大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『襲撃、謎の亜人!』

襲撃、謎の亜人!(作者 大丁)

 

 緑の肌の奴らが、槍と丸盾を持って襲ってきた。
 『獣神王朝エジプト』ディヴィジョン内の東側、シナイ半島の村でのことである。
 まず、畑に出ていた者たちが殺された。指示をしていた年寄りと力仕事を任された若い男、そして手伝いにきた子供まで。
 緑の肌の亜人は、盾を重ねて列をつくり、家屋に迫る。
 そこでも、一般人が犠牲になったが、実のところ、奴らは殺す相手を選別している。
 村が略奪の限りを尽くされたあと、家のなかから駆り出された成人女性だけが、死を免れた。
 戦利品として、亜人に連れていかれるのである。誰が誰をめとるか、品定めをされながら。

 新宿駅グランドターミナルでは、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)による時先案内が行われていた。
「攻略旅団の提案により、トルコ方面の敵ディヴィジョンの動きを掴む事が出来ましたわ。トルコ方面の敵ディヴィジョンは、排斥力の弱まった獣神王朝エジプトへの侵入を開始したようです」
 はじめは静かな調子で話していたファビエヌも、だんだん力がこもってくる。
「侵入したクロノヴェーダは、醜い亜人型のクロノヴェーダで、一般人を襲い、年寄り子供、そして成人男性を皆殺しにして、成人女性を襲い、戦利品として連れ去ろうとしています。この敵の侵攻に対して、獣神王朝エジプトのクロノヴェーダは、全く対処できていません」
 新たなる敵も、赦しがたい存在なのは間違いなかろう。
「襲撃されるシナイ半島の村に向かい、人々を避難させた上で、敵を迎撃し、撃破してくださいませ」

 依頼内容には二つの要点が含まれていた。
 時先案内人ファビエヌは、指を二本立てる。
「まずは、襲撃される村に向かい、人々に村を捨てて避難するように説得する必要があります」
 注意点は、そこが獣神王朝だということだ。
「村の人々は敬虔なエンネアド信者であり、村を捨てるような決断をさせるのは難しいかもしれません。ですが、一人でも多くの村人を村から脱出させてください。今回の敵だけならば、村人を守っての勝利もできましょう。しかし、新たな敵の襲撃の可能性もあります。ディヴィジョンの境界線であるシナイ半島東部から離れた場所まで避難するのが安全ですわ」
 もう一点は、敵の正体についてだ。
「皆様が相手するのは、使い捨ての雑兵扱いのクロノヴェーダと思われます。重要な情報は持っていないでしょう。とはいえ、敵に対する情報が皆無である現状では『重要では無い情報』であっても、価値があります。このトループス級の知能は、かなり低いようですので、使い捨ての雑兵でも持っていそうな情報を、うまく聞き出せれば良いかもしれません」
 その後の説明は、いつものように、敵の戦闘方法についての予知内容だった。
 集団で押してくる。伸縮する槍を使い、戦況によっては包囲攻撃もしかけてくるらしい。ただし、現地の戦場で、敵の戦い方から新たな情報を得られはしない、とのことだ。

 ファビエヌは最後に、現地の特徴について、念押しをした。
「村には、小さな『死の家』があり、数十体のミイラが保存されております。村人たちは、村で死に、この死の家でミイラとして保存され、いずれリターナーとして蘇ると信じ込んでいますから、死を恐れず村から離れようとしないのですわ」

 亜人の襲撃が起こる、ほんの少し前。村の畑で、老人は男たちから噂話を持ちかけられた。
「東の村でよぉ。盗賊が出て村が壊滅したって聞いたんだけども」
「んん~? 心配なのか?」
 村人は、お手伝いをしている子供に視線を投げてから、頷いた。老人は、にこやかに笑う。
「エンネアド様が見守っていて下さるので大丈夫じゃよ。なぁに、もしお前さんが死んでもリターナーとして蘇って、あの子たちを養ってやればいいんじゃよ。ほっほっほっ」

