大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『三軒茶屋アサルト』

三軒茶屋アサルト(作者 大丁)

 商業施設の地下駐車場に、アークデーモンが大勢たむろしていた。
 上階の店舗から持ち込んだものをひろげて飲食するグループもいるが、ほとんどは何をするでもなく、怠惰な様子だった。
 ある、ガーゴイルガンナーなどは、得物のショットガンをほうりだし、丸めたコートは枕がわり、コンクリートに寝っ転がる。
「つまらねえぜ。せっかく処刑ショーのいいネタを思いついたってのに、中止になるとはな!」
「ああ。かっぱらって来た召喚機も、無駄になっちまった」
「人間に使わせて殺し合いをさせる。……ウケると思ったよ、オレも」
 文句を言い合いながら、皆で一瞥した。
 レジかごにスマートフォンが山積みされているのを。
「だったらさ! 人間のマネして、『あぷり』とやらで暇つぶししてみるウ?」
「ハァ……。馬鹿か、おまえは」
 ひとりが、岩の顔を破顔させて提案したが、誰もがため息をついてそっぽを向いたので、あわてて両手をふって取り繕う。
「いやいや、冗談だって。くだらんことを言わせやがって、ディアボロスのやつらめ~」

 パラドクストレインの車内では、依頼が始まっている。
「皆様、ごきげんよう。時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ」
 『TOKYOエゼキエル戦争』は、アークデーモンと大天使の勢力、そして奪還済みの海など地形が複雑だ。
 人形遣いのぬいぐるみたちが、略図を広げる。
「攻略旅団の方針により、残酷処刑ショーを阻止して支配体制が揺らいだ世田谷区に対する大攻勢を行う事になりました」
 図は、その世田谷区の南部を拡大したものだった。
 奪還済みの大田区と、別のアークデーモン勢力である目黒区が隣り合っている様がわかる。
「世田谷区は、アークデーモン大同盟として豊島区にジェネラル級を含めた戦力を派遣しており、この戦力が帰還する前に、強襲作戦を成功させられれば、区の支配者である『狼魔侯・マルコシアス』に決戦を挑む事も可能でしょう。敵戦力が帰還する前に作戦を成功させる事は、かなり難しい状況ですけれど、世田谷区奪還のチャンスですから、是非、頑張っていただきたいですわ」

 ぬいぐるみが、ファビエヌの指示に合わせて差し棒を動かした。
「まずは、大田区にあたる海側から世田谷区へ潜入してください。泳いでいる間と上陸時に気をつけていただければ、以後はこのルートで現場まで区内を通り抜けられます」
 ほとんどが住宅地だが、目黒区との境を進めば、幹線道路が交わる商業施設にまで達する。
「その地下駐車場に、だらけきった烏合のトループス級がいます。襲撃して撃破してください。『ガーゴイルガンナー』の数は多くとも、残酷処刑ショーがディアボロスの活躍によって開催されなくなった事で、士気が落ちているのです」
 これらのトループス級は、アークデーモン大同盟に参加して豊島区で活動しているジェネラル級の配下だという。
 区に残され、統制が取れていないのだ。
「だらけていると申しましても、ディアボロスが区の支配者に決戦を挑むような危機となれば、死力を尽くして戦うのは間違いございません。決戦を挑むためには邪魔な戦力です」
 烏合のトループス級を襲撃撃破していると、ディアボロスの行動を察知した、防衛部隊が駆けつけてくるという。
「この部隊は、マルコシアス直属のひとつですわ。指揮をとっているのは、アヴァタール級『交わる異形』オノト。そして、護衛には、トループス級『テンセイ』。少女の姿をした悪魔と、スライム型の怪物の組み合わせですが、誕生の源が同じらしく、相性がいいようです。協力させないように、順番に戦ったほうがよろしいでしょう」
 烏合のトループス級『ガーゴイルガンナー』のみならず、直属部隊の撃破により、区の支配者マルコシアスとの決戦に持ち込めるかもしれない、とのことだった。

 略図をもう一枚出すぬいぐるみ。
