大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『鎧装着! エリュマントス神像の猪男』

鎧装着! エリュマントス神像の猪男(作者 大丁) 

 単独で荒野を走破する亜人がいた。
 猪の頭を持つ巨漢で、背には角ばった箱を担いでいる。箱の表面には、伝統的な文様が薄浮彫されており、亜人の無骨さに反して神聖なものに感じられた。
「へへへ……」
 猪男は、ときおり口元をほころばせる。
「俺にもチャンスが巡ってきたぜ。『エニューオー』の仇討ちで、次のジェネラル級はいただきだ!!」
 独り言に合わせて牙が、上下にモゴモゴと動いた。

「《七曜の戦》が、遂に始まろうとしておりますわ。この戦いの帰趨によって、わたくしたちディアボロスの、引いては、最終人類史の運命が決まっていくでしょう」
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、ちょっとだけ緊張の色を見せる。
 戦争の前はこんな感じ。それも、いままでとは違う戦争であれば、なおさら。
 人形のおチビさんたち、ジョスとジュリが地図を掲げて広げる。
 『蹂躙戦記イスカンダル』の、エルサレム付近だ。
「敵の大勢力と戦う、歴史の奪還戦の相談も既に始まっていますが、歴史の奪還戦だけが《七曜の戦》ではございません。最終人類史に奪還した地域や、或いは、ディアボロスが制圧したディヴィジョンの地域に向けた、敵の侵攻が予測されております。みなさまには、エルサレムの奪還を目論む、神像鎧を纏う亜人の撃破を行っていただきます」
 敵は一体のアヴァタール級。
 過去にも出現例のある『エリュマントスの猪』だ。ギリシア神話ヘラクレスと戦った強大な猪の怪物の名前、とする資料もある。
エルサレムで撃破したジェネラル級亜人『破壊者エニューオー』の精鋭部隊の一員であるようです。移動中は神像鎧を纏っていませんが、戦闘になれば、背負った神像を取り込むように装着して戦うようです。こちらをご覧ください」
 ジョスとジュリが広げた二枚目の資料には、『エリュマントスの神像鎧分解装着図』と書かれていて、イノシシ型の神像の絵から矢印が引かれ、亜人の全身図の各部に伸びていた。
 猪男がイノシシデザインの鎧をまとっているので、ややこしい。
 どうやら、同じ神話の同じ『エリュマントスの猪』でカブっているのだ。
「本来の使い方では、神像と本体は別々に存在するのですが、移動中ということもあって、直接分解して身に纏うようですわ。奇妙な恰好に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、アヴァタール級のパラドクスが、神像鎧によって強化されますので、ご注意ください」
 時先案内人は、差し棒で図をなぞった。
 武器のハンマーには、イノシシ神像の蹄が装着され、槌部分には後脚の力強さが、ツルハシ部分には前足の鋭さが加わっている。
 神像の頭部は、亜人の左腕の籠手に重なり、本来の棘に代わって、イノシシの牙を叩きつけてくるようだ。
 残りの胴体部分は、兜から胴鎧までに変形しているが、背中の毛を模した装飾が、亜人自身の地毛からシームレスにつながっており、尻尾までくるとその造形が、ベルトに差した剣へと至っていた。

 ファビエヌは、ディアボロスたちに作戦の検討を促す。
「エニューオーの精鋭部隊は強敵ですが、勝利王セレウコスの配下では無いため、軍勢は連れずに単独行動しているようです。闘技場のあるエルサレムでは有利に戦えるようなので、なおのこと移動中に撃破してしまいたいところですわ。皆様のイイコトに期待しております」

 『七曜の戦』を目前にひかえ、アンティオキア遭遇戦にむかったディアボロスたち。時先案内人の予知のとおり、荒野を突進してくる猪の亜人と出くわしたのだった。
 猪男は躊躇なく、背負った箱を開放する。
「目覚めろ、俺の神像ォ!」
