大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『ここが復讐者の墓場だ!』

ここが復讐者の墓場だ!(作者 大丁)

 豊島区のアークデーモン勢は、ディアボロスの打倒をもくろみ、その能力を分析するべく、区内に鼠型トループス『媒介者』を放った。
 ジェネラル級『集合嘸』メンゲは、オフィスビルの一室にデータ収集のための電子機器を構え、『媒介者』たちが持ち帰る情報を、メモリへと取り込む作業に勤しんでいる。
ディアボロスがこれを利用して怪しい儀式を行おうとしていた……というか?」
 その日、メンゲのデスクに届けられたのは、魔力を発する小さな装飾品。
 データに照らしても、解析不能であった。
「いまだ、成果は出ず、か。……いやまて、この物品が本当に重要なものならば、ディアボロスの誘き出しも可能ではないか」
 メンゲは、すぐに利用方法を思いつく。
 大同盟により、他区からきているジェネラル級に持たせて様子をみればよい。
「取り返そうと襲ってくるならば、やつら自身で価値の高さを証明するようなもの。その場合は改めて本格的な解析のための施設を用意しよう」
 罠が空振りでも、徒労に終わるのは、他所のアークデーモンにすぎない。メンゲは、特別な作戦がある、とデスクの端末から連絡をはっした。

 発車間近のパラドクストレイン内での依頼が多い時先案内人、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が、新宿駅のコンコースを使っていた。
「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたしますわ」
 提示されている略図は『TOKYOエゼキエル戦争』の豊島区、そしてアークデーモン大同盟の勢力図だったが、今回はディヴィジョンへの出発前に、初詣をする余裕があるとのことだった。
「渋谷区や江戸川区など、奪還済みの区でお参りするのもいいですし、京都や奈良へと向かう列車も出ます。依頼の前にどうぞ楽しんできてくださいませ」
 ファビエヌは微笑む。
 最終人類史の初詣可能地域と、エゼキエルの大同盟勢力図を比べてみると、去年一年間の戦いも思い起こされた。
「さて、略図をご覧いただいているように、豊島区のアークデーモン関連のお話です。『集合嘸』メンゲが、わたくしたちディアボロスに罠を仕掛けてきますが、それこそが攻略旅団の提案によって張られたメンゲへの罠なのですわ」
 超小型の発信機を仕込んだ、ニセの重要物資をばらまき、『媒介者』に奪わせた。
 ディアボロスが取り返しにくるとふんだメンゲは、物資を囮となるジェネラル級に所持させている。その周囲には、ディアボロス撃滅のための戦力が隠されているのだ。
「皆様は、敵の期待通りに、物資を奪い返そうとするそぶりを見せてください。ジェネラル級は物資を持ったまま撤退するでしょうが、ニセモノを、真に重要なものだと確信させられれば、のちに信号を追うことで、重要拠点やジェネラル級の撃破につながるはずですわ」

 案内人は、魔力が充填された宝飾品のサンプルをみせる。
「ジェネラル級アークデーモンは、コレの使い方などの情報を聞き出そうとしてくるかもしれません。うまく誤魔化して、ディアボロスにとっての重要物資という印象だけ与えるようなお芝居をお願いします。あるいは、問答無用で戦闘をしかけてもかまいません」
 ある程度のやりとりが済むと、ジェネラル級は撤退する。
 敵側の罠として、トループス級とアヴァタール級による包囲が明らかになるだろう。
「戦闘で、そのすべてを倒すのは不可能であると予知されています。同時に、包囲に弱い箇所があるはずだとも。護衛を従えたアヴァタール級がいますので、皆様はそこを一点突破で撃破し、脱出してください」

 初詣や、作戦の相談を促すファビエヌは、撃滅作戦からの無事な帰還も祈った。
「撤退するジェネラル級の性質を見極めて、挑発などを行うのもイイコトかもしれませんわ」
 と、申し添える。

 繁華街の喧騒が、遠くに聞こえる。
 『復讐の魔弾ザミエル』は、墓石のうえにしゃがみ込み、片足のかぎ爪を食い込ませていた。
「さぁ来い、憎っくきディアボロス。俺の銃で撃ち抜いてやろう」
 誘き出しの場所に選んだのは、区内でも大きめの霊園、墓地だ。手勢を隠れさせておけるし、上は空いているから、翼も広げられる。
「直接、手を下せないのは面倒なことだが、この布陣から生き残って出られる者などおらん」
 含み笑いのあと、寂しげな場所にすごんだ声を響かせる。
「ここが復讐者の墓場だ!」