「今回の強襲作戦は、敵の主力が豊島区から帰還するより早く完了する必要がございます」
 大同盟の区の相関図だ。
「特に、2体のジェネラル級に復帰されると、マルコシアスとの決戦は仕切り直しとなりましょう。ですが……」
 ファビエヌは微笑を浮かべた。
「その場合でも、陽動作戦として成果をあげたことになります。世田谷区の決戦のほかにも、イイコトはあるのですわ」

 赤茶けたスライムが、小さな羽をピコピコ動かし、隊列を組んでいた。
 駅ビルは高層建築だが、付近は低層住居が多く、幹線道路を除くと、道路も片側一車線で狭い。
 しかし、駐車場のアークデーモンたちとは対照的に、マルコシアス直属部隊は士気の高さゆえ、見通しの悪い路地でもキビキビと巡回警備をしている。
 指揮官の少女は黒い翼をもち、それがコウモリのような膜状ではなく、羽根になっているところから、色が黒いだけの天使にも見える。『交わる異形』オノトは隊列に号令した。
「今こそ、私たち、直属軍の力を見せる時だよっ!」
 スライム『テンセイ』は皆、カタマリの全体を震わせる。
「ァ……ァ……ゥ……」
「ボェー……!!」
「Aaaaaa」
 呻き声にしかならない部隊員の返事を聞き取って、オノトは満足そうに笑った。
「そのとおり! 私たちはディアボロス発見の報が入り次第、現場に駆けつける即応部隊なんだからねっ!」

 パラドクストレインは、海上に到着した。
 シエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)は、準備を終えている。
「最近、世田谷に縁があるなあ」
 大田区側の海からの侵入も馴染みになってきている。
「4月にはなったけどまだ普通に泳ぐには寒いね」
 と、峰谷・恵(フェロモン強化実験体サキュバス・g01103)。大き目の胸を両手で抱きかかえるような仕草でブルブル震えてみせる。
「『TOKYO』でコレやるのは久しぶり、かな?」
 腕に隠れて、パッと見は裸のようだ。それほど小さい水着をつけていた。シエルシーシャは、自分が着ているものも、結構な露出度だと思われているのを知っている。けれども、恵のものほどではない。
 そのサキュバスにお願いして、『水中適応』を借りた。
 ディアボロスたちはせーので飛び込む。
 見つかりにくいよう深く潜って目的地まで接近するのだ。案内人の略図にもあったが、世田谷区との海岸線はそれほど長くない。水上に頭をだしていては、巡回警備に引っかかる危険がある。
 別で進行中の陽動作戦では、発見されやすさを逆手にとって、接触した敵に情報戦を仕掛けることもしていた。
(「でも、え。2体のジェネラル級……?」)
 潜水泳法の途中で、シエルシーシャはハタと気付いた。
(「ザミエル以外にも配下、いたの?」)
 アークデーモン大同盟と渡り合う中で情報も集まってきているが、まだまだ知らない戦力はありそうだ。
 沿岸が近づき、恵が合図を送って来た。
 呼気の泡でバレないように息を止めて浮上し、陸地に登る際には、なおいっそう注意する。揚がったら、ともかく走って住宅街に隠れた。ここからは、指定のルートを通って商業地区までいき、現場の地下駐車場に潜り込む。
「着替えられる場所、あるかな。水気を拭いて水着の上に装備を着けるのでもいいか」
 シエルシーシャは、『アイテムポケット』に戦闘用装備とタオルを収めている。これは恵にも利用させていた。
「ボクはこのままでも……」
「住民に見られたら通報されないかな? 警戒線張られても困るよ」
 結局、さっさと路地で脱ぎ着した。恵いわく、その姿を目の当たりにした一般人は、腰砕けになってしまうような身体に改造されているから、通報の危険はなかったそうだ。
「ともかく、今回は処刑される人もいないし、多少時間がかかっても気づかれないのを優先で」
「うん、わかった」
 車道に出て、目黒区との境界あたりを歩いているが、静かだ。
 人を集めるような騒々しさがない。
「残酷処刑ショーは無事に一時中止みたいね。……だけど、私たちを排除したらまた始めるよね。二度と再開させるつもりはないけど」
 シエルシーシャの決意に、恵も頷く。
