大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『策士を溺れさせる策』

策士を溺れさせる策(作者 大丁)

 衛兵の亜人たちは、主君が焦れた様子でも、辛抱強く整列していた。
「『七曜の戦』で、カナンの地とエルサレムが失われた。バビロンとの連絡も潰えている。更に、このアンティオキアまで、ディアボロスの手が迫ってきているという状況では……」
 『勝利王セレウコス』の独り言だけが、部屋に響いている。
「いまは、迂闊に動く事は出来ぬ。アンティオキアの護りを固め、周囲の情報を集めねばなるまい」
 そうして配下の列のあいだを、ジェネラル級は行ったり来たりだ。
「大王様はインドから動けぬとしても、ダレイオスか、アンティゴノスが、必ず救援にやってくるはずだ」

 新宿駅グランドターミナルでは、『蹂躙戦記イスカンダル』行きのパラドクストレインが出現していた。
 車内のロングシートに腰かけたディアボロスたちのあいだを、時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)もまた、行ったり来たりである。
「『七曜の戦』を乗り越え、最終人類史に多くの大地を奪還する事に成功しましたわ」
 とても大きな勝利に、目を細める。
「ですが、わたくしたちディアボロスの戦いは、まだ終わりではございません。再び、ディヴィジョンに分割された世界で、虐げられる一般人を救い、大地を強奪したクロノヴェーダに復讐を果たしてまいりましょう」
 両手を胸の前で合わせてそう言うと、再び開いた十指には人形繰の糸が結わえられている。
 ぬいぐるみたちが、地図や資料を持ちだし、大きく変化した勢力を示した。
 これからは、『七曜の戦』後の状況に合わせた、作戦を展開していく事になるのだ。眺める依頼参加者たちは、表情を引き締めた。
「バビロンを奪還した事で、蹂躙戦記イスカンダルは大きく混乱しているようですわ。皆様には、史実のセレウコス朝の首都であった『アンティオキア』の包囲に加わっていただきます」
 ファビエヌに操られたぬいぐるみが、図の上で動き回る。
「勝利王セレウコスは、混乱する情勢を見極める為にと『アンティオキア』から動かずに防御を固めているようですわ。それを逆手に取り、アンティオキア周辺を封鎖して、敵を孤立させる作戦となります。更に、アンティオキアを護る亜人を挑発して各個撃破する事ができれば、戦力の低下したアンティオキアの攻略も可能になるかもしれません」

 作戦は、ふたつの段階に分かれていた。
「まず、アンティオキアに出入りしようとする亜人の部隊を見つけ出して撃破を行ってください。敵に正しい情報を掴ませない事が、最も重要ですわ。予知では、『マミー兵団』のトループスが城門を目指して近づいてくるようです。種族はマミーとなっていますが、ふるまいは完全に亜人ですわ」
 門からまだ見えない、手前の荒れ地を通過しているところを発見して撃破する必要がある。
 次に、ディアボロスが代わりに城門に近づくことになる。
「アンティオキアを護る亜人に対して挑発を行なってください。勝利王セレウコスは、情報が集まるまで護りを固めるように指示を出しているようで、頭が弱く粗暴な亜人たちは、この命令に不満を持っています。さらに、自身のことを頭のいい策士と思っているアヴァタール級亜人、『ゴブリンメイジ』が門の見張りを監督しているものですから、この魔術師の自尊心をうまく利用すれば、敵を釣り出せましょう」
 挑発に成功すれば、『ゴブリンメイジ』は、粗暴なトループス級亜人『小鬼ゴブリン』を護衛にともなって城から出撃してくる。
 これらを撃破し、敵の戦力を削れば、依頼は完了だ。

「『七曜の戦』におけるディアボロスの勝利は、クロノヴェーダに大きな脅威となっているようですわ。この優位を保つよう、イイコトなさってくださいませ」
 ファビエヌは一礼して、プラットフォームへと降りる。

