいてくるのに、あたしったら、こんなお肌で……!」
「僕じゃなかった……」
「イヒヒ、判定はハーリスの勝ち」
 ヴィオレットと魔尋がつぶやく。
 最接近とともにセクメトの炎が燃え移り、蛇の肉が焼ける。別に、エトヴァのオーダーに応えたメニューではない。
 鱗の一部を炭化させながらも、アヴァタール級が火を消し止めたのは、鞭の素早さだった。
「た、大変だわ。いい顔も後回しね。どうりで、偵察部隊が帰ってこないはずよ……」
 ふらつきながらも、むしろ戦意をむき出しにしている。
 テレジアは、銃を構える寿を、手で制した。そして、身の丈に匹敵する大剣を抜いて、切っ先で天を示す。決着をつける宣言がわりだ。
 ジャヒーの口元が歪み、長い舌がぺろりと舐めた。応じるつもりがある。
「鞭は華奢な見た目に反し、先端速度は音速を突破する強力な武器。鈍重な大剣では抗し得ない……そんな常識の範疇で、パラドクス足り得る筈がないだろう」
 一刀に精神を集中している。
 しなる鞭が、テレジアの頬を打たんとするとき、大剣にあるまじき神速で『斬殺の一閃(フェイタル・スラッシュ)』を放つ。
 巻き起こった衝撃波で、鞭の先端は逸れた。だが、それも副次的なこと。
 大地に刺さった刀身。
 アヴァタール級亜人、『ジャヒー』の細い身体は、真っ二つに割れていた。
「情報ひとつ持ち帰らせん」
 確実に葬ったのに、テレジアの瞳は眼鏡の奥で燃えたままだ。

「今回の襲撃はひとまず退けられたね」
 ヴィオレット・ノール(北の菫・g09347)が声をかけると、テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、ようやく緊張を解いた。
「人死になし、渡した情報もなし、結果は上々。……あとは現地の民への対応ですね」
 頬にも血色がもどる。
「うん。カナンの地まで送り届ければ任務完了だ。近隣も含めて、だけど」
「集落の人々はご無事でしょうか。探してまいりましょう」
 ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は、飛翔した。
 柵の外まで逃げのびた一般人、散らばってしまったものを呼び集めにいく。その姿を見送りながら、梅指・寿(不沈の香・g08851)も思い出した。
「そうだわ、さっき救出した女の人の手を引いてた男性達に……」
 見渡せば建物の陰から、様子を伺う目がいくつもある。その中から見つけた顔に、大きな声でお礼を伝えた。
「ありがとう。とても助かったわ」
「……い、いやあ、私たちのほうこそ」
 男性と老人たちがおずおずと出てきてくれたので、他の住民たちも彼らに倣う。
「だってあの行動のお陰ですぐにトロウルの撃退に移れたもの」
 寿がそう言うと、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も続けた。
「勇敢だったよ。……怪我はないね?」
「も、もちろんです」
 住民の視線の前で、エトヴァは翼が目立たぬよう、外套を身につけていた。そのことをテレジアは、気に留める。
 やがて、連れ戻した者たちも合わせて、集落に事情を説明することとなる。
「私達は、この地を解放するために旅をしている者です」
「勇者や冒険者のように、亜人を狩る集団だ。僕等の呼び名はディアボロス」
 ハーリスとヴィオレットは、そう名乗った。
 噂のおかげもあって、人々のあいだからは喜びの感情が返ってくる。エトヴァは、移住の件が切りだされる前に、『友達催眠』をかけた。
 いっぽうでテレジアは、まだ彼のものを見ている。内に異種族特徴を隠した、外套を。
 民から、亜人を想起されるのを防ぐためだと判ってはいる。
(「……だけでは足りないかもしれない」)
 いったんは収めた大剣を、体の正面にもってきて地面に突いた。手甲・脚甲で武装した姿も露わにする。エトヴァとは逆の働きかけだが、姿への配慮は共通だ。
 想起したのは異種族の存在。
 特徴を持っていても、人間同様に一般人のはずのウェアキャットだが、大灯台の潜入において土壇場で裏切られた。逆もあるかもしれない。
(「亜人の恐怖支配は根深い、損得勘定や多少の恩では動かない可能性がある。『友達催眠』に加えて、『士気高揚』を与えよう」)
 武装で熱意を伝播させ、支配を脱する勇気を与えるのだ。
「あの船、ミウ・ウルを見ただろう?」
 ヴィオレットが、柵の隙間から外を示す。注目した住民たちが、驚きつつも湧きたっているのが判った。
「あれも敵から奪い取って使っているんだ。大勢が乗れるから、安全な場所まで皆を送り届けることができるよ」