「手薄なうちに片付けていけば後々楽になるのは確かだからね、しっかりやっていこう」
 作戦は順調で、ほかよりも高いビルのふもとに到着する。

 商業地でも、人の気配がない。
「直属部隊とやらも……よし、いいよ」
 峰谷・恵(フェロモン強化実験体サキュバス・g01103)は、ディアボロスの仲間たちに手をふり、地下駐車場の入り口へと集合させる。シエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)は、ホッと息をつく。
「随分気が緩んでるみたいだね、目標地点まで楽に来れちゃった」
「処刑ショー中止のせいかもな。やつらがそれほどまでに落胆するとは。……リオーネ?」
 ルキウス・ドゥラメンテ(荊棘卿・g07728)は、リオーネ・クア(ひつじの悪魔・g01176)の様子にふと立ち止まった。きょろきょろと周囲を見回しているのは、敵への警戒なのだろうが、同時に何か思い詰めてる感じだ。
(「この街、この施設……よく遊びに来たな」)
 改竄世界であっても、見知った場所にくれば懐かしくもなる。リオーネは、故郷である世田谷を奪還する悲願を胸に、依頼に参加していた。ルキウスの視線に気がついていないものの、彼がこぼした『処刑ショー中止』という言葉には惹かれる。
(「区を解放する日も近いって、心が浮ついてるな。これから戦いだ、気を引き締めなきゃ」)
 雰囲気が変わった。メーラーデーモンの『ロッソ』を召喚して抱き上げている。
 その仕草を確認すると、ルキウスはまた歩きはじめた。事情がありそうと判っていても、強いて尋ねることはしない。
 緋詠・琥兎(その身に潜むは破滅か。それとも朧げな標か・g00542)も、オラトリオを召喚していた。
「ここまでは順調だったが、現場にアイツが来るなら慎重に動かないとな、『燈杜美』」
 目立たぬように処置を施して、ディアボロスたちは高さ制限のバーをくぐる。
 駐車場の車や柱に身を隠しながらターゲットを探すうち、リオーネが屈んだ姿勢のまま、自分の耳を指し示した。なるほど、目で見るよりも先に、音や声だ。
 辿っていくと、トループス級アークデーモンが、コンクリート床でゴロゴロしながら、しゃべっていた。
 ルキウスは、呆れた感情を小声にのせる。
「おや、随分と退屈している様だな」
「だらけて士気もろくにない、不意打ちから畳み掛けてくださいと言わんばかりだね」
 もう竜骸剣を抜いている、恵。
 詠唱に入る前にシエルシーシャは、この場からの突撃でいいか、皆に確認した。
「敵の気が引き締まらない内に仕留めなきゃ。直属部隊が来たら嫌でもまともな戦いになるんだし」
「……『交わる異形』オノト、か」
 琥兎が呟く。部隊指揮官のアヴァタール級のことだ。それきり、彼女もパラドクスの詠唱に入った。
 たむろしているクロノヴェーダ、『ガーゴイルガンナー』たちは、武器や防具もいい加減な扱いだ。そんな中でも、ちゃんと立ってショットガンを抱える一体がいたので、シエルシーシャはマシそうなそいつと同僚たちを狙って『炎馬騎行』を突撃させた。
「この手の地下駐車場は新宿島で慣れた。いきなりの炎馬の群れに混乱してくれたら、他の皆も動きやすくなるよね」
 はたして、目論見通りに石像の悪魔たちは、慌てふためく。
「馬ァ!? 誰だ、勝手にショー始めたヤツは!」
「人間が火事でも起こしたのかよ?」
「ただの火じゃねぇぞ。身体が焼けるぅ!」
「こりゃあ、パラドクスだ!」
 名が出ないうちから、ディアボロスらはさらなる攻撃を加える。
「破ァッ!!!」
 恵は、『炸裂気功撃(サクレツキコウゲキ)』を叩き込んだ。サキュバスのフェロモンを乗せた闘気塊である。ダメージを与えると共に、冷静さも削る。
「『通信障害』を発動。救援要請を阻止!」
 順番に戦え、というアドバイスを守ったかたちだ。
 携えていた竜骸剣で反撃をかわすつもりだったが、とりあえず保留。と、柱に立てかけられたガーゴイルの銃器を見つけたので、かわりに弾き飛ばす。
 鉄の筒はひしゃげて、恵の後ろにカランカランと音をたてて落下した。