 砂粒にまみれた哀れな姿で、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は走った。
「あああー-っ、逃げて、みんな逃げてっ!」
 畑に出ていた村人たちは、噂話のついでに一息いれていたところだったから、ボロボロの服の少女を見てギョッとする。
(「芝居で騙すようだけど……しゃーない。エンネアドは威張り腐ってるわりに、肝心な時にちっとも役に立たないからねぇ」)
 内心、舌を出しつつも、燐寧は涙ぐみながら惨事を伝え、足をもつれさせる。
 若者のひとりが、その肩を支えた。
 もちろん、互いに知らない顔だが、そこは『友達催眠』だ。知り合いの訴えを無下にはしない。燐寧は羽織るものと水を与えられ、村長の家まで連れていかれた。
「東から……エジプトの外から神の敵が来たんだよぉ」
 燐寧が話をするうち、部屋には村の老人たちと成年男性が、次々と集まってきた。
「ママやお姉ちゃんはあいつらに……殺してすらもらえなかった。攫われて、化け物を産まされ続けてるんだよぉ」
「落ち着いて。ひどいものを見たんだね。かわいそうに……」
 老婆が背をさすってくれる。
 村人たちは、口々に思ったことを言う。村から連れ出されて殺されたら、『死の家』には入れなくなる、とは理解しているようだ。
 燐寧は顔を上げた。
「あいつらに襲われたら、リターナーにはなれないんだぁ!」
 信心深い村人には、恐怖であろう。そう、強調して叫んでみる。
「今ならまだ間に合うよぉ、皆で逃げよっ! ミイラを運びたいなら手伝うからさ」
「ありがとうよ」
 村長の老人は節くれだった手を、燐寧の手に重ねて礼を言った。
「危機を知らせた友人には、さらに西へと逃げてもらいたい。我々がどうするかは、この場で決める」
 だいたいの話はこうだ。
 ミイラが、死の家を離れているあいだに復活を逃したら意味がない。
 いっぽうで、いま生きている者が、もっと大きな、死の家がある街を見つけて、そこに入れてもらえるような住民になれれば、リターナーへの機会は残される。
 女たちには子供といっしょに逃げてもらう。男も何人か同行させる。
 だが、成人男性のほとんどと、老人たちは村に残る。
「エンネアド様の助けがあれば、敵は追い払えます。それに……」
 最初に助けてくれた若者が、燐寧に耳打ちした。
「僕らは、老人たちが絶対に死の家を離れたりしないと判っている。そして、老人たちが動かないならば、男たちも村に留まる決意なんですよ」

 緑の肌をした人型種族が、村の畑に近づくと、そこには若い男性と女性、そして子供がいた。
「オトコとコドモは殺す。オンナは……うおぉ?!」
 種族の先頭にたっていた一体は、驚きに唾を飛ばした。
 その女性、夕月・音流(変幻自在の快楽天・g06064)が、すぐにでも繁殖相手にしたくなるような容姿をしていたからだ。
 歳も二十か、もうすこし。
「嫁がいたー!」
「この村は当たりだー!!」
「バンザーイ」
 一団の皆が、同じように騒いでいる。
 音流は、逃げるでも、怒るでもなく、ただニコニコと微笑んでいた。
「ゴブリン、いっぱい、わらわらしてる……。連れ去られたら、すごいこと、されちゃうんだ……?」
 しかし、先頭の『ゴブリンファランクス兵』は、飛び掛かる前に、大群を制した。畑にいる男性と子供に注意がいったようだ。
 このふたりが、妙に落ち着きはらっている。
 男性、ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)のほうでも、兵の様子に感づいて、自分から話しかけた。
「大勢でようこそ。嫁って言葉が聞こえたんだけど、君たちのうちの誰かが、彼女と結婚したいってことなのかな?」
「え……? あ、うん」
「できれば……」
「連れて行きたいゾ」
 槍と盾で武装した物々しい種族の口から、とぼけた返事がもれる。
 人懐っこいペースに飲まれたのだ。子供まで無邪気に訊ねてくる。
「そーかー。みんなは、誰なのです?」
 露木・ささら(流血の狩人・g02257)だった。
 身に纏った狩装束はぶかぶかで、10才に満たないことは兵にも予想がついたろうが、なにせこの子も物怖じしない。
「オレたちはなぁ、『亜人ディアドコイ)』だぁ!」
 兵のひとりが、叫んだ。
 音流は、胸やおしりを強調するような姿勢で煽る。
「お嫁にしたい、っていうなら、聞かせて欲しいな。ディアドコイの住んでる場所のこと。どんな人がいるのか、とか。どんなお家や食べ物があるのか、とか」
 これはもう、繁殖の同意とみていいだろう、とゴブリン兵たちは思ったようだ。構えていた盾が下がり、槍の石突を地面に触れさせている。
 男や子供も、抵抗しなさそうだし。
 もちろん、推察は的外れだ。ラズロルは元から知識欲が深い。新たに出現したクロノヴェーダと聞けば、素で興味を示し、会話したかっただけなのだ。
 ささらが自身満々なのは、狩人の経験からくるもの。
 退けば死ぬ。前に進んでこそ、活路は開ける。
 先頭の兵は、しばしゴニョゴニヨしたあと、嫁候補の問いに答えた。
「オレたちは……たくさんいる!」
「見ればわかるですよ」
 ささらが、大群を眺めまわした。ラズロルも感心したように言う。
「ああ、すごい数だよね」
「そのたくさんじゃない。なんて言うか……オレたちは、『たくさんがたくさんいる』のだ!」
 要領を得ないが、ディアドコイは何かを伝えたがっている。
 この場で判らなくとも、有益な情報の一端のように思えて、音流は、次の質問を最後にした。
「『たくさん』のみんなは、ボクのこと、たくさん気持ちよくできるのかな?」
 大群のトループス、ゴブリンファランクス兵たちは歓声でもって、肯定する。音流は舌なめずりをし、ささらとラズロルは察した。
「それなら、今からでも確かめられるかな。……さ、ヤろうか♪」
 天使の翼を広げた。
 回転する無数の光の輪も出現させる。