 奪還済みの渋谷区。厚着をした人々が、行き交っている。
「ほうほう……初詣ですか。ではでは、私は」
 南雲・琴音(サキュバスの思想家・g07872)は、依頼前に代々木の八幡宮まで足をのばした。
 石段のふもとまで、参拝客がつらなっている。
 若者どうし、老人のみ、あるいは家族で。琴音もその中に混ざって並んだ。
「こちらには出世のご利益がある出世稲荷大明神があるのです。あと、芸能の神様とも言われてますね☆」
 旅の劇団女優は、新宿に流れ着いてからは、子供向けのコンテンツへの出演が定着してきていた。
「これ以上人気が出たら、ディアボロスのお仕事ができなくなっちゃうかも?」
 石段をのぼりきると、緑に囲まれた境内があり、出世稲荷を祀った祠は、脇にこじんまりとしていた。見たところ、若者に人気のようである。
 お参りをしてまわる。
「ぐふふ……にゃんこかあいい」
 その後も、境内に居た猫などをあやしてすごしていると、なにやら琴音を指差し、甲高い声をあげる一団が。
「あいつ、悪いやつだぞ!」
「よし、やっつけろ!」
 子供だ。
 親の姿がないから、近所に住んでいるのか。
「わわ!? 作戦がバレてしまったかー!」
 仕事で演じているのは、悪の組織の幹部役だ。琴音は、ちっちゃなグーや、とことこしたキックに付きあってやる。
 上着はちゃんと着ていても、下は半ズボンの子がいたりして、キックを避けたついでにナマ足を撫でまわすいたずら。
尊い……。おっと、ヒーローならぬ、お巡りさんに出動されても困りますね」
 もうひと芝居うって、代々木八幡宮から退散した。
「これはかなわぬ、退けー!」
 エゼキエル戦争で、アークデーモン相手のばかし合いに出かける。

「その宝飾品は私達の作戦に欠かせないものだ。返してもらうっ!」
 アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)は、墓石のうえのジェネラル級にむかって叫んだ。
 著名人が埋葬されているらしく、ずいぶん立派な造りだ。翼をひろげたアークデーモンが立ち上がると、けっこうな高さになる。左側はコウモリ型で悪魔のそれだが、右側は金属製で機械的だった。右足のかぎ爪も、同様だ。
「はいそうですか、と渡すと思うか。ディアボロスにはコレをくれてやる」
 『復讐の魔弾ザミエル』は、どこかありふれたセリフを述べてから、ライフルの銃口を下にむけた。アンゼリカは、身構ええるとともに、素早く目配せする。
 タイミングを合わせて仲間たちが姿をあらわし、大きな墓石を取り囲むように動いた。
 ドンッと低い音が霊園にこだまする。
 穴のあいた地面は、アンゼリカの立っていた位置だが、彼女はもう跳躍していて、そこにはいなかった。
「『光獅子闘拳(ライジングレオ)』!」
 拳を包む手甲、戦姫闘拳『Shine Fist』から黄金のオーラが吹き出す。
「返せっ!」
 正拳突きを、ザミエルがブツをしまったポケット側めがけて打ち込む。
 大事な宝飾品を壊してはいけないから、という芝居も持たせて、本気からは数段抜いてある。加えて、このあとには大軍による包囲からの脱出がひかえているのだ。力は温存しなければ。
 しかし、事情を抱えているのは、ザミエルも同じだ。
 狙撃とセットのはずのかぎ爪攻撃は振るわれなかった。
「チッ!」
 骨型の頭部から漏れた舌打ちを聞き、アンゼリカは黄金獅子の一撃をくすぶらせながら着地した。