「奇襲は成功だな。……残りを片付けていこう」
 敵の混乱など気にかけず、琥兎は無表情のまま『紫走の捕食(プラズマ・プレデター)』を放っていく。ただ、その力の核となっている『禍津餓石』だけが、キラキラと輝いていた。
 照明の届かない位置から、数体のガーゴイルが鉤爪をたててくる。
「今は、喰うつもりはないよ」
 デーモンイーターだとしても、つねに飢餓衝動が起こるわけではない。爪は狙銃槍に纏わせた紫電で受け止め、薙ぎ払った。
「『燈杜美』、ありがとう」
 陰からの反撃を知らせてくれたオラトリオと、ハーモニカの音色に礼を言う。
 アークデーモンたちは、まとまりがない代わりに、駐車場内で散らばり、動き回っていた。
「それにしても数が多いな」
 ルキウスは手近なものにダッシュで追いつく。
「ほら、お望みの処刑ショーだ。せいぜい楽しんで逝くと良い」
 『Toreador』、黒き茨纏う剣で始末する。
 だが、一体ずつにこんなことをしていては、討ちもらしも出かねない。
 やり方を変えることにした。
 石像がショットガンを使い始めると、あえて防戦に徹する。銃弾をギリギリでかわしながら、少しずつ移動すれば、狙いをつけるのに躍起になって、撃つ方は次第に柱のひとつに寄せられていく。
「今だよ、リオーネ
「ルキウスさん……! さあ行こう、ロッソ!」
 今度は、戦う彼の動きをよく見ていた。リオーネメーラーデーモンと共に、『赤の双翼魔弾(ロッソ・マジックボルト)』を柱にむかって撃ち込む。
 砕けたコンクリート片の散らばりに、ガーゴイルガンナーの欠片も混じった。
 逃れた数体にも、赤い魔弾は追尾をし、ルキウスの黒い剣がまた追いつく。
「ほら、俺なら退屈はさせない」
 『黒荊の死舞踏(パソドブレ・プルガトリオ)』で、敵を断つ。
 炎馬騎行に追われた一団は、判断を誤って翼を使った。天井の梁や照明にぶつかって無様に落ちてくる。
「地下でサボってたからだね。動きは随分制限される。けど……」
 シエルシーシャは、落ち着いて処分した。炎でダメージも高められている。
「……こいつらがマトモな指揮官の下で、士気高く、開けた場所で襲ってきていたら……心底厄介」
 烏合のうちに、ガーゴイルガンナーは全て撃破された。
 最後の数体には、逃げ道を塞ぐように立ち回っていた恵が、炸裂気功撃を命中させる。
「区の支配者の直属部隊となればこんな油断は期待できない。ここからが本番だね」
 恵に言われて頷きかけた琥兎は、ふいに視線を別のところに向ける。
「アイツが……!」

 地下駐車場へと降りてくる、滑り止めのついた傾斜に、少女のシルエットが浮かんだ。
 正体を確認するより先に、不定形の人間大のものがその前へと出てきて、列をなす。緋詠・琥兎(その身に潜むは破滅か。それとも朧げな標か・g00542)は、一呼吸おいた。
「……奴がいるなら、コイツらが居るのも道理だな」
 出所を同じくするという。
 トループス級『テンセイ』は、床からわずかに浮いてはいるが、いわゆるスライム状の物体で、縦長の捻じれた固まりだった。
「……これも天使かデーモンなの?」
 シエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)は、居心地の悪さを感じていた。表面にぐずぐずとした赤い液だれが起こっている。
「おかしなのは幾らでも見てきたけど……改めて何でもありだねって思うよ」
「ァ……ゥ……ぁ……ェ……」
 するうち、テンセイたちは呻き声を発し始めた。液だれと思われたのは、小さくちぎれた一部分で、それが弾幕のように飛んでくるのだ。
「勘弁してくれ、醜悪すぎる」
 ルキウス・ドゥラメンテ(荊棘卿・g07728)は身をひるがえし、手近な車両の影に隠れた。リオーネ・クア(ひつじの悪魔・g01176)も、同じ一角に逃げ込む。
「あんな見た目の存在と統率がとれてる……」
 個体ごとでは不均衡でも、全体ではしっかりした隊列をなしていて、チラとだけ見えたアヴァタール級が、うしろから命令を出しているようだ。ルキウスも、敵の様子を伺う。