 ディアボロスが戦闘態勢に移行したことで、畑に押し寄せていた亜人の軍勢は、緊張感を取り戻す。
 盾は抱えられ、槍は隊列に沿う。
 なかには、音流のしぐさにその気になってしまい、荒ぶる気持ちがどっちつかずになっている個体も存在した。
「少し君たちを理解することができたけど……」
 ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)は、奥歯を噛みしめる。
「女性に乱暴は頂けないなぁ~……紳士じゃない!」
 忠告は通じぬだろう。
 胸中に、ゴブリンファランクス兵へのいらだちが満ちてくる。歯のあいだから、青い炎が漏れ出した。
 ネメシス化である。
 先頭にいたゴブリン兵は、驚きに半歩しりぞいた。ラズロルの顔かたちが狐の半獣に変わる。
「天より降り注げ、数多なる砂の槍!」
 獣の腕が持ち上がると、爪で切り裂くように振り下ろされる。乾いた土地に、ファランクス兵を縫い留める長槍が落ちてきた。
 いったん崩れた隊列は、しかし号令で包囲のための散開にかわる。
「やっぱりオトコは殺せ!」
 その侵攻を、砂槍が壁のように並んで食い止めるが、いつまでも耐えられるものではない。
 狐の鼻先が、村のほうをチラと振り返る。
 建物のかたわら、若い男が震えながら立っていた。ネメシス形態のラズロルは、大声で叫ぶ
「逃げろ! 今直ぐにだっ!」
 と、同時に槍の一本を掴んで、獣じみた構えをとった。はたして、ゴブリン兵どもを抑えきれるか。
 若者は建物のかげから、村の奥へと走り去る。
「あれは……」
 事前に接触した仲間からの情報と突き合わせると、向かった先は村長の家だ。
 女と子供を送り出した成人男性たちは、老人たちと共に、そこにこもっている。さっきのは、物音に様子を見に来たひとりだったのだろう。
 それより手前には『死の家』があった。
 家と呼ばれていても、霊廟のようなもの。建物内に人がすごす構造はない。
 神聖さゆえに、他の民家と軒を並べることもなく、村長宅とも間があった。
 結局、老人たちがこだわっているのは、そのミイラ置き場だ。
 女子供が村を出たのも、生き延びるためというより、新たな『死の家』探しだったと聞く。
 半獣の姿で暴れるラズロルの胸のうちには、『死の家』そのものへの怒りが沸き起こってきていた。