 壁にあいた見張り用の穴を、小鬼ゴブリンたちが交互に覗き込んでいる。
 勝利王のそばに控えている衛兵たちとは大違いで、キーキーと騒がしい。どうやら、城外への出撃を禁じられているのが不満のようだ。
「さよう。セレウコス様の知略は重々承知の上だが……」
 通りかかったゴブリンメイジは、配下たちの訴えに応じた。
「ちと慎重すぎるきらいもある。例えば……あくまで、例えの話だが……」
 期待を煽るように、持って回った言い方をする、魔術師。
「ワシの策に、諸君らが従ってくれれば、打って出る手もなきにしも……いや、聞かなかったことにしとくれ」
 小鬼ゴブリンたちは、またキーキーと喚いた。

 門からは、見張りの届かない距離。
 城塞都市までは丘陵ひとつを越えねばならない荒れ地で、テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は身を潜めていた。
「籠城する敵を攻めるには外界と隔離し、食糧をはじめとした物資の流通遮断が肝要。増援や伝令の出入りなど以ての外だ」
「救援の候補としてアンティゴノスとダレイオスの名を挙げていますが、小アジアにはセレウコス配下の将は不在なのでしょうか? 増援が来るとしたらそちらからだと思っていましたが……」
 同じ岩陰にエイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)、そしてディアボロスのメンバーたちは、目立ちづらいように砂色の外套を身に纏っていた。
「どうでしょう。『七曜の戦』で情勢も大きく変わりました。……幸い、我ら復讐者はパラドクストレインにより包囲する面子の交代が容易。これは絶大なアドバンテージになるだろう」
 テレジアの返答に、エイレーネも頷く。
「ファビエヌ様の言葉通り、優位を保ちたいですね。……いずれにせよ、味方を呼ばれる前にアンティオキアを制するまでです!」
 しばし時がたてば、予知が的中し、『マミー兵団』の歩みが見えてきた。
「砂漠から荒れ地か、よほど過酷な環境が好きらしい」
 『獣神王朝』での戦いを思い出す、テレジア。
 ディアボロスたちは隠れたまま、この全身包帯巻きのトループス級が通り過ぎるのを待つ。
 包帯の上から帯を締め、つるしている曲刀。柄には、みな同じエンネアドの意匠があると、エイレーネは、気がついた。
「エジプトの哀れな死者といえど、亜人に仕えればその悪意に染まるようです。これ以上の罪を重ねる前に、冥府に送って差し上げます!」
 仲間と呼吸をあわせ、外套を脱いだ。
 『神護の長槍』と『神護の輝盾』を手にした姿が露わになる。背中をみせている敵にむかって、皆でいっきに肉薄した。
 最大数捕捉できるタイミングで、テレジアは『獄災の衝撃(カラミティ・インパクト)』を解き放った。
「消し飛べ――!」
 煮え滾る怒りと殺意を、一瞬にして魔力と化し、魔剣に纏う。
 渾身の力で振るえば、マミーたちの乾いた身体に、轟々と渦を巻く破壊の嵐となって襲い掛かる。最後尾にいた数体は微塵と粉砕された。からっぽになった包帯が荒れ地に散る。獄災の衝撃波はなおも中団のトループスをも傷つけた。
 『天翼のサンダル』を輝かせ、エイレーネの槍が深く届く。
 奇襲をうけてのち、マミー兵団は、例の柄に手をやった。トループス全体が振り返って下がり、『葬礼剣』を抜く。
 突出したエイレーネは、囲まれぬようにいったん退いたが、マミーがかつての主人からさずかったシックルソードの切れ味は鋭い。盾で受け止め、槍の柄を絡ませて軌道を逸らし、なんとか威力を抑える。
 魔剣を振るうテレジアは、力任せだ。
「湾曲した細身の鎌剣と、太く大きな我が魔剣では頑丈さが違う!」
 しかし、正面からのぶつかり合いになってからは、数の違いで無傷とはいかない。
 そうやってディアボロスに損害を与えておいてから、マミー兵団の先頭は走り出した。
 城塞都市に逃げ込むつもりだろう。
「渇いた環境を渡り歩いて来たようだが、逆に泥濘には慣れていまい」
 テレジアの起こした災厄は、トループスたちの足をすべらせた。地形は、ディアボロスたちに有利に働き、マミーの撃破を手伝う。エイレーネはマミーの先頭集団を標的として躍りかかり、槍を振るった。
「天にも地にも、凶徒の居場所はないと知りなさい!」
 刺突や斬撃で次々と敵を倒してゆく。
 『飛天旋舞斬(エナエリオス・エリグモス)』がエイレーネに、一太刀ごと次々と進行方向を変えさせ、敵群に襲い掛かる機動を可能せしめるのだ。
「エジプトの冥王神、オシリス様の御許へお行きなさい!」
 曲刀よりも圧倒的に長い間合いを活かし、戦いの終わりかけでは、エイレーネが傷を負うことはなかった。エンネアドからの加護を失ったクロノヴェーダと、怒りを力に変えるディアボロスとの差だったかもしれない。
 マミー兵団をせん滅し、封鎖戦のひとつを成功させたメンバーは、アンティオキアの城門へと向かった。