 復讐の魔弾ザミエルは、ひと羽ばたきした。
 足場から離れて、浮いている。ネリリ・ラヴラン(★クソザコちゃーむ★・g04086)は、少し距離をとって見上げる。
「既にあなたは包囲されているんだよ!」
 たしかに、仲間の合図で、石の直方体のまわりはディアボロスが固めている。
「ククッ」
 ライフル銃に弾を送りながら、ジェネラル級は笑った。
「貴様らこ……そ……」
 言いかけて、黙る。
 なにかバツが悪い感じで、ネリリから顔を背け、あらためて警戒するかのように見回した。そこへ、一匹の揚羽蝶がヒラヒラと飛んでくる。
 いいものを見つけた、のだろう。ザミエルは言葉の続きのていで話しだす。
「あー……貴様らこそは囮だな。こんなもので俺の隙をつき、儀式の呪物を奪い返せると思ったのか!」
 蝶を指差し、それがパラドクスによる魔法であると看破してみせた。
「く、見つかってしまったようね」
 ネリリは、『夜蝶の悪戯(トリック・トリック)』を、そのまま突進させ、爆破を試みるが、蝶の動きがかわったとたんに、魔弾に狙撃される。
 煙だけがボン、と空中に現れ、すぐに消えた。
 ディアボロスがわの計略が、失敗したかのように。
 内心では、ここまでが作戦であると、ほくそえんでいる。蝶で偵察して、宝飾品奪回のための情報集めをしている、という態度を示すのが目的だった。
 もはやこれまで、と包囲のディアボロスは、パラドクスでの一斉攻撃をはじめる。

 眼下から次々と飛んでくるパラドクスに、ジェネラル級アークデーモンは銃器での狙撃を重ねていった。
 仲間のフォーメーションからは外れて、魑魅・烏頭(化外の怨霊使い・g07427)は、自己の『妖怪化』を済ませる。
「取り敢えずアンタをぶちのめせば解決よね? 妖異転変……『都加留之鬼(ツガルノエミシ)』!」
 跳ね上げた身体能力で、短弓を引き絞る。
「我らの戦い……とくと味わえ!」
 墓石のさらに上をめがけて射た。
 復讐の魔弾『ザミエル』の、骨の頬をかすめて矢が飛ぶ。
「おのれ……!」
 とたんに、銃器に念が籠る。
 わずかとはいえ傷つけられたことで、その復讐心が打撃力をあげたのだ。
 反撃の魔弾をうけた烏頭の身体は、後方に大きく吹き飛ばされた。誰かが供えた花を散らし、妖怪化も解除される。
 したたか背を打ちつけ、うめき声を発した。
 ディアボロスのなかの数人が、そちらを振り返ったが、助けにいける状況ではない。彼らは、焦り気味にパラドクス攻撃を続ける。
「……けっ。我ながら、名演技だったじゃないの」
 空を仰ぎ見ながら、この人の悪い怨霊使いは、致命傷を受けていないと確認した。寸前のガードアップも助けになっただろうが、はじめから急所を外れるように、烏頭は位置取りを看破していた。

 劇団出身の女優が、仲間の死んだフリを見抜いたかは分からぬが、南雲・琴音(サキュバスの思想家・g07872)は予定どおり、ジェネラル級をばかそうとする。
「盗人め! その物資を返して貰いますよ!」
 掌から激しい電撃を放つ。
 『プラズマウィップ』は、鞭のようにしなり、ザミエルのコートを打った。
「この……。そうか、忘れるところだった」
 逆上しかけが、元にもどる。
ディアボロスどもめ。何に使うつもりなんだ?」
「そいつがないと、例の作戦に不都合が……いやいや、何でもないですよ?」
 琴音は、口を滑らせる……、というお芝居。
「作戦だと?!」
 復讐の魔弾ザミエルは、左右で違う、機械と生身の翼を大きく広げると、いったん高度を上げた。
「例の作戦なんて、私は何にも知りませんよ?」
 慌てて逃げるフリ。
 『デーモンウィング』が急降下しながら追ってくる。琴音は、ときどき振り返っては、プラズマウィップを叩きこんだ。
「残念でしたー! もう少しだったねー?」
 逃れるたびに挑発する。そのうち、電撃が触れて、ザミエルはまたも正気にかえった。
「おっといけねえ。こっちが追うのはナシだ」
 加速を得るために高度をあげたついでに、装飾品をポケットに収めたまま、飛び去る。
「ホント、面倒なことだぜ」
 任務は仕舞だ。
 霊園内の隠れ場所から、撃滅作戦のアークデーモンたちが這い出し、包囲を完了していた。
 琴音は、怒ったジェネラルに掴まらなくてよかったと、御利益に感謝したが、もちろん戦闘の本番はこれからである。