「あの呻き声は、号令への返事なのか。何か言っている様な気がしないでもないが、耳障りだな」
 いったん、攻撃を防ぐという動きは、ディアボロスの誰もが行ったようだ。峰谷・恵(フェロモン強化実験体サキュバス・g01103)は、壁のヘコミにへばりつき、『LUSTビームマシンガン』の銃口だけを突きだして、牽制の掃射を行なっている。
「流石に動きが違う……まずトループスから片付けないとまずそうだね」
 各々が、遮蔽をとった場所から同意を伝えてきた。
 加えてリオーネの提案、包囲されるまえに当方が分散して敵のまとまりを崩す戦法が通る。
「正面を押さえるのは、自分に任せてもらおう。……後方からの支援は頼んだよ、相棒」
 オラトリオの『燈杜美』と縦列になって、琥兎が隠れ場所から飛び出した。彼女たちにテンセイの攻撃が集中しないよう、仲間たちは目立つような動きを取りながら、駐車場内に散らばっていく。
「静かに、眠らせてやろう」
 液だれの飛沫に見えるものの実態が、アークデーモンの『手』であると、琥兎には判っていた。生者の血肉を取り込もうと、伸ばしてきているのだ。
「――荒ぶる獣、空を駆ける脚をもって、喰らい尽くす」
 高速詠唱のすえに、『紫走の捕食(プラズマ・プレデター)』の一体を狙銃槍に纏わせる。無数にあるスライムの手に対し、カウンター気味に薙ぎ払った。
 しかし、切断した手首から、酸のしずくが降りかかる。
「がッ、あぐぅ……!」
 喰われる前に、喰え。
 琥兎のうちに湧き上がる飢餓衝動。
 槍など介さず、さらに前へ出ようとしたとき、背中に風を感じた。『燈華』を奏でるオラトリオが、酸を吹き飛ばし、浄化してくれる。
「――やれやれ、頭が上がらないな」
 琥兎の窮地を救うだけではない。堕ちかけた心も引き上げた。
「コイツらだって、喰われた者たちだ」
 分裂したテンセイの手は、恵のカラダにも届きかける。
 僅かな時間の差で、大きなお尻は、壁のへこみより奥へと退くことができた。客用の階段だったのだ。
「幅が狭いし。一度に襲ってこれない……かな?」
 敵の連携を挫くにはいい場所だ。恵は、『LUSTオーラシールド』もかざしながら、後ろ足で少しずつ、階段を登っていく。テンセイは誘い出され、ぎゅうぎゅうと押し合いながら、地上階にむかって染み出してきた。
「動きが鈍くなってる?」
 策にはまった、だけでなく、スライムの表面に出現時のようなハリがない。おかしな考えだが、腰砕けになったかのようだ。
「それって、もしかしてボクのせい……あら?」
「邪魔だ肉片共!」
 若い男の声が、頭上から降って来た。
 高校の制服に多数の武装を抱える陸戦砲兵。玖珂・駿斗(人間の一般学生・g02136)だ。
「このすぐ上にはなぁ! 麻婆豆腐のうまい店や焼鳥のうまい店が並んでるんだよ!」
 商業施設側から下ってきたらしい。
 店舗の並びの中央にはエスカレーターを備えた吹き抜けがある。ちょうどその真下の、駐車場とつながるホールに、リオーネたちはいた。
「ルキウスさん、今回も魔弾を使うよ」
「承知だ、俺も先刻と同じパラドクスで行く」
 エスカレーターホールは、館内の冷暖房を逃がさないためにガラス張りで仕切られており、アークデーモンにとっては破って入ってくることもできるが、そのつどディアボロスのふたりとサーヴァント一体が『手』を破壊する。
 指揮官から引き離したおかげで、テンセイたちの攻撃は散発的になっていた。
 ルキウスは上手い場所を見つけてくれたと、戦友を頼もしく思う。
「……とは言え、数が多い上に分裂する敵と言うのは厄介だ。死角は極力なくしたい。リオーネ、背中は預けた」
「うん!」
 力強い返事だ。
 信頼に対する嬉しさもあろう。
「さあ、しっかり守って、ロッソ!」
 『赤の双翼魔弾(ロッソ・マジックボルト)』を、割れたガラスのあいだから撃つ、リオーネ
 背後を気遣いつつも、突出してきた敵に対しては、黒剣『Toreador』で確実に斬り伏せる、ルキウス。
 空調の仕切りを境に戦線をしばらく維持していると、敵にも変化が起こってくる。
「耳障りでも、やはり会話しているな」
「統率が戻ってる……?」