 トループス級『ゴブリンファランクス兵』は、気持ちよく戦わせてくれるのか。
 戦端を開いた音流も、だんだん集中できなくなってきた。ラズロル同様、村のことが引っかかる。
 目の前に突きだされてきた亜人の槍を、ナディア・ベズヴィルド(黄昏のグランデヴィナ・g00246)の神杖、『破天の詠歌』が弾き返してくれた。
「死者を悼み、復活を願う信心深さは良い。だがその前に自身が死んでしまえば意味がない。……音流さん。残っている人たちの説得をお願いできませんか?」
 風塵魔術師が、ファランクス兵たちとのあいだに割り込んでくると、同じく風塵魔術師のジズ・ユルドゥルム(砂上の轍・g02140)も、畑のあぜ道に立ち塞がった。
「私たちが、ここで敵を食い止めよう。村人を頼むぞ!」
 激励し、『防衛ライン』を敷く。
 竜人仕様の防寒帽をかぶった今は思想家、プターハ・カデューシアス(エジプトの龍人・g03560)は、もうひとり指名した。
「ラズロルも行ってください。あなたなら説得できます!」
 あの時、背中から支えてくれた者の言葉なら。
「ディヴィジョンとはいえ、私の祖国。野蛮な奴らに荒らさせはしません。どうか、心おきなく」
「おー、プターハ君、感謝だよぉ~」
「ナディアちゃんとジズちゃんも、『たくさんがたくさん』をヤッちゃってね……」
 ラズロルと音流は畑を通り抜けていった。
「とはいえ、村の中に入る道もひとつではないだろう。分散されては手が回らん。こちらへ引き付けたいが……」
 ジズは、ゴブリン兵の下卑た表情を見て、音流の残した言葉の意味を考えた。
「利用できるものは利用するか……来い、亜人ども!! 人間の雌がここにいるぞ!!」
 大声を張り上げ、仁王立ちになる。
「ジズさんお一人ではいけません、奴らの気を引くのなら私もやってやろうではないですか」
 ナディアは肢体をくねらせ、髪をなびかせる。
 ふたりの挑発に、プターハは慌ててディフェンスに入る。
「ジズ様、ナディアさん、煽りすぎです。ご自分を大切に!」
「オンナだぁー!」
「ヒャッハー!」
 ようやく、お約束のフレーズが出て、ゴブリン兵がひとかたまりで近寄ってきたとき、ジズは『地躍(チオドリ)』を起動した。
「躍れ。跳ねよ、地の礫たち」
 隆起した地面により、ファランクスの槍ぶすまは乱れに乱れて、ジズの肌まで届かない。
 大地は岩石になるまで砕けて、ゴブリンの顔を叩き潰し、胴を串刺しにし、血を躍らせた。
「奴らの好奇の目に曝されるのは屈辱この上ありませんが、致し方ありません。その分奴らを消す事に全力を」
 ナディアは微笑み、取り囲んだ亜人のすべてに色目をつかう。
「こんな所まで来てしまうなんてイケないヒト達ね。私、強いディアドコイが好きなの。貴方達の中で誰が強いディアドコイかしら」
「俺だ」
「オレだぁ~!」
 並ぶ顔の気色悪さにギリギリまで耐え、ナディアは神から授かりし杖を掲げる。
「聴きたもれ聴きたもれ、血の盟約により我が声に応えよ」
 『隠れ家の守り星(サダクビア)』の光の驟雨。
 ゴブリン包囲陣は、近い個体から剥がれるように崩れた。
「おれェが、嫁にするゥ~」
 折れた槍を捨てて、一体だけが腕を伸ばしてくる。
 ナディアの紫の髪に触れる直前に、グイとそれが捻じ曲げられた。
 路地裏から出てきたコワモテにやられるみたいに。
「仲間に汚い手で触れるのは止めて貰いましょうか! お代が必要ですね。とりあえず、貴方達の命で」
 プターハの周囲から桜の吹雪が舞い上がる。『先頭にいたゴブリン兵』の掛け声は、電磁波の発するノイズにまぎれ、一時的に大軍は分断される。
 腕を拘束された一体は、『グロリアス』に絞られていた。
「纏めても全然足りない気が致しますが……」
 しかしながら、ジズとナディアの煽りも、敵を浮き足だたせる効果はあったようだ。
「どうだ、ナディア。強いディアドコイはいたか? 私は見かけなかった」
「いないわね、いるのはタダの雑魚よ」
 その雑魚もまだまだ数がある。