 出てきたのは、まさにイノシシの模型みたいなものだったが、五体が分解するとサイズ比など無視して、たちまち亜人の巨体に装着される。
「俺は、エリュマントス神像の猪だ。ディアボロスよ、一対一などとヤワなことは言わん。まとめてかかってこい!」
 フェイスガードの下から牙がのぞき、地毛と金属のまじったタテガミがなびく。
 アルラトゥ・クリム(現代の魔法使い・g05088)は、一度だけ周囲を見回してから、剣形態をとったブレードガンを構えた。
「また件の聖鎧かあ。こんな奴でも持ち出せてる所を見ると、結構な数が存在してるって事なのかな?」
「神像鎧を纏った敵とは初めての戦いになりますわね」
 左右の籠手を交互に締める、九十九・静梨(魔闘筋嬢・g01741)。
 ジェネラルほどではないにせよ、装着したあとの姿を目の当たりにすれば、風格の違いがわかる。
「しかも精鋭が相手なら全力で挑まなくては。我が筋肉で押し通らせて頂きますわ!」
「確かに神像鎧の力は大きな脅威ですが……」
 盾と長槍で身を固めたエイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、冷ややかな口調で言った。
「かつてのエルサレムでの戦いと比べれば状況は単純ですね」
「それに、強化されるとはいえ、闘技場で大人しくしていればまだいいのです」
 クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は仲間に語りかけたあと、視線を猪男にむける。
「お前たちがそういった性質でないことはよく知っています。ですから、ここで殺します」
 かかげた手には、クロッカスの種が握られている。
 アヴァタール級は、また笑った。
「へへへ。よく判ってんな。そう、俺は一介の闘士で終わりゃしねぇ」
「向上心だけはいっちょ前ってやつかい? そういう奴……嫌いじゃねーぜ」
 いっしょに笑う、ネフェリア・フリート(剛腕粉砕・g05427)。ガントレットが、朱く煌めきだした。
「だが問題があるとすれば、その願いを叶えさせる訳にはいかねーって事だがな!」
「はい。エルサレムを奪還されればイスカンダル攻略の障害となり、七曜の戦いにも影響が出るでしょう。この先に通すわけにはいきません」
 ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は、真面目な表情だ。琥珀色の肌の、端正な顔立ち。
「あなたの野望はここで潰えるのです」
 前に出ようとして気がついた。神像鎧のアヴァタール級は、ハーリスたちから、わずかに視線をずらしている。その先を追うと、白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)がいた。
(「迂闊に距離を詰めると厄介そうな相手だよ、ハーリスさん」)
 彼女を狙って、エリュマントスの猪が、装飾つきのハンマーを構えた。
 見立て通り、槌の破壊力を真上から受けるのは危険そう。
 対処の仕方として、うまく距離を取りつつ付かず離れずを維持し、敵を誘導していた。
 早苗のパラドクスだ。
「ほらほら、見惚れていると『伏せる黒豹の牙』の針を見落とすよ。……目を凝らしても見つけられるとは思わないけどね!」
 鋭い刺突が、猪男を貫く。
「その場所に立つのが術中、ってやつ。……?」
 針は致命的な一撃のはずだった。しかし、ハンマーは振り下ろされ、砕けた大地から破片が飛び出し、早苗を襲う。
 まさしく、『山脈を侵す災厄』だ。
 いくつかはくらったが、別の個所に仕掛けた針が、破片を撃ち落して事なきをえた。早苗は、フフっと笑ってみせたが、最初の刺しがまるで効いていないことには、不服を感じているらしい。
 ハンマーの一撃を放ったあとは、猪は機敏に動きはじめた。
 背中の毛を模したメタルが鐘のように鳴っているのに、居場所がつかめない。アルラトゥは精神集中して『無念無想』の境地へ没入した。