 亜人の姿はなかったが、監視体制をしいて籠っているのは間違いない。
「統率と言う面で亜人の部隊は不安要素が多すぎます。あれでよくディヴィジョンを支配してきましたね」
 ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は閉じた門を睨みながら、案内人から聞いた内部のやり取りを振り返った。各階級のあいだで、主従の揺らぎが生じているようだ。
「それだけ単純な戦力としては強いのでしょうが……」
 ディアボロスたちは、敵部隊を引っ張り出す算段をする。
 挑発するならまずは目立とうということで、最初はハーリスに出てもらうと決めた。城壁の前は、平坦ながらもむき出しの砂地で、長身のリターナーはひとり、門の前まで歩いていく。
 途中、空を振り仰いで天候をはかっていた。
 彼の纏う『黄金の装飾』は、かつての主人からの贈り物であり、絆のひとつだ。いま、日光がその表面を照らし、輝く姿は見張りの穴を通してもよく見えることだろう。
「あなた方にはこのように贅沢な装備などないでしょう!」
 両手を広げ、胸をはり、ハーリスは訴える。
「砦に籠りつづけて外にも出られず、手に入る物があると言うのに指を咥えているばかり。それほど私たちが恐ろしいならば最初から身を隠していればよかったのです。……弱々しい生き物に同情した誰かが愛玩用に拾ってくださいますよ!」
 さきの荒れ地で殲滅した、漂着クロノヴェーダたちの姿も脳裏によぎる。
「……ふう。我ながら酷い。これで出てきてくれるならよいのですが」
 城門は静かなままだ。
 次のメンバーに合図を送ろうとした矢先、キーキーという喚き声が聞こえて、扉が開いた。
 剣を持った『小鬼ゴブリン』たちと、それに守られながら『ゴブリンメイジ』が砂地へと歩んでくる。
「戦いは武器や装備だけでするものではないぞい」
 たしかに、黄金装甲どころか小鬼たちは上半身裸で、いわゆるシャルワール、ゆったりしたズボンは皆、あちこち擦り切れていた。
「肝心なのは、ココじゃよ」
 老魔術師は、自分の頭を細い指でさす。
 知能を自慢したいらしいが、トループスたちの引き留め役のはずの指揮官が、率先してジェネラルの命令を無視しているのである。ただし、ハーリスはそれを笑ったりはしない。
 作戦の段階は進んだ。計略から戦闘に切り替えたディアボロスたちが、すぐさま合流してきている。
 小鬼たちも、再び城門が閉じられるまでに、大砲と火薬樽を運びだし終わった。