 夕月・音流(変幻自在の快楽天・g06064)は、天使の翼をもう一度広げてみた。
「村の人たち巻き込んじゃうのも寝覚め悪いし……説得、頑張ってみよう」
 簡素な門をくぐろうとしたところで、直立した恐竜のような姿が、紫のオーラを噴出しながら近づいてくるのが判る。
「燐寧君だね、戻ってくれたのか」
 ネメシス形態のままのラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)が迎える。恐竜は、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)のネメシス化だった。
「西に逃げたフリしてから身を隠して……ファビエヌちゃんの話を聞いてなかったわけじゃないけど、『死の家』への想いがこれ程とはねぇ」
 霊廟然とした建物を見る。
 ラズロルの胸中にふたたび、複雑な感情がわいてきた。
エジプト人にとってミイラは、偉大過ぎる神より身近な隣人。蘇りが無くなっても大切な拠り所になるはずなのに」
「ねぇ、燐寧ちゃん」
 音流が、牙の並んだ顔にたずねる。
「村のひとたちが話を聞いてくれたら、内地のオアシス都市のうち、シナイ半島に近いところを紹介できれば良いと思ったんだけど……」
 これまでにディアボロスが解放・復興させた場所を指している。
 しかし、村より西の地勢を見てきた燐寧は、首をふった。
「もう、逃げるだけで精一杯そうで、どこかの街に流れ着ければいいって感じだよぉ。あたしたちが付き添うとしても、今回の予知の範囲では、きっと僅かな距離にしかならないし……」
 となれば、安置されている数十体のミイラを運び出し、そのまま旅をさせるのも負担が大きすぎる。
 狐の半獣人がまた歯噛みすると、通りの真ん中にひとりの村人がやってきて平伏した。
「エンネアド様、私の不信心をお許しください!」
 顔をあげてみれば、先ほどラズロルに言われて逃げた若者である。外敵の襲来と戦う存在があるなら、村にとってそれはエンネアドか、その遣いに他ならない。
「あ……」
 そして、被害者を装った燐寧を助けてくれた彼であった。おそらく、恐竜と同一人物とは思われていないようだが。
「いかにも、我らはエンネアドである」
 燐寧は声色を使い、『平穏結界』もはった。
「して、おまえの不信心とは?」
 ラズロルも調子を合わせて若者にたずねる。
 東の村への襲撃の噂と、その生き残りに会ったことで、エンネアドの守護を疑ってしまったと告白された。
「女子供も勝手に逃がしました。そして、切っ掛けがあれば老人たちも連れ出そうと、秘かに彼らのぶんの旅支度もしていました」
 村長の家で燐寧に耳打ちしてきたとき、若者はすでに信仰を捨てていたのだ。
「どうか、罰は私にだけお与えください。私をこの場で殺し、リターナーへの復活も阻んでください。そのかわり、なにとぞ、村をお救いください」
 若者の額が地面につく。ディアボロスたちは互いの顔を見合わせる。
「お前は正しい」
 音流は、神の付き人のポジションで喋る。
「東から迫る敵は強大。エンネアド様は戦いに全ての力を割くおつもり。故に、この地の人々に退避を促しておられる」
「敵の姿を見たな? 奴らは貪欲で執念深く、一度追い払ったとしても獲物を諦めない。我らが力を振るい、今いる敵を倒すことはできるだろう。だが、あなた達がここで亡骸を護り続けるのは不可能だ」
 言いつつ、燐寧も息が詰まりそうだった。
(「お願いよぉ。聞き入れてぇ」)
 しかし、これも叶わない。
「お、おそれながら、罰を覚悟した身で進言いたします。老人たちは、死の家を大切にするかぎり、エンネアド様は敵を倒してくれるし、リターナーにもしてくれると信じ込んでいる。その両方が果たされないとなると、貴方様が神であることすら、疑うかもしれません。そうなれば、なおいっそう、村を捨てる決断はしてくれません」
(「がぁああ!」)
 恐竜は、あとちょっとで尻尾のチェーンソーをぶん回すところだった。
(「エンネアドぉ! ほんっとーに、威張り腐ってるわりに、肝心な時にちっとも役に立たないねぇぇッ!!」)
 燐寧が憤り、音流が次の言葉を探して羽を震わせているあいだに、獣の腕が天に向けて持ち上がる。
「『アラハバキの矢』よ……」
 ラズロルは、上空から漆黒のエネルギー塊を降らせる。
 『死の家』へと。
 土埃をあげて、建物は倒壊した。
「さあ、老人たちのところへ行き、『死の家』は『神の敵』に破壊されたと伝えてこい。そして、すでにミイラになっていた者のことは諦め、自分たちだけでもリターナーになるべく、新たな死の家を探して旅にでるがよい」
 狐の半獣神は、若者を促し、立ち上がらせた。
「もちろん、女子供にも追いついてだ。率いるのは、おまえだ」
 その背を見送り、瓦礫を一瞥した。
 パラドクスを当てたのは、作業台のある一階部分だ。地下のミイラは眠り続ける。ゴブリンにも荒らさせない。
 蘇りの未練を断つためには、必要なことだった。
「ラズロルくん~」
「ラズロルくん……」
「燐寧君、音流君。ゴブリン退治に戻ろっかぁ」