 スライムの見た目で区別はつかないが、分隊長がいるのだろう。
「……ァァァ……ァ」
 一斉に、ガラス面へと圧し掛かって来た。赤黒い粘液質が、ベチョベチョと張り付いている様が、裏から見える。
 ルキウスとリオーネ、ロッソたちは液状の敵になだれ込まれて、とはならない。
 『黒荊の死舞踏(パソドブレ・プルガトリオ)』は不利を見越して、最善の手をうつパラドクス。即座に一点突破に切り替えて、エスカレーターホールから脱出した。入れ替わりに、団子のように固まったアークデーモンに対し、ふたりはまたぴったりの呼吸で、魔弾と斬撃を見舞う。
 駐車場内は、基本は一方通行だ。
 車両ではないので、駆けるシエルシーシャが矢印の逆から来ても問題はない。
「何処を見て何を考えてるのか、本気でさっぱりわからないなあ」
「Aaaァ゛aa、ア゛ァ゛ーー……ー!!」
 叫びはもはや音波になっている。
 追っ手との距離をかせいだので、振り返って構えた。
「まあ、ああいう手合いは殴り合うよりも『招き手』で吸い尽くして……」
 呪具の入れ物を握りはしたが、やめておく。
「……悪いけど、共には逝けないよ」
 隣のブロックから移動してきたテンセイの群れ。シエルシーシャは、いつの間にか感化されていた。
「その声の持ち主も、お前たちが捕らえてるんでしょ? 私に出来るのは倒して解放するくらい」
 一気に焼き払うことにした。
 『炎馬騎行』を呼びだすと、突撃させる。意識していなかったが、馬の列は矢印に沿う。
「うん。さっきのは間違い。何処を狙っててどう来るかくらい、わかるよ。『手』は……執拗に縋るその動きは、とてもよく慣れてるんだ」
 階段の上でも、恵は察しがついていた。
「この一団が精鋭部隊なのは、喰われた元の人間の性質を受け継いでるから」
「だけどよ、会話ができないなら砲撃で語るしかないぜ!」
 駿斗は、大型キャノン『アグニ』に、支援砲台『カーリー』にと、ぶっ放しながら敵を引きつける。
「歩いていけるところに実家があるんだよ、こんなもんを残して置けるか……!」
 ふいに、案内人が示したルート図が、ふたりの頭に浮かぶ。
 この商業施設ではなく、世田谷区と目黒区にまたがるように、とある施設があった。ディアボロスから見れば、『一般人』とはいえ、プロを訓練する場所が。
「まさかな……。恵さんもテンセイの中身になってる人たちのこと、考えてるのか?」
 火砲の発射衝撃を支えながら、駿斗が怒鳴る。
 恵が頷き、すぐにかぶりを振る気配がした。
「あんな状態からの救い方なんてボクはコレしか知らない」
 スライム状の体なら高温で炙るほうが効くと思える。『ファラオフレア』の詠唱をし、赤き炎の輪を具現化した。
 連携しよう、と。駿斗は砲口を真上に向け直す。
 階段の下。そのさらに外を矢印に沿って炎馬の群れが駆け抜けていった。テンセイを悲鳴ごと溶かしながら。
「焼き尽くせ、『流星爆撃弾(メテオダイブ)』!」
 『アグニ』と『カーリー』から放たれた砲弾は、トループスたちの上でさく裂し、降り注ぐ。それを囲むように、『ファラオフレア』が燃え上がった。
 煤けた段差を下まで降り、テンセイのいなくなった地下駐車場に出る。
 天使のようなシルエットが、琥兎らディアボロスと対峙しているのが見えた。駿斗はつぶやく。
「まったくよ、どのみち悪魔のようなヤツだろうぜ。改竄された世界だろうと、実家は実家だ。都内で勝手はさせない」

 物陰越しに背伸びして、峰谷・恵(フェロモン強化実験体サキュバス・g01103)はアヴァタール級の位置を確認した。
「あとは指揮官だけ……とは言っても、恙無く終わらせてくれそうにはないね」
「おう、いよいよボスってわけか。きっと楽には行かない、だが引く気もねぇ!」
 玖珂・駿斗(人間の一般学生・g02136)は、重そうな砲を担いだまま、地下駐車場を出口方向へと走りだした。恵には、別にやり方があるので、その場に残していく。
 アークデーモンの指揮官、『交わる異形』オノトはなじるような口調で、緋詠・琥兎(その身に潜むは破滅か。それとも朧げな標か・g00542)に話かけていたようだ。目の前で彼女に、部下を倒されたからだろうか。