 さすがに住民たちの視線はまた、お互いを見合わせる。
「ここから……西だっけ?」
「はい。皆さん、カナンの地では今亜人が倒され、人々は亜人に怯えることなく過ごしていらっしゃいます。皆さんにもカナンの地で安心して暮らして頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
 ハーリスは両手を掲げて訴えた。
 しばらくざわついた後、老人たちが進み出て、移住を決心してくれる。ディアボロスたちはホッと一息つき、ついでヴィオレットは尋ねる。
「ところで、この周辺には他にも集落があったりする?」
 いくつか聞き取りを行ったところ、はっきりと交流のある集落と、だいたいの地域だけの話が聞けた。
「私はその対応を進めましょうか」
 クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)が一番不確かな情報を請け負った。ヴィオレットは、名前のわかっている集落群へと、飛翔で急ぐこととし、エトヴァが連絡を取りまとめる。
 パラドクス通信に返事がきた時点で、クロエは現地に到着していたものの、岩棚の続くなかから人の気配を見つけるのは難しい、とのことだった。
「『動物の友』を使います。空から探す人も気をつけて」
 報告のとおりに多少は手間取ったが、僅かな草を食む動物に運よく行き当り、『道案内』をしてもらえた。
「ありがとう、これは報酬です」
 木の実を渡す、クロエ。
 旅立ちの準備も進んでいる。
「私達の船へようこそ。足元に気をつけてお乗りください」
 ハーリスは住民たちを連れて、ミウ・ウルの中へと案内する。寿が、順に『クリーニング』を効かせた。
 集落への襲撃や、元々の環境から埃まみれになっていた姿は、運び入れた荷物とともに、奇麗になった。船内の設備の珍しさと、施された効果とで、どちらを先に驚けばいいか、判らないほどだ。
「スッキリして喜んでもらえたなら嬉しいわ」
 寿は、顔をほころばせる。
 すでに、ハーリスが、『アイテムポケット』によって、時代に合わせた原始的な薬や食料、飲み物を備え付けていた。
「まずはこれらで落ち着かれてはどうでしょう。いま一度、怪我や病気の確認もさせていただきます」
 船に残ったディアボロスたちが対応する。
 飛翔したヴィオレットは、岩地をひとつ越え、次の集落に着地する。老人たちの名前を聞いてきたから、移住は勧めやすかった。
 さっきは説得を人任せにしたクロエだが、テレジアから借りた『士気高揚』が助けになる。
「カナンの地の亜人は殺しました。みなさんにはミウ・ウルに乗って、そこへ移動してもらいます。セレウコス領はもちろん、これからも亜人はすべて殺します」
「うぉぉー!!」
 やや凶暴な物言いが、かえって住民たちを鼓舞する。
 双眼鏡も使った上からの偵察で、エトヴァとしては通信範囲内の検索は終わった。新たに発見した人々から聞き取った情報も加味している。
 冒険者とも名乗り出て、最後の集落でも賛同を得ることができた。
「一刻も早く、安全な場所へお連れしたい。大きな猫の乗り物に乗り、カナンの地へ。亜人の脅威がなく、当面の衣食住には困らないだろう」
 ミウ・ウルと連絡をとり、地域をまわって迎えにきてもらった。
 けれども、『怪力無双』で荷運びを手伝ったあと、操舵室にのぼったエトヴァは瞬きしてしまう。
「帰りのミウ・ウルの運転ね。……ちゃんと安全運転でいくわよ?」
 寿が舵を握っていた。
「アクセル全開とかドリフトとかはもうしないわよ?」
 なにか言われる前に彼女はまくし立てる。
「中にいる一般人の人達がくっちゃくちゃにならないように本当に安全運転でいくわよ?」
 実際、ここまで起伏のある地形を動かしてきて、問題は起こっていなかった。
 先に回収されたクロエも、満足そうにしている。
「こうしてミウ・ウルで移動をさせられるのは楽でいいですね。亜人の追撃や住民の体力に気を遣いながら歩く必要もありません」
 聞いてエトヴァは、苦笑いから微笑みにかわり、出発を頷きで表す。
 クロエはまた、大窓の外へと視線をやった。
(「今後もこうして楽ができるといいのですが。いくら奴らの脳みそでも、そうはならないでしょうね」)
 亜人との戦いは続く。
 カナンの地、『蹂躙戦記イスカンダル』における拠点へと、ミウ・ウルは還る。
 船体に、雲の切れ目から陽光が一条、射していた。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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