 小柄なトループス級の群れを眺めて、アデリーヌ・スウォンプ(ランプの魔女・g02973)は、笑い声を響かせる。
「お、おほほー。これはまた、かわいらしいゴブリンさんたちが来たものねぇ~……」
 高飛車な魔女、のつもりなのだが、途中で声が裏返ってしまい、よれて聞き取れなくなった。デーモンの翼を広げ、自分を大きく見せるものの、仕草はどこか恥ずかし気だ。
 ただ、羽のランプ色だけは、妖しい美しさをたたえていた。
 神坂・樟葉(自称超特級厨陰陽師・g03706)は、式神を召喚している。
「どれ、アデリーヌの言う通り、ちっちゃいだけの鬼かどうか、調べてみるかの? 虚ろなる憶を束ね、録し記さん! 識鬼招来!」
 妖狐の陰陽師に呼びだされたのは、情報集積役と解説役の二人一組だった。
 敵軍の前衛が、わらわらと攻めてきて、ディアボロスたちとの戦闘がはじまるなか、この『緋衣童子・浅葱衣童子(ヒゴロモドウジ・アサギエドウジ)』は樟葉に、『小鬼ゴブリン』の武器について教えてくれる。
「ふむふむ……。『ゴブリンメイジ』は装備だけで戦うのではないなどと、うそぶいとったが……」
 のじゃロリ口調で解説を伝えながら、樟葉はゴブリンの一体を倒した。
「この小鬼に持たせているのは、遺跡から発掘した聖剣じゃ。威力はちっちゃくないぞ」
 じっさい、くらった仲間の負傷具合は軽視できないものだった。
「え……。アタシはどうしようかしら……」
 アデリーヌはまごついた。
 聖剣への対処というより、ゴブリンの攻撃力がルックスに似合わなくて、お嬢様キャラとしてはどんな態度をとったらいいか、で迷っている。
 そうこうするうちに、小さい奴らに四方を囲まれ、いっせいに斬りかかられた。
「パ、パンツだけでは、お寒いんじゃなくて?!」
 とっさの『アイスエイジブリザード』を放つ。
 倒しきれはしなかったが、上半身裸の敵群に凍てつく吹雪を浴びせかけた。
「その調子じゃ、アデリーヌ! ……ふぉっ?!」
 樟葉が悲鳴をあげる。
 小鬼ゴブリンたちは、吹雪のなかでデタラメに聖剣を振り下ろし、お互いの身体を両断した。砂地に転がったクロノヴェーダの一部分を見て、アデリーヌも片足をぴょんと持ち上げる。
「ど、どういうことですのっ?」
「フムフム、そうか……」
 解説式神の耳打ちを聞いて樟葉は、城壁のふもとにいるアヴァタール級の顔を見た。
「配下が同士討ちになっても笑っておる。ゴブリンメイジの命令なのじゃ……」

「口でどれほど賢しく振舞おうとも、その行動を見ていれば暴力一辺倒の亜人となんら変わりがありませんね」
 ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は、アヴァタールとトループスを見比べた。同意する、テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)。
「ええ。欲望への忠実さはグランダルメの淫魔といい勝負です」
 彼女は自分の作戦を仲間に告げる。
「童のようななりをしていてもイスカンダルのクロノヴェーダ。女――つまり私の姿を見せればその反応は予想しやすい」
 亜人の特性としては一理ある。
 とはいえ、ハーリスには厳しいので、任せる旨を身振りで示した。
「それに私は大柄な分、あの小鬼のように小柄な相手では死角を突かれるやもしれません。接近させずに素早く倒してしまいましょう」
 黄金の装飾を煌めかせて、戦場を迂回していく。
 テレジアには言葉通り、『傾城傾国の魔艶(ファムファタール)』がある。
 美しい顔貌、豊かに恵まれた肢体、ただ在るだけで他者を魅了する天授の才。そこに、誘惑的な仕草を加えた。
「キー?」
 乱戦に入っていた小鬼ゴブリンたちが、いっせいにテレジアのほうを向いた。
 騎士は魔剣を地面に突き立てると、紅のアンダーリム眼鏡を下にずらし、膝を伸ばしたままで上体を低くさげていく。
「こっちにいらっしゃい♪」
 招く指先をふくめ、腕は装甲されたガントレットに覆われ、ニーハイの位置までグリーブが装備されている。手足は頑丈なのに、水着のような服の胸元は開けていて、この姿勢では今にも谷間が飛び出しそう。
「キー!!」
 聖剣をかざしたゴブリン勢は、まんまと誘惑にひっかかり、寄り集まってくる。その様子に慌てたアヴァタール級は、後方の配下に大砲の準備を指示したようだ。
 ハーリスは、神へと祈りを捧げる。
「砂漠の神にして嵐の神セトよ、お力添えを。荒れ狂うその御力の一端を私にお授け下さい」
 つむじ風が起こって、砂粒が浮いた。
 流れはすぐに速くなり、大砲のあたりを巻き込み始める。弾込めを急かそうとしてか、ゴブリンメイジの身振りもせわしない。
 テレジアへと飛び掛かったゴブリンのうち、直に身体を触ろうとした輩は、簡単に回避された。
 身をひるがえした騎士の手には、魔剣が戻っている。
「トループス級が持つには分不相応な破壊力だ」
 魔剣が聖剣をいなし、おさわりに失敗したゴブリンへと導いた。仲間を真っ二つにしても動じない亜人たちだが、こうして同士討ちを誘発されれば、戦力低下はいちじるしい。
 大砲に込められた砲弾は、小鬼ゴブリンだった。
 空へと打ち上げられ、強襲してくる。
 だが、ハーリスによる『セトへの嘆願』が聞き入れられ、つむじは嵐となった。大砲を撃つ者と砲弾にされた者、すべてが砂塵にかく乱される。
 砂は黄金色に輝いて、光を纏う砂使い自身も、暴風のなかへと突入する。
「出ようとする者を優先的に狙って行きますか」
 残像を生む速度で駆けまわり、アヌビスを象った獣爪籠手を振るった。三本爪に斬り裂かれ、嵐から放り出された小鬼は、すべて息絶えている。
 ディアボロス側が、護衛のトループス級を全滅させるまで、あとわずか。
 弱ったゴブリンに追撃の魔剣を叩き込み、テレジアはアヴァタール級亜人『ゴブリンメイジ』を挑発した。
「戦いは頭が肝心――確かにそうだな、事前準備で趨勢のほとんどは決まるし、策は重要だ」
 平坦だった砂地には聖剣と大砲、両方で自滅したゴブリンたちの死骸がばらまかれていた。ディアボロスたちの周囲もそれらで散らかっている。
「だが、それを成すには少々どころでなく自制心が足りなかったな」
 テレジアが耳障りに感じていた、キーキーという喚き声はもう聞こえない。
「くぅ……!」
 老魔術師は城壁に背をくっつけ、焦燥を表している。
 砂塵のおさまったなかに立ち、ハーリスは眉をひそめた。
「配下を……このような形で利用するのか」
 累々としたそれらが、地面に無数の影をつくっていた。魔力爆弾を偽装するために。
「さよう。ワシの策に従ってくれたのじゃ」
 ゴブリンメイジはまた、邪悪な微笑を取り戻す。