 防衛ラインは持ちこたえているが、村の畑は台無しになってしまった。
 村内にむけて降り注いだ漆黒のエネルギー矢と、倒壊する建物の音で、戦場のディアボロスたちは、事の次第を察した。
「我には守りたいものがあった」
 クィト・メリトモナカアイス(モナカアイスに愛されし守護者・g00885)は、黄金の柄を握りしめる。
「死の家そのものはどうでもよい。あれは拠り所。ただそこには心の安寧のみがあった」
 殴打武器の間合いから、槍持つ敵に半歩退かれる。
「人々の命と心の安寧を天秤に掛け、より大事な方を取ったというお話」
 猫の肉球をかたどった先端が、距離をとろうとする敵に追いすがる。
 『ゴブリンファランクス兵』は、その数を減らしたものの、大軍としての陣形は維持されている。ディアボロス側には復帰した者たちがおり、増援も駆け付けた。
「追い立て、奪うのは容易く、守り抜くは難しい……」
 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は飛翔し、戦況を俯瞰した。時先案内にきいたとおり、かの軍勢がシナイ半島に押し寄せている。この先の被害も懸念される。
「力で略奪するならば、力をもって止める。貴様らが奪おうとしたものの重み、味わうといい」
 天使の羽ばたきが乱気流を起こす。
 風の刃は、ファランクスの陣形を崩した。そこへクィトが、さらなる踏み込みでもって黄金猫拳打棒を振る。
「この地を乱す者は許さぬ。『災いたれ守護の血河』」
 殴打に続く殴打で、ゴブリン兵のあいだを飛び回りはじめた。
 青き風、エトヴァの『Luftturbulenzen(ルフトトゥルブレンツェン)』の援護を受け、手近な敵から一体ずつ撃破していく。
 上から見るに、槍ぶすまの後ろには、まだまだたくさんの兵が控えていた。
「……一つ叩くと三つに増えそうだな。個体差はないのか? いったい誰の『後継者(ディアドコイ)』を名乗るつもりだ?」
 ときおり、魔法の槍『サリッサ』を伸長し、クィトに向けてくる下卑た亜人たち。
「んむんむ。汝らには言っても分からないと思ってた。故に……」
 小柄な王墓守護者は、跳躍で戦列を越える。
「汝らの名は語られず、刻まれず。永遠の死に怯え朽ちるとよい」
 黄金猫拳打棒の強打を、ゴブリン兵の頭に打ちつけた。
 兜ごとへこみ、黄色い眼球がクルと上を向いて昏倒する。
 そして、『亜人ディアドコイ)』の大群にあいた穴へと、ディアボロスたちは突撃し、ネメシス化した者、惑わす者、怒る者たちによって、謎の敵は蹴散らされた。
 最後にエトヴァの乱気流が、大地から穢れを吹き飛ばし、彼の身体をふわりと着地させる。
 ひしゃげた盾が一枚だけ、転がっているのを見下ろした。
「隣の国の窮地に略奪とは、抜け目ない事だな」
「ここに至れば。もう汝らの国も許さぬ」
 始終、無表情だったクィト。東の方角をかすかに睨む。
 それはいったい、どのような『場所(ディヴィジョン)』なのだろうか。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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