 磨かれた黒い石柱が、一定間隔ごとに並ぶ。異形のアークデーモンたちは、そのすべての陰に潜んでいた。
 ジェネラル級が、何度か口を滑らせそうになっていた戦力だ。
「しまった。思った以上に厄介な!」
 南雲・琴音(サキュバスの思想家・g07872)は、軸足をなんども入れ替えながら、周囲をみまわした。アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)は、もはや誰もいなくなった空にむかって声を発する。
「宝飾品の奪還、あきらめない。必ず!」
「昔っから隠密も情報収集も、あたしのお仕事なのにゃ♪ けど、この数は、把握できなかったにゃ~」
 残念そうに語尾を下げる、ミルディア・ディスティン(伝説の子・g01096)。
 そんな中で、神和・煌(月光の如き微笑みを持つ巫女・g01857)は、少し気楽な調子で言った。
「琴音さん、通信を使ってみなさいな。まだ、誰かが追跡できるかもしれなくてよ」
 指摘されて初めて気がついたように、琴音は服に引っかけながら端末を引きだし、マイク側にかじりついた。
「一応、ザミエルが逃げた方角を確認して! ……フェイクかもしれませんがね」
 以上、言うまでもないが、ディアボロスたちは『集合嘸』メンゲの罠にかかり、それでも宝飾品の奪還を諦めない、というフリである。
 芝居の隙間から、包囲にあいた手薄な個所を、抜け目なく探していた。
「ふふ、わたくしも力になるわ」
 煌、妖狐の陰陽師が舞う。尾がひろがり、自在に操れるようになる。
 その動きで、仲間にそれとなく教えた方向。墓石の横に立っていても、影と同化したままのような一団がいた。
 目深にかぶったフードと、翼に髑髏。トループス級『死神兵グリムダムド』たちだ。
「あいつ! ……ら、は」
 急にアンゼリカが、素で驚いた。
「……暗殺や忍び足が得意な敵だろうけど、包囲戦としてはどうなんだろうね」
 すぐに小声に戻って、煌の見繕った相手が突破口の対象になるか、他の仲間に問う。
「先に姿を現させられて、作戦に困惑してるようだにゃ♪」
 レジスタンス諜報員ミルディアは票を投じた。
「では……。突破に集中するまで、徹底抗戦に見せかけたいですね」
 琴音は、幻影を生み出す詠唱にはいる。煌は、サーヴァントを召喚した。
「さ、『紅』。助太刀頼みましてよ!」
 クダギツネは牽制のために、死神兵の対面にいる敵に飛び掛かった。
 アンゼリカも、グリムダムドから視線をそらしている。
(「一点突破の所にいるのは……」)
 アヴァタール級アークデーモンだ。復讐者を測るもの・真緋人。
「本人とは違うとは理解しているけど!」
 勇気の結晶を両手に収束させる。
 琴音は、さらに芝居がかった調子で、手を掲げた。
「『戦闘員突撃』! お前達……やっておしまい!」
「イーッ!」
 怪しげな悪の秘密結社風の黒タイツが、敵陣に切り込む。
 この方面からの追撃に備えて、戦闘員は『防衛ライン』も構成した。神社で遊ぶ半ズボンの子どもが見たら、またキックしてくるような光景であろう。
 巫女の神楽舞いは、幽玄さと妖気を高めていた。
 煌は軽やかに、しかし尾はするどく敵の身体を貫いていく。
「わたくしの馴染みをご覧に入れましょう」
 『奪魂の舞(ダッコンノマイ)』は、不意をついて、死神兵グリムダムドに攻撃目標を変えた。
 深淵を纏うはずの髑髏は、鎌に集う前に翼から刈り取られる。伸縮自在の狐の尾によって。
 琴音は、頃合いと見た。
(「脱出にシフトしましょう」)
 聞こえるくらいに大きく舌打ちする。
「ちっ! この状況じゃあ、宝飾品の奪還は難しそうですね……仕方ない。これ以上の消耗は次に響きます!」
 復讐の魔弾でも、ここまでイラついてはいなかったと思われる。ディアボロスたちは、この号令で、打ち合わせどおりの一点突破に切り替える。
「全速全開でダッシュにゃ!」
 走ってよい許可が出たので、ミルディアは服の下から小型拳銃を抜き、死神兵たちにむかっていく。
 不意打ちから立て直したトループス級は、『狭間の河水』で押し流そうとしてくるが、彼岸と此岸を分かつ河が、墓石のあいだを満たすあいだに、小型拳銃は雨の如き数の銃弾を放っていた。
「いくらでも行くにゃ♪」
 流水にのまれそうになるものの、鍛錬により痛みには耐性がある。
 ピンク髪のポニーテールは、元気に揺れていた。
 いっぽうで、配下のありさまにも、アヴァタール級は静かだ。
「あいつが傍で見ている、なら猶更けして負けられないさ」
 アンゼリカが初めて、宿敵の片割れを正面に捉えた。だが、すぐに視線を断ち切ってくる、グリムダムド。魂を切り離す斧をたずさえて。
「……まずは取り巻きを片付けないとね!」
 勇気を燃やして突撃。
 手に集いし光は、星形状に広がった。
「全力の『天輪輝星(テンリンキセイ)』の放出で、殲滅だーっ!」
 闇の請負人、あるいは影と同化した暗殺者たちは、まばゆい光を浴びて、焼き尽くされた。
「次の標的は……あいつですよ!」
 琴音が、言わずもがななことを、あえて言い、アンゼリカだけでなく、煌もミルディアも頷いた。