 息をのんだディアボロスたちだったが、それもひと時のことだ。
 メメ・ペペル(やせいのさいぼーぐ・g08404)は、アヴァタールのそれなどまったく寄せ付けないほどの笑い声をあげる。
「面白そうじゃないですか、宝探しみたいなものでしょう? ボク、大好き!」
「隠されているのは爆弾ですよ。まあ、ちゃっちゃと終わらせて帰りましょう」
 砂地の残骸を観察し、ダガーの数本を投擲に構える、白瀬・杏樹(硝煙天使・g02600)。仕掛けた側のゴブリンメイジは呪文を詠唱し、魔力を高めているようだ。
「技術をひけらかす者どもめ。ワシの魔術パワー、遊びで片付けられるような威力ではないわ!」
「先に見つければ、邪悪な技も浄化できます。……『神征回路(サヴェージエクソシスト)』」
 杏樹の手を離れた刃物が、地面の影に突き立つと、小さくポンと弾けた。
 起動はしても、魔力爆弾を不発にとどめたらしい。続けてザクザクと、ダガーディアボロスたちのそばに刺さっていく。
「いまじゃ、『パワーデトネーション』!」
 不発が続いたあと、杏樹に一番近かった一発が大きな爆炎となる。
 ガジェッティアの働きで仲間の周囲はクリアになり、移動の制限は弱められたのだが、ゴブリンメイジは報復のつもりか、魔術パワーを後付けで注入して浄化を上回ったのだ。
「杏樹さん!? ……ううん、きっと大丈夫」
 救援に走る仲間の姿を見てメメは、『宝探し』の続きに戻る。
 とにかく、魔力爆弾をどけなければ始まらないから。その後も数回に一回は、パワーデトネーション入りの大爆発が起こった。黒煙の隙間から、杏樹が立ち上がって投擲を再開した姿も見える。
「ボクも、被害にあう前に自爆させよう!」
 整備したガジェット、『万能系火炎放射器(ショウドクサレテエカー)』を振り回す、メメ。
 爆弾の威力にあわせて、ボタン操作で炎の強さも調節している。炙られたシャルワールが、隠されていた魔力とともに吹っ飛んだ。
「ズボンが、ズッボーン!! あ、今のは小鬼ゴブリンが履いていた衣装と、爆発の音を掛けた……」
「うるさいわい! 大人しくしておれ、『バインドファミリア』!」
 ついにキレたゴブリンメイジは、鳥のような形状をとった魔力塊を飛ばしてくる。
「わわ、放射器が握れないです?!」
 メメに命中した鳥型は、爆弾処理するサイボーグに絡みつき、拘束してしまった。