 やがて、右腕の結晶を巨大化させた。
 紫色にキラキラと輝いているが、強力な武器なのだ。駿斗は、それで踏み込むには一歩足りないと、想定される間合いで大型キャノンを構えた。
 直交してくる、ほかの仲間の姿もみえる。
「今回は、やけに既視感のある敵にあたるなぁ……」
 シエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)は、ついつい自分の両手と比べてしまう。
「由来も色彩も違うとはいっても、正直少しイラっとする」
「結晶とは妙な力を持っていますのね」
 けれども、九十九・静梨(魔闘筋嬢・g01741)は、お構いなしに言った。
「どんな硬いものでも筋肉を使い殴ればいつかは砕けるもの! 先々の戦いの為にも倒させて頂きますわ!」
 コンクリートに囲まれた世界が、自分たちを祝福してくれるよう祈る。
 合流したディアボロスで、敵を輪の中に封じた。襲い掛かってくる起点を悟りやすくするために。
「巨大な武器には巨大な武器ですわ!」
 起爆ハンマー『爆鋼』を握る、静梨。
「この際、小細工はなし。真正面からぶつかろう」
 鬼神変で巨大化した腕に呪詛と破片で構築した手甲を纏う、シエルシーシャ。
「さっきの戦いも不愉快だったし。全部乗せて叩きつける」
 精鋭部隊の『テンセイ』を始末し、ルキウス・ドゥラメンテ(荊棘卿・g07728)も、戻ってきた。
 無双馬『エスカミーリョ』に跨っている。
「嗚呼、そうか、先のトループス級は……」
 敵を攪乱しようと見定め、思うところが出てくる。
「……俺の思慮が至らずに彼らに敬意を欠いたこと、武人として実に申し訳ない。元凶たる貴様を討つことでせめてもの償いとしよう」
 手綱を巡らし、味方のつくった囲いのさらに外がわを周回する。
 琥兎は、その間隙から、オラトリオを出した。
「………燈杜美、下がっていろ。コイツに、お前を指一本触れさせない為にも」
 かわらず、視線はオノトに向けながら、自分の影から『獣』を喚び出し、機械式生体兵器『万華鏡剣』に纏わせた。
 斬りかかるのに合わせて、駿斗は牽制の制圧射撃を行う。
 これで、相手の注意が散漫になり、本気の攻撃を撃ち込むチャンスが得られればいいのだ。だが、アヴァタール級の破壊力は、想定を上回っていた。
「潰れちゃえっ!」
 異形の結晶腕がざらついた床を殴ると、めくれあがった灰色の建材ごとディアボロスを吹っ飛ばす。
 車両も何台か巻き込まれたようだ。
 無双馬はルキウスを乗せて、積み上がった瓦礫のいくつかを駆け下りる。
 さいわい、彼をはじめ、戦闘不能になるほどのダメージをうけた者はいない。転がったあとに起きたり、自分から飛び退いたり、あるいは上手く着地したりだ。
 いっしょに散らばった物品に、『ガーゴイルガンナー』たちが暇つぶしにしていたものがある。
 つまり、また駐車場の奥まで押し戻されていた。
 サーヴァントの無事も捉えた琥兎は、歩いてくるオノトの姿を見つけると、先程のテンセイ戦の時とは比べ物にならない程の飢餓衝動を感じる。
 今度はそれに半ば身を任せた。
 黒い翼のアークデーモンは、羽根から多数の『獣』を生み出し、けしかけてくる。
「皆、バラバラになっちゃえ!!」
 喰う力は、天使のデーモンイーターにも匹敵するかもしれない。むしろ、似ている。それらを操りながらも、オノトは結晶武器も振り回して、さらに接近してきた。
 駿斗が、むき出しの鉄筋を踏みしめる。
「攻撃動作に入っちまえば嫌でもこの技はよけられねぇだろ!」
 『流星爆撃弾(メテオダイブ)』だ。
 低い天井にむけてキャノンを撃つ。
「無傷で勝とうとおもっちゃいないさ。けどお前は確実にここで潰す!」
 砲弾は、炸裂して降り注ぐ。
 いくつかは天井そのものにぶつかり、広い範囲にわたって照明器具を破壊した。地上階にあるうまい店については無傷であることを願う。
 緑の非常灯があるものの、戦場は真っ暗になった。
「これでアドバンテージを引き寄せる……!」
「心得たぞ、駿斗! 『暗夜騎行(ナイト・ランページ)』!」