 会敵したときから観察していたのだ。
 遮蔽物となる地形の影の存在や大気の流れ、地面の震動などを感じ取り、敵の存在を看破する。
 それは、真横から迫る、尻尾の飾りをつけた剣。
「万里万世を見通す……!」
 剣形態ブレードガンで、猪の斬撃を受け止めた。異能の見切りであったが、アルラトゥの手応えとしては、浅く感じる。
(「まだ、何かあるの……?」)
 世界その物を含めた全ての『存在』という『情報』を感じ取れる力が、知らせてくるのだ。
 尻尾型の刀身をひねって返される。
 武器を逆に押さえつけられると、亜人の意図がわかった。片手でハンマーを振りかぶっている。この姿勢から、向かってくるディアボロスたちの誰かを狙うつもりだ。
「野心を持つのは結構だけど……自分の器に見合わない野心は己を滅ぼす」
 アルラトゥはもう一度、ブレードガンを押し返した。
「梵我一如の理の一端を示すが如く!」
 精密且つ豪速の斬撃を叩き込む。
 それは、至近距離まで組み付いたことでわかった敵の脇腹、鎧の隙間だ。アルラトゥの動きを察知したエイレーネが、制止しようと声をあげかけたが、届かない。
 彼女に向かっては、ハンマーの打撃が襲ってきた。
 すぐに切り替えたファランクスランサー、『神護の輝盾』で横殴りに槌を叩く。破壊力を活かせないよう、受け流した。
 亜人の武器の柄は、片手のなかですべって半回転する。エイレーネは、これをチャンスと神像鎧のパーツ、ツルハシ側についた蹄を標的に定めた。
 アルラトゥの場合、聖鎧に護られない箇所を正確に狙ったのだが、神像の力場が働いて、ブレードははじき出されていた。エイレーネの『神護の長槍』には、信仰が生み出す加護によって内なる魔力が励起されている。
「聖なる光よ、穢れし者どもを清めたまえ! 『光輝迸る浄化の刃(アクティノボロス・カタリズモス)』!」
 穂先は閃光につつまれ、ツルハシの蹄を穿ち抜いた。
「ぐああっ!」
 鎧破壊の衝撃は、アヴァタール級にも伝わるようだ。
「例え個の力を高めようと、復讐者の結束の前には敵わぬことを示してやりましょう!」
 エイレーネは、敵を取り囲むように戦って、誰かが常に神像鎧のパーツを狙えるよう、仲間に示唆した。
「はい! 鎧が各部位に分かれているなら一つずつ破壊しましょう」
 ハーリスは応えると、皆の位置を確かめながらも、砂塵を巻き起こすほどの速度で駆けだした。
 狙った戦果を得るためには、強運も必要だ。
「砂漠の神にして嵐の神セトよ、お力添えを」
 祈りが通じて、天上より走る一条の稲妻。手にしたハーリスは、亜人の手元へとそれを投げつける。ハンマーの槌側を気にしていた猪男は、まんまと雷撃をくらう。
 蹄のひとつが欠けた。
「お、おのれ! こうなれば、神像力をすべて引きだすまで!」
 破壊力をみせつけてきたハンマーだが、無傷をあきらめたのか、亜人はひときわ高く持ち上げた。
「お前は下がってろ!」
 ネフェリアが、乱暴な口調で年上のリターナーにむかって叫んだ。
ガントレットでハンマーを受ける! ガードしてりゃ、後は次の動きに繋げられるぜ」
「最大の災厄が来ます。どうか、気をつけて」
 ハーリスは、言われたとおりに離脱しつつも忠告も忘れなかった。
 イノシシ神像の四肢は、この打撃で砕け散ったが、大地を波打たせるほどの衝撃が広がり、近距離で耐えるネフェリアはともかく、距離をあけたはずのハーリスも砂地に転倒することとなる。
「砂漠の神セトよ、加護に感謝いたします……。ネフェリアさん、言葉どおりですよ、ここを凌げば!」
 うつぶせから、すぐに顔をあげて伝えた。
 いまなら、強運ももたらされている。
 通じたかは、わからない。ネフェリアは、両腕を顔の前にかざして、必死に踏ん張っているようだからだ。
 いったんは陣形を組んだディアボロスたちも吹っ飛ばされ、ハーリスと同じく地面にしがみついていた。ダメージを与えてくる岩の破片はまじっていないが、空気の揺れが尋常じゃない。