「ふぇえっ、今度はメメさんがピンチなのでしょうか?!」
 朱鷺・遥(はるかな時を越えて・g03508)は、セーラー服の襟と、軍師のローブの裾をばたつかせた。
 頬には、乾きかけの涙跡があり、はやくもその上から大粒の一滴を重ねそうないきおい。
 かたわらで、スラっと立つ杏樹が、励ましてくる。
「遥さんは、お優しいのでしょう。ですが、泣かなくても僕たちは生き延びます。これくらいのことでは」
 もとは後方にいたはずの遥は、『ゴブリンメイジ』からの直撃をくらった杏樹の身を案じ、飛び出してきたのだった。黒煙のなかを駆けながらすでに泣いていたのだが、仲間に大事がないと知ると、今度は嬉し泣きしたのである。
「そうでした! ……私も魔法軍師を名乗る者。前線まで出てきた以上、できる手段で戦いましょう」
 残骸の散らばる戦場に、突如として膨大な流水を出現させる。
「敵の動きを悟るのは、得意なのです ……本で勉強していますから!」
「あぶぶっ、なんじゃ水がどっから……ごぶッ!」
 自称策士のゴブリンメイジは、自称魔法軍師の『青龍水計』に抗って踏ん張る。

 アヴァタール級が溺れかけているあいだに、メメの拘束は解かれた。
 ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は懐に手をやり、ゴブリンメイジにむかって叫ぶ。
「私も勝利のためであれば我が身を擲つことも厭いません!」
 呪装帯の隙間から引きだしたのは、暗殺者の仮面。
「かつてはそうして戦ってきたのですから。ですがそれは生き残るためであり、従うに値する方がいらしたからこそ……」
 殺戮と復讐の女神を模した装飾を、ハーリスはあえてかぶる。
「あなたの策はただ悪戯に兵を消費するだけの下策です!」
「なんじゃと!」
 ゴブリンメイジは杖を振り回して怒った。
「ジェネラルに次ぐとも噂される知将にむかって、この……、おまえ……」
 沈黙する城門の内側で、どのような評価を受けているのか省みたのであろうか。老魔術師の言葉尻は小声になる。
 リターナーの祈りが、はるかに越えて響き渡った。
「天空の神ホルスよ、お力添えを。その大いなる翼の力をお授け下さい!」
 概ね片付いた戦場だが、魔力爆弾が隠れているような影はまだ、そこかしこにあった。
 敵と地面がよく見えるよう高く飛んだハーリスであっても、越えていくことはかなわない。充填された魔力が、次々と起爆する。
「女神セクメトよ、お力添えを」
 仮面が、黒光りする。
 爆弾が的確に発動する暇もない程の残像が生み出され、それらは隼の幻影へと変化していく。
 最高速で罠地帯を抜けた。
「犠牲となった者達、そしてこれから犠牲となる者の魂を冥界へと導くために……!」
「ち、近づくなっ! ワシはアンティオキアで一番の……!」
 分かれた隼の幻影が連射された。
 ハーリスの緑色の瞳が、仮面を透かして、亜人を見据える。
「あああ、ぎゃあああ!」
 隼たちによって、ゴブリンメイジの身体は城壁に縫い付けられた、ハーリスは衝突するまえに急上昇し、のちに宙で返ると、仲間たちの元へと降り立つ。
 アヴァタール級は、爆発四散した。
 しかし、アンティオキアはびくともしていない。
「包囲作戦は始まったばかりです。続けていきましょう」
 依頼を成功させたディアボロスたちは、荒野へと撤退する。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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