 ルキウスは剣を片手に『エスカミーリョ』を駆けさせた。人馬共に身を鎧う魔力は、月も無き夜が周囲に降りる程なのだ。
 照明の落ちた地下駐車場は、パラドクスによる真の闇となった。
「獣どもはまともに相手にすまい。どうせ数が多くて手に余る」
 狙うは本体、ダッシュで近づいて捨て身の一撃を狙う。
 紫の光が、オノトの結晶武器からわずかに漏れて、位置を知らせていた。
「傀儡ばかりを操って楽しかったか? 外道」
 闇の中から尋ねる。
「なに? 作ったものをどうしようと勝手でしょ?!」
「……そうか、聞いた目的は特にないんだ。消え失せろ」
 ザックリと剣の振りに手ごたえがあった。女の悲鳴も聞こえる。
「視えた……そこぉっ!!」
 恵の気合が重なった。
 息を潜め、気配を消しながら接近していたのだ。異形の結晶腕が床を叩いたときは、止めてあった乗用車の後ろが隠れ場所だった。
 羽根からの獣の襲撃も含めて、『LUSTオーラシールド』で被害を軽減できた。
 『LUSTSLASH!(ラストスラッシュ)』、竜骸剣にサキュバスのフェロモンと闘気を集中させ、速さに特化した一撃を繰り出す。
 手負いのアヴァタール級は、息遣いが荒くなる。
 傷から受けた魅了の力が、集中を削いでいるのだ。恵は、闇からの不意打ちに困るところはないが、フェロモンを浴びたクロノヴェーダはますます知覚を衰えさせる。
「直属部隊か。仕事熱心なのは感心するけど、それなら尚更倒しておかないとね」
 今度は、シエルシーシャの声が響く。まったく見えないわけではないだろうが、オノトは自分からしゃべって位置を悟られたくないのであろう、押し黙ってしまった。
「お前みたいなのを間引いていけば、その内マルコシアスの首にも手が届く。せっかく配下のジェネラルが留守なんだ。守りが手薄な内に全部終わらせてあげる」
「中々のパワーでしたがここまでです!」
 そして、静梨の声。
 挑発をしながら、互いの位置と呼吸を合わせていた。
 異形の巨大結晶が紫に光って繰り出される。静梨は、『爆鋼』に鬼からドレインした力を注ぐ事でトゲを生やした巨大形態に変化させた。シエルシーシャの『鬼神変』は手甲を纏う。
 三つの巨大武器が、ひとつの床を強打する。
 ディアボロスの怒りは、武器の破壊力を数倍に増した。鬼の血によって一時的に腕を異形巨大化したシエルシーシャと、『鬼筋技・巨大武装大地粉裂(オーガアーツ・ビッグアームズグラウンドブレイク)』の静梨。両者の合わさった衝撃と爆発が、床を『交わる異形』オノトの側へとめくり返し、ついに『マルコシアス様』への嘆願の叫びをひきだした。
「わ、私は、ほかならない、貴方様のために戦力を整え、訓練してきましたぁ! どうか、この呼びかけに応えてくださぁい!」
 相当にうろたえているのが判る。
「ああ! 私にも、『原型(オリジン)』の力があれば、良かったのにっ!」
 ガツンガツンと床を叩く音がして、力任せにデカブツを振り回しているようだ。
 別のところから、無双馬のいななきと、オラトリオの旋律。魔力の闇が解除されるのを引き継ぐように、『燈杜美』が一方にむけて光を放った。
 灯をうけて、うかびあがる琥兎のシルエット。彼女の前に、彼女自身の影が長く伸びている。
「もういい。跡形もなく、消えろ。『狂宴の捕喰(カルネージ・プレデター)』!」
 深淵の、遥か底より出でたる狂おしき獣たち。
 マルコシアスの直属部隊指揮官にして、アヴァタール級アークデーモン『交わる異形』オノトは、琥兎の『獣』によって肉片、結晶のかけらも残さず、喰らい尽くされた。
 世田谷区への強襲作戦のひとつが終わる。
 ディアボロスたちがすみやかに地下駐車場から撤収するさい、恵がつぶやいた。
「トループスもアヴァタールも元を断たないと終わらないのは同じ」
 数名がうなずく。
 ある者は強く、ある者はかすかに。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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