「ハンマーの蹄は壊れたか。籠手には頭部があるんだったな。あとは尻尾の剣……」
 閉じ合わせた両手の隙間から、亜人の巨体を覗くネフェリア。
「あっちこっちに神像があるってのはちっと面倒だが……近接特化相手ってのは燃えるぜ」
 口の端を上に曲げて、一歩ずつ踏み出しはじめた。
「ならばこそ、インファイトでぶん殴る! 『WeaponChange:Drill(ウェポンチェンジ・ドリル)』! 宝珠解放、ドリル展開!」
 ガントレット内に圧縮保存された追加装備を展開した。
 同時に、突撃して距離を詰める。
 猪男が驚いているさまが、フェイスガードごしにも見えた。
「両腕にドリルがあるって事は……分かるよなあ! 籠手と剣、両方狙えるって事だ!」
 イノシシ神像の部位を目掛け、ネフェリアは突端でえぐった。
 完全に破壊はできなかったが、像の顔にも尻尾にも、あきらかに大きなヒビが入っている。立ち上がったディアボロスたちは、その後に続いた。
 早苗も、『伏せる黒豹の牙』で協力する。
「私にも判ったよ。むしろ、鎧のほうが弱点なのね。地形を利用して戦う相手なら、地形を信用できなくするまで、だよ」
 仲間が狙いをつけやすくするよう、誘い込みをかけるのだ。
「今度こそ、正確に打ちこむからね」
 アルラトゥは、精神を集中させている。
 荒れ地にころがる岩や、地形の起伏を利用してきたエリュマントスの猪も、徐々に追い詰められてきた。剣にほどこされた尻尾型の装飾が、隠密行動を助けていたようだが、破損とともに効果が切れてきた。
 加えて、クロエの仕掛けたトラップが、亜人に大きな音をたてさせる。
 背後から近づき、剣で斬りかかったものの、当のクロエには看破されていた。斬撃の瞬間を狙い、『オルトロス・クロッカス』が発動する。
「種子に宿るは我が焦燥、芽吹け!」
 撒いた種からたちまち成長し、植物の怪物が作り出される。
 奇しくも、ギリシャ神話を象った巨体が、顔をあわせて向き合った。
「まだまだぁ~!」
 亜人は、半ば捨て鉢に、もう神像のついていないハンマーを打ち下ろす。強化されていなくとも、地面を揺らすことができた。しかし、静梨がやすやすと、揺れる岩々のあいだを越えてくる。
 オルトロスは爪を振り下ろし、イノシシのたてがみを剥ぎ取る。金属片がいくつも散らばった。
「これまでの経験上、神像を破壊すれば鎧から力が失われるはず。直接着ている場合も同じことでしょう」
 神話怪物が、神話動物の腹に喰らいつき、引き裂いていく。
 駆け付けた静梨は、脚の筋肉を重点強化していた。
「我が魔の筋肉は可動にして超動ですわ!」
 地面に打ちつけられたままのハンマー。その柄の部分を狙って片足で全力の強打を繰り出す。
うぐぅッ! 神像の力さえ残っていたら、ディアボロスの蹴りなどォ!」
 アヴァタール級亜人の猪は、なんとか武器を弾き飛ばされずに握っていた。最後の装備だ。再び振り下ろすが、静梨の片足が横っ飛びに回避させる。
「九十九家家訓!『状況に合わせ柔軟に対応すべし』、筋肉の流動強化変化、如何でしたかしら!」
 今度は腕部の筋肉が盛り上がった。
 前傾姿勢になっていた猪の顔面に、全身全霊の殴打がはいる。
 フェイスガードが割れて、亜人の素顔の牙も折れた。
 敗北し、神像鎧の各パーツもすべてが砕けて、『エリュマントス神像の猪』は撃破された。
 しかし、戦争の本番はこれからだ。
「身の程を知らない野心を持っている割に、戦い方は直球の力技じゃなかったね」
 早苗はジェネラル級へのなりそこないを、すこしだけ振り返る。
「でも、結局パワー自慢なのには変わり無かったし、亜人たちとの戦いはどうなるかな?」
 備えのため、ディアボロスたちはいったん、新宿島へと帰還する。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

tw7.t-walker.jp