「おうさ、心得ました」
 大和屋・酔仙(妖狐の妖怪博士・g03240)は、やや古風な言い回しで返事する。
 敵の『ディアボロス撃滅作戦』のうち、手薄と思われるトループス級は削りきった。彼らを配下としていたアヴァタール級を倒せれば、クロノヴェーダの陰謀を覆せる。
 アークデーモン『復讐者を測るもの・真緋人』は、学帽をかぶった少年の姿だ。詰襟の制服を身につけ、背筋はピンと伸びているが、悪魔の翼が禍々しい。
 『TOKYO』で戦っているのだから、特別な部位ではないはず。にもかかわらず、酔仙には、なにか凶兆めいて感じられた。袂落としに入れてある粗塩を一撮み地に振る。
「『暦占清浄急急如律令(レキセンショウジョウキュウキュウニョリツリョウ)』……」
 詠唱のあいだにアークデーモンは、接近してくるディアボロスたちにむかって片手を突きだす。
 魔法弾が放たれた。
 酔仙の足元から光の五芒星が浮かび上がり、霊園の地面に広がる。外縁が仲間を追い越し、彼らに迫る魔法が陣の中の天恩にまで入り込むと、弾丸の形は消え去った。
 込められていた死の制約と、物忌への浄化が相殺したようだ。
 自身の生命には負荷を負ったものの、ディアボロスの突撃は途絶えていない。酔仙は胸元を押さえる。『復讐者を測るもの』は、瞳を赤く輝かせた。
「それが、お前達の正義か……」
 翼から発せられるオーラが、誰の目にも明らかとなった。闇が収束し、真緋人の背丈を越える、巨大な剣を形作る。
「お前達が正しいなら俺を倒してみせろ。『闇剣収束斬』!」

「『光剣収束斬(ジャッジメントセイバー)』!」
 アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)の振るった光の大剣が、闇の大剣を受け止めた。
 鍛えたボディが、その衝撃に耐えている。
 そうでなければ、接敵中のディアボロスもろとも、吹き飛ばされていただろう。
「悪魔。お前が寄生・転生したその体の主は……!」
 光で出来た刀身から、黄金のオーラがふきだした。螺旋を描きながら、アンゼリカの身体を包む。柄を握る両手から順に、部分鎧は神々しくなり、人間のはずの背に翼まで生える。
 天使、いや戦乙女と呼ぶべき姿こそ、彼女のネメシス。
 闇剣を凌いで、はじき返した。
「……学校では事あるごとに勝負を繰り返したライバル。共にヒーローに憧れた友」
 応答はないと感じつつも、戦乙女アンゼリカの唇は勝手に動いた。
「そして、1人の少女を共に守ると誓い合った同胞だ!」
 投げかけられた言葉を吟味するようにゆっくりと、測るものは闇剣を構え直す。
「だったとして、お前の正義と関係あるのか?」
「……っ!」
 うかつに前に出るところを、アンゼリカは自制する。仲間と連携し、早めに消耗させなければ。
 黄下・泉(リターナーの符術士・g08097)も意を汲み、声をかけてくれた。
「まだまだ数は多いけど、こいつを墜とせば包囲にも穴が開くかな?」
 高校の制服を纏った泉は、むき出しの太ももに呪符用ホルスターを巻いている。そこから抜き出した符で、自己強化した。
「『再編術式〈有為転変〉(ウイテンペン)』――解き、崩す」
 四肢に分解の術式を宿す。
 南雲・琴音(サキュバスの思想家・g07872)は、後方から戦略を練った。
(「さて、こちらの狙いがトンズラとバレた以上、この少年をとっとと片付けませんとね」)
 しかし、『闇剣収束斬』とやらで返り討ちにされれば、肢体がつながっている保証はまったくない。
(「何か、問うてくるタイプなんですね。おねーさんの守備範囲はDCまでだけど……君はどうかな? と、私からもインタビューしたい。けど、クラスメイトの前じゃあ、さすがにちょっかい出せないですね」)
 何が、どのように戦略かは判らぬが、すべては琴音のなかでのこと。
「残念ですが……戦闘員のみなさん! 出番ですよ!!」
 結局、激励しつつの『戦闘員突撃(ヤッテオシマイ)』で、女幹部の自分も前に出た。泉は、術を宿した四肢で格闘戦を挑んでいる。
「力場の剣なら実体よりは解きやすい?」
 この手で触れれば、非物質であってもオーラに戻せる。そのサイズから、悪魔少年が大降りになることを期待したが、インファイトに持ち込んだところで、器用に動きを小さくされて対応された。
「だったら、蹴り主体で!」
 制服のスカート丈は短くても、中身は下着がわりの強化用霊符なので、見えても問題ない。高く上がった脚は、闇剣の後ろにあるものを捉えた。
 ディアボロスの連携と、ついでに琴音の幻影戦闘員の動きも借りて、悪魔の翼の片方をもらう。
「ぐうっ! ……力は測った。俺を倒しきれなかったな、復讐者!」
 降りぬく寸前で、闇剣の間合いが急に伸びる。
 いつのまにか、泉の背中は塞がっていた。足を止め、術式をおびた手と膝で防御、とみせかけて、腿のホルスターから抜いた一枚に刃を分解させ、脇に逃れる。
「ふう、墓石に配慮しながらが、ちょっとしんどい」
 案の定、少年の剣は再構成される。
 琴音にむかって、斜めに振り下ろされた。悪の女幹部は、堂々と墓石のうしろに隠れる。
「ご立派な逸物ですけど……今日は、見るだけで我慢しますね☆」
 すっぱりと切断された石柱のかげから、琴音はひょっこりと顔を出した。あっ、と口をあけた泉は、すぐに意図を察する。
 真緋人のすぐそばに、アンゼリカが位置していたのだ。
「2人とも届かなかった少女の命は、仲間の助けで確かに取り戻した!」
 光の剣が大きくなっている。
 それにつれて、アンゼリカの容姿は、幼くなっているようだ。
「次はお前だ。クロノスに必ずたどり着き、返してもらう!」
 似姿を切り伏せ、倒れたさきに霊園の囲いと、繁華街につづく路地を見た。
 アヴァタール級の屍には一瞥もくれず、アンゼリカは叫ぶ。
「みんないるね? トレインへ!」
「一気に逃げますよ!」
 琴音は、敵にとどめが刺される状況を予測していて、仲間に心づもりも伝えていた。戦闘員による防衛ラインも強化し、追っ手を振り切るための小細工まで仕掛けてある。
「撤退だな」
 泉も便乗して、分解の符をばら撒きながら去った。
 ディアボロス側の作戦は、まずまずの成功だ。少なくとも、ジェネラル級に発信機を悟られてはいないようす。
 最終的な結果は、どう出るであろうか。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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